インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第04話 出会い

 

 ―――フランス。アルプス山脈付近。

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・・」

 

 背を近くの木に預け、その場にへたり込む。

 流れ出る血と、降りしきる雨が、容赦無く体温を奪っていく。

 マズイ。

 このままだと死んでしまう。

 そんな思考が脳裏を過ぎるが、身体が動かない。

 似合わない事をするから、5対1で戦ったりするからこんな事になると思ったが、後悔はしていない。

 俺は、薙原晶(なぎはら しょう)は、自分を裏切らなかった。

 それで良い。

 敵ISが5機。もしアレが裏切りの結果だったのなら、それを見抜けなかった自分が間抜けだっただけの話だ。

 

『騙して悪いが・・・・・』

 

 何て良くある話さ。

 しかし、マズイ。

 身体が切実に休息を訴えているが、この状態で雨に打たれながら寝たりしたら、かなりの高確率で次の目覚めはあの世になってしまう。

 

「誰か・・・いるんですか?」

「!?」

 

 全く知覚していなかった他者の存在。

 振り返り、仮に敵であっても良いように体勢を整えようとするが、俺の意志に反して身体はほとんどいう事をきいてくれない。

 出来たのは、ただゆっくりと振り向く事だけ。

 だが目がかすみ、相手の姿がはっきりと分からない。

 辛うじて金髪の若い女性と分かっただけだった。

 更に自分の喉から出てきた言葉は、情けなくなる程に力ない。

 

「だ・・・れ・・・・だ?」

 

 相手が近付いてくる。

 すぐ傍に立ったようだ。

 

「酷い傷!? 早く救急車を――――――」

 

 ぼやけた視界の中、ポケットから携帯を取り出す彼女を見た俺は自分でも驚く程の早さで、女性の(恐らく)足を掴んでいた。

 

「たの・・・・・む。俺が、ここにいる事は・・・・・・誰にも・・・・・いわ・・・・ないで・・・・くれ」

「何を言ってるんですか!! 早く手当てしないと死んでしまいます!!」

「いま・・・・・の、・・・・・・状態を・・・・・・知られ・・・・る方が、マズ・・・イんだ。・・・・分かって・・・くれ」

 

 今の状態を他人に知られるのは確実に命取りになる。

 俺の身体は普通の身体じゃない。どういう訳かは分からないが、この世界に来た時から“強化人間”となっていた。

 AC世界の強化人間。多分、この世界じゃオーバーテクノロジーの塊だろう。

 何せ、身体機能増強による代謝機能と対G耐性の強化のみならず、人の身体で最も繊細でデリケートな神経系全般まで強化されているんだ。科学者が見たら泣いて喜ぶだろうよ。

 だからこそ、他人に俺の身体を調べられる訳にはいかない。

 しかし、そんな事情を知るはずも無い彼女は、

 

「駄目だよ。すぐに手当てしないと」

 

 と言ってきかない。

 埒があかないと思った俺は、腰裏にさしていた護身用の銃(=ベレッタM92)を取り出した。

 情けないほどゆっくりな動きだったが、彼女は動かなかった。

 心配してくれる人に対して、最低の行動をしているというのは分かっていた。

 でも、他人を呼ばれないようにする方法が、コレ以外に思い当たらなかった。

 

「たの・・・・む。放って・・・・・おいて・・・・・俺のこと・・・・を、・・・・・忘れて・・・・くれるだけで・・・・いい」

 

 銃を持つ手が安定しない。

 いや、持っているのすら辛くなってきた。

 

「・・・・・分かったよ。人は呼ばない。でも手当てはする」

 

 数瞬の沈黙の後、そんな事を言った彼女はその場に跪き、

 ビリィィ。

 (目が良く見えなかったが恐らく)スカートを引き裂き、出血の激しい上腕や大腿部に巻き始めてくれた。

 

「あり・・・・が・・・とう」

「こんなに傷ついて、こんなに血を流して、それでも他人を頼れないなんて、君は――――――」

 

 何か言葉が聞こえてくる。

 だが、ここが限界だった。

 視界が急速に暗くなっていき、抗う間も無く、俺の意識は途絶えてしまった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 雨の中散歩に出かけたのは、ほんの気まぐれからだった。

 自分を道具としてしか扱わない父。

 近々、性別すらも偽らなければならなくなる現実。

 思い出の中にしかいない優しかった母。

 昔を思い出して、今を考えて、未来を思って、希望を持てるものが見つからない。

 せっかく久しぶりに母との思い出が詰まっている実家に帰ってきているのに、これではいけない。

 そう思ったシャルロットは、雨の中だったが、母と歩いた森の中を歩く事にした。

 そうすれば、少しでも気分が晴れると思って。

 だけどそこで、

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・・」

 

 誰かの声が聞こえた。

 周囲を振り返るが、うっそうとした木々が立ち並んでいるばかりで、誰の姿も見えない。

 

