ガノタの野望 ~地球独立戦争記~    作:スクナ法師

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16ターン目 星空の中で

 

ジュノーと呼ばれる小惑星が木星には在る。

 

とある世界で、西暦から宇宙世紀へと暦が変わる前に地球圏へと運ばれたそれは、人類の第二の故郷であるスペースコロニー建設の礎と成った。

 

粗方の資源を掘り終えたジュノーは、核爆発にも耐えられる厚い岩盤と、張り巡らされた坑道と設置された施設を生かして地球連邦軍の拠点として再利用され、ルナ2の名前を新たに与えられた。

 

マブラヴの世界にもジュノーは存在する。 火星より遠い木星圏を漂っていたそれは、突如として現れた木星採掘基地からやって来た、無人の艦船とMSの手により核パルスエンジンを取り付けられ、地球圏へと曳航される。

 

一隻の資源輸送艦、ジュピトリス級と、2隻のドック艦、さらには二隻のコロニー建造艦を従えて近付くジュノーの威容は、ロンデニオンコロニーがこの世界に現れた時と同じくらいに人々を驚かせた。

 

“上”からの最後の支援として送られたこれらは、表向きは日本とアメリカが推奨し始めた“第二次宇宙開発計画”の管理下に置かれているとされているが、実際はロンデニオン直轄の物だった。 

 

当初、地球人類の共通財産としようとしたロンデニオンだったが、利権に関わる大混乱が予想され、とりあえずロンデニオンが管理して何れは各国が参加する組織なり企業なりに、段階的に引き渡す事をロンデニオン管理官が決断した。

 

これにより、日本とアメリカが率先して宇宙開発に携わる公的機関の設立や、民間企業への誘致起業が推奨される事になる。

 

日本とアメリカ。 両国はロンデニオンから小惑星などの引渡し条件の一つである、多国籍企業の設立の為に、それぞれの息の掛かった国々を取り込んで熾烈な派閥争いが行われる。 この事は最初から想定されていた為、ロンデニオンとしては事態を静観。 新しいステージへの競争を生暖かい目で見守っていた。

 

そんな状況下で一足早く、ロンデニオンコロニーに起業した会社が二つ存在する。

 

一つは、コロニー建設や食糧生産に重点を置いた、日本が主導する“ヤシマ重工”。 もう一つは、アメリカが主導する資源採掘や新技術に因る兵器等の生産を重点に置いた企業、“アナハイム・エレクトロニックス”。

 

二つの企業名を聞いたとある管理官は、飲んでいたお茶を噴出しそうになったという。

 

余談であるが、二つの会社の起業と新たなる宇宙開発に地球の市場は久しぶりに賑わい、関連する株価が上がって明るい兆しが見え始めたという。

 

 

とある老企業家からのアドバイスを受けて、そんな追い風を加速させるべくロンデニオンは二つのコロニーの建設を発表し、先の見えなかった状況に出し渋っていた投資家の財布の紐を緩めようと画策する。

 

新たに建設されるコロニーは一基辺り一千~五百万人の収容が可能であり、二基で合計一千万人を軽く越える。 これだけの人数だと付随する経済効果は莫大な物であり、コロニー建設から始まり移住の為の足 (新技術に拠るマスドライバーの建設もロンデニオンで進められており、既に日本とアメリカは候補地の選定に入っている)に、コロニー内での新生活に関する経済の流動。 そして更なるコロニーの建設への期待感から投資家は、避難先の確保の為にもこぞって関連株の売買に走った。

 

 

 

そんな騒動の源であるコロニーと小惑星を、フジ級輸送艦スルガの展望室の船窓から見詰める若者の姿が在った。

 

アメリカ陸軍の制服を着た黒髪の少年、ユウヤ・ブリッジス准尉。 衛士育成所からの、本人曰く“島流し”を受け、准尉の階級も“お情け”で貰ったと本人は考えていた。 

 

憂鬱そうな黒い瞳で、強化プラスチックの窓を眺め続けるユウヤ。 ヒューストン基地からHLVで宇宙(そら)へと上がり、日米宇宙軍が教練も兼ねて運行するスルガへと移乗してこのかた、暇さえあればこうして窓から宇宙を眺め続けていた。

 

