インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
「やーやーやーやー、久しぶり。随分ボロボロになってたみたいだけど、大丈夫だった?」
数日ぶりに秘密基地に戻った俺を出迎えたのは、束博士のそんな言葉だった。
戦闘に入った後はコアネットワークを再接続していたから、そこから情報を拾っていたんだろう。
「確かに少々マズイ状況にはなっていたが、問題無い。仕事があるなら、すぐにでも出られるぞ」
ISに解除コマンド。
全身を覆っていた装甲が量子の光となり、直後には何も無かったかのように消えうせる。
着込んでいたISスーツも、シャルロットが買ってくれた黒いGパンにジャケット。そして白いTシャツというシンプルな服装へと変わっていた。
「おや、服装が変わっているね? 何処で手にいれたのかな?」
「ん? ああ、コレか? ISの自己再生が終了するまで、とある民家に匿ってもらっていてな。そこの家主にもらったんだよ。心配しなくても盗聴器や発信機の類はチェックしてあるから大丈夫だ」
「ふぅ~ん」
「何だよ」
「いや、出撃前に比べて随分良い顔をしているから、何か“良い事”でもあったのかなぁ~ってさ」
「何も無いよ。――――――ところで早速で悪いんだが、追加装備は出来ているのかな?」
「勿論。君の世界の装備はインスピレーションを刺激される物が多いね。中でもこの、アクアビットとトーラスは別格だ。設計図を見ただけで分かるよ。間違い無く私と同類の人間だよ。コレを作った人達は。果て無き愛情と執念が感じられるね。会ってみたいな。話してみたいな。そしたらもっと良い考えが浮かぶかもしれない」
ちょっと待て。よりによって魅力を感じたのがソコか?
変態企業の代名詞じゃないか。
まぁ、あからさまに否定するのもアレなので、適当に話しを合わせておく。
「ああ、そこの企業は技術力だけなら随一。最先端を突き進む(突き進み過ぎる)ところだから、話も合っただろうな」
「そうだよね。でも他の企業も捨て難いな。汎用性の高い、秀才君的な設計のローゼンタール。真っ当な天才君みたいなオーメル。あくまで実戦重視のアルゼブラ。神経質なまでに精密さを求めるBFF。ロマンたっぷりの有澤。レーザー分野に強くて曲線ラインが綺麗なインテリオル。ミリタリーチックで頑丈でダンボールなGA。色々な方向性があって面白いね。それに比べて今のIS企業ときたら、何処も彼処も同じような考えに設計。全然、全くつまらないんだよね」
「そう言うな。向こうは年がら年中経済戦争でドンパチしているんだ。他と同じような事をやってちゃ売り上げが伸びない。必然的に色々な方向に得意分野が伸びていったんだよ。――――――で、話が逸れたな。武器は?」
「出来ているのは
「流石天才。助かるよ」
「というよりあそこまで作り込んでおいて、何でその機能を付けなかったのかが不思議。弄った箇所って、レーザー発振システムと銃身制御プログラムだけだよ」
「後からアップデートする気だったんじゃないか? 器だけ作って、後から機能を付け足すなんて軍事企業に限らずどこでもやってるだろ?」
「ハード的には弄っていないし、プログラム変更だけで出来たって事は多分そうなんだろうね」
まさかゲームシステム上出来なかったとは言えないよなぁ・・・・・。
内心でそんな事を思っていると、
「後、本当に早速で悪いんだけど、仕事を頼みたいんだ」
「ん?」
「そんなに難しい話じゃないよ。とある施設に侵入し、中枢システムにアクセスして欲しいんだ」
「それは構わないが、侵入してアクセスって事はハック不可能な独立型か?」
「ううん。回線自体は繋がっているみたいだけど、どうにもシステム構成自体がトラップっぽくてね。時間をかければ幾らでも攻略できるんだけど、そんなものに時間を掛けたくないんだ。だから君に侵入してもらってIS経由で、コアネットワークを使って直接アクセスする。そうすれば、相手がどんなシステムを構築していようが、破るファイアウォールはその中枢システムのだけで良いからね」
「分かった。詳しい話を聞かせてくれ」
そう言って束博士共々別の部屋、壁一面を巨大モニターが専有する部屋に移ると、彼女が口を開いた。
「今回君に侵入してもらいたいのは、表向き南極観測基地として使われている施設。場所は――――――」
壁面モニターにスイッチが入り、コジマエネルギースフィアのような、巨大で丸い外見をした基地情報が表示される。
