インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
鹵獲した無人機を博士の自宅兼研究所、その鉄壁の安全対策が施された部屋に運び込んだ後、
更識にはセキュリティ上の問題から、既に帰ってもらっている。
だからここにいるのは2人だけ。盗聴器の類の心配もない。
「そういえば、今回動かなかった理由を聞いても良いかな?」
聞いた話だと襲撃の際、アリーナのシステムコントロールがハックされ、救出部隊が突入出来なかったという。
ある意味原作通りの展開だが、今学園には博士がいる。
彼女が手を出せば、恐らくすぐにでもコントロールは取り返せただろう。
だが、そうはならなかった。
大方の理由は推測出来るんだが・・・・・。
「良いけど、何でだと思う?」
解析データが次々と表示されていくモニターから視線を逸らさないまま、博士は言葉を返してきた。
「情報・・・・・というか防衛手段の隠匿と、相手の出方を探る為だと踏んでいるんだが、他に理由があるかな?」
「ご名答。流石は元傭兵。良く分かっているじゃないか。――――――ついでに言えば、確かに私が動けばアリーナのシステムコントロールなんて、すぐに取り返せたんだけどね。その時、必ずこちらのシステム構成も探られる。敵だけじゃなくて、学園側にもね」
「面倒臭い限りだ。でも俺は、博士の考えを支持する。一番の安全対策は知られない事だからな」
「そんな事言って良いの? 私は、君の友人を見捨てたんだよ?」
博士が赤の他人を気遣うなんて少し意外だったが、それを言うなら、襲撃がある事を知りながら離れたのは俺だ。
なのに謝罪を求めるなんて論外だろう。
「普通の感性の持ち主ならここは、『なんで助けられたのに助けなかったんだ』と言うところなんだろうが・・・・・」
何と言うべきか迷い一度言葉を区切ると、博士はくるりと身体ごと向き直り、
「なんだろうが?」
と、とても続きが楽しみといった感じで先を促してきた。
「・・・・・もし動いていたら、今後のデメリットが大き過ぎた。確かに、博士お手製の防衛システム群の出来は完璧だろう。でも未来永劫攻略不可能という訳でも無いだろう。どんなに完璧に見えても、
言い終えると、彼女は満面の笑みで近付いてきた。
「やっぱり思っていた通りだ。君なら、そう判断すると思っていたよ。――――――いるんだよね。自分は何もしないクセに、“天才だから”と言って何でも押し付けてくるヤツが」
「確かに出来る事は多いだろうが、決して万能じゃないんだ。その辺の事を、そういう奴らは分かっていない」
「本当、無理解な人間が多くて困るよ。その点、君は合格だ。話をしていてストレスを感じない」
「それは嬉しいな。だが――――――」
再び少し迷って、結局言う事にした。
「―――――― 一つ、謝っておく事がある。一夏のこ・・・・・」
最後まで言う前に、柔らかい人差し指で口元を押さえられた。
「仮にあの時、あの場所に君が居たとしても、あのタイミングでは絶対に間に合わなかった。何より、ああいう状況で生き残れるようにする為に、日々トレーニングをしていたんでしょう? そして、いっくんはちゃんと生き残った。過程はどうあれね。だから、それについて責める気は無いよ」
「そう言ってくれると、助かる」
自分で決めた事の結果だ。
後悔はしていないが、気にしていない訳じゃない。
だからこういう言葉を貰えると、本当に、少し気が楽になる。
内心でそんな事を思っていると、
「ところで、さ――――――」
博士が更に近付いてきた。
もう殆ど抱き合えそうな距離で、手を後ろにまわして下から見上げるその体勢は、深い胸の谷間が良く見えてしまう。
「な、何だ? 急に?」
思わずどもって、一歩引いてしまう。
すると更に一歩詰められ、嫌でも視界内に入る豊かな双丘が自己主張した。
「
「そ、そんな事は無いと思うが」
このままだと母性の象徴を凝視してしまいそうだったので、名残惜しいけど多大な労力を払って視線を横にずらす。
が、博士はそんな労力を簡単に台無しにしてくれた。
柔らかい両手が頬に添えられ、優しくも強制的に正面を向かされる。
「目を逸らすっていう事は、自覚があるんだね?」
「自覚も何も、敵を作らないように行動してたら、そうなっただけだ」
「ものは言いようだね。でもそれだけじゃ説明出来ない事、沢山してるよ? 私の時、箒ちゃんの時、フランスとイギリスの専用機持ちの時、色々とね」
「そんなつもりは――――――」
無い。
と言おうとして、
「あるよ。君に自覚が無いだけ」
と断言されてしまった。
そんなに甘く見えるだろうか?
