インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回はスニーキングミッションとは言えば…………のネタ(?)を1つ入れてみました。


第68話 ジャック君のスニーキングミッション(後編)

 

 ―――16:38 倉持技研前

 

 遅れていた打鉄弐式の専用武装開発。

 その進捗状況の説明の為に呼ばれた簪は、想像以上の出来上がりに、上機嫌で倉持技研を後にしようとしていた。

 先日連絡を受けた時は、「説明だけなら来てくれればいいのに」と内心思ってしまったが、今日の説明を受ければ、呼ばれた理由は納得だった。

 というのも2門の連射型荷電粒子砲“春雷(しゅんらい)”には、白式・雪羅の解析情報が使われているということ。なので現物を見ながら説明を受けるとなると、セキュリティの面から考えて、技研内が一番安全だったからだ。

 ただ残念な事に最大48発の独立稼動型誘導ミサイルを発射する“山嵐(やまあらし)”は、まだ形になっていないという事だった。それでもハードウェアの設計までは終わっているというのだから、先週から比べれば随分進んでいる。

 

(これなら、タッグトーナメントに間に合うかもしれない)

 

 まだ超えなければいけないハードルは多いが、技研前で帰りのタクシーを待っている簪は、そんな事を思っていた。

 そこへ、呼んでいたタクシーが到着した。助手席側の窓が開けられ、至って普通の中年ドライバーが客の確認をしてくる。

 

「えっと、更識簪さん?」

「はい」

「お待たせしました。どうぞ」

 

 後部座席のドアが開けられ、簪が乗り込む。

 この時、彼女は一瞬違和感を覚えた。何となく、更識家本邸にいる人達のような、“職業人(プロ)”の雰囲気を感じたのだ。

 

(……気のせい、だよね?)

 

 ドアが閉められ、ドライバーが車を発進させる。

 

「簪さん。行き先は?」

「モノレールまで」

 

 不審なところは無いように見える。

 だが簪の、“嫌な人に近付かない”という後ろ向きな姿勢で磨きあげられた観察能力が異変を訴えていた。

 何かがおかしい。だけど何がおかしいのかが分からない。

 嫌な予感だけが際限なく膨れ上がっていき―――――――――そこで簪の意識は途切れた。

 

「………捕獲完了。ちょろい仕事だ」

 

 人の良さそうな中年男性のタクシードライバーは、後部座席で眠りに落ちた彼女をミラー越しに一瞥した後、そう呟いた。

 しかしその言葉とは裏腹に、今回の誘拐は入念な準備の下に行われたものだった。

 というのも犯人達は、事前に簪の過去の行動を洗い出し、倉持技研に赴く際、そして帰る際は常にタクシーを使っているという事まで調べ上げていたのだ。

 なので犯人達は、まずタクシーを一台用意した。車内に無味無臭の催眠ガスを充満させられるようにした改造車だ。構造上、ドライバーも一緒にガスを吸う事になるが、予め解毒剤を服用しておけば問題無い。

 そしてタクシー会社の無線を盗聴して、簪が帰りのタクシーを呼んだら作戦開始。

 無線に割り込み、“偶々近くにいた”タクシーを装って倉持技研に向かい、目標()を乗せる。

 この段階まで進んでしまえば、もう彼女に逃れる術は無かった。

 無味無臭の催眠ガスが、一切の抵抗を許さず彼女の意識を刈り取ってしまう。

 もし専用機(IS)があれば、搭乗者の異常を感知してISが緊急展開しただろう。

 しかしその専用機(打鉄弐式)が開発中の今、このトラップは、ただの人間には回避不可能であった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ―――16:53 郊外

 

 空中から簪を追跡するジャック君が異変を察知したのは、簪を乗せたタクシーが予定ルートから外れた時だった。

 多少道を外れるくらいなら、ドライバーが人間である以上誤差の範囲だろう。

 しかし途中で立体駐車場に入る必要は無いはずだ。

 

(………怪しい)

 

