インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回、話が大きく動きます。
導火線が随分と短くなってきました。


第85話 空港を護れ-1

 

 とある日の平日。IS学園で授業を受けていた晶は、束からの緊急コールを受けていた。

 

『どうした?』

『緊急ミッション。すぐに西に、ウズベキスタンに飛んで。ブリーフィングは飛びながらするから』

『分かった』

 

 手短なやり取りを終えると、晶は授業をしていた織斑先生に一言謝った後、窓から飛び出した。一瞬緑の光が彼の全身を包むと、次の瞬間にはNEXTの展開を完了し、一気に高々度まで上昇。次いで拡張領域(パススロット)からVanguard(V) Overed(O) Boost(B)をコール。機体を包むシールドが、極超音速領域への突入に備え、円錐状に再形成される。直後、膨大な推力がVOBから吐き出され、NEXTを時速8000kmオーバーの世界へと導いた。

 

『こちらNEXT()。進路を西に取った。で、緊急ミッションって何だ?』

『作戦目標はウズベキスタンにあるユジュニ空港。詳しい情報は集めている最中だけど、完全戦闘装備のパワードスーツ(撃震)2個大隊(72機)に、空港が制圧されたから奪還して欲しいの。滑走路と給油設備には被害を出さないで』

 

 ユジュニ空港は、欧州デュノア社の工場で作られたアンサラーのパーツを運ぶ、輸送ルートの1つだった。

 輸送に使っている機体はAn-225 ムリーヤ。世界最大の積載量を誇る輸送機だ。

 最大積載時の航続距離は約4000km(未積載時は15400km)。欧州から日本までの距離は約9700km。

 積載量に少し余裕を持たせて飛ばせているとは言え、どうしても途中で1回給油が必要だった。

 その給油に使っているのが、ユジュニ空港だ。

 

『中々ハードなミッションだな』

『無理そう?』

『2個大隊相手に、滑走路と給油設備を無傷で確保か………厳しいが、やるしかないか』

 

 殲滅するだけならどうとでもなる戦力だが、如何せん護衛対象が大き過ぎる。

 そして時間も無かった。

 束が転送してきた情報によれば、今飛んでいるムリーヤがユジュニ空港に到着するまで後48分。これに対し、日本からユジュニ空港まで約5900km。VOB装備のNEXTで約44分。

 差し引き4分で、完全戦闘装備のパワードスーツ(撃震)2個大隊(72機)を排除しなければ、輸送パーツがどうなるか分からなかった。これが普通の積み荷だったら、他の空港に降ろすという選択肢もあっただろう。しかしユジュニ空港は、更識が多数のエージェントを派遣し入念なスパイ対策をする事で、ようやく輸送ルートとして使えるようにした空港だ。

 そしてアンサラーのパーツは―――デュノア社が作っているのは比較的重要度の低い部位とはいえ―――最新技術の結晶。スパイ対策の施されていない他の空港に降ろせば、かなりの高確率で何らかの被害を被る可能性が高かった。

 

『頑張って。でもね晶、もう1つ厄介事があるの』

『今度は何だ?』

『先日別エリアに巨大兵器が配備されてね。輸送ルートからは外れていたんだけど――――――』

 

 晶は嫌な予感がした。

 束の説明と共に、追加の情報が転送されてくる。

 巨大兵器が配備された場所はタジキスタン。元々政情が不安定で、近年まで内戦をしていた国だ。火種には事欠かない。

 そんな場所に巨大兵器が配備されたらどうなるだろうか?