一途で不器用な少年は、生い立ちもあって周囲に打ち解ける術を知らず、こうして一人でコロニー到着までの時間を潰している。

 

遠く離れて行く地球… そこに居る病の母を思って溜息を吐いく。

 

沈黙の流れる展望室。 只黙って星の海を眺め続ける。

 

静寂の宇宙。その星の海で二つの星が音も無く動き始めた。

 

「流星? いや、何だ…?」

 

異変に気付いて眼を凝らすユウヤ。

 

その間にも二つの星は時に瞬き、時に尾を引いて流星の如く宇宙を翔ける。 互いに絡み付くように、徐々にスルガへと近付く二つの星。 目にする異変をブリッジに伝えるべきかと、二人それぞれに考えていると艦内放送が鳴り出す。

 

『全艦に通達。 当艦に近付く二つの物体があるが、友軍であるので慌てないように。 手空きの者は見物すると良い。 面白い物が見れるぞ』

 

乗艦の時に聞いたスルガの艦長の声を聞き、再び二つの奇妙な流星を観察する。

 

視線の先、漆黒の闇を切り裂き、光点だった星は徐々にそのシルエットを表し始めた。

 

人と同じ四肢を持つと思われるそれは、手にしたライフルを互いに向け合い、ペイント弾の雨を降らせる。

 

灰色の人型は左手の盾を駆使しそれを凌ぎ、白と青の人型は凄まじいスピードと、鋭角な回避で掠らせもしない。

 

上下左右の感覚が無い空間で、地球上では想像し得ない機動戦を展開する二機の人型は、やがてスルガの至近をフライパスして行く。

 

「あっ…」

 

間近に迫った白い機体。 人と同じ双眼のデュアルアイと目が合った気がした…

 

その瞬間に感じた不思議な感覚。 宇宙(そら)に放り出されたような。 けれども恐怖は感じない。包み込むような、そして不快ではないはずのそれを振り払おうと頭を軽く振ると再び二つの流星を追った。

 

 

 

 

 

「ガッデムッ!」

 

青いパイロットスーツに身を包んだ男が、悪態を付きながら左手の操縦桿を押し、左足のフットペダルを踏み込む。 その操作に0コンマで答えた灰色の機体は、左手の盾を機体の前方に押し出し、左足裏のスラスターを噴射させてクルリと背後を向いた。

 

敏感すぎる反応と急激な運動に因るGが体を襲い、次いで盾に着弾するペイント弾の衝撃がコックピットごと体を揺らす。

 

『…なんだ? 見られてる? 誰に?』

 

「この、じゃじゃ馬、がっ!?」

 

ヘルメットに内蔵されたインカム越しの意味不明な呟きを無視し、無意識に押し込んだ右の操縦桿に呼応して、右手を突き出してライフルを乱射する機体。 正面に迫っていた白い機体は、吐き出されたペイント弾の嵐を事も無げにひらりと避して頭部バルカンを反撃に出る。

 

「化け物め…!」

 

悪態を吐きつつ、盾で防御して機体を後退させるパイロット。 ライフル上部に装填された残弾の少なくなったマガジンを排出させて、シールド裏にマウントされた90mm弾マガジンを素早く装填させる。

 

「人で… ストレス発散… なんて… このっ!」

 

『ふはっ、ははは! 怖かろう!?』

 

息も絶え絶えに、再び調子を取り戻して妙なテンションの声の主へと銃口を向け、90mm弾をフルオートでばら撒くが掠りもしない。

 

『分単位でスケジュールを詰められたら、こうもなる!』

 

「知るかーー!」

 

ちらりと周囲を確認しバーニアを吹かすと、近くを航行していた艦の影に回りこむ灰色の機体。

 

『ちょっ、それはずるい!』

 

「うっせー!」

 

実に大人気ない二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

ロンデニオンコロニー・工業区画。 今、コロニー内で最も活気溢れる場所である。

 

元はコロニー内で最重要区画として制限されていた場所も、今では半分以上が軍や民間の技術者に開放されている。

 

特に逸早く準備を開始していたヤシマ、アナハイムの両社は、幾つかの生産工場をロンデニオンから借り受け、既に製品開発に入っていた。

 

とは言っても、漸く特許の降りる見通しの立った核融合炉を始めとするミノフスキー粒子関連の技術は、表向きはまだ手が付けられないので、既存の技術の延長線上にある技術(ロンデニオンの特許習得済み)に拠った製品の開発である。

