インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
「――――――それじゃ、説明を始めるね」
大型モニターの傍らに立つ束が、普段と何ら変わり無い口調で始めたブリーフィング。
だがその内容は、過激の一言に尽きた。
作戦目標は南極や学園で戦った無人ISとその潜水母艦。及び、寄航しているPMC基地の完全破壊。
束はこの獲物をよっぽど逃したくないのか、詳細な情報を調べ上げていた。
艦の性能に始まり、航行ルート、作戦履歴、搭乗人員、基地の内部構造から警備状況、近隣に及ぼしている影響など、情報という点では完全に丸裸と言えるレベルだ。
「――――――OK。とりあえず目標については分かった。で、どう攻略するんだ?」
「難しい事は何も無いよ。私が早期警戒レーダーと通信網を麻痺させるから、その隙に君がVOBで突入して叩く。それだけ」
「なるほど。確かに簡単だが、どの程度ジャミングをかけてられる?」
「300秒ってところかな。この基地、それなりに広いけど足りる?」
「十分だ」
モニターに映し出されるPMC基地は、大きく2つのブロックに分かれていた。
まず
潜水母艦は現在ドッグに格納されているようだが、NEXTの火力ならドッグごと叩き潰せるので問題無い。
港の方は軍用港に準じた施工が施されており、停泊中艦船の殆どが軍用艦。
その種類は様々で、航空母艦、強襲揚陸艦、戦艦、巡洋艦、駆逐艦、フリゲート艦、潜水艦など、ISの登場で旧世代兵器として払い下げられた艦の数々。
「さながら博覧会だな。――――――ところで、あれは? この世界の兵器については一通り調べてあるが、見たことがないな」
晶がMAP上で示した箇所に、“セントエルモ”と表示されている艦が二隻。
「これ? ISのおかげで不遇の扱いを受けていた新造艦。米軍が開発したんだけど、実戦データが欲しくて貸し出されているみたい。他の艦とは一線を画す能力を持っているから、一応気をつけてね」
艦の詳細なデータが表示される。
高出力連装エネルギースナイパーキャノン。濃密な弾幕を形成するCIWS。垂直発射型のミサイル群。広域破壊兵器であるヒュージミサイル。そして何より、艦という巨大な積載量と大出力リアクターが実現する、対IS兵器用の特殊複合装甲と大出力エネルギーシールド。
既存の艦艇とは一線を画する強力な艦だった。
もしかしたら、ISとも戦えるかもしれない。
だが
「なるほど。確かに強力だな。でもそれだけだ」
「でしょう」
次に視線を移したのは空港ブロック。
ここにある兵器群もISの登場により、旧世代兵器として払い下げられたものだが、その能力は一線級のものが揃っていた。
F-22“ラプター”こそ無いものの、F-15E“ストライク・イーグル”、F-16“ファイティング・ファルコン"、A-10“サンダーボルトⅡ"、B-1B“ランサー”戦略爆撃機、AH-64“ロングボウ・アパッチ”など、充実の航空戦力。
そしてこれら戦力は、先の洋上戦力と合わせて政情が不安定な国々に貸し出され、経済戦争により莫大な利益を生み出していた。
何せISという超兵器は、その性能故に滅多な事では戦場に出てこない。
小競り合い程度なら尚更だ。
そこに企業は目を付けた。
これほどの戦力を自国で揃えるとなれば莫大な金がかかるが、レンタルなら資金は少なくて済む。
出費は最小限に、そして自身の権力基盤は固めたい独裁者達は、喜んで金を払っていた。
そうして支配力を強めた権力者は、企業から離れられなくなる。
結果出来上がるのは、企業の傀儡国家だ。
「――――――しかしよくもまぁ、これだけ揃えたな」
「国の軍隊は動かせなくても、一企業の経済活動なら国は滅多な事じゃ口出ししない。それを逆手にとった、実質的な軍の派遣だよ」
「企業人が考えるのは、何処の世界でも同じか」
「利益が出るならどんな事でもするって事?」
「ああ。だが俺みたいな素人でも思い付くくらいだ。金のプロが考えないはずないさ」
「でも、今日この基地は消え失せる」
「跡形も無くな」
お互いに、何故かニヤリ。
2人ともこれから行おうとしている事が、世間一般では、決して認められない類のものである事は自覚していた。
実行した場合、決して少なくない死者が出る事も理解していた。
だがそれ以上に、敵に手心を加えるような神経を2人は持ち合わせていなかった。
叩ける時は徹底的に叩く。
半端な攻撃など逆効果。
一撃で相手の戦意をへし折り、誰を相手にしたのか分からせる。
反撃なんて許さないし、させる気も無い。
対等の戦い? 正々堂々?
