インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
月の無い夜よりも尚暗い部屋の中、無機質な光沢を放つ円卓と、周囲に浮かぶ6つのモノリス。
それぞれが放つ淡い光が、既に全員が出席している事を示していた。
「………さて、では始めようか」
議長役たるナンバー1の発言。
自然と、無機物しか存在しない部屋であるにも関わらず緊張感が満ちる。
「案件は既に説明するまでもあるまい。先日のPMC基地消滅の一件についてだ。まずは被害報告を」
「損害率100% 基地は基幹ブロックを含め完全消滅。自社・委託問わずその場にあった人員と装備は全て損失。被害総額累計は2000億ドルを越える。他にも――――――」
ナンバー5が、巨額の損失を次々と読み上げていく。
だがこの程度の情報、ここにいるメンバーが知らないはずが無かった。
故に、再確認以上の意味は無い。
「2000億ドル。中々大した損害だな。例によって証拠は無いが、状況的に
軽い口調で発言したのはナンバー2。
表で言うには問題のある台詞だが、この場にそんな事を気にする人間はいなかった。
だが、別の理由から反対する者はいた。ナンバー3だ。
「別に潰す方向で考えなくても良いんじゃないかしら? 今更言うまでも無いけど、彼女は金の成る木、金の卵を生む鶏、葬るのは惜しいと思うのだけど」
「あれほどの損害を受けてもか?」
「そうよ」
ナンバー6の言葉に、ナンバー3は事も無げに言い切った。
一企業としてみれば2000億ドルという損害は桁外れだが、
そしてナンバー3の言葉は更に続く。
「大体、今潰したら発電衛星が作られないじゃない。企業の技術力でも作れなくはないでしょうけど、完成度という点で届かない。それに、衛星を作るのは彼女だけど、それを供給する為のインフラはこっちが握ってるのよ。タダの電力でお金を取れるなんて最高じゃない」
「報復はしないのか?」
ナンバー4の言葉に、ナンバー3は方針転換という形で答えた。
「私達は企業よ。損害以上の利益が見込めるなら、手を組むのが普通じゃない? それともたかが一万ちょっとの命で、怨恨を覚えるような人間がこの場にいるのかしら? いないでしょう? 金こそ力、金こそ全て。私達が彼女を狙った理由は何? ISという金の成る木を独占する為でしょう。でもNEXTがいる限り、それは叶わない。だけどそれは、私達以外の誰もが同じ。なら下手な闘争で体力をすり減らすより、より確実な金儲けに体力を使うべきじゃないかしら?」
人の命を駒としか見ていない冷酷な言葉だが、この場においては至極真っ当な、そして説得力のある言葉だった。
「確かに一理ある。ドイツの一件でも思ったが、どうやらNEXTは、“やる”と言った以上は本当にやるタイプらしいな。表に出てきた時に言った言葉、『俺はあらゆる手段を使って潰しにいく。組織も国境も国も関係無い。立ち塞がるものは全て粉砕してだ』なんて口先だけだと思っていたが、どうして中々。あそこまで殺れる人間はそういないだろう」
ナンバー2が、ナンバー3の言葉に理解を示した。
それを切っ掛けに、会議は徐々に方針転換へと話が流れ始めたが、それでは収まりの付かない者が1人いた。
消滅したPMC基地を抱え、そこから莫大な利益を得ていたナンバー6だ。
「ちょっと待て。あれほどの事をやられて本当に引き下がる気か?」
「本気も何も、利益が見込め無いもの。続ける意味なんて無いでしょう? それとも、アレに手を出して何か利益が見込めるのかしら?」
「面子の問題だ。あれほどの事をされて何もせずに引き下がるなど、今後に関わる」
「そう? むしろ今回の一件で、付き合いを考える輩の方が多いと思うわよ」
「どういう意味だ?」
明らかに苛立ちを感じさせる声。
「そのままの意味よ。今回の一件で、向こうは明確な意志を示したわ。人の脳髄を使うような無人機の存在は許さない。何があろうと、どれだけ無関係な人間を巻き込もうと、潰すという意志をね。――――――じゃぁここで質問。ここまで躊躇無くやった奴等が、本社を物理的に消滅させに来ない可能性は無いのかしら?」
この問いは、ここではない別の世界であった戦争。国家解体戦争終結後、全ての企業が抱いた恐怖だった。
単機一軍に匹敵する打撃力を誇るネクストは、その性能に反比例してフットワークが軽い。
通常兵器で構成された大軍に比べ、動かすのに必要な手続きというのが圧倒的に少なかった。
故に防衛側は常に後手。仮にネクストの出撃を察知出来ても、十分な防衛網を構築する時間が無い。
結果、なす術も無く蹂躙される。
