インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第21話 クラス対抗戦(前編)

 

 クラス対抗戦当日の朝、(薙原晶)は織斑先生から職員室に呼び出されていた。

 

「――――――で、何の用ですか先生」

「アポイントメントは無いんだが、お前に客が来ている。本当なら断るところなんだが、先方が今日しか空いていないらしくてな」

「誰かは知りませんが、こっちには関係無い話です。そのまま帰って貰って下さい」

「そう言うだろうと思ったが、来客は先日止めた超音速旅客機(SST)を所有している航空会社の社長だ。ぜひとも直接会って礼を言いたいそうだ。それに報酬の件もな」

「報酬は大使に言ったので、政府から出ると思っていたんですが?」

「本当はそうだったらしいが、「民間企業の失態を政府が尻拭いするのか」と非難の的にされたらしい」

「なるほど。分かりました。何処に通したんですか?」

「それがな――――――」

 

 織斑先生は手元にあったコーヒーを一口飲んでから、言いづらそうに続けた。

 

「――――――今日はクラス対抗戦だろう。来賓も多くて人手がギリギリなので、学園内では面会して欲しくないと警備部門が言ってきてな」

「・・・・・なに?」

「つまり警備部門は、不確定要素は入れたくないと言ってきたのさ」

「でもこうして話を持ってきたという事は、先生は会った方が良い。そう思っている訳ですよね」

「経験上、この手の話を長引かせても、良い事は何も無いからな」

「確かに」

 

 ここで少し考えてみる。

 正直、襲撃があると分かっている俺にとって、学園の外に出るというのは非常に抵抗がある。

 しかし、ここで警備部門に無理を言って内部で面会したとしよう。

 その社長が、或いは秘書が、こちらにとって不利な工作を行う可能性は無いのか?

 いや、仮にそうだとしても、監視をつければ封じ込めるだろう。が、確実にその分他が手薄になる。

 

「――――――先生。警備部門の人手は本当にギリギリなんですか?」

「それは本当だ。来賓の中にはVIPも多いからな。そちらに人手が割かれている。事前に連絡でもあれば、また違った対応が取れたんだが、当日の警備体制変更など、狙って下さいと言ってるようなものだ」

 

 なるほど。そういう状況なら無理は言えないな。

 となれば取れる選択肢は2つ。会わないか、学園の外で会うか。

 会わない場合のメリットは何だろうか?

 対抗戦時にあるであろう襲撃を、万全の態勢で迎え撃てる事だ。純粋に博士からの依頼のみを考えるなら、迷う事無くこっちなんだが・・・・・これには個人的に無視出来ないデメリットがある。それは他から、報酬を軽視したと思われる事。この場合は超音速旅客機(SST)救出作戦の成功報酬だ。1度報酬を要求した以上、何があろうと取り立てる。それを内外にしっかり示しておかないと、今後舐められる可能性がある。それは頂けない。

 では学園の外で会った場合のメリットは何だろうか?

 警備部門の言う通り不確定要素が減るから、何か問題があった際も最小限の被害で済むだろう。

 それに博士には言えないが、一夏達の実力を図る良い機会でもある。

 何処かで実戦を考えないといけないなら、せめてサポートが可能なうちに体験しておいた方が良いだろう。

 と、そうだ。1つ確認しておかないと。

 

「――――――先生。外で会う場合の場所は?」

「ホテル『テレシア』」

「・・・・・ああ、あの有名な」

 

 周辺MAPを思い出してみれば、NEXTならすぐに戻って来られる場所だ。

 確か、国際的にも有名なホテルだったな。

 ではデメリットは?

 考えるまでも無く、襲撃があったその瞬間に、その場所にいられない事だ。

 下手をすれば、戻るまでの間に万が一というのがありえる。

 だがそんな事を言ってしまえば、これから先、ずっとあいつらは護られたままの存在になってしまう。

 どうする?

 1度考えをリセットして、今までのトレーニングを思い出してみた。

 あいつらは、そんな護られたままになるような存在だったか?

 

(・・・・・・・・・・否だ。断じて否だ。それはあいつらに対する冒涜だ)

 

 強く。そう思った。

 なら答えは1つだ。

 

「分かりました。外で会いましょう。時間は?」

「先方は10時と言ってきた」

 

 時計を見れば、もう余り時間が無い。

 

「全く、急な話ですね」

「本当にな。――――――ああ、そうだ。山田先生も一緒に行くからな」

「何でまた・・・・・って変な話でもないか。当事者の1人ですもんね」

「それもあるが、お前と部外者だけで会わせるなど、色々な面で問題が有り過ぎる」

「面倒臭い立場になったな」

「学園にいる間なら、フォローくらいはしてやるから諦めろ」

「期待してますよ」

「し過ぎるなよ」

 

 そんな厳しくも優しい言葉を貰った後、俺は山田先生と合流。

 一夏に「頑張れ」、と伝えてからホテル『テレシア』へ向かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 (織斑一夏)が一番初めに感じたのは、プレッシャーの無さだった。

