インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
箒さんと
授業が終わった後の放課後、
「――――――と言う訳で、今後専用機持ちのトレーニングには箒も加わる」
「せ、専用機持ちになったばかりで至らないところもあると思いますが、よろしくお願いします」
隣に立つ箒さんが、前に立つ専用機持ち5人に向かい挨拶をする。
少々固い挨拶だが、まぁ・・・・・そんな固さはすぐに消し飛ぶさ。
「じゃぁ早速トレーニングと行きたいところだが、まずは箒の今の実力を見ておきたい。―――――― 一夏」
「俺?」
「ああ、この中じゃ一番経験が浅いから、同じく経験の浅い箒の相手には丁度良いだろう」
「分かった。でも実力を見るって言っても、どうすれば良いんだ? 普通に戦えば良いのか?」
白式を展開しながらそう聞き返してきた一夏に、俺は自分でも分かるくらい、とてもイイ笑顔で答えた。
「ああ、全力で叩きのめせ」
「えっ!? ちょっ・・・・マジで」
「大マジもマジ。至って本気だぞ。なに、絶対防御があるから死にはしないし、ISの方は束が直すから、“少々”壊れてもかまわない。何よりテストパイロットは機体の問題点を洗い出す為にいるんだ。限界性能を振り絞ってもらわないと困る」
他の面々から「うわぁ・・・・」とか「ご愁傷様」という声が聞こえてくるが、とりあえず無視。
「言ってる事は正論だけどさ、もう少し、慣らしとか入れた方が・・・・・」
一夏の言ってる事も正論だが、あえて俺は一蹴する。
「何言ってる。お前の時より遥かに恵まれているだろう? ついでに言えば、早々にある程度の実力を付けて貰わないと危険なんだ。何せ世界唯一の第四世代機。どれだけの人間が狙っていると思う? 雛鳥と変わらない今の状態なら、紅椿を奪取する方法なんて幾らでもある。だから――――――」
俺は一度言葉を区切り、箒さんに向き直った。
「――――――この場にいる限り、訓練という考えは捨ててもらう。いいな」
「は、はい!!」
と返事が聞こえた瞬間、俺はNEXTを展開。
―――ASSEMBLE
→HEAD:063AN02・・・・・・・・・・・・・・OK
→CORE:EKHAZAR-CORE ・・・・・・OK
→ARMS:AM-LANCEL・・・・・・・・・・OK
→LEGS:WHITE-GLINT/LEGS ・・・OK
→R ARM UNIT :
→L ARM UNIT :
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
→SHOULDER UNIT :
→R HANGER UNIT :-
→L HANGER UNIT :-
―――STABILIZER
→CORE R LOWER :03-AALIYAH/CLS1・・・・・OK
→CORE L LOWER :03-AALIYAH/CLS1・・・・・OK
→LEGS BACK :HILBERT-G7-LBSA ・・・・・OK
→LEGS R UPPER :04-ALICIA/LUS2 ・・・・・・・OK
→LEGS L UPPER :04-ALICIA/LUS2 ・・・・・・・OK
→LEGS R MIDDLE:LG-HOGIRE-OPK01・・・・・OK
→LEGS L MIDDLE:LG-HOGIRE-OPK01・・・・・OK
―――
→コジマ粒子による擬似慣性制御エミュレートモード
左手のマシンガンを箒さんに向け、“わざわざ”ロックオン。
「え? なっ、何を?」
戸惑う箒さんを他所に、ロックオンを感知した
俺は躊躇い無くワントリガー。人が食らえばミンチ確実の弾丸が発射されるが、世界最高性能のシールドがそれを阻む。
が、衝撃までは吸収しきれず、数メートルも吹き飛ばされた。
「くぅぅぅぅっっっっ!! な、何を、何をするんですか!?」
訳が分からないと言った表情でこちらを見る彼女に、俺は言い放った。