公式発表されている自家発電能力と実際の消費電力。基地の人員数と、補充物資として補給された食事量。恐らく疑いを持って見なければ疑われないような誤差の数々。
「・・・・・へぇ。手の込んだ事をする」
「ん? 何か分かったのなら言ってみて良いよ」
思わずもらした俺の呟きに、博士は説明を止め先を促してきた。
「いや、大した事じゃない。必要物資の量を少しずつ水増しして、“存在しないはずのものを動かす”なんてのは使い古された常套手段だけど、初めから疑っていないと発見が難しいし、それをやるにはある程度の組織力が・・・・・って、こんなのは言うまでも無いか」
「他に分かった事はある?」
出来の良い生徒をみるような視線で問いかけてくる博士。
「・・・・・余り考えたくないが、南極なんていう開発に不便な場所に施設を作ったからには、それ相応の自衛手段を用意しているはずだ。そっちの情報は何かないか?」
「あるよ。無人ISっていう不細工なシロモノが。でも君の敵じゃないと思うな。君が持っていたメモリーにあったけど、無人ネクスト002-Bに比べれば、ソフトもハードも完成度がまるで違う。それに勝った君なら、楽勝でしょう?」
俺の問いに博士は答えながら画面を切り替える。
表示されたのは原作知識にある、IS学園を襲撃した無人IS。
凹凸の無い黒いボディとフルフェイス。極太で長い手足。間違い無い。
「装備と配備数は?」
「射撃は腕部装備のビームキャノン。格闘は物理打撃のみ。でも無人機だけあって対電子戦能力は高めだね。後、確認できたのは1機だけど、多分もう1、2機くらいはあるんじゃないかな?」
博士の説明。そしてモニターに表示されたその他各種データを見て俺は考える。
侵入目標が見晴らしの良い雪原にあるという事を考えると、例え063
あの装備は電子的な目は潰せるが、光学観測を潰せる訳じゃないからな。
ならどうするべきだろうか?
簡単だ。作らせればいい。幸い、目の前に天才がいる事だしな。
「作戦の為に2つ装備を作って欲しい。――――――1つは、中枢システムにアクセスする為の端末。これはアクセス中、俺が動けなくなるのを防ぐ為に、端末への設置型にして欲しい。もう1つは光学迷彩。例え063ANEMを使っても、目視されたら意味がないからな。形状は、出来ればハードポイントを潰さないようにローブみたいにして欲しい」
「うん。どっちも簡単に出来るから良いよ。そうだね。5時間もあれば出来るかな? 出来たらすぐに出てもらうから、それまでは休んでて」
「了解した」
そう言って部屋を出て行こうとした俺だが、背後から声がかかった。
「ああそうだ。その前に、この前の戦闘データを取らせてくれる? 新しいシステムがどういう風に動いているのか気になるからね」
「分かった」
博士の持って来た携帯端末から伸びる直接結線用のケーブルを、左腕にある腕輪(=待機状態のネクストIS)に接続し、脳内でデータ転送をコマンド。
コンマ1秒以下の時間で転送が完了する。
「きたきた。じゃぁもう行っていいよ」
ヒラヒラと手を振る博士を背後に、俺は今度こそ部屋を出て行く。
そしてこの時は思いもしなかった。
このミッションが、俺と束博士が表に出る切っ掛けになろうとは・・・・・。
◇
「――――――どうやら餌に食いついたようだな」
とある秘密基地のオペレータールーム。
そこの統括オペレーターが傍らに立つ部下に声をかけた。
眼下に見下ろす階段状の席では、電子戦における最精鋭の部下達が、電子の海から様々な情報を拾い上げている姿が見える。
「はい。こちらが残していたVTシステムに関する情報にアクセスした痕跡がありました。――――――しかし、知ってはいましたが、束博士は化け物ですな。あの情報、ウィザード級ハッカーですらそう簡単にアクセス出来るようなものでは無いのに」
「悔しいが、あれは真性の天才だよ。だがそれだけのものを破って掴んだ情報が事実なら、必ず次の手を打ってくる」
「そこを逆手に取るという作戦は理解していますが、大丈夫でしょうか?」
「その為の南極基地だ。あそこの強固さは知っているだろう?」
「3台のスーパーコンピューターによる相互監視システム。そして外部への通信は、必ず組織が保有する通信衛星を介さなければならない。つまりアクセス経路は1つしか存在せず、そのアクセス経路もこちらが用意したもの。“普通なら”まずハックされるような事はないはずです」
