ガノタの野望 ~地球独立戦争記~    作:スクナ法師

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5ターン目 ティータイム

アメリカ合衆国の象徴的建物であるホワイトハウス。

 

アメリカという国の舵は議会場ではなく、この場で決まると言っても過言ではない。

 

 

厳しい訓練を受けたスーツ姿のSPが入り口に立ち、厳重な防諜対策が施された室内には、アメリカの頭脳とも言うべき人々が密かに集まっていた。

 

閣僚の代表とも言うべき各大臣達、各軍の責任者達に諜報部門の黒幕。 更には異例として大手企業の資産家たちまで集まる豪勢な顔ぶれだった。

 

そしてそれを束ねるアメリカ国民の代行者たる合衆国大統領ジョージ・エデンは瞼を閉じ、静かに報告を聞いていた。

 

 

「…諜報員は無事にロンデニオンへと潜入いたしましたが、なにぶんにも閉鎖された空間での活動とされますので成果を得るには時間が掛かるものと思われます。 なお、現地にて日本側の諜報員の姿が確認されたとの情報も入っておりますがオーダーに変更は?」

 

50代後半の丸眼鏡を掛けた頭髪の薄い男性は、人の好い微笑を顔に湛えながら現状の報告を済ませるとエデンへ確認を取る。

 

一見するとそこら辺に普通に居る善良そうな人物なのだが、祖国の為ならば如何なる汚れ仕事をも引き受けて忠義を尽くすCIA(中央情報局)を束ねる人物だ。

 

微笑の奥に隠れる細められた瞳の奥に、氷土すらも生温い冷徹さを見た者の大半は凍りついたように動けなくなるだろう。

 

 

「オーダーに変更は無い。 慎重に、相手を刺激しない程度に進めてくれ給え。 得たいの知れない相手だ。 日本も今は強硬手段は取れまい… いや、あの国に強行手段は取れないだろう」

 

「そうでしょうな… 此方としては日本が強硬手段を取ってくれた方が大儀名聞が得られるのですが、あの国には無理でしょう」

 

CIA長官の瞳を見据えながらのエデンの見解に、彼は同意を示した。 その瞳に心に日本に対する侮りも嘲りも無い。 ただ冷徹に得られた情報から導き出された見解を述べるだけ…

 

 

 

「随分と消極的ではありませんか大統領? 相手は一人なのでしょう?」

 

 

大統領の言葉に異を唱える人物。

 

年は30前半に見える参加者の中で最も年若い、財界の代表者の一人として参加するケビン・カーマインは豪華なスーツ姿にブロンドの巻き毛を揺らしながら若干の嘲りの表情を浮かべている。 臨席する他の企業家達は僅かに顔を顰めている中で。

 

「そうです大統領! コロニー内は重力が有り地球と変わりない環境とか? 我が軍が誇る特殊部隊の精鋭を既に待機させております。 ご命令頂ければ直ぐにでも制圧してみせましょう!」

 

ケビンに同調するのはアメリカ陸軍長官たるガードナー大将。

 

G弾推進派の急先鋒でケビン・カーマインの腰巾着とも言われる彼は、雄牛のような巨体を震わせて席から立ち上がり体を前のめりにさせながら大統領に具申する。

 

 

「罪状は適当に付ければいいのです。 CIA長官がお得意でしょう? コロニーとその技術を我が国が独占すれば、戦後の我が国は優位に立てます! そして我が国こそが…!」

 

妙に芝居がかった所作で舞台俳優のように悦に入るケビン。 

 

 

「我が企業がでしょう?」

 

そんな彼にCIA長官は微笑を湛えたままに水を差す。

 

ケビンとガードナーの癒着は彼にとって周知の事実。 勿論、大統領も知っている。

 

カーマイン財団は第五計画の有力な支持者であり、表向きは引退しているが財団の実権を握るメラニーは移民船建造推進派として財団に援助させているが、息子のケビンはG弾推進派で秘密裏に資金などの援助を行い戦後の世界に実権を得ようと考えている。

 

 

そんな彼らに行動を起こさないのは今のところは必要が無いだけの事。 必要が有れば…

 

 

 

気分を害されたケビンはキッとCIA長官を睨みつけるが、微笑を湛えたままの彼の瞳の奥を覗き込んで慌てて目を逸らした。

 

 

