インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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ついにあの人がIS学園に来ました!!


第84話 新人教師ナターシャ

 

 1年専用機持ち達のCM撮影が終わって数日。放送されたCMで世間が盛り上がっている頃、IS学園に教師として赴任してきたナターシャは、織斑千冬と話していた。

 

「――――――千冬、もうすぐ授業時間だけど、挨拶に行かなくて良いのかしら?」

 

 今2人がいるのは学園のアリーナだった。しかも普段は使われない貴賓室。部屋の外から、中の様子を窺い知る事はできない。

 

「国家代表のお前が、しかも専用機を持ったまま赴任してきたんだ。目的はあいつらなんだろう?」

「こんな時期に赴任してきたら、誰でもそう思うわね」

「だったら見せてやろうと思ってな」

 

 何を、とは聞かなかった。此処はIS学園のアリーナで、次の1年1組と2組の授業が、実機演習なのはチェック済みだ。

 

「それは楽しみね」

 

 答えながらナターシャは思う。

 あの織斑千冬(ブリュンヒルデ)が、他人に見せても良いと思うレベルとはどの程度だろうかと。

 そして彼女の期待は、良い意味で裏切られる事になる――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 授業開始前、晶と一夏を除く1組と2組の面々がアリーナに揃っていた。

 年頃の少女達らしく、様々な雑談に華を咲かせている。そして最近で1番ホットな話題と言えば、やはり専用機持ち達が出演したCMだろう。

 

「ねぇ、あのCM見た?」

「見た見た。晶君格好良かった。デートであんな風に迎えに来てくれたら、ロマンチックよね」

「うん。束博士良いなぁ。私もあんな風に迎えに来てくれる彼氏が欲しいよ」

「IS学園の生徒って言えば、ダース単位で寄ってくると思うよ」

「そんな名前に釣られるような人は要りません」

「大企業の社長とか人気モデルでも?」

「うっ………そ、その場合はちょっと考えるわ」

「低いプライドねぇ」

「臨機応変って言って欲しいわね。優良物件は逃さないようにしないと。――――――でも優良物件と言えば、一夏君のCMも良かったよね。あのヘルメットを取るシーン、とっても良かった」

「そうそう。他にもさ――――――」

 

 女生徒達が口々に男2人を持て囃す中、一夏がアリーナに入ってきた。

 

「あっ、一夏君。こっちこっち。あれ、晶君は?」

 

 気付いた女生徒の1人が、手招きしながら尋ねた。

 

「何か途中でちふゆ姉……織斑先生に呼ばれてさ。少し遅れて来るって」

 

 答えながら皆に合流する一夏。周囲にあっという間にクラスメイト達が集まってくる。

 そして次の授業は実機演習なので、集まって来た皆の姿は、体の曲線が露わなISスーツだ。

 加えて女の子達はしたたかで、集まってきた子達は“後ろから押された”という建前のもと、平然と抱き着いている。

 

「ちょっ、皆近いって」

 

 照れる一夏のうぶな反応に、クラスメイト達の悪戯心が刺激される。

 最近少し逞しくなってきた腕に、女の子達の腕が絡められ、柔らかい感触が伝わっていく――――――が、戯れはそこまでだった。

 晶がアリーナに入って来たのだ。

 

「皆、揃っているかな?」

 

 たった一言で、場の空気が引き締る。

 一夏に悪戯していた女生徒達も、班ごとに素早く分かれ、すぐ授業が始められるように動いていく。

 そして全員の前に立った晶は、皆を見回してから改めて口を開いた。

 

「織斑先生は所用があるそうなので、先に始めていて欲しいそうだ」

 

 普通ならありえない話だった。学園で使う練習機とは言え、ISはあらゆる兵器を凌ぐ超兵器。それを生徒達だけで扱わせるなど、もし何かあれば、千冬の責任問題だけでは済まなくなる。

