砕蜂のお兄ちゃんに転生したから、ほのぼのと生き残る。   作:ぽよぽよ太郎

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第20話

 

 

 

         +++

 

 

 「――済まぬな、龍蜂(ロンフォン)

 

 その言葉が聞こえた瞬間、俺は襲い来るだろう衝撃へ対応するべく微かに身体を反応させ動こうとした。もっとも、そんなことをしたところで、万全の夜一さんならばミスすることなく俺を昏倒させられるだろうが。

 

 そう、万全ならば、だ。

 

 一縷の望みが届いたのか、俺にその攻撃は届かなかった。

 

 「ぅ……っ!?」

 

 そしてそれを認識すると同時に、背中のほうから声にならない呻き声が聞こえた。俺はそれを聞いて、冷や汗をかきつつも振り返る。

 

 「――俺のほうこそ済みません、夜一さん」

 

 振り返った俺の視界には、片膝をついた夜一さんがいた。攻撃のためか、右腕だけが中途半端な位置に挙げられたままだ。彼女は自身の身体に起こった異変に驚いているようで、膝をついたまま荒い息を吐いていた。

 

 「……ぐ……なんじゃ、これは……っ? 儂に、なにをしおった……!?」

 

 「これですよ」

 

 上手く筋肉が動かないのか、夜一さんは区切るように言葉を発し、絶え絶えに紡いでいる。俺はそれに答えるように、懐から紙包みを取り出して続けた。

 

 「喜助開発、無味無臭の痺れ薬です。効果が出るまですこしラグがあるのが面倒なんすけどね」

 

 本当はプレイ用に作ってもらったものであり、解毒剤を服用しないと結構な時間痺れが取れることはないという、なかなかに悪質な薬である。夜一さんの逃亡を防ぐためにも使えるかと思い持ち歩いていたものでもあり、今回はこれに救われた形だ。

 

 「……! まさか、おぬしの淹れた……あのお茶か……っ」

 

 そう。夜一さんのいう通り、俺は夜一さんの分のお茶にだけ痺れ薬を入れていた。砕蜂のものに入れなかったのは、あらゆる毒物の知識を持つ(フォン)家の人間であるため無味無臭といえど気付かれる可能性があったからだ。幸いにして部屋は完全防音、効果が出るまでにはある程度の時間が必要ということもあり、誰にも気がつかれることなく夜一さんを無力化させることに成功した。夜一さんが想像以上に焦っていたことだけが、想定外ではあったのだが。

 

 「まあ、そうでもしないと夜一さんは俺の話を聞いてくれない気がしたんすよ。実際、そうでしたしね」

 

 俺の言葉に夜一さんはバツが悪そうに顔を歪めた。事実、お茶に痺れ薬を盛っていなかったらあの場で昏倒させられていただろう。そして夜一さんはそのまま、喜助たちの救出に動いていたはずだ。原作の通り、全てを捨てて。

 

 ……いや、俺という恋人がいるのだ。自惚れじゃなければ、おそらく置き手紙くらいは用意しているかもしれない。彼女の性格からして、短く謝罪を書いただけの、簡素なものを。

 

 「くっ……龍蜂! おぬしは、良いのかっ……!? 喜助や握菱の奴が……無実の罪で、裁かれるんじゃぞ……!?」

 

 夜一さんは痺れる身体に鞭打って叫んだ。俺にだってその気持ちはわかる。彼女にとって喜助は家族同然であり、俺にとっての砕蜂に価するといえるかもしれない。それを踏まえて、仮に砕蜂が冤罪で裁かれるとなれば俺は死力を尽くして助けに向かうだろう。

 

 その事実にほんの少しだけ嫉妬しつつも、俺は何も答えずそっと夜一さんの側にしゃがみこんだ。そして、そっと彼女の髪を撫で付ける。愛おしいこの感触を刻み込むよう、ゆっくりと、丁寧に。

 

 今生の別れになるかもしれないのだ。少なくとも、相当に長い決別となることだろう。その間に、この感触を忘れてしまわないように。

 

 「――っ! まさ、か……おぬし……!?」

 

 夜一さんは俺の考えに気が付いたのか、慌てた様子で声をあげた。それに珍しく、本気で怒ったような口調で。

 

 「おぬしには、砕蜂が、おるじゃろうが……!」

 