 しかも1体ではなく2体。

 対立していた勢力に、1体ずつ配備されているようだった。

 それが戦闘を開始し、巨大兵器同士による砲打撃戦が始まっていた。

 2機は徐々に北上し、隣国キルギスの国境を超えてもなお戦闘を継続。キルギス軍が防衛出動するも、巨大兵器同士の戦闘に介入できるはずもなく、余波だけで壊滅状態となっていた。

 そして未だに2機は戦闘を継続しており、このまま北上を続けた場合、ウズベキスタンの国境を越えて、ユジュニ空港が巻き込まれる危険性が非常に高かった。

 晶は巨大兵器の情報に目を通す。

 1機は円盤状の中央パーツに6本の脚(L.L.L)というシンプルなデザイン。確認されている武装は、各脚部に1門ずつ内蔵型ロングレンジハイレーザーキャノン。同じく脚部に、無数の近接防御用レーザー砲台。円盤上部には、誘導性能を追求したと思われる、新型ミサイル砲台が複数。武装は3種類と少ないが、100mという全高が実現する圧倒的な積載量は無視出来なかった。それぞれの武装が大口径・大出力を兼ね備えた上で、連射精度と命中精度が両立されているという反則的な性能だ。

 そしてもう1機は、かつてアラビア半島で戦ったType-D No.5だ。だがそのサイズはかなりスケールアップされていた。6本脚(L.L.L)とほぼ同じサイズだというのだから、搭載武装もそれに見合う、強力なものに換装されているだろう。

 晶は束の言葉を引き継いだ。

 

『――――――このままの速度で北上を続けた場合、ムリーヤが給油を完了する前に、恐らく戦闘範囲に巻き込まれる………か』

 

 状況を整理すると、今回のミッションで行わなければならないのは4つ。

 1つは4分以内に、完全戦闘装備のパワードスーツ(撃震)2個大隊(72機)を排除。

 1つは滑走路と給油設備を無傷で確保。

 1つはムリーヤが給油を完了するまで護衛。

 1つは巨大兵器が近付いてきた場合、撃破してムリーヤの安全を確保する。

 

『厳しいなぁ』

 

 思わずそんな呟きが漏れる。

 だがその言葉を聞いた束は、逆に安心したようだった。

 

『晶。声、嬉しそうだよ』

『そうか?』

『うん。なんだか、ピクニックに行く子供みたい』

『ピクニック………そうか。ピクニックか。おやつは幾らまでかな?(武器の使用制限は?)

『おやつは300円まで、なんてつまらない事は言わないよ。好きなだけ喰い散らかしてくると良い(オールウェポンフリー)

『わぉ。太っ腹。で、その心は?』

『私の計画を邪魔するとどうなるか、教育してやって』

『了解』

 

 晶の中で、強化人間特有の戦闘思考が走り始めた。

 過度な恐怖心は抑制され、肉体と精神のコンディションが、戦う為に最適な状態へと変更されていく。

 こうして()が西へと進路を取った頃、IS学園は大騒ぎになっていた。

 何せ束博士が切れる最強のカードがNEXT()だ。それが緊急出撃するなど、並大抵の事態ではない。

 残された者達は、各々が持てるあらゆる手段を使って、情報収集を始めるのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 IS学園に残された者達で、最も行動が早かったのは楯無だった。

 彼女はアンサラー計画の進捗管理をしているだけあって、情報の入手そのものは、束とほぼ同じタイミングだったのだ。

 そして彼女は、速やかに自分が同行するという考えを破棄した。

 現状は1分1秒を争う。

 最速で投入出来る戦力を、自分の我儘で遅らせる事など出来なかった。

 故に彼女の思考は、空港奪還後の事へ向けられていた。

 

(晶が動いたなら奪還は確実。無用な被害を出すような戦いもしないはず。なら、後はこっちの仕事!!)

 

 意を決した彼女は、2人の部下に連絡を取った。

 更識家交渉人の皇女流(おうめる)麗香(れいか)とマリー・インテル(※1)だ。

 

『2人とも、現状は把握してる?』

『勿論です。当主』

『無論です』

『なら話は早いわ。2人で協力してウズベキスタン政府から、空港に更識傘下の部隊駐留を認めさせなさい』

『切れるカードは何処までですか?』

 

 質問したのは皇女流(おうめる)だ。

 