「ロンデニオンへの対応に変更は無い。 人間は一人だが相手の情報が少なすぎる。 先ずは相手を見極める事を重視する」

 

成り行きを黙して見ていたエデンは静かに宣言する。

 

 

「しかし!」

 

「これは君のお父上、メラニー氏とも見解は一致している」

 

尚も食い下がるケビンだが、父の名前を出されると唇を噛み僅かに俯いて浮き掛けた腰を椅子へと戻した。

 

その瞳には冥い炎が燻り一瞬だけ肩を震わせる。

 

 

そしてそんな彼をCIA長官は冷ややかな瞳で見ていた…

 

 

 

 

 

 

 

人が増え、営みというものが見え始めた街並みを眺めながら運ばれてきたばかりのお茶を啜る。

 

日本から来た京都出身だという軍属の店主が淹れてくれた緑茶と、店主手作りのコロニー産食材を使った茶菓子を味わうのが最近の俺の癒しのトップだ。

 

 

こちらに来て2ヶ月が過ぎ、俺の周りは目まぐるしく変わっていく…

 

アメリカと日本の大使館がロンデニオンに置かれたのを機に、両陣営が協力して運営するのを条件にコロニーの街の一部を貸し出して一万人分の移住と滞在の許可を出してその運営を任せた。

 

これには両国の外交団と政府もびっくり! なんせ協力運営と賃貸料以外の条件を俺が提示しなかったからだ。 

 

敷金ゼロ、家賃格安の貸し出し。 なんという好物件!

 

その事を何度も確認して迫る外交官の顔が近いこと近いこと。 コロニー建造物事態の管理はハロのおかげで問題ないが、移住者の事は餅は餅屋で任せた。

 

もうちょっと要求出来そうだったので、代わりに幾つかの要請を出してみた。

 

戦車兵と整備員の追加派遣。 自走砲と迫撃砲の扱いに長けた兵士の派遣に、戦術機のパイロットの派遣。 61式の地上での運用試験許可と試験部隊の設立の為に今出向して貰っている宇喜田さん達と追加の人員をそのまま借り受けたい事。

 

コロニーに滞在しているアシガラ、リバティーのクルー達もロンデニオンに出向という形で借りたい事を告げた。

 

 

61関係は、地上で好評だったら61式の図面を始めとした全てのデータを渡すので格安のライセンス料で自国生産しても構わない事で手を打ってもらった。 これで地上の戦車メーカーも少しは納得してくれるだろう。

 

 

クルーの件は最初は難色を見せたが、提供予定の宇宙戦艦運用の為の教導隊として操作、運用を学んでもらう為だと言ったら、検討の結果了承を得た。

 

これで戦車関係と、クルーの指揮権を得る事が出来た。

 

ついでに技術者を受け入れての技術交流もしたい旨を伝えると外交官は大喜びで、後日高そうな茶菓子を美人補佐官の手で贈ってきた。

 

 

補佐官のケイト・フィルシャーさんはセミロングのブロンドに欧米人らしいメリハリのあるスタイルを持つ美人さんで、その日は何時も以上に艶やかな雰囲気でした…

 

危うく蜜の香りに誘われそうになりましたが、明らかに危険な感じがしたので理性を総動員して死守。 まあ相手もお仕事なのでそのまま帰すと上司に何か言われるのか複雑な表情をしてましたので、かわいそうと思い一緒にお茶はしましたが…

 

美人とお茶出来るのはいいものです。

 

頂いたお茶菓子もおいしかったです。

 

 

次の日に来た日本の補佐官である葉山 節子さんもケイトさんに負けず劣らずの美人さんで、日本人らしいスレンダーでありながら柔らそうなスタイルに綺麗な黒髪と、慎ましくも艶やかな笑顔が…

 

勿論、理性全力で死守! 生殺しという言葉の意味をしみじみ実感しました…

 

節子さんとも一緒にお茶をしてお別れしました。 役得です!

 

え? 何で二人ともファーストネームで呼んでるかって?

 

そう呼んでくれと二人に頼まれたからに決まってんでしょう!

