インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
俺(=薙原晶)が次に目覚めたのは、翌日の昼過ぎだった。
窓から外を眺めれば、未だに雨がしとしとと降り続いている。
身体も、多少動ける程度には回復しているが、完全回復には程遠い。
「・・・・・これから、どうするかな」
思わずそんな事を呟いた時、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「どうぞ。起きてますよ」
入ってきたのは、黒と白を基調としてオレンジのラインが入ったジャージという動きやすい格好をした外人。
昨日目覚めたときは意識がはっきりしていなかったせいか分からなかったが、長く綺麗な金髪とアメジスト色の瞳は、素直に何処かのお姫様を連想させた。
「気がついたんだね。大丈夫?」
「ああ。ゆっくり休ませてもらったおかげで随分楽になった。――――――ありがとう」
ゆっくりと上半身を起し、頭を下げる。
と、何故か顔を真っ赤にして横を向かれてしまった。
何か気分を害するような事でも言ってしまっただろうか?
そんな思考が脳裏を過ぎるが直後、その理由を理解し、確認の為シーツの中を覗き込み・・・・・・・・・・俺も思わず赤面してしまう。
服を着ていないのだ。
いや、着ていない理由は理解できる。
俺は森の中で血だらけだった。
手当ての為に、ISスーツを脱がして手当てしてくれたんだろう。
他人を呼んで欲しくないといった言葉を律儀に守って。
だから恥ずかしがる必要なんて無い。無いのだが・・・・・・理性と感情は別物らしい。
いや、考え方を変えよう。
ここで俺まで恥ずかしがったら、手当てをしてくれた相手に失礼だ。
何でもないかのように自己紹介でもして、話を変えよう。
「そ、そういえば自己紹介がまだだったな? 俺の名前は薙原晶。君は?」
「え、あ、うん。ぼ、僕の名前はシャルロット」
沈黙。
見事に会話が続かない。
焦る俺。
「あ―――、と、とりあえず傷の手当と、人を呼ばないでいてくれてありがとう」
「ううん。そのくらい何でもないよ。でも良かった。顔色も随分良くなっている」
「そんなに酷かったのか?」
「酷いなんてものじゃなかったよ。見つけたのが手当てが出来る僕じゃなかったら死んでたよ」
再び沈黙。
今度は気まずい。
どうしようか?
本当の事なんて話せるはずもない。が、それなりの事を話さなければ、助けてくれた相手に失礼だろう。いやいや、変な事を話せばそれこそどんな厄介事に巻き込んでしまうか分かったものじゃない。
悩む俺。
丁度その時、盛大に腹の虫が鳴った。
そういえば、最後に食べたのは作戦前の栄養ドリンク1本だけだったな・・・・・。
「何を悩んでいるかは知らないけど、まずはご飯にしようか? お腹が膨れれば、きっと良い考えも浮かんでくるよ。後、ISスーツも洗濯してあるから持ってくるね」
そう言って部屋から出て行くシャルロットの後姿を眺めていると、今更ながらにふと思った。
シャルロットって、ISの原作に出てくるあのシャルロットか? まさか・・・・・な。
確認しようと思えば方法は幾らでもあるんだが・・・・・数瞬迷い結局しない事にした。
相手がこっちの事情を聞いてこないのに、こっちが相手の事を探ってどうする。
今は、助けてくれた人がシャルロットという人だった。それで良いだろう。
そう思って視線を窓の外に向けようとした時、サイドテーブルの上に置いてあるものが目に入った。
「・・・・・おいおい。幾らなんでも無用心過ぎるだろう」
思わず呟いてしまう。
置いてあったのは、俺が護身用に持っていた銃(=ベレッタM92)だった。
本当に、俺が逃亡中の凶悪犯とかだったらどうするんだ?
