インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
IS学園2学期初日の放課後。アリーナのハンガー。
壊れた打鉄弐式を修理していた更識簪は、途方に暮れていた。
(こんなんじゃ、お姉ちゃんの背中すら見えない…………)
織斑一夏の専用機、白式の開発で圧迫された、打鉄弐式の状態は散々なものだった。
基本フレームとブースター関連こそ辛うじて形になっているものの、制御用ソフトウェアが完成していない為、機動性が予定値の6割にすら届いていない。だが、本体はまだ良い方だった。
これが武装関連になると、更に完成度が下がる。
技術的難度の低い超振動薙刀、“
(どうしよう…………)
そんな時、ハンガーのインターホンが訪問者の存在を告げた。
簪が手元のコンソールで外を確認すると、訪れて来たのは
『…………はい。何の御用でしょうか?』
思うところは色々あるが、それでも一応は助けてくれた相手だ。
感情を抑えて対応する。
『初めまして、こんにちは。薙原晶と言います。更識簪さんですか?』
『そうですが、何でしょうか?』
『ここに開発中のISがあるという話を聞いたので、見学させてもらおうかと思って』
『貴方の話は聞いています。すぐ傍に
『まぁ、そう言われてしまえばそれまでなんですけど、面白そうなアセンブルだったから、是非見学したいと思って』
『面白そう?』
簪にとっては予想外の言葉だった。
この未完成の欠陥機の、何処が面白そうなのだろうか?
『そう。面白そう。君をここに運んだ時、少し機体構成と搭載予定の兵器を見せてもらった。基本コンセプトはミサイルと荷電粒子砲による火力戦。撃ち切った後は、高機動格闘戦を行う。じゃないかな?』
『どうして、そう思ったんですか?』
『理由その一。始めから近接格闘戦や高機動戦を行うには、機体重量が重過ぎる。ミサイルか荷電粒子砲のどちらかだけならまだしも、両方搭載した状態だとね』
『どちらかを
『大有りだ。ミサイルも荷電粒子砲も、IS相手なら単体で使用しても、まず直撃は望めない。だから使うならセットでだろう』
簪は内心で驚いていた。
少なくない時間をかけて煮詰めた基本コンセプトを、武装を見ただけで見抜かれたのだ。
でも武器に詳しい人なら、この位は考えられるかもしれない。
彼女のそんな思いを余所に、晶は更に続けた。
『理由その二。ミサイルも荷電粒子砲も長期戦には向かない事。近接武装に薙刀を用意している事。これは射撃武装を使い切った時、最終手段の近接戦闘で少しでも優位性を確保する為だろう? 使いこなせるなら、獲物の長さは純粋に有利だからな』
ここまで聞いた簪は、手元のコンソールを操作しハンガーのドアを開けた。
武装だけでここまで見抜いた人の意見なら、聞いてみたいと思ったからだ。
「どうぞ」
「お邪魔します」
「早速ですけど、幾つか聞いても良いですか?」
遅れている開発に焦っていた簪は、挨拶もそこそこに、単刀直入に切り出した。
「これを見て、どう思いますか?」
晶が見せられたのは、機体各部へのエネルギー供給パラメーター。
本来なら機密指定のものだが、束の守護者が第二世代程度の情報を持ち出して小遣い稼ぎをするとは、彼女には思えなかった。
「…………いいのかな?」
「はい」
「なら遠慮無く。――――――ブースターへの配分が高いのはコンセプト的に当然として、FCSへの配分が高いな。何か特殊な演算でもさせてるのかな?」
「打鉄弐式のミサイルは全弾を個別誘導するタイプ。必要な演算性能を確保する為に、高性能なFCSを積んだらこうなりました」
「なるほど。そして、更にエネルギーを食う荷電粒子砲が搭載予定と」
「貴方なら、この機体をどう組み上げますか?」
「基本コンセプトはさっきので合ってるんだろう?」
「合っています。でもあそこまで見抜いた人なら、もっと良い案があるかと思って」
こんな事を言われたら、何か気の効いた案の1つでも出したいと思うのが人情だろう。
そしてこの男、ガチで勝ちに行くアセンから変態アセンまで、10や20は即座に出てくる人間だった。
「基本コンセプトは固まってるんだから、それを強化する路線が良いかな。フルアーマー化なんてどうだろう」
