インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
ハプニングはいつだって突然だ。
発見された事により、変更せざるをえなくなった脱出方法。
だが特殊部隊に発見された程度なら、まだやりようはあった。
何故なら、第二次世界大戦における負の遺産。
ナチスの虐殺というトラウマを抱えるドイツにとって、人の脳をパーツとして加工するような、非人道的な施設が国内にあるというのは、相当に拙いはずだから。
それを上手く使えば、俺の活動が表に出るのは防げるはずだった。
交渉する為の材料も手中にあった。
しかし事態は思わぬ横槍により、そんな思惑を軽々と越えて動き出す。
事の発端は、束と脱出についての打ち合わせが終了した直後。
NEXTのセンサーが感知した高エネルギー反応だった。
『――――――これは、まさか・・・・・』
最悪の想像が脳裏を過ぎる。
嘘であって欲しいと思ったが、データリンクで情報を確認した束の、悲鳴のような言葉が、嫌でも現実を認識させてくれた。
『晶!! 逃げて!! 施設の自爆装置が起動している!!』
だが必死な言葉とは裏腹に、俺の脚は動かなかった。
何故なら、もう真っ当な方法での脱出が、不可能だと分かっているから。
今回の強襲ミッション。目的は施設の破壊。
当然、その手段である自爆装置についての情報は、頭の中に叩き込んであった。
クリーン(※1)かつ強力無比な核融合。
※1:汚染が発生するのは核分裂。
万一巻き込まれでもしたら、NEXTとて無事ではすまない。
そしてセンサーが示す数値は、既に自爆シークエンスが最終段階にあるという事を示していた。
残り20秒ってところだろう。
施設入り口から第3層到達まで、ほとんど障害物が無い状態で約20秒。
対して現在いる場所は第4層。更に言えば全ての隔壁を降ろしている
間に合うはずが無かった。
子供でも分かる話だ。
だけど、諦めたのかと問われれば、断じて否だ。
ソレは、一番最後で良い。
それに極論だが、真っ当な方法で出れないなら、真っ当じゃ無い方法で出れば良いじゃないか。
いや、もっと単純な話だ。
道が無いなら、作れば良い。
障害物があるなら退かせれば良い。
この際だ。目立ってしまうのは仕方が無い。
そう考えた俺は、全武装を
―――ASSEMBLE
→R ARM UNIT :
→L ARM UNIT :
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
砲身展開。エネルギーチャージ開始。
故に威力過多なのは分かりきっているが、細かい出力調整をしている余裕は無い。
とりあえず最大出力でぶっぱなせば、第1層までの道は出来るだろう。
照準は、施設入り口付近にセット。
そしてチャージが完了するまでの間に、上の階層にいるIS達に、コアネットワークで一方的に退避勧告を送っておく。
説明している時間は無い。
下手に通信を繋ごうものなら、話している間にタイムオーバーだ。
―――残り10秒。
チャージ率53.6%
束とのデータリンクで上の動きを確認してみれば、指揮官の判断が早かったおかげか、退避も順調に進んでいる。
だが第3層間近まで侵入していた1機の戻りが遅い。
間に合うか?
