インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
八月。遅めの夏休みに入ったIS学園。
その第一アリーナでは、夏休み直前に試験運用という事で納入されたパワードスーツの、評価試験が行われていた。
外見はこの世界には無いゲーム、『Muv-Luv Alternative』に出てくる戦術機、Type-00“武御雷”。
まさしく侍と言った姿のそれぞれには、黒と紫のカラーリングが施され、アリーナ中央で向き合っていた。
搭乗者は薙原晶と織斑千冬。
元々この2人が試験を行う予定は無かったのだが、武御雷の近接特化というコンセプトに千冬が動かしてみたいと言い始め、そこに開発者として居合わせていた束が、「晶もやってみたら?」という一言で薙原も動かす事になった。
初めはただのデータ取りだった。
だが千冬が、「軽く流してみるか?」と薙原に声をかけたあたりから雲行きが怪しくなり始めた。
片やブレード一本で世界をとった“
片や篠ノ之束の護衛を務める“
2人とも理性的な人間なので、初めは本当に流しているだけだった。
だがお互いの反応の良さに、徐々にテンションが上がり始める。
IS VS NEXTでは機体の性能差からまともな戦いにはならないが、試験運用している
つまり、優劣は搭乗者本人の技量のみ。
そして繰り返すが、初めは本当にただのデータ取りだったのだが、気付けばいつの間にか模擬戦に発展し、ついには――――――。
(この化け物め!!)
とお互いが全く同じ事を思いながら、アリーナ中央で睨み合う状況に陥っていた。
しかしそれも、当人達にとってみれば無理からぬこと。
薙原晶にしてみれば、強化人間の反応速度と戦闘理論についてこれる奴なぞ、完全に人間止めてる化け物であり、織斑千冬にしてみれば、ブレード一本で世界をとった自分と近接格闘戦で張り合える奴など、久しく――――――どころかお目にかかった事の無い化け物であった。
「やるじゃないですか。織斑先生」
「貴様もな。私を前にここまで立っていられた奴は、モンドグロッソでもいなかったぞ」
互いに交わす言葉さえも、次の攻撃の為の準備に過ぎなかった。
何せ長いか短いかはさておき、15分を越える戦闘は開発者の束をして、想定を遥かに上回る負荷を機体に与えていた。
全身、特に各関節の人工筋肉は酷使された末に加熱・機能低下という悲鳴を上げ、腰部左右に1機ずつある
そんな中で2人は、勝つ為の手段を脳裏に思い描いていく。
ここから先は詰め将棋と同じ、一手でも間違えば勝利を逃す事になる。
互いに、ほぼ同時に加熱していた人工筋肉と
機体ダメージ的に、全力機動が可能なのは残り1回。だが2人には、それで十分だった。
むしろここで2回もぶつかれると思う程、2人の考えは甘くない。
「それじゃぁ――――――」
「――――――終わらせるか」
同時に構えた2機が、互いに申し合わせたかのように
機体が瞬く間に加速し、時速300kmを超える。
ISに比べれば遥かに遅い速度領域だが、歩兵として考えるなら破格の速度だ。
そしてここから先、途中まで互いが取った行動は全く同じだった。
突撃砲を撃ちながら突撃。
直撃弾をバレルロールで避わしながら更に接近。残弾が無くなったところで突撃砲投棄。
そうして至近距離に入ったところで、互いの行動が変わる。
互いに酷使され続けた長刀同士が激突するが、刃側面を打たれた
だが、これは折込済みの一手。
晶は左前腕部手甲に格納されている短刀をポップアップ。刃を横薙ぎにした慣性を使い、がら空きの頭部目掛けて左腕を突き入れる。
しかし対する千冬の反応も常人離れしたものだった。
長刀の切り返しが間に合わないと判断したのか、一切躊躇無く長刀を手放し、右腕手甲で突き入れられた刃を弾く。そうして反撃とばかりに左回し蹴り。脚部ブレードエッジが、黒の武御雷のわき腹にめり込む。
「っっっつう。だが、捕まえた!!」
「甘いなっ!!」
千冬は左脚を捕らえられたまま、左前腕部手甲に格納されている短刀をポップアップ。
この瞬間、晶は考えた。捕まえている左脚を離せばガード出来るだろう。
だが先の一撃で、もう機体にガタが来ていた。
ここで離せば、もう相手を捕まえられない。
どうする?