 

高出力、大容量の小型バッテリーと高出力小型モーター。 特殊プラスチック樹脂製品。

 

特にこの3つは汎用性が高く、幅広い商品展開が期待できるとあって両社共に力を注ぎ、既に販売の見通しが立っている製品も有る。 エレカとプチモビである。

 

ロンデニオンコロニー内でも普通に使われているエレカ。 これを最初に見た民間技術者は偉く驚いた。 何せ、“石油”に拠らない庶民の理想の足が其処に在ったのだから。

 

 

長く続くBETAとの戦い。 その中で人類の勢力圏は次々と陥落し、遂には最大の石油産出地である中東をも近年失ってしまった。 中国全土にロシアと東南アジアの一部。 そして中東…

 

石油を始めとする資源産出地の半分を失った代償は大きく、特に中東陥落を機に経済に致命的な影響を与え始めていた。

 

各国は最悪の状況を想定し、石油に拠らない体質を作ろうとしたが、軍備増強が急務の中では各地に原子力発電所を用意するのが精一杯であった。

 

辛うじて工場や家庭に電気を送る事が出来ても、次に問題になるのは物や人を運ぶ為の足。 人類が得られる石油は減少し、国がそれを統制して分配する。 優先されるべきは軍であり、民は二の次。 限られた石油は戦車やトラック、艦船に回されて、民間に回されるのは質の悪い人造石油が少し。 

 

経済とは物を作り、必要な人の下へと売る為に“運ばなければ”ならない。 その為に必要な石油と言う名の血液が手に入らない。

 

新しい足として、各国は電気自動車等の研究開発に取り組んではいたが、軍に人材も物資も取られていたところ、完成された“足”が突如現れたために各メーカー企業は飛びついた。

 

逸早く工場を得たヤシマとアナハイムは、民間向けのみに限らず、軍用の車両も生産できるロンデニオン工場で、その技術を取り込んで独自の製品を作り出す為の準備をしつつ、その一方で小惑星から得られえる資源と、ロンデニオンの備蓄物資から材料を買い付けて、工場のコンピュータにデータ登録されている車両やプチモビ等をライセンス生産して各国に売り込みをかけていた。

 

 

そんな工業区画を“頭上に”見上げる男が一人。

 

金髪を短く刈上げた偉丈夫。 ダークグレーの制服の上にパイロット用のボディーアーマーを身に着けて、インカム付きのヘッドギアを被った男は、開放されているメインモニターが据え付けられたコックピットハッチから、青い瞳で見詰めて居た。

 

『少佐。 新入りが来たみたいですよ?』

 

インカム越しに届く声に左を見れば、片膝を突いた灰色掛かった白と紺のツートンカラーの機体。 同じようにコックピットを開いていた部下が前方を指差していた。

 

ファクトリーのゲートから真っ直ぐに伸びる道路を、此方に向かってくるエレカが小さく確認できた。

 

シート脇に設置されたコンソールを軽快に叩くと、俯かせていた人と同じ双眼を持つ巨大な頭部が持ち上がり、エレカへとカメラを向けた。

 

「若いな…」

 

サブモニターに拡大される映像には、数台のエレカに分乗する兵士達。 その中一人である黒髪の少年へと意識が向く。

 

見慣れたアメリカ陸軍の制服を着た少年。

 

若い同僚の参加に、少佐は問題児であった前の部下の事を思い出して、溜息を零した。

 

『待たせたな少佐。 全機チェック完了、発進よろしだ』

 

「了解した後藤班長。 第一小隊、出るぞ!」

 

機体の足元から離れていくツナギ姿の整備員を見やりながら、ハッチを閉じて機体の双眼に火を入れる少佐。 巨大なコンテナを背負った機体が立ち上がり、演習地へと向けて足を踏み出す。

 

 

 

宇宙に居る事を忘れるような風景を、エレカの後部座席に座った少年は黙って眺めていた。

 

運転席に座る出迎えの先任軍曹の会話に、最低限の言葉を返しながら周囲へと目線を向ける。 他の兵士達は始めてみるコロニーの景色に歓声を上げているが、同じようにはしゃぐ気にはなれなかった。 