そんな物ドブに捨ててしまえ。
先手必勝。
失いたくないものがあるなら、敵は叩ける時に最大限叩く。
これが二人の共通認識。
故に殲滅戦は、必然的な選択だった。
◇
北緯3度。東経65度。アラビア海。
月明かりすら無い暗闇の中、背中にVOBの力強い加速を感じながら晶は、作戦前の最終チェックを始めた。
―――SYSTEM CHECK START
→HEAD:063AN02・・・・・・・・・・・・・OK
→CORE:EKHAZAR-CORE ・・・・・・OK
→ARMS:AM-LANCEL・・・・・・・・・・OK
→LEGS:WHITE-GLINT/LEGS ・・・OK
→R ARM UNIT :
→L ARM UNIT :
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
→SHOULDER UNIT :
→R HANGER UNIT :-
→L HANGER UNIT :-
―――STABILIZER
→CORE R LOWER :03-AALIYAH/CLS1・・・・・OK
→CORE L LOWER :03-AALIYAH/CLS1・・・・・OK
→LEGS BACK :HILBERT-G7-LBSA ・・・・・OK
→LEGS R UPPER :04-ALICIA/LUS2 ・・・・・・・OK
→LEGS L UPPER :04-ALICIA/LUS2 ・・・・・・・OK
→LEGS R MIDDLE:LG-HOGIRE-OPK01・・・・・OK
→LEGS L MIDDLE:LG-HOGIRE-OPK01・・・・・OK
―――
→
―――VANGUARD OVERED BOOST
→MAIN BOOST-1・・・・OK
→MAIN BOOST-2・・・・OK
→MAIN BOOST-3・・・・OK
→MAIN BOOST-4・・・・OK
→MAIN BOOST-5・・・・OK
→SUB BOOST-1 ・・・・OK
→SUB BOOST-2 ・・・・OK
→SUB BOOST-3 ・・・・OK
→SUB BOOST-4 ・・・・OK
→SUB BOOST-5 ・・・・OK
→SUB BOOST-6 ・・・・OK
→SUB BOOST-7 ・・・・OK
→SUB BOOST-8 ・・・・OK
―――SYSTEM CHECK ALL CLEAR
『こちらNEXT。最終チェッククリア。もうじき作戦領域に突入する。そっちの準備は?』
『いつでもオーケーだよ。君が向こうの索敵圏内に入ると同時にジャミング開始。300秒、あの基地は電子的に孤立する』
『予定通りだな』
そう言いながら晶は、全武装のセーフティを解除。
ここでは無い別の世界で、フラッグシップ級
アナクロなロケット兵器と侮る無かれ。
確かに真っ直ぐにしか飛ばない無誘導兵器。使い辛さは相当なものだ。
だがその欠点は、強化人間のサイティング能力を持ってすればどうとでも対処出来る。
水平線の彼方に光が、ポツリポツリと見え始めた。目標がいるPMC基地の光だ。
『じゃぁ、頑張ってね』
『ああ、任せろ』
作戦領域に突入。
視界の片隅でカウントダウンが始まり、晶は機体を爆撃コースに乗せた。
まずはファーストアタックで、基地を横断する絨毯爆撃。
目標は突入ライン上に並んでいる幾つかの艦船、レーダーサイト、武器庫、管制塔、滑走路。
夜間なので視界は殆ど無いが、ハイパーセンサーは基地の姿を鮮明に捉えていた。
そうして、ついに舞台の幕は切って落される。
ここでは無い別の世界で最強の単体戦力として君臨した“ネクスト”が、この世界最高の
個を磨り潰す為の群が、逆に磨り潰される理不尽を。
個が群を蹂躙するという、圧倒的な暴力を。
幾百幾千の命が、只一個人によって塵芥と消える現実を。
―――トリガー。
NEXTの両腕両背部に装備されたロケット砲は、ただ一発でさえ艦船を一撃で破壊してのける。
それが次々と放たれ、基地に突き刺さる。
