砕蜂のお兄ちゃんに転生したから、ほのぼのと生き残る。 作:ぽよぽよ太郎
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「――ボクが隊長に?」
「そうじゃ。やってくれるな?」
曳舟隊長の研究成果”義魂”が発表され、少しした後。二番隊の隊首執務室にて、喜助は夜一と龍蜂から相談を受けていた。相談というよりは、要請に近いのかもしれない。
曳舟隊長が"義魂"の研究という功績を持って零番隊へと昇進することになるため、その後釜――空位になる十二番隊隊長への就任についての要請だ。
零番隊というのも聞いたことがなかったが、なにより喜助は自分が隊長になるなど想像もしていなかったことなので戸惑っていた。
「いやぁ……でも、ボクなんかよりも龍蜂さんのほうが向いてるんじゃないっスかね?」
喜助は現在二番隊の第三席。いくら卍解を覚えてるとはいえ、それなら同じく卍解を習得済み、且つ副隊長経験のある龍蜂のほうが適任だろう。
喜助は夜一にそれを説明するが、同時に無理だろうな、とも思っていた。
こうして喜助へと話を持ってきたということは、龍蜂がすでに断っているということだ。
二人をくっつけるために奔走したのは喜助であり、くっついた今では夜一は龍蜂を手放さないだろうし、龍蜂も夜一から離れることはないだろう。
端から見ていて胸焼けしそうなくらいお似合いの二人だ。そんな二人がそれぞれ別の隊になるなど、喜助じゃなくとも想像ができない。
もっとも、龍蜂の妹である砕蜂はそのことが酷く不満――というよりそれぞれに対して少し妬いているようで、ことあるごとに二人の間へ入ろうとしているようだが。
「喜助、俺は夜一さんの下がいいんだ。だから他の隊の隊長になるつもりはない」
予想通りの答えが龍蜂から返ってくる。
「まあ、龍蜂サンはそうっすよねえ……」
龍蜂の言葉に恥ずかしそうにしている夜一を見て、喜助は思わず渋いお茶を飲みたくなってしまう。
ともかく、喜助としては隊長になることの魅力を感じることができなかった。仕事はもちろん増えるはずだし、面倒なだけだろう。
(色々と研究したいこともあるんで、断るしかないっすかね)
心苦しかったが、喜助にとってメリットはないに等しい。だから、きっぱりと断ろうとした。
「隊長になれば、色々と面白い奴とも出会えるぞ。監理隊は閉鎖的な環境じゃし、これを機にもっと交遊関係を広げるべきじゃ」
しかしそこで、夜一が再度口を開いた。まるで自身の弟に言い聞かすような口調で、喜助はなぜだか叱られているような気分になってしまう。
確かに彼女の言っていることは一理あるかもしれない。人との出会いは閃きの種だ。喜助も龍蜂からさまざまな閃きを貰っている。誰でもそうだとは思わないが、隊長格ならば龍蜂のように興味深い者が多そうだ。
元来面倒臭がりな喜助は、よっほどのことがない限り交遊関係を広げるのことはない。だが、隊長になるというのはそのよっほどのことに該当するだろう。
そこで、喜助の天秤は少しだけ傾いた。
「それに、隊長になればその権限で研究だって捗るぞ。マユリさんたちに協力を要請して、あそこから出すことだってできるし」
そして、龍蜂のこの言葉で完全に喜助の考えは決まった。
涅マユリを始めとして、蛆虫の巣には性格に多少の難がある優秀な研究者が多くいる。喜助としても彼らとともに研究をしてみたいという気持ちがあったし、事実そうなればその進捗は飛躍的に延びるだろう。
こういった時折見せる龍蜂の閃きは興味深かった。
「……わかりました。とりあえず、隊首試験は受けてみますよ」
この研究馬鹿め。そんな目をした二人の苦笑に、喜助は恥ずかしそうに笑みを返した。
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「どうじゃ、やっていけそうかの?」
「まぁ夜一サンや龍蜂サンの言うとおり、楽しそうだとは思いますね」
式典が無事に終了し、場所は変わって瀞霊廷内にあるとある居酒屋。喜助の就任式典を終えた夜一さん、喜助、俺の三人は、行きつけの居酒屋でささやかな就任祝いを挙げていた。居酒屋の奥、二つの四人がけテーブル席を貸し切っての催しだ。
式典があったため本日の隊長、副隊長の業務は少なく、俺も夜一さんも比較的夜が早いうちからこうして居酒屋に来れたのだ。
本来は夜一さんと二人で
なんでも十二番隊での就任祝いは用意されていなかったらしく(十中八九ひよ里がごねたからだろう)、やることもなくなったため暇をもて余していたのだとか。