『あの国の大統領は独裁者だけど愚鈍ではないわ。更識傘下の部隊が駐留する事の意味を理解していないはずがない。そして空港のある首都近辺で騒ぎを起こせばどうなるか、これからNEXT()が証明してくれるわ。その結果を見て断るようなら、輸送ルートを変えると言ってやりなさい』

『強気ですね。当主』

『弱気になる理由があるのかしら?』

『いいえ。何一つ。可能なら、他に幾つか条件を飲ませても構いませんか?』

『やり過ぎない程度にね』

『了解しました』

 

 次いで、マリーが口を開いた。

 

『では私からも。駐留部隊については如何致しますか? 最新型パワードスーツ(YF-23 ブラックウィドウⅡ)は論外としても、それなりの部隊でなければ抑止力になりませんが』

『そうね………』

 

 楯無は暫し考えた。

 現在更識傘下の如月重工では、最新型パワードスーツ(YF-23 ブラックウィドウⅡ)をダウングレードした、第2世代機を開発中だった。

 既に実地試験が可能との報告は受けているが………。

 

『投入するのは撃震とガンヘッドの混成部隊とするわ。ガンヘッドなら、普段は重機として使えるしね』

『分かりました』

 

 なお余談ではあるが、最新型パワードスーツ(YF-23 ブラックウィドウⅡ)を持つ更識が、如月重工に第2世代機を開発させている理由は非常に単純だった。

 束が直接手掛けた最新型は、高性能過ぎて表の世界では使えないのだ。もし公開したら、各方面から追求の手が伸びてきて、少々動かし辛くなってしまう。

 閑話休題。

 

『他には何かある?』

『いいえ、当主。望む結果をお持ちしましょう』

『イージーなミッションです。そう時間は掛からないかと』

『なら、早速お願いね』

『『了解』』

 

 こうして楯無が命令を下した頃、シャルロットにも情報が入っていた――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 晶が教室から飛び出して数分。シャルロットの携帯がコールされていた。

 番号を見れば、デュノア本社にいるはずの父親からだ。

 授業中であるにも関わらずの直接コール。緊急の要件である事は間違いない。

 彼女は織斑先生に一言断りを入れて、教室の外で電話を受けていた。

 そうして聞かされた話は、現在進行中の事態について。()の傍にいる気なら、状況の推移は知っておいた方が良いという親心からだった。

 

『――――――分かったよ。ありがとう。お父さん』

 

 シャルロットの父は、優秀な経営者だった。NEXT()が緊急展開した今、巨大兵器同士のぶつかり合いで被害が出た地域の為に、即座に支援物資を満載したコンコルドMKⅡを現地に向かわせていたのだ。

 無論、今後あの地域で活動し易くする為という打算もあったが、晶が飛び出してから僅か数分で決断してのけた判断力は、経営者として十分な才覚を示すものだった。

 だが同時に、娘を心配する過保護な父親でもあった。

 

『――――――ところで、その、なんだ。彼とは上手く行ってるのかな? メールでは随分仲良くやっているみたいだが』

『お父さんも心配性だね。上手くやってるよ。晶ってね、料理が下手なんだ。だからこの前、ちょっと作ってあげたの。凄い喜んでくれたよ』

 

 この時、父親の脳裏を過ぎったのはシャルロットの母親の事だった。

 彼も胃袋を捕まれて、のめり込んでいったのだ。

 キッチンに立つ後ろ姿が、何とも色っぽくて………。

 甘い記憶を思い出しながら、父はライバルの多い娘の為に、援護射撃をする事にした。

 

『そうかそうか。――――――ところで父さん別荘を買ったんだが、忙しくて使えそうにないんだ。良かったら使ってみてくれないかな。勿論シャルが認めた人なら、誰を連れてきても構わないよ』

 

 今の会話を意訳すると、「彼を連れ込んで距離を縮めちゃいなよ。もっと先に進んじゃってもOK!!」という事になる。

 そして聡いシャルロットは、その意味を正確に捉えていた。

 