最近良くいる軟派な奴のように、「何があっても護るから」とか、そんな台詞は一切言っていないはずだが・・・・・。
何となく納得がいかないでいると、何故かこれ見よがしに溜息をつかれてしまった。
「はぁ・・・・・ちーちゃんの言ってた通りだ」
「ちょっと待て。それはどう――――――」
最後まで、喋らせてはくれなかった。
「とにかく、私が心配しているのは君が女の人に甘いって事。そして調べた限りだとあの
「あ、ああ」
とりあえず返事をしておく。
が、博士はまだ手を離してくれない。
「ねぇ、さっきから随分目が泳いでいるけど、本当にどうしたの?」
「その、だな・・・・・」
言った方が良いだろうか?
少し悩む。が、結局言う事にした。
理由は簡単。
もしもだが、他人が同じ光景を見れると思うと、無性に腹がたったからだ。
「こう、俺の高さから見ると、大きくて柔らかそうなものが2つ。とても良い感じに見えてだな」
「・・・・・え?」
博士の視線が、ゆっくりと下に。そしてもう一度に上がって。再び下に。
次に顔が茹で上がったニンジンみたいに真っ赤になっていって、慌てて両手で胸元を押さえる。
「な、な、な、な、な、何で教えてくれなかったの!?」
「せっかく視線を外したのに、正面向かせたのはお前だろう」
「教えてよ」
「いや、雰囲気的に言い辛くて」
「そんな事言って、見たかっただけじゃないの?」
「俺も男だ。否定はしない。むしろ見たかった」
何だか勢いに任せて、つい堂々と開き直ってしまった。
すると恥ずかしそうにモジモジしながら、ボソリと一言。
「・・・・・薙原の、スケベ」
「し、仕方ないだろ。俺だって男なんだから。大体、博士みたいな美人を前にして何も思わない方が男としておかしい」
「び、美人って・・・・・本当にそう思ってるの?」
「当たり前だ。――――――でもまぁ、不愉快な思いをしたなら謝る。悪かった」
気恥ずかしくて、少しばかりぶっきら棒な言い方になってしまった。
だが博士は気にした様子もなく、
「そっか。当たり前か。いいよ。そう思ってるなら、許してあげる。特別だよ」
と、とても上機嫌だった。
この時の博士の笑顔が眩しくて、ついつい見とれてしまったのは、ここだけの秘密だ。
そして正直を言えばもう少し見ていたかったけど、そうもいかない。
今回頑張ったあいつらの見舞いにも行かないと。
なので、予定だけ聞いておく事にした。
「――――――ところで博士。無人機の解析、どれくらいで終わりそうかな?」
「そうだね。ソフト面だけなら、もうツールを走らせているからそう時間は掛からないと思うけど、ハード面まで含めるとそれなりにかかるかな。今回はキッチリ解析させてもらう気だからね」
「分かった。終わったら連絡してくれ」
「うん」
そうして踵を返すと、背後から声を掛けられた。
「気をつけてね。
「分かってる。せっかく忠告してくれたんだ。気をつけるよ」
しかし後日、俺は原作一夏の気分を存分に味わう事になる。
が、今そんな事が分かるはずも無かった。
◇
アリーナから脱出した後、ピットで気を失った
直撃は受けていなかったはずですが・・・・・・・実戦とは、こうも消耗するものなのですね。
ボーッとする意識で、そんな事を思ってしまう。
でも何か、忘れて・・・・・そうだ。シャルロットは!? 一夏さんは?
