インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第37話 進む関係。新たな関係。

 

「――――――ところで、さ」

「何だ?」

「晶って、Sだよね」

 

 NEXT VS 一年生専用機チームという大芝居をしてまでドイツを嵌めた日の夜。

 束の寝室。そのベッドの中で、いきなりそんな事を言われた。

 

「いきなり、どうしたんだ?」

「何となく、VTシステムを発動させる時の行動を見ていて思ったの。だってあの小娘(ラウラ)の立場からしたら、君の『俺を利用しようとした代価を支払ってもらおうか』なんて台詞は、死刑宣告と同じよ。なのに言ってる時、楽しそうにノリノリだったもの」

「そんなにノッてたか?」

「うん。聞いているこっちがゾクッてくるくらいの名演技だった。特に接触回線で一方的に言い放った後の、容赦の無い攻め方は、見ていたこっちがハラハラするくらい。俳優に成れるんじゃないかな?」

「興味無いな。それに俳優になんかなったら、お前と一緒にいられなくなる」

 

 隣で横になる束の髪を撫でながらそんな事を言うと、彼女は微笑みながら、柔らかい四肢を絡みつかせてきた。

 互いの身体が密着し、女性特有の柔らかさが感じられる。

 

「ふふ。ありがとう。――――――ところで、あの小娘(ラウラ)のISはどうしようか?」

「データの吸い出しとVTシステムは?」

「完璧。本人が意識を失っている間に、全データを抜かせてもらった。予備パーツも含めてね。VTの方も、完全に消去したから問題無いよ」

「流石だ。なら――――――」

 

 数瞬の思考。

 どうしようか?

 束の手にかかれば、ドイツが望んで止まないであろうセカンドシフトの為に必要な、戦闘経験の初期化すら可能だろう。

 が、そこまでする必要があるだろうか?

 既に衛星への最優先アクセスコードという手痛い出費をさせている以上、今回の目標は達成しているんだ。

 更に言えばトライアル中の最新鋭機、その詳細な設計データも入手している。

 何かあれば、これを仮想敵国に渡してやれば良い。弱点のレポート付きで。

 加えて今初期化しても、目に見えるダメージが無い。

 つまりインパクトが弱い。

 なら初期化という罰は、もっと別の機会の為にとっておくべきだろう。

 そう考えた俺は、

 

「――――――修理も何もしないで、そのままドイツに引き渡してやれば良い」

「あれ、意外だね。てっきり何か考えてると思ったけど」

「考えた結果さ。今回の目標は達成している。これ以上何かしても、インパクトが弱い」

「なるほどね。分かったよ。――――――ところで、もう1ついいかな?」

 

 束は妙に妖艶な笑みを浮かべながら、そんな事を言ってきた。

 

「何だ?」

「埋め合わせって、何を考えてるのかな?」

「え?」

「だ・か・ら、フランスとイギリス代表候補生に『埋め合わせをする』って言ってたよね? どんな埋め合わせをするのかなぁ~って気になって」

 

 ヤ、ヤバイ。

 いや、拙くは無い!! 断じて拙くは無い!!

 日頃世話になっているし、少しとは言え、女の子の肌にアザを作ってしまったんだ。

 円滑な人間関係の為にも、こういうフォロー欠かせないだろう。

 と必死に弁明すると、

 

「ふぅぅぅ~~~ん。そうか、晶は女の子の肌にアザを作ったら、そういうフォローは必要だって考えるんだ。――――――私にも、いっぱい作ったクセに。ダメって言ったのに、獣みたいに」

 

 そんな事を言いながら、何処か拗ねたような、それでいて受け入れてくれるような、魅惑的な笑みを浮かべる束。

 思わず見とれていると、彼女の言葉は更に続いた。

 

「で、どうするのかな?」

「そ、その・・・・・だな・・・・・」

 

 どう言えば良いだろうか?

 数瞬考えてしまったが、結局のところどう言葉を取り繕うと、所謂デートになってしまう。

 なので、ストレートに言う事にした。

 嘘はつきたくない。

 

「いや・・・・・デート・・・になるのかな」

「この状態で、他の女とデートだなんて、良く言えたね」

 

 四肢の絡みつきが強くなり、片側の手足ががっちりホールドされてしまう。

 感触は天国だが、笑顔が怖い。

 しかしここで負けては男が廃る!!

