インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
というか無理ゲー。
でも多分、これも物量戦の1つ。
とある月の土曜日。
晶はシャルとラウラの2人を伴い、アンサラーのパーツ輸送ミッションに臨んでいた。
ルートは海上。大型タンカーを改装した専用艦を使い、約6時間の航行を予定している。
出港してから既に2時間ほど経過しているが、今のところは平穏そのもので、天候も快晴。ミッションでさえなければ、海水浴が楽しめただろう。
そんな中、晶はブリーフィングの時の事を思い出していた。
「――――――本ミッションについては以上だ。何か質問は?」
「ミッション自体については特にない。だが1つ聞きたい事がある」
「何をかな?」
今まで大人しく説明を聞いていたラウラの問い掛けに、晶は先を促した。
「どうして私とシャルロットなのだ? 警備に万全を期すなら、専用機持ち全員に声を掛けても良かったはずだ。お前の頼みなら、断る人間もいなかっただろう。なのに何故?」
「僕もそれは知りたいかな」
同じように説明を聞いていたシャルも、これに同調した。
確かにラウラの言う通り、警備に万全を期すなら専用機持ち全員に、声を掛けるのが正解だったかもしれない。
だが晶としては、最悪対人戦が予想される本ミッションに、一夏・箒・セシリア・鈴といった手の汚れていないメンバーを、連れて行きたくなかった。
そして隠す理由も無いので、それを正直に言うと、シャルから当然とも言える反応が返ってきた。
「なら、僕は良いの?」
「お前は、俺の傍らにいると言ってくれた人間だ。だから選択の機会があって良いと思った。――――――世間一般から見たら、酷い選択権だと思うけどな。だけど選択出来ると出来ないとじゃ、全然違うと俺は思っている。そしてもし万一の事態を考えて、トリガーを引けないと思ったなら言って欲しい。それはお前の決断として尊重する」
「ありがとう。でも大丈夫。君に告白したあの時から、覚悟だけはしてるから」
シャルの言葉に迷いは無かったが、その迷いの無い態度が晶の良心を抉った。
何せ今の彼女の宣言は、“自分の目的を達成する為に、他人に人を撃つ事を決断させた”というのに等しい。
晶は自分自身が手を汚す分には全く構わないと思っている人間だが、シャルが自分の為に真っ白い手を汚すというのは、余り想像したくなかった。しかし傍らにいるのなら、遅かれ早かれ避けられないだろう。だから晶は代わりという訳ではないが、シャルを大事にしようと思ったのだった。
「分かった。でももし辛いと思ったら、遠慮無く言って欲しい。俺が出来る事なんてそんなに多くないが、力になろう」
「うん。もしそうなったら、お願いね」
この時、シャルは内心で喜んでいた。
勿論、本当に人を撃つとなれば怖い。だが彼女は人を撃つという事に、セシリア程の忌避感を抱いていなかった。何故なら親と会社を取り戻す時に、間接的にではあるが間違い無く己の意志で、数百人単位の人間を破滅させているからだ。そんな人間が、今更トリガーを引くのを躊躇うだろうか? 答えは否であろう。彼女は晶が思っているよりも、遥かに強くしなやかだったのだ。
だから晶が「力になろう」と口にした時、彼女は素直に喜んだ。彼がそう言ったからには、辛い時には必ず受け止めてくれるだろう。それが嬉しかったのだ。
そうして会話が一段落したところで、今度はラウラが口を開いた。
「では、私を選んだ理由は?」
「純粋に能力とISの性能からだ。心配される対人戦も、軍人としての教育を受けているなら問題無いだろう」
この答えは、ラウラを大いに満足させるものだった。
磨き上げた能力を信用してくれる事ほど、軍人として嬉しい事は無いだろう。だが嬉しさを表に出すが恥ずかしいのか、
「ふ、ふん。と、当然だな」
腕を組み、プイッと横を向くラウラ。頬が少し赤いのは、言わないであげるのが優しさだろう。
そんな彼女を横目に、再びシャルが口を開いた。
「ところで、最近のセシリアってどう? 色々してるみたいだけど」
「何かを掴もうと足掻いている最中だな」
「僕に協力出来そうな事ってないかな?」
「正直分からない。ただ何か思いつめていたりしたら、相談に乗ってあげてくれないか」
「勿論。僕達友達だよ」
「そうだった。言うまでも無かったな」
「ううん。やっぱりそういう言葉を聞くと安心するよ。ちゃんと考えてくれているんだね」
「色々に付き合っている手前、やっぱりいい加減にはしたくない」
こんな会話を最後にブリーフィングを終えた3人は、その後ミッションに取り掛かった。
今のところは、何も問題無いのだが…………。
◇
一方その頃、自宅にいる束は以前打ち上げた発電衛星試作一号を使って、パーツの輸送ルートをモニターしていた。
組み込んでいたカメラは正常に機能し、クリアな映像を画面に映し出している。
今のところ、半径50km圏内に不審な影は見当たらない。
だが束は、何となく嫌な予感を覚えていた。
これまでの企業の動きを考えれば、かなりの高確率で妨害工作があるはず。なのに、何も無い。
(思い過ごし…………かな?)
