ガノタの野望 ~地球独立戦争記~    作:スクナ法師

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3ターン目 傷だらけの獅子

 

 

 

新生活3日目。

 

そうこの世界に来てまだ三日しか経ってないが、俺の人生で一番濃い三日かもしれない。

 

昨日の話し合いの後に、お客さん達に泊まってもらう部屋を俺の住処である行政府近くのホテルへハロに準備して貰い、案内を任せた。 ついでにこれからの事を考えて、行政府内にアメリカと日本の出張所をハロに用意して貰った。

 

その間に執務室に戻った俺は、PSPの情報画面を見ながらこれからの対応や対策、移住の事などをコロニー内の維持管理を担当するハロに質問しながら夜遅くまで考えていた。

 

移住者の受け入れはなるべく平等に行いたいが、しばらくは地球との窓口になって貰う日本とアメリカには幾らかの融通は利かせたほうがいいだろう。

 

相手が望めばだが…

 

そう思ったが、それは杞憂だった。 夜半に上層部との通信を終えたイーストウッド、坂田両艦長が時間差で尋ねて来て、本国から提案を前向きに検討するので両国からの使節の派遣と、移住者の受け入れ枠の融通を考えて欲しいとの知らせを受けた。

 

こちらも両国には色々と頼む事があるので使節の受け入れは了承し、融通の方は前向きに検討すると少し曖昧に答えておいた。

 

その他にもアシガラとリバティーの補給の為に近くの宙域に待機している補給艦2隻の入港とクルーの滞在許可を出し、両艦長に立ち入り禁止地域が記載されたデータマップを渡して、食堂に同じマップを用意するので各クルーはそれを受け取って欲しい旨を伝えた。

 

 

  

異世界に来ても治らない低血圧で鈍る頭で昨日の事を思い出しながらも、洗顔と着替えを済ませて鏡に映る自分に今日も一日頑張ろうと語りかけた。

 

 

 

 

 

 

 

朝食(ハムパン)を済ませて何時もの如く執務室でPSPを弄っていたんだが、本日の生産品を考えてファクトリーに行く事にした。 何故かというと、昨日宣言した地球への兵器提供品で直ぐに使えそうな物が61式戦車しかなく、コロニー内防衛用に実物が本日出来ているので実際に見てみようと思った訳だ。

 

 

ハロに玄関に電気自動車の“エレカ”を廻して貰い乗り込むと、自らハンドルを取って車を走らせた。

 

コロニーはコロニー外壁の内側に三つに別れて大地がある。 三つの大地は、行政府と商業地区をメインにした大地。 居住区と自然地区をメインにした大地。 そして工業製品を初めとした様々な物を生産する工業地区メインの大地で三つに分類されている。

 

各大地は間に採光用のミラー運河で隔たれており、隣に行くには間に架けられた橋を渡る必要がある。

 

コロニー内の移動には電気自動車のエレカとバス、そしてコロニー外壁に沿って走るコロニー列車等が有り、ロンデニオンではハロが全て運行している。

 

目的地のファクトリーは工業地区の奥、アシガラとリバティーが停泊している通常の港湾部とは反対にある港に近い最奥に位置しているので、行政府からはかなり遠い。 コロニーの全長が60kmを軽く超える大きさなので仕方のない事だ。

 

エレカに搭載されたナビに従いハロしか居ない無人の街を抜け、ミラー運河沿いの道に出て遠めに見えていた巨大なブリッジを渡る。

 

 オープンカータイプのエレカで風を受けながら走り、ラジオでもつけたい所だが生憎と放送局が開局されていないので無駄だろうが… 駄目元でスイッチを押すと意外な事に音楽が流れ始めた。

 

 

~♪ ~~♪

 

 

 

何故かは分からないが、聞きなれた俺のお気に入りの局がDJもCMも無しに延々と流れている。

 

「…まっいいか」

 

人差し指でハンドルをトントンと叩きながら拍子を取りつつ、工場が立ち並ぶ工業地区を抜け目的地を目す。

 

 

 

 

 

1時間近くのドライブの末に辿り着いたのは、重厚な門扉と厳重な警戒監視のされたファクトリーゲート。 警備員詰め所らしき建物からハロが2つ転がり出てきて出迎えてくれた。

 

 

 

 

 

『ハロ、シンジハロ!』

 