これはあの世界で、全ての企業が抱いた恐怖だった。
「―――無い。とは言い切れないな」
「でしょう。それに勘違いしないで欲しいのだけど、引き下がると諦めるは別でしょう?」
「確かにな」
「それに、基地が消滅したのは丁度良かったんじゃないかしら? あの地域の戦力消滅は、間違いなく火種よ。今までPMCの力で抑えていた反動勢力が動き出すから、武器が飛ぶように売れるわよ」
「だが所詮はテロリストやマフィア。商売相手としてはな」
「それは大丈夫だろう」
口を挟んだのはナンバー5。
「PMC基地の消滅を受けて、恐らく国連から治安維持部隊が派遣される事になるだろうが、IS持ちの国は、こぞって部隊を出したがっている」
この言葉で事情を理解したナンバー6は矛を収めた。
「なるほど。焦っているんだな」
「NEXTと関わっている専用機持ち達。その母国である日本、フランス、イギリス、ドイツ、中国は日々ISデータの蓄積が進んでいるが、他の国々は違う。実戦データに餓えている」
「火種があれば、治安維持の名目で実働データが取れる、か。――――――ついでに対立でも煽って、代理戦争でもさせるか?」
「なら、まずは盛大に治安を悪化させるか。後、今まであの地域のPMCに注ぎ込んでいた予算を別の部門に回そう」
ナンバー2の言葉に、ナンバー6が同意。
「注ぎ込むのは、先日立ち上がったアレか?」
ナンバー5の言葉に、再度ナンバー6が口を開いた。
「ああ。プロジェクト“アームズフォート”。ISを物量で圧殺するというのは面白い発想だ」
こうしてNEXTの行動は、この世界の導火線に火を付けてしまった。
薙原晶というイレギュラーさえ居なければ、起きなかったはずの経済戦争。
今後どこからともなく武器が流れ込み、煽られた対立が戦火が拡大し、悪化した治安が更なる武器を要求する。
そこは巨大な
命を対価に巨額の金が動く穢れた楽園。
世界中にいる武器商人達が、こんな魅力的な場所を見逃すはずが無かった――――――。
◇
一方その頃、導火線に火を付けてしまった当人達は――――――。
「晶、なに難しい顔してるの?」
束の自宅。そのリビングのソファで考え事をしていた晶に、束が声をかけていた。
ウサミミバンドはいつものスタイルだが、夏が近付いてきたせいかベージューのブラウスに、赤と黒のチェックのミニスカートという薄着な格好。
スラッと伸びた脚のラインがとても綺麗だった。
「いや、大した事じゃないんだけどな。この世界ってISの下位互換。戦闘用とか工業用パワードスーツが無いなぁって思ってさ。今あるのって、せいぜい介護用くらいだろう?」
「そう言えばそうだね。ISを出した時に誰か作ると思ったんだけど、どうしてだろう? 計画くらいしか聞いた事ないなぁ」
「計画はあったんだ?」
晶は近付いて来た束の腰を、引き寄せながら聞いてみた。
「ん、もう。――――――うん。何年か前に何処かの企業がプロトタイプを作ったって聞いたきりかな」
抱き寄せられるままに、ソファに腰を下ろした束の髪がサラサラと流れる。
「そうか。その後話が無いって事は頓挫したのかな?」
「多分ね。どんな駆動方式を選んだかは知らないけど、バッテリーとかジェネレーターの小型・高出力化が出来なかったんじゃないかな? 他の技術はISから殆ど流用出来るはずだし」
晶は寄り掛かる柔らかい温もりを感じながら、ふと思い付いた事を言ってみた。
「いっその事、作ってみないか?」
「私が?」
「ああ。思ったんだけどさ、仮にスペースコロニーとか宇宙都市を建造するとしたら、労働者に作業用の宇宙服を配らないといけないよな」
「そうだね」
「でもIS程、高性能じゃなくてもいいよな」
「・・・・・・・・・確かに、そうだね」
束は盲点だったと言わんばかりの、キョトンとした顔で肯いた。
「ならさ、住み分けって必要だと思うんだ。強いISは危険領域での活動用。安くて大量に作れるパワードスーツは普通の船外活動用って感じで。どうかな?」
「確かにそうだね。宇宙の事を考えるなら、そういう物があった方がいいよね。うん。早速作ろう!! どんなのが良いかな? そういう話をしたんだ。何か案があるんでしょ?」
下から上目遣いで覗き込む彼女。
好奇心に満ちた声に、晶は少々悪乗りしてしまった。
思い出したのは、この世界に来る前に好きだったゲーム。
――――――Muv-Luv Alternative
どんなゲームかはさておき、そのゲームに出てくる戦術機という人型メカが大好きだった。
なので幾つか、機体のイラストを描いて渡してみたところ、意外な事に一番高評価だったのはF-4“撃震”。