 極自然にそう判断したジャック君は、不確定要素を排除しきれない携帯の電波という追跡手段だけに頼らず、直接確認という手段にでた。

 つまり立体駐車場の屋上に着陸。本体で内部に侵入し、簪の状態を確かめるのだ。

 そしてジャック君はここで、現在の持ち主(山田先生)がたまにやっているゲームの事を思いだした。

 リアルな世界観のクセに、ダンボールに隠れるだけで敵をやり過ごせるというゲームだ。主人公は確か“蛇”のコードネームで呼ばれていたような…………。

 創造主(束博士)からの最優先オーダーが“発見されてはいけない”というのであるジャック君は、そのゲームを真似てみる事にした。

 屋上から階下に降りる階段に、運よく置いてあったダンボールを被り、ススーっと駐車場の中を進んでいく。

 一般人が通り掛かった時は、壁際でじっとしていれば気にもされなかった。ダンボール恐るべし。

 そんな事をしながら携帯の電波信号を頼りに進んで行くと、クライアント(楯無)の恐れていた事態が、今まさに起こっていた。

 眠らされている簪がタクシーから降ろされ、別の車に乗せられているのだが、それを行っている男共は、女性であれば触れて欲しくないような部分まで遠慮無く撫で回し、ボディチェックを行っていた。加えて金属探知器や電波探知器まで使って、“簪の位置情報が特定出来るもの”を全て取り外した上に、逃亡防止用に両手両足を手錠で拘束。更にアイマスクと猿轡までさせるという念の入れようだ。

 もしもこの光景を楯無が見たのなら、全員楽には死ねないだろう。

 そしてこの時、ジャック君には2つの選択肢があった。

 1つはこの場で戦闘モードを起動。ISの力を持って実行犯を殲滅。目標()を救出するというもの。

 もう1つがクライアント(楯無)に連絡し、救出は向こうに行ってもらうというもの。

 ジャック君としては前者を取りたいところだったが、その案には大きな問題点があった。

 創造主(束博士)の最優先オーダーが、“発見されてはいけない”というものである以上、全員の口封じは必須。だがジャック君の装備はハイレーザーライフルにグレネードやミサイルといった、静かに殺すには向かない兵器ばかり。

 また不確定要素として、実行犯の全員がここにいるとは限らない。万一ISとしての姿を確認されてしまえば、最優先オーダーを満たせなくなってしまう。

 よってジャック君は、2つ目の選択肢を選んだ。

 楯無に簪の現状をメールで送信したのだ――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ―――16:58 更識家別荘

 

 私用で別荘を訪れていた楯無は、そこで簪の現状を知る事となった。

 

「ふざけた真似を」

 

 1人静かに呟かれた言葉。だが込められている感情は極大だった。

 実行犯も、その背後にいる者も、誰一人許す気は無い。

 だが今の楯無には、3つの足枷があった。

 1つは、簪救出の為に自身のISを使えないということ。暗部に深く関わる者が、市街地でISを使うなど正気の沙汰ではない。目立てば必ず探られる。そして叩けば幾らでも埃の出る身だ。情報操作である程度まではどうとでも出来るが、更識家の事を考えるなら使わない方が良い。

 1つは、救出に使えそうな更識家の部隊は全て、オペレーションに入っているということ。普通はリスク管理の点から全ての部隊を同時に動かすような真似はしないのだが、組織が急速に拡大している今は、敵対組織からの反撃も多い。早急に潰しておく必要のあるものや、決して失いたくない要人の護衛など、彼らの出番は多かった。そんな部隊を簪の為に引き戻せば、多方面で悪影響がでてしまう。かと言って、見捨てるという選択肢も有り得ない。

 1つは、楯無の後ろ盾であるNEXT()が使えないということ。あの男()は今、試作有人宇宙往還機(エルメス)の受け取り作業に入っている。今後計画を進めていく上で必要な、アレの受け取りを中断してまで助けてとは言えなかった。

 

(どうすれば………………)

 

 悩む楯無だが、結論はすぐに出た。

 普通の人間なら、誰かに「助けて」と言っていれば良いだろう。

 だが幸か不幸か、更識楯無は更識家当主にしてIS操縦者。無力な小娘ではないのだ。

 自分にしか出来ないのなら、自分でやるしかない。当然の理屈だ。

 そして幸いな事にフリーランス(ジャック君)から送信されてくる位置情報は、市街地を抜けて、人が少ないこちら側へ向かうルートを辿っている。

 恐らく入念に脱出ルートの選定はしたのだろうが、犯人の心理からは逃れられなかった訳だ。

 無意識に、人の少ないルートを選んでいる。

 これならISを使うまでもなく早くに追いつけるだろうし、目撃者がいないのなら“(IS)”を使える。

 

(単独ミッションなんて、いつ以来かしら?)

