インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
セシリアが見たNEXTの戦いは、冷酷な戦闘マシーン、或は無慈悲な死神という言葉が相応しかった。
戦闘開始から僅か十数秒で、完全戦闘装備のパワードスーツ
(これが、世界最強の単体戦力。束博士の切り札!!)
彼女は、晶が空港上空に飛ばしてくれた
そして気付けば、全身が震えていた。この沸き上がる感情が何なのかは本人にも分からない。
恐怖かもしれないし、純粋な驚きかもしれない。
だが彼女はその感情に浸るよりも、今の戦闘から“何か”を掴む事を優先した。
その為に、記憶の中にしか残っていない今の戦いを、言い知れぬ感情と共に振り返るのだった――――――。
◇
(晶、もうすぐ作戦領域だよ)
束の声が、コアネットワークを通じ晶へと届く。
そこで
――――――WEAPON CHECK
→R ARM UNIT :
→L ARM UNIT :
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
→OPTION UNIT :
――――――WEAPON CHECK
武装のチェックが完了したところで、晶は作戦の最終確認をした。とは言っても、難しい事は何もない。空港設備が被害を受ける前に、可能な限り速やかに敵を排除する。それだけだ。
その為に今回のミッションでは、
オービットを使う理由は単純だった。
空港に被害を出さないという制約上、幾つかのNEXT兵器が使えないのだ。
マルチロックオンで一番殲滅力がありそうなミサイルは、その攻撃力ゆえ施設に被害を出しかねない。同じ理由でグレネードも駄目。プラズマ兵器など使おうものなら、着弾で発生する強力なECMが、空港としての機能そのものを破壊しかねない。
アサルトライフルやレーザーライフルなら使えるが、スピード勝負のこのミッションで、72機を1体1体撃っていては時間が掛かり過ぎる。
しかしオービット兵器なら、NEXTから射線の通らない場所や建物の中でも、ビットの誘導さえ出来れば攻撃出来る。
問題は戦闘機動中の晶に、
(束。オービットのコントロール、頼むな)
(任せて。この私がやるんだ。失敗なんて有りえないよ)
(頼もしい)
こうしたやり取りの間に、晶は
今回の戦闘を見学するセシリアの視界が、ユジュナ空港上空からのものに切り替わる。
緊張から、彼女はゴクリと息を呑んだ。
束がカウントダウンを始める。
(5……4……3……2……1……突入!!)
NEXTが作戦領域突入と同時にVOBをリリース。だが機体に残った慣性と速度が、すぐに消える訳ではない。
結果、人間の反応速度を遥かに越えた高速強襲が実現する。
苛烈な攻撃は、束の意思そのものだ。
初めに使われた武装は、突撃戦において比類無き性能を誇る名銃。レイレナード社製
そしてもう一丁の銃は、BFF社製
この2つ銃口が火を吹く度に、次々とパワードスーツが倒れ――――――否、人の形を失っていく。
腕に当たれば肩口から消し飛び、胴に当たれば大穴が開き四肢が千切れ飛んでいく。
パワードスーツの防御力では、NEXT兵器の弾丸一発すら防げない。
そして滑走路の端に着地したNEXTは、2つの武装を同時に起動。1つは左背部にある
折り畳み式の砲身が展開され、その射線上に7機のパワードスーツがいる。とは言っても、長い滑走路の上に7機だ。
普通なら撃ち抜けるはずも無い。
敵もそう思っていた。
しかし晶は躊躇無くトリガー。
莫大なエネルギーが収束されたレーザーは、1体目の胴体を貫通し、有り余る熱量が上半身を融解させ、殆どエネルギーを減衰させないまま7機目をも貫通。閃光が駆け抜けた滑走路には、人型の下半身のみが残されていた。
そしてセシリアの視点から見て最も圧巻だったのは、最後に使われた
僅か数秒の間に30機が撃破され、続く数秒でその数が50へと増え、建物の中にいた
結果ファーストアタックから僅か十数秒で、完全戦闘装備のパワードスーツ
この光景に、居合わせた人々は何を思っただろうか?
