インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
NEXT VS 一年生代表候補生チームの事が発表されてから数日。
と言っても、別に大袈裟な理由がある訳じゃない。
至って普通の、イベント当日についての打ち合わせだ。
「――――――なるほど。私は水中にて待機。演習領域に侵入してくる“UNKNOWN”を全て沈めれば良いのね」
「ああ。当日、演習領域に当事者以外はいない事になっているからな。警告は必要無い。全て沈めてくれ」
「でもいいの? “迷い込んだフリをしている一般船”とか撃沈したら、後で難癖つけられるわよ」
「演習領域の指定はしてあるし、実弾を使用するのも話してある。そして“とても”危険だという事も話してある。これで迷い込んだなんて甘い話を許したら、次はもっと調子にのってくる。――――――だから、全て沈める。俺が危険だと言ったなら、本当に危険だという事を理解させる。その為にもやってくれ」
俺が迷い無く言い切ると、
「でも人って、危ないものに近付きたがるのよね。それに価値があると分かっているなら尚更。だって、5機の専用機とNEXTの実働データよ。私だって今の立ち位置じゃなかったら部下を派遣したわ」
「でも今は違うだろう?」
「勿論。こんな特等席を他人に譲る気なんて無いわ。任せて。水中という領域で、私に敵うやつなんていない。不審な影は全て沈めてあげる。――――――ところで、空はどうするの?」
彼女は組んでいた腕の片方、右手の人差し指を頭上に向けた。
「そっちは束が抑える。これで事実上、観測手段は精度の期待出来ない超々遠距離からのみ。細かいデータが取られる事は無いだろう」
「そうね。でも考えてみたらコレ、データを取ろうとしている連中にとっては悪夢の布陣よね。海は私、空は小うるさい兎。突破出来たら勲章ものよ」
「突破出来たら、な。――――――ところで、ドイツの方はどうなってる?」
「この前少し突っついたら、随分面白い反応が返ってきたわ。もう少し時間をかければ、かなり面白い話を聞かせられると思う」
「そうか。期待してる」
「期待してて頂戴。引きこもりの兎なんかには負けないんだから」
相変わらず束に対して棘のある言い方だが、これはアレか?
それとも、単にそりが合わないだけなのか?
思考の片隅でそんな事を思っていると、
「・・・・・今何か、随分失礼な事を考えなかった?」
見事に察知された。
恐るべき女の勘。
だが素直に話す必要は何処にも無い。
「いや何も」
「そう? ――――――ところで、私の方からも良いかしら?」
「何だ?」
「例の後ろ盾の件なんだけど、近いうちに本家の方に一緒に来てもらえないかしら。大事な仕事を任せている連中の何人かが、『それが本当なら、“これから仲良くやる為にも”挨拶に来るのが筋じゃないのか』って言う奴がいてね」
「断る」
考えるまでも無い答えだった。
俺は更識楯無の後ろ盾になったのであって、更識家の後ろ盾になった訳じゃない。
あくまで彼女個人が対象だ。
それを、“仲良くやる為にも”だと?
「随分勘違いしている奴がいるみたいだな」
「そうよね。何処にでもいるわよね。そういう奴は」
「ん? 断ったのに残念そうじゃないな?」
「元々受けるなんて思って無かったもの。受けてくれたらラッキーっていう程度の話よ」
「そうか。で、その勘違いしてる奴は?」
こういう奴が後から足を引っ張るというのは、良くある話なので一応聞いておいた。
すると、
「さぁ? 今頃、考えを改めてる頃じゃないかしら?」
と如何にも曖昧、かつどうにでも取れそうな答えが返ってきた。
だが、浮かべているのが冷たい微笑みってところを見ると、対処済みって事だろう。
全く、素直に言えば良いものを。
そんな事を思いながら時計を見ると――――――。
「・・・・・あっ、もうこんな時間か」
「何か予定があるの?」
「大した用事じゃない。イベントの時、撃墜した専用機組の回収を山田先生に頼むってだけだ」
「ふぅん。“また”山田先生?」
「また?」
「そう、またよ。
確かに、そういう考えもある。
仮に俺が狙う側なら、同じように考えるだろう。
だが、その為の更識だ。
「何処かの猫さんには期待しているからな」
「その猫さん、美味しい餌が無いと稀にストライキを起こすかもね」
「美味しい餌ばっかりだと太っちゃうだろう? だから適度に運動させるべきだと思うんだ」
「人も猫も、美味しいものは別腹なのよ」
「人も猫も、そう言って後でダイエットに苦しむのは世の真理だな」
「ふふん。私のカロリー計算は完璧。そんなものとは無縁だわ」
どう?
