インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
強く、美しく、ISを纏う事で圧倒的な個体となる彼女達は、
そして普通、最も注目されるのは現役の国家代表だ。
強く、美しく、国の威信を背負う存在なのだから、これもある意味当然だろう。
だが現在に限れば、事情は少々異なる。
最も注目されているのは、IS学園1年に在籍している、専用機持ち6人の少女達だった。
いずれ劣らぬ美少女揃い、というだけで注目される程、IS業界は甘くない。にも関わらず彼女達が注目されるのは、それに実力が伴っているからだ。
何せ訓練時のレコードは同世代を突き放している上、既に実戦経験まである。加えて言えば、全員が
注目されない方がおかしいだろう。
そんな彼女達が揃って車を買い、尚且つCM出演をOKしたという話が流れた時、業界関係者は沸きに沸いた。
間違いなく次代を担うだろう彼女達で、CMが撮れるのだ。その宣伝効果は計り知れないものがある。上手く営業を仕掛ければ、今期の収益は過去最高を記録するだろう。
特に剣道を嗜み凜とした容姿を持つ篠ノ之箒は、“お嬢様”や“お高い”というイメージが無いため、一般大衆車のイメージキャラクターとして企業から熱い視線を向けられていた。
もっとも当人にそんな自覚はなく、それどころか初めてのCM撮影に戸惑い、緊張の只中にあったのだが――――――。
(――――――きっ緊張してきた!! た、確かカメラを向けられたら、あの台詞を…………あれ? 何て台詞だったか………)
慌てて台本を見直す箒。
しかし何度見直しても、緊張の為か全く頭に入ってこない。
(ああ、どうしよう!! もう時間が!!)
控え室代わりのキャンピングカーの中で、1人頭を抱えてしまう。
そんな時だった。扉がノックされたのは。
「だ、誰ですか?」
「箒。俺だよ。一夏だ」
「い、一夏か。どうしたんだ?」
扉を開けて出迎えると、撮影用の黒いライダースーツに身を包んだ一夏がいた。
普段と違う格好のせいか、いつもより凛々しく見える。
「いや、用事がある訳じゃないんだけどさ。今頃1人テンパッてるんじゃないかなぁ~と思って見に来たんだ」
「そそそ、そんな事はないぞ。いつでも準備万端だ何も問題はないたかがカメラを向けられてちょっと喋るくらいじゃないか緊張する方がどうかしているぞ」
息継ぎも無しで一気に喋る箒。誰がどうみても、緊張しているのが丸分かりだった。
対する一夏は、同じように初めての撮影のはずなのに、随分と落ち着いている。中に入った彼は、扉を閉めてから口を開いた。
「箒。失敗しても撃墜される訳じゃないんだから、安心して落ち着いていこうよ。晶の訓練に比べたら、楽だろこんなの。何せ失敗してもやり直し出来るんだ」
「だ、だからと言って、落ち着くなんて。沢山の人に見られてるんだぞ」
「大丈夫、大丈夫。問答無用で撃墜される事を思えば大した事無いって。大体、思い出してみろよ――――――」
そうして箒は、言われるがままに訓練の時の事を思い出してみた。
射撃を外した時は、カウンターでレールガンを撃ち込まれた。
斬撃を外した時は、
連携攻撃のタイミングがコンマ数秒でもズレれば、容赦なく分断されて各個撃破された。
「………まぁ確かにアレに比べれば、やり直しが出来るだけマシか」
「だろう。だから大丈夫だって。むしろ良い経験だと思って楽しもうぜ」
「そうだな。アレに比べれば、悩むような事でもないか」
何だか比べるものが間違っているような気もしたが、先ほどまで感じていた焦りは、不思議と消え去っていた。
丁度その時、撮影スタッフの1人が箒を呼びに来た。
「箒さん。撮影準備が出来ましたので、スタンバイお願いします」
「分かった。今行く」
落ち着きを取り戻した箒が扉越しに答える。
「おっ? いつもの調子に戻ったのか?」
「ふん。一夏のクセに、生意気だ」
プイッと横を向いた箒の顔は何処と無く赤かった。
だがその後、一夏の胸を軽く叩き「ありがとう」と言いいながら、扉を開けて出て行く。
そうして本来の凜とした表情を取り戻した彼女が歩いていくと、すれ違う撮影スタッフは皆、目を奪われていた。
(おい、誰だよ素人の小娘なんて言ってたやつ。何かスゲェ迫力あったぞ)
(ああ。姉の七光りなんて言われてたけど、もしかして本物か?)