「ご苦労様ハロ。 中に入れてくれる?」

 

『入レ、入レ』

 

ゲートを開けてもらいハロの先導でゆっくりと中へ進む。 コンクリート造りの大きな建物の前で車を降り、玄関を通って保管所のシャッターを開けてもらい、漸くお目当ての61式戦車との対面となった。

 

「大きい…」

 

室内の照明に照らされたそれは想像以上の大きさだった…

 

地球連邦軍61式戦車。 機動戦士ガンダム劇中の一年戦争、もしくはジオン独立戦争と呼ばれる戦いで、MSが開発されるまで連邦軍の地上戦力主力の一端を担った61式戦車。

 

この世界でも地上に配備されているであろう日本の戦車90式、アメリカのエイブラムスと比べると、大人と子供ほどの差がある巨大な車体でありながら、スピードや運動性は上であり155mmの強力な連装砲を装備し、他の戦車が乗員3~4名なのに対して61式はたったの2名のハイテク戦車。

 

劇中ではそのハイテクが災いし、ミノフスキー粒子散布下での戦場で苦戦するが、対BETA戦では本来の実力で戦える筈だ…

 

 

戦えるといいな~、うん…

 

 

今のところコレしか提供出来そうにないし、量産型MS・GM(ジム)の提供なら喜んで…くれるといいな~…

 

…とりあえず乗ってみよう。 連邦軍士官服を汚すのもなんなので、どこかにツナギでもないかと探してみる。 幸いにも作業員用ロッカー室を発見し物色すると連邦軍パイロットが着ていたグレーのカーゴパンツと上着のセットを見つけたので着替えてみる。

 

地上のMSパイロットや戦車の搭乗員御用達なだけあって、士官服よりも動きやすく着心地が良い。 普段着代わりに使わせて貰おうと、ロッカーから同サイズを幾つか拝借した。

 

念のために、同じくロッカーの中に有ったヘルメットとボディーアーマーベストも着込み61式の砲塔へ乗り込む。 やはり戦闘用とあって狭い車内を見渡し、神様辺りが植え付けたのであろう知識と感覚を頼りに計器類を1つずつ確認して電源を入れる。

 

電気駆動ならではの静かさで砲塔部分が始動し、稼動可能状態になる。 トリガーの付いた砲塔操作用のスティックを使い砲塔の旋回、連装砲の仰角調整を行い滑らかな動作に問題がないことを確認した。

 

スペック上は155mm連装砲でダイヤモンドを超える高硬度の外殻を持つBETAを撃ち抜く事に問題は無い。

 

速度も90式戦車やエイブラムス戦車の最高時速70km前後に対し、90kmを誇る。 それでもBETA最速の突撃級よりは遅いが…

 

う~ん。運用面なんかの確認で専門家…実際にBETAと戦車で戦っている戦車兵や、あとは整備の人の意見も聞いてみたい。

 

補給なんかも考えなきゃダメだろうな…。 部品の規格が合わないかもしれないから用意して…消耗品関係はファクトリーが勝手に生産してくれるから、スペアーの車両も含めて大量に生産。

 

あっ、輸送も考えなきゃ。 生産コストの安い大気圏突入、離脱が可能なHLVロケットが生産可能だったな。 今後の事も考えて今から生産しても損はない筈。

 

色々と考えながら砲塔内から這い出て、戦車の上を操縦席へと歩きハッチを開ける。

 

操縦席へと潜り込むと砲塔内と同じように金属と機械油の匂いが充満していた。 計器類見回し、フットペダルと左右の操縦桿の感触を確かめて駆動用モータに火を入れるべくスターターキーを回し込む。

 

(61式を動かす日がこようとは…)

 

あるガンダム作品を想い浮かべながら、電気駆動車特有のモーター音が狭い室内に響き微かな振動をシート越しに感じる。

 

ゆっくりと前進するするように操作しながらハロに頼んで保管所の大型扉を開けてもらい、動作試験用の演習場に案内してもらう。

 

到着した演習場で、先ほど思い浮かべた作品の劇中での動きを真似て61式を思い切り走らせると… 動く、動く!前に動画で見た自衛隊戦車の演習よりも凄く動いていると思う。

 

思うんだが…

 

いかんせん、神様から与えられた身体能力と技量、知識に俺の意識が馴染んでないのか、いまいち実感が薄い。

 

