インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第34話 悪夢の布陣

 

 NEXT VS 一年生代表候補生チームの事が発表されてから数日。

 (薙原晶)は、よく生徒会室に来るようになっていた。

 と言っても、別に大袈裟な理由がある訳じゃない。

 至って普通の、イベント当日についての打ち合わせだ。

 

「――――――なるほど。私は水中にて待機。演習領域に侵入してくる“UNKNOWN”を全て沈めれば良いのね」

「ああ。当日、演習領域に当事者以外はいない事になっているからな。警告は必要無い。全て沈めてくれ」

「でもいいの? “迷い込んだフリをしている一般船”とか撃沈したら、後で難癖つけられるわよ」

「演習領域の指定はしてあるし、実弾を使用するのも話してある。そして“とても”危険だという事も話してある。これで迷い込んだなんて甘い話を許したら、次はもっと調子にのってくる。――――――だから、全て沈める。俺が危険だと言ったなら、本当に危険だという事を理解させる。その為にもやってくれ」

 

 俺が迷い無く言い切ると、彼女(更識)は肩をすくめた。

 

「でも人って、危ないものに近付きたがるのよね。それに価値があると分かっているなら尚更。だって、5機の専用機とNEXTの実働データよ。私だって今の立ち位置じゃなかったら部下を派遣したわ」

「でも今は違うだろう?」

「勿論。こんな特等席を他人に譲る気なんて無いわ。任せて。水中という領域で、私に敵うやつなんていない。不審な影は全て沈めてあげる。――――――ところで、空はどうするの?」

 

 彼女は組んでいた腕の片方、右手の人差し指を頭上に向けた。

 

「そっちは束が抑える。これで事実上、観測手段は精度の期待出来ない超々遠距離からのみ。細かいデータが取られる事は無いだろう」

「そうね。でも考えてみたらコレ、データを取ろうとしている連中にとっては悪夢の布陣よね。海は私、空は小うるさい兎。突破出来たら勲章ものよ」

「突破出来たら、な。――――――ところで、ドイツの方はどうなってる?」

「この前少し突っついたら、随分面白い反応が返ってきたわ。もう少し時間をかければ、かなり面白い話を聞かせられると思う」

「そうか。期待してる」

「期待してて頂戴。引きこもりの兎なんかには負けないんだから」

 

 相変わらず束に対して棘のある言い方だが、これはアレか?

 好敵手(ライバル)と書いて友と呼ぶとか、そういう関係なのか?

 それとも、単にそりが合わないだけなのか?

 思考の片隅でそんな事を思っていると、

 

「・・・・・今何か、随分失礼な事を考えなかった?」

 

 見事に察知された。

 恐るべき女の勘。

 だが素直に話す必要は何処にも無い。

 

「いや何も」

「そう? ――――――ところで、私の方からも良いかしら?」

「何だ?」

「例の後ろ盾の件なんだけど、近いうちに本家の方に一緒に来てもらえないかしら。大事な仕事を任せている連中の何人かが、『それが本当なら、“これから仲良くやる為にも”挨拶に来るのが筋じゃないのか』って言う奴がいてね」

「断る」

 

 考えるまでも無い答えだった。

 俺は更識楯無の後ろ盾になったのであって、更識家の後ろ盾になった訳じゃない。

 あくまで彼女個人が対象だ。

 それを、“仲良くやる為にも”だと?

 

「随分勘違いしている奴がいるみたいだな」

「そうよね。何処にでもいるわよね。そういう奴は」

「ん? 断ったのに残念そうじゃないな?」

「元々受けるなんて思って無かったもの。受けてくれたらラッキーっていう程度の話よ」

「そうか。で、その勘違いしてる奴は?」

 

 こういう奴が後から足を引っ張るというのは、良くある話なので一応聞いておいた。

 すると、

 

「さぁ? 今頃、考えを改めてる頃じゃないかしら?」

 

 と如何にも曖昧、かつどうにでも取れそうな答えが返ってきた。

 だが、浮かべているのが冷たい微笑みってところを見ると、対処済みって事だろう。

 全く、素直に言えば良いものを。

 そんな事を思いながら時計を見ると――――――。

 

「・・・・・あっ、もうこんな時間か」

「何か予定があるの?」

「大した用事じゃない。イベントの時、撃墜した専用機組の回収を山田先生に頼むってだけだ」

「ふぅん。“また”山田先生?」

「また?」

「そう、またよ。超音速旅客機(SST)の時も山田先生だったでしょう。何度も同じ人に頼むと、その人も目を付けられちゃうわよ」

 

 確かに、そういう考えもある。

 仮に俺が狙う側なら、同じように考えるだろう。

 だが、その為の更識だ。

 

「何処かの猫さんには期待しているからな」

「その猫さん、美味しい餌が無いと稀にストライキを起こすかもね」

「美味しい餌ばっかりだと太っちゃうだろう? だから適度に運動させるべきだと思うんだ」

「人も猫も、美味しいものは別腹なのよ」

「人も猫も、そう言って後でダイエットに苦しむのは世の真理だな」

「ふふん。私のカロリー計算は完璧。そんなものとは無縁だわ」

 

 どう?