(でもさ、本当にスタイル良いよな)
(まだ1年だろ? それで揺れるとかどんだけ………)
周囲の人間が凄すぎて埋没しがちだが、箒はその容姿もスタイルも能力も、決して他の専用機持ちに劣っている訳ではない。
でなければ、幾ら世界唯一の第4世代機を与えられたとはいえ、あの専用機持ちの面々に入ってついていく事など出来はしない。
「皆さん。お待たせしました」
外行き用の仮面を被った箒が撮影現場に到着すると、スタッフの面々が次々と挨拶をしてくる。
内心はやっぱりドキドキしていたが、先ほどまでの焦りはない。それに一夏が見ているのだ。下手な失敗などしたくない。
そんな乙女思考全開で彼女は、初めての撮影に臨んでいくのだった――――――。
◇
一方その頃、箒の懸命な演技を見ながら、晶は今回の撮影について考えを巡らせていた。
(一体どうして、こんなに話が大きくなったんだか…………)
車を買うというだけで展示会が開かれる位だ。撮影にしても、ある程度話が大きくなるとは思っていた。
だが、ここまでになるとは思っていなかった。
というか良くぞ許可したな、というのが正直な感想だった。
何せ今、晶達専用機持ちがいるのはIS学園でも、日本国内でもない。CM撮影のロケ地として選ばれたアメリカだ。
場所はカルフォルニア州ロサンゼルス。同州最大の都市かつ全米有数の世界都市であり、商業、金融、太平洋側最大の貿易拠点でもある。更に今日では電子機器、半導体、宇宙産業など最先端工業が発展している都市でもあった。
今日から数日を掛けて、こことその近郊でCM撮影が行われる予定なのだが………。
(専用機8機だぞ。その気になって暴れたら、近隣都市含め1時間とかからず灰に出来る。なのに制限無しで入国許可って、どういう神経してるんだ?)
常に最悪の事態を想定する、という意味で晶の考えは正しく、事実同じ心配をしている者がアメリカ政府内にはいた。入国などさせるべきではないという意見もあった。
だが実際には気前良く入国許可を出し、行動についても常識的な範囲内でなら、一切の制限を設けなかった。
それは何故か?
もしかしたらその理由を聞いた人間は、「下らない」と一笑に付すかもしれない。
しかしアメリカという国は、こと自国の利益についてはどこまでも手を抜かない国である。
故に危惧しているのだ。
間違いなく次代を担うであろうIS学園1年専用機持ちの中に、アメリカの姿が無いことに。
これで実力的に勝っている自信があるのなら、反対意見を押し切る必要も無かっただろう。だが1年生専用機持ちは全員、NEXTの直接指導を受けている。実力が無いなど有り得ない。織斑一夏に至っては、
実力ある専用機持ちとの友好関係構築は、国防上急務であると言えた。
そしてもう1つ、入国許可を後押ししている理由があった。
欧州が束や晶と、ある程度の関係構築に成功しているという事実だ。
“天才”にして“天災”と言われる束の技術力は、世界最先端の更に先をいく。如月重工やデュノア社経由でもたらされた幾つかの技術は、日本や欧州企業体の競争力を確実に高めていた。しかも恐ろしい事にその技術ですら、デチューンされたものだという噂が流れているのだ。
晶の方は絶対的な暴力装置としてだ。基本的に敵味方の区別がハッキリしていて明確な理由が無ければ動かないが、それでもNEXTが自陣営にいるのといないのとでは影響力がまるで違う。
(………まぁどんな理由があるにせよ、こっちに害が無ければ良いか。せっかくのイベントだし、楽しまないと損だな)
そうしてパイプイスに座ったまま背伸びをしていると、セシリアが近づいてきた。
既に撮影用の衣装―――白を基調としたショートドレスに青いショール―――に着替えており、その様は如何にもお嬢様といった出で立ちだ。