やっぱり専門家に来てもらおう。 うん、そうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

61式を保管所へと戻し、建物を出ようとすると空に黒い雲が出ている事に気付いた。 エレカの後部座席に荷物を積み、ナビのコロニー内天気予定情報を見ると、雨をもうすぐ降らす予定との事なので車体後部に収納された幌屋根を出してから車を走らせた。

 

 

帰り道は居住区を経由して帰り、無人の家々の状態を軽く見て回る。 どの家も状態良く維持管理がされているので、移住者が何時来ても直ぐに住めるようだ。

 

走り抜ける居住区は区画事に建物の様式が違い目を楽しませる。 レトロな欧州風に、近代的でスタンダードな家にマンション。 区画事の雰囲気を楽しみつつ降りだした雨の中で車を 走らせる。

 

 

 

やがて車は居住区の町並みを抜けて、コロニー居住者の憩いと癒しの土地である人口湖や植林された森のある自然区画に入る。

 

 

人工の空から降る雨に、翼を畳んで湖に身を寄せ会う白鳥の姿に様々なシーンが浮かんでは消えていく。

 

森の木陰には放牧された馬や牛が雨宿りをし、足下の草を食む。

 

とても真空と壁一枚を隔てた世界とは思えない光景だ…

 

 

ちょっとした感動を覚えながらぬかるんだ道を走らせていると目の前に木陰に佇む一頭のサラブレッドと、それに寄り添うように一人の人物が目に写る。

 

無重力状態に合わせたパンツルックではなく、地上勤務で着るのであろうタイトなスカート姿のアメリカ軍制服とプラチナの髪を雨で濡らした女性がサラブレッドの首筋を優しく撫でている。

 

馬を驚かせたり、泥を跳ねないようにゆっくりとエレカを走らせて近づくと、此方に気付いたのか 女性と馬が同時に顔を上げて此方を見る。

 

(綺麗な人だ…)

 

雨足の弱まった小雨の中で、フロントガラス越しに見る彼女は綺麗だった。

 

 

近づく車に最初は警戒の気配を漂わせた彼女だが、手を上げて挨拶する此方の姿を車の中に確認すると、冷静な表情を崩すことなく警戒を解き敬礼を返してきた。

 

ゆっくりと彼女の横へエレカを近付けて、ウィンドウを下げてアンダーソン大尉に声を掛ける。

 

「こんにちは、お困りですか?」

 

「はっ、いえ。 大丈夫ですからお構い無く」

 

「この雨は夕方まで降る予定ですから、宿舎に帰られるなら乗せていきますよ? 丁度私も戻るところですからご遠慮無く」

 

「…。 それでは御言葉に甘えて…」

 

こちらの提案を了承した彼女は一度馬の方に振り返り、その首筋を整った指先の手でそっと人撫でしてから「失礼します」と告げながら助手席に乗り込んだ。

 

 

助手席の彼女に視線をやれば、綺麗な髪が雨を含んで少し雫を落とし、隙無く着込まれた制服が身体に張り付き、女性の身体のラインを浮き立たせている。

 

「ちょっと待って下さいね? …これを」

 

後部座席に積んだ荷物からタオルとグレーの上着を取り出して、彼女に差し出す。

 

「…ありがとうございます」

 

「では行きますね?」

 

慎重にアクセルを踏み、ゆっくりとした加速で車を走らせる。

 

 

 

 

 

走り出した車内ではおろした髪をタオルで拭く音だけがしていた。

 

何となく居心地が悪い気がして、音を絞っていたラジオの音を元に戻し音楽を車内に流す。

 

 

「ありがとうございました。 これはどちらに?」

 

「…ああ。 ダッシュボードの上にでも置いてて下さい」

 

下ろした髪を左肩から前へと流した姿で、綺麗に畳んだタオルを軽く掲げて聞く彼女。 右ハンドルの車なので彼女を見れば細いうなじが目に入り、慌てて目を逸らして前を向き直した。

 

「…? どうかなさいましたか?」

 

「いえっ、なんでもないです。 …それよりどうしてあんな所に? 宿泊先のホテルからも結構離れていますし、歩いて来られたんですか?」

 

「はい。 今日はローテーションで休日でしたので、部屋にいるのも勿体なく思いまして… 最初に此処へ来た時に湖と馬が見えたので散歩がてらに歩いてきました。 …あの、いけませんでしたか? お受け取りしたマップに記載された立ち入り禁止区域に此処は入ってはいないようでしたが…」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。 それよりよく歩いて来られましたね」