―――残り5秒。
チャージ率87.1%
計算上は間に合う。
だが分かってはいても、焦らずにはいられない。
最後の1機が、施設から飛び出していった。
―――残り3秒。
チャージ率100%
即座にトリガー。
只1門ですらケタ外れの超攻撃力が、4門同時に放たれる。
すると射線上のあらゆるものが、抗う事すら許されずに消滅していった。
まさに圧倒的という以外に無い常識外れの光景。
だが、本当の常識外れはここからだった。
施設最下層から最上層までブチ貫いたのは良い。
その為に撃ったんだから。
しかし問題はそこから先、緑の光は全く衰える事を知らないかのように、地下施設の上にあった分厚い岩盤すらも貫通。
ドイツの空を光の柱が貫いていく。
―――残り2秒。
背部装甲板が展開され、現れた大口径ブースターに光が収束していく。
―――残り1秒。
撃ち終えると同時に、全武装を
機体重量を少しでも軽くすると同時に、
PIC制御も使い、完全静止状態からコンマ1秒で音速領域に突入。
―――残り0.5秒。
初期加速と合わさった圧倒的な突進力でもって、ブチ貫いた通路を突き進む。
―――残り0秒。
自爆装置起動。
核融合により生みだされた莫大なエネルギーが破壊力に転化され、荒れ狂うプラズマと爆炎と衝撃が、全ての物的証拠を跡形も無く消しさっていく。
そんな中、俺は辛うじて脱出に成功。大空の下に飛び出していた。
が、ここで再び予定外の事態が発生する。
出撃前のシミュレーションでは、自爆装置の破壊エネルギーは分厚い岩盤により閉じ込められ、施設内部のみを破壊。
周囲への被害は一切出ないはずだった。
何せ束が、「凡人にしてはそれなりの出来だね」と吐き捨てたくらいだ。
実際には相当高度な設計だろう。
だが、俺が岩盤をブチ貫いた為に結果が変わってしまったらしい。
脆くなった岩盤は、衝撃に耐え切れず崩壊。
広範囲に渡って地滑りを起こし、大量の土砂と岩石が瞬く間に斜面を下り始めた。
そして、その先には救助された12人と、安全確保の為に残っていたであろうISの姿が1機。
他のIS達は、まだ脱出したばかりで集結していない。
これから駆けつけても、全員助けられるかどうかは微妙なところだ。
つまり助かるのは、残っているISが抱き抱えられる人数のみという事。
一瞬の思考。
助けるべきか否か。
離脱の手間を考えれば、見捨てるべきだろう。
今この瞬間なら、俺に構っている余裕なんて無いはず。
何より作戦目標は、既に達成しているんだ。
下手に接触するべきじゃない。
だが、俺はその考えを振り払った。
既に視認されている現在、色々と不都合が発生するのは確実だ。
なら考えるべきは、発生する不都合にどう対処するかだが、そこは単純に、敵では無い事をアピールする路線で行こう。
具体的には迫り来る土砂から、救助された人達を助ける、IS部隊をフォローするという形で。
勿論その程度で、全てが丸く収まるはずなんて無いが、何もしないよりはマシだろう。
そう判断した俺は、新たな武装を
―――ASSEMBLE
→R ARM UNIT :
→L ARM UNIT :
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
→SHOULDER UNIT :
両背部のグレネードをアクティブ。
照準は迫り来る土砂の先端に。
NEXT用グレネードの破壊力なら、一瞬だが土砂の流れを押し止められる。
ISの機動力なら、その一瞬で十分なはずだ。
◇
NEXTがグレネードを放った瞬間、
『全機、救助急げ!!』
コンピューターより高速な思考が可能となるハイパーセンサーの恩恵により、全員が一瞬のタイムラグもなく行動開始。
まず初めに、救助者の一番近くにいたISが、両腕に1人ずつかかえて飛翔。
次いで、施設から脱出してきた我々が救助者の元に到達。
それぞれ手近にいた救助者を抱き抱え、初めの1機と同じように飛翔。
直後、足元を大量の土砂が流れていく。
まさに間一髪。
だが私には、安堵する余裕など無かった。
何せ最後の大仕事が残っているのだから。
すなわち、今回の一件をどういう形で終わらせるか、だ。
命令を、脳裏でもう一度復唱する。
“手段は問わない。国益となる形で終結させよ”
難しい事を言ってくれる。
だが同時に、あらゆる手段が肯定されているという点で、やり易いとも言えた。
私は抱き抱えていた救助者を友軍に預け、数瞬の緊張の後、通信を繋いだ。
『――――――私はドイツ軍のIS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ。応答求む』
『・・・・・NEXT』
返答があったという事は、少なくとも交渉は可能という事か?