「晶さん」
「どうした」
「少し時間が空きましたのでお話に。雑談ですわ」
そう言いながら傍らに立ち、手にしていたアイスティーを差し出してきた。日本で多く販売されているボトルタイプだ。
「ありがとう。――――――しかしセシリア、様になってるな。本物のモデルや女優みたいだ」
「ISパイロットをやっていると、こういう機会も多いですから。慣れでしょうか?」
「そうか。そうだよな」
晶はふと思いついて、手元にあったタブレット端末の検索画面を開いた。
「どうしたんですか?」
「今までセシリアは、どんな写真を撮られていたのかなぁと思って」
入力された検索ワードは「ISパイロット セシリア・オルコット 写真」だ。
「え? ちょっ!? 止めてくださいまし!!」
セシリアが止める間もなく、検索ボタンが押される。
すると出てくる出てくる。
淑女で貴族らしい姿の他、水着、私服、パーティドレスなどなど、晶の知らないセシリアの姿がそこにはあった。
「凄いな。元が良いせいか、どれも写りが良い」
飾り気の無い素直な感想に、彼女は少し照れながら答えた。
「あ、当たり前ですわ。このセシリア・オルコットの写真ですもの。まぁ、カメラマンとスタイリストの腕が良かったというのもありますけど」
「それでも素材が良くなきゃ、こうはいかないだろう。ほら、これなんかさ――――――」
晶はプロのカメラマンではない。被写体を綺麗に写す技術など知らないし、写真の良し悪しなど完全に感性任せだ。
だからこそ、その言葉に嘘はない。
彼女の顔がトマトのように真っ赤になっていく。洗練こそされていないが、社交界でかけられた幾多の褒め言葉より、何倍も心地良かった。
「ほ、褒めるなら、もう少し洗練された言葉を学ばれるべきですわ。ま、まぁ他の方に聞かせるような言葉ではありませんし、私でよければ、練習相手になって差し上げますわ」
(意訳:もっと褒めなさい)
どこまでも高飛車で上から目線の物言いだが、真っ赤になった顔をプイッと横に向けて言ったのでは可愛さしかなかった。
なので晶も、つい調子に乗ってしまう。美人の可愛い顔が見たいというのは、男として当然だろう。
そうして暫く時間が経ったある時、セシリアにコアネットワークで通信が入った。
(セシリアずる~~~~い。抜け駆けはんたーーーーい。近付き過ぎ。NG。それ以上はダメ)
送信元はラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。つまりシャルロットだ。
そしてついでとばかりに、2人の戯れている様子が添付映像で送られてくる。
第三者視点から見たその姿は、まるで映画のワンシーンのように、甘い空間を形成していた。
自分で見ると、恥ずかしい事この上ない。
2人でタブレット端末の画面を覗き込む為、いつの間にか互いの距離は近くなり、顔なんてキスが出来そうなほどの至近距離だ。
(わ、わたくし、なんて恥ずかしい………)
慌てて周囲をキョロキョロと見てみれば、シャルロットがじーーーーーっと2人を見て、簪が羨ましそうに見て、箒が赤面して視線をそらし、鈴がグッジョブと親指を立て、ラウラが何故かメモを取っている。
「ししししし、晶さん!! わた、わたくしそろそろ撮影の時間なので失礼しますわ!!!」
「え? ああ、もうそんな時間か。頑張ってな」
「もも、勿論ですわ。この私にかかればCMの撮影程度大した事ありませんもの」
気さくに手を振って送り出す晶に、内心の動揺から、早口で答えて足早に去ってしまうセシリア。美しくない行動だった。だが動揺を抑えようとすればするほど、頭の中には、先ほど送られてきた映像がリピート再生されてしまう。
(こ、こんな状態で撮影なんて無理ですわ!!)
