砕蜂のお兄ちゃんに転生したから、ほのぼのと生き残る。   作:ぽよぽよ太郎

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第14話

 

 

 

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 護廷十三隊二番隊第一分隊、刑軍。そこに所属する隊士砕蜂(ソイフォン)は、隊内で知らぬ者はいないほどの有名人であった。そう、なんせあの龍蜂(ロンフォン)を兄に持つ女傑なのだ。

 

 隊内での龍蜂の評価はもちろん高かった。気まぐれな隊長を唯一御すことのできる常識人。女好きという噂もあるが、実際は紳士的な男性。鬼道、歩法に優れ、”(フォン)家の鬼”の再来とも言われる死神。人当たりも良く、面倒見の良い上司。瀞霊廷通信で上位連載を継続させている文化人――などなど。

 

 本人が聞けば卒倒するような過大評価のオンパレードなのだが、そんな評価を受ける人物の妹ということもあり、砕蜂は入隊当初から期待されていた。そして砕蜂は、入隊後ずっとその期待に応え続けていた。

 

 兄に失望されないように、と。

 

 そのかいもあり、今では二番隊最年少で席官候補となっていた。

 

 そんなある意味注目の的である砕蜂は、不機嫌な様子で隊舎内を歩いていた。道行く隊士たちはぎょっとした顔で道を開けていく。砕蜂の怒気が凄まじいものというのもあるが、小さな身体を生かした彼女の戦闘術は色々と恐れられていたのだ。それを怒りに任せて振るわれたら、と思い、誰もが目をそらしているという状況だった。

 

 「まったく、兄様は……。連絡もなしに何日も帰って来ないとは、どういうことですか……っ!」

 

 未だに龍蜂のことを副隊長と呼んでいる砕蜂だったが、一人の時は前と同じように兄様と呼んでいた。最初はちょっとした”拗ねているぞ”というアピールのためだったのだが、いつしか元に戻すタイミングを失っていたのだ。

 

 だが、龍蜂はそれでも砕蜂を構ってくれていた。帰りが遅くなったり、泊まりになる時なども事前に一報入れてくれるし、不意の泊まりなどでも翌日にキチンと謝ってくれる。

 

 それなのに、だ。この二日間、龍蜂は帰ってくるどころか連絡もなかった。

 

 理由はわかっている。おそらく、事前に龍蜂が言っていた”修行”が原因なのだろう。隊長である夜一とともに三日間の修行を行うとのことだったが、龍蜂は毎日夜に帰ってくると言っていた。それがなんらかの要因――というよりも、夜一によって困難な状況になった。

 

 龍蜂が夜一に関することで振り回されるのはこれが初めてではない。だからこそ砕蜂はそう考え、そしてその予測は大方正しかった。

 

 だが、一抹の不安もあった。

 

 (兄様は、わがままな私をお嫌いになったのでしょうか……)

 

 もちろん、龍蜂が自身に向けてくる愛情を疑ったことなどない。そして自分の龍蜂に対する敬意も薄れたことなどなかった。だがそれでも、先の合同訓練で見た龍蜂と夜一の仲睦まじい様子を見てから、砕蜂の胸に微かな痛みが残っていた。

 

 (いつまでも拗ねている私を見て、呆れられてしまったとか……)

 

 そう考えれば考えるほど、砕蜂は足元がグラグラと揺れていく気がした。

 

 「あれ、砕蜂サンじゃないスか。そんなに怒ってどうしたんスか?」

 

 そんな怒りと不安に苛まれている砕蜂に、声をかける者がいた。よれよれの装束にボサボサ頭、どことなく三下口調の死神。

 

 「――! 貴様は……っ!」

 

 浦原喜助。砕蜂にとっては、自身の兄と敬愛する主を誑かす男だ。もちろん、喜助にそんな考えはない。先入観のなせる業である。

 

 「もしかして、龍蜂サンのことスか?」

 

 「――っ!?」

 

 「砕蜂サンがこうも怒るのって、龍蜂サンのことくらいっスからねえ〜」

 

 嫌いな相手にこうも己を見透かされたことで、砕蜂はさらに腹が立ってきた。だが、それも続く言葉で掻き消える。

 

 「龍蜂サンと同じっスね」

 

 「に、兄様と……? 一体どういうことだ、それは!?」

 

 先ほどまでの怒り半分、龍蜂と同じだと言われた嬉しさ半分で砕蜂は尋ねた。本人はそれを隠して冷静に尋ねているつもりだったが、端から見ればバレバレである。

 

 喜助はそれを微笑ましく思いながらも、彼なりに真摯に答えた。

 

 砕蜂のことになるとやけに感情を表に出してしまう、普段の龍蜂の様子を。

 

 「――ということで、今は砕蜂サンに副隊長って呼ばれてるからだいぶ凹んでるっスよ」

 

 「〜〜〜っ!」

 

 日頃どれだけ砕蜂の話をされるのかや、最近の龍蜂の様子をも聞かされた砕蜂は、頬を赤く染めニヤニヤとした笑みを浮かべてしまう。

 

 龍蜂が自分のことをこれほど想っていてくれたのかと知ることができて、どうしようもなく嬉しかったのだ。もちろん、本人はその喜色溢れる顔を隠しているつもりだった。

 

 そんな砕蜂の顔を見て、喜助は安堵の息を吐いていた。夜一に脅されたとはいえ、龍蜂に三日間泊まり込みのことを黙っていたのだ。これ以上兄妹の仲が悪くなると龍蜂が本気で泣きかねないので、こうして喜助は関係改善のために独自で動いていた。

 

 なお、先ほど話した龍蜂の様子は三割り増しくらいの脚色したものだ。万が一を考え大げさに言ったのだが、砕蜂は喜助の予想以上に機嫌が良くなってしまっていた。

 