 アリーナ中央上空で待っていた鈴。その前に立った時、何故だか“小さく”見えたんだ。

 胸が、じゃない。―――言ったら本人に殺される―――

 トレーニングの時に晶から、セシリアから、シャルロットから感じたプレッシャーを感じない。

 だからだろう。何の気負いもなく鈴からの言葉に答えられた。

 

「ねぇ、一夏ってさ。ISに触れてからそんなに経ってなかったよね?」

「ああ。それがどうしたんだ?」

「ちょっと言い方は悪いんだけどさ。そんな素人相手に、2対1で良い勝負になるあの2人が、どうしてヘボじゃないの?」

 

 一瞬、トレーニングの時の話を事細かに話してやろうかと思ったけど、それは止めておいた。

 ここで長々と話しても、多分アレは、やられた本人じゃないと分からないだろう。

 だから、アイツの言葉を借りる事にした。

 

「・・・・・・・・・・晶の奴の受け売りなんだけどさ。戦いの場で言葉は不要。語りたいのなら実力を持って語れってさ」

 

 言いながら、雪片弐型を正眼に構える。

 すると鈴も、大型の青龍刀を両手に呼び出し、言い放った。

 

「へぇ、良い事言うじゃない。そういう考えは――――――」

 

 開始のアナウンスが流れる。

 

「――――――大好きだわ!!」

 

 互いが互いに向けて、同時にダッシュ。

 武器をぶつけ合う。

 直後、鈴は脚部ブースターとPICの慣性制御で高速旋回。

 円運動で雪片弐型を弾きながら、逆の手に持つ青龍刀を叩きつけてくる。

 連続攻撃で主導権を握ろうっていうのか?

 だとしたら甘いよ、鈴。

 俺は高速旋回する鈴に向かい、躊躇無く踏み込む。

 無論そこは、青龍刀の斬撃軌道。だけどもう一歩踏み込めば、無防備な懐だ。

 そして接触するような超至近距離。この距離じゃ武器は役に立たない。

 でも、腕を伸ばしているお前と、元々殴る気だった俺とじゃ、やれる事が違う。

 白式のパワーアシストを全開にしたボディブロー。

 鈴の身体がくの字に折れ曲がり、旋回が止まる。

 だけどまだ、武器を振るえる程の空間は無い。

 なら!!

 躊躇無く同じ場所に蹴りを叩き込んで、吹き飛ばすと同時に、雪片弐型を振るえるだけの空間を作り出す。

 

「どうした? これで終わる気か?」

「こっ、このぉぉぉ!!」

 

 ハイパーセンサーが甲龍(鈴のIS)の両肩。非固定浮遊部位(アンロックユニット)へのエネルギー供給を感知。

 何だ? でもこの状況で使う? 面制圧兵器か!?

 刹那の間に、トレーニングであった似たような状況を、晶がやってくれたスラッグガンとショットガンのコンボを思い出す。

 マ、マズイ!!

 追撃を打ち切り全速で離脱すると、一瞬前まで居た空間を、見えない何かが通り過ぎていった。

 背後で起こる爆発。

 

「っつぅ。随分、本気で殴ってくれたわね」

「戦いの場での手加減は最大の侮辱だろ? それに、お前だって嫌だろう?」

「あったりまえじゃない。――――――でも、よく避わしたわね。龍咆は砲身も砲弾も見えないのに」

「砲身も砲弾も見えなくても、発射前のエネルギー変動は感知できた。正直発射までのタイムラグが無い分、レーザー兵器の方が避わしづらいかな」

「言うじゃない!!」

 

 ハイパーセンサーに反応。

 即座に鈴を中心とした円周軌道に入り、龍咆の掃射を避わす。

 

「まぐれじゃないのね!!」

「言ったろ。エネルギー変動は感知出来るって」

「でもここまで避わせる人なんて、本国にもいなかったわよ」

「そりゃどうも!!」

 

 軽口を叩きながら、龍咆の特性を分析する。

 一番怖かったのは、見えない面制圧をされる事だったけど、着弾箇所の爆発は全て時間差があった。

 つまり面制圧じゃない。不可視の弾丸を連続で射出しているだけ。

 そして攻撃の発生場所は常に、両肩の非固定浮遊部位(アンロックユニット)・・・・・ようするに不可視のマシンガンか。

 なるほど。これだけ分かれば十分。

 後は、どうやって踏み込むか、だ。

 流石に格闘戦に入る瞬間を狙われると辛い。

 俺に射撃武器があれば、また違うんだろうが、生憎とコレ(雪片弐型)しかないからな。

 どうする?

