インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第31話 情報工作

 

 用意された旅客機でラウラと一緒に日本に帰った(薙原晶)は、発見されたのを呪わずにはいられなかった。

 まぁ、何かやるとは思っていたさ。

 だが正直、ここまでやるとは思っていなかった。

 何をやったのかって?

 この野郎。いや、男じゃないが野郎で十分だ。ちくしょうめ。

 自分の入国と、俺の帰還をマスコミにリークしやがった。

 ドイツにとって、極めて都合の良い情報を付け加えて。

 どんなものかって? こんなのだよ。

 

 ・NEXTは依頼を受けて、ドイツ軍特殊部隊と行動を共にした。

 ・高い練度が要求される特殊任務だった。

 ・NEXTと隊長機(ラウラ)の息はピッタリだった。

 ・十数人の救助者がいた。

 ・相当数の兵器を所有するテロリストが相手だった“らしい”。

 ・規模からして何処かのバックアップを受けていた“と思われる”。

 ・作戦後意気投合して一緒に日本に行く事になった。

 

 暇人ども(マスコミ)が大喜びしそうな話だろう?

 おかげで空港のロビーに出た瞬間、人・人・人・人・人の群れ。

 こいつ、何故こちらが穏便に収めようとしたのか、理解してないな。

 あの時点で騒ぎを大きくしたら、施設を作った奴らの利にしか、ならないからなのに。

 そんな内心の少なくない苛立ちを抑えながら思考を続ける。

 だが、俺と束にとって不都合な情報が流されていないという処から見るに、こちらを貶める気は無いと見て良いだろう。

 となれば目的は、俺達の引き込み。その為の外堀を埋める段階か・・・・・。

 面倒な事をしてくれる。

 このままだと、いや既に、NEXTとドイツ軍は近しい仲だと周囲に認識されているだろう。

 あんな情報が流れれば当然の話だ。

 更に言えば、こちらが公の場でそれを否定したら、色々と台無しになってしまう。

 本当はしてやりたいが、やればそれこそ施設を作った奴らの利になってしまう。何より束に迷惑がかかる。

 故に口を閉じれば、隣を歩く憎たらしい奴(ラウラ)が、勝手に事実を創作していく。

 悪循環だ。

 しかし、それも今だけだ。せいぜい調子に乗っていろ。

 脳裏を過ぎる逆転の手段。

 原作という、この世界の誰も知らない未来を知っている強み。

 俺というイレギュラーな存在が色々と狂わせてはいるが、向こうに干渉したのは今回が初めて。

 なら搭載されているはずだ。

 国際条約で禁止されているはずのV(Valkyrie)T(Trase)システムが。

 問題はどうやって怪しまれずにやるかだが・・・・・それは後でゆっくり考えて煮詰めよう。

 やや黒い感情で、しかし外面で怪しまれないように純度100%作り物の笑顔でいると、前の方が随分と騒がしくなり始めた。

 何が起きている?

 悲鳴は聞こえないから、テロリストの類では無さそうだが・・・・・。

 そんな事を思っていると、周囲の言葉が耳に入ってきた。

 

『おい、アレ、まさか?』

『おいおい。嘘だろう?』

『こりゃ大スクープじゃないか!?』

『自らお出迎えとは・・・・・』

 

 ま、まさか!?

 俺達を取り囲んでいた人の壁。

 その前方がサッと左右に分かれて作られた道の先にいたのは――――――。

 

「束!? 何故ここに?」

 

 意外過ぎる出現に驚いていると、彼女は真っ直ぐ歩いて来て、

 

「勿論君を迎えに来たんじゃないか。それ以外で私が動く理由なんて何一つ無いよ」

 

 と言いながら腕を絡ませてきた。

 瞬間、フラッシュの嵐。

 

「それは嬉しいんだが、大丈夫なのか?」

「一応、これでも身を守る術は持っているんだよ。もっとも、君の傍ら以上に安全な場所なんて無いんだけどね」

 

 そんな恥ずかしい台詞をサラッと言ってくれた束は、俺の腕を引っ張って歩き出した。

 勿論逆らう理由なんて無いので、腕に当たる柔らかい感触を楽しみながら一緒に歩いていくのだが、ふと気になる事があった。

 ラウラだ。

 さっきまで得意げに話していたのに、急に一歩後ろに下がって何も言わなくなってしまった。

 束が来たから遠慮したのか?