いや、シャルロットがISの原作に出てくるあのシャルロットなら、専用機持ちだから問題無いか。
何ていう事を考えていると、シャルロットが戻ってきた。
両手で持っているトレイの上にはパンとシチュー。左脇には、綺麗に畳まれたISスーツを挟んでいる。
「お待たせ」
「ありがとう。――――――と言いたいところだが、ソレは無用心じゃないかな?」
サイドテーブルに置いてある銃を指差す。
「君はその銃を僕に向けるの?」
「恩人に理由も無く武器を向けるほど、腐ってはいないつもりだ」
「なら何も問題無いじゃないか。――――――はいスーツ。本当ならちゃんとした服の方が良いんだろうけど、合いそうなものが無くて」
「そこまで気を使ってくれなくても大丈夫。とりあえずスーツがあれば・・・・・」
トレイをサイドテーブルに置いたシャルロットから、ISスーツを受け取ろうとして言葉を失う。
手に握力が殆ど入らず、受け取った物が手の中から滑り落ちてしまった。
「す、すまない。まだ本調子じゃないみたいだ」
慌てて落ちた物を拾おうと身体を動かしたのが良くなかった。
力が上手く入らないおかげで、傾く身体をコントロール出来ない。
結果、ベッドサイドに立つシャルロットに倒れ掛かってしまった。
幸い受け止めてくれたおかげでベッド下に転落する事はなかったが・・・・・この格好は恥ずかしい。
いや、胸元の柔らかい感触が気持ち良いんだが。
そんな邪な事を考えてしまう俺に、
「無理しなくて良いよ。怪我人なんだから」
と優しい言葉。
自分が物凄い悪人に思える罪悪感。
が、そんな罪悪感も次の一言で吹き飛んでしまった。
「その様子じゃ、着るのも食べるのも1人じゃ無理そうだね」
俺を胸元に抱き抱えたまま、彼女はそんな事を言う。
一瞬、脳が理解を拒否した。
が、否応無く理解させられる。
「ご飯は服を着てからにしようか。大丈夫、ちゃんと着せて食べさせてあげるから」
「い、いや大丈夫だ。今のは偶々バランスを崩しただけで」
「なら自分でちゃんと身体を起してみて」
俺を抱きとめていた腕の力が緩められる。
このままでは、中々に恥ずかしい経験をする事になると思った俺は、火事場のクソ力とでも言うのだろうか、辛うじて身体を起し、ISスーツを自分で着る事ができた。(彼女は親切に後ろを向いていてくれた)
が、限界を超えた力もそこまで。
無理をしたおかげで腕は余計に動かなくなるし、身体の節々も少し痛い。
プライド(?)を守った代償は大きかった。
なので、
「自分で食べれないんじゃ、仕方ないよね?」
と言って着替え終わった俺に、小さく千切ったパンを差し出してきた。
腕が動かない以上仕方ないとは分かっているのだが、何となく恥ずかしい。
しかし空腹には勝てない。
一口目を食べてしまえば、まともな食事は久しぶりという事もあって、後はあっという間だった。
(束博士のところにあったのは、栄養バランスしか考えられていないようなレーションやら栄養ドリンクやらばかり。そして俺は、今時の主人公のように料理なんて出来なかった)
「ごちそうさま。――――――こんなまともな食事を食べたのは久しぶりだ」
「どういたしまして。あんなに美味しそうに食べてくれるなんて、作った甲斐があったよ」
「今のを不味いという奴がいたら見てみたいな。俺なんて料理はさっぱりでさ」
「動けるようになったら教えてあげようか?」
「それもいいな。今度教えてくれ」
たあいの無い会話。
出来ればこんな気楽な話をずっと続けていたいが、そうもいかない。
今の俺は、間違い無く厄介事を抱えているのだから。
「――――――話しておきたい事がある。聞いてもらって良いかな」
落ち着いた、それでいて真剣な表情で頷くシャルロットに、ぽつりぽつりと語り始める。
無論、全てを語れる訳は無い。
別世界から訳も分からずISの世界に放り込まれて、挙句気付いたら強化人間になっていましたなんて言えるはずがない。
だが、俺が男のIS操縦者である事。とある人質救出ミッションで敵ISと戦闘になり、敵は撃墜したもののこちらも撃破されそうになった事。ここに来るまでの経緯を話していった。
「――――――これが、俺があの森で倒れていた理由さ。荒唐無稽な話だろ? 信じてくれとは言わない。俺だって他人からこんな話を聞いても、すぐには信じられないからな」
重くなりかけた雰囲気が嫌で、最後は努めて軽く言う。
が、シャルロットは、
「信じるよ。だって僕もIS関係者だから」
と、予想外の返事が返ってきた。
更に、ジャージの胸元を僅かに開け、取り出したのはオレンジ色のネックレス・トップ。
「改めて自己紹介をするね。僕の名前はシャルロット・デュノア。専用機はラファール・リヴァイヴ・カスタムII」
「なら、俺ももう一度だな。俺の名前は薙原晶。専用機は――――――」
言いかけてふと思う。
言ってしまって良いのだろうか?
