異世界転生の特典はメガンテでした   作:連鎖爆撃

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番外編:物語が終わった後にあるかもしれないIF

 ウォォォ!

 

 《雄叫び》という特技がある。

 自らを鼓舞すると同時に、相手を威圧しその足を止めるという技だ。

 

 「恐怖」を知っている相手ならかなり有効なのだが……

 

「ウガァァァァ!」

 

 目の前の敵は、俺の雄叫びを意に介さず腕を振り回して攻撃を仕掛けてきた。

 後ろ飛びで躱す。チッ、と思わず舌打ちが出た。

 

 

 

「やれ、にーちゃん! 逃げてばっかじゃ話になんねーぞ!」

「巫山戯んな今の攻撃で寝てろ! ゴーレムの勝ちに晩飯代突っ込んだんだぞ!」

「うるさくて眠れねぇ……両方共さっさとくたばれ……」

 

「新しい兵隊長さんよぉ! さっさとあの爆発の呪文使わないのかー!」

 

 うるせぇ! 好き勝手言うな! それじゃ剣の修行にならないだろうが!

 

「ハッハッハ! 余所見とは余裕だな! 期待してるぞー!」

 

 好き勝手騒ぐ()()に中指を立てて悪態を吐くが、ギャラリーが余計盛り上がる結果にしかならなかった。

 

 

 

 俺が今やってるのはメルキド市民総出の鑑賞の元、城門前で強化版ゴーレムと文字通り“斬った張った”の一番勝負。

 お忍びでやって来たんだが、物理技縛りなんて言う時間のかかることをしてるうちにこんなお祭り騒ぎに発展してしまったのだ。

 

 ……つうかメルキド市民って奴らは厄介過ぎる。

 竜王という脅威は去り、ゴーレムも不要になって普段は門なんて守っちゃいないのだ。

 俺が来る時に合わせてゴーレムを配置するのやめてくれませんかね?

 修行のためにゴーレムを切り捨てても文句を言われないのは有難く思ってるけどな。

 

 ◆

 

 ゴーレムの張り手が迫って来る。速さは大したことないがまともに受ければただでは済まない。

 サイドステップで躱し前進。

 距離を取った方が掴まれるリスクが高くなる。デカブツ相手の基本の近接の立ち回りは“前へ前へ”だ。

 

 ゴーレムの懐に入って一瞬沈み込む。ロングソードを腰溜めに構えて、俺は特技を “発動” した。

 

 おっさん曰く、「この技に腕力は要らない」らしい。

 遠心力と反動を利用して剣を振りぬいて、剣尖だけで相手の皮膚を引っ掻くように云々……要は、 “そもそも相手の身に剣を叩きつけないから腕力はいらない” とかなんとからしい。

 何を言ってるかわからないと思うが俺もよくわからなかった。

 だが理屈はわかんなくても剣技は発動する。体が覚え込むまで剣振らされてるからな。

 

 ゴーレムの左腕の下を潜って斜めに抜ける。ロングソードを左に持ち替え、前進する勢いを利用して剣を振り回した。ゴーレムの胴に剣尖がかすっただけ。だがそれで十分なのだ。

 

 振り返って剣を構え直す。そしてゴーレムが振り向くのを待った。

 ゴーレムに後ろから斬りつけるのは得策ではない。というかメルキド製ゴーレムに剣叩きつけたら折れちまうし。

 正面から “剣技” 発動して切り結ぶ以外にまともな戦い方が無いのだ。

 

 緩慢とも思える動きでゴーレムがこちらを向く。

 果たして、その胴には俺の剣の軌道に沿って深い裂傷が走っていた。

 

 ……()けるぜおっさん。

 斬り合いの中、おっさんの剣技なら竜王にもきっと「届いてた」ことを俺は確信した。

 

 ラダトーム流剣術奥義《真空斬り》。

 “実無き刃は折ることかなわず” ……その境地に俺は今更(クリアー後)到達したのだった。

 

 ……お前、剣士キャラじゃないだろってツッコミは止してくれると助かる。

 

 ◆

 

 俺がこの数年で会得した4つの剣術奥義、《火炎斬り》《真空斬り》《稲妻斬り》《マヒャド斬り》。

 どれもこれも「魔力をもたないおっさん」と同じように発動させるという無理難題を俺は数年がかりでやっとこさこなしたのだった。

 

 俺の剣が火を吹いた時は正直感動した。どうなってんだこの世界の物理法則。

 だが。 

 

 カキーン、と甲高い音。

 それが俺の手元からしたことが信じられなかった。というか信じたくなかった。

 

