インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第46話 臨海学校

 

 臨海学校前日、夜。

 篠ノ之束の自宅で、()は最後の確認をしていた。

 

「――――――計画通りなら2日目に“銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)”の来襲だが、手筈は大丈夫か?」

「完璧だよ。誰がどう見たって暴走にしか見えない。でも君も悪党だね。実戦経験を積ませる為に、最新鋭機を暴走させるだなんて」

「いつまでも面倒を見てやれる訳じゃないからな。見てやれるうちに、経験を積ませておいてやりたい」

「世間一般では犯罪の類だよ、コレ」

「今更だな。それに昔の人が、とても良い事を言ってるじゃないか」

 

 俺は一度言葉を区切り、ニヤリと笑いながら続けた。

 

「ばれなきゃ問題無いってね」

「君の好きそうな言葉だね」

「お前も好きだろう?」

「勿論。凡人に一々付き合ってなんていられないからね。――――――あ、そうだ。忘れないうちに、コレ渡しておくね」

 

 そう言いながら渡されたのは、IS用データチップ。

 

「これは?」

「計画通りなら、“銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)”来襲時に君はいない。まぁ負ける要素なんて微塵も無いんだけど、それでも万一という事があるからね。君が手出し出来る手段を作っておいた」

 

 何かと思いつつ、NEXTにデータをダウンロード。

 そうして表示された物は――――――061ANSC。

 フルスペックなら、地上から衛星軌道を狙撃出来る(ムック本設定より)ネクスト兵器だ。

 

「幸いドイツが快く提供してくれた衛星があるからね。勿論、フルスペックで使えるよ」

「流石だ。だけど、大変じゃなかったか? 今回使う実験用機材の作成もあっただろう」

「大丈夫。無理はしてないよ。――――――だけど、君のいた世界は凄いね。この私をもってして驚かせる技術のオンパレードだ」

「アルテリアとかか?」

「うん。1機2000万の人間が暮らすクレイドルを支えた、スーパーマイクロウェーブ送電システム。基礎理論は私も考えていたけど、あの発電効率は流石としか言いようが無い」

「お前がそこまで褒めるんだから、よっぽどの物なんだな」

「だってあの技術があれば、太陽っていうエネルギー源を存分に使えるんだ。極端な話、発電衛星さえあれば地球圏のエネルギー問題は全て解決するんだよ。これって凄い事じゃないか。そうしたら――――――」

 

 子供のように目を輝かせながら語る束の話は、そのまま宇宙進出へと移っていく。

 月や衛星軌道にコロニーを作り、火星をテラフォーミングし、そして何れはその先に。星々の海へ。

 そんな途方も無い話。

 他の人間が言ったなら、「いずれ叶うといいね」と言葉だけの応援をしただろう。

 だけど彼女なら、本当にやるかもしれない。

 いや、必ずやるだろう。

 そう思った俺は、素直に応援したいと、支えたいと思った。

 

「なら今回の実験はキッチリ成功させて、世界中の度肝を抜いてやろうぜ」

「勿論!!」

 

 ここで何故かお互いハイタッチ。

 気分が盛り上がってきた俺達は、「宇宙と言えばSF、SFときたら何がある?」と夜遅くまで、夢見る少年と少女のように話し続けたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 臨海学校当日、朝。

 IS学園職員室。

 それは織斑千冬にとって、久々の“天災”だった。

 事の発端は携帯からコール音。

 名前を確認すると――――――篠ノ之束。

 電源をOFFにしたくなる衝動をどうにか堪え、とりあえず出てみる。

 

『なんだ? ノロケ話なら聞きたくないぞ』

『いきなり酷いな。ちーちゃんも相手を見つければ良いじゃないか』

 

 メキッ!!

 何処かからかそんな音が聞こえてきたが、多分気のせいだろう。

 隣にいた山田先生が何処かに避難したのも、多分気のせいのはずだ。

 

『切るぞ』

『ああ、待って待って。今日は大事な連絡があるんだから』

 

 いつも自分勝手気ままに動く束が、連絡?