 

ここからホテルまで5km程は離れている。 車無しで来れない事もないが… あっ

 

「この程度の距離であれば問題ありません。 …それにしても驚きました。 雨が降るなんて…」

 

「申し訳ありません。 私のミスです。 事前にコロニーの天候情報の事をお伝えするべきでした。 それに皆さんが滞在中のプライベート時間に車が使えるように気を使うべきでした」

 

コロニー内のエレカは、俺以外の人が使用するためにはIDカードが必要になる。 コロニーに滞在するアシガラとリバティーにはゲスト用の数台のエレカを専用として提供してある。

 

しかし、休暇のクルーの事を考えていなかった。 提供したエレカは仕事で使われるために、休暇中のクルーには足にするものが無い。 一応、バスとコロニー外壁を伝う列車が運行はしているが来たばかりで使い方が分かり難いだろうし。

 

クルー全員のIDカードを発行して配布するべきだった。 エレカの数は十分に有ってもこれでは使えない。

 

「その程度の事、お気になさる必要はありません。 長い宇宙勤務で地上を離れた我々がこうして地に足をつけて雨に触れる事が出来る休暇を頂けるのですから、クルー達は感謝しております」

 

「そう言って頂くと助かります。 車や交通機関に関しては早急に対応させていただきます」

 

そう運転をしながら軽く頭を下げる。 帰ったら直ぐにでもIDカードの発行を考えよう。 ちらりと横を見ると頬にかかった髪を指先でかき上げながら、こちらを見る彼女と目が合う。

 

「? あの…」

 

「はい!」

 

その仕草の艶やかさに目を奪われたところで声を掛けられて、思わず声が上ずる。 

 

恥ずかしい…

 

 

 

「あの、前を…」

 

「はっはい、ぬお!?」

 

危うく道をそれて木に激突するところでした。 

 

「大丈夫ですか?」

 

「はい… 面目ない」

 

俺が謝ると、彼女は手を口元に当ててクスクスと忍び笑いを漏らす。 恥ずかしさで顔が熱い…

 

どこの中坊だよ、情けない。

 

「色々と本当に面目ない…」

 

「クスクス。 フジエダさんは面白い方ですね? 最初の印象と大分違うように感じられます」

 

「…ちなみに最初の印象とは?」

 

「そうですね… 失礼かとも思いますが怪しくて胡散臭い…油断ならない人」

 

ですよね~ 自分でも怪しさ爆発だと思います。 それにしても絵になる人だな…いまだに口元を隠しながらクスクスと笑う姿に見惚れてしまいそうになる。

 

…いかんいかん。 運転に集中!

 

 

「そっそういえば… 馬がお好きなんですか? 扱いにも馴れていらっしゃるようですし」

 

我ながら苦しい話題転換。 だけど馬の扱いが馴れていると感じたのは本当だ。 馬は臆病な生き物だから、大人しそうな外見とは裏腹に繊細な扱いをようすると聞いた事がある。

 

 

「ええ。 母方の実家が牧場を経営しておりまして、…父と母は忙しい人達でしたから子供の頃はそこで過ごす事が多かったので自然と…」

 

意外だな、カウボーイならぬカウガールか。 クラシカルなスタイルで馬に乗って、牛を追いかける彼女を想像してみるとやはり絵になる。

 

「そうですか。 素敵ですね」

 

「ありがとうございます」

 

礼を言いいながら浮かべた柔らかな微笑に少しだけ彼女の素顔を見たような気がした。 けれど何故だろう? その笑顔に一瞬、翳りを見たのは…

 

 

 

 

 

 

その後も他愛も無い会話を続けホテルの前に着くと、丁度玄関を潜ろうとしたイーストウッド艦長と出くわす事になる。

 

「おや? ミスターフジエダ。それにクリスも… ふむ、以外に積極的なのですね」

 

「何がですか? 私はアンダーソン大尉を送っただけですよ」

 

「? 何を仰っているんですか艦長? それと人前でその呼び方はお止めください」

 

ん? ひょっとして二人はそういう関係?