刹那にも満たない思考で、ここは無茶のしどきと判断。
捕らえていた左脚を離しガードすると同時に、跳躍ユニット最大出力で体当たり。
そのまま地面に押し倒しマウントポジションを取る
「殺った!!」
「私がな!!」
普通なら、千冬の言葉は負け惜しみとなるはずだった。
しかし彼女はここで驚くべき行動に出る。
何も装備されていない背部兵装担架をポップアップさせ、地面と機体との間にスペースを作り、稼動スペースを確保。
予想外の動きでバランスを崩した
鮮やかな倒立で起き上がりつつ両腕で地面を押し、反作用で空中へ飛び上がり更に反転。
脚を地面に向け、弾き飛ばされ体勢を立て直そうとしている
「私の勝ちだな」
「・・・・・・・・・・・・・・・降参だ。流石は織斑先生」
「何の、紙一重の勝負だった。次やればどうなるか分からん」
「実戦なら次なんて無い」
「そういう考えは嫌いじゃないが、これは試験だからな。次があるさ」
『そーだよねー。試験なんだよねーーー。ところで2人とも聞いていいかな?』
そこに、妙にご機嫌で不機嫌そうという訳の分からないテンションの通信が飛び込んできた。
パワードスーツ開発者の束だ。
『試験機って普通もうちょっと大事に扱うものだと思うんだけどさ。そのあたり2人ともどう思っているのかな? 凄いデータが取れたのは流石って思うけど、直す私の苦労もちょーーーーーーっと考えて欲しいなぁ~~~~』
『『あっ・・・・・・・・・』』
晶と千冬の声がハモる。
『2人ともそれが試験機だって事、途中から完全に忘れてたでしょ。良くも悪くも、記録更新のオンパレードだよ』
『悪い。つい・・・・・・』
『すまんな束。このパワードスーツ出来が良くてな』
『まぁ、性能を引き出すのがテストパイロットの役目だから、そういう意味では良いんだけどね。機体的にはオーバーホール確定かな。実機の状態が見たいから、一度ハンガーに戻ってくれないかな』
『『了解』』
こうしてIS学園への専用配備が予定されているパワードスーツ、Type-00“武御雷”の試験が順調に行われている頃、薙原晶の秘書という立場を手に入れた更識楯無は――――――。
◇
IS学園生徒会長室。
大企業の社長室にも見劣りしない広さと設備。そして格式を持つその部屋の主は朝からご機嫌だった。
というのも先日から薙原晶と一緒に行動し始めた事により、自身を取り巻く環境が劇的に良い方向へ変わり始めたからだ。
IS以上の力を持つNEXTの傍らに立ったという意味は、楯無が想像していた以上に大きかったらしい。
特に暗部を持つ更識にとって、その効果は絶大だった。
今まで敵対していた、或は中立を保っていた多くの組織が旗色を変えて更識の傘下へ。そうでない組織も多くの案件から手を引いてきた。更に言えば、こちらに協力したいという協力者も随分増えた。
勿論、本当に使えるかどうかの見極めは暫く必要だろうが、それでも更識の力が増すのは間違いない。
当主としては喜ばしい限りだった。
だがそれよりも、何よりも楯無が嬉しかったのは、お見合いの話がパッタリと無くなった事だった。今までは家の方から色々煩く言われてきたが、薙原のお手付きになったのを話したら、一切話が来なくなったのだ。
なので、
「………本当、薙原君様々よね」
という事を呟いてしまうくらい楯無は上機嫌だった。
だからだろうか。
生徒会会計にして側近の1人である
まぁ勿論、手心を加えるのはそれなりにメリットがあればこその話。
人間心に余裕があると、寛大になれるというのは本当らしい。
「――――――以上が、シャルロット・デュノアに対する動きです」
報告内容は以前から懸念されていたものだった。
すなわち、薙原晶に対するハニートラップ。
と言っても彼女自身の人格プロファイルは極めて良好だ。
穏やかで礼儀正しく、しかも容姿端麗で他人を立てられる協調性もあり社交的。加えて一歩引いた視点から、全体を見れるような広い視野も持ち合わせている。