「そうだ。あそこを攻略する為には、3台全ての情報を同時に書き換える必要がある。1台でもメガロポリス級の都市(=100万人規模)の情報管理が出来るそれを、3台同時にだ。1台でも残れば、そこから情報が復元されるからな」
「しかし、“情報を持ち帰らせる”という作戦上第一層のファイアウォールを破らせましたが、かかった時間は予想の10分の1以下。更に言えば、もう少し長時間アクセスしていてくれればリアルでの位置を特定出来たのに、その前に引き上げる勘の良さ。こんなものを見れば心配にもなります」
「あの化け物を相手にして心配しない方がおかしいが、心配のし過ぎは判断を誤るぞ。こちらは十分な準備を整えている。直接侵攻でシステムに直接アクセスされない限り、こちらの勝ちは揺るがない。だが、不確定要素が1つあったな。そちらはどうだ?」
「いいえ。有力な情報は何も。ですが性能から見るに、束博士と無関係では無いでしょう。表でも裏でも、あれほどのISが作れるなら、情報が流れないはずがありません」
「だろうな。では直接侵攻の可能性も考慮して、南極基地から人員を全て退避。及び無人ISを全て戦闘状態で立ち上げておけ。――――――ああ、全ての人員とは言っても、こちら側の人間だけだぞ。表の人間まで退避させたら怪しまれるからな」
「了解しました。では、南極基地に残しておくデータはどの程度のレベルにしますか?」
「足がつきそうな決定的なデータに関しては現段階を持って削除。そしてそうだな・・・・・他のデータに関しては、向こうが行動を起こしてから削除だ」
「どのような意図ででしょうか?」
副官は、上官のリスキーな命令が理解出来ず質問を返す。
束博士が仕掛けてきてからのデータ削除など、下手をすれば削除が完了する前にデータを引き抜かれる可能性があるというのに。
「演出だよ。あまりに事前準備を整え過ぎていれば、向こうも疑うだろう。だが、こちらが慌ててデータを消し始めれば、向こうもそうは思わないだろう? 更に言えば、彼女の手腕を持ってすれば、消され始めたデータですら手に入れられるだろう。そうして欲を出せば良い。2分40秒時間を稼げれば、奴が地球上のどこにいようと場所を特定できる。そうすれば、こちらの勝ちだ」
「なるほど。了解しました」
危険な賭けである事に変わりはないが、副官は肯定の意を返した。
そもそも、あの化け物相手に完全に安全な策などあるはずも無いし、情報流出という点で考えても、こちらの研究データなど、あの天才にとっては道端に落ちている小石と変わらないだろう。
更に言えば、例え未確認ISの襲撃があったとしても、無人ISが暴れていれば、世間は未確認ISと無人ISをワンセットで見るだろう。
いや見なくても、そう見えるように情報操作をして、こちらが被害者という事にしてしまえば損害は軽微なもので済む。
つまり、致命的なものさえ消しておけば後はどうとでもできる。
こうして万全の準備が整えられていく中、天才らしい鮮やかな先手を示す報告が入ってきた。
未確認IS、南極基地の至近距離に出現・・・・・と。
◇
「ここまで近付けば!!」
3機の無人ISが動き出したのを確認した俺は、ネクストISの上からまとっていた、光学迷彩が施されたローブを脱ぎ捨て
エネルギーシールドの減衰と引き換えに、瞬く間に超音速領域に突入。南極基地に突撃を開始。
と同時に、背部装備の
「分かっているとは思うけど、敵機を撃破するよりもまずはアクセス用端末の取り付けを優先して」
「分かってる。戦っている間にデータを消されたりしたら、此処まで来た意味が無いからな」
今回はオペレーターとして参加している束博士の言葉に、俺は頷きながら答える。
直後、無人ISから放たれたビームが、至近距離に次々と着弾。
反射的に回避機動をとりそうになるが、恐怖を飲み込み進路を維持する。
博士が事前に入手したMAPが正しいなら、このまま直進し、そこの壁をぶち抜くのが中枢システムへの最短ルートなのだから。
無機質なメッセージが脳内を流れる。
―――侵入ポイントを確認。プラズマキャノンの有効射程内。
思考トリガー。
の前に、AIが無機質に追加のメッセージを送ってくる。
―――侵入ポイント周辺に多数の生命反応を確認。
「チッ!!」
思わず舌打してしまう。
幾つかの別ルートを考えるが、いずれも却下。気付かれている以上、時間をかけて良い事なんて何一つ無い。
なら!!