「言ったはずだぞ。“訓練という考えは捨ててもらう”と。そして一番大事な事を一番初めに教えておく。周囲に気を配れ。常に“攻撃されるかもしれない”という意識を、頭の片隅に置いておけ。戦う相手が、常に正々堂々挑んでくるとは限らない。決して負けられない戦いになれば、人はどこまでも悪辣になれる。それが卑怯だと思うのも、自分がやらないと思うのも、お前の自由だ。だが、敵はお前の事情なんか一切考慮しない。勝つ為に、全力でお前の弱点を狙ってくる。そして更に言えば、それでも尚負けられないのが専用機持ちだ。いいか、専用機持ちが出る局面というのは、既に絶対に負けられない局面なんだ。それを頭に入れておけ」
反論を許さずそこまで言い切った俺は、大きくバックジャンプ。そのままピットに入った。
他の面子も専用機を展開。同様に離れてピットに入ると、残ったのは白と紅。
一夏に通信を繋ぐ。
『手加減はあいつの為にならない。専用機持ちの実力を理解させろ。これから先、あいつが敵に襲われても生き延びられるように。俺がお前にやったように』
『ホンッッッとスパルタだな、お前』
『良く言われるが、温い訓練はあいつの為にならない』
『束さん、怒らないよな?』
『何かあったら言われるのは俺だ。気にしなくて良い』
『分かった。じゃぁ、やらせてもらう!!』
そうして雪片弐型が構えられたところで、箒さんも紅椿の基本武装である二本の日本刀。
互いに最も得意とする近距離で向かい合い、数秒の沈黙。
そして
◇
「・・・・・相変わらず、出鱈目な踏み込みの速さですわね」
ピットで2人の戦いを見ていたセシリアの言葉だ。
何せ第一戦は、決着まで僅か10秒。
これで終わり。
余りにもあっけない幕切れだ。
「それに、逆手に持ち替えて首筋に当てるまでの手際、中々だったな」
ラウラが褒めるとは意外だったので、少し質問してみた。
「本職から見てもか?」
「まさか、
「なるほど。じゃぁ、箒はどう見る?」
「
「手厳しい」
「温い評価が聞きたかったのか?」
「まさか。そこそこなんて評価されたら、どうしようかと思ったよ」
そんな話をしていると、画面に映る2人は離れ、また近距離で向き合った。
だが結果は変わらない。ほぼ瞬殺。
無造作に繰り出された刺突を、隙と判断した箒さんが攻撃しようとしたところで、一夏はPIC制御。
慣性を打ち消し、ありえない早さで態勢を立て直すと、打ち込まれた刃を受け流す。
後に残るのは、攻撃を受け流されて隙だらけの箒さん。
第二戦は、8秒で決着が着いた。
「うわぁ・・・・・一夏容赦無いなぁ」
これは鈴。
「あの程度は序の口だ。というか、本当に限界までやって貰わないと困る」
「アンタの限界って、本当にギリギリの限界なのよね。初日からそんなに飛ばして大丈夫?」
「『もっと経験の浅い一夏でも耐えた』とでも言えば、あの一本気な性格だ。頑張るだろうよ」
「アンタ鬼だわ」
「褒め言葉だな」
そんな話をしている間に第三戦目。
今度は距離を取ったか。
だが、
「あの中途半端な距離の取り方じゃ、駄目だよね」
と厳しい一言のシャル。
「そうだな。あの距離は、まだ白式の射程距離だ」
直後、一瞬で距離を踏み潰された紅椿に迫る雪片。
辛うじて受けたようだが、一夏の剣は基本的に一撃必殺の剛剣。
防御ごと吹き飛ばされ、態勢を崩されたところに追撃。
数合と打ち合う事なく、喉元に刃が突きつけられる。
『どうした箒。もう終わりか?』
『クッ、まだまだっ!!』
バックジャンプで大きく距離を取る箒さん。
しかし白式は近接特化。その加速力は伊達じゃない。
『は、はやっ・・・・・』
成す術も無く、第四戦目も敗れる箒さん。
まぁ、無理も無い。
何せ量産機しか乗った事の無い人間が、世界最高性能のマシンに乗ってるんだ。
慣れない感覚に戸惑って当然だろう。
しかしだからと言って、手加減する理由にはならない。
むしろ今ここで専用機持ちのトレーニングが、一切気の抜けないものだと叩き込んでおいた方が、後でやり易い。
そう思っている間に、第五戦、第六戦、第七戦と続いていく。
いずれも一夏は近接特化の名に恥じない強さで圧勝していくが、二十戦を越えたあたりから、徐々に変化が起き始めた。
少しずつ、戦闘時間が延び始めたのだ。
10秒が15秒に、15秒が20秒に、少しずつ、少しずつ。
勿論逃げ回っている訳じゃない。