今期1年生で何かと注目されるのは薙原晶と織斑一夏だが、専用機持ちがチームとして機能しているのは、彼女の功績が大きい。
そんな非の打ち所の無い彼女だが、実は実家と血縁関係に爆弾を抱えていた。
何せ実家はデュノア社。軍需産業に少し詳しい者なら、すぐにピンと来るだろう。
あの会社は今、瀬戸際なのだ。第二世代ISの傑作機ラファールを世に送り出したは良いが、続く第三世代機の開発が難航。
フランス政府は既に、第三世代機の開発に成功しなければ、資金援助の打ち切りを決定しているから、会社の焦りは相当なものだろう。
そして血縁関係。楯無としては別にどうでも良い話だが、彼女は現デュノア社社長、アレックス・デュノアが愛人に産ませた子なのだ。しかも面白い事に、アレックスは本妻よりも愛人の方に本気だったようで、手のかけ具合がまるで違う。
生活だけを見れば、本妻と愛人のある意味正しい姿だろう。本妻とその子供達は豪華な邸宅で、一流の使用人に囲まれ、身を有名ブランドの服と煌びやかな宝石で着飾り、子供が通うのは学費も格式も高い名門校、全てにおいて他人が羨む立派なものだ。
対してシャルロットの方は、自宅は不便な人里離れた山の麓。使用人なんて勿論いない。生活は質素。通っていた学校も普通の進学校。宝石も有名ブランドの服も持っていない。
だが少し調査すれば分かる。
シャルロットの母親が山の麓に移り住む直前、アレックスは都心の一等地の物件を押さえている。二人が住むのに丁度良さそうな優良物件だ。一般人から見たら少々お高い物件だが、アレックスの財力を考えれば何も問題は無い。
しかし母親は不便な山の麓に移り住んだ。
これだけなら楯無も、孕ませた愛人に対する義理や責任といった程度で片付けただろう。
が、その後母親が移り住んだ場所で起きた変化を追っていけば、アレックスが愛人にどれだけ入れ込んでいたのかは一目瞭然だった。
何せ毎年寄付という名目で随分な額を、その地域の警察に装備込みで降ろしている。治安そのものを向上させる事で母親の安全を護るという、巨大企業の社長にしか出来ないような荒業だ。
これだけで本妻が毎年浪費している額を軽く三桁ばかり上回るが、やっていたのはそれだけじゃない。
片田舎の生活でも不便が無いように、小さくても良いから店を持ちたいという人間のスポンサーになって出店を後押しし、母親が遠くまで買い物に行かなくて良いようにしている。シャルロットの通う学校の教員も、彼女の入学を機に随分と良い人間が入っていた。
正直ここまでやられたら、どっちを強く思っているかなんて、言うまでも無いだろう。
しかし愛人の為にここまでしたアレックスだが、本妻を無下に出来ない理由があった。
それは開発資金。調査によればラファール開発時、完成に漕ぎ着ける為に、どうしても本妻の実家の資金力が必要だったらしい。
恐らく苦汁の決断だったに違いない。
会社の命運を握る新型機か、惚れ込んだ女か。
結果、アレックスは会社を取った。
(だけどここまでしたのなら、最後まで愛人と娘の存在は隠し通しても良さそうだけど………)
ふとそんな疑問が思い浮かぶが、答えはすぐに出た。
女尊男卑の世の中だ。
男の社長より、金を握っている社長夫人にすり寄る人間がいてもおかしくない。
部下に裏切られたか、それとも秘密を知る部下が篭絡されたか、そんなところだろう。可哀想に・・・・・・・・・・・・。
「ではお嬢様、シャルロットへの対応は如何致しましょうか?」
執務用の机を挟んで前に立つ虚の問いに、楯無はしばし考えた後に、こう答えた。
「私に預けてくれないかしら。彼女の立場と功績を考えると、問答無用の排除というのは少々惜しいわ」
「分かりました。ですが大丈夫でしょうか? 今回シャルロットへの命令に使われたルートは、秘匿回線のセキュリティ強度としては並です。他の場所で使うならまだしも、この諜報合戦が行われているIS学園で使うには心許ないというくらい、軍需産業の人間なら分かっていないはずがありません。私としては、意図的に漏らされた情報ではないかと思うのですが………」