 

「はは、何を想像しているのかは分かりますがご安心を。 彼女とは従妹なのですよ」

 

「あっ、そうなんですか。 けど…いえ何でもないです」

 

「あまり似てない…ですか? まあ従妹ですから」

 

「すみません。 失礼を」

 

「何が安心なんですか艦長?」

 

アメリカ人らしい率直な笑顔を見せる艦長は、男の俺から見てもカッコイイ。 さぞやモテる事だろう、羨ましいかぎりだ。

 

「ははは、ご覧のとおり彼女はこうやって幾人もの戦士達を倒してきた猛者だ。 がんばれ、ミスター」

 

「いったい何の話をしているんですか艦長? 申し訳ありませんフジエダさん。 艦長は時折錯乱して訳の分からぬ狂言を口にするのです」

 

「…クリス、それはちょっと酷くないか?」

 

「アンダーソン大尉です、艦長?」

 

いいコンビだなこの二人。 そうだ折角だからイーストウッド艦長に戦車の事で伝言を頼んでおこう。

 

「イーストウッド艦長。 今お時間空いてますか?」

 

「ん? ああ今日はもう予定は無いが」

 

「それでは…」

 

その後、運良くホテルのロビーで寛いでいた坂田艦長も見つけて、戦車兵と整備員の派遣して貰うための話し合いをするために場所を移そうとしたが…

 

「私もご一緒しても宜しいでしょうか?」

 

「いいですよ…と言いたいところですが、部屋に戻られて体を温めた方がいいですよ? 濡れたままでは風邪をひいちゃうかも?」

 

「…分かりました。 …あの上着を…」

 

羽織っていた上着を返そうとした彼女に手を振り止める。

 

「今度会ったときにでも返して頂ければ結構です。それでは」

 

軽く会釈をして二人の艦長とともにその場を去ろうとすると、敬礼で見送る彼女の実直さに少しだけ素直な笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

「それでむこうは戦車兵とその整備員の派遣を望んでいるのだな?」

 

「はい。 戦車兵に関しては最低でも二名は派遣してほしいとの事」

 

日本帝国東京某所。 現在の帝国の首都は京都であるが、朝鮮半島の戦線が日々悪化している影響を受けて、日増しに増すBETAの脅威に備えて着々と遷都の準備が行われている最中、先に移転した政府中枢の責任者達は軍部からの報告を受けるために一同に会していた。

 

報告を受けるのは現日本帝国総理大臣たる榊 是親を始めとする政府の要職に就く者達。 報告するのは日本帝国軍宇宙軍を始めとする陸海の長官と参謀達。

 

この豪勢な顔ぶれ達の話の中心人物は、遠く虚空に浮かぶ未知なる勢力…いや、実質一人の男であった。

 

突然現れた謎の存在。 彼から採取された細胞のデータは、国連宇宙ステーションに送られて人類のものである事は確認されている。 されてはいるが、彼の持つコロニーを始めとした技術力は現在の地球のどの国家よりもずば抜けている。

 

幸いにもこの事をより正確に掴んでいるのは日本とアメリカのみ、両国の担当宙域ギリギリの境界線に現れたのは幸運だったと、この場に居る誰もが思った。

 

「それで見返りはなんと?」

 

「…それが、現在建造中か建造予定の宇宙戦艦、もしくは巡洋艦を条件付きで、各国に先駆けて優先的に提供すると…」

 

提示された条件にその場に居た多くの者が目を見開いた。

 

今のところ口約束と条件付きと言う言葉が付いているとしても、数人の派遣で新造の宇宙戦艦を提供するのは剰りにも気前が良すぎる。

 

たとえ話し半分だとしても美味すぎる話だ。 胡散臭過ぎて躊躇してしまう。

 

躊躇してしまうが…

 

「…陸軍長官、派遣は可能かね?」

 

「はっ。 宇宙軍の船を使わせて頂けるのであれば、陸軍に問題はありません。 既に人員の選定に入っております」

 

「宇宙軍長官?」

 

「こちらに異存はありません。 …ただ、出来れば一週間後に予定している外務省の方々を運ぶ際に一緒に乗って下されば此方としても助かります」

 

 

たとえ胡散臭い話に相手だったとしても、今の日本はそれに乗るしかなかった。

 

朝鮮半島を抜かれれば、次は日本…

 

準備はしてはいるものの、し過ぎて困ることは無い。

 

軍が撮影した高威力の光学兵器。 もしもあれが地上でも使用可能でBETA襲来前に配備可能だとしたら?