「誰か・・・いるんですか?」

 

 意を決して尋ねてみる。

 専用機持ちに対する襲撃という万一の自体を考えて、即座にISを展開出来るようにしながら。

 しかし、返ってきたのは、ガサッという音だった。

 音のした方に近付いてみれば、木に背を預けるように、血だらけの男が座り込んでいた。道からは茂みに隠れて丁度見えない場所だ。

 

 「だ・・・れ・・・・だ?」

 

 まだ若い、黒髪黒眼の男が力無くゆっくりと振り返り、そんな事を言う。

 だがシャルロットは男の問いに答えず、

 

「酷い傷!? 早く救急車を――――――」

 

 呼ぼうとして、足を掴まれた。

 

「たの・・・・・む。俺が、ここにいる事は・・・・・・誰にも・・・・・いわ・・・・ないで・・・・くれ」

「何を言ってるんですか!! 早く手当てしないと死んでしまいます!!」

 

 男の状態は素人が見ても、一目で危険だと分かる程だ。

 雨の中、大地が紅く染まる程の血を流せばどうなるかなんて、子供でも分かる。

 しかしここでシャルロットは、ある事実に気付いた。

 男が人を呼ばないでと言った理由に。

 彼が着ているものは――――――ISスーツ。

 本来、女性しか動かせないはずのIS。現状唯一の例外は極東に出現した特異体のみの。

 しかし、目の前の男が着ているのは間違い無くISスーツ。男性用にカスタムされているが、見間違うはずがない。

 そこへ男の声。

 

「いま・・・・・の、・・・・・・状態を・・・・・・知られ・・・・る方が、マズ・・・イんだ。・・・・分かって・・・くれ」

「駄目だよ。すぐに手当てしないと」

 

 とっさに出た言葉に、男は銃を取り出した。

 だがその動きは酷くゆっくりとしたもので、取り押さえようと思えばいつでも出来るくらいに酷いものだった。

 

「たの・・・・む。放って・・・・・おいて・・・・・俺のこと・・・・を、・・・・・忘れて・・・・くれるだけで・・・・いい」

 

 銃を持つ手がカタカタ震えている。

 いや、銃は意外と重い。もう持っているだけの力も無いのだろう。

 そう思いながらシャルロットは、

 

「・・・・・分かったよ。人は呼ばない。でも手当てはする」

 

 と言い、男の傍らに跪きスカートの裾を引き裂き、出血の酷い上腕や大腿部に包帯のように巻いていく。

 

「あり・・・・が・・・とう」

「こんなに傷ついて、こんなに血を流して、それでも他人を頼れないなんて、君は・・・・君はどれだけ孤独なの?」

 

 言い終える前に、男の身体から力が抜け、ズルリと地面に倒れ――――――る前にシャルロットが支える。

 何故か、この男が他人とは思えなかった。

 自分を道具としてしか見ない父。恐らく同じなんだろう。

 いや、男でISが使えるというなら、その価値は計り知れない。

 どこかの研究所から、命懸けで逃げ出してきたのだろうか?

 そんな嫌な考えが脳裏に浮かぶ。

 普段なら、「何を馬鹿な」と笑い飛ばせたかもしれない。だがそれには、腕の中にいる男の傷は余りにも生々し過ぎた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 次に俺が目覚めたのは、暖かくて清潔なベットの上だった。

 はっきりしない意識の中、周囲を見渡す。

 見えるのは、すぐ傍にある窓から見える外。暗い森に降りしきる雨。

 反対側に視線を移せば、随分と使い込まれた、本当の薪を燃やす暖炉があり、火がついている。

 そして上を見ると、同じく年代を感じさせる電球。

 眩しいな。

 何となくそんな事を思った時、ベット正面にあった扉が開いた。

 入ってきたのは金髪の・・・・・美少年とも言えるし、美少女とも言える。どっちだろうか?

 服装は黒と白を基調としてオレンジのラインが入ったジャージという動きやすい格好。

 

「目が覚めたの? 大丈夫? 痛いところは無い?」

 

 視線が合うと、ベットサイドまで駆け寄ってきて矢継ぎ早な質問をされた。

 正直、まだ頭がはっきりしな――――――。

 

 急速に蘇る記憶。

 

 そうだ、俺は森の中で死にそうになっていたところを誰かに・・・・・・・・・。

 いけない。早くここから去らないと。きっと迷惑をかけてしまう。

 何故かって?

 それはあの5対1での戦いにある。結論から言えば、相手は全て撃墜した。

 が、そんな事はどうでも良い。

 問題は、あの戦いで俺はAA(アサルトアーマー)を使ってしまったって事だ。

 本来のネクストが使うAAは、直撃でさえなければ無傷とまではいかないが核兵器すら凌ぐPA(プライマルアーマー)を攻性転換、全方位への飽和攻撃を行う代物だ。

 束博士は、ネクストISでもそれを忠実に再現した。

 つまり逆説的に言えば、AAの使用は核兵器級のエネルギー反応が検出されるはずなのだ。

 そんな巨大なエネルギー反応がいきなり出現したら、近くの国・・・・・いや、軍はどう動くだろうか?