とばかりに胸を反らし、自身のスタイルを強調する更識。
だがそういう事をされると、弄りたくなるのが人の常。
NEXTのメモリーからIS展開時の彼女の姿をダウンロード。
強化人間の演算能力を120%駆使して、脳内で詳細スキャン開始。
ISって身体のラインがハッキリ出てるから、こういう時に便利だよぁ。
しかし結果は、
「――――――チッ、言葉に偽り無しか」
「でしょう。ところで今、どうやって判断したの?」
何か勘付いたのか、疑わしさ100%の視線を向けられる。
が、気にしたら負けだろう。
オブラートに包むっていうのは、世の中を渡っていく大事な処世術だ。
いや待てよ。
ここはあえて突っ込んでみるのも面白いかもしれない。
「勿論目測で。こんな美人が目の前にいるんだから、見ないと損だろう」
「あら、随分素直ね」
意外そうな顔をする更識だが、褒められて嬉しいのか表情がほころんでいる。
しかし、本番はここから。
「なに、お友達に見られながらのハードなプレイがお好みの生徒会長にとって、他人の視線なんて大した事ないだろう? だから、じっくりと見させてもらった」
「ちょっ!? 何て事言うのよ!!」
「いやいや、謙遜する必要は無いよ。何せ動けないから部屋まで運んでと、夜中に言うくらいだ」
「ちょっ、ちょっと!!」
手の平で踊らされた恥ずかしい思いを思い出したのか、顔を真っ赤にする更識。
そこで俺は、如何にもワザとらしく時計を見る。
「おっと、もうこんな時間か。早く行かないと。じゃぁな」
「あ、待ちなさい!!」
そう言われて待つ奴はいない。
という訳で、撤退!!
恥ずかしがる更識というレアなものを見れた俺は、満足げに生徒会室を後にしたのだった。
◇
姉からの
何て我が侭で未熟なんだろう。情けない。
でもどれだけ自分を戒めても、専用機同士で訓練する姿を見てしまうと、そう思ってしまう自分がいる。
嫌になる。
だけど視線を離そうとしても、目が自然と、一夏の機動を追ってしまう。
入学当初の情けない機動じゃない。
NEXTの直弟子とすら言われているアイツの機動は、もう他の専用機持ちに引けを取っていない。
むしろ、
『鈴!! 遅い。もう少し早く』
『無茶言わないで!! これ以上早くなんて』
『NEXTなら、この瞬間にもう撃墜してる。合わせるなら完璧に合わせないと、即撃破されるぞ!!』
『っっっ!! 分かったわよ。もう一回!!』
アリーナ内にランダムに現れるターゲットをNEXTに見立てての戦闘訓練。
この時期の学生がやるようなものじゃない。
でも、やっている。
目標を遥かな先に見据えた一夏は、わき目も振らずに努力を続けている。
今じゃ誰も“素人”だなんて呼ばない。
その徴候は前からあったけど、決定的だったのはクラス対抗戦の時に、身を挺して観客席を護った事だった。
以来、一夏の人気は
大体、クラスの皆も皆だ。
何かにつけて話を持っていって近付こうとする。
優良物件が欲しいなら、薙原の方に行けば良い。
一夏に近付くな。
だけど幾らそう思っても、今の私はその他大勢の1人。
嫌だ。
そんな背景には成りたくない。
アイツの、一夏の隣に立ちたい。
その為の、専用機が欲しい。
どれだけ考えを変えても、最後には“ソコ”に行き着いてしまう。
自分が嫌いになりそうな思考のループが止められない。
「――――――本当。どれだけ未熟なんだ。私は」
タッグマッチ訓練の休憩中。
専用機組みの訓練を見ていた私が思わず呟いてしまった時、近くを通りかかった人達の声が聞こえた。
『狙うなら断然一夏君だよね~。だって薙原君には、もう博士がいるでしょ。ちょっと強敵過ぎよね』
『そうよね。それにクラスの中じゃ、シャルロットさんとセシリアさんが両サイドがっちり固めてるし』
『あ、そう言えば聞いた? 最近、生徒会長とか山田先生とも近いみたいだよ』
『ウソ!?』
『本当』
『うわぁ~。それは無理。勝てる気しないよ』
『それに比べて一夏君は完全フリー。しかも話によると手料理が上手とか』
『料理の出来る彼氏か。ポイント高いね』
『でしょう!!』
お前達に一夏の何が分かる。
アイツを、景品みたいに言うな。
心の底からそう叫びたかったけど、今の自分はあいつ等とどれだけ違うのだろうか?