そんな思いすら脳裏を過ぎった。
護衛戦力がNEXTとIS2機なら、尻込みもするだろう。
海賊程度では言うに及ばず、例え先進国の正規軍を相手にしても勝てる戦力だ。
しかしこの時、束はふと思い出した。
(そう言えば、晶がいた世界には射程200kmクラスの狙撃砲が――――――まさか………ね)
手元のコンソールを操作。監視カメラの倍率を下げて、艦の周囲200km圏内を表示。そして倍率に合わせて自動的に取捨選択された情報が、画面に表示される。
(まぁ、やっぱり思い過ごしだよね。こっちの世界はあっちの世界とは違うんだか―――んっ? これは………)
輸送艦から102km地点、103km地点、101km地点、それぞれ三角形の頂点に位置する場所に、気になる情報を見つけた。
大型の輸送船だが、それ自体は珍しくない。多くのものを輸入する日本なら、少し探せば何処の海でも見かけられるだろう。
だがそれでも気になった原因は、エネルギー反応の高さだった。以前アラビア半島で
(なんだろう?)
しかし敵は、ゆっくりと考える時間を与えてはくれなかった。
少しだけ高かったエネルギー反応が急激に上昇。高エネルギー兵器と同等レベルの値を計測。加えて監視カメラが、信じられない映像を捉えた。
輸送船に積まれていたコンテナ群が船体中央から左右に開き、その下から全長150mを超える細長くて四角い物体が競り上がってきたのだ。至る所に何らかのパイプが接続され、各所にある放熱板らしき物が展開していく。そしてその上には、同じサイズの円柱状の物体が乗せられていた。
「あれって、まさか…………砲身?」
知らず呟いた束の言葉は、真実その通りだった。
円柱状の物体がゆっくりと前方にスライドし、四角い物体の端に接続されると、その姿はもう疑いようが無かった。全長300mオーバー(※1)という巨大な砲だ。
それが輸送艦を中心とした3地点で同時に組み上げられ、砲身が標的の指向を始める。
もう、敵の狙いは明らかだった。
束はコンソールを叩くようにして操作。通信ON。
『晶!! 超々長距離砲撃が来る!! 3箇所!! 発射座標送るから防いで!!』
『なにっ!? ――――――チッ、遠い!! 全員、来るぞ!!』
送られてきたデータに舌打ちする晶。
100kmも離れていては、機動防御戦闘も出来やしない。離れた瞬間に艦を狙い撃ちにされてしまう。
そして束は焦った。流石に、こんな超々長距離攻撃は想定外だ。
(拙い。これはマズイよ。どうする? 船のコントロールを奪う? それとも砲の制御権をハックする? いや、多分どちらもダメ。私の邪魔をするのに対策していないはずがない。時間をかければやれるかもしれないけど、今はその時間が無い。どうすれば………………ん? 射程100km? なら、照準は間違い無く衛星を使った間接照準。つまり衛星からのデータは受け付けている。なるほど。攻略するなら、ここからね)
そう考えた束の行動は早かった。
カスタマイズされたオリジナルキーボードによる直接入力と、ISのハイパーセンサーを応用した思考入力が平行して行われる。