 だが1組と2組の合同授業に限っては事情が異なっていた。

 専用機持ちとして正式な教育を受けた者が4人。これに教官として実績ある晶が加わる。

 仮に練習機が暴走したところで、十分に取り押さえられる実力者が揃っていた。加えて学園としては、()の授業をモデルケースとする事で、授業の質を上げていこうという狙いもあった。

 

「そしたら、今日は晶君が先生?」

「そうなるな」

「センセー、お手柔らかにお願いしまーーーす」

 

 ある生徒が冗談混じりに言うと、晶も気さくに答えた。

 

「大丈夫。専用機持ち相手にやってるような事はしないよ。今日は今までの復習かな。ツーマンセル(2人1組)にオペレーターを加えた3人チームを作って、対戦形式でやろうか。細かい事は言わないから、好きにやってみると良い」

「好きに?」

「そう。好きに。五分の条件で正面からぶつかっても良いし、遭遇戦を想定するもよし、拠点防衛を想定するもよし、やってみたいシチュエーションを選んでやってみると良い」

 

 すると生徒達が希望したのは、専用機持ちがトレーニングに使っているシチュエーションのランダムセレクトだった。

 これはプログラムされた幾つかのシチュエーションの中から、ランダムで状況設定が選ばれるというもので、その状況に応じて機体に様々な制限がかけられる。

 例えばシールド半減。

 例えば通信障害。

 例えば敵の増援。

 例えば偽りの任務(騙して悪いが)による騙し討ち。

 等々。しかも1つ1つ個別の状況設定ではなく、場合によっては複数の状況が重なる事があった。

 例えば敵機との遭遇戦でシールド半減。その後敵増援が確認されると同時に通信障害が発生――――――といった具合だ。

 

「良いのか? せっかくの復習なんだし、もう少し簡単なのにしても」

「だって。ねぇ……」

 

 生徒達が互いに顔を見合わせ、その内の1人が口を開いた。

 

「私達も専用機持ちがやってるトレーニングがどんなものか、やってみたいですから。駄目ですか?」

「駄目じゃないが……」

 

 晶は暫し考えた。

 ランダムセレクトは専用機持ち用に作った内容だけあって、平均的に難易度が高い。

 普通の生徒にこなせるとは思えなかった。だがせっかくのやる気を削いでしまうのも本意では無かった。

 

「………分かった。先に言っておくが、難しいからな」

「分かってますよ。薙原センセー」

「ならチーム編成とオペレーター、装備を5分で決めてくれ。その後実機演習に入る」

「はい!!」

 

 アリーナに元気な返事が響くと、皆が一斉に動き出した。

 パイロットとオペレーターの組み合わせが次々と決まっていく。

 そんな中、シャルロットが話しかけてきた。

 

「ねぇ晶。僕達はどうするの?」

「専用機持ちの皆には、最後にお手本として演習してもらおうと思ってる」

「なるほど。チーム編成は?」

「任せる。――――――あっ、1つだけ注文があった。一夏とラウラのコンビは禁止な。AICと雪片のコンボは凶悪過ぎる」

「それはあるかも。他には?」

「無いな」

「了解。すっかり先生だね」

「初めはお前達だけ、だったのになぁ」

 

 晶は軽く肩をすくめながら答えた。

 

「仕方ないよ。僕達っていう結果を残しちゃったんだから」

 

 捉え方によっては傲慢とも取れる物言いだが、事実だった。

 最初期からNEXT()の直接指導を受けた一夏・シャルロット・セシリア・ラウラ・鈴の5人の訓練スコアは、今やクラスA-2(※1)に迫る勢いで伸び続けている。

 無論、訓練スコアが実力の全てでは無い。だが周囲にある種の期待感を抱かせてしまうほど、5人の訓練スコアは突出していた。

 (なお箒はこの5人と5分に戦えるが、第4世代機を使って5分である。まだまだ修練が必要と言えた)

 

