インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第41話 ジャック君の大冒険(前編)

 

 とある日の夜。

 その筋の関係者が聞いたら、思わず卒倒しかねないような事件が人知れず起きた。

 IS学園教師、山田真耶の消息が突如として途絶えたのだ。

 この報告に更識楯無は、

 

「――――――何としても、かすり傷1つ付けられる前に見つけ出しなさい!!」

 

 と珍しく声を荒げたという。

 しかし何故これほど慌てたのだろうか?

 それは山田真耶という人間が、NEXT(薙原)との契約におけるグレーゾーンだったからだ。

 一応念の為護衛は付けていたが、厳密に言えば(薙原)との契約に、彼女の護衛は入っていない。

 放っておいたところで、例えあの教師が、女として最低の末路の末発見されたとしても、こちらには何も言ってこないだろう。

 だがあの男、契約は契約と割り切る冷徹さは持っているが、人としての情を持っていない訳じゃない。

 何かと接触の多い彼女(山田真耶)を、“契約に入っていなかった”という態度で切り捨てれば、その後の関係がどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。

 更に言えば、下手な情報工作は束博士がいる以上、見破られる可能性が高い。

 だから焦ったのだ。

 ならどうするべきか?

 簡単だ。助けに動けば良い。

 なので楯無は、速やかに、そして秘密裏に解決する為、更識本家の“力”を使う事にした。

 動員したのは、幾つかある私設部隊の中でも、“猟犬”と呼ばれる部隊。

 本来の目的は逃げる対象を“処理”する事だが、その性質上、獲物を追う嗅覚はずば抜けている。

 だが結論から言えば、この“猟犬”が獲物を捕らえる事は無かった。

 とあるイレギュラーが、獲物を横取りしたのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は少し遡り、山田真耶宅。

 家主がいない薄暗い部屋に、逆さに置かれた青いバケツのような物が1つ。

 もしこの場にレイヴンがいたなら、サイズこそ違えどすぐにAC用ヘッドパーツ、H07-CRICKETと同じデザインだと分かっただろう。

 しかし良く見てみれば、某青狸に良く似た、丸っこい手足らしき物がついている。

 そして目らしきものが描かれている部分の反対側、そこから延びているケーブルが、コンセントに刺さっていた。

 コレを初めて見た人は、十人中十人が「何だコレ?」と疑問を持つだろう。

 だがその疑問も、

 

「ジャック君。ただいまぁ~」

 

 と家主が帰って来た時の事を見ていれば、解決するに違いない。

 まず、目らしきものが描かれている部分がブゥゥンとほのかに光る。

 次いでその場で振り向いてコンセントを引き抜き、掃除機のソレと同じようにキュルキュルと巻き取りボディに格納。

 玄関へ向かってテクテクと歩き出す。

 そこで帰宅した家主から荷物―――ハンドバッグ―――を受け取り、平べったい頭の上に乗せて、両手で左右から押さえる。

 

「ジャック君。今日のご飯は?」

「ゴハン。ミソシル。サラダ。サカナ。サカナ、焼くダケ」

「ありがとう。じゃぁ、シャワー浴びてくるから、焼いといてね」

「ワカッタ」

 

 受け取った荷物を片付けた後、ジャック君は家主が用意してくれた踏み台に乗って魚を焼き始める。

 その間聞こえてくる、浴室からのシャワー音。

 人間の男なら色々想像してしまうこと間違い無しだが、ロボットのジャック君には全く関係無い。

 むしろ何故かついているTV番組は、『男性ボディビルダー世界一決定戦』なんていうものだった。

 多分、何かの拍子で電源の入ってしまったTVのチャンネルが、“偶々”そうだっただけだろう。

 決してジャック君が自分でつけたのではない・・・・・・・・・・はず。

 そうして夕食準備を終えた時、真耶がシャワーから出てきた。

 着ているのは黄色い寝巻き。

 一部自己主張の激しい部分もあるが、それ以外は落ち着いた姿だ。

 

「毎日ありがとうね。――――――頂きます」

 

 傍に控えるジャック君の頭を撫でてから、夕食を摂る真耶。

 ちなみにいつの間にかチャンネルは変わっていて、流れているのは普通のニュース番組だ。

 

『――――――それでは次のニュースです。今年もIS学園臨海学校の時期が近付いてきましたが、それに合わせて、各観光地から熱烈なラブコールがIS学園に届いているようです』

 