真っ当な精神状態でない事は自覚できたが、全く抑えがきかない。
考えれば考えるほど胸がドキドキしてしまう。
このまま撮影に入れば、何回
しかし世の中、何が切っ掛けで良い方向に転ぶか分からないものである。
その後撮られたCMに映る彼女の姿は、淑女然としたお高い雰囲気ではなく、恋する少女の如き華やかなものだったという―――。
◇
一方その頃、バイクのCM撮影が一段落していた一夏は、思いがけない人物と出会っていた。
「……こうして会うのは初めてね、少年。初めまして、と言うべきかしら?」
「こうして?」
見知らぬ金髪の美女から声をかけられたものの、全く会った覚えのない一夏は首を傾げてしまう。
すると声をかけてきた女性はヒントを出してきた。
「世界初、セカンドシフト機同士の一騎打ち。結果は私の惨敗だったけどね」
「えっ!? ってことはもしかして、あの時の…………」
「ええ。私がシルバリオ・ゴスペルのパイロット、ナターシャ・ファイルスよ」
思いがけない相手からの接触に戸惑う一夏だが、その雰囲気は戦いに来た、というものでは無かった。
なので一夏も姿勢を正して名乗り返す。
「白式・雪羅のパイロット、織斑一夏です。――――――でも、どうして此処に?」
一夏は思った事を素直に聞いてみた。自分を撃墜した相手に、会いに来る理由が思いつかなかったのだ。
「単純な理由よ。1つは暴走した
「お礼だなんて。俺はただ、貴女を倒しただけです」
「それでもよ。貴方が倒してくれなければ、私とあの子は市民を虐殺していたかもしれない。それを止めてくれたのだから、やっぱりありがとうよ」
「分かりました。なら、興味っていうのは?」
「暴走状態とは言え、私達は決して弱く無かったはず。それを貴方は、一方的なワンサイドゲームで下したのよ。パイロットとして興味を持つのは当然でしょう。普段、どんな訓練をしているのかしら?」
一夏の脳裏に普段の光景、専用機持ちが次々と撃墜されていく様子が思い出される。
一秒生き残る為に数手先を、二秒生き残る為に十手先を考え、それでも尚足りず、機体を限界まで振り回して連携を組み、それでようやく数秒という世界。
しばし考えた一夏は、言葉少なく答えた。
「実戦形式の模擬戦………かな」
説明というには余りにも少ない言葉だが、それが逆に、訓練の厳しさを想像させた。
何せISに触れて僅か数ヶ月の人間が、
「そう。余程良い師と仲間に恵まれたのね。軍のパイロットでも、いえ、モンドグロッソ出場者でも、あそこまで出来る人間なんて、そうはいないわよ」
「俺なんてまだまだですよ。師匠と、沢山の仲間が色々教えて、支えてくれるからこそです」
余りにも真っ直ぐな答えに、ナターシャは感心してしまった。
まだ若いにも関わらず、“力”に対する驕りがない。
世界でも数少ないセカンドシフト機を操るのみならず、セカンドシフト機を撃破したという実績があるにも関わらずだ。
(………これは、色々な意味で強敵ね)
今回の接触は、アメリカ政府の意向が多分に関わっていた。
無論、一夏に言った言葉も本当だが、それはあくまで個人のもの。政府の狙いは、
撃墜された人間を選ぶなどどうかしているとも思ったが、一度戦った間柄なら、会話もしやすい。
そうした事情があってこの地に足を運んだナターシャだが、この僅かな時間で、一夏への評価を大幅に引き上げていた。
戦闘能力だけの人間なら、評価を引き上げる気は無かった。だが“力”に対する驕りがないという心の強さを、ISに触れて僅か数ヶ月の人間が持っているというのは驚きだった。
自身もISパイロットだからこそ分かる。あの全能感は、ある意味麻薬に近い。自分は何でも出来るという気にさせてしまう。そしてISという超兵器は、それを可能とするだけの性能を持っているのだ。
そして精神的にも、とても安定しているように見えた。情報部からの報告では、歳相応の若さはあるようだが、環境と年齢を考えれば、十分に許容範囲内だろう。
(流石は
政府のお偉方はハニートラップも視野に入れていたようだが、これほど安定しているなら、恐らく逆効果だろう。
ナターシャがそう結論を出したところで、一夏がふと思いついたかのように口を開いた。
「――――――そういえば、ナターシャさんはお礼に来たって言ってましたよね」
「そうだけど、急にどうしたの?」
「なら、皆のところに行きませんか。貴女を止められたのは、皆がいたからです」
思ってもいない誘いだった。
元々会う気ではあったが、彼が仲介してくれるなら、大分話がし易くなるだろう。
「それはありがたいわね。是非お願い出来るかしら」
「はい。じゃあこっちです」
そうして一夏は、皆が集まっているキャンピングカーへと彼女を案内したのだった――――――。
第82話に続く
恐らく作中では、各個人が買った車を細かくは描かないと思いますので、一覧で晒してしまおうと思います。
薙原晶 :光岡自動車・オロチ
如月&有澤重工合同チーム・ガンヘッド
織斑一夏 :ゼロオートバイ・ZeroDS
シャルロット:ルノー・ヴェルサティス(デュノア社カスタム)
セシリア :アストンマーチン・VANQUISH
ラウラ :メルセデス・G65AMG
篠ノ之箒 :スズキ・ハスラー
凰鈴音 :トヨタ・ランドクルーザープラド
更識簪 :GIO・GSX-NEO ベルサーティス
久しぶりに登場した人はナターシャさんでした。
そして一夏君、対外的な評価も非常に高く、順調に成長している感じです。
もう暫くほのぼの日常パートが続く……と思います。作者が電波を受信しなければ。