 

 そんな事を思いながらクローゼットを開けた楯無は、別荘に来る際に着ていたライダースーツを取り出した。

 外見は黒を基調として赤いラインの入った極普通のデザインで、一見するとただの市販品だ。だが中身は更識家当主が着るのに相応しい、防刃防弾・対衝撃性能など、更識傘下の如月重工でこれでもかと改造された一品だった。

 

(…………やっぱり、少し胸がキツイわね)

 

 胸元のチャックを少しだけ緩めた楯無は、ヘルメットと工作ツール一式が入ったバックを手に部屋から出て行った。

 そうしてガレージに向かい、跨るのはカワサキ・ニンジャZX-12R。

 川崎重工業が開発・発表した大型自動二輪車(バイク)で、無改造で時速300kmオーバー、非公式な計測でなら340kmオーバーを叩き出すというモンスターマシン。

 挿し込まれたキーが回されると、力強く小気味良いエンジン音がガレージに響き渡る。

 

(待っててね。今助けに行くから)

 

 だがバイクが動かされる直前、予期せぬ相手から電話が入った。

 携帯に表示されている名前は篠ノ之束。

 何故、今このタイミングで? どうして? 何か別の問題でも起きたのだろうか? 誘拐の一件と合わさり、思考がどうしても悪い方向へと向いてしまう。

 

『貴女から電話なんて珍しいわね。どうしたの?』

 

 この女に隙は見せたくない。その一心で楯無は平静を装うが、その努力は一言で粉砕されてしまった。

 

『取り繕わなくて良いよ。もう知ってるから』

『ッッッ!?』

『そして妹を大事にする姉の為に、1つお節介を焼かせてもらったよ。泣いて感謝してよね』

『何をしたのよ』

 

 束の横柄な口調に、少し言葉がきつくなってしまう。

 しかし2人の間では、この程度はいつもの事だった。

 

『あら、そんな事言っちゃっていいの? わざわざエルメスの受け取りを中断させてまで、晶を向かわせてあげたんだけどなぁ~』

『え? あ、貴女、なに考えてるの!? エルメスは今後必要なんでしょう? それの受け取りを中断だなんて!!』

『そっちこそ、大事な妹の危機で考えが鈍った? あの程度の物(エルメス)なんて、使って下さいというから使ってあげるに過ぎないの。この私を誰だと思ってるの。無ければ自分で作るわよ。―――――――――まぁ、こっちに気を使って、始めから晶を頼ろうとしなかったのは褒めてあげる』

『一々上から目線で腹の立つ女ね』

『あれぇ~そんな事言っていいの? 晶に「戻って」ってお願いしちゃうよ』

 

 知らず楯無は、ニヤリと笑ってしまっていた。

 

『ふん。ありえないわね』

『おや?』

『貴女が安全な場所にいる以上、そして貴女が本気で戻れと言わない限り彼は戻らない。そこで言われたままに戻るような軽い男じゃないでしょう』

『自分の男が褒められるのは嬉しいんだけど、何故か貴女に言われると腹立つのよね』

『お互い様よ。私だって貴女に色々自慢されたら腹立つもの』

『調子が出てきたじゃないか。じゃぁ、さっさと取り返してきなさい』

『言われるまでもないわ。――――――ありがとう』

 

 そうして電話が切れ、力強い援軍を得た楯無は、ヘルメットを被りアクセルを吹かした。するとZX-12R(バイク)のエンジンが力強い雄たけびを上げ、かん高いホイールスピン音を鳴らしながら急加速。

 ニンジャの名に恥じない素晴らしいスピードで飛び出して行ったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は少しだけ遡る。

 晶が束からコアネットワークで連絡を受けたのは、船体チェック終了間際の時だった。

 