「フルアーマー? 最近の開発傾向は機動力を重んじています。逆行していませんか?」
「射撃兵装を使い切るまでは、ミサイルと荷電粒子砲を使った火力戦が基本コンセプトだろう? それを極限まで追求するのさ。例えば追加装甲で防御力を上げて、エネルギーを食わないグレネードとガトリングを装備に追加。低下した旋回性能は専用のターンブースターで補う。これならお手軽に第三世代機とも、正面から撃ち合えるようになる」
「でもそんな超重量の装備をしていたら、簡単にロックオンを振り切られて――――――その為のターンブースターですか?」
「ご名答。機動戦が得意な相手に、態々同じ土俵で挑んでやる必要はない。極論を言ってしまえば、確実に敵を捕捉して攻撃を撃ち込めれば、敵を撃破できるんだ。で、それでも尚敵を撃破出来なかったら、フルアーマーをパージ。身軽になって近接格闘戦へ移行。余計な装備が無ければ、それなりに速くはなるだろう。ついでに言えば、日本の次期主力機だ。先制攻撃するよりは、される方だろう。敵の初撃に耐えられる装甲は、あった方が良い」
簪は脳裏で、現在の完成予想図にフルアーマーの案を重ねてみた。
それによる機体性能の変化を考えてみる。
「………………確かに悪く無い案です。ですが増加装甲分の防御力向上と、ターンブースターによる旋回性能向上分を考えても、第三世代機の機動力を相手にするなら分が悪いです」
「なら増加装甲にもブースターを仕込もう。パワードスーツ用の跳躍ユニットを改造すれば、運動性の低下は最小限で抑えられるはず。IS用ブースターに比べれば安いから、使い捨てても、そう文句は出ないだろうし」
「なるほど」
簪は内心で舌を巻いていた。このフルアーマーの案なら、まずは本体の作成に専念出来る。増加装甲はここの設備でも作れるし、グレネードやガトリングなら、兵器としては枯れた分野だ。打鉄弐式用に新規に作るとしても、そう時間はかからないだろう。開発が遅れているミサイルと荷電粒子砲は、本体を作っている間に、もう一度倉持技研に掛け合ってみればいい。
そこまで考えた時、ふと彼女は思った。たった数分間話しただけで、焦ってばかりいた考えがスッキリと纏まっている。
一方晶の方は、久々のアセンブルに妙に楽しくなってしまい、火が付き始めたところだった。しかも今回のアセンブルは、ゲームシステムという縛りが無い。
さて、AC中毒でメカ大好きでフロム脳の持ち主が、ゲームシステムという縛り無しでこんな状態になったらどうなるだろうか?
答えは単純明快で1つしかない。暴走だ。
「なぁ簪さん」
「はい?」
「折角だからさ、少し遊ばないか?」
「遊ぶ? 私にそんな時間は――――――」
急なデートの誘いに、内心がっかりしながら答える簪。
だが彼の“遊ぶ”は、そんな事では無かった。返事が途中で遮られる。
「違う違う。俺の言ってる遊びは、
首を傾げる簪に、晶は話を続けた。
「俺のところに営業に来ていた企業で、このフルアーマーにピッタリな装甲を作っているところがある。カタログスペックが本当なら、ISで最強クラスの射撃兵装、120mmアンチマテリアルキャノンやレールカノンの直撃を防げるヤツだ」
「………もしかして、有澤重工ですか?」
「そう。しっかりチェックしてるじゃないか」
「あんな超重量装甲でフルアーマー化したら、第一世代にも劣る鈍足機になっちゃいます!!」
「それでも時速600Kmくらいは出るだろう?」
「加速距離があれば出るでしょうけど、無ければ実質的な戦闘速度は多分400Kmくらいです」
「そうか。流石に遅過ぎるか」
少しガッカリする晶だが、今度は彼女が改良案を出してきた。
「全部有澤重工の装甲を使わなくても、使う部位を限定して他の複合装甲と合わせて使えば、トップスピードで800~900Km、実質的な戦闘速度で500~600Kmくらいは確保できると思います」
「なるほど。それだけあれば、第三世代機ともやれるか」
「本当に火力戦に徹すれば、多分」
「よし、なら次は――――――」
こうして進んで行く晶と簪の話し合いは、日が沈み夜になり、見回りの山田先生が来るまで続いたのだった。
◇
その夜、IS学園寮。