「剣が折れたー! これは絶望的! 勇者に勝ち目はあるのかーーー!」

「今からでも勇者に賭ける奴はいるかー! オッズが凄まじいことになってるぞ! 一儲けできるぞー!」

「そのまま死ねー! 晩飯代になってくれー!」

 

 草で滑ったのか、詰めるタイミングのせいか。《真空斬り》の間合いを間違えて、剣の中ごろでゴーレムを叩いてしまった。

 俺の剣は根本からポッキリと折れて、刀身が地面に突き刺さる。

 思いっきり後ろに飛んで距離を取る。剣が無いんじゃ間合いを測る意味が無い。

 

 クソッ! 修行の成果を出す前に剣が折れちまった!

 奥義使えても意味無いじゃん!

 

「おーい、どうする? もう降参(リザイン)するかー」

 

 顔役がそんなことを言うのが聞こえた。

 

「さっさと爆発の魔法を使って倒して入って来なー」

 

 勝手なことを言う顔役に「お前に《メガンテ》ぶつけんぞ」と(いた)く殺意を覚えたが、グッと堪えた。

 そうなのだ。メルキドでは俺が《メガンテ》を使えることは周知済み。

 《メガンテ》も「辛くなったら手を洗ってお家に入ってきな」程度の扱いなのだ。

 俺だって「あの爆発の呪文使ったらあんちゃんの負けな」なんて釘を刺されなければとっくにゴーレムなんざ焼き殺してる。

 

 ……好き勝手言う顔役に何となく腹が立った。

 俺はそこまでつむじ曲がりでも天邪鬼でもないつもりだが、癪に障ったので、今日はもう少し続ける。

 続けるっつうか、このゴーレムは絶対に倒す。

 

 剣の柄を投げ捨てる。

 首を回して調子を確認した。

 剣を振り回した後だが、特に腕も重くない。力がしっかり入る。

 

 俺がこの数年で身につけたのは何も剣の技術だけではない。

 それ相応に腕力も身に付けてきたのだ。

 

 ボクシングみたいに両腕を上げて構える。

 

「あっ、ちょいあんた! まだ続けるつもりか!」

 

 やる、と覚悟を決めたらもう雑音は気にならなかった。

 

 《真空斬り》のときと同じように、ゴーレムの腕の大振りを懐に飛んで躱す。

 そして、そこで足を止めて大きく “溜めた” 。腰を落とし、引いてる足の親指で地面を()()

 

 観衆の叫び声が大きくなる。剣を折られたはずの俺が何かを仕掛ける、その()()に対する期待。

 

「やれーあんちゃん」「晩飯―!」「やめろ馬鹿!」

「そこで止まるな! おい! おい!」

 

 全部遠くに聞こえる。必要な情報以外シャットアウトする、極度の集中状態に入った証だ。

 今から放つ()()が終わるまで、俺のモーションを止めることは誰にも出来やしない。

 

「そこで止まるな! 死にたいのか!」

 

 顔役の声がしっかりと聞こえた。

 

 もちろんのこと、俺の動きに反応してゴーレムも動く。

 顔役の声が聞こえたことで、俺は今頃「敵の直近で技のために “溜める” 」愚かさを自覚したのだった。

 

 ゴーレムが腕を振り上げ―――――

 

 ◆

 

 何故かおっさんとの会話を思い出していた。

 

「あれだな。お前さんが《爆裂拳》を覚えるには足りないものが多すぎるな」

 なんだよ。俺には剣のセンスがあるって言ったじゃねぇか。男が二言するのかよ。

 

「くさるなくさるな。《爆裂拳》は筋力と体格が要る。おまえさんは筋力はどうにかしても体重がな」

 

 《ドラゴラム》を使えれば俺だって……。

 

「お前、呪文を使うのは剣士としては邪道って言っとったろ。兵隊長として魔法剣士は卒業するんじゃなかったのか?」

 

 ……今のは無しだ。

 

「ククッ。男なら体一つ! つうのはわかるけどな。別に俺みたいにやる必要は無いと思うが。いかんのか?」

 ……それじゃ後続が育たねぇよ。兵士の9割戦士職の適性しか無いのに何言ってんだおっさん。

 

「カッカッカッ! 人任せにしないのがお前さんの美点だな! なら俺も人肌脱いでやるか!」

 

 さっさと人任せに引退しやがった張本人がアーマーを脱ぎ出す。

 

「坊主。考えたんだが……軽量の(かるい)お前さんでも使えるようにするならやはりこうだ」

 

 グッと、拳を上に突き上げるおっさん。

 