「お前達の努力の結果なんだけどな。俺が教えなくても、いずれお前達なら届いたと思うぞ」

「でもこんなに早く届いたのは、紛れも無く晶のお陰だよ」

「面と向かって言われると、何だかこそばゆいな」

「それに僕達だけじゃなくて、以前教えたっていうイギリスの子達も噂になってるよ」

「え!?」

 

 晶としては、仕事で数日関わっただけの子達だ。手を抜いたつもりは無いが、劇的な効果があるとも思っていなかった。

 

「その様子だと知らないみたいだね。君が指導して以降、訓練スコアの平均が半ランクくらい(「C-2:代表候補生平均レベル」が「C-1:代表候補生上位レベル」に届かない程度に)上がってるらしいよ」

「半ランクだろう? 本人達が努力した結果じゃないのか?」

「本人達の努力は当然。でも晶、平均スコアが上がってるんだよ。1人や2人じゃなくて、全員のスコアが上がらなきゃ、平均スコアは上がらないんだよ」

「確かにそうだが………」

 

 彼としては―――繰り返しになるが―――手を抜いたつもりは無いが、劇的な効果があるとも思っていなかった。

 それに代表候補生に選ばれるような者達は、元々才能があるか、才能が無くても努力し続けられる才能があるような者達ばかりだ。

 半ランク程度の上昇は、ちょっとした切っ掛けで成績が良くなった程度の事だろう――――――と思っているのは晶だけだった。

 他人から見れば、たった数日の指導で半ランク“も”上昇させたのだ。

 ISはまだ若い兵器であるが、こんな事が出来た指導教官は未だ誰もいない。

 本人達の努力があったにせよ、IS学園が彼のノウハウを吸収しようと考えるのも無理からぬ事だった。

 

「それにね、晶。気づいている?」

「何に?」

「1・2組と他のクラスとの差に」

「………まぁ、な」

 

 IS学園が彼のノウハウを吸収しようとする理由はもう1つあった。

 それは合同授業を行っている1・2組と、他のクラスとの差が広がりつつあったからだ。

 当初は教員達も、少々の差なら専用機持ちが集中しているクラスの役得と思っていた。だがそこに晶というイレギュラーが入り、実戦を想定した訓練とオペレーターの重要性を教え込んでいくと、状況が変わり始めた。

 IS単機の1対1の戦闘に限って言えば、まだそう大した差はない。確かに機体をそれなりに上手く扱えるが、あくまでそれなり。IS学園が教育カリキュラムを変更するほどのものではない。だが連携やオペレーターという要素が絡んでくると、他のクラスとの差は明らかだった。

 基本的な事だが、互いの死角をカバーする動き、リロードタイミングでのフォロー、オペレーターによる状況分析の有無。まだ拙い部分も多いが、1年生のこの時期にこれらが出来るというのは、学園関係者を大いに驚かせていた。

 そしてこれを放置した場合、卒業時の差が埋めがたいものになっているだろう事も、容易に想像がついた。

 なので一時、実機演習に限り晶を教師として雇用するという意見も内々に出ていたのだが、それを知った束が激怒。織斑千冬が宥める事で、どうにか事無きを得たという。

 

(しかしこれから、どうするかな………)

 

 クラス間のレベル差など、極論で言ってしまえば晶が気にする必要などない。

 だが余りに差が広がり過ぎると、無視出来ないデメリットも出てくる。

 そんな事を考えていると、クラスメイトの相川清香が呼びに来た。

 どうやらジャスト5分で、準備が出来たようだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、アリーナ貴賓室。

 織斑千冬とナターシャ・ファイルスの話は続いていた。

 

「――――――と言う訳だ。むっ、どうやら1戦目の状況設定が決まったらしい」

 

 2人の眼前にある大型モニターに、生徒達が行う模擬戦の状況設定が表示された。

 千冬の言葉に、ナターシャも視線を画面へと向ける。

 