 

 

 

後日、今度はイケメンな日米補佐官がやって来てまたお菓子を置いていった。 

 

即行で送り返したかったが、大人気ないので一緒にお茶して世間話をして帰ってもらった。

 

俺にその気は無い! だから… そんな目で俺を見ないでくれぇ…

 

 

 

 

 

そんな日常の中でコロニー移住者の第一陣200名が来たのは一週間前、内半分は軍人と技術者で残りはその家族や軍属の方に企業の偉いさんなんかも潜り込んでいる。

 

 

勿論、その中には諜報関係者も紛れ込んでいるが好きにさせておく。

 

大事な情報はハロとコロニーのメイン管理コンピューター・ZEPHYRが管理してるから大丈夫だろう。

 

何せ一度興味を持って調べてみたら、ハロもZEPHYRも高次元存在(かみさま)に一部ブラックボックス化されてるから、この世界の技術とは文字通り次元が違う。

 

人があれを解析するのにどれ程の時を要するのが検討もつかない。

 

 

だからスパイの方々にはファクトリーと第二港以外は好きに嗅ぎ回ってもらっている。

 

 

そして今目の前で一緒にお茶しているのも、そんなスパイさんの一人だ。

 

 

「ん~ 宇宙で飲む緑茶も中々に乙なものですな~。 そう言えば知ってますかな? 緑茶に含まれるポリフェノール成分ですが…」

 

一見するとスーツを着たサラリーマンのようだが日本帝国の凄腕諜報員、鎧衣 左近その人だ。

 

 

「…と言うわけで学会では…聞いてますか?」

 

「全然。 私には心を読むなんて器用な事は出来ませんから、そんな事をしなくてもいいですよ?」

 

お茶ウメェー!

 

 

「…私の事をよくご存知のようだ」

 

「お噂はかねがね。 あっ、お茶の御代わりお願いします」

 

「それはそれは。 高名なフジエダ准将に見知りおいて頂くとは光栄ですな。 あっ、私にもお茶の御代わりを」

 

ふぅ… 何でこの人が此所に居るんだ?

 

今のところはオルタネイティブ計画には関わってないんだが…

 

 

「何故私が此所に居るのか疑問に思っておられますね?」

 

「そりゃねぇ? 敏腕諜報員がコロニーまで来て、しかもそのコロニーの管理者に堂々と会いに来るんですから。 これは此方のセキュリティーに喧嘩を売るつもりなのかと…?」

 

軽く睨みつけてみるが、実際その度胸には感心するよ本当。

 

 

コロニーに入って来た人間は港に居るハロにチェックされて、衛星経由でハッキングして得たデータに照会。 諜報関係者や重要人物が入って来た時点で連絡が来るので来た事は知っていたが、こうも堂々と正面からくるとは…

 

 

逃げ場の無い閉鎖空間のコロニーで正面から来るんだから大したもんだ。

 

 

「はっはっは、怖い怖い。 そんな気は毛頭にありませんよ? これはもう職業病の一種と思って大目に見ては頂けませんかな准将?」

 

涼しげな顔の彼を見て、夕呼先生の気持ちが少しだけ分かった。

 

「で? 誰の差し金で目的は何です? 帝国政府?」

 

「いえいえ、もっと個人的な頼みと私自身の興味ですよ」

 

「? どういう事です?」

 

「おや? 聡明なる准将閣下にもお分かりにならない?」

 

少しだけムカッと来た。

 

 

いかんいかん。 相手のペースに乗せられるな。

 

 

「凡人なので。 申し訳ありませんね?」

 

「おや?お気を悪くされたなら謝りますが、准将もガードが固いですな~」

 

 

気を抜くと尻の毛まで持ってかれそうだからね!

 

「個人的な…ねぇ。 香月博士…とか?」

 

「ほう…? 良くご存知で。 けど違いますよ。 博士には良い土産話になりますが、今回来たのは別の方からのご依頼です」

 

かまをかけたが違ったか… 誰の差し金なんだ? ん、もしや…

 

「それにもうすぐ此処は騒動の中心になりそうですからね~。 一度見ておこうと思ったのですよ。 香月博士をご存知なら第4もご存知でしょう? 近々それを揺るがす事態が起こり、此処はその重要なポイントになる。 …そう私は予測するのですが…」

 

ふ~ん。 いよいよ第五計画をアメリカが国連で採決するのかな? しかし、カフェでする話じゃないよね~… 重要ポイントっていうのは、もともとこの近くの宙域で地球脱出用の方舟を作る予定だったからか… ハッキングで得たアメリカの機密情報で知った時には何で日本との境界線近くに? と思ったけど、第四計画の本拠地である日本に間近で見せつけてプレッシャーをかけて第四計画推進派に揺さぶりかけるつもりみたい。