 そんな性格でも無いと思うが・・・・・まぁ、良い事だ。

 創作を事実にされちゃたまらないからな。

 しばらくそのまま黙っててくれ。

 そう思いながら、俺は束と一緒に歩いていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 屈辱。

 今の(ラウラ)の感情は、その一言で説明できた。

 ドイツから日本に来るまで、全ては順調だった。

 本国の情報部は上手くやってくれたようで、NEXTとドイツ軍は共に作戦行動を行える程に近しい関係だと、周囲にアピールする事も出来た。

 奴の戦闘能力、及び入手した設計図の事を考えれば、命令は十分に達成したと言えるだろう。

 だが日本に来てからが、予想外だった。

 まさか篠ノ之束本人が迎えに来るとは。

 しかしこの時、私は愚かにも嬉しい誤算だと思ってしまった。

 ここで何らかのコネクションを作れれば、軍での評価も――――――そんな、後から思えば甘過ぎる考えを抱いた時、コアネットワークで通信が入った。

 こんな時に誰からだ?

 一瞬02(クラリッサ)かと思ったが、識別コードを確認すると・・・・・TABANE? 束?

 まさか? わざわざコアネットワークを使って? 一体何の目的で?

 内心の緊張で、表面上の笑顔を絶やさぬよう注意しながら、通信をONにする。

 すると、何の前置きも無く強烈な敵意が叩き付けられた。

 

(晶から離れろ。人形)

(なっ!? 束博――――――)

(名前で呼ぶ事を許した覚えは無いよ。よくもまぁ、こんな小賢しい真似をしてくれたね)

 

 本人の方に視線を向ければ、丁度NEXT(薙原晶)に腕を絡ませているところだった。

 その表情は、以前02(クラリッサ)が熱心に見ていたサブカルチャーに出てきた、恋する乙女そのもの。

 しかし表情とは裏腹の、冷たい言葉は更に続いた。

 

(何であんな三文芝居にワザワザ乗ってあげたのか、そしてレールガンの設計図をあげたのか、意味が理解出来なかったみたいだね。――――――まぁ、言われた通りにしか動けない、お人形さんじゃ仕方ないか)

 

 これ以上無い程の侮蔑に、怒りがこみ上げてくる。

 だがそれを形にする前に、黙らざる得ない言葉を聞かされてしまった。

 

(いいかい。良く聞くといい。私は別に、穏便に済ませなくても良かったんだ)

(な・・・・・に?)

(だってそうでしょう? 穏便に済ませる必要が何処にあったんだい? あの程度の数相手に、晶が負けるなどありえないし、表沙汰になって拙いのはドイツなんだ。こちらが下手に出る必要なんて、何一つないんだよ。なのに乗ってあげたのは、どうしてだと思う?)

 

 博士が穏便に済ませなくても良いと思っていたのに、穏便に済ませた理由?

 何だそれは?

 NEXTは博士の命令で動いて――――――まさか!?

 思い至った結論は、篠ノ之束という人間を少しでも知っているなら、信じられないものだった。

 だが、本人がその答えを肯定する。

 

(彼がね、「ここでの不仲は施設を作った奴らを利するだけ」と言うから仕方なく乗ってあげたんだ。それを、自分達の目先のメリットだけに囚われて、こんな真似をして。分かるかい? 君は本当だったらあそこで死んでいたんだ。ここに居られるのは、彼の言葉があったからに過ぎない。なのに君は、彼を点数稼ぎに利用した)

 

 “あの”篠ノ之束が他人の言葉を優先した!?

 衝撃的過ぎる事実に言葉が出ない。

 博士は、更に続けた。

 

(レールガンにしてもそう。渡す時に彼は、「“誠実そうな”お前に預けておく」と言ったよね? この対応の何処が誠実なのかな? アレを渡された意味が分からなかったのかい? いや、分からなかったんだよね? 分かってたら、こんな真似はしない。試しに言ってごらん。アレをどういう意味で渡されたと思ったんだい?)