Muv-Luvというゲームの中じゃ、最初期に作られた量産機だ
「これが良いかな。頑丈そうで重機の代わりになりそう。大量生産品なら、安い・頑丈・使い易いって大事だもんね」
だがそれとは別に、気に入った機体もあったようだった。
それはType-00“武御雷”。
「全身がブレードエッジ装甲の近接機体かぁ。ちーちゃんに似合いそうだな」
「作ったとして、受け取ってくれるのか?」
「この前、臨海学校の時にISあげるって言ったら怒られちゃった」
「理由は想像付くけどな」
「その時何て言ったと思う? 『世界バランスを崩すような超兵器をポンポン作るな』だよ。ちーちゃん酷いなぁ」
「今回ばかりは織斑先生に同意する。お前、渡すなら全力で作るだろう?」
すると束は細く綺麗な指を握り締め、素晴らしくイイ笑顔で迷い無く言い切った。
「勿論!! 紅椿や白式・雪羅を凌ぐ最高傑作にするよ!!」
「その時点でアウトだろうが。今の紅椿や白式・雪羅でも、既存ISを置き去りにしてるんだぞ」
そしてダメ出しすると、しょんぼり拗ねた。
「むぅ~。この前の火事みたいに、何かあったら危険じゃないか」
「以前箒さんに渡した、小型エネルギーシールドは?」
「臨海学校の時に、ペンダント型のを渡したよ」
「ならそれで良いと思うんだけどな」
「良くないよ。いっくんも箒ちゃんもIS持ってるから安全だけど、ちーちゃんだけ持ってないんだよ。悪い人に狙われたらどうするのさ」
「新型を渡すって事は、産業スパイを引き寄せるって事だ。ましてお前手作りのワンオフ機。手癖の悪い連中をおびき寄せるには十分過ぎる。逆に危険に晒すぞ」
「ん~~~~~~~~~~。仕方ないかなぁ・・・・・・・・・・・・・・・」
暫く唸り、諦めたかに思えた束だったが、ふと思いついたように両手を叩いた。
「そうだ!!」
「どうした?」
「ちーちゃんの今の役職って教師でもあるけど、IS学園の警備責任者でもあったよね?」
「ああ。そうだが――――――ってまさか」
「そのまさか。学園でちょっと使ってもらおうかな。IS程の性能が無いなら、そんなに使用制限も厳しくならないよね」
何やら妙なスイッチが入ってしまった束の雰囲気に、晶は思わず頷いてしまった。
「あ、ああ。だけど、そんな簡単に」
「出来るよ。学園側だってジレンマを持っているはずさ。――――――ISを動かすには大袈裟。でも生身では危険。そんな事は沢山あるでしょ? だから提供してあげるの」
「という名目で、織斑先生が使えるようにするんだな」
「勿論!!」
「まぁ、そういう名目なら学園側も断らないか。明日織斑先生に話を通してみるよ」
「お願いね。――――――と、そうだ。これのパイロットスーツってどんなの?」
束としては無かったら無かったで、ISスーツを流用すれば良いだけの話だった。
なのでとりあえず聞いてみた、という程度の疑問。
だが返ってきた返事は、実に具体的なものだった。
「ああ、そうだな。そっちも必要だったな。えーと、確かこんなデザインで性能は――――――」
そうして晶は何を思ったか、束をモデルにして
ISが持っている能力に比べれば、数段以上その性能は落ちるが、それはISの能力が突き抜けているだけであって、個人用スーツとして見れば破格の性能だ。
耐G・耐衝撃・耐弾・耐刃から耐熱耐寒、抗化学物質だけでなく、バイタルモニターから体温・湿度調節機能、カウンターショック等の生命維持機能まで備えていて、尚且つ動き易いスーツなど、この世界には存在しない。
「凄い性能。まぁ作れなくは無いけど。だけどこれ・・・・・・・・・・・・ちょっとエッチじゃない?」
イラストを受け取った束が、顔を赤くしながらジトッとした目で晶を見た。
何せこの
露出度的にはISスーツの方が多いのだが、体にフィットしているピッチリ感が、いやに肉感的だった。
しかし描いた当人は、これが世界中に普及したら嬉しいなぁ~という邪念に実に忠実だった。
なので、全く何でも無い事のように答える。
「そうか? スキューバダイビングで使うスーツと変わらないと思うけどな」
「うーーーん。まぁ、それもそうか。一度作ってみるね」
「頼むよ」
こうして後日、織斑千冬との交渉を経て試験運用という形で、F-4“撃震”とType-00“武御雷”の外見をしたパワードスーツが、IS学園で使用される事となった。
評価は上々で、このパワードスーツの存在は、瞬く間に学園外に広がっていった。
そして束は関連技術の特許を取った後、F-4“撃震”と
安く・頑丈で・使い易いこれら技術は、様々な分野で瞬く間に普及していった。
勿論、争いにも――――――。
第54話に続く