 

バックミラー越しにその姿を見た軍曹は、この年代の年頃にはよくあるナイーブさなのだろうと、気付かれないように苦笑を洩らす。

 

周囲の歓声が一際高くなり、同時に車は道の端一杯にまで寄せた。 

 

何事かと少年、ユウヤが正面へと視線を向けると…

 

見たことも無い戦術機らしき物が、立ち上がる姿が目に映った。

 

 

巨大なコンテナを背中に背負い、右手には突撃砲を左手には先端が二股に尖った小型の盾を装備した機体。

 

右肩に横線が一本入った隊長機らしき機体を先頭に、ゲートを抜けて此方へと歩行して向かってくる同型機が4機。

 

戦術機とは違う重厚な存在感を醸し出しながら、エレカの車列の横を通り過ぎる時、シールドに描かれた01の文字が目に入る。

 

「うちの栄えある第一小隊ですよ」

 

ハンドルを握る軍曹の誇らしげな声が届かない程に、力強さを感じさせる機体にユウヤは魅入られていた。

 

そんな彼らに答えるように、最後尾の機体が突撃砲を手にした右腕を、妙に人間臭く軽く振る。

 

おおー!

 

エレカに分乗した兵士達は、軽い歓声を上げながら手を振り返す者達も居た。 あの機体と同じ顔をした機体をユウヤはただ黙って見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンドベル。 それは日米両国の承認の元に正式に命名された、ロンデニオン所属の表向きには日米合同特殊部隊と仮称されていた部隊の、部隊名である。

 

命名者は、部隊総責任者のロンデニオン管理官。

 

一月前の部隊命名式において、アメリカ本国から式に参加してきたアメリカ海軍の高官が部隊名の由来を聞いたところ、“魔除けの鈴”と呼ばれたある部隊に肖ったと述べた。

 

どの様な部隊だったのかと聞くと、吹き溜まり、流刑地、貧乏くじ、脛に傷持ちの外人部隊などと返答に困る言葉が多数出て来て、周囲に居た高官達は頬を引き攣らせた。

 

 

ロンドベルの大まかな内訳は、三個艦隊に増強中のロンデニオン警備艦隊に、地球との間を行き来する輸送艦隊が一個艦隊。 それにロンデニオンコロニー内の治安維持等を担当していた日米の陸戦隊、両軍あわせて一個大隊規模も正式にロンデニオン所属となっている。

 

 

そして最後に日米の戦技研究部隊として、サナリィと新たに命名されたファクトリーに配置となる技術大隊が一個大隊所属する事になる。

 

本部管理中隊、MSを始めとする機動兵器の運用データを取る試験中隊が三個中隊。 そして特殊試験中隊が一個。

 

 

そのサナリィの一角にて、地図が表示されたグラフィックペーパーを手にしたユウヤが一人溜息をもらしていた。

 

自分の所属や、明日からのカリキュラムを伝えるレクリエーションを午前中に終え、午後から敷地内の自由見学となったのだが、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせたユウヤは、誰にも打ち解けようとせずに一人で施設内を巡っていた。

 

 

『来年に迫った大統領選挙。 事前調査の段階では現大統領のエデン氏の有利が…』

 

『正しく新機軸を打ち上げたエデン大統領に希望を抱いた市民層や民間企業の期待を…』

 

『対立候補であり、対BETA強硬派の頭目とも目されるジャミル氏の陣営では…』

 

 

当て所なく歩くユウヤの耳にニュース番組のキャスターの声が届き、何気なく其方へと足を向けた。

 

辿り着いたのは、ドリンクや軽食の自動販売機が並ぶ小さな休憩所。 壁に埋め込まれたテレビモニターの前にはコの字型に並ぶソファー。 中心にはテーブルが置かれ、ソファーに座る見慣れぬツナギ姿の面々が思い思いのドリンクやスナックを置いて寛いでいた。

 

「おっ?」

 

その中の一人、ユウヤと同じ黒髪の男が休憩室にやって来た来訪者に気付く。

 

得てして人間と言うものは、好きな物よりも嫌いな物を直感的に探り当て易く、ソファーに座る黒髪の人物が日本人であると思ったユウヤは不機嫌そうに眉を顰めた。

 

「ほらほら、みんな。 詰めて詰めて」

 