そう思うと、何も言えなかった。
遠くから見ているだけの自分が、歯がゆくて仕方が無かった。
一夏が・・・・・遠い。
専用機があれば、近くにいける。隣に立てる。
あれほど嫌っていたはずのISが、酷く魅力的なものに思えてきた。
「・・・・・専用機、欲しいな」
思わず呟いてしまった言葉が、心の中にスーッと染み込んでいく。
もう、要らないと思う事は出来なかった。
しかしこの時、私はまるで理解していなかった。
理解出来ている“つもり”でしかなかった。
それが、どれほどの意味を持つのか。
◇
学校が終わった後、
「面白いものを見せてあげるから、研究室に来て」
そう言われて。
声がとても弾んでいたから、悪い事では無いだろう。
しかし何だろうか?
そんな事を思いながら研究室に入った俺は、予想だにしていなかった存在を前に、言葉を失った。
「どう? 前、レイヴンの話をしてくれた時に出てきたIBIS。 それを再現してみたんだけど」
してやったり。
という束の表情と言葉に、俺は辛うじて再起動。
何とか返事を返す事ができた。
「これ、本当に・・・・・」
「うん。でも再現したのは外側だけ。中身は別物だよ」
「というと?」
「簡単に言っちゃうと幾つかのネクスト技術を投入しているから、第三世代程度なら楽に捻れるよ。第四まで行くと、多対1だと流石に厳しいかな。でも第四世代は今私が作っている紅椿だけだから、実質問題無し」
「それは凄い。ところで、ステルス性能は?」
「勿論、熱光学迷彩もアクティブステルスも標準装備。――――――模擬戦当日、空から演習領域に侵入しようとするヤツは、全部この子に墜とさせるから、外の事は何一つ気にしなくていいよ」
「ネクスト技術が投入されたIBISか。敵にとっては悪夢だな。とりあえず、スペックデータを見せてくれないか」
「はいコレ」
そうして見せられたデータは、確かに束の言う通り、第三世代程度なら楽に捻れるものだった。
射程、威力、弾速の全てが高い次元で纏まっている上、モード変更で数十キロ単位での狙撃にも対応可能なレーザーライフル。
並みのISなら一撃で絶対防御が発動するような、高威力を誇るロングレンジレーザーブレード。
そして、単機による多角同時攻撃を可能とするオービット兵器。
正直に言えば、確実に来るであろう
「凄いな。よくここまで」
「君の世界の基礎データがあったから、そんなに苦労した訳じゃないんだけどね」
「それでも、誰にでも出来る事じゃないだろう」
「勿論、私だからこそ出来たっていう自負はあるよ。ところで、1つ聞いて良い?」
「何だ?」
「IBISの事を話した時、もう2つワンオフの超高性能機があるみたいな事を言ってたけど、それってどんなヤツなの?」
「ああ、アレの事か・・・・・」
流石に、少し考える。
“紅の熾天使”と“蒼き粉砕者”は、もし完全再現されたなら、冗談でも誇張でも何でもなく、本当に人類滅亡の引き金となりかねない凶悪な代物だ。
そして束には、それが可能なだけの技術力があると俺は思っている。
仮に今は出来ないとしても、彼女が本気で作ろうと思い研究を重ねれば、そう遠くないうちに創り上げるだろう。
何せ自己進化能力という、最も難しい点を既にクリアしているのだから。
勿論ノーマルISが持つそれと、あの2機が持つそれは、隔絶した差があるだろう。
だが突き詰めれば同じ事をしているはず。
なので慎重にもなるのだが・・・・・コジマ粒子やネクスト技術の事を知っている彼女に対し、何を今更という気もする。
どうする?
そうして判断に迷った俺だが、少なくない長考の末、結局教える事にした。
何でかって?
例えここで言わなかったとしても、彼女ならいずれ自力で辿り着くからさ。
何せ、最も難しい点は既にクリアしているんだ。
なら後は、どんな形になるにせよ、いずれは同じような物を創り上げただろう。
そう判断しての事だった。
第35話に続く