 

「何言ってるんだ。外で上手くやる為に、ある程度のコミュニケーションは必要だろう?」

「私が問題にしてるのは、そのコミュニケーションのレベル。大体――――――んんっ!!」

 

 長くなりそうだったので、つい唇を塞いでしまった。

 勿論、俺の唇で。

 

「んんっ、んっ。こ、こら。今日はそんな事で誤魔化されないからね」

「誤魔化して無いよ。お前が一番なのは変わりない」

 

 もう一度、唇を塞ぐ。

 さっきよりも強く、長く、交わるように。

 そうして暫くすると、互いの顔が自然と離れた。

 すると彼女は小さな声で囁く。

 頷いた俺は、部屋の照明をゆっくりと落としていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 NEXT VS 一年生専用機チームという一大イベントの翌日早朝。

 (楯無)は交渉結果を報告する為、(薙原)のアドレスをコールしていた。

 勿論成功という話事態は既に伝えてあるけど、その詳細を皇女流(おうめる)は、「遠距離通信だと盗聴の可能性が排除出来ない」という事で帰国するまで上げてこなかったから、こんな時間になってしまった。

 普通なら警戒し過ぎと笑われるかもしれないが、そこで笑う奴は素人だ。

 情報なんて、何処から漏れるか分からないんだから。

 そんな事を思いながら待っていると、ようやく繋がった。

 

『あ、晶? 交渉の成果なんだけど――――――』

『何で泥棒猫が、彼を名前で呼んでるのかな?』

 

 良かった機嫌が、底辺まで下がるような声が聞こえてきた。

 

『・・・・・なんで引きこもり兎が出るのよ』

『彼は今お休み中。仕事の話なんでしょ。私が伝えておくわ』

『いいえ。掛けなおすわ。大事な話だから、間に人を挟みたくないの』

『ふぅん。そう。じゃぁ、そうすると良いわ。私は、もう少し彼と一緒に休んでるから』

 

 あからさまに見せ付けるかのような物言いに、ついカチンと来てしまった。

 

『不安なのが見え見えよ、兎さん』

『何が?』

『そんなに彼が“私のもの”って自己主張するのは、取られるのが心配だからなんでしょう』

『当たり前じゃない。何を言ってるの?』

 

 少しでも揺らいでくれればそこを突破口にするつもりだったけど、まさか小揺るぎもせずに、正面から肯定されるとは思わなかった。

 そして兎の言葉は更に続く。

 

『彼は私のもの。誰にも渡さない』

『身体で繋ぎとめるなんて、前時代的ね。まるで愛人みたい』

『フフ、アハハハハッッ!! 所詮小娘ね、貴女』

 

 人の神経を逆撫でする勝ち誇ったような声。

 

『何ですって』

『だってそうでしょう? 肉体関係があるだけで、“繋ぎとめる”だなんて、まるで純情(ウブ)な少女みたい。あ、貴女はまだそうだったわね』

 

 どこまでも上から見下ろす物言いに、グツグツと怒りがこみ上げてくる。

 言わせておけば!!

 

『あれ? 怒ってるのかな? まさか、そんなはず無いよね。“愛人みたい”だなんて言う人が、こんな事で怒ったりしないよね? でもそうすると大丈夫かな? 暗部名門に相応しい人で、そんなに身奇麗な人っているのかな? ああ、でも泥棒猫には相応しいかもね。――――――君の好みに合うかどうかは、別として』

 

 感情を爆発させたい衝動に駆られるが、やってしまえば引きこもり兎の思うツボ。

 そう思い、辛うじて自制する。

 

『ふん。男なんて移り気なんだから、せいぜい必死になって繋ぎとめておきなさい。私は、その必死さを見て笑ってあげるわ』

『ハハッ、負け犬。いや、負け猫かな? その時点でもう勘違いしてるよ。繋ぎとめてるんじゃない。私が自分で隣に立ってるんだ。この程度の違いは理解出来るかな? 乙女の生徒会長さん』

『あ、当たり前じゃない!! 馬鹿にしないで!!』

『そう? 潔癖な乙女には難しいと思ったんだけど』

『お、乙女は関係無いでしょ。乙女は。そっちこそ、恋人がいるからって調子に乗らないでよね。私に言い寄る男なんて、掃いて捨てる程いるんだから』

『でも全員凡人でしょ。貴女っていうブランドが欲しくてすり寄ってくる低能ども。大変よね。同情するわ。そんなものを相手にしないといけないなんて。でも仕方無いわよね。更識家の為には、そんな中からでも選ばないといけないんだもんね』

 

 内心で喜んでいるのが見え見えの、言葉だけの薄っぺらい同情。

 本当にこの引きこもり兎は、人の神経を逆撫でしてくれる!!!!!!!!