 どう楽観的に考えても、厄介事の予感しかしない。

 

『・・・・・それは、今じゃなきゃ駄目か?』

 

 結果、千冬は珍しく尻込み。

 

『うん!! 臨海学校、私も行くから』

 

 そして心の準備を終える間も無く爆弾発言。

 

『なっ!? おいっ!! ちょっと待て!! 一応、IS学園関係者以外は――――――』

『私の護衛が学園行事という事で行ってるのに? 護衛対象の私に行くなって言うの? ちーちゃん酷いなぁ。私が襲われても良いんだ』

 

 聞こえてくる言葉は拗ねたような感じだが、口調は笑っている。

 電話先でニヤけている姿が手に取るように分かる。

 いいだろう。

 そっちがその気なら、こっちもやってやろうじゃないか!!

 日頃ノロケ話を聞かされている恨みを思い知れ!!

 

『分かった分かった。ならお前は私の部屋。薙原は山田先生と一緒の部屋な』

『えっ!? 一緒じゃないの?』

 

 予想外、という声。

 

『何言ってる。当然じゃないか。大体、お前とあいつを一緒の部屋にしたら、夜中“ナニ”するか分からないだろう?』

『ま、まさか。そんな事あるはず無いじゃないか。私の護衛だよ。一緒の部屋が当然だよ、ね』

 

 珍しく狼狽する束の声に、少し溜飲を下げつつ更に追撃。

 

『隣の部屋だから安心しろ。それともお前の護衛は、壁一枚隔てた程度でお前を護れなくなるのか?』

『そんな事ないよ!!』

『なら決まりだな』

『あっ!? ――――――い、いや、でもいっくんはどうするの? どうせ元々はちーちゃんと同じ部屋なんでしょ。そこに私がお邪魔したら悪いと思うんだけど』

『そんな事はないぞ。お前も一夏に聞きたい事は沢山あるだろう? 箒の事とか、あいつの学園生活の事とか、色々聞くチャンスをやろうって言うんだ。これを活用しない手は無いと思うんだが?』

『うっ・・・・・それは、魅力的かも』

『だろう。なら決定だな。――――――っとそうだ。教師として一応聞いておかなきゃならん。臨海学校に来る目的は何だ? 他の人間が納得出来る理由があると、私の苦労が減る』

『さっきの理由じゃ駄目?』

『もう一押し欲しいな』

『んーーーー。ちーちゃんなら良いかな。少しだけ先に教えてあげる。公開実験をするの。多分、世界がもう一度動くくらいの』

『何をする気だ?』

 

 この“天災”が、世界が動くと言うくらいだ。生半可なものでは無いだろう。

 そう思い身構えた千冬だったが、返ってきた答えは想像以上に平和的なものだった。

 

『スーパーマイクロウェーブ送電システム。簡単に言えば発電したエネルギーを電線じゃなくて電波で送る技術。今回の実験はね、宇宙で発電したエネルギーを地上に送る実験なんだ。成功すれば人類は、太陽っていう無尽蔵のエネルギーを手にする事が出来る』

 

 だが同時に、様々な分野の既得権益を犯す激烈な火種でもあった。

 仮に実用化されれば、極々単純に考えただけでも、産油国や電力業界のダメージは計り知れないものがある。

 そして束が公開実験まで行う以上、既に実用に足るレベルのものだろう。

 つまり、あいつを狙う人間がまた増えるという訳だ。

 何せ軍事・情報・エネルギーという三つの分野を占めれば世界を取れるというが、この技術があれば、恐らくエネルギー分野は取れるだろう。容易くそれが想像出来る程の技術だ。

 だから千冬は、1つ質問してみた。

 