 とばかりに胸を反らし、自身のスタイルを強調する更識。

 だがそういう事をされると、弄りたくなるのが人の常。

 NEXTのメモリーからIS展開時の彼女の姿をダウンロード。

 強化人間の演算能力を120%駆使して、脳内で詳細スキャン開始。

 ISって身体のラインがハッキリ出てるから、こういう時に便利だよぁ。

 しかし結果は、

 

「――――――チッ、言葉に偽り無しか」

「でしょう。ところで今、どうやって判断したの?」

 

 何か勘付いたのか、疑わしさ100%の視線を向けられる。

 が、気にしたら負けだろう。

 オブラートに包むっていうのは、世の中を渡っていく大事な処世術だ。

 いや待てよ。

 ここはあえて突っ込んでみるのも面白いかもしれない。

 

「勿論目測で。こんな美人が目の前にいるんだから、見ないと損だろう」

「あら、随分素直ね」

 

 意外そうな顔をする更識だが、褒められて嬉しいのか表情がほころんでいる。

 しかし、本番はここから。

 

「なに、お友達に見られながらのハードなプレイがお好みの生徒会長にとって、他人の視線なんて大した事ないだろう? だから、じっくりと見させてもらった」

「ちょっ!? 何て事言うのよ!!」

「いやいや、謙遜する必要は無いよ。何せ動けないから部屋まで運んでと、夜中に言うくらいだ」

「ちょっ、ちょっと!!」

 

 手の平で踊らされた恥ずかしい思いを思い出したのか、顔を真っ赤にする更識。

 そこで俺は、如何にもワザとらしく時計を見る。

 

「おっと、もうこんな時間か。早く行かないと。じゃぁな」

「あ、待ちなさい!!」

 

 そう言われて待つ奴はいない。

 という訳で、撤退!!

 恥ずかしがる更識というレアなものを見れた俺は、満足げに生徒会室を後にしたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 (篠ノ之箒)は今、複雑な気分だった。

 姉からの好意(専用機)を断っておきながら、一夏と一緒にいられる他の専用機持ちが羨ましいと思ってしまう。

 何て我が侭で未熟なんだろう。情けない。

 でもどれだけ自分を戒めても、専用機同士で訓練する姿を見てしまうと、そう思ってしまう自分がいる。

 嫌になる。

 だけど視線を離そうとしても、目が自然と、一夏の機動を追ってしまう。

 入学当初の情けない機動じゃない。

 NEXTの直弟子とすら言われているアイツの機動は、もう他の専用機持ちに引けを取っていない。

 むしろ、

 

『鈴!! 遅い。もう少し早く』

『無茶言わないで!! これ以上早くなんて』

『NEXTなら、この瞬間にもう撃墜してる。合わせるなら完璧に合わせないと、即撃破されるぞ!!』

『っっっ!! 分かったわよ。もう一回!!』

 

 アリーナ内にランダムに現れるターゲットをNEXTに見立てての戦闘訓練。

 この時期の学生がやるようなものじゃない。

 でも、やっている。

 目標を遥かな先に見据えた一夏は、わき目も振らずに努力を続けている。

 今じゃ誰も“素人”だなんて呼ばない。

 その徴候は前からあったけど、決定的だったのはクラス対抗戦の時に、身を挺して観客席を護った事だった。

 以来、一夏の人気は鰻登り(うなぎのぼり)

 大体、クラスの皆も皆だ。

 薙原(NEXT)には姉さん(束博士)がいるから何て理由で、揃いも揃って一夏を追いかける。

 何かにつけて話を持っていって近付こうとする。

 優良物件が欲しいなら、薙原の方に行けば良い。

 一夏に近付くな。

 だけど幾らそう思っても、今の私はその他大勢の1人。

 嫌だ。

 そんな背景には成りたくない。

 アイツの、一夏の隣に立ちたい。

 その為の、専用機が欲しい。

 どれだけ考えを変えても、最後には“ソコ”に行き着いてしまう。

 自分が嫌いになりそうな思考のループが止められない。

 

「――――――本当。どれだけ未熟なんだ。私は」

 

 タッグマッチ訓練の休憩中。

 専用機組みの訓練を見ていた私が思わず呟いてしまった時、近くを通りかかった人達の声が聞こえた。

 

『狙うなら断然一夏君だよね~。だって薙原君には、もう博士がいるでしょ。ちょっと強敵過ぎよね』

『そうよね。それにクラスの中じゃ、シャルロットさんとセシリアさんが両サイドがっちり固めてるし』

『あ、そう言えば聞いた? 最近、生徒会長とか山田先生とも近いみたいだよ』

『ウソ!?』

『本当』

『うわぁ~。それは無理。勝てる気しないよ』

『それに比べて一夏君は完全フリー。しかも話によると手料理が上手とか』

『料理の出来る彼氏か。ポイント高いね』

『でしょう!!』

 

 お前達に一夏の何が分かる。

 アイツを、景品みたいに言うな。

 心の底からそう叫びたかったけど、今の自分はあいつ等とどれだけ違うのだろうか?