 だから決めた。

 初めては、絶対アイツにする。

 そしてこの引きこもりを、死ぬほど悔しがらせる。

 決めた。絶対そうする!!

 

『・・・・・ねぇ、今良からぬこと考えなかった?』

『さぁ? 知らないわ。気のせいじゃない。貴女に恨みを抱いている人間なんて腐るほどいるだろうから、何か噂でもされているんじゃないの』

『私の勘は、良く当たるんだけどね』

『なら、今回はハズレたのね』

『ふぅぅぅ~~~~ん。そう』

『ええ、そうよ。じゃぁ、また後で掛けなおすわ』

 

 内心の感情を押し隠し、何とか平静を装って最後の一言を言い終えた私は、

 

「あの引きこもり!!!!!」

 

 通話を終えた瞬間、思わず携帯をブン投げてしまった。

 壁に当たって壊れるが、そんな事はどうでもいい。

 問題はどうやってアイツを――――――そこで、ふと気付く。

 今、私は何を考えた?

 初めてを、アイツと?

 誰が? 私が?

 相手は? アイツ?

 な、何を考えてるの私は。

 そんな事ある訳ないじゃない。

 一時の気の迷いよ。

 余りにも自然に色々な事を想像してしまい、顔が熱くなっていく。

 駄目、と思う程に止められなかった。

 そして比べてしまう。

 私にすり寄ってくる男共と、アイツを。

 

 ・・・・・勝負になんてならなかった。

 

 金のある奴もいる。権力のある奴もいる。頭の良い奴もいる。顔の良い奴もいる。

 普通に考えればより取り見取りだ。

 でも、全員駄目。

 言葉巧みに私を持ち上げるけど、結局のところ欲しているのは、更識家そのもの。

 私を思っての事じゃない。

 それに比べてアイツはどうだろう?

 博士を助ける為に11機のISが待ち構える艦隊の中に、躊躇無く飛び込んでいった。

 戦争どころか、一国を焦土に変えられるだけの戦力に正面から喧嘩を売った。

 たった1人を助ける為に。

 羨ましくないはずが無い。

 私もそれほど思われてみたいけど、すり寄ってくる男共に、そんな奴はいない。

 だから、

 

「――――――いいなぁ」

 

 と思わず、誰もいないはずの生徒会長室で呟いてしまった。

 誰もいない“はず”の生徒会長室で。

 

「何が良いんですか。お嬢様」

「・・・・・え?」

 

 気付けば、目の前に布仏 虚(のほとけ うつほ)がいた。

 代々更識家に仕えてきた布仏家が、今代輩出した私の側近。

 眼鏡に三つ編みという如何にもお堅い外見を裏切らず、仕事は万事手堅くこなしてくれる得がたい人材。

 そして生徒会会計を預かる身だから、何かの報告で生徒会長室に来るのは何も不思議では無いけど、私が入室に気付かなかった?

 

「・・・・・ねぇ、何時の間に入ってきたの?」

「つい先程です。お嬢様。ところで、何が良いんですか?」

「い、いえ。何でもないわ。ところで、手に持っている分厚いファイルは何かしら?」

 

 私はどうにか表情を取り繕って、極々自然に見えるように話題を切り替えた。

 

「昨日から今日までで、学園に届いた公開要請書です」

「何の、とは聞くまでもないわね」

 

 ずっしりと重いファイルを受け取って、とりあえず開いてみる。

 中身は小難しい文章で色々書かれているが、要約してしまえばたった一つ。

 昨日の演習内容を公開しろ。それだけだった。

 にしても、今時紙で寄越すなんて、何て前時代的。

 一切非公開にした事に対する嫌がらせかしら?

 

「ところでコレ、何で私のところに来たの? こういうのは、職員の方で処理すべきものだと思うけど」

「それがどうやら、職員の間で変な意見が出たようで」

「何かしら?」

「どうやら、『最近、薙原と更識は仲が良いようだから、更識に説得させれば頷くのでは?』という趣旨の発言をした職員がいたみたいで」

「何よそれ。その程度で、あの男が頷くはず無いでしょう」

「という意見も出たようなんですけど、駄目で元々、という事で回されてきたみたいです。恐らくフランスとイギリスの代表候補生のところにも、それとなく話が行くでしょう」

「馬鹿な奴らね。あの男がそんな事で頷くはず無いのに・・・・・放っておいても良いけど、契約の件もあるから、こっちで潰しておきなさい」

「そう言われると思い、既に手は打っておきました」

「流石ね、虚。ところで、他に何か用事はある?」

「いいえ。今はこれだけです」

「なら少し1人にしてくれないかしら、考え事がしたいの」

「分かりました。では午前中の予定は全てキャンセルにしておきます。ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう」

