インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第89話 影響

 

 イギリス第3世代試験機(ブルーティアーズ)、セカンドシフト。

 この報は瞬く間に世界中を駆け巡った。

 何せセカンドシフト機というのは、全世界合わせても両手の指で足りる程しか存在していない。その希少性は言うまでも無いだろう。

 このためイギリス本国では、パイロットであるセシリアの特番が連日放送され、IS学園には取材の申し込みが殺到していた。

 しかし警備上の問題で、幾つかの厳しい審査を受けたマスコミ以外、学園内での取材許可は降りなかった。

 ならば彼女が外出した機会に、とは誰もが考える事だろう。

 学園に繋がるモノレールの前には大量のマスコミが陣取り、パパラッチは逮捕覚悟で海から学園に侵入しようとし、中には教員や生徒を買収してまでネタを仕入れようとする輩もいた。

 尤も学園側とてそんな事はお見通しであり、正規ルート以外の取材には厳しく対応していた。

 女性ばかりのIS学園で不法侵入や買収を許せば、今後治安が保てなくなるからだ。

 それでもそういう輩が絶えないのは、セシリアのISパイロット以外の部分が大きいだろう。

 彼女に纏わるキーワードは単純に並べただけでも、とても興味を引くものばかりだ。

 早くに両親を亡くしたお嬢様、名門貴族当主、イギリス有数の資産家、類い稀な容姿、イギリス代表候補生写真集売上No.1等々、他者の関心を誘うには十分過ぎるものばかり。

 これらに加えて、NEXTの直接指導を受ける将来有望なISパイロット。

 周囲が多少(?)ヒートアップしてしまうのも無理からぬ事だろう。

 そうした慌ただしい数日が過ぎたある日のこと。

 IS学園食堂にて――――――。

 

「………流石に、疲れましたわ」

 

 セシリアがテーブルに突っ伏しながら、そんな言葉を漏らした。

 

「まぁ確かに、大分騒ぎになってるな。一夏のとき以上かな?」

 

 隣に座る晶が、昔を思い出しながら答えた。

 一夏の時も大騒ぎだった。男でありながらISパイロットであり、ブリュンヒルデ(織斑千冬)の弟であり、NEXTの直弟子たる彼のセカンドシフトは大ニュースだ。

 しかし彼の場合、とある事情から国がマスコミ各社に対し、ある程度自制を促していた。

 何せ彼の姉は元ブリュンヒルデ(織斑千冬)。世間一般に対する知名度は非常に高く人気もある。弟が苛烈な報道に晒され万一の事があろうものなら、どんな事態になるか分かったものではなかった。加えて言えば彼女の友人には、あの“天災()”がいた。

 もしも苛烈な報道をして、その報復をあの“天災()”に依頼されたらどうなるかは、業界関係者なら誰しも知っている事だった。

 世の中には、決して触れてはいけないタブーというのがあるのだ。

 だがセシリアの場合、そんなものは無い。

 イギリス代表候補生でバックに政府がいるとは言え、所詮は政府。織斑一夏を報道する事に比べれば、遥かに気楽と言えた。

 尤も、彼女を疲れさせた原因はマスコミだけでは無かった。

 

「それにしても、晶さんのおっしゃる通りになりましたわ。セカンドシフトすると、色々と変わりますのね」

「あれだけの進化だ。今までと同じって訳にはいかないだろう」

 

 彼女が言っているのは、セカンドシフトしたあの日、晶がアリーナで言った“単体戦略兵器”についてだ。

 不殺の為に偏向射撃(フレキシブル)とマルチロックオンを突き詰めたブルーティアーズ・レイストームは、既存兵器にとって天敵とも言える存在になっていた。

 武器破壊が可能なほど高い命中精度を持つ偏向射撃(フレキシブル)が、マルチロックオンで多数の敵を狙い撃てるようになったのだ。ISのような機動力も防御力も無い既存兵器にとって、それは決して避わせない魔弾の雨。数の暴力を単機で覆す理不尽な存在だろう。