『ちょっ!? お父さん何言ってるの!?』

『ハッハッハッ、娘の幸せを願うのは親として当然だろう』

『もう!! 晶がそんな簡単に動けるはず無いじゃないか』

『大丈夫。父さんに任せなさい。何せ彼のお陰でデュノアは政府から補助金を打ち切られずに済み、第3世代機の開発も進められるんだ。少しばかりお礼をしたいと言っても、誰も不思議に思わないさ』

 

 元々デュノア社は、第3世代機の開発が難航し、経営も危機的状態にあった。だが旧経営陣の総入れ替えに成功して以降、業績は右肩上がり。難航していた第3世代機の開発も、シャルロットのトレーニングデータを反映する事で、急ピッチで進んでいた。

 何せIS学園で行われているトレーニングの相手は、NEXTを始めとする世界の最新鋭機。戦闘データを蓄積するには申し分ない環境だった。

 尤もそれは他国も同じなので、他との差が縮まったという事でしかなかったが。

 

『それはそうかもしれないけど………でもお父さん』

『ん?』

『博士を怒らせるような真似だけはしないでね』

『分かっているよ。私も旧経営陣のような破滅はしたくないからね』

 

 旧経営陣の末路は、比喩の言葉が見つからないほど悲惨なものだった。

 だからこそ、この程度の事しか出来ないのだ。でなければもっと直接的に、例えば婚約者にするなどして外掘を埋めていただろう。

 後は、娘の頑張り次第だった。

 こうして父と娘の会話が行われていた頃、ラウラは――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 シャルロットと同じように教室の外に出ていたラウラは、コアネットワークでクラリッサと話していた。

 

(――――――状況は理解した。本隊(黒ウサギ隊)は動かせるか?)

(申し訳ありません隊長。現在別地域で任務を遂行中。動かせません)

(予備戦力は?)

(動員自体は可能ですが、到着する頃には終っているかと)

(そうか………)

 

 だが現場に向かうだけが援護の方法ではない。

 ラウラの特殊部隊隊長としての思考は、既に別の事に向いていた。

 

(隊長?)

 

 数瞬続いた沈黙に、クラリッサは思わずラウラを呼んだ。

 

(どうした?)

(いえ、どうしたのかと思いまして)

(なに、完全戦闘装備のパワードスーツ2個大隊など、テロリストにしては出来過ぎだと思ってな。声明は無いんだろう?)

(はい。まだ確認されていません)

(となると怪しいな。テロリスト風情にしては豪華過ぎる。それなりのバックがいるはずだ。それに巨大兵器の行動も気になる)

(と言いますと?)

(確かにタジキスタンは政情が不安定で、近年まで内戦をしていた国だ。だがそれなら、何故国内の敵対勢力に矛先を向けない? 私にはあの2機が、ただ暴れる事だけを目的としているように見える)

 

 ラウラの物言いは、ある意味的を射ていた。2機の巨大兵器は、ただひたすらに攻撃と移動を繰り返しているのだ。

 攻撃が当たっても移動。外れても移動。互いの攻撃力を考えれば無理の無い選択肢ではあるが、移動方向は明らかに北に偏っている。

 そして機体サイズが桁外れなだけに、周辺の被害は凄まじいものがあった。

 2機が通った後には何も残っていない。まるで絨毯爆撃でもされたかのような、ありとあらゆる人工物と自然物が破壊され、人心を荒ませる荒れ果てた光景が広がっていた。

 

(暴れさせる事が目的だと?)

(そう見えなくもない)

(相当のコストが掛かっているはずですが?)

(可能性の話だ。コストが掛かっても、それ以上に商品が売れれば投資分は回収出来る。そして今回、既に一国の防衛部隊が戦闘の余波だけで全滅している。欲しいと思うところは沢山あるだろうさ)

(……嫌な流れですね)

 

 仮にラウラの予想が正解だとするなら、その先にあるのは間違いなく軍拡競争だ。

 ISのように個人の才覚に依存しない、凡人によって制御された、単機一軍に匹敵する安定した戦力。

 コストこそかかるが、数多の支配階級が望む理想的な力だろう。

 

(確か情報部が掴んでいる巨大兵器の建造計画は10だったか?)