 

一定の効果を期待する為には一つでも多く数を揃えなくてはならない。 しかしあの兵器は、専門家達の意見では国産化するのにかなりの時間を要するであろうと一致しており、短期間で数を揃えるには向こうからの提供に期待するしかない。 日本と同じくあの技術を欲するアメリカと違い、時間は切迫している。

 

このままでは朝鮮半島が抜かれるまで約一年。 専門家はそう言った…

 

ならば僅かな望みに掛けようではないか! 何をする気かは知らないが戦車兵と整備兵を送り出すだけの安い出費だ。 今や戦場の主役は戦術機、戦車兵の数人なぞ痛くも痒くもない!

アメリカに出し抜かれてなるものか!

 

政治家達も軍人達も皆、そう決断して戦車兵達を送り出す算段をつけはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ…」

 

ベルトで体を座席に固定しても、足の裏と尻が浮く環境に馴れる事ができずに男は舌打ちした。

 

年の頃は40前後。 日焼けした肌に黒い髪、顎髭を生やした精悍な顔には傷が有り、顎を斜めに走る白い傷痕とがっしりとした体つきは、町を歩けば多くの者が道を譲りそうな風体は不機嫌そうな表情と相まって近づき難いオーラーを放っていた。

 

シャトルに同乗したスマートな外務省の職員達は、そんな彼と目を合わせないようにしきりに持ち込んだ資料に目を通したり、仲間内で小声で話し合っていた。

 

 

どこからどう見ても場違いな自分の状況に、再び舌打ちしようとした彼に話し掛ける猛者が居た。

 

「宇喜田(うきた)大尉~ 何で自分ら此所に居るんでしょうね~?」

 

対面に座る体格はがっしりとしているが、気弱そうな表情を浮かべている20半ばの男を見て宇喜田と言う男は顔を歪ませて言い放つ。

 

「知るか! 俺が聞きたいわ!」

 

怒声を上げた宇喜田に、話し掛けた男はヒッ!と首をすくませて座席に身を沈ませる。

 

 

「狭い所で怒鳴るな宇喜田。 耳に堪える」

 

そう静かに、しかし有無を言わせぬ圧力で嗜めるのは、サングラスを掛けた50代の繋ぎ姿の男。 少し痩けた頬と、白いものが混じる髪と口髭、顔に刻まれた皺が彼の歩んで来た人生の重みを見る者に感じさせた。

 

「…すみません、おやっさん」

 

宇喜田はおやっさんと呼んだ男に身を縮こませて素直に頭を下げた。

 

「訳の分からない状況に苛つくのは分かるが、上官として人の上に立つもんが易々とそれを表に出しちゃなんねぇ。 俺だって苛ついてんだ。 おまけにこの年で宇宙は流石に堪えるぜ…」

 

座席で腕を胸の前で組んだ姿勢のまま、首を回してコキコキと骨を鳴らす姿を、どこの親分だと外務省職員が内心でつっこんだ。

 

 

もう一度、すみませんと頭を下げた宇喜田は何故このような状況に置かれているのか、シートに体を沈み込ませてムッツリとした表情で思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BETAが地球上に現れる前、自分は帝国陸軍第一師団戦車隊に所属していた。 精鋭を集めた第一師団で、戦車に乗せれば自分の右に出る者は居ないといいう自負もあった、まだ若さの残る自分は自信に満ち溢れ、上官とぶつかる事も多々有り、上層部に煙たがられている事は分かっていた。

 

BETAが地上を荒らし始めた頃、自国の兵器と兵士を使ったBETAとの実戦データを得るために大陸への軍の派遣が決まった時に、真っ先に戦車兵として名前が上がった事は体のいい厄介払いだとは分かっていが、当時の自分は実戦で己の実力を見せ付けるチャンスとして嬉々としていた。

 

 

この時はまだ、たとえ世界が恐れるBETAであろうとも、己の力ならば人類を勝利に導けると過信し己が幻想に酔っていた。 その先にある地獄も知らずに…

 

 

中国方面とヨーロッパ方面に分けられた大陸派兵で、ヨーロッパに派遣される部隊に組み込まれた自分の指揮する第二中隊はフランスを拠点とし、様々な戦地を転戦することになる。

 

おやっさんとはこの時に出会い長い付き合いとなる。

 