 すると何故か真耶は「はぁ」と溜め息。

 無理も無かった。

 今ニュースでやっている“各観光地から熱烈なラブコール”は、全て自分の所に届いているのだから。

 本当なら臨海学校実施場所の決定は、責任者である織斑先生の管轄だったはずなのに。

 事の発端は、束博士の第四世代IS(紅椿)発表だった。

 それで織斑先生が、

 

「私はあの馬鹿()が発表した新型(紅椿)の件で忙しいから、実地場所の選択は任せる」

 

 と言って場所の決定権を丸投げしてくれたのだ。

 いや、それだけなら良かったのかもしれない。

 何処かで決定権を握っているという情報が漏れたらしく、連日行く先々にやり手の営業マンが待ち構えている始末。

 正直、交渉事が得意でない真耶としては、それだけで気疲れしてしまうくらいだ。

 なので最近は、帰ったらもうクタクタ。

 ジャック君がいなかったら、かなり大変な事になっていただろう。

 だから今度、ジャック君をくれた(薙原)にお礼でもしようかな。

 勿論教師として恥ずかしく無い方法で・・・・・何があるだろう?

 そんな事を考えながら夕食を食べ終えた真耶は、疲れていたので早々に寝る事にした。

 彼女を狙う魔の手が迫っているとも知らずに・・・・・。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 この日、亡国機業エージェントのオータムは不機嫌の極みにあった。

 理由は至って簡単。

 命令が気に食わなかったからだ。

 何故一般人(パンピー)1人浚うのに、IS持ちの自分が出る必要がある?

 そんなの、別の人間を使えば良いだろう。

 仮にちょっと腕の良い護衛がいたとしても、所詮人間、やりようは幾らでもある。

 なのに!!

 どういう訳かアタシに命令が下った。

 NEXT関係者というだけで、どいつもこいつもビビリやがって。

 内心でそんな事を思いながらオータムは、携帯に偽装した通信機の向こうで、控えている部下達に命令を下す。

 

『―――お前達、始めるよ』

 

 だが幾ら不満があろうとも、それが仕事である以上、こなさない訳にはいかない。

 忠義心なんてものは欠片も持っていないが、亡国企業というのは、それなりに欲望を満たしてくれる場所なのだ。

 こんな事で離反するのは、正直惜しい。

 そしてこんなつまらない仕事で、リスクを犯す必要は全く無かった。

 なのでオータムは、彼女を知る者が見れば信じられない程、手堅くかつ堅実な手段を取った。

 何処にでもいる普通のOL(オータム)が、携帯で話ながら山田真耶宅に近付いていく。

 しかし聞こえてくる声は、普通のものではありえない。

 

『α1、クリア』

『α2、クリア』

『α3、クリア』

 

 目標の護衛が尽く無力化され、厳重な監視下にあったはずの山田真耶宅は、一時的に誰の目も届いていない空白地帯と化す。

 そして夜の住宅街というのは、人通りが殆ど無い。

 いたとしても、普通のOL(オータム)を一々疑うような人間はいない。

 こうして安全に侵入できる状況を作り上げたオータムは、何食わぬ顔で敷地内に入り、ハンドバックから鍵を取り出す。

 一般住宅のマスターキーなど、裏社会に半歩でも足を突っ込んだ人間なら、誰でも用意出来る。

 ガチャッと鍵を開く。

 思いの他大きい音がしたが、家主が起きる事は無いだろう。

 この時の為に、散々営業マンをけしかけて疲れさせておいたのだから。

 そうして、あたかもこの家の住人であるかのように、堂々と入っていく。

 後はもう簡単だ。

 蛇のように静かに寝ている目標に近付き、即効性の薬品を嗅がせて、移送中に目覚めないようにしておく。

 

(さて、後は――――――誰だ!?)

 

 視界の片隅で、何かが動いた。

 反射的に懐の拳銃を引き抜きながら振り返るオータム。

 だが、

 

(気のせい・・・・・か?)

 

 振り向いた先にあったのは、棚に飾られた人形の数々。

 世間一般の女の子が好きそうな、可愛らしいものが沢山ある。

 しばらく銃を向けているが、何の反応も無い。

 バケツっぽい可愛くない人形とファンシーな可愛い人形が手を繋いでいるが、まぁ趣味は人それぞれだろう。

 

(・・・・・・・・・・)

 

 オータムが銃を納めると、外から車の止まる音が聞こえてきた。

 カーテンを少しだけ開けて外を見てみれば、家の前に黒いワンボックスカー。

 侵入からジャスト1分。時間通りの到着だった。

 こうして山田真耶は自宅から姿を消すのだったが、たった一つのイレギュラーによってこの後大きな痛手を被る事になろうとは、神ならぬ身のオータムに、分かるはずもなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 再び、時間は少しだけ遡る。

