砕蜂のお兄ちゃんに転生したから、ほのぼのと生き残る。 作:ぽよぽよ太郎
第7話
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「いやぁ〜それにしても、後遺症とかなさそうでよかったっスね。あの霊力回復薬、ボク使ったことなかったっすから」
「ああ、そうだな……って、え? あれって副作用の確認、してなかったのか?」
「あはははは……」
無事退院した俺は、隊務終わりに喜助と歩いていた。隠密機動に復帰して数日。変わらぬ日常が戻ってきたのだ。
……ていうか、あの霊力回復薬ってそんな曖昧なものだったのか。よく大丈夫だったな、俺。
「あ、そういえばあの時、
喜助が現場についた時、その場にいたのは俺だけだったらしい。周囲には瞬閧により破壊された木々があるのみ。だが、喜助はそれに納得していないようだった。
「……いや、俺も最後の
入院中に書いたあの任務の報告書にも、そのように記載しておいた。鏡花水月云々は一旦置いておくにしても、証拠もないのに真実なんかかけるわけがない。藍染の裏の顔には未だに誰も勘付いていないのだ。
なにより、現段階で藍染を刺激したくなかった。
俺は――いや、俺以外の死神でも藍染に勝てない。おそらく、藍染を倒せるのは原作通り黒崎一護だけだろう。そして、黒崎一護が藍染に勝てたのは運の要素も大きい。俺が変に行動することで原作から逸れたとしたらそれこそ終わりだ。手の打ちようがなくなる。
だからこそ、俺も改めて覚悟をしないといけなかった。誰かが不幸になることがわかっていても、傍観に徹するという覚悟を。
時系列から考えて、喜助や夜一さんが虚化事件に巻き込まれ、瀞霊廷を追放されるのも近いだろう。そして俺はそれを知っている。だが、それでも――
「――
「あ? ああ、なんでもない……」
「……まあ、それならいいんスけど。あっ! そういえば今日、夜一サンが機嫌良かったんスよ。何か知ってます?」
「ああ、それなら今日、夜一さんと一緒に高〜い酒飲むことになってるからな。喜助も来るか?」
せっかくの四楓院家の当主が用意した高い酒。できることなら少数で飲みたいというのが俺と夜一さんの希望だ。それに喜助の話だと、夜一さんも酒を相当に楽しみにしているみたいだしな。
だが、喜助ならいいだろう。夜一さんとも幼馴染で仲が良いわけだし、許してくれるはずだ。
「ハハハ……さすがのボクも、それは遠慮しておきますよ」
「え? なんでだ?」
「……たぶん今日僕も行っちゃうと、夜一サンに殴られますからね」
ふむ。よくわからないが、幼馴染という関係ゆえにいろいろあるんだろう。夜一さんと幼馴染……少し羨ましいな。
でもまあ、喜助が来ないってことは、夜一さんと二人きりになれるチャンスだ。残念ではあるが、こういったチャンスはモノにしないとな。そして酔った雰囲気であわよくば乳を……ぐへへへへ。
「――っと、そろそろ向かわないとまずい」
ニヤけた顔を元に戻しつつ周囲を見ると、いつの間にか日が暮れ始めていた。
「じゃあまたな、喜助!」
「気をつけてくださいね〜」
喜助の声を背中に聞きながら、俺は走り始めた。
四楓院家の屋敷、その敷地内にある夜一さん専用の離れ。俺は夜一さんと酒を飲むためにそこを訪れていた。
夜一や喜助、同僚たちとは退院してすぐ快気祝いに全員で飲みに行ったが、今回は二人だけだ。別にやましいことをするわけじゃない。任務前に約束した高い酒を飲むだけだ。いや、もしやましいことできるならしたいけどさ。
離れとはいっても、四楓院家の名に相応しく荘厳な造りになっている。というかぶっちゃけ、
「――それじゃあ、乾杯といこうかの」
離れの一室。俺と夜一さんは小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。テーブルの上にはえらい高そうな酒が置いてあり、その横にはそれが注がれたグラスが二つ。なんとなく、瀞霊廷にも洋風な飲み物とかあったのかと感心してしまう。
夜一さんはその片方を手にとって言った。たかが退院祝いにしてはやけに厳かな口調、態度に思える。
「妙に改まって言いますね」
どこか畏まった様子の夜一さんがおかしくて、苦笑しながらそう返した。そして、グラスを取ろうとテーブルに手を伸ばす。
「……そういえば、渡すのを忘れておったな」
だが、夜一さんの言葉でその手が止まる。夜一さんは本当に何かを忘れていたようで、「少々待っておれ」とだけ言い残して部屋を出て行ってしまった。
……どういうことだ?