派遣当時74式戦車の配備が間に合わず、古強者の61式戦車を駆って人類の敵たるBETA相手に初陣を飾ったのだが…

 

 

 

…今でも目を瞑ればその時の場景が寸分も忘れることなく思い出せる。

 

 

燃える欧州の古い町並み… 民間人の悲鳴、兵士たちの怒号… 爆発と閃光に… 奴等が響かせる地鳴りの音。

 

栄光に満ちた帝国陸軍戦車隊はその日、泥にまみれた…

 

 

いや、帝国陸軍だけではない。 数多の精強なる陸軍を要する欧州各国の戦士達が故郷の大地を、愛する者達を守れずに虚しく屍を晒した…

 

 

61式よりも高性能な欧州戦車が時速160kmで突進する突撃級を避けきれず跳ね飛ばされ踏み潰される。サソリのような姿の要撃級に硬い前腕で叩き潰され挽肉(ミンチ)にされ無残な姿になる。

 

無線越しに響いた戦友の声に視線を向ければ、一台の61式戦車が同じ名を冠するBETA、戦車級に集られて乗員ごと食い散らかされた…

 

数多の怒号や悲鳴を聞きながら無我夢中で主砲を撃ちまくった。 銃身が焼け、弾が尽きるまで目に入ったBETAを殺し続けた。

 

それでも目の前の状況は、何一つ変わらない…… どうやって生き残ったのか自分でも分からない…

 

気づいたら砲塔内でおやっさんに殴られていた。

 

 

その日。 日本帝国陸軍欧州派遣部隊の先遣隊は初陣で3分の1にまで撃ち減らされ、俺の指揮する中隊は俺の乗る戦車を残して壊滅した。

 

 

 

 

 

生き残った俺は志願してそのまま欧州へと残り、新しく支給された74式戦車と共にあの日の悪夢を祓うために戦い続けた…

 

欧州が落ちた後も朝鮮半島防衛戦に参加し戦い続けた。

 

たとえ戦場の主役を戦術機に下ろされ、第二線に追いやられようとも戦車と共に戦い続けた。

 

 

 

 

そして俺の最後の戦いとなった戦闘…

 

一線を張る戦術機部隊が壊滅し、戦線維持の為に救援の部隊到着までの時間稼ぎを任されて再び会い見えた怨敵。 最新鋭の戦車90式をもって挑んだ戦い…

 

 

 

 

防衛線は守られた。

 

救援に訪れた戦術機の部隊のお陰で…

 

 

時間稼ぎの戦車隊は壊滅。 俺の乗る90式は砲手と俺の右足と共に戦車級に齧られて大破。

 

部隊と片足を失った俺と、目の前に座る操縦手の楠田は後送されて本土の戦車兵の教官として配置換えされた…

 

 

 

終わったと思った。

 

 

ひよっこどもを鍛え上げて、一人前にする教官職も悪くはないと思った。

 

 

 

しかし、時折夢で見る戦いの場景が頭に焼き付いて離れない。

 

 

心の中で誰かが囁く…

 

 

(まだ戦える)

 

 

(まだ負けてない、決着はまだ付いちゃいない!)

 

 

 

胸の中で何かが燻り続け、その熱は日増しに熱くなる…

 

 

 

そんな時だった。 上官から戦車戦のアドバイザーとして出向する話が来たのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気分転換になるかとほいほいと来てみりゃあ、なんで宇宙くんだりまで来なきゃならん? なにかぁ? 上の奴等は宇宙で戦車でも走らせるつもりかぁ?」

 

「大尉~。 折角だから楽しみましょうよ~? 宇宙に出るなんて滅多に経験出来るもんじゃないんですから~? ほら、地球が見えますよ! 綺麗だ…な……」

 

「…くそっ!」

 

小さな窓から見えた地球の姿に、場を和ませようとした楠田は絶句し、宇喜田は悪態を付く。

 

眼下に見える青き地球はその肌に荒涼たる茶色の大地の傷跡を見せ、それを見た人々の胸を締め付けた。

 

 

 

(お前はこのままでいいのか? あの大地の姿を見て何も感じないのか!?)

 

 

「っ!?」

 

無残な地球を見た瞬間、宇喜田の心のささやきが強くなる。

 

(戦え! 打ち勝て! お前の誇りを取り戻せ!!)

 

と…

 


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