(――――――という訳でさ。泥棒猫(楯無)の妹が誘拐されちゃったみたいだから、助けに行ってくれないかな)

(それは全く構わないんだが、お前が他人を、しかも楯無の妹を気にするとは珍しいな)

(ふふん。貸しだよ貸し。恩に着せて、これから馬車馬の如くこき使ってあげるの。まぁ、同じ妹スキーとして1%くらい…………ううん。0.1%くらいの同情はあるかもしれないけど)

(優しいな、束は)

(ちょっと!! 私の話ちゃんと聞いてたの? “かもしれない”だよ。確定じゃないんだよ。そこのところ勘違いしないでよね)

(ああ、勿論だとも。お前に新しい友達が出来て嬉しいよ)

(全然理解してない!!)

(本当にどうでも良い相手なら、「助けに行って欲しい」なんて言わないだろう? それに恩を着せるのが目的なら、もっと悪どい方法だってあるのにな)

(むぅぅぅ、最近の晶は意地悪だ。そーだよ。彼女を失うのはちょっと惜しいって思ってる。それに彼女は弱っちいからね。妹が蹂躙なんかされたら、多分壊れちゃう。だから強くて天才なこの私が、すこーーーーーーーーしだけ救出を手伝ってあげるの)

 

 どこまでも素直じゃない言葉だったが、織斑先生あたりが聞いていたら泣いて喜んだだろう。

 極々近しい人間以外は、凡人の一言で括り欠片も興味を示してこなかった彼女が、赤の他人の為に動いたのだ。

 これを成長・進歩という言葉以外の何で現せようか。

 

(なら行ってこようか。お前の大事な友達を護るために)

(友達じゃない!! 部下!! 奴隷!! 下僕!! えーと、後は………………そう恋敵!! って違う!! 最後のは違うからね!!)

(分かった分かった。それじゃっ、そろそろ行動に入るから切るぞ)

(分かってなーーーーーい!!)

 

 こうして通信を終えた晶は、嬉しくて堪らなかった。

 束に織斑先生以外の、友人と言える存在が出来たのだ。嬉しくないはずがない。

 だがそれを表情に出す事無く、逆に厳しい表情で、近くにいたクラリッサ大尉に話し掛けた。

 

「少し急ぎの用が出来た。暫くエルメスを見張っててくれないか」

「その為に我々はここにいる。だが、差し支えなければ教えて欲しい。急ぎの用とは?」

 

 晶は獰猛な笑みを浮かべながら答えた。

 

「何処かの馬鹿が、俺の関係者を拉致った。何をするつもりかは知らないが、全くふざけた真似をしてくれる」

「……………敵に同情するよ」

 

 実際に仕掛けて、手痛い反撃をくらった事のあるドイツ軍人としては、敵に同情の念を抱かざるを得なかった。

 この男(薙原晶)、やる時は本当にやるのだ。

 過去の事を思い出し、「あの時は事後処理が大変だった」としみじみ思うクラリッサ。

 だが今回は、その苦労が自分達に降りかかる訳じゃない。そう思った彼女はある事を考えた。恐らく相手は断るだろうが、誠意を示す手段としては悪くない。

 そう思い、遠ざかる晶に声をかけた。

 

「私も同行して良いかな?」

「IS所有の特殊部隊員が、日本国内で動き回るという問題をクリア出来るなら」

「国際法が人命救助という緊急時の使用を認めている」

 

 建前以外のなにものでもない言葉を口にするクラリッサ。

 確かそうだが、他国の主権領域内で本当にそれをやれば、国際問題になるのは確実だ。

 

「おいおい。本気で言ってるのか?」

「勿論。それに色々心配してくれているようだが、無用な心配だ」

「何故、と聞いても? ゴタゴタに巻き込まれるのはゴメンだぞ」

「簡単な話だ。君にシャトルの受け取りを中断させられる人間など、1人しかいない。そして背後に束博士がいて君を動かす以上、事件は必ず丸く収まる。むしろ日本政府が内心でどう思っていようと、感謝以外の行動など出来るはずがないのさ。下手にケチを付ければ、束博士の機嫌を損ねかねないからな」