 訪問者を感知したジャック君は、無断侵入である事と殆ど音が出ない歩き方から、高確率で敵性体であると判断。

 プログラムに従い、持ち主(山田真耶)の安全を守るべく行動を起こそうとしたところで、創造主(束博士)からの最優先命令を受診した。

 命令内容は、『持ち主(山田真耶)をこのまま拉致させて追跡。関係者及び協力者を発見したなら撃破。但し指定エリア内で発見出来なかった場合は持ち主(山田真耶)の奪還を行う』というものだった。

 合わせて、市内の詳細なMAPデータを受信。

 その時、

 

 ―――ユラッ。

 

 ジャック君の隣の人形が、棚から落ちそうになった。

 咄嗟に短い手で押さえて、落ちるのを防ぐ。

 だがその瞬間、目の前で無防備な背中を晒していた侵入者が、淀み無い動作で懐の銃を引き抜き、振り返った。

 1秒・・・・・2秒・・・・・3秒・・・・・ジャック君が人間だったなら、冷や汗を流していただろうが、ロボットにそんな機能は無い。

 更に数秒が経過。

 侵入者は銃を懐に戻すと、持ち主(山田真耶)を担いで階段から下りて行った。

 それから、ようやくジャック君は動き出す。

 普段のテクテクと動く様からは想像出来ない程、滑らかな動作で棚から飛び降り、音も無く着地。

 こっそり窓から外を眺める。

 確認するのは、追跡に必要な車のナンバー。

 だがここで、ジャック君の思考ルーチンはある問題を弾きだした。

 それは発見されないように追跡する方法。

 何度検証しても、不可能という結果が弾き出される。

 よって創造主(束博士)へ、助力を求める事となった。

 

 ―――命令実行不可能。本機の性能では、追跡中に気付かれる可能性大。

 

『いいねいいね。問題点の洗い出しは自分で出来ると。なら命令を変えよう。対象の位置情報はこっちで調べて教える。だから君は、地下下水道を通ってその位置情報を追いなさい』

 

 ―――了解。

 

 車が走り去った後、ジャック君は二階の窓から飛び降り庭に着地。

 近くにあったマンホールをかなり頑張って開けると、中に入っていく。

 そうして地下下水道に降り立った時、創造主(束博士)から目標の位置情報が送信されてきた。

 

 ―――目標確認。

 

 ―――システム、通常モードから戦闘モードへ。

 

 家庭用品には絶対必要無いはずの、搭載されているだけでも拙い、各種戦闘用アプリケーションが立ち上がっていく。

 更に、ジャック君はその場で2メートル程ジャンプ。

 短い手足が量子の光となって消えていく。

 だが幾ら頭脳があろうとも、身体が無ければ無意味。

 しかし忘れてはいけない。

 ジャック君を作ったのは、“あの”篠ノ之束である。

 あの天才が、ヘッドパーツだけを作って満足する事などあるだろうか?

 いや、無い。断じて無い。

 あの天才は、遊ぶ時も全力だ。

 しかも世界を救う為に自身を悪役とし、巨大企業すらもペテンにかけた策略家。

 そんな話を聞かされて、心躍らなかったはずが無い。

 だから当然、作られているのだ。

 

 ―――戦闘用パーツ群、呼び出し(コール)

 

 ここでは無い別の世界で、フォックスアイと呼ばれた機体が。

 

 ―――ASSEMBLE

    →HEAD:H07-CRICKET・・・・・・・・OK

    →CORE:C04-ATLAS ・・・・・・・・・OK

    →ARMS:CR-A72F・・・・・・・・・・・・OK

    →LEGS:LH13-JACKAL2・・・・・・・OK

    

    →R ARM UNIT  :WH04HL-(HI-レーザー)KRSW(ライフル) ・・・・・・・・・OK

    →L ARM UNIT  :CR-WL95G(ハンドグレネード) ・・・・・・・・・・・・・OK

    →R BACK UNIT  :CR-(両肩用)WBW94M2(デュアルミサイル) ・・・・・・・・・OK

    →L BACK UNIT  :CR-(両肩用)WBW94M2(デュアルミサイル) ・・・・・・・・・OK

    →EXTENTION   :-

    →R HANGER UNIT :-

    →L HANGER UNIT :-

 

 ―――全システム、チェック終了。

 

 ―――作戦行動、開始。

 

 

 

 第42話に続く

 

 

 


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