インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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予告通り(?)今回は誘拐事件の後始末です。


第69話 事件の後始末と日常への帰還

 

 簪誘拐事件の翌日、更識家本邸。

 その執務室で学校を休んだ楯無が、当主としての仕事をしていると、部屋の扉がノックされた。

 

「――――――当主、皇女流(おうめる)です」

「入りなさい」

 

 入ってきた更識家交渉人(おうめる)の表情は、いつものポーカーフェイス。だがその奥に、隠し切れない“愉悦”が見え隠れしていた。

 

「随分良い表情ね。報告は、期待しても良いのかしら?」

「あら、いつもと変わらない表情のはずですが?」

「鏡を見てみなさい。感情が漏れてるわよ」

「当主には敵いませんね。その若さでどうやったらそこまで――――――と、お世辞の通じる相手ならこのままゴマ擦りをするところですが、そういうのはお嫌いでしたね」

「あら、大好きよ。気に入られようと、懸命に尻尾を振る様って滑稽ですもの」

「怖いお方ですね」

「貴女が言う? ドイツじゃ未だに、随分恐れられているみたいだけど」

「向こうが不甲斐無いだけですよ。では、報告宜しいでしょうか」

「ええ、頼むわ」

 

 皇女流(おうめる)執務机(デスク)の前で、姿勢を正してから口を開いた。

 

「クライアントが割れました。総合兵器企業、コンチネンタルアルゼナール(登場作品:ACFF)です」

「へぇ、随分な大物が出てきたわね」

「はい。尤も、時代の波に乗り遅れた錆びた巨人ですけど」

 

 皇女流(おうめる)の言葉は、相手の現状をよく現していた。

 確かにコンチネンタルアルゼナールの規模は大きい。

 兵器一筋の古くからある総合兵器企業で、兵器に関する多数の特許を持ち、そのライセンス収益は並の企業の年間収入を上回る優良企業と言えるだろう。

 だがあの会社は、ISという時代の波に乗れなかった。

 兵器分野で圧倒的なシェアを誇り、自社の技術力に自信のあったこの会社は、IS発表当時に無謀な選択をしてしまう。

 それは篠ノ之束が今ほど有名でなかったが故の悲劇で、“ISコアを解析して、完全新規の自社ブランドとして売り出す”というものだった。

 今の人間が聞けば、誰しも「止めろ」と言うに違いない無謀な判断だったが、この時それを止める者はいなかった。

 多かれ少なかれ、他企業も同じような事はしていたのだ。

 なのでコンチネンタルアルゼナールだけが方針を間違えたという訳ではないのだが、会社のリソースを少なからずISコアの解析につぎ込んでしまったのは間違いない。

 そしてこれを知った当時のライバル企業は、社命をかけた大勝負に出た。

 恐らく、束の規格外さを知る人間がいたのだろう。

 ISコアという得体の知れない物の仕様を信用し、会社の全リソースを、“機体(IS)を組み上げる”という事のみに費やし実用化を急いだのだ。

 結果ライバル企業は、コンチネンタルアルゼナールに先駆け第一世代ISの実用化に成功。

 反対にコンチネンタルアルゼナールは束がISコアに仕掛けていた、“解析出来そうで出来ない”という意地悪な―――本人にしてみれば相当に優しい部類の―――トラップに引っ掛かり時間を浪費してしまう。その為にISという新しい市場への参入が遅れ、以降ライバル企業の猛追を許してしまっていた。加えてその後の企業間抗争でも遅れをとったようで、技術部門の人間が何人か引き抜かれたあげく、自社研究所への襲撃を許してしまったらしい。

 

「そうね。でも油断は禁物よ。錆びているとは言え巨人ですもの。――――――で、黒幕は誰? まさかコンチネンタルアルゼナール社の総意ではないでしょう?」

「本社の関与を否定し切れるものではありませんが、調べた限り南米支社の独断のようです。詳しい資料はこちらに」

 

 そうして渡された調査結果の中には、確かに“南米支社の独断”と判断するに足るだけの証拠があった。中でも今回の一件の首謀者と思われているのが、コイントニー・リッケンバーグ。

