インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第49話 白式・雪羅

 

 白式が海に沈み、第二形態への移行(セカンド・シフト)を終えて、白式・雪羅となるまでにかかった時間は90秒。

 たった1分半。

 だがこの時間は残された者達にとって、決して楽な時間では無かった。

 

銀の鐘(シルバー・ベル)再展開!! 次弾来ます!!』

 

 専用機持ち達の耳に、オペレーターを務める山田先生の声が飛び込んでくる。

 全機が反射的に回避機動。

 直後、放たれた無数の光弾が無差別に周囲を蹂躙していく・・・・・ように見せかけて、その狙いは明らかだった。

 セシリアとラウラに対しては、狙撃・砲撃態勢を崩させる程度の牽制。

 後退していた箒に対しても同様。

 シャルロットに対しては、足を止めなければ当たらない程度の軽い弾幕。

 だが一夏の救出に向かった鈴に対しては、明らかな殺意を宿した濃密な流星雨。

 しかも海中に逃げようとした甲龍に接近。

 近接格闘戦を仕掛けてまで一夏の救出を阻んできた。

 

『コイツ!! 本当に暴走してるの!? シャルロット、スイッチ!!』

『任せて』

 

 鈴が“銀の福音”(シルバリオ・ゴスペル)を引き付けている間に、シャルが一夏の救助に向かう。

 だが福音は、それを許さなかった。

 近接戦闘で巧みに互いの位置を入れ替え、翼を展開。

 放たれた光弾が、甲龍への至近距離からの面制圧になると同時に、ラファールの行く手を阻む。

 

『チッ、やる!!』

 

 対する鈴は、獣じみた反応速度で龍咆を速射。

 光弾に対し不可視の砲弾をぶつけ、辛うじて直撃を回避。

 瞬間、刹那の思考。

 本当なら距離をとって仕切りなおしたいところだったが、ここで距離を取れば、広域兵器を持つ福音が圧倒的に有利。

 よって鈴は、不利を承知でそのまま張り付く事にした。

 しかし、完全に不利という訳でも無い。

 

『ラウラ!!』

『任せろ!!』

 

 ここでシュヴァルツェア・レーゲン(ラウラ)がオーバーラップ。

 甲龍と2機がかりで福音を牽制。

 そしてこういう状況下において、アクティブ(A)イナーシャル(I)キャンセラー(C)の効果は絶大だった。

 効果圏内に捉えることこそ適わなかったが、不可視のフィールドを警戒するあまり、福音の回避機動が大きくなり、反撃回数が明らかに減少する。

 更にそこへ、セシリアのビット+スナイパーライフルでの狙撃。

 僅かでも動きが止まろうものなら、双天牙月の二刀流で連続攻撃。

 福音が反撃の態勢を見せたなら、鈴は即座に離脱。

 敵からしてみれば悪夢のようなコンボで、エネルギーシールドを削り取っていく。

 この間にシャルロットは、海に沈んだ一夏を救出。

 後方で待機していた箒に預けていた。

 

『箒さん。一夏をお願い』

『ぁ・・・・・ぁああ・・・・』

 

 茫然としながらも一夏を受け取る箒。

 純白の装甲は、見るも無残に砕かれていた。

 機動力の源たるウイングブースターも、零落白夜を振るう右腕の装甲も、最も頑丈なはずの胸部装甲も、その他にも数えれば数えただけ、ボロボロに砕かれていた。

 

『・・・・・すまない・・・・・一夏・・・・』

 

 腕の中の一夏を抱きしめる箒。

 するとその時、紅椿に無機質なメッセージが送信されてきた。

 

 ―――Please give me energy. Please give me energy.

    (エネルギーを下さい。エネルギーを下さい)

 

「これは?」

 

 首を傾げる間にも、メッセージは続く。

 

 ―――Please give me energy. Please give me energy.

    (エネルギーを下さい。エネルギーを下さい)

 

「白式・・・・・なのか?」

 

 ―――Please give me energy. Please give me energy.

    (エネルギーを下さい。エネルギーを下さい)

 

 箒は必死の訴えに突き動かされるように、エネルギーケーブルを接続。

 するとメッセージが変化。

 

 ―――Thank you.

    (ありがとう)

 

 ―――The second form shift Start.

    (第二次形態への移行を開始)

 

「なっ!?」

 

 直後、エネルギーが吸収されていくと同時に、白式の僅かに残っていた白い装甲が徐々に再生を始め、光を帯び始めた。

 初めは淡く、そして徐々に強く。

 更に良く見てみれば、血の流れていた傷口も少しずつ塞がり始めている。

 しかし、

 

「足りない。これじゃ、足りない」

 

 箒の僅かに残っていた冷静な部分が、そう告げていた。

 エネルギーの減る速度と、再生速度が釣り合っていない。

 どう考えても、例え紅椿の持つエネルギーを全て渡しても、完全再生の前にエネルギーが尽きる。

 どうすれば?