「………コレ、本気? 1年生でやる内容じゃないわよ」

「私もそう思うが、本人達が望んだ事だ」

「難しい事に挑戦するのは個人の自由だけど、達成出来ない事に授業時間を使うのはどうかと思うわよ」

「達成出来ない? フフ、本当に達成出来ないと思ったら、私だって許可しないさ」

「ならコレを、1年生がクリア出来るというの?」

「可能性は低いだろうが、0ではないと思っている。――――――まぁ見ていろ。私がアイツ()に実機演習を預けた理由が分かるだろうさ」

 

 画面に表示されている状況設定は、重要人物の救出。

 救助チームは等身大の人形を、3分間護り切らなければならない。

 攻撃チームは、3分以内に人形を確保して離脱しなければならない。

 この条件だけなら、救助チームが不利なのは間違いなかった。腕に差が無いもの同士の2on2で、1人の人間(人形)を護りながら戦うなど大きなハンデだろう。

 だがこの訓練プログラムを作ったのは晶である。そしてこの男、割と(?)意地悪である。

 攻撃チームに開示されていない幾つかの情報が、貴賓室のモニターに表示されていた。

 その内容は、救助される重要人物は、実は攻撃チームを誘い出す為の囮であり、開始後2分を経過して囮である事に気づかなかった場合、救助チームの増援戦力としてIS2機が追加され4対2となる。

 ここで救助・攻撃チーム双方の作戦目標が変更され、救助チームは攻撃チームの撃破。攻撃チームは目標確保の有無に関係なく、作戦領域からの離脱となる。

 数で勝る敵の追撃を避わしながらの離脱だ。一線級のIS乗りでも難しい高難度ミッションだろう。

 

「そこまで言うなら、楽しみにさせてもらうわ」

 

 ナターシャは大型モニターに表示されている、両チームの情報を確認した。

 

 攻撃チーム(αチーム)

  1番機(α1):四十院神楽(打鉄)

  2番機(α2):谷本癒子(ラファール)

  オペレーター:宮白(みやしろ)加奈(かな)(愛称:かなりん)(※2)

 

 救助チーム(βチーム)

  1番機(β1):相川清香(打鉄)

  2番機(β2):鷹月静寐(ラファール)

  オペレーター:夜竹さやか

  

(これは………オペレーターの差が勝敗を分けそうね)

 

 α・βチーム共に機体構成は同じ。これまでの訓練スコアもほぼ同じ。そして拡張領域(パススロット)に登録してある武装もほぼ同じだった。

 パイロットの特性も似ている。四十院神楽と相川清香は近接戦闘を得意とする前衛型。谷本癒子と鷹月静寐は射撃戦を好む中距離型だ。

 そしてパイロット達の実力が拮抗しているなら、後はオペレーターの采配次第。

 

(さて、どうなるかしらね)

 

 こうして千冬とナターシャが見守る中、1組と2組の合同実機演習が始まるのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 αチーム(攻撃チーム)のオペレーターを務める宮白(みやしろ)加奈(かな)は、極平凡な女の子だった。

 座学・実技共に平均点。突出した能力を持たない一般人。

 成績だけを見るなら、取り立てて見るべきところのない凡人だ。

 そんな彼女は今、オペレーター席に座り深呼吸をしていた。

 

(大丈夫。練習通りにやれば大丈夫だから)

 

 1人そう思い、気持ちを切り替えてヘッドセットを装着する。

 そして手元のコンソールを操作。オペレーター用の端末を立ち上げ、α1、α2とデータリンク。機体コンディションを画面に表示させる。

 加奈は味方に通信を繋いだ。

 

『こちらオペレーター(α3)、状況を教えて下さい』

『α1、パイロット・機体共に問題無し』

『α2、同じく問題無し』

 

 声が落ち着いている。どうやら2人は、余り緊張していないらしい。

 

『2人共、落ち着いてるね』

『α1、そうですか? いつも通りにやるだけです』

『α2、私は専用機持ち用の訓練プログラム、楽しみだなぁ』

 