 コンチネンタルアルゼナールの南米支社長だ。

 自分の業績の為ならあらゆる手段を厭わず、何度も都合良くライバルが消えている事から、マフィアとの繋がりも噂されている拝金主義者。そしてここ最近、別会社への内通が疑われている。

 

「確かに独断でしょうね。今回の一件が首尾良く済んだのなら、得た情報を手土産に、別の会社に移るつもりだったのかしら? 今の会社に、都合の悪い事は全部擦り付けてね。でもこんな危険人物の動向を本社が見張っていないはず無いだろうし、知ってて見逃したんでしょうね。成功して会社の利益になるなら良し。失敗したなら、さようならって事で」

「恐らく。それで当主、対処はどのように?」

 

 楯無は渡された調査結果に、もう一度視線を落とした。

 皇女流(おうめる)の手際は流石で、およそ作戦を立てるのに必要な情報が全て網羅されている。

 現在位置。これからのスケジュール。本人の趣味趣向に自宅や南米支社の警備状況等々。情報という点では丸裸も同然だった。

 しかしコイントニーを守る警備体制は、そんな事は関係無いと言わんばかりのものだった。

 表向きは南米の治安の悪さを理由にして、完全武装のパワードスーツ(撃震)が3個小隊(12機)。

 戦争が出来る程ではないが、十分に戦闘が出来るだけの戦力だ。

 1個人にこれだけの護衛を貼り付けるなど、明らかに戦力過剰。やり過ぎだろう。

 加えて言えば、移動に使っている車は特注の防弾仕様。有澤重工の装甲材を使っているあたり、保身に掛けては凄まじい念の入れようだった。

 

「そうね。普通ならこれだけしっかり守られている人間に、手出ししようなんて思わないわよねぇ」

 

 だが楯無は、自分たちの勝利を疑っていなかった。

 何故なら更識には、絶対的なアドバンテージがあったからだ。

 それを得る切っ掛けは、束がパワードスーツを世に送り出した時にまで遡る。

 契約により織斑千冬、織斑一夏、篠ノ之箒の護衛を請け負う更識にとって、パワードスーツが悪用された場合の想定というのは必然だった。そして楯無が幾つかの懸念を束に伝えたところ、彼女の回答はこの上なく明快なものだった。

 

 ―――仮にその3人を狙う輩がいたら、手加減なんていらない。

 

 ―――圧倒的性能差でねじ伏せなさい。

 

 用意されたパワードスーツの名は、YF-23“ブラックウィドウⅡ”(※1)。

 近接格闘戦能力こそ武御雷に及ばないものの、遠近共に高い能力を持ち、更にはステルス性能まで持ち合わせているという凶悪な機体だ。ただし光学迷彩は装備されていないので、平時は輸送用車両に格納された状態で、3人の近くに配置されている。

 そしてこの他に攻性用部隊として、更識には同機がもう12機(1個中隊)あった。運用は4機で1小隊を構成する3小隊編成で、そのうちの1小隊が、昨日任務を終えて待機状態に入っていた。

 

「はい。普通なら正面攻略は諦めて、絡め手や狙撃でしょう」

 

 皇女流(おうめる)の同調に肯きながらも、楯無は普通ではない命令を下した。

 

ゴースト小隊(YF-23 4機)の投入を許可します。護衛ごと叩き潰しなさい」

「了解しました。誰に無礼を働いたのか、教えてやりましょう」

 

 こうして更識の報復行動は速やかに開始され、その結果は裏社会に潜む者共を震え上がらせた。

 というのも撃震がどれほど優秀な機体なのかは、既に黒ウサギ隊が実証している。にも関わらずコイントニーは自宅で蜂の巣にされ、護衛していた12機は役目を果たす事無く、全て高価な棺桶になった。

 奇跡的に回収された撃震のレコーダーによれば、ファーストアタックから全機の信号途絶まで僅か5秒。敵影を捕捉する間も無い、一方的な蹂躙だった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、IS学園で授業を受ける簪は、窓際の席でボーッと外を眺めていた。

 先生の言葉など、まるで頭に入ってこない。

 

(…………どうしたら良いのかな?)