すると座っている座席の周囲に、無数の空間ウインドウが展開。一斉に攻性プログラムと防壁プログラムが立ち上がり、刹那の間に戦闘準備が完了する。
『晶、3分持たせて!! それで黙らせるから!!』
『分かった。頼む』
『任せて』
こうして開始されたハッキングの速度たるや、神速という言葉ですらなお生温いものだった。
電子戦を専門にするこの道のエリートですら、短時間で数千とある人工衛星(※2)の中から、使用されているただ一個の衛星を見つけるなど不可能であろう。
だがその不可能を束は、天才特有の閃きと
◇
一方その頃、輸送艦への砲撃を防いでいる晶、シャル、ラウラの3人は苦戦を強いられていた。
しかしこの3人の技量とISの性能、そして束からの情報支援―――砲撃タイミング等―――があれば、砲弾程度は楽に防げるはず。なのに苦戦している理由は、砲弾のサイズとその連射性能にあった。
基部と砲身を合わせて300mオーバーの巨体から放たれる砲弾のサイズは、全長3.6m、直径0.9m。それが約10秒で1発、超音速で撃ち込まれるのだ。仮に上手く防げたとしても、着弾時の衝撃は推して知るべし。
それでもNEXTならばまだ良かった。両肩に装備された
しかし残る2機は違う。
ラウラの駆るシュヴァルツェア・レーゲンは、
だがそれ以上に拙いのは、
『くぅぅぅ!!』
通信機越しに、シャルの苦悶の呻き声が流れる。
辛うじて受け流された弾頭が、輸送艦を外れ遠方で水柱を上げた。
『大丈夫か!!』
『だ、大丈夫!!』
晶の声に気丈に答えるシャルだったが、データリンクから流れてくる情報は異なっていた。
物理シールドの耐久値が既に4割を下回っている。後2発も持たないだろう。エネルギーシールドも発振器にダメージが入り、出力が安定していない。
まだ砲撃が始まってから、30秒しか経っていないのに。
(クソッ!! どうする?)
残り150秒。ラファールでは持たない。
何か打開策を見つけなければ、仲間を失う事になりかねなかった。
(どうする。使うか…………)
反撃の手段はあるのだ。
NEXT用兵器で最大射程を誇る
だが晶はこの考えを振り払った。
武装のコール・展開・間接照準の計算を10秒以内に終わらせ、100km先の目標に評定射撃も無しで初弾を当てるなど、難易度が高過ぎる。加えて言えば条件も悪い。風と湿度のある海上を横切る形での狙撃となれば、いくら特殊な弾頭でも空気の影響を受けてしまう。
恐らく束のバックアップがあったとしても、相当分の悪い賭けになるだろう。
よって晶は不確実な敵の撃破よりも、効果の確実な味方の強化を選んだ。
『シャル、受け取れ!!』
『これは?』
『NEXT用シールドのプロトタイプ(※4)だ。負荷が多少キツイと思うが、使え!! アンロックはしてある』
『わ、分かった』
シャルは不調を起こしていたエネルギーシールドを投げ捨て、受け取った物を装備。
するとFCSが装備を認識。視界に開発コードが表示される。
―――
その後表示された基本情報は、IS搭乗者をして度肝を抜かれる性能だった。
(なに、これ…………これでプロトタイプ?)