一夏と打ち合い、鍔迫り合い、徐々に勝負と言えるものになってきている。
「・・・・・へぇ、やるじゃない」
鈴の言葉に、他の面々も無言で頷く。
だが凄いという意味では無い。単に瞬殺されなくなった。それだけの事だ。
更に言えば、今回一夏にはある種リミッターが課せられているのと同じだ。
さぞやり辛いだろう。
「でもあれで、少しでも“やれてる”と思われるのも癪よね」
「随分棘のある言葉だな」
「アンタ分かってて言ってるでしょ。一夏の攻撃は、零落白夜を前提とした一撃必殺。本来、あんなに打ち合う事自体が自殺行為よ。しかも今回は限界性能を引き出すってのが目的だから、零落白夜を“使えない”。私に例えれば、衝撃砲が使えないのと一緒。凄くやり辛いでしょうね」
「だろうな。でも今回はそれで良い。一番経験の浅い一夏が、あそこまで戦えると分かれば、他の面子の実力も想像が付くだろう」
「付かなかったら?」
「想像出来るようにするだけさ。でもまぁ、そこは心配していない。仮にも剣道をやっていた身だ。そのあたりの事は分かっているだろう」
「ふぅ~ん」
そんな生返事を返す鈴に、というか、他の面子に伝え忘れていた事を思い出した。
「ああ、そうだ皆。今日は全員、箒と戦ってもらうからそのつもりで」
「アレを相手にか? 正直、まともな訓練になるとは思えないが?」
とはラウラの言だが、俺の返事は本人が聞けば、「鬼」という言葉以外は出てこないようなものだった。
「構わない。今日は専用機持ちを相手にするという事が、どういう事かを分からせてやれ。こういうのは言葉で長々と言うよりも、直接体験してもらった方が早いからな」
「・・・・・その容赦の無さ。本国の連中にも見習わせたいところだな。一度来る気はないか?」
「お前も懲りないな」
「過去の事を悔やんでも仕方がない。物事は建設的に考えた方が利口だろう?」
「全くだが、面倒事が多過ぎるからパスだな」
「それは残念」
こうして俺は箒さんを戦わせ続け、全員が一通り戦ったところで、今日は解散とした。
ちなみにこの日、NEXTで模擬戦はしなかった。
何故かって?
勿論、後にとっておいた方が面白そうだったからさ。
◇
「はぁ、はぁ・・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・くっ、はぁ・・・」
上がった息が戻らない。手足が重い。
既に日は落ちて、星空が良く見えるアリーナで紅椿を解除した
「あれが、あれが・・・・・・専用機持ち」
倒れたまま、今日の訓練を振り返ってみる。
一番経験が浅いはずの一夏相手ですら、かすり傷1つ負わせられない。
他の面々も同じ。
スペック上では勝っているはずの紅椿を使いながら、全く勝てる気がしなかった。
それどころか最後の方は、何をやっても“読まれてる”気がしてきて、思い出すのも嫌になるような有様だった。
情けない、と思う。
でも一夏はこれ以上を乗り越えて、あの場に立っている。
なら私にだって・・・・・そう思った時だった。
「お疲れさん箒。どうだった?」
声のした方――――――頭の上に視線を向けてみれば、一夏が立っていた。
「ふ、ふん。見ていた・・・・・だろう。ボロボロだ。・・・・・薙原さんの訓練は・・・・いつもこんな、感じなのか?」
息も絶え絶えに聞き返してみれば、返って来た答えは想像の斜め上を行っていた。
「いや、今日のは流したって感じかな? あいつ酷いんだぜ。『戦場で1対1の、平等な状態からのスタートなんてありえない』って言って、よく苦手な距離、俺なら遠距離戦だな。そんな状態からスタートさせたり、多対一の取り囲まれた状態から開始とか、ザラだからな」
「なっ、何だ。それは!!」
厳しい訓練だとは聞いていたけど、まさか、それ程だなんて。
でも続く一夏の言葉は、もっと凄かった。
「で、特にいつって決まってる訳じゃないけど時々、専用機組 VS NEXT で模擬戦。一瞬でも気を抜いたら即撃墜判定。凄いぜ、あの時のみんなの緊張具合って言ったら」
「あの、専用機組が・・・・・緊張?」
正直、信じられない思いだった。
自分を完膚無きまでに打ちのめし、圧倒的実力差を見せ付けた専用機持ちが、緊張?