「自分の体重を乗せるんじゃなく……()()()()()()()()()パンチがあるだろう。あれだ」

 

 おっさんの説明……は聞いたんだが半分も頭に入って来なかった。

 

「作用反作用の法則というものがあるらしく……」

 

「地面との摩擦力が……フィールドの大半が草原で足が滑るからして」

 

「剣が有効な理由がこれだな。圧力を大きくして小さい力で斬ることが可能だ。だがある硬さ以上の敵を相手取るにはやはり腕力がものを言うというわけだ……」

 

「……結局のところ、どれだけ腕力があろうと打撃も斬撃も自分の体重如何で力を掛けることの上限が存在するのだ。それ以上をやろうとしても足が浮いてしまう。……で」

 

 ああ、そうだ。結局俺は説明を睡眠学習しちまってちゃんと覚えているのはこれだけだ。

 

「何もわからんくていい。一発目は、アッパーだ。できれば2発目以降もアッパーでゴリ押ししろ」

 

 俺の頭をはたいて起こしつつ、おっさんは説明を締めた。

 不真面目な俺に怒ることもなく、ニカッと笑うおっさん。

 

「まぁ信じろ。俺にはわかる。お前さんならできるさ」

 

 前にもこんな顔でこんなこと言われたなって……ああこれ走馬灯じゃん。

 

 ◆

 

 ボグッ、という鈍い音。

 ゴーレムの腕は俺の拳より早く振り下ろされ……俺の脇の地面を殴りつけていた。

 

 配合で生み出された魔物である以上、ゴーレムにも学習能力《かしこさの値》はある。

 直前まで散々《真空斬り》で左右に抜いてやっていたのだ。この攻撃の直前も正面で立ち止まるとは思っていなかったのだろう。それで攻撃が逸れたのだ。

 その一瞬の隙が溜の時間を稼ぐことになった―――それが俺の拳が先に届いたことの理屈(からくり)だ。

 はっきり言って、運がいいことこの上ない。

 

 鼻先をかすめたゴーレムの拳にヒヤッとしながら、俺は一発目を振り抜いた。

  

 ガン、という硬いものと硬いものが打つかる音―――この場合、ゴーレムの体を形作る煉瓦と俺の拳の骨だ―――が周囲に木霊したと思う。

 快音と共にゴーレムの巨体が浮いた。

 そう、俺の腕力はゴーレムを浮かせるまでに成長したのだ。

 ちょっとの感慨と共に()()()ゴーレムのボディに次々と連打を刺す。

 ちょっとビビらされた分の恨みも拳に乗せるようにして、さらに刺す。

 

 本家《爆裂拳》が4発しか撃てない理由は、()()()()()()()退()()()()()()()()()()から、らしい。

 それに対し、相手が自分以上の体重であることを前提に組み立てられた我流《爆裂拳(連続アッパー)》は4()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ダメージを乗せられる量の上限は相手の体重に依存し、かつ攻撃回数は俺の腕が上がらなくなるまで……さも、()()()()()()と言わんばかりの超脳筋技。

 

 ウォォォ!

 雄叫びながら連打を刺す。ひたすら刺す。

 4発を超えて、5発。

 正直この段階で拳が砕けていたが。

 5発を超えて、6発。

 6発を超えて……痛みに耐えかねて拳と共に身を引いたのは都合8発を叩き込んでからだった。

 

 いっ…てぇ……。

 だが、痛みに呆けている場合ではなく。

 俺の全力の連打を受けてもメルキド製のゴーレムは倒れなかった。

 嘘だろ、おい。

 ヨロヨロと後退して距離を取る。

 これで決まらなかったら……拳はもうダメで、戦闘の組み立てが上手く行かない。

 メガンテかますしか……。

 

 痛みに耐えているのか、ゴーレムは棒立ちのまま動かなかった。

 あれが動き出したらメガンテ……あれが動き出したらメガンテ……拳いてぇ……。

 

 ピロピロピロ―

 

 レベルが上がるときのあの気の抜けた音楽。

 前回聞いたのはもう1年前。かなり久々で……そして今生では聞き納めだ。

 

 勇者 Lv.99★ ♂

 HP/MP:334(395)/462

 ゆうしゃはせいちょうのげんかいにたっしたようだ。

 

 異世界転生してから75ヶ月。竜王を倒して5年とちょっと。

 俺氏25歳。

 奇しくも、はぐれ狩りのためにおっさんが《疾風突き》を編み出したのと同じ年齢(とし)で俺もカンストを迎えたのだった。

 