 そんな事を話していると、晶からアナウンスが入った。

 

『両チーム準備出来たみたいだな。――――――ではβチーム(救助チーム)、人形と一緒にアリーナの中へ。αチームは1分後アリーナの中に。開始状況はβチームが要救助者を発見・確保した直後に、αチームが目標を発見した、というところだ。後、両チームオペレーターに言っておく。現場の状況確認は怠らないようにな』

 

 加奈はこの言葉に首を傾げた。アリーナ内での演習に状況確認? 何も無い地形の何を確認するのだろうか?

 そこまで考え、ハッとなる。これからやるのは、専用機持ち用の訓練プログラム。なら、もしかして――――――。

 彼女は晶の言葉に了解と返事を返しつつ、急いでコンソールを操作し始めた。

 

(――――――やっぱり!!)

 

 嫌な予感は当たっていた。

 オペレーター用の端末に入力されていた、演習用作戦領域のデータはアリーナじゃない。サハラ砂漠だ。

 見渡す限り何もない、柔らかい砂丘が延々と続く地形。50℃を越える気温。吹き荒れる熱砂。

 その情報はISのセンサー系にフィードバックされ、特に光学系センサーのサーチ能力が低下する。

 加奈は慌てて2人に通信を繋いだ。

 

『ふ、2人とも!! 演習領域はサハラ砂漠。光学系センサーの性能がダウンするから気をつけて』

『なっ!?』

『えっ!?』

『と、取り合えず気象データ送るね』

 

 気象データを受け取った2人の表情が厳しいものになっていく。

 目標の確保が目的のミッションで光学系センサーが十分に働かないとなると、その他のセンサーをアクティブ(動的)に働かせることになる。

 そして目標が既に相手に確保されている状態(演習開始状態)でそんな事をすれば、“此処にいますよ”と宣伝するようなものだ。だが使わなければ、目標の捕捉は出来ない。熱砂に紛れて逃げられるだろう。

 対して相手はアクティブセンサーを使わずとも、αチームが発したセンサーで捕捉出来る。

 

『これは、厳しいですね』

 

 四十院(α1)の呟きが、加奈には嫌に大きく聞こえた。

 

 ――――――カウントダウン、残り30秒。

 

 そうしている間にも、カウントダウンは進んでいく。

 このまま無策で突っ込めば、恐らく一方的な展開になるだろう。

 

(ど、どうしよう!!)

 

 加奈は必死に考えた。

 

(何か、何か良い手があるはず)

 

 ――――――カウントダウン、残り20秒。

 

 時間は無情に過ぎていく。

 そして残り15秒となった時、彼女の脳裏にとある閃きが走った。

 

『ふ、2人とも!! 有りったけのアクティブデコイを積んで。武器は手持ちの銃火器と、余った拡張領域(パススロット)に近接武装くらいでいいから』

『『えっ?』』

『急いで!!』

 

 加奈の剣幕に押し切られた2人は、格納領域(パススロット)に納めていた幾つかの装備を外して、新たな装備を格納していく。

 こうして装備変更が完了したところでカウントダウンが終了し、模擬戦開始となるのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 場所は再び貴賓室に戻る。

 

「ほう。考えたな」

 

 演習開始後αチームが取った作戦に、千冬は珍しく感嘆の声を漏らした。

 そして観戦していたナターシャも同じだった。

 αチームは吹き荒れる熱砂で視界が制限されている事を逆手に取り、大量のアクティブデコイを四方にばらまき位置情報を欺瞞。デコイに紛れて攻撃する事で、βチームを目標もろともその場に釘付ける事に成功していた。この状況で迂闊に動けば、背後から撃たれる“かもしれない”という疑念が、βチームの動きを封じたのだ。

 

(これで1年生だというの!?)