更識簪は自室の机で宿題をしながら、1人ニヤニヤしてしまっていた。
(今日は楽しかった。あんなに他人と話したのっていつぶりだろう? 何か案を出せば、ちゃんと何かが返ってくる。お姉ちゃんの妹だから、なんて色眼鏡で見られてない)
この時彼女に、薙原が異性だという認識は欠片も無かった。
単純に機体について、存分に語り合えるというのが嬉しかったのだ。
パーツ変更が及ぼす影響を的確に見抜き、突き詰められたアセンブルと戦術。話していて引き込まれる事この上無い。
同年代で、ここまで話せる人はいなかった。
もしかしたら他の専用機持ちや
そんな事を思っていると、シャワーから出て来た同室の子に声をかけられた。同性しかいないのでブラにショーツ、そして肩にバスタオルというラフな格好だ。
「簪ちゃん。何か良い事でもあった?」
「え?」
「最近ずっと思い詰めた顔してたけど、今すっごい良い顔してる。開発、進んだの?」
「そうでも無いけど、良い案は浮かんだかな?」
「…………………」
「どうしたの?」
「怪しい」
「な、何で?」
「何か表情が“良過ぎる”んだよねぇ」
何故か両手をワキワキさせながら、にじり寄ってくるルームメイト。本能的に危険を察知し逃げようとする簪。だが態勢が悪かった。イスに座っているのと立っているのとでは、どちらの初動が早いかなど分かり切っている。
簪は逃げる間もなく捕獲され、問い詰められ、あっという間に洗いざらい吐かされてしまった。勿論彼女とて無抵抗ではなかったが、色々と際どいくすぐり攻撃の前には無力だった。
「――――――へぇ。薙原君と2人きりで、ハンガーで夜になるまでねぇ」
「誤解を招くような言い方しないで下さい」
「そんな気はないよ。人が興味を持ちそうな部分を抜き出しただけじゃないか」
「そういうのを扇動とか誘導とか曲解と言うんです」
「否定はしないよ。でも真面目な話、明日から気をつけた方が良いかもね。何せ学園一の有名人を独占してるんだから」
「分かってる」
更識簪にとって、他人の嫉妬やひがみはいつもの事だった。
姉の七光りと、何度言われたか分からない。
「なら良いの。――――――ところで彼、明日も来るの?」
「うん。明日も大丈夫かって聞かれたから、多分来ると思う」
この時のルームメイトの思考は、とても少女的で、そして腹黒かった。
(これはチャンス!! 手伝いにいけば、極自然に有名人とお近づきになれる!!)
簪の両手が、ガシッと握られる。
「ねぇ、私達って親友よね。そして親友を手伝うのは、人として自然で当然の事よね」
「う、うん」
何やら妙な迫力に後ずさる簪だが、両手を捕まれているので、ルームメイトとの距離は離れない。
「具体的には明日ハンガーに行っても良いよね? 雑用でも何でも手伝うからさ」
あからさま過ぎる自称親友の物言いに、つめた~~い視線が返される。
だがルームメイトはそんなの知ったことじゃないとばかりに、図太い神経で、「いいって言ってくれないと分かってるよね?」的な視線をつき返してくる。
「………………」
「………………」
見つめあったまま沈黙。服装がパジャマと下着なので、その光景だけを見れば百合的だが、互いの感情にそんなものは欠片も無かった。
そして更に数秒。簪が折れた。
「分かった。でも楽しくないかもしれないよ。訓練中とかの話、知ってるでしょう?」
「妥協しないってところ? うん。聞いてるよ。全然オッケー。だってそれって、媚びないで自然体で良いって事でしょ。アタシはそっちの方が楽で良いな」
簪がルームメイトとこんな話をしているその頃、晶の方は――――――。
◇
「これも上手くないな。じゃぁ次は…………」
束自宅の自室にて、
そんな事を延々と繰り返していると、タンクトップにショートパンツという、ラフな格好をした束が訪ねてきた。
「部屋にこもって、何してるの?」
「ちょっと第二世代機のアセンブル。同じ一年で、専用機を開発中の子がいてね。面白そうな機体構成してたから、ちょっと手伝ってるんだ」
「ふ~ん。どれどれ――――――」
束が横から画面を覗き見ると、眉間に少しシワが寄った。
「――――――コレ、打鉄弐式だよね。日本代表候補生の専用機になる予定の」
「知ってたのか」