 その性能を知ったイギリス本国では、彼女の扱いについて議論になるほどだった。

 一般大衆やマスコミが騒ぐような興味本位な意味ではなく、今後どう彼女を利用するか、という政治・軍事的な部分だ。

 とある政治家と軍部高官は、こんな話をしていたという。

 

「彼女には、イギリスの顔になってもらいましょうか。幸い容姿も良い。名門貴族当主という地位もある。飾る華としては十分でしょう」

「余り今から扱いを大きくすると、現代表が拗ねるぞ」

「勿論いきなり大きな扱いはしない。少しずつですよ。――――――でもまぁ、その辺りの心配はいらないと思いますが」

「理由を聞いても」

「IS学園卒業までまだ2年以上ある。その間、NEXTとの共同出撃が無いとは言い切れないでしょう。今までの行動を見るに、結構な高確率であると思いますが?」

「なるほど。我々はそのタイミングで、彼女をクローズアップしていけば良い訳だ」

「はい。それなら極自然に、代表交代の準備を進めていける。実力の方も、このままIS学園にいれば問題無いでしょう」

 

 イギリス政府内には、極一部だがセシリアをすぐに帰国させるべきだ、という意見もあった。

 その者らの主張はパイロットとISを本国に回収し、機密情報の流出を防ぐべきだ、というものだ。パイロットとしての教育も、本国で行えば十分だと。

 しかし大多数の者は、そんな意見を戯言と聞きもしなかった。

 IS学園にいれば、世の表舞台に出て来てからという短い期間で、2人もセカンドシフトさせたあの男()の指導を受けられる。更に彼女が在籍している1年1組の担任は、元ブリュンヒルデ(織斑千冬)。この2人以上の教師を用意出来るはずもない。

 何よりNEXT()と良好な関係を築きつつある今、それを断ち切ってまで強制帰還させるような理由も無い。

 結果彼女は今まで通り学園に通える事になったが、全く変化が無い訳ではなかった。

 本国からの通達により、ある程度公的な活動をしなければならなくなったのだ。

 例を挙げるなら、イギリス大使館が主催する会合やパーティーへの出席だ。

 今までも代表候補生として、そのようなイベントへの参加はあった。

 だが代表候補生がエリートとは言っても、所詮は候補生。極端な物言いをしてしまえば、優秀な見習いに過ぎない。必然的に顔を合わせる他の面々も、それに合わせた程度だ。

 しかしセカンドシフトした彼女が参加する会合は違う。

 招かれているのは、どんな分野であれ一線級の人間ばかり。仕草1つ、会話1つとっても気をつかわなければならない。

 そして何より、絢爛と輝く場所でありながら、善意の皮を被った悪意がうごめく場所だ。

 如何に上流階級で作法や話術を磨かれたセシリアでも、気を抜けるものではなかった。

 加えて本国から通達された内容は、もう1つあった。

 帰国時の彼女の扱いだ。

 対外的にはこのまま代表候補生という身分のままだが、国内にいる時のみ、正規パイロットに準じた扱いになるという。

 (完全に正規パイロットにしてしまうと様々な義務も発生する為、少々都合が悪かった)

 前例など無い。異例とも言える扱いだ。

 セカンドシフト機が、どれだけ期待されているかが分かる扱いだろう。

 

「本当、色々変わりますわ。――――――でも変わると言えば、晶さんの方こそ大変ではないですか? 先日各国に流されたレポート(ジャイアントキリング)、随分反響があるようですが」

 

 テーブルから身を起こしたセシリアの言葉に、周囲の人間(専用機組)が無言で肯いた。

 恐らくそれぞれの本国から、色々言われているのだろう。

 

「まぁ確かに、沢山手紙が来てるな………はぁ」

 