(先日の追加調査で、15になりました)

 

 これを伝えるクラリッサの心情は如何程のものだったろうか?

 彼女は(IS)が物量で圧殺出来るというのを、この世界で初めて証明された人間なのだ。

 恐らく生涯、あのアラビア半島での事は忘れないだろう。

 

(………貴様が今何を思っているかは知らんが、何事も上には上がいる)

(隊長?)

(質は物量で圧殺できる。確かにそうだろう。軍人の基本的な考え方はそれだからな。だが――――――)

 

 ラウラは一度言葉を区切り、相反する言葉を続けた。

 

(――――――その逆は出来ないと誰が決めた? 圧倒的な個体が物量を磨り潰す。確かに巨大兵器の物量や火力は脅威だろう。しかしな、第二次世界大戦で大艦巨砲主義が、航空主兵主義に取って代わられたのはどうしてだ?)

 

 軍人であれば当然知っている事だった。

 時代背景やコストの増大など理由は様々あったが、極論を言ってしまえば、航空兵器の進化に戦艦が対応出来なくなったからだ。

 確かに巨大兵器とISの関係は、戦艦と航空兵器の関係に似ている。

 そう考えれば、ラウラの言葉は理解出来た。同時にクラリッサは、隊長(ラウラ)の不器用な励ましにも気づいていた。

 “ドイツの冷氷”とまで呼ばれていた隊長(ラウラ)が、人間らしく他人を気遣ったのだ。アラビア半島でも随分と心配されたが、その心配が隊長(ラウラ)の人間らしい成長を感じさせ、内心で喜ばずにはいられなかった。

 こうして隊長と部下がその絆を深めた頃、同じように教室を出ていたセシリアは――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

(さて、どうしましょうか?)

 

 晶が緊急展開した理由や現在の状況は、既に本国から通信で受け取っていた。

 だが現状、セシリアに関われる手段は無かった。

 シャルロットはデュノア社の力で、ラウラも部隊の力を使って今回の一件に干渉するだろう。しかし彼女に、そのような組織力は無い。個人資産はあるが、今必要なのは資金力ではなく実行力。加えて言えばISを使って協力しようにも、外付けブースター(VOB)装備のNEXTに追いつけるはずもない。追いつく頃には、全てが終わっているだろう。

 

(困りましたわね。このままでは、私だけ置いていかれてしまいます………)

 

 そうして暫く考え込んだ彼女は、1人アリーナのピットへと向かった。

 歩きながら、浮かんだ考えを纏めていく。

 不殺の思いは捨てていない。だがそれを他人に押し付けるなどナンセンスだ。

 数多の思惑がぶつかる中で自分の意志を貫こうとするなら、誰にも負けない実力が必要だ。

 だがその実力も、今のセシリアには無い。

 

「………だから、私は知る必要がある。本当の戦場を、もっと」

 

 自分の心を確認するかのように出てきた言葉。周囲には誰もいない。ただアリーナに設置されている監視カメラだけが、彼女の様子を捉えている。

 普段と変わらぬ歩みでアリーナのピットに到着した彼女は、これから先の事を、誰にも邪魔されないようにドアをロックした。

 そしてISを展開しメンテナンスベッドに機体を固定。装着したままで、NEXTにコアネットワークで通信を繋いだ。

 応えてくれるかどうかは賭けだった。戦闘行動中なら、無視される可能性の方が高い。

 そうして暫くNEXTをコールし、彼女自身が駄目かと思い始めた頃、通信が繋がった。

 

(どうした?)

 

 戦闘を前にしているせいか、彼の声はいつもと違っていた。獲物を前にした猛獣のような、暴力的な雰囲気が感じられる。

 一瞬雰囲気に呑まれそうになるセシリアだったが、意を決して自分の意思を言葉にした。

 

(1つ、お願いがあります。貴方の戦いを見せて頂けませんか)

(何の為に?)