 

 すると虚は一礼して、部屋から出て行った。

 壁に当たって壊れた携帯をそのままにして。

 いつもの彼女なら、気付かないはずが無い。

 つまり初めから気付いていたのに、気付かなかったフリをしてくれたんだろう。

 恥ずかしいなぁ、もう。

 そんな事を思いながら、私はこれからの事を考え始めた。

 アイツの事も含めて。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 NEXT VS 一年生専用機チームという一大イベントの翌日、その昼過ぎ。

 (一夏)はラウラの病室にいた。

 本当ならもっと早く見舞いに来たかったんだけど、昨日は検査やら何やらで面会出来なかったし、今日は先に千冬姉が来ていた。

 だからこんな時間になっちゃったんだが・・・・・何でこんなに機嫌が良いんだ?

 あんな事があったんだから、落ち込んでると思ったんだけど。

 もしかして千冬姉が立ち直らせたのかな?

 そんな事を思いながら、俺はベッド横のパイプイスに腰を下ろした。

 

「元気そうだな」

「ああ、御蔭様でな」

 

 何時もの厳しい表情が嘘みたいな、穏やかな表情。

 こいつ、こんな顔も出来たんだ。

 

「まいったな。落ち込んでると思って色々考えてきたのに、全部パァだ」

「ふふ、すまないな。あの人の言葉は、相変わらず良く効く。私の悩みなんて、一発で吹き飛ばされてしまった」

「あの人? 千冬姉か」

「ああ」

「納得。あの人に言われちゃ、どうしようも無い。人を立ち直らせるのも世界最強か。敵わないなぁ」

 

 がっくりと肩を落とす俺にラウラは、

 

「私を励ましに来たお前が落ち込んでどうする」

「凄過ぎる姉を持つと、出来の悪い弟は苦労するって話」

「馬鹿を言うな。演習の時のお前の動きは、見事な・・・・・新兵(ルーキー)にしては、それなりに見れたものだった。新兵(ルーキー)としては、だ。勘違いするなよ」

「分かってるよ。本職の軍人さんからしたら、まだまだ穴だらけなんだろう。だから、これからよろしく頼むよ」

 

 そう言って手を差し出すと、ラウラはしっかりと握り返してくれた。

 細くて綺麗な手。

 だけど手の平には、幾つも血豆の痕があった。

 

新兵(ルーキー)にしては、殊勝な心がけだな」

「周りが凄いからな。慢心してる暇なんて無いんだよ。それにアイツ()、本っっっ当に容赦無いから。今回だって、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で最大加速したところにカウンターで膝だぞ。身体がバラバラになるかと思ったよ」

「容赦が無いとは聞いていたが、本当に容赦が無いんだな。ところで、1つ聞いていいか?」

 

 今までの穏やかな表情から一転。

 ラウラは真面目な顔で問いかけてきた。

 

「俺で答えられるなら」

「私が異変を起した時、どうして私とNEXTとの間に割って入れた? こう言っては何だが、何か確信が無ければ、新兵(ルーキー)ではとても割り込めなかっただろう」

 

 何かもっと凄い事を聞かれると思っていた俺にとって、少し拍子抜けする質問だった。

 

「ああ、そんな事か」

「そんな事?」

「ああ、そんな事。1つ目の理由は、異変を起した時に千冬姉の剣術が使われていた事。あれで千冬姉が汚された気がして、頭に血が上って、自分の手で何とかしたかった。2つ目、晶が俺の言葉に耳を傾けた事」

「1つ目は良く分かるが、2つ目はどういう意味だ?」

「あいつが本当にやる気だったなら、こっちが口を挿む前に終わらせているはずだ。なのにしなかった。それに異変を起す前、随分苛烈に攻め立てていただろ? あれを見ておかしいと思ったんだ」

「何がおかしいんだ? 敵を苛烈に攻めるのは当然だろう」

「当然だけど、アイツは良くも悪くも戦闘で手は抜かない。終わらせる気なら、速やかに終わらせる。そういう奴だ。実際、セシリアもシャルロットも一瞬だっただろう。なのにお前の時は長々とだ。だから絶対何か考えてると思ったんだ」

「お・・・・お前!! あんなプレッシャーを受けている中で、そんな事考えてたのか!? 私ですら殺されると思ったのに!!」

 

 信じられないとばかりに訴えるラウラ。

 

「そう思わせる気だったんだよ。きっと。じゃないとどう考えたっておかしいぜ。だってさっきも言ったけど、アイツ戦闘じゃ手を抜かないんだ。いや手加減はしてるんだろうけど、こっちを弄ぶような手の抜き方はしない。なのに長々と苛烈に攻めるなんて、普段のアイツなら絶対やらない。つまり何か目的がある。そういう確信があったから割り込めたんだよ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一夏の話を聞いた(ラウラ)は、なるほど、と思ってしまった。

 新兵器テスト以外の目的があったとするなら、NEXTの行動にも納得がいく。

 ではその目的とは?