 彼にしては珍しく、小さな溜息。

 今の台詞は、随分と控え目な表現だった。

 実際には毎日、手紙がぎっしり詰まったダンボールがダース単位で届いていた。

 内容は文章こそ違えど、いずれも対巨大兵器について、自国パイロットに講義して欲しいというものだった。

 普通、こういう手紙は晶の元に届かない。一々受けていては切りが無い為、学園側で弾いてもらっているのだ。

 だが最近は学園のスポンサーから圧力でもあるのか、山田先生が申し訳なさそうな顔をして持ってくるようになっていた。

 職員間で山田先生がどう思われているのか、何となく分かる人選だ。

 

「多分、どこも焦っているんだと思うよ」

 

 口を開いたのは、晶の右隣に座るシャルロットだ。

 恐らく今、世のISパイロット達は軍部から相当突き上げを食らっているはずだ。お前は巨大兵器に勝てるのか、と。

 そして誰も“勝てる”とは断言出来ないだろう。

 

「だろうなぁ。相手の気持ちが分からなくもないだけに、無下に断り辛いというか………」

 

 巨大兵器がISを撃墜した事により、ISが絶対の強者足りえない事が証明されてしまった。

 そんな時に巨大兵器殺し(ジャイアントキリング)をしたNEXT()が、巨大兵器殺しについてのレポートを公開したんだ。

 危機感を持っているなら、書いた本人に色々聞きたいだろう。

 

「でもそっちに手を出すと、今度は私達との時間が無くなってしまいますわ」

 

 次いで口を開いたセシリアの言い分も尤もだった。

 手紙にある事全てを受け入れたら、時間が幾らあっても足りない。

 セシリアの言葉に、鈴も同調した。

 

「同感。レポートだけでも、十分貢献してると思うんだけどね」

 

 更にはラウラまでもが、反対とばかりに口を開いた。

 

「ここは学生という身分を最大限に使ってはどうだ? 『学業に影響が出るから出来ません』とか言ってな」

「それで納得すると思うか?」

「全くしないだろうな。だが正論だけに、それ以上は突っ込めまい」

「確かに正論だが……」

 

 基本的に皆、断るべきという意見だった。

 そんな中、一夏が口を開いた。

 

「なぁ晶。全部は無理にしてもさ、少しくらいは受けても良いんじゃないかな」

「理由は?」

「だってさ、巨大兵器を相手に出来るかどうかって、多分他の人達にとって死活問題だろ? 少しくらい協力しても罰は当たらないんじゃないかな」

 

 困っている人を放っておけない、彼らしい意見だった。

 

「そうだなぁ………」

 

 ISが巨大兵器で撃墜可能と証明された今、その対抗方法を学ぼうとするのは至極真っ当な考えだ。

 そう思う晶は暫し考え………ある閃きが走った。

 

(待てよ。希望者全員を一気に行う必要は無い訳だ。月に1回か2回程度で、受講条件でクラスメイトの相手をさせれば、他の子達も正規パイロットの実力を肌で感じ取れて一石二鳥か?)

 

 考えが急速に纏まっていく。

 正規パイロットの実力を肌で感じ取れるのは、クラスメイトにとっても良い機会だろう。

 普通なら頼んで来てもらう立場だが、今なら向こうはこっちに来たくて仕方が無いはず。

 恐らくそう難しい交渉では無いだろう。

 

(やってみる価値はあるかな。もしやるなら他国の人間が沢山来る事になるから、まずは織斑先生に相談か)

 

 そうしてある程度の方針を決めた晶は、皆を一度見回してから口を開いた。

 

「皆には悪いが、受ける方向で動こうと思う。少人数かつ短時間でみっちり扱くやり方なら、こちらの訓練時間もそう圧迫しないはずだ」

 

 この言葉を聞いて、真っ先に口を開いたのは鈴だった。

 口元が引きつっているのは何故だろうか?