それを見て黒髪の男は腰を浮かして他の人間たちに声を掛けて席を詰めて貰い、空いた一人分のスペースにユウヤを誘う。

 

「どうぞどうぞ」

 

「いや、俺は別に…」

 

「まあまあ」

 

愛想の良い笑みを浮かべる男から視線を逸らして断ろうとするユウヤを、何時の間にか席を立ってユウヤの背後に立っていた男は背中を押して空いた席へと押して行く。

 

「っ! だから俺は…!」

 

「まあまあ」

 

ソファーへとユウヤを押しやった男は、ポケットからカードを取り出すと自動販売機に押し当ててユウヤへと振り向く。

 

「今日来た新人さん? 何飲む?」

 

「聞けよ、人の話!?」

 

そんな男に瞳を怒らせるユウヤと、笑みを浮かべてボタンの間を人差し指で行ったり来たりさせる男。 ソファーには苦笑を浮べるながらも面白そうに観察する人々。 その中の一人、ふんわり柔らかそうな金髪のユウヤと歳が変わらない若い男が、苦笑を浮べながら話しかける。

 

「まあ、あきらめて遠慮なく奢ってもらえよ」

 

「なんなんだよ!?」

 

「まあまあ」とユウヤの肩に手を掛けて金髪の男が席へと着ける。 その彼の前にコトリと一本の缶コーヒー。

 

「俺の名前はヴィンセント・ローウェル伍長だ准尉殿。 お前さんと同じで、技術交流の為にここの整備班に先月からご厄介になってる。 お前さんの名前は?」

 

「…ユウヤ・ブリッジス准尉」

 

「そして何を隠そう、この私こそがロンデニオンの遊び人のシンさ…」

 

「管理官。 お客様がお待ちです」

 

 

とユウヤの自己紹介に、変なポーズで茶々を入れようとした黒髪の男だが、音も無く現れた氷の笑みを浮かべる金髪グラマーな秘書さんに声を掛けられ、変なポーズなままで固まる。

 

「人違いです。 私は遊び人の…」

 

「第一ブリーフィングルームでお待ちですので、すぐにお越しください」

 

「私は遊び人の… あ~れ~ 若者よさ~ら~ば~」

 

秘書に首根っこを掴まれて引きずられるように男はその場を去るのだった。

 

「何なんだ、アレ…?」

 

後に残された面々は苦笑を浮かべ、ユウヤは呆れた表情でポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

「スケジュールを守って頂かないと困ります」 「反省しております」 そんな会話が扉の外から聞こえ、室内で待っていた客人達が席を立ってその人物たちを待ち構える。

 

スライド式ドアが静かに開き、ツナギ姿の男が秘書を伴って入室すると軍服を着た男達は敬礼を、スーツ姿の男達が軽く会釈して出迎える。

 

「お待たせして申し訳ありません」

 

ツナギ姿の男シンジは、真面目な表情で答礼しながら客人達に謝罪する。

 

「いえ、閣下」

 

客人達は軽い笑みを浮かべながら言葉を返し、シンジに進められて再び席へと着く。 その傍らに控えた秘書官が機材の準備をしている間に改めて言葉を掛けた。

 

「遠いところを皆様ご苦労様です。 両政府からお話は聞いておりますが、今回の件は何分にも初めての試みです。 色々とお力添え下さると助かります」

 

「それは此方の言葉です閣下」

 

「左様。 ロンデニオンの出自は大統領から直々にお話を聞いております。 お力を借りるのは寧ろ我々の方なのですから、此方の方こそどうぞ宜しくお願い致します」

 

「そうですか… ですが、互いの協力なくしては本計画は達成できません。 色々と問題も起こるでしょうが、改めて宜しくお願いいたします」

 

揃えた膝の上に手を置いて、姿勢正しく頭を下げるシンジに合わせて客人達も「宜しくお願いします」と頭を下げる。

 

そうしている内に機材の準備を終えた秘書官が部屋の明かりを消し、壁に埋め込まれた巨大モニターを映し出す。

 

 

“新JSF計画”

 

モニターにそう映し出された文字はキラリと光ると反転して消え、戦術機のシルエットが浮かび上がる。

 