 

 言える訳が無かった。

 この状況で貸し借り無しだと思ったなんて言ったら、確実に終わる。

 

(・・・・・言える訳が無いよね。言えるなら、こんな真似はしない。アレはね、君達がちゃんと穏便に済ませると思ったから渡したんだ。つまり、面倒事を回避する為の代金代わり。なのに・・・・・これだ)

 

 拙い、拙い、拙い、拙い拙い拙い拙い拙い!!

 私は、最も怒らせてはいけない人間を怒らせたのか!?

 “あの”篠ノ之束を!!

 どんな手段で挽回すれば良い?

 必死に打開策を考える。

 だが、間に合うはずが無かった。

 

(まぁ、今更騒いでも仕方が無いから、これ以上は言わないでおくよ。でも、君みたいなのが彼の隣を歩かないで欲しいな。人形は人形らしく、下僕のように従者のように、一歩下がるといい)

 

 断るという選択肢を、選べるはずがなかった。

 

(うん。やっぱり、その位置がお似合いだよ)

 

 前方でNEXT(薙原晶)の腕を引きながら、一瞬だけチラリとこちらを見た博士は、とても満足そうだった。

 しかし今の私に、口答えは許されない。

 やれば恐らくこの女は、ドイツが最大限被害を被る形でアクションを起すに違いない。

 躊躇するとも思えない。

 それを思えば口を閉じる以外、出来る事は無かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 IS学園に着いて、2人(NEXTと博士)から解放された(ラウラ)は、消耗しきっていた。

 何せあの状況下で、空港から此処(IS学園)までずっと一緒だったのだ。

 下手な拷問よりも余程キた。

 精神がヤスリで削られるというのは、ああいう状況を言うのだろう。

 しかし解放されたと言っても、まだ安心は出来ない。

 2人揃って博士の自宅に向かったから、何か対応を練るのかもしれない。

 そして博士の影響力を考えれば、何があっても不思議じゃない。

 ドイツに何か不利益があれば、また出来損ないと呼ばれるかもしれない。

 もしかしたら、ISを降ろされるかもしれない。

 全て“かもしれない”だが、一度考え出してしまうと止まらなかった。

 悪い想像ばかりが膨らんでいく。

 だが、どうしたら良いのかは分からない。

 周囲には誰も居ない。私1人だ。

 だから何となく立ち止まって、沈んでいく夕日を眺めた。

 立派になった私を、教官に見て欲しかったのだが・・・・・この様では。

 少し、視界が歪む。

 

「――――――やれやれ。そんなお前の姿を見るのは久しぶりだな。何があった?」

 

 突如、背後から声をかけられた。

 馬鹿な!? 周囲には誰も。

 慌てて振り向けば、其処にいたのは、

 

「教官!?」

「私の声も分からなかったとは、重症だな」

 

 軍服ではなく黒いスーツだったが、それ以外は記憶と寸分違わぬ姿。

 スラリとした長身。整ったスタイル。凛とした表情。

 私を出来損ないから最強へと戻してくれた、唯一敬愛する教官。

 

「い、いえ、そんな事はありません。こうして此処にいる以上、何も問題はありません」

「ほう、口が随分達者になったな? だがそう言うなら、少なくとも目元は拭いてからにしろ」

「え? あっ、これは、その、目にゴミが入って」

「そういう事にしておこう。――――――で、どうしたんだ? 特殊部隊の隊長としてやれていたお前が、あんなところで肩を落すくらいだ。何も無いとは思えんよ」

「それは・・・・・その」

 

 本心を言えば、話してしまいたい。

 しかし今回の一件はれっきとした作戦行動。

 教官とは言え今は部外者の人間に、話せる事じゃなかった。

 

「・・・・・ふむ。軍規、或いは機密絡みか。まぁ、想像はつくがな」

「え?」

「あれだけ大々的にやっておいて、想像できない方がおかしいだろう。――――――丁度良い、少し散歩に付き合え。話し相手が欲しかったところだ」

 