(私の目標、不殺を実現する為には、私自身の実力が足りません。訓練だけでは足りないのです。だから私は、もっと本当の戦場を知る必要がある。そう思ったのです)

(ふむ………)

 

 晶は暫し考えた後、口を開いた。

 

(今回、俺は敵に一切容赦する気はない。お前の不殺という目標とは正反対の行動だが?)

(私は、自分の目標を他人に強要するような恥知らずではないつもりです。ただ、見せて欲しいんです。本当の戦場を。私が将来立つであろう場所を)

 

 本人の意思が固いというのはすぐに分かった。

 だがそれでも、晶はすぐに肯けなかった。

 戦闘を見せる為に回線を繋ぐという事は、ブルーティアーズ側に戦闘データが残るという事だ。学校で行っているトレーニング程度の事ならまだしも、全力戦闘中の記録が他の機体に残るというのは頂けなかった。

 よって断ろうとしたところで、セシリアは、代表候補生としてあるまじきカードを切った。

 

(この会話、束博士も聞いておられるのでしょう?)

(ああ)

(でしたら、私の権限で解除できる全ての機体セキュリティを解除します。そこを足掛かりに機体を掌握して下さい。それで、機体側にデータは残りませんわ。残るのは、私の記憶の中だけ)

 

 どう考えても、代表候補生が切っていいカードではなかった。

 セシリアの言っている事は「機体の内部情報を全て晒し、コントロールすらも委ねる代わりに、戦闘を見させて欲しい」という事だ。

 本来一級の軍事機密であるISの内部情報、しかも国が全力を挙げて開発中の第3世代機の内部情報だ

 本国にバレれれば、候補生資格の剥奪では済まない。良くて軍事法廷。最悪国家反逆罪の適用もありえる重大な裏切り行為だ。

 しかしそのリスクを考慮してなお、セシリアは本物の戦場を求めた。

 自分の目標を、不殺という願いを適える為には、訓練だけでは足りないのだ。

 本物の戦場を、一瞬の判断で全てが決まる現場をもっと知る必要があった。

 加えて言えば、焦りもあった。

 試験機の側面が強いブルーティアーズでは、実戦を主眼において調整されているシュヴァルツェア・レーゲンや甲龍に対して、徐々に性能面での劣勢が目立つようになってきているのだ。

 今はまだ、それほど目立つ差ではない。だがこれから先、その差が広がっていく事は確実だった。

 だからこそ、パイロットである自分の質を上げていく必要がある。そんな思いもあっての行動だ。

 

(………どうする、束?)

(良い訳ないで――――――)

 

 断るつもりだった束の脳裏を、とある考えが過ぎった。

 単純に敵を撃破するだけなら、NEXT()に敵はない。だが防衛や輸送ミッションの場合は、人手そのものが重要になる事がある。

 そして良く連れて行くシャルロットやラウラの能力が、全距離対応で使い易いのも間違いない。だが防衛や輸送ミッションなど、そもそも接近されたくない場合は、ISの基本仕様からして遠距離型のブルーティアーズに分がある。加えてBT兵器による複数同時攻撃も可能だ。それらを潜り抜けたところで、NEXT()による攻撃が待っている。

 防衛戦力として考えるなら、十分に有りではないだろうか?

 

(――――――ねぇ晶。この凡人、使えそうなの?)

 

 出かけた言葉を飲み込み、晶に問いかける。

 

(パイロットとしては悪く無い。視野の広さは、教えている専用機持ちの中で随一だ。近接戦闘に難があるが、白式みたいな特化機を相手にしなければ、早々墜ちはしないだろう。味方にいたら、戦闘は随分やり易いだろうな)

(ふぅ~ん)

 

 束は更に考える。

 現在良く使っているシャルロットは、彼女にしてみれば余り戦場に出したくないのだ。使っている機体が第2世代と(束にしてみれば)型落ちな上に、万一何かあればデュノア社撤退という形で、アンサラー計画への支障すらありえる。愛人は愛人らしく貢いでくれれば良いのだ。

 ラウラの方は、戦闘力としては期待できるが、思考形態が軍人のそれだ。いざという時は、ドイツの軍人として行動するだろう。故にあまり使いたくない。

 それに対し、この凡人(セシリア)はどうだろうか?