数々のパラメーター情報を纏めれば、このシールドが持つ防御性能は、遮断シールドレベル4以上。
つまりIS学園のアリーナを、外部から隔離する時に使われるシールド以上の強度を、持っているという事になる。
そして迫り来る次弾を防いだシャルの口からは、思わず「凄い」という言葉が漏れ出ていた。
ラファール用のシールドでは骨の髄まで響いていた衝撃が、
しかし欠点が無い訳では無かった。
NEXT用装備である
第二世代のラファールでは、長く持ちそうになかった。だがそんな事は、渡した本人が一番良く分かっている。そしてこの時、晶は過去の自分を褒めてあげたかった。
今日この時、いつもは入れていない物が、
『シャル。これも使え!!』
砲撃の合間を縫って投げ渡されたのは、セシリアとの特訓で使っていたエネルギー補給用カートリッジ。
『ありがとう!!』
受け取ったシャルは、
(これでシャルの方は何とかなるか? あとは――――――)
そして砲撃の合間を縫って晶は、エネルギー消費の激しいラウラにもカートリッジを投げ渡す。
『助かる。準備が良いな』
『偶然だ。それよりも後110秒。2人とも頼むぞ』
『任せろ』
『了解』
返事をしながら、ラウラとシャルは再度気を引き締めた。
何せ防がなければならない砲弾は、直撃など貰おうものなら一撃で絶対防御が発動しそうな代物だ。如何にNEXT用装備やAICが優秀だろうと、決して油断出来るものでは無かった。加えてこんな巨大な砲を投入してくる敵が、これだけで終わらせるはずが無い。
そう思っていたからだろう。
本職の軍人であるラウラが、とある可能性に思い至った。
(待てよ。船の破壊といえば通商破壊。使われる兵器といえば――――――)
彼女の背筋に、ゾクリと悪寒が走った。
『薙原。狙撃砲は囮で本命は海中から、例えば魚雷というのは考えられないか?』
『有り得るな。――――――そして良い読みだ。今、捉えた』
NEXTの右背部に装備された
そしてその情報はデータリンクを通じ、タイムラグ無く2人の知るところとなった。
『僕の方はグレネードで纏めて吹き飛ばすから心配しないで。晶はラウラの方を手伝っ――――――』
『――――――舐めるなシャルロット。この私が10秒もあって、この程度の処理も出来ないと思っているのか?』
シャルは決してラウラの実力を見くびっていた訳では無かった。
ただシュヴァルツェア・レーゲンの装備は、ワイヤーブレード、プラズマ手刀、
だが実際は違った。海中へと伸ばされたワイヤーブレードは、狙い違わず完璧に魚雷を迎撃。ほぼ同時に迫った超々長距離狙撃砲の弾頭も、AICで確実に停止させている。
(これが特殊部隊隊長の実力。凄い)
だが同じような感想をラウラも抱いていた。
簡単に「グレネードで纏めて吹き飛ばす」等と彼女は言ったが、この大口径狙撃砲の射線に身を晒しながら、別の目標に意識を向けるのがどれほど怖いかは、やった者にしか分かるまい。
(流石だな。これで第三世代機を手に入れたらどうなるか)
しかし幾ら搭乗者が頑張ろうと、次々に放たれる狙撃砲と魚雷の波状攻撃は、否応無く機体性能差を浮き彫りにしていく。
NEXTならば問題無い。
そして残り40秒。ついにラファールの耐久値が危険域に突入する。
『これは、ちょっとマズイかも…………』
通信で、シャルの焦りを含んだ声が流れる。
データリンクでラファールのステータスを確認してみれば、後3発が限度というところだった。
4発は、どう頑張っても持たない。
よって晶は決断を下した。
『シャル。下がれ』
『晶!?』
迫った砲弾を受け流しながら、まだやれるとシャルが訴える。
だがそれと同時にラファールのステータスが悪化。行動限界が迫る。
『物は壊れても作り直せる。だがお前の代わりはいないんだ』
『でもあと少しで博士が!!』
『頼む。下がってくれ。こんなところでお前を失いたくない』
再び迫る砲弾がラファールの盾を叩き、衝撃が機体を蝕んでいく。
もう、猶予は無かった。
『クッ、ごめん!!』
シャルが射線上から退避。これで輸送艦を守る盾が無くなり、ミッションは失敗――――――かと思われた時、敵味方共に予想だにしなかった事態が発生した。
シャルの方面だけ、砲撃が止まったのだ。
そして通信が入る。本来ここにはいないはずの人間から。
『シャルロットさん、御無事ですか?』
『セシリア!? 何でここに?』
彼女が動いていた理由。その事の発端は、3時間程前にまで遡る。
◇
IS学園寮。セシリア自室。
(どうやったら、もっとブルーティアーズを上手く扱えるのでしょうか?)
最近彼女は、寝ても覚めてもこれしか考えていなかった。
より正確な射撃を、より効果的な位置取りを、より上手い駆け引きを、不殺という目標を叶える為に必要な事は沢山ある。
他人から見たら馬鹿げた目標だろう。小娘の戯言に聞こえるだろう。
だがそれでも湧き上がる感情を抑えられず、彼女は考え続けていた。
そんな時に、手元にあった携帯からコール音が響いた。
(誰でしょうか?)