 そんな理由で私を同行させた教官は、しばらく無言で歩いてから口を開いた。

 

「これは私の勝手な独り言だが、どこかの軍人は間違っていなかったと思うぞ」

「え?」

「大体あの馬鹿()は、昔から加減というものを知らん。ついでに言えば人の頼り方もな。まぁ、最近は頼りになる奴が近くにいるようだから、少しは変わったと思ったんだが・・・・・そう簡単には変わらんか」

「え、え?」

 

 独り言についていけない私を他所に、教官の言葉は更に続く。

 

「大体、アイツ(薙原)もアイツだ。リスクの判断が出来なかった訳でも無いだろうに。いや、案外あの馬鹿()の色香に惑わされたのか? いや、あの馬鹿()が色仕掛けなんて高等テクニックを使えるはずが・・・・・」

「あ、あの、教官?」

「兎に角だ。どこかの軍人は、あの馬鹿共(束と晶)に全てを2人でやる事の限界を教えてやったんだから、何も落ち込む必要は無い。むしろ私は感謝してるよ。これで、あの馬鹿()は1つ学べたんだ。――――――他人に教えてもらう事なんて、何も無かったあいつが」

「教官・・・・・」

「という訳でどこかの馬鹿()には一言言っておくから、どこかの軍人には、心配しなくて良いと伝えておいてくれ」

「分かりました。必ず伝えます」

 

 教官のこれ以上無い気遣いに、思わず敬礼をもって返してしまう。

 

「ここは軍では無いぞ。敬礼は要らん。―――ところで、寮の部屋は分かっているのか?」

「部屋番号のみで、まだ場所までは確認していません」

「そうか、ならついて来ると良い。戻るついでに案内してやろう」

「教官自らですか!?」

「ここでは一介の教師だよ。寮長も兼ねているがな」

 

 そうして夕暮れの中歩き出した教官と、一緒に歩き出した私は、ふと気になった事を尋ねてみた。

 元々要注意人物で、既に情報部がある程度調べてはいたが、教官の目から見ればどうなのだろう?

 そんな疑問からだ。

 

「ところで教官、1つ聞いても宜しいでしょうか?」

「改まって何だ」

「いえ、大した事では。同室のシャルロット・デュノアはどんな人物ですか?」

 

 教官は「そうだな・・・・・」と、細く綺麗な指を顎先に当て、しばし思案してから答えてくれた。

 

「一言で言えば優等生。元々スジは良かったんだろうが、慢心する事無く努力を重ねている。このまま行けば、良い操縦者になるだろう」

「高評価ですね」

「性格的にも問題あるまい。軍育ちのお前を上手くフォローしてくれるはずだ」

「フォローですか? そんな不手際は――――――」

「軍というのは割と特殊な環境だ。そこしか知らないと、普通の生活で苦労するぞ」

 

 教官の言葉がイマイチ飲み込めない私に、教官は穏やかに笑いながら続けた。

 

「状況は違うが、一般常識という点であの馬鹿()には、随分苦労させられたからな」

「参考までに、それはどのような?」

「流石に本人に悪いから言わないでおくが、“相当苦労した”とだけ言っておこう」

 

 “あの”教官が苦労という言葉を口にする。

 それだけで、どれだけの苦労か分かろうというものだ。

 “天災”の2つ名は伊達ではないか。

 そんな事を思いながら歩いていると、通りかかったアリーナから男が1人出てきた。

 織斑一夏だ。

 

「あれ、ちふ―――織斑先生。こんな時間に、どうしてここに?」

 

 向こうもこちらに気付いたようで、緊張感の欠片も無い間抜けな顔で近付いてきた。

 コイツのおかげで、教官はモンド・グロッソ2連覇を逃したのか!!