こうなったら楽しく飲もうということで、後から鉄裁さんや砕蜂も来る予定だ。うん、砕蜂にはお酒はまだ早いかもしれないから、そこは気を付けないとな。あんなスーパー美少女が酔って前後不覚になるとか、いくら治安の良い瀞霊廷内だとしても危険極まりない。砕蜂って真面目だけど変なところで抜けてるから、リアルにそういう危険性があるんだよな。
「正直、あの反応は少し傷付いたっスけどねぇ。ひよ里さんの気持ちもわからなくもないっスけど……」
喜助も少し酔いが回ってきたのか、珍しく愚痴というか弱音を吐き始めた。ひよ里以外の隊士はそれほど拒否感を持っている訳じゃないようだが、やはりひよ里がネックになっているみたいだった。
「ふーむ。儂は特に隊長であることを意識したことはないからのう……。良いアドバイスが思い付かん」
「いや、夜一さんにはもう少し隊長であることの自覚を持ってほしいんですけど」
ドヤ顔でそんなことを言う夜一さんに、俺は急かさず突っ込む。……ていうかなんでそんな嬉しそうにしてるんでしょうかねぇ、夜一さんは。漫才をやってるわけじゃないんだが。
そんないつも通りな俺たちを見て、喜助は苦笑を浮かべている。珍しく真面目な雰囲気になったと思ったのになぁ……。ちくしょう、台無しだ。
「まあ俺は隊長っていう役職のことはよく知らないけど、夜一さんを見てみろよ。お世辞にも良い見本だとは言えないけど、隊長ってのはこんな感じで先頭に立って堂々としてりゃあいいんじゃないのか?」
弛緩してしまった空気を変えるため、俺は咳払いをしてからそう言った。他の隊長たちを思い返してもそういう人が多い気がするしな。
「少なくとも、いちいち部下の顔色を伺うような
うん、そんな夜一さんは夜一さんじゃない。俺が好きになった夜一さんは、天真爛漫でわがままな女性なのだ。
「……平子サンにも似たようなこと言われたっスね。”部下の気持ちは汲んでも、顔色を伺ってはいけない”って感じで」
俺の言葉を聞いた喜助は、少し驚いたようにそう言う。
「平子か。あやつも隊長になってからもう長いからのう。良い手本になるじゃろう」
喜助は夜一さんの言葉に頷き、なにかを決心した様子で話し始めた。
「そういうわけなんで、ボクはやりたいようにやることにしました」
「やりたいこと?」
大体の予想は付く。隊長就任が決まってから二人で話したことを、実行しようということだろう。
「――技術開発局。十二番隊を改革して、さまざまなものを開発したり、聖霊挺内の情報管理をする機関を作りたいんです」
そう言った喜助の目は真剣そのもので、だがその瞳の奥には狂気が渦巻いているように思えた。
崩玉。
おそらく、技術開発局を立ち上げる理由の一つにそれも入っているんだろう。喜助が、そして藍染が求める、全ての元凶が。
「ふむ、面白そうじゃな!儂は良いと思うぞ!」
夜一さんも酔っ払ってきたのか妙にテンションが高い。喜助を見るその表情は弟の成長を祝う姉のような、はたまた優しく見守る母親のような、不思議な表情だった。
「なら、マユリさんとかにも協力を頼んだりするってことだよな?」
「もちろんっスよ。他にもあそこには阿近さんとかもいますし、対価を用意すればみなさん同意してくれると思うんスよ」
そう言ってこれからの展望を語る喜助は子供のようで、自然と俺も笑みを浮かべていた。
そのまましばらくは、和やかな雰囲気のまま杯を進めた。3人とも酒には強いのだが、気持ち良く飲めているためか程よく酔いが回ってきたみたいだ。
「夜一様、兄様! お待たせしてしまい申し訳ありません!」
そんな風にまどろんで来たところで、砕蜂が慌てて飛び込んできた。敬愛する夜一を待たせてなるものかと、急いでやってきたのだろう。静かな店内に砕蜂の声はよく響き、カウンターに座る客は驚いて砕蜂を凝視していた。そんな視線を浴びて恥ずかしそうに頬を染め、俯いてしまう砕蜂。……やっぱり可愛いなぁ。
「おう、砕蜂! こっちじゃこっち!」
「っ! はい! 夜一様!」
そんな砕蜂を夜一さんがこちらへ呼ぶと、すぐさま嬉しそうな顔をしてこちらへ走ってくる。うん、ブンブンと振られる尻尾が見える気がするぞ。というか、危ないから店内で走るのは止めなさい。
俺たちの座るテーブルまで来た砕蜂は、俺と夜一さんに挨拶して席に着いた。
……一応これ、喜助のお祝いの催しなんだけどな。砕蜂は喜助のことを快く思ってはいないからか、ツーンと顔を背けて喜助に挨拶をしようとしない。
喜助はそんな砕蜂に慣れているからか、特に不快に思った様子はなさそうだ。むしろそんな砕蜂を見て楽しんでいるみたいだな。砕蜂はやらんぞ。