 

 操縦技術で見れば、まだまだ拙いところはある。

 しかし1年生のこの時期に、卒業まで2年以上あるこの時期に、連携や作戦といった要素を意識して行動出来るというのが驚きだった。

 そして貴賓室で全ての情報をモニターしているからこそ分かる。

 αチームは、一度主導権を奪われたら最後だ。

 今はデコイで四方を取り囲み、射撃でその場に釘付けているが、βチームを削り切るだけの火力が無い。大量のアクティブデコイが拡張領域(パススロット)を圧迫し、削り切るだけの武装を搭載出来なかったのだ。

 

(……となればどこかで近接戦闘を仕掛けるはず。そこが勝負の分かれめね)

 

 そして状況開始から90秒が経過した時、ナターシャの予想通りαチームが仕掛けた。

 次が無い事をαチームも理解しているのだろう。

 思い切り良く、全てのアクティブデコイを一斉に起爆。βチームの全てのセンサー系をブラックアウトさせ、その爆発に紛れ、近接戦装備に切り替えた打鉄(α1)ラファール(α2)が距離を詰める。

 四十院(α1)が駆る打鉄は最も得意な刀の二刀流で。谷本(α2)の駆るラファールは、一撃の威力を突き詰めてパイルバンカーで。

 そして結果から言えば、αチームはこの直後カウンターをくらい敗北した。

 ここまで主導権を握っていながら何故か?

 原因は色々とあるが、最も大きな原因を上げるなら、始めからアクティブデコイを限界まで撒いてしまったことだった。

 βチームオペレーターの夜竹は、デコイの展開数から拡張領域(パススロット)の殆どをデコイに注ぎ込んでいる事を看破。かなりの高確率で最後は近接戦闘で来る事を読んでいたのだ。

 そしてこの模擬戦を見ていたナターシャは――――――。

 

(薙原晶。君は、何てことを教え込んだんだ)

 

 驚き、驚愕、そんな感情が胸中に渦巻いていた。

 本国(アメリカ)の同年代に、同じ事を出来る者が何人いるだろうか。

 そして暫くすると、隣にいた千冬が口を開いた。

 

「私が任せた理由、分かったか?」

「ええ。まさか、これほどとは………」

 

 掛値なしの称賛だった。そして次の言葉が、尚更ナターシャを驚かせた。

 

「内々の話だが、恐らく1年の専用機持ちは全て1組に集められる。そして卒業までクラス変えは無しかもしれない」

「それ、教育機関としてマズくないかしら」

「良くはないな。だがそれ以上に、奴の直接指導を3年間受けた人間がどこまで出来るようになるのか、色々なところから注目されている。勿論、お前の国もその1つだ」

「1組に入れなかった子達から恨まれそうね」

「それを和らげる為に、学園側もお前を受け入れた。セカンドシフトした現役国家代表から指導を受けられる事など、まずないからな」

「という事は、私が担当するクラスは1組以外ね」

「そうだが、決して1組と比べるような発言はするなよ。少し微妙な問題になりかけているんだ」

「学園側としてはジレンマでしょうね」

 

 ナターシャの言う通りだった。

 学園として優秀な人材が育つのは嬉しいが、余りに突出し過ぎれば、要らぬ問題の種になりかねない。

 事実生徒達の間では既に、1組=特別という認識が出来つつあった。

 だが天狗になっている者がいないのは、クラスを纏めているあの男()が、その類の事を嫌っているせいだろう。

 その点は担任を務める者(千冬)として、非常に助かっていた。

 これで戦闘者にありがちな、“強ければ何をしても許される”という思考の持ち主だったら、クラス崩壊していたかもしれない。

 

「まぁな。だから、これから宜しく頼むぞ」

「落胆させないように頑張るわ。――――――ところで、1つ聞いていいかしら?」

「どうした?」

「弟君と再戦の機会はあると思って良いのかしら?」

 

 すると千冬はニヤリと笑って答えた。

 