 

「えっと、聞き間違いかな? 今、みっちりって………?」

「いや、間違いじゃないぞ。長々とやる時間も無いからな。短時間で濃密にだ」

 

 次いでラウラ。

 

「ど、どの程度を考えてるんだ?」

「細部はこれから詰めるが、箒がこのメンバーに加わった時くらいかな? 短期でやるならその程度は必要だろ?」

 

 カタカタ震えながら箒。

 

「ま、まさかとは思うが………」

「うん?」

「それは体力が尽きるまでエンドレスという意味か?」

「頑張りたい人間には頑張らせてあげようかな」

 

 恐る恐るシャル。

 

「ねぇ、もしかして、実弾使用?」

「いや、流石に模擬弾かな。でもクラスで使ってるシミュレーションシステムを使えば、体感衝撃は実戦レベルまで上げられる」

 

 カタカタ震えながらセシリア。

 

「あの、もしかして先日戦った巨大兵器をシミュレーション相手に?」

「今配備されているのがアレだから、そうなるかな」

 

 冷や汗が流れる簪。

 

「使用されるデータは実戦で収集したもの?」

「いや。これから配備されるのって多分バージョンアップされたやつだろう? だから少し弄ると思う。装甲とか弾幕密度とか」

 

 昔を思い出して顔が青い一夏。

 

「なぁ。初めに賛成した俺が言うのもなんだけどさ」

「ん?」

「少しだけで良いから、手心加えてあげないか」

「はっはっは。何言ってる。手心なんか加えたら実戦で死んじゃうじゃないか。うん。全力でやるよ」

 

 とてもイイ笑顔(ドSな笑み)で答える晶。

 この時専用機持ち一行は、教導を受けるパイロット達の冥福を祈ったという――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 しかし正規パイロットへの教導案は、いきなり頓挫する事となった。

 時間は過ぎ、放課後。IS学園職員室。

 午後の授業中に原案を纏めた晶は、織斑先生の元を訪れていた。

 

「――――――という訳なんですが、学園としては可能ですか?」

「不許可だ」

 

 即答する織斑先生。

 

「理由を聞いても?」

「勿論だ。先に言っておくなら、お前が悪い訳じゃない。むしろこの原案も良く出来ている。だがな………お前、自分の影響力を甘く見過ぎだ」

 

 彼としては、甘く見ているつもりは無かった。

 今現在も1年生専用機持ちは成長を続けている。その上で一夏に続きセシリアまでセカンドシフトさせ、加えて巨大兵器殺し(ジャイアントキリング)のレポートだ。

 指導者として色々と騒がれているのは知っていた。

 こういう話をすれば、希望者が殺到するだろう事も予想はついた。

 なので希望者を、どのように振るいに掛けるかも考えてある。

 ある程度の対策は原案に盛り込んでおいた。

 何か抜けている部分があっただろうか?

 そんな事を考えていると、織斑先生が口を開いた。

 

「分からないか? なら言ってやる。――――――お前のこの案、新しい火種だぞ」

「えっ?」

 

 彼には一瞬、意味が分からなかった。

 巨大兵器を売る側からしれみれば、確かにこの取り組みは邪魔かもしれない。

 ISパイロットからしてみれば、巨大兵器への対抗手段が得られるかもしれない貴重な機会だ。希望者が殺到するかもしれない。

 ただどちらにしても、問題が起きるとしたら自分の周囲でだ。

 織斑千冬が火種という程のものとは思えなかった。

 

「その様子だと本当に分かっていなかったようだな。いいか。お前は一夏に続き、セシリアまでセカンドシフトさせてるんだ。世界にセカンドシフト機が何機あるか知っているか? 10機に満たないんだぞ。その内の2機が、お前の指導で進化したんだ。お前が表舞台に出て来てからという、短い期間で。それに他の専用機持ちだって、過去の訓練レコードを次々と塗り替える成長振りだ。将来が恐ろしくなるほどにな。だから――――――」