プラズマキャノンを折り畳み、右腕装備の
更にOBカットと同時に
眼前には南極基地の外壁。
レーザーブレードを一閃。
薙ぎ払われた外壁の向こうには、研究員と思われる数人が、こちらを見て驚いている。
が、俺は構わず先に進む。
「意外と優しいんだね」
束博士から通信が入った。
「何がだ?」
「プラズマキャノンを撃っちゃえば、態々止まる必要も無かったんじゃないの?」
「・・・・・アンタは、殺すだけの狂犬が欲しいのか?」
強気の言葉とは裏腹に、内心は冷や汗ものだった。
プラズマキャノンを撃たなかったのは、純粋に無抵抗の人間を殺るのが怖かったからだ。
相手がこちらを殺そうとしている時なら、どうとでも折り合いは付けられる。
だが、無抵抗の人間が相手だと・・・・・。
これはやっぱり俺が弱いからだろうか?
一瞬そんな風に悩みそうになるが、今は戦闘中だと精神を切り替える。
生きて帰れば、存分に悩める。だが死んだらそれまでなんだから。
「いいや。そんな狂犬は要らないよ」
「なら、一々口を出すな」
一応、不機嫌そうな演技をしておく。
戦いは俺の領分だと言わんばかりに。
これから先、こんな風に口を出されないように。
どこまで効果があるかは疑わしいが。
「結果を出してくれれば、何も言わないよ」
「なら、愚問だな」
そんな話をしている間に、本来存在しないはずの地下施設へ通じるエレベータシャフトに到達。
レーザーブレードでドアを破壊して飛び込むと、既にエレベーターシャフト内の隔壁が閉じ始めていた。
「対応が早いなぁ!!」
姿勢制御。
ISを地面と水平になるような体勢にし、プラズマキャノンをアクティブ。
今度は迷わずトリガー。
放たれた一撃は隔壁を紙のように突き破り侵入口を確保。
下まで降りたところで、束博士から通信が入った。
「無人機が基地内部まで追って来た。急いで!! 道は突き当たりまで進んでT字路になっているところを右。左に進んだら発電機」
「分かった」
ブーストを吹かし、狭く細い通路を突き進むと、視線の先に桁違いに頑丈そうな隔壁が見えてきた。
「開けられるか?」
「無理。システム的に独立している」
「了解した」
俺はレーザーブレードをアクティブにて隔壁を円形状にくり抜き、真ん中を蹴り飛ばす。
開いた穴から部屋に入ると、目の前には、灰色の2m四方ほどの正方形の物体が3つと、それぞれにアクセス用の端末がある。
中枢システムであろうそれは、稼動している事を示すかのように、所々から淡く青い光を放っていた。
「コレか?」
「そうだよ。取り付け急いで、もうすぐそこまで来てる」
「分かった」
ハンガーから束博士お手製の、ノートPC状の携帯端末を取り出し、一番近くにあったアクセス用端末にセット。
すると両サイドからロボットアームが出てきて、様々なケーブルをアクセス用端末に突き刺し始めた。
「オッケー。こっちの準備は整ったよ。後は、ハックが完了するまでシステムを守り抜いて。流石に箱ごと壊されたらどうしようもないからね」
「了解した」
返事と共に俺は背後に向き直り、
部屋に侵入しようとしていた無人ISをシールドバッシュで10m程弾き飛ばす。
相手は即座に体勢を立て直すが、こちらの方が速い。
左腕装備の
今度はレーザーブレードを展開し一閃。
エネルギーシールドごと本体を、人間で言えば腹部にあたる辺りを大きく切り裂く。
が、止めには至らない。
「チッ」
俺は舌打し、前蹴りで強引に距離を空けさせレーザーライフルで追撃。
蹴り飛ばされた衝撃で上半身と下半身が分断された無人ISに、放たれた光弾が次々と命中していく。
原作では確か、それなりに壊れていても再起動したはず。だから、念入りに壊させてもらう。
だがそれを阻むように、基地上空に強力なエネルギー反応を感知。
「!? そうきたか!!」
敵が機密保持を優先するなら、こういう選択は十分に考えられる。
俺は
と同時にEB-R500を構え、最速の思考でモード変更をAIへコマンド。
―――EB-R500使用モードをブレードからシールドへ変更。
刹那の間に返ってくる無機質な返答。
EB-R500から扇状にENが放出され、身の丈よりも遥かに大きなENシールドを形成。
直後、天井をブチ抜いて中枢システムを狙う光の奔流がENシールドに激突。
膨大なエネルギーのせめぎ合いの中、思わず悪態をつく。
「やっぱりな。物理的にデータを消しにきやがった。博士、完了までの時間は?」
「後90秒。それだけ守って」
「分かった」
光の奔流が途切れると同時に俺は、穿たれた穴から外へ。
こうして作戦は次の段階を迎える。
それが、相手の仕組んだトラップとも知らずに。
第8話に続く。