信じられないという視線を向けると、一夏は隣に腰を下ろして答えてくれた。
「多分色々言うより、コレを見てもらった方が早いかな」
すると眼前に空間ウィンドウが展開され、映し出されたのはNEXTと私以外の専用機持ち達。
「5対1? そんな無茶な!?」
「まぁ見てなって」
そして続く映像に、言葉を失う。
私を圧倒的な実力差で叩きのめした専用機持ちが、私の時よりも遥かに洗練された機動で、遥かに苛烈な攻撃をしているにも関わらず、尽く撃墜されていく。
しかも5対1の、多角同時攻撃が捌かれるという信じられない光景。
「これが・・・・・姉さんの守護者」
「ああ、しかもこれで手加減してるってんだから、本当凄いよ」
「これでかっ!?」
「映像でさ、晶の奴一回も武器変えてないだろ? だけどあいつ、本当は
言葉が出ないとは、まさにこの事だった。
そして、急に自分が恥ずかしくなった。
他の人達は、本当に強くなろうとして、強くなる為にここにいる。
だけど私に、“それ”はあっただろうか?
姉さんに相談の手紙を書いたら、すぐに専用機の話が来た。
直接『専用機が欲しい』とは書かなかったけど、心のどこかに、そういう希望は無かっただろうか?
いや、あった。間違い無くあった。
だから姉さんに手紙を出した。
一夏との距離を縮めたいだけなら、私から話しかければ良いだけなのに。
何て、浅ましい。
「箒?」
気づけば、一夏が私を覗き込んでいた。
「い、いや、何でもない」
純粋に心配してくれている一夏がとても眩しくて、自分がとても薄汚く感じられて、顔を背けてしまう。
でも一夏は、私が負けて落ち込んでいると思ったらしい。
「打ちのめされた事なら気にするなよ。俺の時なんてもっと酷かった。延々とNEXTと1on1。起き上がる度に、色々な方法でブチのめされた。それこそ近距離から遠距離まで、こっちの戦えない距離なんてお構いなしに」
「何だそれは。そんなの、訓練じゃ――――――」
続く言葉は、静かだけど強い言葉にかき消された。
「俺が頼んだんだよ。鍛えてくれって。あいつは、それに応えてくれただけだ」
「しかしだからと言って、初心者だったお前にそんなやり方なんて」
「だけどそのおかげで、強敵と向かい合うってのが、どういう事かを教えてくれたお蔭で、俺はクラス対抗戦の時に皆を助けられた。初心者だった俺がだぜ。だから箒も頑張れよ。今は苦しいかもしれないけど、頑張れば、ちゃんと出来るようになるって、な。俺も協力するからさ」
立ち上がった一夏は、倒れている私に右手を差し出してきた。
掴んで立ち上がろうとすると、思いの他、力強く引っ張られてバランスを崩してしまう。
「うわっ」
「っと悪い。引っ張り過ぎた」
疲れ果てていた私は態勢を立て直せず、そのまま一夏の腕の中へ。
い、意外と逞しいんだな。
「顔が赤いけど、大丈夫か?」
「な、何でもない!! ないったらない!!」
慌てて一歩離れる。
逞しい胸板の感触が名残惜しいだなんて、思ってない!! 思ってないったら思ってない!!
「そうか。じゃぁ、明日の事もあるし、早いとこ戻ろうぜ」
「あ、ああ。そうだな」
そうして一夏と一緒にアリーナを後にした私は、寮がもう少しだけ、遠くにあればと思ってしまった。
何て、浅ましいんだろう。
ちなみにこの時、監視カメラが2人をじーーーーーーーーーーーっと見つめていた。
勿論犯人は――――――。
第41話に続く