 敬愛する教官に汚点をつけた張本人を前に、怒りがこみ上げてくる。

 だが一方で、クラス対抗戦時の“命懸けで観客席を護った”という行動を見れば、それなりの気概は持っているようにも見える。

 なので試してみる事にした。

 教官の前なので少々気は引けるが、隠れてコソコソやるようなものでも無い。

 やれば必ず耳に入ってしまうからな。

 

「転入生の案内だ」

「へぇ、あ、もしかしてニュースでやってたドイツの代表候補生? 俺、織斑一夏。よろしくな。君は?」

「私はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ代表候補せ――――――」

 

 無邪気に握手を求められたので、極普通に自己紹介をしながら―――――― 一歩踏み込んだ。

 選択した方法は掌底。狙うは顎先。

 最小限、そして最短・最速の動作で意識を刈り取る。

 防げたのなら、認めてやる!!

 そして直後の出来事を、私はどう言葉にして良いのか分からなかった。

 端的に言えば、気付けば大地に四肢を投げ出し、空を眺めている状態だった。

 今、何をされた? 投げられたのか? あのタイミングで? 避わしただけでなく?

 状況が理解できなくて、パニックになっている私に、上から優しい声がかけられた。

 

「あ~、大丈夫かな? とりあえず痛くないようにはしたんだけど・・・・・」

 

 視線を動かせば、申し訳なさそうな顔の織斑弟。

 

「だ、大丈夫だが、それよりも何故、こうも完璧に反応出来た?」

「先生の教えでね。“初対面の人間と会う時は、必ず奇襲される事を考えろ”ってね」

 

 すると教官が、

 

「何だ。あいつはそんな事まで教えたのか?」

「分かってたから、止めなかったのかと思ったよ」

「それらしい事は聞いたが、実際どの程度までかは知らなかったからな」

「じゃぁ感想は?」

「40点」

「辛口だなぁ。それなりに上手く行ったと思ったんだけど」

「体捌き自体は荒削りも良いところだが、とりあえずの形にはなっていると言ってやろう。だが、本当の上級者を目指すなら、そもそも打ち込ませるな」

「何時もながら厳しいな」

「接近戦しか出来ないお前が、その間合いで好きに打ち込まれてどうする? 自身の間合いで敵を好きにさせるな」

「千冬姉もアイツと同じ事言うんだな」

「ほほう。それは面白そうだ。今度トレーニングに顔を出してみよう」

「止めてくれ。マジで死ねるから。――――――ところで、立てる?」

 

 織斑弟が手を差し出してきた。

 いきなり手を出したのに、何て良い奴なんだ。

 そう思いながら、手を掴んで立ち上がろうとすると、弟はサッと手を引っ込めてしまった。

 当然、バランスを崩した私は尻餅をついてしまう。

 

「お、お前!!」

「いきなりやってきたんだ。この位は許して欲しいな。で、どうしてこんな事を?」

「お前が教官の弟だからだ! お前さえいなければ、教官はモンド・グロッソ2連覇を!!」

 

 すると弟は私を正面から見つめ、真剣な表情と言葉で応えてくれた。

 

「・・・・・そっか。それは、俺も済まないと思ってる。何度昔の俺を殴り飛ばしたいと思ったか分からない。だけど幾ら思っても、過去は変えられない。だから俺は千冬姉みたいに、誰かを助けられる人間になって証明したいと思う。そうすれば、助けた人達が千冬姉の勲章だ。優勝メダルよりも価値があると思わないか?」

 

 何かを心に秘めたような力強い瞳に、思わず見入ってしまった。

 

「ま、まぁ、そこまで言うなら認めてやら無くもない。せいぜい教官の顔に泥を塗らぬよう励め」

「勿論だ」

 

 一切迷いを見せる事なく応えた弟の姿が眩しくて、顔を背けた先には咳払いをする教官の姿が。

 

「まったくお前という奴は、そういう台詞を恥ずかしげもなく。――――――まぁいい。2人とも、そろそろ寮に戻るぞ」

 

 そう言って、教官は振り返る事なく先に行ってしまった。

 何となく顔が赤く見えたのは、恐らく夕日のせいだろう。

 そう思って教官の一歩後ろを、私は織斑一夏と一緒に歩いていった。

 

 

 第32話に続く

 

 

 


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