相手を確認してセシリアは、一瞬だが電源を切ってしまいたい衝動に駆られた。本国からだ。
最近煩いのだ。薙原との仲はどうなっただの、フランスやドイツの動きはどうだの、学園に政治的な話を持ち込まないで欲しい。
だが代表候補生という立場が、無視という選択肢を許してくれなかった。
『もしもし。何でしょうか?』
『単刀直入に聞きますが、今どこにいますか?』
『学園寮ですが、何か?』
すると担当官は、これ見よがしにため息をついた。
『………今日、何が行われるか知っているのですか?』
『さぁ、何かありましたか?』
本当は知っていた。
そしてメンバーに選ばれなかった理由も、
つまりセシリアの事情を汲んでということなので、特に不満は無い。だがそれを正直に言う気は無かった。
言えば本国には伝えていない、不殺という目標まで話さなければならなくなる。
『そんな事だから……………良いですか。よく聞きなさい。今日、NEXTとフランス・ドイツ両代表候補生は、アンサラーのパーツ輸送ミッションに入ります。なのに何故、貴女はそこにいるのですか?』
担当官の焦りは、セシリアにも一応理解出来た。
フランスとドイツはミッションに呼ばれるくらい仲良くなっているのに、お前は何をやってるんだ、というところだろう。
確かに事情を知らない第三者から見ればそうかもしれないが、夜間NEXTの個人トレーニングを受ける彼女にとって、その心配は迷惑でしかなかった。
なお全くの余談だが、織斑先生は就寝時間以降の外出を意図的に見逃していた。本当は規則違反だが、本人の向上心を汲んでという事だろう。閑話休題。
『何故、と言われましても――――――』
答えるのも面倒になり始め、このまま電源を切ってしまおうかと本気で考え始めるセシリア。
しかしふと思う。
今回ミッションに入っているのは薙原晶、ラウラ・ボーデヴィッヒ、シャルロット・デュノアの3人。いずれも確かな実力を持つ人達だ。そんな人達のミッションを直接見れば、何か掴めるのではないだろうか?
そんな考えが脳裏を過ぎった。
だが同時に思う。
薙原晶はそれを許すだろうか? 選んだメンバーを見れば、パーツ輸送の重要性が分かる鉄壁の布陣だ。
そこへ直接理由を告げてまで、メンバーから外した人間の参加を許すだろうか?
(許さない………かもしれませんわね。でも――――――)
今の自分に必要なのは、訓練ではどうにもならないような経験ではないだろうか?
そんな確信めいた考えが、セシリアを突き動かす。
失敗は怖い。
なら今は、前に進むべきだ。
そう思った彼女は、途中で台詞を切り替えた。
『――――――そこまで仰るのでしたら、ミッションが何処で行われるのかは、既に掴んでいるのですよね』
『勿論です。今一番注目を集めている事ですから』
『教えてくれませんか。これから向かいますので』
『それでこそ、我がイギリスの代表候補生です』
こうして行動を開始した彼女は、輸送艦が出港した港に着いたところでISを展開。何事も無く3人を追っていたのだが、途中で担当官から緊急通信が入った。
『――――――緊急事態です。輸送ミッションに対する妨害が確認されました』
『え? あれだけの戦力がある所に妨害? あっという間に対処されて終わりでしょうに』
『そうでもありません。妨害の手段は、巨大狙撃砲による超々長距離攻撃。衛星で確認した限りでは、射程100kmの砲が3門』
『なっ!?』
増速し、即座に救援に向かおうとするセシリア。
だが担当官はその行動を制した。
『お待ち下さい。そして本国から、イギリス代表候補生セシリア・オルコットに正式なミッションを依頼します』
『救援でしょう。なら早く行かないと』
『確かに依頼内容は救援ですが、1つ条件があります。ブルーティアーズの優秀性を証明して下さい。――――――あんな下品で野蛮な砲など用いずとも、遥か彼方の敵を撃ち抜けると証明して下さい。その実績は
『………分かりましたわ。情報を下さい』
するとイギリス保有の衛星との間に回線が開かれ、当該区域の情報がセシリアの脳裏に転送されてくる。
その中に、無視出来ない情報があった。狙撃砲の推定威力だ。あくまで推定値だが、仮にこの値が本当だった場合、ラファールでは長く持たないだろう。
そして此処から一番近いのは、丁度ラファールを狙っている砲だった。
セシリアは、一度だけゆっくりと深呼吸。そして思う。
(自分で動いてみるものですね。両親の時は守るチャンスすら無く失った。でも今回は、大事な友人を守るチャンスを得た。これを生かせなくて、何が代表候補生ですか!!)