 「――だからっすよ」

 

 俺は彼女の目を見てそう答える。

 

 「俺がここに残っても、この事件の黒幕に対してどうすることもできない。いや、下手したら砕蜂を人質にされることだってあるかもしれないんです」

 

 藍染がなぜ俺を泳がせているのかはわからない。取るに足らない存在だと思われているのか、何かの計画に使われているのか、それともすでに鏡花水月の術中に嵌っているのか。俺にはなにも、わからなかった。

 

 「それに、(フォン)家には敵が多い。貴族たちの監視も担ってきたので、後ろ暗いものを持つ貴族たちは常々俺たちを煩わしく思ってきたはずっす。もし夜一さんが喜助たちを助けて護廷を抜ければ、そいつらは嬉々として蜂家を潰しにかかるでしょう」

 

 隊長の裏切りを未然に防げなかった副隊長にして、碌な力を持たない没落寸前の小貴族。奴らからしたら、そのレッテルは目障りな存在を消す大義名分を手にしたと同義だ。今まで蜂家が報復されなかったのは単に護廷十三隊という支持者がいたからであり、その支持者からの信頼を失えば、潰されようとも見て見ぬ振りをされるだけだ。仮に大前田家のような財力でもあれば違ったのかもしれないが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 

 夜一さんが抜け、もし奴らが俺たちを潰そうとしてきたら、俺の力だけでは砕蜂を守れない。いくら俺が強くなろうとも、奴らの振るう力はその肥大した”権力”だ。権力の前には中途半端な個人の力なぞ意味をなさないのは、今回の喜助の件でも明らかだろう。

 

 普段はふざけているが、夜一さんは四楓院家の当主だ。貴族たちの陰湿さは、誰よりも知っている。そのため、彼女は俺の示す言葉の意味するところがわかっているようだった。

 

 「だからこそ、夜一さんに砕蜂のことを頼みたいんです。四楓院の名前があれば、少なくとも砕蜂だけは守ることはできる。それになにより、貴女は砕蜂を見捨てないでしょう?」

 

 そんな打算だらけの言葉に、夜一さんはなにも言わない。長い間彼女のそばにいて、彼女の性格は理解していた。彼女は彼女を慕う者への理不尽を、許しはしないだろう。だから俺は、砕蜂のことを安心して託せるのだ。

 

 俺はそのまま、小さく呟いた。懺悔するかのように、ただ虚空を見ながら。

 

 「――俺はずっと、貴女を裏切っていたんです」

 

 これは、俺の弱さだ。

 その呟きの意味することは、彼女にはわからないかもしれない。だが、勘付いてはいるはずだ。俺が何かを知っていることや、今回の事件を防がなかったことを。

 

 何も告げなかった俺を、果たしてこの人はどう思うのだろうか。

 

 「……もう、行きます。勝手なことして、本当にすみません」

 

 弱音をかき消すようにそう言い、俺はゆっくりと彼女に一歩近付いた。今はまだしびれ薬が効いているが、万が一ということもある。これ以上時間を使うのはよくないだろうという判断だ。

 

 「――縛道の三十二、”流雷(りゅうらい)”」

 

 その言葉とともに右手から肘までを紫色の電気が纏う。スタンガンのような、触れた相手を気絶させる鬼道だ。殺傷能力こそないが、捕縛時などには重宝されている。それを纏った右手で、俺は夜一さんの首元へと手を近付けた。

 

 「――龍蜂」

 

 直前、夜一さんは無理やりに顔を上げる。筋肉が痺れているはずなのに、その顔にはいつもの笑みが浮かんでいた。いたずらっぽい、少女のような快活な笑みが。

 

 「――それでも儂は、お主を信じておる」

 

 俺の知っていること、この事件のこと、喜助たちのこと。俺から聞き出したいことは数多にあるだろう。それなのに、彼女はこうして笑ってくれる。言葉通り、俺のことを信じて。そして俺は、自分の矮小さが嫌になる。俺にそんな資格なんかないんだと、叫び出したかった。本当に、情けない。

 

 彼女の頬を伝う一筋の光に心を穿たれながら、それでも俺は手を止めることはなかった。

 