 恐らく、以前私がやった事への仕返しだろう。

 しかも状況的に、VTシステムの事を掴んでいたに違いない。

 それを利用して、こちら(ドイツ)に最大限のダメージが入るようにする為、新兵器テストなんていう舞台を整えたんだろう。

 何て奴だ。

 そこでふと気になった。

 NEXTの背後にいるもう1人は、世界最高の専門家。

 VTシステムなんてものを放っておくだろうか?

 ゾクっとしたものが背筋を走り抜けた私は、大急ぎでシュヴァルツェア・レーゲン(愛機)の自己診断プログラムをロード。

 システムチェック!!

 すると外装系パーツの殆どが消失という、オーバーホール必須の大ダメージ。

 いや、それは良い。

 問題は、基本OS周りが明らかに軽くなっているという事。

 外装パーツが無くて処理が軽くなっているというのもあるだろうが、それにしても、明らかに軽い。

 まるで重しが外れたようだ。

 そんな風に驚いていると、最後にシステム外のメッセージが出てきた。

 

『一定時間内に本人がシステムチェックをした場合に限り、流れるコレを見ているって事は気付いたんだね』

 

 まさか? 束博士!?

 

『長々と喋る気は無いから、端的に言ってあげる。君がやってくれた一件に対しては、コレで終わり』

 

 本当か?

 

『信じる信じないはそっちの勝手だけど、やるなら、もう容赦しない。今回はちーちゃんに免じて、“君は”これで許してあげたけど、余り手を煩わせるようなら、分かるね?』

 

 私はまた、あの人に救われたのか。

 

『そして勿論、このメッセージの証拠なんて残らない。前回とは違って、賢明な判断を期待するよ。凡人の相手は疲れるんだ』

 

 そうしてメッセージが終わると、いつの間にか一夏が、私の顔を覗き込んでいた。

 

「急に黙り込んで、大丈夫か? 何処かまだ痛いところでもあるのか?」

「だ、大丈夫だ。驚かせるな!!」

 

 あまりの近さに驚いて、つい声を荒げてしまう。

 しかしこうやって心配されるのは、悪く無い気がした。

 

「悪い。急に黙り込んだから、どうしたのかと思ってさ」

「少し愛機のシステムチェックをしていただけで、心配されるような事じゃない」

「そうか。でもボロボロだろ」

「問題無い。来る時に、予備パーツ一式も持ち込んである」

「あれ? もしかしてコンテナに入ってたヤツ?」

「そうだが、何故知ってる?」

「アリーナの保管庫にあったヤツだろ。それ昨日、晶の奴が持っていったぞ。『システム汚染の可能性があるから全検査する』って」

「なっ!?」

 

 一瞬、顔が引きつってしまったのは仕方ない事だと思う。

 あ、あの男!!!!!

 こっちが強く言えないのを良い事に、やりたい放題!!

 仮にも軍事技術の塊だぞ!!

 

「何かまずかったのか? 当然っていう感じで持っていってたから、話はついていると思ったんだけど」

「え、ああ。いや、話はついてるんだ。ただ、仕事が早いと思っただけで」

 

 かなり苦しい言い訳だったので、私は早々に話題を変える事にした。

 

「――――――と、ところで、この学校の事。クラスの事。色々聞かせてくれないか? 正直、こういう教育機関には余り縁がなくてな」

「いいぜ。と言っても、俺も余り詳しい訳じゃないけどな」

 

 そう言うと一夏は、色々な事を話してくれた。

 学校の事やクラスの事に始まり、脱線して織斑教官のプライベートまで。

 途中で私が、「そんな事が!?」と驚くと、「いや実はだな」と更なる秘話が。

 とても楽しかった。

 織斑教官がとても身近に感じられたし、何より上官と部下という固いやりとりではなく、もっと別の何かが感じられた。

 これが友人というやつだろうか?

 そんな事を思いながら、私は話を聞き続けた。

 

 ちなみに後日、色々喋ったのがバレた織斑一夏は、打鉄装備の織斑千冬+NEXTという、地獄の訓練を受ける事になる。

 

 

 

 第38話に続く

 

 

 


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