 

 彼女は一度言葉を区切り、更に続けた。

 

「――――――お前はもう“優秀な指導者”なんていう括りじゃないんだ。お前の指導を受ける為なら、裏側でどんな裏工作が行われても不思議じゃない」

 

 晶としては、違うと言いたかった。

 セカンドシフトは、本人達の努力の結果だ。訓練レコードの更新だってそうだ。自分は少し背中を押しただけ………そんな思いもあり、彼は一夏と彼女達の成長を、自分の手柄の様には言えなかった。

 だが織斑千冬は、そんな心情を見透かしていた。

 

「自分は背中を押しただけ。そう思ってるんだろう? しかしな、他人から見たら違うんだよ。一夏をセカンドシフトさせ、クラスメイトも成長させ、オペレーターによる支援という新しい概念を持ち出し、数日指導しただけでイギリス本国の候補生達のランクを上昇させ、そしてセシリアをセカンドシフトさせた。お前は学園に来てからこれだけの事をやったんだ。――――――今やお前の指導を受けられるかどうかは、国の重大な関心事項だ。そんなお前が、正規パイロットへの指導などしてみろ。表裏合わせてどんな事態になるか予想もつかん。何よりそのとばっちりが他の一般生徒に行く可能性も高い。分かってくれるか」

 

 こうまで言われてしまえば、晶も引き下がらずを得なかった。

 

「分かりました。でも巨大兵器への対策はどうしますか?」

「私もあのレポートは見たが、お前はもうアレで十分貢献している。後は現場の人間が頑張るべきだ。それとも、1人で全てを背負い込むような甲斐性持ちだったか?」

「まさか。巨大兵器に出しゃばられると目障りなだけです」

「なら少し現場を信じてみろ。レポートという雛形があれば、遠からずやれるようになる奴が出てくるさ」

 

 こうしてこの時は、晶が正規パイロット達に指導する、という話は流れる事になった。

 しかし後日、巨大兵器の力を重く見た国際IS委員会は、『ジャイアントキリング』執筆者である彼に、教導依頼を出してしまう。

 しかも委員会の全会一致で出された正式な依頼だ。

 この時点で、織斑千冬の心配は半ば現実のものとなっていた。

 多数の利害がぶつかる国際組織で全会一致など、よほど明確なメリットが無ければ有り得ない。

 まして今回の依頼は、本人が多忙である事を考慮して、教導を受けられる人数が少ない。

 つまり数少ない椅子を奪い合う、表裏含めた熾烈な工作合戦が行われ始めていた。

 織斑千冬の繊細な配慮を、委員会が台無しにしてしまったのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、フランスに本社を置くデュノア社。

 その社長室で、部屋の主であるアレックス・デュノアは、部下から報告を受けていた。

 

「―――という訳でして、イグニッションプラン(統合防衛計画)に大きな動きは無いと思われます」

「それは不幸中の幸いだったな」

 

 アレックスが安堵の溜息と共に言うと、部下も「全くです」と言いながら額の汗を拭った。

 ブルーティアーズがセカンドシフトした時、現在欧州で進められているイグニッションプラン(統合防衛計画)は、イギリスの機体で決まりと誰しもが思った。

 だがその後の熾烈な諜報活動の結果、ある事実が判明していた。

 ブルーティアーズはかなり歪な進化をしたらしく、元々のパイロットであるセシリア・オルコットが使う分には何ら問題無いが、他のパイロットが使おうとすると、まともに動かせないらしいのだ。

 詳しいデータまでは入手出来なかったが、他人が使った場合、恐らく戦闘力は10分の1以下だろうという予測値が出ている。

 加えてかなり強力な新型武装が生まれたらしいが、それもブラックボックスの塊で、まともに解析出来ないらしい。つまりイグニッションプラン(統合防衛計画)に、今回のセカンドシフトで得られた技術は投入出来ないという事だ。

 