 そう思うと、何も言えなかった。

 遠くから見ているだけの自分が、歯がゆくて仕方が無かった。

 一夏が・・・・・遠い。

 専用機があれば、近くにいける。隣に立てる。

 あれほど嫌っていたはずのISが、酷く魅力的なものに思えてきた。

 

「・・・・・専用機、欲しいな」

 

 思わず呟いてしまった言葉が、心の中にスーッと染み込んでいく。

 もう、要らないと思う事は出来なかった。

 しかしこの時、私はまるで理解していなかった。

 理解出来ている“つもり”でしかなかった。

 姉さん(天才)が作り上げたワンオフの専用機。

 それが、どれほどの意味を持つのか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 学校が終わった後、(薙原晶)は束に呼び出されていた。

 

「面白いものを見せてあげるから、研究室に来て」

 

 そう言われて。

 声がとても弾んでいたから、悪い事では無いだろう。

 しかし何だろうか?

 そんな事を思いながら研究室に入った俺は、予想だにしていなかった存在を前に、言葉を失った。

 

「どう? 前、レイヴンの話をしてくれた時に出てきたIBIS。 それを再現してみたんだけど」

 

 してやったり。

 という束の表情と言葉に、俺は辛うじて再起動。

 何とか返事を返す事ができた。

 

「これ、本当に・・・・・」

「うん。でも再現したのは外側だけ。中身は別物だよ」

「というと?」

「簡単に言っちゃうと幾つかのネクスト技術を投入しているから、第三世代程度なら楽に捻れるよ。第四まで行くと、多対1だと流石に厳しいかな。でも第四世代は今私が作っている紅椿だけだから、実質問題無し」

「それは凄い。ところで、ステルス性能は?」

「勿論、熱光学迷彩もアクティブステルスも標準装備。――――――模擬戦当日、空から演習領域に侵入しようとするヤツは、全部この子に墜とさせるから、外の事は何一つ気にしなくていいよ」

「ネクスト技術が投入されたIBISか。敵にとっては悪夢だな。とりあえず、スペックデータを見せてくれないか」

「はいコレ」

 

 そうして見せられたデータは、確かに束の言う通り、第三世代程度なら楽に捻れるものだった。

 射程、威力、弾速の全てが高い次元で纏まっている上、モード変更で数十キロ単位での狙撃にも対応可能なレーザーライフル。

 並みのISなら一撃で絶対防御が発動するような、高威力を誇るロングレンジレーザーブレード。

 そして、単機による多角同時攻撃を可能とするオービット兵器。

 正直に言えば、確実に来るであろう邪魔者(偵察要員)が気の毒に思う程だ。

 

「凄いな。よくここまで」

「君の世界の基礎データがあったから、そんなに苦労した訳じゃないんだけどね」

「それでも、誰にでも出来る事じゃないだろう」

「勿論、私だからこそ出来たっていう自負はあるよ。ところで、1つ聞いて良い?」

「何だ?」

「IBISの事を話した時、もう2つワンオフの超高性能機があるみたいな事を言ってたけど、それってどんなヤツなの?」

「ああ、アレの事か・・・・・」

 

 流石に、少し考える。

 “紅の熾天使”と“蒼き粉砕者”は、もし完全再現されたなら、冗談でも誇張でも何でもなく、本当に人類滅亡の引き金となりかねない凶悪な代物だ。

 そして束には、それが可能なだけの技術力があると俺は思っている。

 仮に今は出来ないとしても、彼女が本気で作ろうと思い研究を重ねれば、そう遠くないうちに創り上げるだろう。

 何せ自己進化能力という、最も難しい点を既にクリアしているのだから。

 勿論ノーマルISが持つそれと、あの2機が持つそれは、隔絶した差があるだろう。

 だが突き詰めれば同じ事をしているはず。

 なので慎重にもなるのだが・・・・・コジマ粒子やネクスト技術の事を知っている彼女に対し、何を今更という気もする。

 どうする?

 そうして判断に迷った俺だが、少なくない長考の末、結局教える事にした。

 何でかって?

 例えここで言わなかったとしても、彼女ならいずれ自力で辿り着くからさ。

 何せ、最も難しい点は既にクリアしているんだ。

 なら後は、どんな形になるにせよ、いずれは同じような物を創り上げただろう。

 そう判断しての事だった。

 

 

 

 第35話に続く

 

 

 


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