気持ちを切り替えた彼女は、水平線の遥か彼方向こうを狙い撃つ為、
まず右手に、全長2mのレーザーライフル“スターダスト・シューター”が出現する。
強襲用高機動パッケージ“ストライク・ガンナー”の主兵装で、今まで使っていたスターライトmkⅢよりも遥かに長い射程と威力、そしてリロードタイムを両立した優秀な武器だ。
だがここから狙撃砲までの距離は、“スターダスト・シューター”の最大射程を遥かに超えている。
普通に使ったのでは、レーザーが減衰して目標に届かない。
だから彼女は、銃に無理をさせる事にした。考えている事をやれば、恐らく一発で銃身が焼け付いて、二発目は無いだろう。
しかしそれがどうしたと言うのだ。
これから先目標に向かって進んでいくのなら、外して良い攻撃など一発たりともありはしない。
そして次に出現するのは、バイザー状の超高感度ハイパーセンサー“ブリリアント・クリアランス”。本来は高速機動時の反応低下を補う為のものだが、その優れた感知能力は狙撃においても有用だ。
(さぁ、行きますわよ)
遥か彼方を見据えたセシリアは、ゆっくりとレーザーライフルを両手で構え、脳裏で己が纏うISにコマンドを下した。
―――PIC制御を最大へ。機体を現空間座標に固定。
―――各部関節ホールド。
―――ブリリアント・クリアランス最大望遠。目標捕捉。
セシリアの視界に、友人を撃つ狙撃砲が映し出された。
だがその姿は、
遠過ぎるのだ。しかし彼女は諦めない。
―――偵察衛星“ゴールデンアイ”とのリンクを要請。
専用機持ちとは言え、普通なら通るはずの無い要請。
しかしこの時はイギリスも本気だった。即座に降りる承認。
―――リンク確立。
―――
―――目標座標マーク。射角計算補正。
セシリアの視界に偵察衛星からの情報が合成され、揺らいでいた目標の姿がクリアになる。
そこで照準が、狙撃砲の砲身へと向けられた。
ここを射抜けば、もう精密狙撃は出来ない。
そして下される最後のコマンド。
―――スターダスト・シューター、リミッター解除。
―――冷却システムフル稼働。
―――エネルギーカートリッジ、フルロード。
―――エネルギーチャンバー、最大加圧へ
規定容量を超える膨大なエネルギーがレーザーライフルへと流入し、漏れ出たエネルギーが放電現象を起こし始める。
無数の警告やエラーメッセージが脳裏を流れていくが全て無視。この一発さえ持てば良い。
更に激しくなる放電。そんな中、セシリアは不思議な感覚を味わった。
緊張も恐怖も興奮も無く、ただ放った一撃が目標を射抜くイメージ。絶対に当たるという確信。
彼女はそれに従い、そっとトリガーを引いた。
そしてこの一撃を切っ掛けに形勢が逆転。アンサラーのパーツは無事に送り届けられたのだった――――――。
第72話に続く
※1:全長300mオーバー
ギガベース主砲の本来の大きさは全長500mほどですが、今回はプロトタイプという事で縮小版。
射程はIS世界の技術者さん頑張りましたが、威力は改良の余地あり…………。
※2:数千とある人工衛星
これまでに世界各国で打ち上げられた人工衛星は2013年1月時点で7000個を
超えていますが、地上に回収されたものや、高度が下がって落下したものを
除いても、周回中の衛星は約3500個以上あると言われています。
(JAXAのQ&Aより)
※3:061ANSC
BFF製スナイパーキャノン。
ムック本によると、設定上は“地上から衛星軌道を狙撃出来る”という気違いじみた兵器。
※4:NEXT用シールドのプロトタイプ(YWL03LB-TAROS)
小説版ARMORED CORE RetributionでAZ01が装備していたもの。
同装備がPA発生器兼ブレードとして使われていた事から。
今回、一応ミッションそのものは成功ですが、内容的には晶&束の惨敗。
企業相手に情報戦で負けると、本当に最初から最後まで封殺されかねないというお話でした。
(情報戦:狙撃砲の配置をミッションに入る前に察知出来なかった事)
そしてセシリアさんが何だか凄い事になってきたような………。