 そしてこの時箒は、何も迷う事無く姉を頼った。

 学園に入る前では絶対に考えられなかったが、今は違う。

 直接話した回数こそ少ないが、手紙のやり取りのおかげで、姉が何を考えて失踪したか今なら分かる。

 全ては家族の安全の為。

 勿論、それでも思う所が無い訳じゃない。

 でも、家族の身を案じてくれたことだけは分かった。

 だから箒は、自分でも不思議な程、素直に頼った。

 

『姉さん!!』

『何かな? 箒ちゃん』

『白式がエネルギーを欲しがっているんだけど、紅椿のエネルギーだけじゃ足りないんだ。どうしたら』

『白式が? そうか・・・・・もうそこまで。――――――何も心配する事は無いよ、箒ちゃん。紅椿は白式と対を成すものとして作ったんだ。白式が求めたなら、紅椿は必ず応えてくれる』

『でも、このままじゃ』

『大丈夫だよ。紅椿は、この私が箒ちゃんの為だけに作って、調整した唯一無二のワンオフ機。白式がエネルギーを消滅させるなら、紅椿はエネルギーを増幅させる。――――――単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)絢爛舞踏(けんらんぶとう)”なら、白式が望んだ分だけエネルギーをあげられる』

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)!? 乗ったばかりの私に、そんな・・・・・』

『心配性だね。この私が、箒ちゃんが使えないような調整をすると思う? しないよ。だから願ってくれれば良い。白式が求めている今なら、それだけで発動するから』

『本当に?』

『勿論。溢れ出る金色の光を、無限の光を、空に輝く太陽のように、明確にイメージするんだ。そしたら、紅椿は必ず応えてくれる』

『分かった。やってみる』

 

 

 

 ◇

 

 

 

 白式が第二次形態への移行(セカンド・シフト)を開始した頃、シャルロット・セシリア・ラウラ・鈴の4人は、正真正銘の最新鋭機を相手に、互角以上の戦いを見せていた。

 日頃の濃密なトレーニングと数の利を生かした連携が身を結び、確実にエネルギーシールドを削り取っていく。

 しかし福音も負けてはいなかった。

 捉えられれば撃墜が確定するアクティブ(A)イナーシャル(I)キャンセラー(C)の効果範囲を見切ったのか、一時の大きな回避機動が嘘のように、シャープな動きで回避・反撃を行ってくる。

 更に広域射撃兵器“銀の鐘(シルバーベル)”の圧倒的な面制圧能力は、近接戦闘を担当する鈴に、著しい負担を強いていた。

 

『アレ厄介だわ!! 攻めきれない!! シャルロット、ラウラどっちか近接に入れない?』

『ゴメン。ラファールの機動性じゃ足手纏いになる』

『こっちはやれなくはないが、そっちの機動特性を殺す事になる』

 

 此処にきて各機の性能差が如実に現れ始めていた。

 元々近距離戦を主眼に置いて、中距離戦もこなせる機体として作られている甲龍は、福音と機動格闘戦を行うに足るだけの能力を有しているが、ラファールとシュヴァルツェア・レーゲンでは事情が異なる。

 今までは連携で性能差を隠していたが、ラファールはそもそも第二世代。

 専用機という事でカスタムが施されてはいるが、機動性・シールド強度・ブースター出力のいずれも、最新鋭機とやりあうには不足している。

 そしてシュヴァルツェア・レーゲンは一応万能型とはなっているが、お国柄故にやや装甲重視で調整が施されている。

 故に機体が重い。甲龍と福音が本気で機動格闘戦をやり始めたら、恐らく追いつけない。

 そして最悪なのが、近接に入って仲間同士が固まったところでの面制圧。

 エネルギー兵器である“銀の鐘(シルバーベル)”は、AICでは止められない。

 下手をすれば一瞬で全滅だ。

 

『もう一機いれば・・・・・』

 

 そんな歯軋りを鈴がしていると、この場に存在する全てのISのセンサーが、何やら妙なエネルギー反応を捉えた。

 微弱だが徐々に強くなっていってる。

 各々敵前で振り返るような愚か者はいなかったが、ハイパーセンサーで反応元を確認すると、後方に下がっていた紅椿が淡い金色の光を放っていた。

 更に抱き抱えている白式の装甲が再生を始めている。

 

『まさか・・・・・単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)!? この短期間で!?』

 

 シャルロットの驚きは、全員の思いの代弁だった。

 何せ単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)は、国家代表とて発現していない事の方が多い。

 しかも、

 

『これって・・・・・エネルギーの増幅?』

 

 信じられないような現象だった。

 センサーが故障していないのであれば、放出しているエネルギー量は、紅椿カタログスペックの実に3倍強。

 反応は留まるところを知らず、更に上昇を続けている。

 そしてこの時、福音が動いた。

 特異な反応に脅威度が変化したのか、目前の甲龍を無視して瞬時加速(イグニッションブースト)