 右手が首筋に触れた途端、パチン、という軽い音とともに、夜一さんの身体から力が抜ける。そのまま倒れこむ彼女を抱きとめて、首と膝の裏に手を入れ持ち上げると、ゆっくりとソファへと向かった。

 

 持ち上げた夜一さんの寝顔が普段のそれと同じで、無性に俺の心をざわつかせる。その事実から目を逸らして、俺は彼女をソファにゆっくりと寝かした。そのままソファの側に膝をついて、倒れたことで乱れた彼女の髪を丁寧に撫でつけ、整える。この数年間で何度もやった、手慣れた行為だ。

 

 俺の手が触れる度にニヤける彼女を見ていると、今までのことが頭に浮かんでくる。そのことで決心が鈍りそうになるのを感じて、俺はその場を去ろうと立ち上がった。

 

 そのまま振り返ろうとすると、不意に装束に突っ掛かりを覚える。視線を下に向けると、夜一さんの細い指が俺の装束の端を摘んでいた。一体いつの間にと驚きつつもその指を外そうとするが、なかなかに外れない。それが彼女が甘えたがる時とそっくりで、俺は一人苦笑しつつもいつもと同じように彼女に顔を近付け、その額に口付けする。

 

 そうすることでするするとほどけていく指を感じながら、俺は改めて扉へと歩き出した。重厚な扉の前で一度立ち止まり、取っ手に手をかけて静かに開く。

 

 扉の外では砕蜂ともう一人の護衛隊の隊士が向かい合って立っており、今回の事件についてを話しているようだった。護衛部隊に所属する者たちは相応の年数をここで過ごしているため、喜助のことを知っている者ばかりだ。だからこそ、どうやら今回のことで衝撃を受けているみたいだった。

 

 「あ、副隊……長……?」

 

 「ど、どうされたのですか、兄さ――じゃなくて、副隊長!」

 

 扉が開いたことで俺が出てきたことに気が付いたようだが、なにやら二人の様子がおかしかった。だが、それはとりあえず置いておこう。

 

 「君は至急一番隊舎へと向かい、夜一さんが少し遅れるということを託けてくれ。砕蜂は少し残るように」

 

 俺がそう言うと、伝令役に任命した隊士は「はっ」と短く返事をしてすぐに走って行った。

 

 それを見送ると、砕蜂が恐る恐る話しかけてくる。

 

 「あの……どうかされたのですか?」

 

 「……? なんの話だ、砕蜂?」

 

 「その、涙が……」

 

 「……!」

 

 砕蜂が俺の頬を指差してそう言う。それでやっと、俺は自分が涙を流していることに気が付いた。俺は慌てて右手でそれを拭いながら、不安そうな砕蜂の頭を左手で撫でる。

 

 「あー……いや、ちょっと目にゴミがな」

 

 「……ま、まさか夜一様となにかが、いや、浦原喜助のことですか!?」

 

 いつもならこれで猫のように目を細めて落ち着いてくれるのだが、今日はダメみたいだ。だからこそ俺は、そんな砕蜂をぎゅっと抱きしめた。咄嗟のことで驚いたのか砕蜂はじたばたと暴れるが、やがて観念したように静かになる。すんすんと匂いを嗅ぐかのように鼻を鳴らしているのは、俺の気のせいに違いない。

 

 しばらく抱きしめていると、砕蜂は俺の様子を伺うようにゆっくりと顔を上げた。喜びと安堵と不安とが入り混じったようなその変な表情に、自然と頬が緩むのを感じた。そして同時に、自分の臆病な部分が喚きだす。

 

 「――済まないな」

 

 「……本当に今日の兄様は、変です」

 

 俺の謝罪に、砕蜂は照れたように笑った。その純粋な笑顔に、心が曇る。それを振り払うように、俺は言葉を絞り出した。

 

 「――お別れだ」

 

 「……え?」

 

 「達者でな、砕蜂。――縛道の三十二、”流雷(りゅうらい)”」

 

 いきなりのことで反応できなかった砕蜂には、流雷を避ける術はなかった。パチンという音とともに身体から力が抜け、俺にもたれかかってくる。

 

 愛する家族にしたこの仕打ちを心に刻み、俺は機械的に砕蜂を壁へともたれ掛けさせると再び立ち上がった。

 

 

 そして、早朝の人気のない廊下を、逃げるように歩いて行った。

 

 

 

 


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