始めは何が起きたのか分からなかっただろう。
空港ターミナルでは、少なくない数の
それが滑走路に閃光が走ったと思ったら、いつの間にか現れた小型兵器が、瞬く間に
「………今のは、いったい?」
恐怖で固まっていた誰かの呟きが漏れる中、別の誰かが叫んだ。
「おい、あそこ。あそこ見て見ろよ。アレって、もしかして」
指差された先に、多くの視線が向けられる。
黒を基調とした全身装甲のISが、滑走路を歩いていた。
最近ロサンゼルスで救助活動をしていた事もあり、多くの人はすぐに分かった。
「NEXTだ」
「まさか」
「でもあの姿、間違いないよ。この前テレビやってた」
1人がカメラを取り出せば、別の人間が動画サイトでニュースを検索。僅か40分程前に、IS学園から緊急展開している事が知れ渡っていく。
「本当だ。助かったんだ」
安堵する一般人達。だが状況は、そう楽観出来るものでは無かった。
報道規制によりまだ知られていないが、交戦中の2機の巨大兵器が北上を続けており、このままだとムリーヤが給油を終える頃に、この空港が交戦圏内に入るだろう。
(予定通りというか、想像通りというか………)
(うん。黒幕は何がしたいのかな? 計画の邪魔をするだけにしては、大袈裟過ぎる気がする)
同意する束。
この時、晶の脳裏にふと過ぎるものがあった。
(まさか………)
(どうしたの?)
(いや、確か巨大兵器の侵攻を防ごうとして、防衛部隊が全滅してたな?)
(うん。それがどうかしたの?)
(その後の動きは? 追加でISが出撃したりはしてないか?)
(キルギス軍の状況はモニターしてるけど、出てはいな――――――いや、たった今出撃したみたい)
戦術的に考えれば可笑しな話だった。
強大な敵に対し戦力の逐次投入など、愚作以外の何ものでもない。
となれば同時投入出来なかった、ではなくしなかった、と考えるべきだろう。
何故という疑問と、無数の可能性が脳裏を過ぎる。
そんな中、晶はある考えに行き着いた。
キルギス軍内部に企業の手が及んでいるなら、可能な話だ。
(………想像通りなら、嫌な話だな)
(何を思いついたんだい?)
(下世話な話さ)
行き着いたのは、IS神話終焉のシナリオだった。
このタイミングでISを出撃させれば、間違いなく巨大兵器対ISという構図になる。
防衛部隊が壊滅している今、両者の純粋な力比べだ。
この状況でISを撃破すれば、それは誰が見ても巨大兵器の実力だろう。
そしてこの地にNEXTを呼び寄せたのは、残しておけば扱いの面倒な、巨大兵器の後始末をさせる為ではないだろうか?
作った連中からしてみれば、巨大兵器の限界性能も知れて、後始末の手間も省ける。
随分とコストは掛かっているだろうが、ISに勝ったという事実があれば、買い手など幾らでもいるだろう。
(………なるほど、ね。今そこは君が展開しているおかげで、世界中の注目を集めている。宣伝には絶好の機会という訳だ)
束の、不機嫌な声が返ってくる。
(ああ)
NEXTが緊急展開した理由を、現在に至る前後の状況を、世界は徹底的に調べるだろう。
その過程で間違いなく発覚する。
ISと、巨大兵器が交戦したという事実が。
そして束も晶も、今から急行したところで間に合うとは思っていなかった。
キルギス軍に配備されているISは第二世代機。たかが第二世代機だ。それも通常装備のISが、巨大兵器2機を相手に出来るはずもない。
(私達を利用するなんて、業腹だね)
(ああ。でもまずは空港の安全確保だ。ムリーヤ到着まで時間がない)
(うん)
ここで晶は左背部の兵装をリリース。新たな武装をコールする。
→L BACK UNIT:
レーダー範囲を拡大し再度の索敵を行うと共に、センサー系も併用して空港全域をサーチ。不審な反応が無い事を確認する。
束も上空に飛ばしている小型偵察機を使い、空港とその周辺をサーチ。不審な反応が無い事を確認していた。
(取り合えず、空港は大丈夫そうだな)
(うん。そうだね)
こうして空港の安全は確保され、滑走路に残った残骸は、
これでムリーヤは無事着陸出来るだろう。後は――――――。
(巨大兵器と出撃したISか………正直状況的に、今からどう立ち回っても利用されそうな気がするんだが)
(うん。君がそこにいる時点で、もう利用されるのは避けられないかな。悔しいな。アンサラー計画をダシにして呼び出されたんだ)
(仕方が無いさ。あの状況じゃ、俺が出る以外に輸送機と空港を護る手段は無かった)
(そうだね。でも、分かってても腹が立つよ)
(俺だってそうさ)
(なら、どうするの?)