彼女が吹き飛ばされたあの瞬間と、一夏さんが倒れた瞬間を思い出してしまい、意識が一気に覚醒。身体を起す。
すると、
「大丈夫か、セシリア」
「薙原さん?」
ベッドサイドに、円イスに座った彼が居ました。
「医者から心配無いとは聞いているが、どこか痛むところはないか?」
「え、ええ。大丈夫ですわ。それよりも、シャルロットは? 一夏さんは?」
指差された彼の後ろのベッドには、穏やかな寝息を立てている彼女の姿が。
「命に別状は無いから、もうじき目覚めるそうだ。一夏の方も同じで、別室で今、箒さんがついている」
「そうでしたか」
失わずに済んだ。
そう安堵していると、いきなり彼は「ありがとう」と言って頭を下げてきました。
何故? 私は勝てなかったのに?
「戦闘ログを見た。あの時、お前が粘ってくれなかったら、俺は間に合わなかった。本当に良く粘ってくれた。最後はもう武器も無かったのに」
「本当は粘るでは無く、貴方が来る前に片付けるつもりでしたのよ」
「戦場に不測の事態は付き物だ。むしろあの状況で、観客に被害を出さなかった。それは凄い事だと思う」
「それは、一夏さんが頑張ったおかげですわ。一番初めの、あの瞬間。ブーストエネルギーの全てと引き換えに無人機を押しのけたあの判断。同じ立場にいたとしても、私に出来たかどうか」
「後で言ってやると良い。そう言って貰えるなら、あいつも喜ぶだろう。それよりも、本当に大丈夫か? 2対1で随分無茶したみたいじゃないか」
「意外と心配性ですのね。確かに身体は少し重いですけど。こんなのは只の疲労ですわ」
「そうか。いや、それなら良いんだ」
あからさまに安堵する彼を見て、ふと思ってしまいました。
多分この人は、失う事を酷く恐れている。
只、立場上言えないだけでは?
私の、ただ一個人が持つ財産ですら利用しようと沢山の人が近寄ってきた。
それがもし、世界最強の単機戦力だとしたら?
それがもし、情の深い人間だったら?
利用される。本人だけじゃなく、その周囲も。
だから彼は、そう振舞わなくてはいけない?
全く確証の無い思いつきでしたけど、只の思いつきと切り捨てる事も出来なかった私は、思わず口を開いていました。
「一つ、聞いても良いですか?」
「何だ?」
「貴方は、私達の事をどう思っているのですか?」
「・・・・・これはまた、唐突な質問だな」
肩を竦める彼に、もう一言付け足す。
「答え辛いなら、それでも構いませんわ」
「これで答えなかったら、卑怯者みたいじゃないか。――――――まぁ、隠すような話でも無い。気分を悪くしないで欲しいんだが・・・・・」
「自分から聞いて、怒るような真似は致しませんわ」
「・・・・・分かった。正直に言おう。――――――“今は”只の友人で仲間。でも将来は、色々なものを任せられる存在になって欲しい。そう思ってる」
十分以上の答えでした。
「分かりましたわ。なって見せようじゃありませんか。いつまでも同じと思われるのは、悔しいですもの。いずれ、私達無しではいられなくして差し上げますわ」
「楽しみにしている。それじゃぁ、長居して悪かったな。後は、ゆっくり休んでくれ」
「ええ」
こうして彼が出て行った後、
「・・・・・だ、そうよ。まだまだ先は長いですわね」
「うん。そうだ。一つだけ」
「何ですの?」
「私“達”って言ってくれて、ありがとう」
「・・・・・何の事ですか? 私も休みますから、貴女もお休みなさい」
「うん。お休み」
そうして横になると、直ぐに眠りに落ちてしまいました。
私でこれなら、絶対防御が発動した彼はもっと・・・・・。
◇
まぁ、仕方が無い。
エネルギーシールドが殆ど残っていない状態で、無人機の攻撃をもらったんだ。
その分、強く絶対防御が発動している。目覚めるまで、もう少しかかるだろう。
そんな事を思いながら見舞いの品をサイドテーブルに置くと、
「・・・・・一夏は、強かったですね。観客席が狙われたあの瞬間、迷う事無く行動を起こしていた」
「ああ。誰にでも出来る事じゃない。多分、強く思っている事があるんだろうな」