 

そんな宙域に方舟建造の拠点に使えそうなコロニーが1つ… そこには今のところは友好的な第四の日本帝国と第五のアメリカ合衆国。 間に挟まれそうなロンデニオン… いや、挟まれるだろうな~

 

 

「後学の為にお聞きしたいのですが、フジエダ准将は第四ですか? それとも…第五で?」

 

涼しげな顔して鎧衣さんが半端ないプレッシャーを掛けてきた。 それをサラリと受け流しつつどう答えようか考える。

 

「あ~お茶が美味しい。 …どっちも。 じゃあ駄目ですか?」

 

「日和見ですかな?」

 

「どうとでも取って頂いて構いませんよ? 第四は成功すれば得るものが大きいでしょう。 人類の勝利の確立を上げることが出来るでしょうが絶対ではない…。 第五はG弾の集中使用は最低の悪手ですが、種の保存を担う方舟は間違ってはいないでしょう? G弾を使用した肉を切らせての戦法だって現状では人類側で最も成功率の高い戦法の一つだというのも事実ですし、最悪でも箱舟に望みを託して新天地にBETAが達するのを少しでも遅らせて一矢報いる…とも取れる。 大戦末期の敗色濃厚な状況を戦った日本人なら少しは心境を理解できるのでは?」

 

メタ情報でG弾すらも無効化されるのを俺は知っている。 知っているからこそG弾の使用は避けて欲しいが、この世界の人は知らない。 俺だって元からこの世界の人間でメタ情報が無ければG弾の使用に賛成していたかも知れない程に世界は、人類は切迫している。

 

メタ情報を知っているからと言って、G弾推進派を軽々しく批判は出来ない。 彼らだって必死なんだろうし…

 

アメリカは自分の国の事しか考えていないとよく言われるが、自分の国の事を第一に考えるのはどの国も普通ではないだろうか? 

 

他国との協調は大事だが、それをさせる余裕をBETAが奪ってしまう… BETAの脅威が、恐怖が人から余裕を無くし狂わせていく。

 

土地を奪われ生産力が低下して行き、日々の戦闘行為や難民への物資供給で大量に物資を消費していく人類…

 

アメリカが広大な国土を持っていたとしても人類全てを支えるのに限界があり、限界を超えればその先にあるのは自滅。 それもあるからこそG弾推進派は早々に決着を付けたいのではないだろうか?

 

戦後の世界で覇権を握る? 荒廃した世界で? 覇権を握れば他国に対する義務も生まれるのではないだろうか?

 

地球からBETAを追い出したとして、残されるものは? BETAに食い荒らされ、核爆発と大砲の弾頭に使用されている大量の劣化ウラン弾等に汚染された土地に、また人が住めるのにどれだけの年月が必要になるのだろうか?

 

現状の地勢状況で勝てたとして、戦後の復興を支えるのもやはりアメリカだ。 どちらにしろアメリカは世界にとってなくてはならない国で、主導的立場になる定めに在る。

 

この世界ではまだ分からないが、第四計画が成功する可能性があるのを俺は知っている。 俺が知らなければ、特殊な力が無いこの世界の人間ならば第四と第五のどちらが現実的と判断してどちらを支持する?

 

誇りは大事だ。 だが、それだけで人のお腹は膨らまない。

 

人はパンのみに生きるに非ず。 しかし民衆にはパンを…

 

今なら厳しい戦後を乗り越えて、食事に不自由することなく誇りやプライドを語ることが出来るあの世界の有難味がしみじみと分かる。

 

厳しい戦後を先人達が乗り越え、毎日の食事にありつけるからこそ平和や自由について声高に言えたあの国…

 

欠点はいっぱい有る。 けれど自分の国が好きだ。 遠く離れてしまっても思いは募る。

 

 

ああ…メタ情報があっても中々考えが纏まらない。 どうしたら一番良いんだろうか…?