(予定の変更はしない。あの巨大兵器をスクラップに変えてやる。俺に出来るのはそれだけだし、ここで背を向ければ、今度はその事実が利用される)
(オッケー。なら予定通りに)
(ああ)
こうして晶は巨大兵器の迫る南に向かい、飛び立って行くのだった。
一方その頃、交渉に入っていた
◇
『――――――如何ですか、大統領閣下。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?』
画面越しに投げ掛けられた言葉に、ウズベキスタン大統領は暫しの間、返事を返せなかった。
パワードスーツ
同じ数を始末するだけなら、他のISでも可能かもしれない。
だが空港設備に一切傷をつけず、尚且つ銃口を向けられていた一般人に1人の犠牲者すら出さない結果など、他の誰にも不可能だろう。
無論、NEXTが常に空港防衛に張り付く訳ではない。
しかし更識の部隊駐留を認めれば、それは背後にNEXTがいる事を内外に強くアピールできる。
あの結果を前にして手を出そうという輩など、そうは居ないだろう。
『す、素晴らしい結果です。ミス
『では先ほどの条件で契約、という事で宜しいでようか?』
『ええ。これであの空港は、世界一安全な空港として生まれ変わるでしょう』
大統領は満面の笑みを浮かべながら、電子書類にサインをした。
特例的に、空港への部隊駐留を認めたのだ。
これで
対する大統領も現在北上を続けている巨大兵器相手に、“何も出来ませんでした”では権力基盤が揺らいでしまう。よって“私は仕事をしましたよ”と言えるだけの成果を欲していた。
こうした両者の思惑が一致した結果、話は次の段階に進んでいった。
『ところで、私からも宜しいですかな?』
先に切り出したのは大統領だった。
『何でしょうか?』
『いえ。そちらなら既にご存知でしょうが、現在我が国に迫っている巨大兵器をどうにかして欲しいのですよ』
『貴国にも、それなりの部隊があったと思いますが?』
『
どちらが優勢かは一目瞭然だった。
既にISは満身創痍。全身の装甲はひび割れ、所々剥離している。
飛んでいるのがやっとという有様だ。
対する巨大兵器は傷1つ無い。
圧倒的な積載量が実現する重武装。
ミサイルの弾幕が逃げ場を塞ぎ、ハイレーザーキャノンが連射され、ISが無様に逃げ惑う。
恐らく、もう数分と持たないだろう。
そんな映像を見ながら、
(この状況なら、マリーに任せるべきかしら?)
更識家交渉人の中でも群を抜いた交渉成功率を誇る皇女流とマリーだが、2人が得意とする手法は異なっていた。
皇女流は徹底的なリサーチと理論武装で相手に要求を呑ませる正統派だ。
対するマリーは、相手の感情を誘導する事に長けていた。
今のところ大統領はポーカーフェイスで平静を装ってはいるが、自国が巨大兵器に蹂躙されるかどうかの瀬戸際だ。内心ではさぞかし焦っているだろう。
マリーならそこに漬け込んで、今後とも良い関係を結べるような交渉をしてくれるはず。
そうして考えを纏めた
◇
以前イギリスで一緒に行動した更識家交渉人、マリー・インテルだ。
『――――――お久しぶりです。NEXT』
『戦闘前だ。要件は手短に頼む』
『勿論です。時間は取らせません』
そうして伝えられた内容は、大統領からNEXTへの依頼だった。
依頼内容は巨大兵器の排除。ベースの報酬だけでもかなりの額だが、更に報酬加算項目として、居住区やライフラインへの被害を抑えれば、その分も報酬に上乗せ。また空港の一件も報酬の査定対象にするとの事だった。
『随分気前が良いじゃないか』
『貴方があの程度の額で使えるなら、安いものでしょう』
『そうかもしれないが、腑に落ちないな。何故更識が俺への依頼を持ってくる?』
今回の一件では束も晶も、楯無に何ら指示を出していない。にも関わらず依頼を持ってきたと言うことは、何かあると考えるのが普通だろう。
だが返答は、思っていたよりも穏やかなものだった。