「勝てると思うなら挑めば良い。勝っても負けても、アイツにとって得るものは沢山あるだろうさ。尤も、簡単に勝てるとは思わない方が良い」

「その言葉を聞けて安心したわ。リベンジする相手が近くにいるなら、私自身の訓練にも身が入るというものよ」

「指導の方もしっかり頼むぞ」

「勿論。どっちもちゃんとこなすわよ」

 

 こうして2人は話を続けながら、続く演習を観戦していくのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は少し遡る。

 演習を終えたα・β両チームは、晶から本演習の全情報を開示されていた。

 

「ちょっ、なにコレ!?」

 

 全員の脳裏に、“酷い”という言葉が浮かんだ。

 確保目標はαチーム(攻撃チーム)を誘き出す為の囮で、演習開始2分経過で敵増援。4対2になり、戦闘で消耗した状態からの撤退戦。

 1線級のIS乗りですらクリア出来るかどうか、という高難度ミッションだ。

 そして晶が口を開いた。

 

「αチーム、思い切りは悪くなかった。だがアクティブデコイの展開数を間違ったな。いきなり限界まで展開したおかげで、搭載兵装の少なさを敵に読まれた。次からはもう少しばら撒く数も考えてみるといい」

「はーい。良い作戦だと思ったんだけどなぁ」

 

 発案者の宮白(みやしろ)加奈(かな)が、少しがっかりしながら返事をした。

 

「そう落ち込まなくていい。方向性は悪くなかった」

 

 言いながら晶は、決着が付いた際のβチームの機体ステータスを表示させた。

 2機ともシールドエネルギーはイエローゾーン下限。もう少しでレッドゾーンというところだ。上手く近接戦闘に持ち込めれば、増援前の撃破も不可能ではなかっただろう。

 だが“悪くなかった”が許されるのは試合だけだ。

 晶は一度全員を見渡してから口を開いた。

 

「専用機持ちには常々言っている事だが、ISという強者を打倒する為なら、敵はあらゆる手段を使う事を胆に命じておいて欲しい。今回みたいな囮と誘き出しなんてよくある手段だ。そして専用機持ちでなくとも、例え量産型ISだろうと撃破されれば、味方に与える影響は計り知れない。だから負けないこと、撃墜されない事を意識しておいて欲しい。ISは生存している事そのものが抑止力になる。――――――とは言っても、今は余り深く考えなくていい。ただ撃墜されないように立ち回る、とだけ覚えておいてくれればいいよ。先は長いんだ。ゆっくり覚えていけば良いさ」

 

 この後α・β両チームのメンバーに助言が行われ、今回と同じような手順で次々と演習が行われていく。勿論状況設定は毎回全く違う。難しいものばかりだ。なので演習に成功できたチームは殆どなかった。

 だがこの経験は1組と2組の面々にとって、確実に今後の糧となっていったのだった――――――。

 

 

 

 第85話に続く

 

 ※1:訓練スコアのランク

 作者的にはこんな感じで設定しています。

  A-1:モンドグロッソの決勝レベル

  A-2:モンドグロッソの上位レベル

  A-3:モンドグロッソ出場者の平均レベル

  B-1:国の代表レベル

  B-2:国の代表候補の上位レベル

  B-3:国の代表候補の平均レベル

  C-1:代表候補生上位レベル

  C-2:代表候補生平均レベル

  C-3:代表候補生下位レベル

 

 ※2:宮白加奈(みやしろ かな)

  愛称かなりん。インフィニット・ストラトスでイラストはあるが名前の無いモブさん。

  グーグルさんで「インフィニット・ストラトス かなりん」で検索してもらえれば画像が出てくると思います。

  名前だけ作者のオリ設定です。

 

 

 




ナターシャさん。ようやく本編に本格登場できるようになりました。
長かったなぁ………(トオイメ)

そしてCM関連の話をもう少し盛り込もうかと思ったのですが、何だかくどいと思ってしまったので、「世間ではその話で盛り上がっている」という感じで流してしまいました。

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