虚の心配も、楯無には十分理解出来た。
意図的に情報を漏らして、或はリークして、自分の手を汚さず邪魔者を排除したり目的を達成するのは、暗部の人間にとって日常的な手段だ。
いや、この程度は一般企業だってやっているだろう。だが今回の件について言うなら、楯無は心配無いとみていた。
「調査結果から見るに、アレックス・デュノアは経営者としてそれなりに優秀。かつ、この男は軍需産業にドップリ浸かっている人間よ。当然、盗聴の危険性も十分に理解しているはずだわ。にも関わらず娘にハニートラップをしろだなんて命令が、その程度の回線を使って下された。…………まず社長の意図では無いでしょうね。こんな噂、流れただけでも大スキャンダルなのは確実。下手をすればそのまま破滅。余りにも悪手だわ。だからこの命令は恐らく社長に失脚して欲しい人か、手っ取り早くお金稼ぎしたい人の独断でしょうね」
「外部犯の可能性は?」
「無くはないけど、流石に代表候補生への直通回線を、外部に知られるようなヘマはしないでしょう」
「確かにそうですね。となれば内部の、それも代表候補生に関われる高位権限を持つ者ですか」
「そうなるわね。でも、もう少し絞り込めると思わない?」
ニッコリとした笑みを浮かべた楯無の問いに、虚は首を捻る。
これ以上となると、本格的な調査が必要と思われるが………。
「分からない? まぁここから先は私の勘だけど、本妻の方って凄く怪しいと思わない?」
「何故でしょうか? 夫人が謀略家だという話は聞きま――――――あっ!?」
否定仕掛けたところで、虚の脳裏にとある推測が閃いた。
確か本妻の実家は資産家。蝶よ花よと育てられた我が侭娘。
もしかして、謀略に通じていない素人?
素人にとって秘匿回線というのは、イコール安全な回線という考えでは?
セキュリティ強度という考えが無い?
素人にとってIS学園はただの学校。盗聴の危険性を考えなかった?
いやまさか? だがしかし………。
虚の中で、様々な情報が組合わさっていく。
「確かにそう考えれば……」
「でしょう。だから私はね、命令の発信元は社長夫人じゃないかと思っているの。NEXTの傍らに居るにも関わらず、いつまで経ってもお金になる情報をあげてこない事に痺れを切らしたんでしょうね。何せドイツは篠ノ之束との取引に、成功してるんですもの」
「加えてデュノア社は今、統合防衛計画“イグニッションプラン”に取り残され、第三世代機の開発も難航。焦る理由としては十分ですね」
「ええ。でも明らかに切るカードを間違えたわね。ハニートラップなんて諸刃の剣なのに。素人がでしゃばるから」
これで話は終わりとばかりに、楯無がそんな言葉を吐き捨てる。
するとその雰囲気を敏感に察知した
尤もその方法は、多分に趣味的であったが――――――。
「お嬢様はプロですからね。成功するって信じてましたよ。ところでどうでしたか?
瞬間、ボンッと顔が赤くなる楯無。
「あ、あああ、アレは違うわよ!! ハニートラップなんていう如何わしいものじゃなくて、気持ちを伝えた結果そうなっただけで、男女の自然な成り行きよ!!」
必死に自分の行為を正当化する楯無だったが、使用人も兼ねる虚には色々と筒抜けだった。
「お嬢様。お勉強をされるのは大変結構ですが、本をベッドの下に
「う、うううう、虚!?」
サラッと出てきた爆弾発言に大いに狽える楯無だが、心優しい忠臣の忠告は更に続いた。
「あと御召物は、余り派手なのは逆に喜ばれないというのを聞いた事がありますので、やるなら徐々に変えていった方が良いかと思います」
「ど、どこまで見てるのよ!?」
「お部屋を掃除させて頂いた時に色々と。主の役に立ってこその忠臣ですので」
これが違う場面での台詞だったなら、楯無も大いに喜んだだろう。
だが
かなり切実に物凄くとっても恥ずかしい事この上ない。
なので楯無は、虚に彼氏が出来たら絶対今日の仕返しで弄り倒してやろうと、固く心に誓うのだった――――――。
第55話に続く