 

 ある一面においてそれは事実だろう。だがそれでも晶は同行を認めなかった。

 そんな事をすれば表面上はどうあれ、日本政府の心情は決して良くない。むしろ悪いだろう。後々トラブルになりそうな行動は避けるべきだった。

 加えていうなら、先程(前話)の「協力する用意がある」という台詞を強調する為の見せ札だろう。この段階で全面的に信用するなど有り得ない。よってただの社交辞令と判断した晶は、やんわりと断る事にした。

 

「せっかくの申し出だが、今回は遠慮させて貰おう。確かに貴女の言う通りかもしれないが、どこにでも他人の足を引っ張って喜ぶ輩はいる。そんな奴らに付け入る隙を与えてやる必要はないさ」

 

 そんな言葉を残しながら晶はNEXTを展開。なるべく人目につかないよう、そして空港のレーダー網に引っ掛からないよう、ブースター炎の出ない慣性制御(PIC)で低空飛行を開始。人目が無くなったところで、拡張領域(パススロット)から熱光学迷彩ローブをコール。姿を消し、簪の救出に向かうのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 簪の誘拐に成功した犯人達は、何処にでもある一般的なワンボックスカーで予定ルート上を走っていた。

 そして彼らは、計画は順調に進んでいると思っていた。

 何せ追っ手の姿は無い。検問が敷かれている様子も無い。警察無線に変化も無い。良い意味で無い無い尽くしだ。

 後はこのまま進み、港で簪を船に乗せてしまえば仕事は終ったも同然。残りの船旅中はずっとお楽しみタイムという夢のような時間だ。

 

「ヘヘッ、楽な仕事だったな」

「ああ、更識が相手っていうからどの程度かと思えば、この程度か」

「所詮平和ボケした国の組織だったって事だろう」

 

 男どもが口々に更識を罵っていく。そんな中、広い後部座席で眠らされている簪が寝返りをうった。

 

「ん……んんぅ」

 

 IS学園の制服。白いスカートがめくれ、際どい部分まで白い肌が見えてしまう。

 それを見た男共の反応は素直なものだった。

 

「………なぁ、後は港で船に乗せるだけだろ? 少し楽しむくらいよくねぇか」

「やめとけ、声が外に漏れたら面倒だ」

「そこまでしねぇよ。ただちょっと剥いて鑑賞するだけさ」

「…………程々にな」

「へへっ」

 

 男がカメラを持ち出し、両手両足を手錠で拘束され、更に猿轡とアイマスクまでされている簪を撮影。次いで、制服のネクタイを外していく。

 だがこの時、彼女は本当に眠っていたのだろうか?

 確かに使われたガスは、ただの人である以上、抵抗しようの無いものだった。しかし人体に効くものである以上、有効時間は本人の解毒能力に左右される。まして簪は更識である。生まれた時から裏と関わる事を運命付けられた、しかも使い捨ての駒ではなく、対暗部宗家の者が対毒訓練を施されていないなど有り得ない。

 しかし今回は、それが良くない方向に働いてしまった。

 彼女が目覚めたのは身じろぎした後、本人の預かり知らぬところで男共の情欲を煽ってしまい、制服に手を掛けられた時だったのだ。

 

(なに、私、どうなってるの? 見えない? 動けない? さ、触られてる!?)

 

 年頃の乙女が、こんな状態で冷静な対応など出来ようはずがない。

 

「ん、んんーーーーーっっっ!!」

 

 猿轡のおかげで叫び声もあげれず、アイマスクのおかげで何も見えない彼女は混乱し、拘束されている手足を女の非力な力で闇雲に振り回した。

 それが運の悪い事に、カメラを持っていた男の顔面を直撃してしまった。

 

「ってぇな。このアマッ!!」

 

 男の巨躯が細く非力な女の体にのしかかり、拳が振り上げられる。

 こうなってしまっては簪に出来る事など何も無い。圧倒的な体格差。狭い車内。体の拘束。全ての要素が彼女の敗北を示していた。

 

 ―――だが、妹の危機に姉は間に合った。

 