「ご存知の通り、アメリカとイギリスを中心とした複数国参加の新世代標準戦術機開発計画とも言うべきJSF計画は、参加国の調整に追われて難航しております。 このままでは本計画が頓挫する可能性が高く、逼迫する情勢に対応すべくアメリカはイギリスとの協議の結果、ロンデニオンへの技術協力を要請。 ロンデニオンは、同じく新型主力戦術機の開発に難航していた日本帝国からの技術協力要請を受けていた為に、両戦術機開発を併せる事を条件に技術協力を了承する事になり“新JSF計画”を立ち上げる事が決定されました」

 

続いて組織図が画面に展開され、日米を始めとした各国の依頼を受けてシンジ・フジエダ“少将”を総責任者に、帝国側代表のタカムラ大佐、アメリカ側の代表のマハン大佐が脇を固める形になっている。

 

「ロンデニオンの保有する技術を戦術機にフィードバックし、新世代主力機を完成させる事を目的とする本計画ですが、仕様要綱が未だ本決定されておりません。 これは参加各国の機体性能に対する意見が統一されなかったのが原因であります」

 

元々が複数国参加に拠る計画であった為に、要求するコンセプトが複数案出てしまい、設計段階から躓いてしまったのだ。 これに対してアメリカは参加国を絞り込んだり、交渉によって譲歩を引き出している最中であった。

 

「ですので、仕様要綱が決定するまでの間にも技術的な擦り合わせをするべく、既存の戦術機の改修を行ってみる予定です」

 

そこでモニターの戦術機シルエットが二つに分離して明確に表示され、機体の名称も画面に浮かび上がる。 

 

“F15イーグル” “F16ファルコン”

 

第二世代に分類される名機達である。

 

もともとハイ・ロー・ミックスのセットとして扱われる二機。 F15イーグルは価格が高価ながらも、余裕のある基礎設計とペイロードにより安定感のある高性能と拡張性の高さが売りの機体であり、F16ファルコンは、F15と比べると拡張性は厳しいものの低価格と生産性、バランスの良い性能が売りで、F4ファントムに代わり各国の主力機として多く新規採用されていた。

 

この二機が、新世代戦術機の先駆けとして実験研究機に選ばれた理由は少し複雑だ。 本計画のリーダー的役割を担う日米。 その両国が技術的に共同歩調を歩める機体として、またアメリカが日本に技術公開しても“痛く”なく、両国で制式採用されているF15が先ず選ばれた。 F4の名前も挙がったのだが、耐用年数が迫り機体の老朽化が危惧された本機は、今回は不採用となっている。 そしてF15だけでとりあえずは本計画は十分なはずなのだが、ここにアメリカの事情が絡んだ。

 

本計画に参加する日本のメーカーは、帝国版F15・陽炎を共に研究開発した事もあり一体化して計画に参加しているが、アメリカの場合は事情が少し異なった。 アメリカには戦術機開発メーカーが多く、資本主義に忠実な彼らは新技術のノウハウが得られる本計画に貪欲的だった。 あの手この手のロビー活動で大統領を辟易とさせつつ、自社の製品の実験機への採用を嘆願。 少しでも自社に技術的フィードバックと利益を呼び込もうと、重役達がロンデニオンまでやって来て管理官と面談交渉攻勢に出た。 これに疲れきった管理官は、大口の有権者達を無視できずに同じく疲労の色の濃いその大統領からのホットラインにより、急遽もう一機の実験機採用へと相成った。 そこで選ばれたのはF15とは別メーカーが開発した機体であり、世界的に見てF4に次ぐ生産機数を誇り多くの国々に採用されているF16だった。

 

「とりあえず実験機がそれぞれ二機づつ、既にファクトリーの方で組み立てておりますので、来週には実機が配備される予定です。 詳しくは資料をお配りしますので、そちらをご覧下さい。 ご質問が有るかとは思いますが、明日組み立てているラインにご案内しますので、その時にお願い致します」

 

はっ…?

 

管理官と秘書官達を除く、その場に居たもの全てが間の抜けた表情を浮かべた。 

既に組み立てている?

 

呆気に取られる彼らの前に、秘書官の部下に当たる事務官がファイルを置いていく。

 

呆然としつつも、手を動かして目の前のファイルを捲ると、R(リファイン)F15・イーグルプラス、RF16・セイカーファルコンと名付けられた二機の戦術機の細かなスペックが記されていた。

 

えっ…?