「勿論。IS関連の情報は一通りチェックしてるからね。で、1つ聞いていい?」
「ん?」
「確か日本代表候補生って、
「まさか。出会ったのは偶然。手伝うのは、純粋に面白そうだったからさ」
「こんなの、ローテクの塊じゃないか。何処が面白いの?」
「限られた選択肢の中で、如何に強い機体を仕上げるか。そういうのを考えるのって、結構好きなんだ」
「なるほどね。でもやっぱり、所詮は第二世代機。第三世代機と張り合うのは――――――何これ?」
厳しい。
そう言おうとした束は、机の上にあった幾つかのメモとラフ画に目を止めた。
「それか? 打鉄弐式のフルアーマープラン」
「フルアーマー? フルスキンじゃなくて?」
「うん。フルアーマー。どうやらミサイルと荷電粒子砲で押すってのが基本コンセプトみたいだったから、いっそのこと砲台にしてしまえと思って」
「でもこれだと重過ぎない?」
「だからパージ前提。撃ち切るまでに決着が付かなかったら、フルアーマーをパージして近接格闘戦。第二世代でも余計な物が無ければ、それなりに速度は出るだろう」
「撃ち切る前に近付かれたらどうするの? フルアーマー状態で近接格闘戦が出来るとは思えないんだけど」
「フルアーマー各所に、
「なるほど。じゃぁもう1つ。フルアーマーの素材は何を考えてるの? 第三世代機と正面から撃ち合うなら、それ相応の防御力が必要だよ」
晶はニヤッと笑いながら答えた。
「有澤重工」
「へぇ、あそこの。凡人にしては良い仕事するところだもんね」
「だろう。明日営業の人に来てもらって、少し話そうかと思ってる」
「あれ、そこまでしてあげるの? 君が直接動くと、その子が色々大変だと思うけど」
言われてみれば、その通りだった。
今日会ったばかりの相手の為に、企業と渡りをつけるなんてやり過ぎだろう。
それに相手は更識楯無の妹。下手にそんな事をやれば、要らぬ誤解を招きかねない。
アセンブルが楽しくて、こんな事にも気付けないほど暴走していたらしい。
「…………それもそうだな」
「そうだよ。自分の事は自分でやらせないと」
至極もっともな言葉だが、束の心情的に、善意から出たものではなかった。
単純に僅かな時間とはいえ、自分の男を独占されるのが面白くなかったのだ。
「でもプラン出したの俺だしな。ここで放り出すのも………」
「放り出してなんていないよ。だって君が、アセンブルについて助言してるんでしょう? 実戦経験に裏打ちされた助言なんて、誰でも受けられるものじゃないんだ。君は十分、その子の為になる事をしているよ」
こう言われてしまえば、晶とて自分の意見を押し通すなど出来ない。
だが結果的にこの言葉が、簪を助ける事になった。
「分かった。助言だけにしておくよ」
「そうそう。そっちの方が良いよ」
笑顔でニッコリと笑いながら肯く束だが、内心にあったのは、小娘1人困ろうが知った事ではないという黒い笑み。
しかし晶自身がやりたいと思っている事を、止めてしまうのも本意ではなかった。
だから彼女は、その両方を満たす妥協案を用意した。
「私が言っているのは、度を過ぎた手伝いだからね。学園内で出来る、普通の、健全な、手伝いなら良いんだよ」
「束………」
「なにかなぁ~。その驚いたような顔は。私がそんな血も涙も無い人間だと思ってたの?」
「ま、まさか」
微妙に視線が泳ぐ晶に対し、ズイッと顔を近付ける束。
少し前かがみ気味なので、豊満な胸の谷間がよく見える。
そして彼女は、再び口を開いた。
「でも、これだけは覚えておいてね。君の近くに
笑顔の中に、有無を言わせない迫力があった。
だが同時に、こうまで言われて喜ばない男はいないだろう。
「ああ。分かったよ」
「本当? 君って、知らないうちに口説いてるからね。泥棒猫に、フランス代表候補生、イギリス代表候補生も怪しいし、私は気が気じゃないんだよ」
「うっ…………すまない」
「そう思うなら――――――」
束は、晶の膝の上に腰掛けた。
「――――――私が1番だって、ちゃんと証明してね」
そしてこの数日後、織斑千冬は
第66話に続く
原作の簪ちゃんに比べて少しアクティブな気がしないでもないですが、相手がメカについてそれなりに理解があるなら、作中のような事もあるんじゃないかと妄想してみました。