 確実にデフコン(防衛準備態勢の事。1が最高で5が最低を示す)レベルが跳ね上がるだろう。

 元の世界での冷戦時、米国の大陸間弾道ミサイル部隊はほぼ常時デフコン4だったらしい。又、キューバ危機(米ソ間の冷戦で核戦争寸前まで達した危機的な状況)の際はデフコン2だった事を考えれば、恐らくデフコンは3ないし2。

 流石に1(完全な戦争準備態勢)は無いと思いたい。

 どちらにしろ言える事は、巨大なエネルギー反応の原因を探しているだろうという事だ。

 そんな事を考えていると、不意に両肩を掴まれた。

 

「ねぇ、本当に大丈夫?」

 

 黙り込んでしまった俺を、アメジスト色の瞳が心配そうに覗き込んでいる。

 

「あ、ああ。もう大丈夫だ。休ませてくれてありがとう。すぐに出て行くから――――――」

 

 正直に言えば身体は重いが、ここにいたら迷惑をかけてしまう。

 だから出て行こうと身体を起し――――――やんわりと押し止められた。

 

「ダメだよ起きちゃ。まだじっとしていないと」

「いや、しかし」

「そんな傷で、そんなガタガタの身体でどうしようっていうのさ。君の希望通り誰も呼んでいないから安心して」

「・・・・・何で、助けてくれるんだ? 俺を助けて君に何のメリットが?」

 

 俺は自分が善人じゃないと自覚している。

 まして、森の中で血だらけで倒れていた人間なんて怪しさ満点だ。

 故に出てきた疑問だが、

 

「困っている人を助けるのに理由なんていらないじゃないか」

 

 とあっさり返された。

 が、俺は食い下がる。

 

「俺が逃亡中の凶悪犯とかだったらどうするつもりだ?」

「本当の凶悪犯なら、そんな事は言わないよ」

 

 と、これもあっさり返された。

 

「いや、しかし・・・・」

「ダメ。君が何を心配しているのかは知らないけど、ここに君を傷つける人はいないから安心して良いよ」

 

 そんな言葉と魅力的な笑顔を向けられては、振り払って出て行く気力も萎えていく。

 が、万一の事態を考えれば、甘えてしまう訳にはいかない

 

「気持ちだけ、受け取っておく。ありがとう」

 

 そう言って、やんわりと俺を押さえつけている手をどけ、身体を起こした。

 直後、

 

「ッッッッ!!!!!」

 

 悲鳴すらあげられないような激痛が、全身を駆け巡る。

 出来たのは、両手で自分の身体を抱き抱えるようにする事だけ。

 みっともなく、奥歯がカタカタと噛み合わない。

 そんな中、脳裏に無機質なメッセージが流れた。

 

 ―――AMSダメージリポート

    →神経組織、特に感覚・運動神経系にダメージ。

    →戦闘行動に深刻な支障あり。

    →現在再生中。終了までは安静を推奨。

    →痛覚遮断プログラムを使用しての行動は推奨されません。再生速度に悪影響があります。

    

 ―――ネクストISダメージリポート

    →ダメージレベルD-(起動すら危うく、生命維持すら極めて困難なレベル)

    →現在再生中。

    →詳細は以下。

     ・HEAD:063AN02・・・・・・・・・・損壊率82%

     ・CORE:EKHAZAR-CORE ・・・・・・・損壊率78%

     ・ARMS:AM-LANCEL・・・・・・・・・損壊率92%

     ・LEGS:WHITE-GLINT/LEGS ・・・・・損壊率85%

     

 ほぼ全損ともいえる深刻なダメージに愕然とする。

 いや、5対1で生き残れたのを考えれば、まだ良い方だろうか?

 頭の片隅、僅かに残っている理性的な部分でそんな事を考えるが、すぐに消し飛ぶ。

 

「痛い」

 

 只その一言すら言えない痛み。

 嫌な汗が全身から流れていく。生気の無い顔をしているのが自分でも分かる。

 が、取り繕う事すら出来ない。

 

「ちょっと、大丈夫!? 早く横になって、起きるなんてまだ無理だよ!!」

 

 有無を言わさずベットに押し倒され、横になるとスッと痛みが引いていった。

 

「す、すまない・・・・・」

「いいんだよ。無理しないで、ゆっくり休んでいて」

 

 見る者を安心させる穏やかな笑顔を向けられた俺の意識は、それで安心してしまったのか再び眠りに、抗う間もなく落ちていってしまった。

 

 

 

 第5話に続く

 

 

 

 


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