「では社長。次の案件、開発中の機体(第3世代機)についてです」

「目途は立ちそうか?」

「残念ながら、予定の性能を満たしていません」

「何が問題になっている?」

「以前からの懸念通り、動力系ですね」

「やはり、そこか………」

 

 デュノア社が目標とする第3世代機は、オプション換装により、ミッションを選ばず運用可能なマルチロール機だ。

 多くの技術的障害があったが、シャルロット()がIS学園で頑張ってくれたお陰で、多くの実戦的データを入手出来た。幾度と無くトライ&エラーを繰り返し、1つずつ問題を解決してきた。

 しかしどうしても解決出来ない問題が1つ残っていた。

 本体の出力不足だ。

 非装備状態なら問題無く動けるが、消費エネルギーの多いオプションパーツを使用すると、エネルギー供給が追いつかず本体側に影響が出てしまう。

 動力系の改善さえ出来れば、実用化まであと一歩なのだが………。

 

「技術部も頑張ってはいるのですが、今しばらく時間が欲しいと」

「そうか………」

 

 そのまま、アレックスは暫し考え込んだ。

 市場投入出来るかどうかも大事だが、彼としては、娘に不憫な思いをさせたくなかった。

 今IS学園1年生専用機持ち達のISは、最低ラインが第3世代機という異常な状態なのだ。

 そんな中、娘1人だけ第2世代機。

 父親としては、型落ちのISを使っている事で、苛められていないかと心配でならない。

 故に次の報告を聞いた時、アレックスは即座に利用する事を決めた。

 

「では、次の報告です。欧州IS委員会の中で、束博士の研究を掠め取っている輩がいます」

「どういう事だ? 博士の研究が外部に流出するなど………まさか、以前のアレか?」

「はい。以前接収されたものです」

 

 束博士と晶が表舞台に立つ切っ掛けとなった事件の時、博士がいたラボからは、幾つかの技術情報が接収されていた。

 本人以外は知る由も無いが、それらの情報は撒き餌だった。情報の拡散経路から、敵対者の動きを探るつもりだったのだ。

 が、この目論みは上手く行かなかった。

 博士が裏側の人間だったなら、接収した技術を解析して、自分達のものとして発表しても良かっただろう。

 だが表に出て来た彼女に、「人の自宅から奪ったもので何してるの?」などと言われた場合、欧州のイメージは間違いなく悪化する。

 そして博士には、人知れず報復する手段もあった。

 技術情報を接収した欧州IS委員会は、それを恐れて速やかに返還したはずなのだが………。

 

「目の前のお宝に、目の眩んだ奴がいたか」

「はい。調べによりますと、掠め取ったのはエレクトリカル・オルドー社(※1)。委員の1人を買収して入手したようです」

 

 ※1:エレクトリカル・オルドー社

  アーマードコア・フォーミューラフロント(ACFF)登場会社。

  エネルギー産業の名門。

  かつては業界トップに位置していたが、最近は他社の後塵を拝している。

  現在はシェアの奪回の為、技術情報の研究に余念が無いと噂になっていた。

 

「これはまた、大物だな」

「どのように致しますか?」

 

 部下の声には、「このまま独占を許すつもりですか?」という響きがあった。

 勿論、そんなつもりは無い。

 利用するのは決定事項だ。ではどのように?

 数瞬の思考。

 

「この件、まだどこにも漏らしていないな?」

「勿論です」

「なら以後、この件に関しては私が直接取り仕切る。―――下がって良いぞ」

「分かりました」

 

 部下が一礼して部屋から出て行った後、アレックスは手元の端末を操作。調査情報の参照権限を最高レベルにまで引き上げ、情報を一通り頭に叩き込んだ後、シャルロット()に電話した。

 今なら多分、自室にいるはずだ。

 

『お父さん。どうしたの?』

『1つお願いしたい事があってね。薙原君と話がしたいんだ。いつなら連絡が取れるかな?』

『えっと………晶なら、今ここにいるけど』

『なっ!? ほ、他に人はいないのかな?』

『う、うん。いないよ』

 

 年頃の娘が、1人で男と会っている。

 想像出来る状況は色々あるが、もしかして邪魔してしまっただろうか?