束博士が作り上げた新型の事を。
いや、今更か。
俺がIS操縦者である事はもう話しているんだし、細かい性能を話す訳じゃない。
「――――――“NEXT”。次世代の名を付けられた新型だよ」
「新型? 第三世代機?」
「細かい事は話せないけど、兵器として見るなら武器の後付型。第二世代になるかな?」
「第二世代なのに次世代?」
首をかしげるシャルロット。
尤もな疑問だが、それに答える為にはネクスト技術について話す必要が出てくるから、「どうしてこんな名前を付けたのかは分からない」と濁しておく。
「でもシャルロットも専用機持ちだったのか。どうりで、こんな怪しげな男の言う事を聞いてくれる訳だ」
「人を呼んだ方が良かったのかな?」
「いや、呼ばなかった事には感謝している。――――――でも良いのか? 専用機持ち。デュノアという姓を見れば、フランス最大のISメーカーと無関係では無いんだろう? 目の前にぶら下がっている新型を、黙って見過ごす手はないんじゃないかな?」
「売って欲しいならそうするよ?」
少し不愉快な表情。
「すまない。善意で助けてくれた相手に言う言葉じゃなかったな」
「いいんだよ。表に出ていない男のIS操縦者。色々と・・・・・色々とあるんでしょう? だから、ここにいる間はゆっくりしていくと良いよ。1人暮らしをしているとね、たまに話し相手が欲しくなるんだ」
「ありがとう」
疑おうと思えば幾らでも疑える。
だが俺は素直に信じた。
身体がこの状態では、どうする事も出来ないというのもあるが、シャルロットは血だらけの俺の「誰も呼んで欲しくない」という言葉通りにしてくれた。そんな相手を信じなくてどうする。
◇
この時シャルロットは、目の前の青年にある種の憧れのようなものを抱いていた。
初めは自分と同じように、道具として扱われているのかと思った。
でも話を聞けば、男のIS操縦者でありながら既に実戦経験者。
しかもIS操縦者として、ある程度の軍事知識を叩き込まれているシャルロットには分かる。
救出作戦とは、本来精鋭部隊をもって行われるデリケートな作戦。
それを行い、挙句味方と救出対象を逃がす為に、IS戦闘で数的不利という圧倒的不利な状況下で戦い生き延びる。
デュノア社で非公式ながらテストパイロットをしていたから、その凄さが良く分かる。
そんな事は極一握りのエース級でなければ不可能だ。
自分とは違う必要とされている人間。
現実は違うのだが、この時シャルロットはそう思った。
だから、
「いいんだよ。表に出ていない男のIS操縦者。きっと色々と・・・・・色々とあるんだよね? だから、ここにいる間はゆっくりしていくと良いよ。1人暮らしをしているとね、たまに話し相手が欲しくなるんだ」
と言って、本心を隠しながら彼を引き止めた。
父も、会社の人間も、IS開発に支障をきたさない限り、男と同棲していても煩くは言わないだろう。
あの人たちにとって自分は、只の道具なのだから。
分かってはいても、改めて意識してしまうと気が重くなる。
そこに聞こえてきた
「ありがとう」
という真摯な言葉。
昔、母が言っていた。
素直にお礼が言える人になりなさいと。相手に感謝出来ない人は、自分も決して感謝されないのだと。
多分素直にお礼が言える彼は、沢山の人に感謝されているんだろう。
それに比べて自分は・・・・・少し、気分がネガティブになる。
だけど、怪我人に心配をかける訳にはいかない。
笑顔を取り繕う。
「こんなの何でもないよ。怪我人を気遣うなんて当然じゃないか」
「それでも、ここまでしてくれる人は、そういない。助けてくれたのが、君で本当に良かった」
「やだな。そんなに持ち上げても何にも出ないよ?」
「出るさ。暖かくて美味しいご飯が」
「次からつめた~い物を出してあげようか?」
「う・・・・最近、レーションとか栄養ドリンクで過ごしていた身としては、美味しい料理は魅力的なんだが・・・・・」
思わず笑みがこぼれる。
「心配しなくても、美味しいのを作ってあげるよ。1人の食事っていうのは味気ないからね」
「ならせいぜい宿主に放り出されないように、面白い話でもするか。余り話し上手じゃないけどな」
「期待してるよ」
お互い見合わせ、何故か苦笑。
こんな普通の会話は何時以来だろうか?
母が死んでからは、こんな普通の会話すら無かった気がする。
だからついつい話し込んでしまった。
気付けば既に夕方。
今日買い物に行く予定だったから、冷蔵庫にはほとんど食べ物も残っていない。
それを彼に伝えると、
「う・・・・・うそ」
と随分落ち込んでいた。
そんなに残念がられると、作るほうの気分としては悪くない。
明日は、腕によりをかけて作ってあげよう。
そんな事を考えながら、残り物でご飯を作るシャルロットだった。
第6話に続く