慎重に、続く言葉を口にする。
『何故、ドイツに?』
『施設の中では何も見なかったのか?』
『救助者はいた。だがそれ以外には何も。“何故か”隔壁が降りていたのでね』
『ISの火力なら、どうとでも出来ただろうに』
『調べようとした矢先に感知した高エネルギー反応と退避勧告だ。おかげで具体的なものは、何も得られていない』
『・・・・・そうか。通信ポートを開けてくれ。面白いものを見せてやろう。他の奴らにもな』
そうして送られてきた幾つかのデータは、正気を疑うようなものだった。
部下の何人かが、余りの凄惨さに顔を背けている。
正直、私とてこんなものを直視したいとは思わない。
『これは・・・・・こんな事が、本当にここで?』
『信じる信じないはそちらの勝手だが、ソコに生き証人がいるだろう』
NEXTが指差すのは、先程助けた人達。
確かに施設内の、特に第2層の状況を見るに、送られてきたデータが嘘である可能性は低い。
だが、こいつは決定的な情報を出していない。
最終的に何を目的として行われていたのか、それを特定出来るデータが1つも無い。
何を隠している?
『生き証人なのは確かだが、限定的な情報しか得られていない。よって、情報提供を求めたいのだが?』
『・・・・・情報提供、ね。断ると言ったら?』
『それは無いと思っている。もしその気が無いのなら、既にここには居ないはずだ。違うかな?』
『なるほど。――――――良いだろう』
思っていた以上に、アッサリとNEXTは頷いた。
もう少し渋ると思っていたが、何か考えがあるのか?
まぁいい。聞いて損な話ではあるまい。
そう判断した私は、そのまま耳を傾けた。
『先日、IS学園が襲撃されたのは知っているな?』
『勿論だ。何処の物かは分からないが、新型だったな』
『ああ、新型さ。それもとびっきりの』
『お前を前にすると、虚しい言葉だな』
『続きを聞けば、そんな事は言えなくなるさ。何せアレは無人機だからな』
予想だにしなかった言葉に、一瞬思考が停止する。
『・・・・・な、に? 馬鹿な!! 完全な自律行動を可能とするAIなど、まだ何処も開発には成功していないはずだ!!』
思わず叫んでしまっていた。
だが、NEXTの言葉は止まらない。
『ああ。何処も開発には成功していないさ。だけど、成功する必要があるのか?』
『どういう意味だ?』
『そのままの意味さ。新しく作ろうとするから難しいんだ。同じような機能を持つものがあるなら、それで代用すれば良いと考える科学者がいても、おかしくは無いと思わないか? 尤もそんな真似をする奴、生かしておくつもりは無いが』
これ以上無い程、明確な宣言。
つまりNEXTは、初めて我々の前に姿を現した時の、あの言葉を実行に移したのか。
これは拙い。
しかも確実に、先程送ってきたデータ以上に厄介なものを、まだ握っているだろう。
そんな物が世に出ようものなら、ドイツの威信は地に落ちる。
どうにかして防がなければ。
だがどうすれば良い?
ここでNEXTを排除する?
無理だな。詳細までは分からないが、この状況でしている装備が、生半可なものだとは思えない。
勝てたとしても、最低半数以上の撃墜は覚悟しなければならないだろう。
更に言えば、奴の背後には“あの”篠ノ之束がいる。
仮にここでNEXTを葬れたとしても、完全な情報隠蔽は不可能だろう。
ならばどうする?
どう終わらせれば、ドイツにとっての利益となる?
少なくない時間を思考に費やした私は、一世一代の大賭けに出る事にした。
こんなの、柄じゃないのは理解している。
しかし真っ当な方法では、幾ら考えても不利益しか出てこない。
情報が表に出てしまった時点でアウトだ。
なら、表に出ても大丈夫なようにしてしまえば良い。
NEXTが動いたという事実、最大限に使わせてもらうぞ。
『・・・・・なるほど。しかし事前に連絡してくれれば、もう少し効率的に物事を進められたと思うが?』
『あの規模の施設を建造出来ている時点で、相当の組織力を持っていると判断出来た。従って、正規の手続きを踏んだところで引き延ばし工作をされたあげく、証拠を隠滅されるだけだとも予想出来た』
『そこはもう少し信用して欲しいものだな。他の部隊ならいざ知らず、IS部隊にそんなものが入り込む余地は無い』
『仮にそうだとしても手続きの間に、そこにいる救助者が何人減ったかな?』
脳裏で組み立てていた通りに会話が進む。順調だ。
だが問題は次だ。
これに乗ってくるかどうかで全てが変わる。
『減らぬよ。元々、今日にも強行突入する予定だったんだ。何せ前々から疑っていたからな。――――――しかし、司令部も随分な真似をしてくれる。まさかNEXTに先行偵察を依頼していたとは。依頼したのは少将あたりか?』
大嘘も嘘。真っ赤な嘘。三流以下の猿芝居だが、私には乗ってくるという確信があった。
断言しても良い。
こいつは穏便に済ませたがっている。
そう考えれば、我々に囚われの人を救助させたのも、退避勧告を出したのも、土砂崩れの際に手を出してきたのも、全ての行動に説明が付く。
こいつの目的は、あくまであの施設に関わる事であって、その他と敵対するつもりは無い。
そう読んだからこそ、穏便に済ませる為の条件を提示したんだ。
乗ってこなければ、分かるな?