『・・・・・なぁ、今も変わらないのか?』

『うん。宇宙を見たい。星々の海を見たい。果て無き先を見てみたい。・・・・・あ、でも最近は1つ増えたかな』

『何がだ?』

『彼に隣にいて欲しい』

『ノロケ話は結構だ』

『ちーちゃん最近冷たい』

『臨海学校の時に根堀葉堀聞いてやる。イヤっていうところまで聞いてやるから覚悟しておけ』

『ふふんだ。もう止めてっていう位まで聞かせてあげるから覚悟しておくと良いよ』

『言ったな?』

『言ったよ』

『ふん。忙しいから切るぞ』

『うん。 じゃぁねぇ~』

 

 あいつ()らしい元気な声を最後に、電話が切れる。

 すると、

 

「あの、何か良い事があったんですか? 随分と良い顔をされてますけど」

 

 いつの間にか戻ってきた山田先生が尋ねてきた。

 

「なに、古い腐れ縁の馬鹿が、人様の役に立つ事をしようとしていてな。それが嬉しかっただけだ」

「束博士ですか?」

「ああ。――――――ところで、行き先の警備状況はどうなってる?」

「今のところ問題ありません。即応のIS要員も待機済みです」

「予備人員は?」

「一緒に向かう予定なので、まだ学園にいます。動かすんですか?」

「ああ。IS装備で先に向かわせてくれ。装備は第一種戦闘装備で」

「第一種!? 日本国内ですよ?」

 

 驚く山田先生だが無理も無い。

 何せ第一種戦闘装備は、純然たる戦闘装備。警備に主眼を置いた装備とは訳が違う。

 主権国家の中で迂闊に動かせば、国際問題間違い無しの代物だ。

 だが千冬は押し通す気でいた。

 これから束が発表する物の価値を考えれば、完璧の更に上の警備をしてもまだ足りないだろう。

 

「理由は後で説明するが、上の許可は私が取る。すぐに出られるように、IS格納庫内で待機させておいてくれ」

「わ、分かりました」

 

 そして、その日の正午。

 千冬が許可を取り付けたのとほぼ同時刻。

 束博士公開実験の報が、世界中を駆け巡ったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 臨海学校当日、夕方

 日中たっぷりと遊んだ1年生一同は、夕食までの時間、それぞれ思い思いに過ごしていた。

 カードに興じる者、ホテル備え付けのレトロなゲームに興じる者、ガールズトークに華を咲かせる者、女性に囲まれて玩具にされる者と、様々だ。

 だがそこに、薙原晶の姿は無い。

 束博士護衛の為に集団行動から外れているのだが、それを理解しつつも不満に思っている人間が2人いた。

 学校ではいつも晶の傍らにいる、シャルロットとセシリアだ。

 

「それにしても予想外でしたわ。まさか束博士が一緒に来るだなんて」

「本当にね。でも仕方ないよ。ショウが来てるんだもん。博士も来るって」

「まぁ、それはそうかもしれませんけど。何も今日来なくても、実験のある明日でも良いじゃないですか。折角サンオイルを塗ってもらおうと思っていましたのに」

「残念だったね」

「軽く仰ってますけど、そういうシャルロットさんだって、凄い目で見てたじゃないですか。一緒にいる2人を見て、『羨ましいぃ~』っていうのが丸分かりでしたわよ」

「そ、そんな事ないよ?」

 

 プイッと顔を背けるシャルロットだが、その程度で追撃を緩めるセシリアでは無かった。

 

「大方、色々妄想してらしたのでしょう? 隣にいるのが自分で、傍にいて、腕に抱かれて、色々と」

「そんな事無いって!! 大体それを言うならセシリアもじゃないか。知ってるんだからね。随分良い下着着けてるの」

「えっ!?」

「アレって『Agent Provocateur』の新作でしょ? あんなアダルトなのよく買えたね」

「ちょっ・・・・・ちょっと、何で知ってますの!?」

 

 顔が瞬く間に赤くなっていくセシリア。

 

「女の子の観察眼を舐めないこと」

 

 フフンと勝ち誇るシャルロットだったが、それは一瞬で崩れ去った。

 