 

 

 

 

「…知り合いの女史が聞いたら、敗北主義だと罵りそうな話ですなぁ」

 

「第五から見たら第四は楽観的に見えるのかもしれませんよ? 何時完成出来るかも知れない技術に拠って情報を手に入れても、それを生かすだけの力が人口と領域を半分近くに減らされようとしている人類に残されているのか…? 情報を元に勝ち続けられればいいですが、息切れして負けてしまった時には? 最善を目指す第四、最悪を想定する第五… 鎧衣さんはどちらが正しいと思いますか?」

 

ゲームのストーリーでは第四で勝ったと思わせる雰囲気だったが、戦いは続いていき最終的に地球を取り戻せたかは分からない。 原作のラストで香月博士も言ってたが、第四とオリジナルハイブを攻略した事で人類は10年の時間を稼ぐ事が出来たと言った。 人類は勝ったとは言ってない… もしかしたらな未来も有るかもしれないし、おまけにこの世界は因果律から外れて狂ってしまった世界だ。 神様の話だとこのままでは地球上の人類と生命は滅ぶ運命で、それを防ぐファクターとして俺が送りこまれた訳だが絶対ではない。

 

いったい何が世界が狂った原因なのか分からないなら最悪を想定した第五はあったほうがいい。

 

 

 

 

「…私は日本帝国の人間です」

 

「それでいいと思いますよ? 日本人として生きて良いと思います。 第四は第四で、第五は第五でやっていけばいい。 人類に二つの計画の推進が困難だというなら微力ですがロンデニオンが協力します。 地球人類への助力こそが当方の取るべきスタンスですから」

 

結局、今はこれしかやり方が思いつかないんだよな~

 

 

 

 

 

 

 

 

土煙を上げ大地を揺らし横隊で驀進する異形の集団。

 

強力な120mm戦車砲をも跳ね返す外殻を纏いながらも、時速160kmで走る突撃級と呼ばれるBETAは地球上に現れてから数多の人類側の戦線をその足と体で蹴散らし打ち破ってきた。

 

200を数える突撃級が形成した横隊の前方10kmに佇む1つの機影。

 

黒と灰色のツートーンに赤のアクセントが入ったその機体は、額に付けられたV字のブレードアンテナの下のデュアルアイで突撃級の集団を捕らえると双眸を光らせ、右手に握られたライフルを突き出すように構えると集団の中央に狙いを定めた。

 

ライフルの銃口付近が帯電して放電現象が起きると、ビシューンッ!という独特の発射音を響かせてピンク色の光弾が打ち出される。

 

音速を超える速度で打ち出された光弾はピンク色の軌跡を僅かに残しながら直進し、一体の突撃級の中心を捕らえるとダイヤモンドを遥かに超える高度の外殻を易々と貫きそのまま後方に連なっていた7体の突撃級をも貫いて後方へと奔って大気の中へ消えていった。

 

一瞬にして8体の仲間を失ってもその足を緩める事をしない集団に、コックピットでターゲッティングスコープを覗き込んでいたシンジは軽く舌打ちして再度トリガーを引いた。

 

続けざまに放たれる光弾は横隊を引き裂きその数を撃ち減らしていくが、突撃級は意に介さずに黒い機体との距離を詰めてきた。

 

シンジはスコープを後ろに押しやりながら、3kmにまで距離を縮められた機体に銃身が加熱して陽炎を揺らすライフルを躊躇なく投げ捨てさせ、腰の後ろにマウントされていたバズーカを持たせると構えさせて再び撃ち始める。

 

バズーカの巨大な弾頭が炸裂した突撃級は外殻を粉微塵に砕かれて衝撃にグラリと傾き、後ろから来た別の突撃級が勢いを殺すことも方向を転ずる事も出来ずにそのまま激突して共に大地へと沈んでいく。

 

 

 

 

「はぁはぁ…。 この!?」

 

パイロットがバズーカの照準と残弾確認に気を取られた隙に、一体の突撃級が機体へと突進を掛ける。

 

寸でで気づいたパイロットは機体の左手に装備された黄色い十字飾りの入った赤い盾でそれを受け止めると、フットペダルを踏み込み押し返そうとする。

 

 

この世界の戦術機パイロット、衛士が見たら我が目を疑った事だろう。

 

時速160kmで突進してきた巨体を正面から受け止めて、今まさに押し返そうとしているのだから。

 

踏み込まれたフットペダルに呼応して背部のバーニアが火を吹き、凄まじいパワーと強度を誇る四肢が伸び上がり突撃級を押し返した!