 シャルロットやラウラのような組織力は無い。資産はあれど会社も持っていない。

 あるのは全て、セシリア・オルコットという個人に付属しているものだけ。

 そして今回、彼女は躊躇い無く己の全てを賭けてきた。事が露見すれば、今持っている全てを失いかねない危険な賭けだ。

 その他大勢の有象無象共からしてみれば、愚かしい行為だろう。だが束は、こういう人間が嫌いではなかった。

 安全なところから屁理屈を並べるような奴よりも、己の全てを賭けて突き進む凡人の方が、幾らか好感が持てるだろう。

 しかしそれだけで、見学を許す訳にはいかない。

 故に束は問い掛けた。

 

(ねぇ、凡人。1つ聞こうか)

(何でしょうか?)

(私のアンサラー計画と君の母国。天秤にかけたらどっちを取る?)

 

 真っ当な代表候補生なら、分かりきっている答えだ。母国以外を選べるはずがない。

 だがセシリアは、そんな選択肢は知った事ではないとばかりに、第三の答えを口にした。

 

(常に味方出来るとは限りません。ですが、決して敵対致しませんわ)

 

 今回セシリアは博士と話すにあたり、交渉という選択肢を破棄していた。下手に言葉を弄すれば、“天災”の逆鱗に触れる恐れがある。だから正直に話す事にしたのだ。

 貴族らしい、美しい言葉のやり取りではない。愚直で泥臭いやりとりだ。

 だが彼女の直感は、これで良いと言っていた。

 

(ふぅ~ん。思ってたよりも正直だね。もっと言葉を弄して、取り入ろうとするのかと思ったよ)

(そんな事をしたところで、行動で示せと言われれば終わりですもの)

 

 もう一度束は考える。

 凡人は凡人なりに本気なのだろう。

 ブルーティアーズの状態を確認してみれば、機体をメンテナンスベッドに固定し、有線接続でメンテナンス用コンピューターに接続している。

 この篠ノ之束の目の前でだ。

 メンテナンス用コンピューターを経由してブルーティアーズの中を覗いてみれば、本人が言った通り、代表候補生レベルで解除出来る全てのセキュリティが解除されていた。ここまでお膳立てされれば、機体掌握まで1秒と掛からない。

 

(………いいよ。見学を許可してあげる)

(あ、ありがとうございます!!)

 

 喜ぶセシリアに、束は続けた。

 

(そして、名乗りなさい。凡人。貴女の名前、記憶に留めてあげる)

(い、イギリス代表候補生。セシリア・オルコットですわ)

 

 この時驚いたのは、言われた当人だけではなかった。晶もだ。

 何せあの束が、自発的に他人の名前を覚えようとしたのだ。

 しかも完全に赤の他人の名前を。

 これがセシリアにとって吉と出るか凶と出るかは、まだ誰にも分からなかった――――――。

 

 

 

 第86話に続く

 

 ※1:皇女流(おうめる)麗香(れいか)とマリー・インテル(※1)

  2人ともACFAの企業名から名前を貰ってきた半オリキャラ。

  ムック本に各企業交渉人の正しい名前があるけど気にしない。気にしちゃいけない。

  2人とも随分前に登場した事あり。今回久々の再登場。

 

 




実を言うと初めはノンビリした話を書こうと思ったのですが、最近ノンビリな話が続いていたので、話を動かす事にしました。

ちなみに元々書こうと思っていた話は、「IS学園のプール授業にいる男2人!!」
読者が嫉妬してくれたら作者の勝利だぜ!! な勢いで書いていたのですが、よくよく考えるとISスーツと水着って露出的に大差ないどころか、小説準拠だとISスーツの方がエロイという事に気づき断念。

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