「い、今、『セシリアも』って仰いましたわよね。『も』って」

「え? い、言ってないよ」

「いいえ。今確かに言いましたわ。つまり妄想してたという事ですわよね」

「し、してないって」

「ふぅ~ん。嘘仰い。羨ましそうに見てたクセに」

「だからしてないって!! それを言うならセシリアもじゃないか」

 

 咄嗟に言い返すシャルロットだったが、この程度は反撃にすらなっていなかった。

 

「ええそうですわ。羨ましかったですわ。大体、嫌な相手にサンオイルを塗らせようだなんて思いませんわ。――――――で、本当に羨ましく無かったんですの?」

「・・・・・ぅ、羨ましかったよ」

 

 ハッキリと言葉にするのが恥ずかしかったのか、シャルロットの顔が少し赤くなっている。

 そして何故か勝ち誇るセシリア。

 だが、それも長くは続かなかった。

 

「ところでそのブレスレット、最近よく着けてますけど何処で買ったんですか?」

 

 シャルロットの手首に輝く、オレンジ色の物を指差しながら尋ねるセシリア。

 そしてうっかり口を滑らせるシャルロット。

 

「これ? ああ、この前ショウが作・・・・・・え、駅前の出店で買ったんだ」

「・・・・・どうやら、聞かなければならない事が増えましたわね」

「そ、そろそろゴハンの時間だから先行ってるね。バイバイ!!」

 

 ダッシュで逃げるシャルロットに追うセシリア。

 貸切状態とは言え、一般のホテルでそんな事をすれば普通は怒られる。

 しかも引率教員の中には織斑先生もいるのだ。

 普通なら、まず間違い無く雷が落ちていただろう。

 だが何故か、今日に限っては出て来なかった。

 理由? それは――――――

 

 

 

 ◇

 

 

 織斑千冬&篠ノ之束の客室。

 そこに、延々とノロケ話を聞かされ既にグロッキーになっている千冬と、満面の笑みで話し続ける束がいた。

 ちなみに一緒にいたはずの一夏は、珍しく危険を察して「飲み物買ってくる」と言って部屋を出たまま戻ってきてなかったりする。

 

「でね、ちーちゃん。その時晶ったら何て言ったと思う?」

「さ、さぁな?」

 

 もう勘弁してくれとばかりに千冬の目が泳ぐが、“天災”()がそんな事を構うはずも無い。

 

「何とね、――――――」

 

 コンコン。

 その時、軽いノック音が救世主の来訪を知らせてくれた。

 

「薙原です。束は来ていますか?」

「あ、ああ!! 来ているぞ。どうした?」

「そろそろ夕食の時間ですが、あいつの事だからどうせ、時間も忘れて話しているんだろうと思って迎えに来ました」

「だ、そうだ束。ナイト様のお迎えだ」

「えーーーー、もうそんな時間? 仕方ないなぁ。じゃぁちーちゃん。後でちーちゃんと箒ちゃんの話を聞かせてよ。私がいない間にあった事、色々」

 

 そう言いながら出て行く親友の姿に千冬は、変わったな、と思わずにはいられなかった。

 昔のあいつであれば、あんなに素直に他人の言葉を聞いたりはしなかっただろう。

 勿論、変わったという話は色々な方面から聞いてはいた。

 本人のノロケ話からも、そうだろうとは思っていた。

 だがこうして目の前で見せられると、なまじ昔のあいつを知っているだけに、変わったのが良く分かった。

 

「分かった。色々聞かせてやる。ちなみに男子禁制だからな。薙原は来るなよ」

「親友との時間を邪魔するなんて、そんな無粋な真似はしませんよ」

「分かってるなら良い。ところで、一夏を見なかったか?」

「さっき箒さんと一緒に、食堂に向かってましたよ」

「そうか。なら私達も行こうか」

 

 こうして臨海学校初日は、平和(?)に過ぎて行くのだった。

 ちなみに織斑先生、最後はちゃんと追加で一部屋取ってあげたそうな。

 

 

 

 第47話に続く

 

 

 


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