 ほぅ、と息をつく俺の眼の前。

 《しんくう切り》でつけた亀裂に沿ってゴーレムがバラバラになる。

 ゴーレムの体がその場で崩れ落ちて、瓦礫の山へと変じた。

 

 ◆

 

 ゴーレムとの戦闘後、俺は顔役の家で顔役との酒盛りに興じていた。

 メルキド市民は戦闘が終わったらさっさと“祭りが終わった感”を出して散り散りになって行った。

「晩飯がぁぁ」とか言ってうなだれていた奴もチラホラいたが。ザマァ。

 

 そこまで広くない室内で、テーブル一台に男二人。

 色気の欠片もないが、あったらあったで、あとで女王様にどやされそうだ。

 

「そうか……にいちゃんもすっかり兵隊長になったんだな。俺は感動したよ」 

 

 ゴーレムを殴り殺せるかで判断すんな。マジでメガンテかますぞ。

 だが、そう言いたいのを喉の奥で噛み殺す。今このタイミングで顔役の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。あの戦いの何がどう琴線に触れたのかわからないが、目の端を拭うメルキドの顔役に、俺は本題を切り出した。

 

 

 

 2週間前、ラダトームに届いた報告書を見て、俺は目を疑った。

 メルキドのゴーレムが、討伐されたという報告。

 今この世界でメルキド製ゴーレムを倒せるのは3人。俺とおっさんとロトの勇者だけのはず。

 だが、報告書に書かれているゴーレムを倒した人物はその誰でもなく……仮に、メルキド製のゴーレムより強い人物が『まだこの大陸上にいる』のなら、国防の観点から俺はその人物が敵かどうかを見極めなければならない。

 

 話を切り出すと、顔役の目が怪しく光った。

 

「そりゃ、ゴーレムは倒されたが、兵隊長さんだってしょっちゅう倒しているだろう?

 わざわざ確かめにくるようなことかね?」

 

 はぐらかすような顔役の言い方に俺は確信を深めた。

 その人物はこの大陸、()()()()にまだいるのだ。

 ……最悪、交戦を覚悟してきて最低限だが準備はしている。手の内(呪文)はさっきの戦闘では一切使っていない。

 

 だが、数年の付き合いでこの顔役のことは理解しているつもりだ。 

 不謹慎で、茶目っ気が強く、いたずら好きだが真剣に俺と敵対するつもりはないはず……ないはずだ。

 

「プハァ、そいつなんだけどなぁ」

 

 顔役はグラスの中身を干すと、俺の後ろを指差して言った。

 

「今、あんたの後ろにいるよ」

 

 

 

 俺は椅子を蹴っ飛ばし前方に飛んで、身をひねる。

 テーブルが倒れ、グラスが割れる音が室内に木霊した。

 

 油断していた!

 酒に何かを盛られていた可能性もある。

 咄嗟に《キアラル》を唱えつつ、背後に立っていた人物に視線を向けた。

 

 ◆ 

 

 

 

 とるものもとりあえず俺がメルキドに出向いた理由。

 定期報告書に書かれていた内容は、俺が二度見直す程度には信じられないものだった。

 

『ゴーレムが撃破された』こと。

『今現在、ロトの勇者の入国を確認できず、当人物は第4の特記戦力の可能性がある』こと。

 ちなみに特記戦力ってのは竜王、ロトの勇者、おっさんの3人のことだ。

 平たく言えばカンストかそれ以上の実力者のことになる。

 

 さらに報告書はこう続いていた。

『当人物は3匹の魔物を連れており、モンスターマスターの可能性が極めて高い』

 

 もうここまでで十分信じられなかったが、報告書を飛ばし読みした先にはもっとひどいことが書いてあった。

 

『当人物は、みずからを“テリー”と呼称しており、』

『《メルキドの門はゴーレムが守っていないとおかしい》と(のたま)い、危険だからと市民に制止されたのを』

『ファンタジーだから問題ない』

『と発言し、無理やり戦闘を行い、ゴーレムを撃破した』

 

 どう見ても転生者じぇねぇか。

 

『メルキド付近にはロトの勇者の工房及び星降の祠が現存』

『他のモンスターマスターに元とはいえ(ねぐら)を荒らされるのはロトの勇者の機嫌を損ねる恐れがあり』

『兵隊長は至急メルキドに向かうことを要請する』

『最悪、交戦からの撃退を検討されたし』

 

 そして報告書の最後には感情的な走り書きがあった。

 

『ロトの勇者の不興を買うこと覚悟で祠を破壊するべきではなかったのか。

 工房がマスターに悪用されるようなことがあれば、それこそ第二の魔王になりかねない』


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