 そして天すらも彼女に味方した。

 犯人達が人の少ないルートを選んでいたお陰で、対向車が途切れ、同じ車線上の前後にも車がいない。

 本来人目があるはずの車道という公共の場所で、ほんの一時生じた空白地帯。

 この一瞬を逃す2人ではなかった。

 カワサキ・ニンジャZX-12R(バイク)で猛追してきた楯無が追い付く1秒前。

 何も無い空間から突如出現したレーザーブレードが、車体右側面を切り飛ばし、内と外を遮る壁が排除される。

 そしてブレードが振るわれると同時に追い付いた楯無は、左腕装甲を部分展開。加えてIS用近接武装である蒼流旋(そうりゅうせん)、超高周波振動する水を螺旋状に纏ったランスを拡張領域(パススロット)からコール。

 ISのパワーアシストをも使って情け容赦無く、しかし決して楽には殺さないように、簪に乗り掛かっていた男を叩き飛ばす。

 だがこれだけでは終わらなかった。

 一撃を加えながら楯無は、ミステリアス・レイディ(霧纏の淑女)慣性制御(PIC)範囲を拡大。簪の体を範囲内に収めてベクトルコントロール。サイコキネシスのように宙に浮かせて動かし、蒼流旋(そうりゅうせん)を量子の光に戻しながら左手でキャッチ。腕の中に納める。

 この間、僅か3秒。

 

「なっ!?」

 

 犯人達が今更のように反応するが、全ては手遅れだった。

 片腕であるにも関わらずカワサキ・ニンジャZX-12R(バイク)が鮮やかに操作され、車との距離が離される。そしてNEXTは熱光学迷彩ローブの下でハンドガンを装備。バイクと車の距離が十分に離れたところで、予め炸薬量が減らされているソレで照準・トリガー。

 衝撃力に特化した弾丸は狙い通りに車を横転させ、乗っていた人間に重傷を負わせる。

 後はもう、更識家の仕事だった。

 善意の第三者(楯無)から、「横転している車がある」という通報のもと、この一件は“単独の事故”として処理される。

 そして意識のあった犯人達は、“意識の無い重傷者”として救急車で運ばれ、後に残された車は“事件性無し”という事で速やかにスクラップ処理され、今日簪が誘拐された証拠は何一つ残らない。

 だが通報の前に姉はバイクを止めて、妹を縛る拘束具を外していく。

 

「お、お姉ちゃん? どうして、ここに………」

「馬鹿ね。貴女のピンチに駆け付けないはずが無いじゃない」

 

 普段は見せない安堵した表情で、抱き締めてくる楯無に戸惑う簪。

 いつでも、どんな事でも、完璧にこなしてきた姉が、“粗悪なコピー品(不出来な妹)”の救出ごときでこれほど安堵するなんて、信じられなかったのだ。だが何も言わず自分を抱きしめる姉の姿は、そんな感情を吹き飛ばして余り有るものだった。

 

「お姉ちゃん」

 

 簪の手が楯無の背に回され、抱き合う2人。

 それを見届けたNEXT()は、静かに身を翻した。仲直りの機会を邪魔する必要も無いし、行った事を自慢する必要も無い。なので静かにその場を離れたのだが…………更識簪の、今までの後ろ向きな姿勢で磨き抜かれた観察力は、視界の片隅に現れた僅かな輪郭のブレの中に、NEXTヘッドパーツのラインを確かに捉えていた。

 というのも熱光学迷彩ローブはハイテクな装備だが、結局のところはローブという簡易装備でしかない。完全静止状態ならまだしも、近くにいる人間に気付かれないレベルで、光学補正が出来る程の性能では無いのだ。

 しかし彼女は声を出さなかった。“姿を現さない”という意味を正しく受け取っていたからだ。

 

(ありがとうございました)

 

 だから心の中でそう御礼を言った簪は、極自然に、この場には姉以外いないかのように振舞った。

 そしてこの一件を境に、姉妹間の堅さが少しずつ取れ始めたとなれば、この後を語るのは無粋というものであろう――――――。

 

 

 

 第69話に続く

 

 

 




多分次回は後始末色々だと思います。
お怒りの楯無さんとか楯無さんとか楯無さんとか……………。

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