『
『後でどんな要求を呑ませたのか教えてくれ』
一般的な認識では、NEXTは束博士の切り札だ。そしてその戦闘能力は数々のミッションが証明している。
しかも破壊だけでなく、護衛や救助、奪還といった各種のミッションまでこなしている。
NEXTを金で雇える傭兵として見た場合、あらゆる局面に投入出来る、非常に使い勝手の良い駒なのだ。
そしてマリーのような交渉人からしてみれば、実際にNEXTというカードを切れる必要は無い。その存在そのものが、交渉のカードとして成立する
ウズベキスタン大統領にしてみれば、国が蹂躙されるかどうかの瀬戸際にそんなカードを見せられれば、普段は呑めない条件でも呑んでしまうだろう。
『はい。後ほど報告書を出させて頂きます』
『頼む。――――――そろそろ次の作戦領域だ。交信終了』
『了解。御武運を』
マリーとの通信が切れ、暫くすると遥か前方に、2つの巨大移動物体が見えてきた。
1機は、以前アラビア半島で戦った
1機は、
そしてその周囲を飛び回る1機のISは、既にボロボロの状態だった。
飛行機動は安定していないし、装備は右手のアサルトライフルと左手の物理シールドのみ。
状況的に武装を温存しているとは考え辛い。恐らく使い切ってしまったのだろう。
だが対する巨大兵器にダメージは見られない。装甲表面が多少傷ついている程度だ。
もう決着はついたも同然だろう。
そしてNEXTの到着を待っていたかのように、巨大兵器の圧倒的物量がキルギス軍のISに降り注いだ。
ISの機動力を持ってしても回避しきれない、ミサイルによる面制圧攻撃。チャフがばら撒かれ、アサルトライフルで迎撃しようとも、それを上回る物量がISという個体を圧殺していく。更に予測射撃で、回避先に撃ち込まれる大口径ロングレンジハイレーザーキャノン。
そして止めとばかりに、
(………終わったな)
(うん。そうだね)
NEXTのセンサーは、巨大兵器の攻撃に呑まれたISを捉えていた。絶対防御のお陰で死んではいないようだが、重傷なのは間違いない。放置したなら、遠からず死ぬだろう。
だが束が、赤の他人の生死など気にするはずが無い。返ってきた言葉に、撃墜されたISパイロットの心配は欠片も含まれていなかった。
故に続けられた言葉は、晶にとって意外なものだった。
(ねぇ晶。戦闘終了後、一応あのパイロット拾ってきて)
(それは構わないが、何故?)
(今回の一件ってさ、もうどうやっても利用されるしか無いと思うんだ。撃墜されたISパイロットなんて、格好の利用材料と思わない?)
(なるほど、了解した。戦闘終了後、回収する)
2人は、最後まで気付けなかった。
この判断こそ、企業がして欲しかった判断なのだと。
今まで蓄積してきた各種の戦闘データから、巨大兵器が並のISを凌いでいる事は既に分かっていた。
だがどうやって、女尊男卑の世の中にそれを認めさせるか、それが問題だった。
仮にISを叩き伏せたとしても、撃墜されたISやパイロットを晒し者にするようなやり方は、世間の反発を招く。
しかし、誰かに助けられたという美談ならどうだろうか?
国を守る為に勇敢に戦うも、力及ばず撃墜されてしまったISパイロット。
それを緊急展開していたNEXTが、巨大兵器を撃破して助ける。
俗物が好みそうな、ドラマチックな展開だ。
これなら美談として、繰り返し、繰り返し、報道出来る。
そして繰り返し報道されれば、世間は嫌でも気づくだろう。
ISにはISでしか勝てないなど幻想だと。ISは巨大兵器に敗北したのだと。ISは絶対の存在では無いと。
もしこの場に、策謀に長けた楯無がいれば、違う結果になったかもしれない。
しかしこの場に彼女の姿は無く、2人は利用されている事まで気付いていながら、敵の最後の一手を読み切れなかったのだった――――――。
第87話に続く
ついにISが絶対の存在ではなくなってしまいました。
今後どうなる事やら………。(邪悪な笑み)