 そんな後悔が、一瞬アレックスの脳裏を過ぎる。

 暫しの沈黙の後、シャルロットが慌てて口を開いた。

 

『か、勘違いしないでね!! 晶とはお話してただけだから、ちょっとした世間話をしてただけだからね!! 周りに人がいないのは、偶然、偶々だからね!! 勘違いしないでね!!』

『父さん。掛け直した方がいいかな?』

『だから勘違いしないでって!! 今替わるから。はい、晶』

『お電話替わりました。薙原です。してご用件は?』

 

 交代するまでの時間はとても短かった。つまり2人の距離は、とても近いということ。

 これは本当に邪魔をしてしまったかもしれない。

 そんな事を思いながら、アレックスは気持ちを切り替えた。

 ここから先の交渉には、会社の命運が掛かっている。

 

『実は、以前博士のラボから接収された技術情報を、不正に研究している輩を見つけまして』

『ほう?』

『こちらで少々下調べをしましたが、NEXTが動く程の警備でも無さそうです。なのでもし宜しければ、回収を我が社の方で行わせて頂ければと』

『なるほど。では、まず情報をくれませんか。ラファール(IS)経由なら、漏洩の心配も無いでしょう』

『分かりました』

 

 そうして送られきた情報を、晶は幾つかのコメントを付けて束にも送信。

 するとすぐに、束からコアネットワークで接続があった。

 

その凡人(アレックス)、単純な善意で動いている訳じゃないよね?)

(それはそうだろう。今デュノア社は、第3世代機の開発に躍起になってる。こんな美味しそうなお宝、見逃すはずがない。本心じゃ黙って掠め取りたいはずさ。こっちに連絡を入れたって事は、黙って掠め取ったら後が怖いからだろう)

(ん~。どうしようかな。私的には、あの技術情報は撒き餌だったから、外に漏れても全く問題無いんだけど)

(それお前の基準だろう。他の第3世代機と比べたらどうなんだ?)

(酷い言い草だね。そのまま組んだら、ドイツのレーゲンと同等クラスかな? 大した性能じゃないでしょ。まぁちゃんと解析して未完成な部分を補えば、それなりの機体が仕上がると思うけど)

(それ、十分に脅威だと思うぞ。ちなみに武器に関する情報は?)

(武器の設計図は置いてこなかったから、あそこ(昔のラボ)にあった技術情報を接収しても、作れるのは機体だけ。技術流用で強い武器は作れるかもしれないけど、革新的なものは出来ないんじゃないかなぁ)

(なら、任せても良いかな?)

(うん。―――あ、でも掠め取ったところが何をしていたのかは、知っておきたいかな)

(どうする。俺が行こうか?)

(ううん。晶が行く程じゃないよ。でもこっちから1人派遣するって伝えておいて)

(分かった)

 

 こうして相談を終えた晶は、アレックスに束の言葉を伝えた上で、技術情報の回収を任せたのだった。

 なお余談ではあるが、電話を取った時のシャル服装は、新妻のような可愛らしいエプロン姿であったという。

 

 

 

 第90話に続く

 

 

 




今回はセカンドシフトしたセシリアの立場が、学園外でどう変化したのか、というところでした。
後はシャルロットの第3世代機入手フラグON。

ちなみに技術情報を奪取するところはどうしてもオリキャラ色が強くなってしまうので、“こんな事があった”くらいで流してしまうかもしれません。
もしくは外伝という形にすると思います。


最後に、本年度の投稿はこれが最後になります。
今年1年、このような作品を読んで頂きありがとうございました。
来年もまた、宜しくお願いします。

では、良いお年を。

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