「ほれ、駆けつけ一杯じゃ!」
「ちょ、夜一さん。砕蜂にはまだ……」
「むむ、兄様! 私はもう大人です!」
「いや、でもなぁ……」
大人は自分のことを大人とは言わないんだよな。……ん? いや、夜一さんはよく自分で言ってるな。
砕蜂は夜一さんの言葉を遮った俺を、潤んだ瞳で見上げてくる。可愛い。
まぁ確かに近くにいたせいで気が付かなかったが、砕蜂も少し身長が伸び、顔も何処と無く大人びてきているように見える。いや、少しだけだけど。それでも、俺だってあれこれお世話を焼こうとするのは卒業しなきゃいけないのかもしれないな。
砕蜂は未だにお酒を飲んだことがないが、それもそろそろ経験させても良いのかもしれない。どこの馬の骨ともわからん奴らがいるところよりも、俺が近くにいるほうが安全でもあるだろうし。
「……わかった。だが、あんまり飲み過ぎるなよ?」
「はい! 兄様!」
砕蜂は嬉しそうに笑うと、お猪口を両手で持って夜一さんからお酒を注いでもらっている。「注いでもらうなど、ふ、不敬では……っ!?」とか言いながら。うん、ガチガチに緊張してるな。
俺も喜助と自分のお猪口に酒を注いで、右手で小さくお猪口を掲げる。
「それでは、砕蜂も来たことだし改めてじゃな」
夜一さんはそう言うと、そのまま音頭を取って再び乾杯する。砕蜂もボソボソとだが喜助へと賛辞を送ったようで、それを聞いた喜助はどことなく嬉しそうにしていた。
そんなこんなで、そのまま俺達は夜遅くまで飲み明かした。砕蜂にはそんなに飲ませないつもりだったのに、酔って甘えてくる砕蜂が可愛すぎたため俺はあっさりと陥落。砕蜂をべろんべろんに酔わせちゃいました。
途中で鉄裁さんも合流し、店を替えてまた飲み直して――
「う……んん……?」
朝日を感じて、俺は目を覚ました。どうやら自室の布団で寝ているようだ。
昨夜の記憶が曖昧で、酔いが残っているのかどうにも頭がすっきりとしない。身体もべとべとするが、今はとにかく眠たかった。
「……もう少し寝るか」
欠伸をしながらそう呟く。もぞもぞと身体を動かし、少し肌寒さを感じたので同じ布団に入っている熱源に抱き付いた。
「んうぅ……」
「むぎゅぅ……」
「……ん?」
――聞こえるはずのない声が、聞こえた気がした。
寝惚けた頭を覚醒させ、ぼやける目を凝らす。眼前には、俺の腕枕で幸せそうに眠る裸の夜一さん。何の気なしにその頭を撫でると、彼女の表情がにへらっと緩んだ。
うん、彼女はまだ良い。酔っ払ったまま色々とヤってしまったんだろう。
だが問題はそこじゃない。そのままゆっくりと視線を下に下ろしていくと――
「うぇへへぇ……兄しゃまぁ~、夜一しゃまぁ~……」
俺と夜一さんの間に、なぜだか俺の妹が挟まっていた。砕蜂は俺の胸板に頬を擦り付けながら、幸せそうに寝言を呟いている。……真っ裸で。
俺の視線の位置からは、小ぶり……というよりもほぼ平坦な胸や、半分ほどが埋まってしまった乳首がよく見える。なんとなく、これ以上の発育は望めなさそうだった。興奮しすぎたのか鼻からは少量の鼻血が垂れていて、酷く間抜けな絵面になっていた。
――いや、今はそれどころじゃない。
人は本気で驚いた時は声も上げられないんだなと、一周回って冷静になってしまった俺はそんなことを考えながら、静かに布団から抜け出した。夜一さんから腕を抜くのは申し訳なかったが、今はそれどころじゃないのだ。
有り得ないとはわかっているが、念のため掛け布団を捲ってみる。恐る恐る、ゆっくりと。
「oh……」
俺は小さく呟く。
うむ、敷き布団にはべったりと血が染み付いているな。
これは……あれだ。たぶん俺と夜一さんがチョメチョメしているのを見てしまい、砕蜂が全力で鼻血を噴き出したんだ。きっとそれだけだ。
俺はしばらくの間、自身の見事な推理の余韻に浸った。
「……寝よう」
どれくらいそうしていただろうか。不意に眠気を感じた俺は、再度布団に潜り込む。決して現実逃避ではない。
――そういえば喜助と鉄裁はどうしたんだろうか?
瞼の重みを感じつつ、そんな疑問が沸き上がってきた。この部屋には見当たらないからな。とりあえず、半分眠っている脳に検索をかけてみる。
「あ……」
そして、曖昧ではあるが、二人と別れた時のことを思い出した。
俺の最後の記憶では、喜助と鉄斎さんは二人で夜の流魂街へと消えていったようだ。……いや、気のせいだな、きっと。うん、きっとそうだ。
心の中でそう唱えながら、俺は再び眠りについた。
なお、その日の朝、何かを忘れるかのように一心不乱に隊舎を改造する喜助の姿があったとかなかったとか。