「何か、知っているんですか?」
「いいや。でも戦闘ログを見れば分かる。他人をどうでも良いと思っている人間に、あんな行動は絶対に取れない」
「そう・・・・・ですよね」
暫く口を閉じていると、箒さんがまた喋り始めた。
「・・・・・もし、私が専用機を持っていたとして、同じ状況だったらどうしていたか、考えてみました」
「ほう?」
「でも、駄目なんです。どうしても一夏と同じ行動が取れない。あの時、あの瞬間、一夏は沢山の人を護ったのに、私は頭の中ですら同じ行動が取れなかった。怖かった」
どうして急にこんな事を言い出したのか、彼女の心境に何があったのか、推測する事しかできないが、彼女の反応は至極当然のものだろう。一夏は普段のトレーニングがあったから行動出来ただけ。俺はそれをストレートに伝える事にした。
「・・・・・別に、恥じる必要は無いと思う。むしろ、同じ行動が出来る方がおかしい」
「何故? 一夏はあんなに勇敢に」
「一夏が何の努力も無く、あれだけの行動を取れたと思っているなら、それはコイツに対する侮辱だよ。日頃の積み重ねがあってこそだ。決して、偶然でも何でもない。成したのは、コイツ自身が積み重ねた結果だ。そこは間違わないで欲しい」
「・・・・・私にも、出来ますか?」
「さぁな。こればっかりは本人次第だ」
似合わない事をしている。
自身の言葉にそう思うが、ここじゃ俺は、強者の仮面を被り続けないといけない。
そう思った時だった。
「う・・・・・ん・・・・・・ここ、は?」
「一夏!? 大丈夫か? 痛い所はないか?」
「ほう、き?」
「ああ、私だ。分かるか?」
「あ、ああ」
まだ意識がはっきりしていないんだろう。
少し虚ろな視線で天井を見上げている。
だが少し待っていると、視線がはっきりと定まってきた。
「落ち着いたか?」
「ああ。ところで、あの後どうなったんだ?」
心配そうな表情をする一夏に、俺は大丈夫だと言って結果を伝えた。
「お前が初撃を防いでくれたお蔭で、観客への被害は0。シャルロットが負傷してはいるが、命に別状は無いから数日中には退院できる。セシリアの方も、ISにそれなりのダメージは負っているが本人は無事。凰鈴音も同様だ。よくあの瞬間、あの決断をしてくれた」
「必死だっただけだよ」
「それでもだ。本当に、よくやってくれた」
「何だか照れるな」
と、ここで終われば美しい物語なんだが、それだと何だかつまらないので、少し火種を放り込んでから帰る事にした。
「そういえば一夏、退院したら大変だな」
「え?」
「いやな、ここに来る途中あちこちで、『一夏君格好良かったよね~』って言葉が沢山聞こえてな。多分退院したら、色々と押し寄せてくるんじゃないか」
ここで誰が、とハッキリ言わないのがミソである。
ある程度ぼかして、相手の想像力を刺激してやれば後は――――――。
「い、一夏!!」
「な、何だ箒?」
「まさか男子たるもの、不埒な事は考えていまいな?」
「何だよ不埒な事って!!」
そして、火種そのニ。
「ああ、そういえば。『出てきたらアタックしちゃおうかな~』なんて言葉もちらほらと」
ここまで言えば一夏も、意図的に火種を放り込んでると分かったんだろう。
アイコンタクト開始。
―――なに考えてるんだよ!!
―――いや、事実をありのままに伝えただけだが?
―――何で今なんだよ!!
―――面白そうだからに決まってるじゃないか。
―――ちょっ!? 言うに事かいてソレかい!!
アイコンタクト終了。
そうして、そそくさと部屋の外へ向かうと、
「ちょっと晶。待て――――――、あ、アレ」
俺を追いかけようと、急に動いた一夏は立ち眩み。
支えようとした箒さんと一緒に倒れてしまい、原作主人公らしいラッキースケベで、右手は柔らかい膨らみの上に。
いや、ここまで期待通りに動いてくれると、次もやりたくなっちゃうじゃないか。
そんな事を思いながら、病室から出て行ったのだが、この時俺は失念していた。
この一夏は、原作とは違い色々な意味で逞しくなっている事に・・・・・。
第25話に続く