立ち昇る火柱と荒れ狂う爆炎。
頑強な装甲を持つはずの艦船は、
そして武器庫は中にあった弾薬に引火。誘爆に次ぐ誘爆を繰り返し、更なる破壊を周囲に撒き散らす。
管制塔は木っ端微塵に砕け散り、レーダーサイトは飴細工のように
滑走路には大穴が開き、航空機の離発着はVTOL機でもなければ不可能だ。
だがこの程度は、まだ始まりに過ぎなかった。
『――――――VOB、リリース』
→R ARM UNIT :
→L ARM UNIT :
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
→SHOULDER UNIT:GU
ドッグに入っている潜水母艦を叩く前に、強力な通信装備と索敵能力を持つ他の艦船を叩く。
立ち直らせる時間なんて与えてやらない。
ロケット砲以上の爆発力を持つグレネードが、停泊中の艦船・潜水艦を蹂躙していく。
更に発射されたプラズマ弾が着弾。
発生したECMが周囲の電子機器を根こそぎ機能停止に追い込んでいく。
結果通信手段を奪われた事により、至近距離での連携行動すら出来なくなった群体は、無力でひ弱な個体へと成り下がる。
だがそんな中、未だ戦闘能力を維持している艦があった。“セントエルモ”だ。
対IS兵器用特殊複合装甲と大出力エネルギーシールドのお蔭で、ファーストアタックを生き延びたらしい。
『ロケットの直撃を受けて沈んでいないか。流石は新造艦。大した防御力だ』
『大きいだけのデカブツだよ』
『デカブツにはデカブツの意地があるんだろうさ』
話している間に
※1:VLS=垂直発射型ミサイル
『ほぉ? 立ち直りが早いな』
言葉とは裏腹に、晶は冷静にGU
上方にばら撒かれたフレアを、ミサイル群は標的と誤認。空中に無数の爆光が煌く。
その隙に、NEXTは
グレネード×2、プラズマライフル×2のフルファイア。
叩き付けられた過剰な火力が、大出力エネルギーシールドを難なくダウンさせ、対IS兵器用特殊複合装甲を蒸発させ、内部を侵食していく。
そして搭載されている
誘爆した瞬間には、もう一隻の“セントエルモ”直上にポジショニング。
今度は
船体内部で誘爆を繰り返し、ついには艦のダメージコントロールを上回り、船体が真っ二つにへし折れる。
『――――――脆いな。AFの足元にも及ばない』
『流石に、それと比べるのは可哀想だと思うよ。――――――晶、無人機が上がってきた。勿論、全機撃破だよ』
『分かってる』
レーダー上に新たな光点が10。
ここで晶は全武装をリリースし、新たな武装をコール。
→R ARM UNIT :07
→L ARM UNIT :07
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
※2:ローゼンタール社製追加ブースター(ムック本より。型式番号を本作独自)
呼び出されたのは、近接兵装最強の一角を担うムーンライト。
そして、ローゼンタール社が設計のみを行ったという試作追加ブースター。
優美さと堅実さを旨とするローゼンタール社らしく、その形状は翼。
しかしその性能は、ローゼンタール社らしくない狂気の仕様だった。
片翼4発。計8発の追加ブースターは、重量級ネクストですら軽量級と同等の加速性能を実現するというカタログスペック。
そして束は、それを忠実に再現した。
ブースター炎が煌く。
瞬間、距離という盾を踏み潰し、NEXTは無人機の懐に入り込んでいた。
振るわれた二刀のムーンライトが、エネルギーシールドを紙よりも容易く引き裂き、機体を両断する。
有人機ならば、余りの性能差に狽えるところだろう。
だが無人機は、プログラムに従い機械的にNEXTの武装を分析。
近接兵装しか装備していない事を突き止めると散開。
距離を取り、包囲射撃戦にて撃破しようとしてきた。
『――――――このNEXTを相手に、無駄な事を』
吐き捨てるような言葉と共に、晶は加速。もう一機が両断される。