 

本計画が決定されて、まだ一月も経っていない。 なのに既に実機が組み立てられている…?

 

 

彼らが驚くのも無理はない。 ロンデニオンは、二週間前に本計画に必要なF15とF16の設計データ等を生産許可と共に“公式”に入手。 そのデータを全自動CADに入力して、既存の機体との部品流用を重視しつつロンデニオンの技術を継ぎ込むよう条件を打ち込んで一週間ほどで第一案が出来、ファクトリーのラインとコロニー内工場の通常ラインを使って実機を作製中。 MSなどと少し勝手が違うせいで、生産工程のデータ蓄積が無いために生産速度が遅いが、それでも桁違いのスピードだ。 データを元に一年戦争時、連邦、ジオンともに僅かな期間で数多の新型、派生型を作りまくった全自動CAD様々である。

 

因みに機体ネーミングに関しては、管理官が昔やったゲームのものを流用したとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

ロンデニオンコロニー月側港。 地球から来る人や物資を受け入れる地球側の港とは反対に位置する港は、地球側とは違い人の出入りが厳しく制限されており、幾つもの立ち入り禁止区画が存在していた。

 

その内の一つである格納庫のデッキにて、このコロニーの主であるシンジはミネラルウォーターに付いたストローを咥え、デッキの手摺りに凭れ掛かりながら眼前の光景を見下ろしていた。

 

「どうするかな、これ…?」

 

物言わぬ白い巨人達が整列する光景に、少し困った表情を浮かべる。 

 

地球連邦軍制式量産型MS・GM(ジム)。 

 

一年戦争時に地球連邦の勝利を決定付けた機体。 諸説はあれど、その生産数は僅か数ヶ月で数千機とも言われ、地球連邦の底力を嫌でも感じさせる。 その機体が彼の眼下に90機並んでいた。

 

「正直、調子に乗って作りすぎた…」

 

今現在の生産レベルは、もう少ししたらガンダム開発計画へと手が届く程になっている。 そこに至るまでの過程で開発生産した前期生産型を始めとした、各種カスタムタイプや後期生産型、派生型にその他の兵器群諸々と、それらをロンデニオンで独自に改修した“オレガンシリーズ” (管理官命名)合わせてロンデニオンコロニーの保管スペースを圧迫し始めていた。

 

おまけに、木星から送られてきた資源小惑星“ルナツー”内にある生産区画でも浮かれて生産しまくった結果、MSだけで300機。 その他の生産した兵器も加えると“宇宙だけ”で千近くの機体や艦船が保管されている。 余剰と言うべきか、過剰と言うべきか… 更には地球の琵琶湖基地が本格稼動すれば、さらに余剰兵器が増える事になる。 まあこれでも、本家地球連邦軍の保有兵器量に比べればカワイイものなのだが。

 

これらの兵器群をどう有効利用しようか頭を悩ませるシンジ。 一応三軍の少将職を新たに拝命したとはいえ、地球での戦闘に介入する権限は今のところ認められていないので、勝手に投入して稼動データをとる事も出来ない。 よしんば投入許可が出ても、運用する人員が足りない。 …人員が追加で日本とアメリカから送られてきたとはいえ未だ教育課程の最中。 だが、一応代案は考えてある。 パイロットに関しては、無人機構想。 もともとMSにはオートパイロットが備わっており、教育型コンピュータに蓄積されたデータと合わせれば戦力になりうる可能性が高い。 幸いにも技術レベルを上げる生産過程で、アムロ・レイを始めとする連邦軍パイロットの稼動データを入手出来ており、その他にもサナリィの戦技研究部隊からも日々稼動データが蓄積されている。 整備に関しても、つい最近開発が完成したMS自動整備補修システム、通称“MSの棺桶”が生産可能になっており、地球連邦軍が一年戦争時に整備兵に配布したMS整備マニュアルと合わせて何とか… 

 

そこまで考えては見たものの、その他のバックアップ体制や戦術指揮などの問題で躓くのは見えているので、結局は日米を頼るほかない。 

 

溜め息を一つ吐き、片手で頭を掻き毟りながら「またお話し合いか…」と背中を煤けさせながらシンジは力無く呟いた。

 


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