 

 救出されたあの時、確かにNEXT()はいた。だけどあの後、姉は一言もそれについて触れなかった。

 つまり彼が動いたのは、秘密という事なのだろう。それは理解している。だが理性ではそう思っていても、感情は別だった。

 助けてくれた命の恩人に、何もお礼をしないというのはどうにも気が引ける。

 それに今後も顔を合わせるだろう相手に、こういう感謝の気持ちを伝えるのは悪い事じゃないはずだ。

 

(…………でも直接言葉にしちゃうと、こっちが気付いてるって事になっちゃうし……………………………………そうだ!! 開発を手伝ってくれたお礼っていう事で何か渡そう。これなら大丈夫かな?)

 

 とても良い事を思いついたとばかりに、何を渡すか考え始める簪。

 だが彼女は忘れていた。今は授業中である。

 

「………さん。簪さん!!」

「えっ? あ、はい!!」

 

 近くで呼ばれて思わず立ってしまった簪の隣には、教壇に立っていたはずの山田先生がいた。

 

「考え事ですか? 気になる事があるなら、先生相談に乗りますよ」

 

 相変わらずの優しそうな笑顔と言葉だったが、少し青筋が見えるのは気のせいだと思いたかった。

 

「い、いえ。そんな事は、開発も順調ですので」

「そうですか? なら教科書234ページの問15を答えて下さい」

「はい」

 

 幸い当てられた問題は、以前やった事があるものだった。

 

「――――――正解です。授業はちゃんと聞いて下さいね」

「はい」

 

 そう返事をした簪が着席して、何事もなく授業が再開されるはずだった。

 だがとあるクラスメイトの突っ込みで、それどころではなくなってしまう。

 

「せんせー。それは無理だと思いまーす」

「あら、どうしてですか?」

「だって簪ちゃん、最近は放課後が楽しみで仕方ないんだもんねーー」

「そ、そんな事――――――」

 

 無い。とは言えなかった。

 そしてまた、その中途半端な態度がクラスメイトの妄想を加速させてしまう。

 

「そうだよね~。開発を理由に、男の人と2人っきりだもんね~」

「イチャイチャしてるんでしょ? 良いなぁ~」

「ねぇねぇ、いっつも何してるの?」

 

 女子高とも言えるIS学園で、どんな理由があるにせよ異性と2人っきりで過ごしているというのは、他の女子からしてみれば羨望と嫉妬と話のネタ以外の何ものでもなかった。クラスメイト達が、ここぞとばかりに畳み掛けてくる。

 しかしやましいところが何もない(と思っている)簪は、“何も無い”という事を証明する為に開発中の出来事を、機密に触れない範囲で正直に話してしまう。

 それを聞いたクラスメイト達の反応は――――――。

 

「機体開発案やアセンブルについて助言してくれる?」

「2人っきりで機体のデータ取り?」

「重いものを率先して持ってくれる?」

「偶にお菓子の差し入れがある?」

 

 ――――――しばし沈黙。

 

「あ、あの、どうしたの、みんな?」

「ふっ」

「ふ?」

「「「「「「「ふざけるなぁーーーーーーー」」」」」」」

 

 クラスメイト一同の心が1つになった瞬間だった。

 

「何それ自慢? 自慢なの? 私にも分けなさい!!」

「私じゃない。私達よ」

「え? え?」

 

 やましいところの無い簪は、何故みんながこんなに熱くなっているのかが良く分かっていなかった。

 なのでひたすら困惑しているのだが、そんな彼女を余所にクラスメイト達の結束は嫉妬の炎によって、鋼の如く硬く鍛え上げられていく。

 

「よぉ~し、みんな!! 今日から専用機完成まで、クラス総出で手伝うわよ!!」

「メカニックはどうするのよ。本格的に弄るなら、もう少し人数が欲しいわ」

「仕方ないから整備科に声を掛けましょう。晶君をネタにすれば必ず乗ってくるわ」

「搭乗者志望の面子はどうするの?」

「打鉄とラファールの使用許可を、みんなで出して数を確保して。専用機の訓練相手に使うわよ。あとアリーナも」

「え? あの、みんな?」

 

 あっという間に話が決まっていく中、ついていけず取り残される当事者()