そして今日、この男は出し惜しみをする気は無かった。
無人機に対し距離のある状態で、無造作に両腕を振るう。
初めから“リンクス”だった人間は知らないかもしれない。
しかし、“レイヴン”ならば知っている。
かつてハイエンドノーマルに乗っていた者達にとって、一撃必殺の代名詞。
強化人間の固有能力。ブレード光波。
振られた腕の軌道に沿って形成された半月状のエネルギーブレードが飛翔。
遠く離れているはずの無人機を両断する。
『残り6か。丁度良い』
『何が丁度良いの?』
『マルチロックの試し撃ちさ』
そう言うとNEXTは垂直上昇。
と同時に武装変更。
→R BACK UNIT:
→L BACK UNIT:
背中に現れるのは、カラードランクNo.5 ノブリス・オブリージュ専用武装。
片翼3門、計6門。“破壊天使砲”の異名を持つ多連装レーザーキャノンが展開され、眼下の無人機を捉える。
回避機動に入ったようだが、もう遅い。NEXTの捕捉性能は、無人機程度が振り切れる程甘く無い。
一門一門の射角調整が瞬時に行われ、全6機をロック。
周囲の空気がプラズマ化する程のエネルギーが砲身に注ぎ込まれる。
『くたばれ』
撃ち降ろされる破壊の奔流。
6本の光の柱が無人機を蹂躙し、消し飛ばし、それでも尚衰えず基地に突き刺さる。
直下にあった建物は最上層から最下層まで貫通され、エネルギーの余波で内部の人間は、自身の身に何が起こったかを理解する間も無く全て蒸発した。
砲身が折り畳まれ、次の武装がコールされる。
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
→SHOULDER UNIT:M
MAP上に存在する破壊目標の位置情報が、ミサイルに入力される。
特に今作戦の破壊目標である潜水母艦のいるドックには、ZINCを5発ばかりブチ込んでおく。
これならドッグがどれだけ硬くても、どんな装甲防御を持っていようが関係無い。
そして残りを他の破壊目標、司令部、兵員宿舎、飛び立てなかった航空兵器、束のジャミングとプラズマライフルのECMで稼動出来なかった対空システム群にセット。
発射された計442発のミサイルが、抗う術を持たない目標に突き刺さっていく。
『―――――――――全地上目標の撃破を確認。後は、最後の仕上げだね』
『ああ。そうだな』
晶は最後に、もう1つ武装をコール。
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
呼び出されたのは、背部両スロットを使用する特大のグレネード。
都市一区画を一撃に更地にしてのけるという大艦巨砲主義の極み。
その制圧力は普及型AFに匹敵するという、カラードランクNo.16 雷電の主兵装。――――――“老神”。
折り畳まれていた長大な砲身がゆっくりと展開され、既に廃墟と化しているPMC基地に向けられる。
迷う事なく引かれるトリガー。
放たれる榴弾。
起こる大爆発は地上施設を跡形も無く消し飛ばしただけでは無く、地下施設すらも飲み込んでいく。
そして晶は無慈悲に、一撃目で空いた大穴に向け次弾を発射。
閉鎖空間で爆発した榴弾の威力は、解放空間である地上の数倍~数十倍以上。
あらゆるものが爆炎に飲み込まれていく。
更に潜水母艦のいたドッグへも2発。
残骸の一欠片すら残さない執拗なまでの攻撃。
そして残った榴弾は全て、基地敷地内に万遍なく撃ち込んでいく。
『――――――目標の完全破壊を確認。晶、お疲れ様』
『作戦完了。帰還する』
身を翻したNEXTは、
速やかに作戦領域から離脱していくのだった。
作戦時間は72.5秒。
1分少々という僅かな時間で、あらゆる人工物が消滅していた。
後日、この基地を所有していたPMCの内部資料には、こう書かれていた。
損害率 :100%
生存者 :0人
死者数 :14586人
被害総額累計:2106億6317万8240ドル(日本円で16兆8572億6754万円)
第53話に続く。