 「ま、まったく。兄様はやはり私が付いていないとダメなんですね!」

 

 「……え? あ、いや、そういうことじゃなくてっスね――」

 

 なにやら嫌な予感がした喜助。少し盛って話したことを白状しようと口を開くが、砕蜂には聞こえていないようだった。ぶつぶつと嬉しそうに呟きながら、

 

 「ふふん、どうせ私に副隊長と呼ばれていることも楽しんでいるに違いありません!」

 

 「いやいや、そこは本気で凹んでて――」

 

 「でもなんで私という妹がありながら、夜一様に近寄ろうとするんでしょうか?」

 

 「え、ちょ、それは副隊長なんスから当然じゃ――」

 

 「まあいいです。帰ってきたら、精々甘えさせてあげましょう!」

 

 「――そ、そうっスね。それがいいっスよ……」

 

 喜助は説得を諦めた。

 

 

 その後、冷静になった砕蜂は喜助に先ほどの記憶を消すように命令すると、仕事に戻ることにした。

 

 

 なお、先ほどの言葉とは裏腹に、砕蜂はこれ以降仕事外では再び龍蜂のことを兄様と呼ぶようになる。修行を終え帰宅してきた龍蜂を副隊長と呼んでしまい、本気で泣かれたことが原因だった。

 

 

 

 

 

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 あの後、夜一さんの屋敷まで彼女を背負って帰った俺は、そのまま夜一さんの家で仕事をしていた。身体についた匂いは消せたのだが、夜一さんが腰を酷使したせいか動けそうになかったからだ。

 

 そういうわけで、部下に連絡して仕事を持ってきてもらい、それを夜一さんの家の離れでこなすことになった。珍しく夜一さんも逃げようとはせず、嬉しそうに仕事をしている。いや、自惚れでなければ俺と一緒なのが嬉しいのだろう。たまに猫みたいに身体を擦り付けてきたりしてるし。

 

 「のう、龍蜂。知っておるか?」

 

 「ん? なにがです?」

 

 何度目の休憩かはわからないが、夜一さんが膝枕されながらこんなことを聞いてきた。

 

 「曳舟隊長のことじゃ」

 

 曳舟(ひきふね)桐生(きりお)。現護廷十三隊の十二番隊隊長で、ナイスバディな気の良い女性だ。同じ副隊長であるひよ里は、彼女を母親のように慕っている。俺も母性を感じさせる彼女に、どことなく母親の面影を見ていた。

 

 なんでも彼女は現在、”義魂”という概念について研究をしているらしく、しかもそれが完成する目処もついているとか。原作ではこれから王族特務”零番隊”に昇進していくはずなので、その義魂技術が評価されて昇進という形になるのかな?

 

 いやはや、開発といえば喜助やマユリさんばかり頭にあったのだが、曳舟隊長もとんでもない人だった。彼女の研究成果を下に、喜助は義骸を作ることになるのだろう。

 

 「……奴は今やっておる研究を完成させると、昇進するみたいじゃ」

 

 「昇進……っすか?」

 

 さも初めて聞いたことのように、俺は呟いた。

 

 「うむ。王族特務、零番隊にじゃ」

 

 「噂では聞いたことあったんすけど、まさか本当にあるとは」

 

 「ぬ、やはり少しは知っておったのか」

 

 「ええ、まあ少しだけ……」

 

 ははは、と俺が笑っていると、夜一さんは真剣な表情になり俺を見つめてきた。

 

 「それでおそらく、隊長の椅子が空く。三番隊の時は間に合わなかったが、今度はおぬしも資格があるのじゃ」

 

 やはり、罪悪感というものはどうしても消えにくい。夜一さんは自分が俺の枷になっているのではないかと心配しているが、前にも言った通りそんなことはないのだ。あれだけ愛し合っても、まだ足りないらしい。

 

 「推薦は儂がするから、もし――」

 

 そんな風に言ってきた夜一さんに、俺はそっと顔を近付ける。そして、自らの唇で彼女の唇を塞いだ。夜一さんは真面目な話に水を差されたと思ったのかジタバタするが、俺の真剣な目を見て静かになった。

 

 「夜一さん。あの時も言いましたが、俺は貴女の下でいい……いや、貴女の下がいいんです」

 

 再びこのことを口にしないように、再度言い聞かせる。

 

 そして、彼女の耳にそっと顔を近付け――

 

 「今度またそれを聞いてきたら、喋れなくなるまでめちゃめちゃにしちゃいます」

 

 「――っ!?」

 

 想像したのか、夜一さんの顔が赤くなる。そんな初々しい彼女の反応を楽しみながら、時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 その後屋敷に帰った俺は、砕蜂に「お帰りなさい、副隊長」と言われ、本気で泣いてしまった。慌てて謝ってきた砕蜂によると、喜助になにかを吹き込まれたとかなんとか。よし、妹を誑かした喜助にはお仕置きだな。例の丸薬のことも含めて。

 

 「くんくん……そういえば兄様、装束から夜一様の匂いがするのですが?」

 

 「え、あ、それはだな――」

 

 「瀞霊廷の方々が今朝、仲睦まじい夜一様と兄様を見たとかなんとか……」

 

 ものすごい形相でそう言ってくる砕蜂は怖かったが、俺はなんとかごまかしその場を凌いだ。……のだが、後日夜一さんと話した砕蜂は全てを悟り、俺は妹に全力で叱られた。

 

 「私たちの仕えるべき人に手を出すなど……っ! な、なんてことをしてるんですか!?」

 

 そう言って斬魄刀を抜いた砕蜂は、本当に怖かった。

 

 

 

 


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