国対個人の殴り合いだ。
『・・・・・・・・・・』
どうした。何故答えない。
迷うような場面では無いだろう。
『・・・・・・・・・・』
NEXTは微動だにせず、私をじっと見ている。
何を考えている?
『・・・・・・・・・・』
長い沈黙。
まさか、読み違えたのか?
焦りが心の中に、徐々に広がっていく。
そんな中、
『・・・・・・・・・・依頼主についての一切は明かせない』
とようやく答えが返ってきた。
焦らせるなNEXT!!
内心でそんな悪態を吐きながらも、ほんの少しだけ安堵する。
これで、最初にして最大の難関は越えられた。
後は折り合いをつけるだけだ。
油断は出来ないが、相手にその気があるのなら、それほど難しくは無いだろう
『そうか。残念だが、まぁ仕方が無い。依頼主をペラペラ喋るようでは信用出来ないからな』
『そういう事だ』
『では仕事の話だ、先行偵察で得た情報を渡して欲しい』
『・・・・・良いだろう』
この情報でNEXTが、どの程度協力的なのかが分かるだろう。
そして送られてきたのは、この施設で行われていた数々の動かぬ証拠。
だがやはり、全てを明かす気は無いようだった。
ざっと目を通しただけだが、脳の処置に関わる部分は概要のみで、技術的な記載は無い。
専門家が見れば違うのかもしれないが、後ろに束博士がいる以上、望み薄だろう。
及びこれは・・・・・設計図? レールガン?
『最後のデータは何だ?』
『・・・・・とある人から、ドイツ軍にいる試験管ベイビーに渡してくれと頼まれたんだが、生憎ドイツ軍に知り合いなどいないからな。“誠実そうな”お前に預けておく。少佐の権限を使えば、それなりに調べられるだろう』
なるほど。貸し借り無しという訳か。
だが悪く無い取引だ。
とある人の設計図なら、不良品という事はあるまい。
―――ラウラが知る由も無い事だが、これは“WB14RG-LADON”という、異世界の兵器を再現する過程で書かれた設計図。故に完全なものではなく、所々穴あきでスペックダウンもしているが、それでも第三世代機の主兵装とするには十分な代物だった。―――
『ああ。任せてもらおう。“必ず”渡しておく』
『では任せた。これで――――――』
『まぁ待て』
私はNEXTの言葉を遮った。
そちらの仕事は終わったかもしれないが、こちらの仕事はまだなのだ。
もう少し付き合ってもらうぞ。
勿論、嫌とは言わせん。
『
『こちら00。了解――――――え? 隊長の分もですか?』
『丁度良い機会なので予定を繰り上げる。“後は”
『え、ちょっ、隊長!? そんな無茶な!! 事前調整も無しに』
今このタイミングで一緒に行かないと、効果的な情報工作が出来ないのだよ。
よって私は慌てるオペレーターに、軍組織という縦社会の理不尽を突きつけた。
『やれ。以上だ』
『え・・・・あ・・・・りょ、了解しました・・・・・』
発生する作業量を思えば、多少
そんな事を思っていると、
『何を考えている?』
NEXTからの通信。
『一緒に日本に行けば分かるさ。まさか、断ったりはしないだろう?』
断るはずが無い。
私と一緒に帰るのが、一番穏便に帰れる方法なのだから。
もしかしたら、何か秘密裏に帰れる手段を有しているかもしれないが、こんな状況で使うとは思えない。
何せもう、秘密裏に帰る意味は無いのだから。
第31話に続く