 そして1年4組のクラス委員長が、簪の両肩をガシッと掴んだ。

 

「という訳で、これから1年4組は総力を挙げて貴女を手伝うから」

「え、でも、みんなやる事があるんじゃ?」

「ここはIS学園よ。専用機の開発に比べれば、他の用事なんでゴミ屑以下よ」

「でもやっぱり…………」

 

 悪いよ。という言葉を委員長は遮った。

 

「何も気にする必要は無いのよ。クラスが一致団結して物事にあたるなんて、至極当然な世の理じゃない」

 

 うんうんと肯くクラスメイト一同。

 全員、笑顔だが目が全く笑っていない。

 その光景に威圧感すら感じた簪が、助けを求めて山田先生を見てみれば、何に感動したのか目元をハンカチで拭っていた。挙句、「良かったですね簪さん」なんて言い出す始末。

 こうして逃げ道を塞がれた彼女は、クラスメイト達の心温まる腹黒い善意を受け取る事になった。

 だが始まりがどうであろうと、それが悪い結果に繋がるとは限らない。

 晶との付き合いや姉との関係改善を通して、少しずつ変わってきていた簪は、このパワー溢れるクラスメイト達との付き合いを通じて、徐々に明るくなっていくのであった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 打鉄弐式の開発に力強い援軍(1年4組)が現れた当日の夜。

 山田先生が自宅に帰ってから暫くすると、来客を告げるインターホンが鳴らされた。

 

『はい。どちら様で――――――あら?』

 

 インターホンに備え付けられているカメラで外を見ると、何故か一本の棒がユラユラと揺れていた。

 恐らく写っている棒でインターホンを押したのだろうが、わざわざ棒を使う理由は何だろうか?

 思わず首を傾げてしまった彼女は、取り合えずドアを開けてみる事にした。

 だが開けてみても誰もいない。玄関先に棒が落ちているだけだ。

 

「…………悪戯だったのかしら?」

 

 そうしてドアを閉めようとしたところ、ガツッと何かを挟んだような音が足元から聞こえてきた。

 なので下を向いてみると、そこにはバケツのような円柱ボディに短い手足という、山田先生にとっては見慣れた姿があった。

 

「ジャック君!?」

 

 すると「よう」とばかりに片手を上げて応えたジャック君は、反対側の手に持っていた手紙を差し出した。

 

「私に?」

 

 コクコクと肯くジャック君。

 受け取り読んでみると、それは晶からだった。

 

『山田真耶 先生へ

 

 メンテナンスが終了したのでお返しします。

 パーツの磨耗やAIの成長具合を見た束が「とても大事にしてくれている」と喜んでいました。

 勿論送った私も嬉しいです。

 今後も大事にしてやって下さい。

 あと大事にしてくれて嬉しかったのか、束がジャック君にナビゲーションシステムを追加し

 ました。

 車の助手席に乗せてあげれば、運転席にホロスクリーンを投影して、目的地までしっかり案

 内してくれると思います。

                                   薙原晶より』

 

 読み終えてから再びジャック君を見ると、「俺って凄いんだぞ」とばかりに両手を腰(?)に当てて胸(?)を張っていた。

 その余りにも人間臭い仕草に、山田先生は暫しの間、相手がAIだという事を忘れてしまった。

 

「君って凄いんだね。これからもよろしく」

 

 しゃがみ込んで差し出された右手を、機械仕掛けの右手が握り返す。

 こうしてジャック君は、いつもの日常へと戻って来たのだった――――――。

 

 

 

 ※1:YF-23 ブラックウィドウⅡ

  元ネタはマブラヴオルタネイティブ。

  作中内最強の一角を担う戦術機F-22“ラプター”と正式採用を争った機体で、

  性能的にはF-22を上回っていたにも関わらず、アメリカの戦略的思想と合わ

  なかった為に正式採用を逃したという悲運の機体。

 

 

 

 第70話に続く

 

 

 




ジャック君がどんどん人間臭くなってきました。
そしてそろそろ学園際ですが、その前に晶&一夏君の日常を書いてみたいなぁと思っています。(あくまで予定なので、何か電波を受信したら別の内容になるかもしれません)

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