 

その隙にバズーカを捨て背部の上左右に突き出した二本の棒の右を引き抜くと、ピンクの軌跡を描きながら縦に一閃し、棒の先に現れた光の刃で突撃級を切り捨てる。

 

 

「はぁはぁ。 ゲームやアニメみたいには上手く行かないか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう准将。 こんな時間にシュミレーター室で何やってんだ?」

 

「ああ、お疲れ様ですおやっさん。ちょっと61式のシミュレーションデータの確認を…。 おやっさんこそ、こんな時間までどうしたんですか?」

 

もうすぐ日付が変わる人気の無い時間帯のファクトリーで、室内から出た俺は日本帝国整備兵・後藤清一大尉、通称“おやっさん”に出くわした。

 

少し前までは俺か、俺の同伴無しでは入れなかったファクトリーだが、61式の評価試験を期に一部の施設内への立ち入り許可証を61式関係者に配布したので、俺以外の人間の出入りが行えるようになっていた。

 

 

「ん~? ああ、こいつを読んでたらいつの間にか時間が経っちまっててな。 今から上がりだ」

 

そう言っておやっさんが右手で上げて見せたのは、先日渡した青い表紙にRX75と書かれた一冊のマニュアル。

 

「私も今から帰る所ですから、良かったら乗って行きますか?」

 

「おう、そいつは助かるな。 この年になると帰りの運転も疲れるんでな」

 

少し肩を竦めながらサングラスの奥の瞳を緩めて同乗を受けたおやっさんと連れ立って玄関前に止めてあるエレカへと向かう。

 

 

世間話をしつつ廊下を歩き、警備に就くハロに挨拶をして車に乗り込むと寝床のある商業区へと走らせる。

 

街灯に照らされた道を音楽を流しつつ走らせ、次に来る移住者に放送局関係者が含まれていて手始めにラジオ放送を開始するなんて事を話していたのだが、不意に会話が途切れてしまう。

 

原因は先程からおやっさんが何やら考え込んでいるからだ。

 

考え事の邪魔をしちゃ悪いと思い口を閉じたのだが、暫くすると意を決したような雰囲気を纏わせておやっさんが口を開いた。

 

 

「なぁ准将。 俺達技術屋ってぇのは、不明なモノをそのままにしとけねぇ性分でな。 俺達が整備した物に兵士達は命を預けて戦う。 だからこそ、扱う物にミスが無いように隅々まで把握する必要がある。 自分でもよく分からない物を戦ってる奴等に渡したくはねぇし、ウチの若けぇ奴等に扱わせたくもねぇ。 そっちにも事情があるだろうが、敢えて聞かせてもらう。 コイツの、RX75・ガンタンクの動力源はなんだ?」

 

サングラスを取り、目を細めながらジェネレータ部分の項目が抜け落ちたマニュアルを掲げて見せるおやっさん。

 

 

「提示されている出力が桁違い過ぎる。 61式のバッテリーも戦術機並みの出力だったが、コイツは比較にならない出力だ。 いったいコイツは何だ?」

 

 

車のスピードをゆっくりと落とし路肩に止め、おやっさんの方を見ないようにして考える。

 

「…もう少し、秘密にしときたかったんですけど…。 整備班には先に知っておいてもらった方が良いでしょうね…。 おやっさん、俺が良いと言うまで秘密は守れますか? 宇喜多さん達は勿論、帝国にも秘密に…」

 

 

俺の言葉におやっさんが黙って頷いたのを確認すると、車をUターンさせてファクトリーへ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そよ風が草原を抜け、金糸のようなクリスの前髪を優しく玩ぶ。

 

馬に寄り添い、その逞しい首筋を優しく撫でながらここが宇宙(そら)に居ることを忘れてしまいそうな光景に心を奪われていた。

 

アメリカ合衆国航空宇宙軍大尉として宇宙戦艦リバティープライムの副長の任に就き、今はロンデニオンに出向して新型艦サラミス級の試験運用に携わる忙しい日常の中でこの場所に来ることは、彼女のささやかな楽しみの一つだった。

 

 

 

草原を見渡せばの放逐された馬や牛が水を求めて人口湖に集い、畔には桟橋が作られており日本帝国軍の坂田艦長とアメリカ合衆国軍のイーストウッド艦長がラフな私服姿で竿を並べて釣りを楽しんでいた。

 