 他の機体も全て無視して、一直線に紅椿を狙う。

 勿論全員が阻止しようと動くが、前衛の甲龍を突破された時点で、勝負はついていた。

 ラファールでは性能が足りない。

 シュヴァルツェア・レーゲンでは機体が重い。単発兵器のレールガンに、足止め出来る連射性能は無い。

 ブルーティアーズのスナイパーライフルとビットが火を吹くが、被弾覚悟の強行突破を狙う相手を止めるには、火力が足りない。

 結果“銀の福音”(シルバリオ・ゴスペル)は、僅かなダメージと引き換えに包囲網を突破。

 このままでは・・・・・誰もがそう思った時だった。

 箒が動いたのは。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 福音が迫る。

 この時、箒が真っ先に考えたのは、己の事では無かった。

 白式が送ってくる無機質なメッセージ。

 残カウント20秒。

 それだけ時間を稼げば、白式が、一夏が復活する。

 だから20秒、たった20秒稼げばいい。

 それだけだった。そして箒は、己の実力を良く理解していた。

 本物のエリートである他の専用機持ちと違って、あんな化け物(福音)とまともに、格闘戦も射撃戦も行える腕は無い。

 まして一夏を抱えて、白式にエネルギーを送る為にワンオフアビリティー(絢爛舞踏)を発動させながらなど、全く持って無理な話だった。

 しかし、だ。

 残り20秒という時間の限定が、箒に希望を抱かせた。

 NEXT相手なら5秒と持たないだろう。

 だが福音はそれより弱い。味方もいる。

 何より姉さんの恋人(薙原)が何度も言っていた。

 『仲間の動きを見ろ』と、『仲間を頼るのは恥じゃない』と。

 なので箒は、以前では考えられなかった行動を選択。

 すなわち逃げの一手。

 無理に戦う必要は無い。

 誰に言われるまでもなく、箒は己の役割を、一夏を無事に復活させる事と理解していた。

 なので箒は一直線に下がるのでは無く、左側に大きく円を描くように後退。

 福音も追随するが、円軌道を描いたという事は、同じ円の軌道を逆から辿れば追いつけると言うこと。

 それを真っ先に理解したのは、1番初めに抜かれた鈴だった。

 紅椿の進路上に機体を滑り込ませ、福音を迎えうつ。

 

『もう逃がさないわよ!! ラウラ!!』

『任せろ!!』

 

 鈴の機動に合わせていたラウラが、剣撃が防がれた瞬間にAICを発動。

 福音が不可視の檻に捕らえられる。

 

『セシリア!!』

 

 ラウラの叫び声と共に、周囲を取り囲んだビットが一斉射。

 そしてスナイパーライフルの蒼い光が命中した瞬間、

 

『シャルロットさん!!』

『これで終わりだよ!!』

 

 福音の懐に潜り込んだラファールの右手にあるのは、零落白夜を除けば最強の近接打撃能力を誇るシールド・ピアース(“盾殺し”)

 それがボディに鋭角に突き入れられ、トリガー。

 最新鋭機のエネルギーシールドが軋みをあげる。

 勿論、一発で終わりのはずが無い。

 シールド・ピアース(“盾殺し”)の弾倉はリボルバー型。

 立て続けに打ち込まれた鉄杭がエネルギーシールドに致命的な負荷を与え、ついに突破――――――というところで、各機のセンサーが膨大なエネルギー反応を検知。

 突如として福音から放出された強力なエネルギーウェーブが、至近距離にいたラファールを吹き飛ばし、鉄杭の致命的な一撃を防ぐと同時に、不可視の檻(AIC)を力ずくでこじ開ける。

 

 

『まさか!! 無事か、シャルロット!!』

『何とかね。でも今ので大分エネルギーシールドを喰われた。ちょっとマズイかも』

 

 ラウラの言葉に体勢を立て直しながら答えるシャルロットだが、それが控えめな言葉である事は一目瞭然だった。

 何せ装甲の至るところがヒビ割れている上に、データリンクで確認できる機体ステータスは既に危険域。

 もう一度同じ攻撃を貰えば、撃墜は必死だった。

 故にラウラはシャルロットを下がらせようとしたが、その前に福音が動いた。

 機械仕掛けの銀の翼を、大きく羽ばたかせながら垂直上昇。

 と同時に翼が、キラキラと銀の粒子を放ちながら変化していく。

 1対2枚の翼が、2対4枚のエネルギー翼へと。

 そうして専用機持ち達全員を見下ろすところまで上昇した福音は、再び大きく翼を広げる。

 

『まさか―――』

 

 今の味方の位置は、およそ対福音戦のものとしては最悪に近かった。

 コンビネーション攻撃の為に、セシリアを除く3機が接近してしまっている。

 そして放たれる光弾の数は――――――1翼36門×4=144発。

 回避出来なければ、完全に致命傷だった。

 だが、ここで箒の決断が生きた。

 放たれた光弾の大半が、拡散前に極太い荷電粒子砲によって薙ぎ払われる。

 

『みんな、大丈夫か』

 

 全員の耳に飛び込んできたのは、“最強”(NEXT)の直弟子の声。

 そして福音が見つめる先には、真新しい純白の装甲を身に纏う織斑一夏が、第二次形態への移行(セカンド・シフト)を終えた白式の新しい姿――――――白式・雪羅の姿があった。

 

 

 

 第50話に続く。

 

 

 


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