退院祝いとかそういうんじゃないのか?
そんな俺の疑問をよそに、夜一さんはすごいスピードで戻ってきた。さすがは瞬神だ。手にはなにやら書状のようなものも持っていて、嬉々としてそれを俺に差し出してきた。
とんでもなく嫌な予感がするが、俺には受け取る以外の選択肢がない。
「ほれ、早く読んでみぃ」
「あ、ああ……」
夜一さんの言葉に頷き、俺はその書状を開く。そして、あまりの衝撃に書状を凝視したまま動けなかった。
そこに書かれていたのは、ごく短い文章。
-任命状-
龍蜂
かの者を
護廷十三隊二番隊副隊長に任ずる
「……え?」
「ふふん、儂が推薦しておいたのじゃ。副隊長の任命権は隊長が有しておるしな」
夜一さんは多少ドヤ顔気味でそう言う。
それは知っていた。隊長が副隊長の任命権を持っていることも、推薦された者が任命拒否権を持っていることも。
だが気になるのは、現在の二番隊の副隊長大前田希ノ進さんのことだ。彼は原作での二番隊副隊長である大前田希千代の実父であり、護廷屈指の鬼道の達人。まだまだ現役で戦えるはずだ。
「大前田のことが気になるかの?」
「……ええ、まあ。あの人になにかあったんすか?」
俺の疑問を感じたのか、夜一さんは苦笑している。
「大前田のやつ、そろそろ後進に任せて家業に専念したいらしくての。本当はあやつも自分の息子に継がせたかったようなのじゃが、おぬしが伸びた。おぬし、瞬閧も使えるようになったんじゃろう?」
「……まあ、未完成っすけどね」
確かに瞬閧は夜一さんとの修行の成果だ。だが、使えるようになったことは伝えていなかった。否、完成させてから伝えようと思っていた。夜一さんに負けたくなかったという、俺の男としてなけなしの意地だ。
「あの現場を見て、大前田もそのことを知ってのう。それなら、副隊長を任せられるだろうと言い出しおってな」
あの現場は、瞬閧の余波が丸わかりだ。見る者が見ればすぐにわかるだろう。だからこそ、大前田副隊長も気がついた。
だが、俺に副隊長が務まるのだろうか?
俺は原作を知っていて、これから訪れる犠牲すらも知っている。そして、知っていてなお、それを見過ごそうとしているのだ。原作通り、確実に世界が救われるように。
そんな人間に、資格なんか――
「――おぬしがなにかを抱えておるのはわかっておる」
不意に夜一さんが口を開いた。
「これでも長い間、ともに過ごしてきたからのう」
俺は顔を上げ、彼女の顔を見る。
「だから儂は、おぬしを信じる」
彼女はいつも通りの、快活で魅力的な笑顔を俺に向けてきた。彼女のその真っ直ぐな信頼がどうしようもなくむず痒くて、照れ臭かった。
「――儂を、支えてくれぬか?」
こんな俺を評価してくれて、ここまで言ってくれる夜一さん。彼女の期待に応えないのは、男が廃る。
「……わかりました。この話、お受けします」
俺は夜一さんを真っ直ぐに見つめ、そう言った。
同時に俺は、覚悟を決める。原作の知識を持ちながらも、傍観に徹するという覚悟を。もちろん、大筋を逸らさないように注意しつつ、できるだけ犠牲は少なくするつもりだ。それが偽善だと罵られようと、俺にはそうすることしかできない。
贖罪は、全てが終わってからだ。それまでは、信じた道を全力で歩もう。
「うむ。それじゃあ、乾杯しようかの」
夜一さんの言葉に頷き、俺はグラスを手に取った。
「――乾杯!」
「――乾杯っす」