一見すると地上に居るかの如く錯覚するが、空を見上げれば薄い雲の先に二つの大地が見えることから、此処がスペースコロニーの内部である事を彼女に認識させてくれる。

 

 

ヒヒンッ

 

軽い嘶きを隣から聞いた彼女は、もう一度そっと首筋を撫でるとジーンズのポケットから包み紙に巻かれた小さな四角い物体を取り出した。

 

「本当はあんまりあげないようにハロから言われてるんだけどね?」

 

普段の彼女からは想像できない悪戯な笑みで包みを解くと、白い角砂糖を馬の口元へ差し出す。

 

『マタアゲテル! マタアゲテル! クリス、甘ヤカシチャダメ!』

 

いつの間に来たのか一体のハロが地面を転がりクリスの背後に来て抗議の声をあげる。

 

「ふふっ、ごめんなさいねハロ?」

 

この自然ブロックを管理維持するハロ達と、暇を見ては訪れて馬や牛の世話を手伝うクリスは、コロニーに訪れた人間の中で一番ハロと良好な関係を築いた人間かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。 クリスも此所に来てよく笑うようになったな…」

 

「覗きが趣味とは感心しませんな、イーストウッド艦長?」

 

湖の桟橋にて釣りをしている筈が、竿ではなく双眼鏡を手にして遠目にクリスを伺っていたイーストウッドは口許を弛めて呟き、それを坂田が水面に浮かぶオレンジの浮きを見ながらたしなめる。

 

「ミスター坂田。 ジョンでいい。 軍服を脱いでまで艦長と呼ばれるのは肩が凝る」

 

「…では私も弥彦で、ジョン?」

 

ジョンは了承の言葉代わりに、持参したクーラーボックスから冷えた缶ビールを2つ取り出すと軽く振って見せて1つを弥彦へと投げ渡した。

 

二人の男はプルタブを開けて軽く缶を当てて一息に煽る。

 

「くはぁーー! 宇宙で飲むビールは最高だな!」

 

「ぷはぁっ! 確かに、無重力ではビールの気が抜けて呑めたものではないのがこうして飲める」

 

一気にビールを飲み干したジョンは、桟橋の上に手足を放り出して寝転び人工の空を見上げた。

 

弥彦も年甲斐もなくそれに倣い寝転ぶと、空を見上げてゲップする。

 

 

「…いい所だ… 静かで天気が良くてビールが美味い」

 

「ええ、本当に… 地上に居る家族にも見せてやりたい…」

 

「? 弥彦は家族を此所に呼ばないのか?」

 

首だけを廻らせて、隣に寝転ぶ弥彦にジョンは静かに問う。

 

「…このコロニーは多分、今現在の地球圏で一番安全な場所でしょう。 …私は軍人です。 国を、人々を守る職に就いています。 今、日本本土ははBETAの脅威が近づき、誰もが不安に怯えている… なのに軍人の私の家族だけが安全なコロニーに…」

 

そこまで言い身を起こすと、缶に残っていたビールを一息に煽る弥彦。

 

そんな彼を憂いの表情で見つめるジョンは、静かに言葉を紡ぐ。

 

「…貴方は高潔な人だ弥彦。 しかし、敢えて言わせて欲しい。 …大事な人とは出来る限り一緒に居た方が良いと思う。 こんな世の中だ… お互いに何時死ぬかも分からない… だからこそ、生きてる間に愛する人と出来るだけ一緒に居たい、愛する家族に一つでも多くの思い出を残したいと私は思うよ… この思いがあるから…」

 

「…戦える。ですか? …ジョン。 貴方は良い父親のようだ 」

 

「そうでもないさ。 何時も家に居なくて、妻や娘達に淋しい思いをさせている。 ロンデニオンに正式に出向になって、家族を呼べば一緒に居る時間が増える… 少しは家族に対する償いになるだろう。 …弥彦、生きているからこそ触れあえるんだ。お互いにどんなに後悔しても、死んでしまったら愛する人に触れる事は出来ないし、思い出も作れない…」

 

ジョンはふと、馬に寄り添い、ハロを抱き上げて微笑を浮かべるクリスへと視線を向けた。

 

 

「…少し…考えてみます…」

 

ジョンは弥彦の言葉に再びビールを投げ渡す事で返し、煽ったビールには先程よりも苦味を感じた。

 

 

 


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