 ふと、晶の言葉が脳裏をよぎった。

 

『お前の切り札は、当たれば一撃必殺。二の太刀なんて必要無い。だからこそ、最高の囮にもなる。徹底的に意識させるんだ。お前に踏み込まれる事は、敗北に直結すると意識させてやれ。そうしてプレッシャーをかけて、敵の動きをコントロールするんだ。格闘戦機に、いや、お前に張り付かれるのがどういう事か、理解させてやるんだ』

 

 あの時はよく理解出来なかったけど、今なら理解出来る。

 一撃必殺にして最高の囮は、相手の行動を縛るんだ。

 その為には、まずは知ってもらわないとな。

 

「なぁ鈴。龍咆を見せてくれた礼に、俺も教えてやるよ」

「何をよ?」

「白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)さ」

「いいの? そんなの言っちゃって」

「いいんだよ。どうせ一回使えば知られる能力だ」

「随分自信満々に言うじゃない。何よ?」

「名を零落白夜。効果はエネルギー無効化。気をつけろよ? コレの前じゃ、エネルギーシールドも絶対防御も紙切れだからな!!」

 

 言い放つと同時に、鈴を中心とした円周軌道から内側に踏み込む。

 当然の如く龍咆での迎撃。しかも下がりながら。

 思った通りだ。今、懐に入られるのを嫌ったな? つまり意識したんだな? 零落白夜を。

 確信した俺は、高速で接近と離脱を繰り返す。

 その度に放たれる龍咆。

 傍からみれば、攻めあぐねているように見えるかもしれない。

 でも良いんだ。誰も気付くな。鈴が優勢だと思っていろ。

 さぁ、後どれくらい撃てる?

 砲身も砲弾も見えないって事は、どこかでその分余計にエネルギーを消費しているはずなんだ。

 つまり燃費が良いはずが無いんだ。

 そうして徐々に、鈴の顔に焦りが見えたところで、俺は――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アリーナでの試合が始まる前、(薙原晶)は、ホテル『テレシア』最上階にあるレストランにいた。

 本当なら正装が必要な店だが、学生の正装は制服だという正論で押し通した。

 全く。何だってこんな面倒なところで・・・・・まぁ、正直なところを話せば正装を持っていなかったのと、面会が急過ぎて用意出来なかっただけだけどな。

 ちなみに山田先生は、ホテルが女性だけに貸し出しているドレスに身を包んでいた。

 淡い緑色のロングドレスで、おとなしめのデザイン。それは彼女の性格を良く現していると思う。

 サイズの関係上、どうしてもある一部分が強調されてしまうので、本人はとても恥ずかしそうにしているが・・・・・眼福なので助け舟は出さない。断じて出さない。むしろ選んだ店員良くやった。

 そんな事を思っていると、テーブルを挟んで対面に座る男。超音速旅客機(SST)を所有していた航空会社の社長が口を開いた。

 とても善人で人当たりの良さそう顔だが、そんなもの、幾らでも取り繕えるのはこの世の常識だろう?

 

「まずはお礼申し上げたい。先日は超音速旅客機(SST)の撃墜を未然に防いで頂き、ありがとうございました」

 

 年下の小僧とも言える俺に対して、社長が深々と頭を下げる。すると社長の右隣に座っていた、白いスーツを綺麗に着こなした女性秘書も、同じように頭を下げていた。ちなみに全くの余談だが、この女性秘書、一番初めに山田先生を見た後に自分の胸元を見て、もう一度山田先生を見て、妙に悔しそうな表情をしていた。

 

「頭を上げて下さい。私は依頼を果たしたに過ぎません」

 

 あえて、依頼の部分を強調してみる。

 つまり払う物をとっとと払えと暗に言ってみた。

 すると、

 

「その事なのですが、私共はどれほどお支払いすれば良いのでしょうか? 如何せんこのような事は前代未聞でして、どれほどの額が適正か、社内でも紛糾しておりまして・・・・・」

「そうだな・・・・・昨年の売り上げ、純利益は?」

「10億ドル少々ですが、それが何か?」

「なら、1億ドル貰おう」

 

 特に深い考えがあって言った額じゃなかった。

 それなりの額を払って貰わないと今後便利屋扱いされかねないから、それなりにむしる気だったけど、どの程度が適当かなんて俺にも分からない。

 だから単純に、十分の一くらいにしてみたんだ。

 が、何だ? 社長が固まっているぞ?

 ちょっと暗算してみるか。

 えーと、1ドル80.90円とすると・・・・・・・・・・は、80億9千万円!?

 少しやり過ぎたかもしれん。

 そんな事を思っていると、社長よりも先に秘書が再起動した。

 

「なっ!! そんな法外な!!」

「何を持って法外というのかな?」

 

 内心では同意してあげたいんだが、ここで引き下がったら、今後必ず舐められる。

 だから外見だけは平静を装う。それが当然という態度を貫く。

 

「何を持ってですって? 一個人に、しかも一回の仕事に、そんな高額報酬が許されるはず無いでしょう」

「なるほど。じゃぁ貴女のいう適正な報酬額を今ここで言ってみてくれ。本来、助かるはずが無かった命を助けた報酬が、どれくらいなら正しいと言えるのか。ここで示してくれ」

「そ、それは・・・・・・・・・・」

「言えないのなら、邪魔だから黙っていてくれ。それに君が言ったところで、社長の承認が必要だろう? ――――――で、社長の判断は?」

 

 視線を、再起動した社長に戻しながら問いかけると、意外な事に即答だった。

 

「言い値で払いましょう。支払いはキャッシュと振込みのどちらが良いですか?」

「後ほど、キャッシュで学園に運んでくれ。しかし意外だな。もう少し渋ると思ったが」

「確かに予想以上の額ですが、あの時、超音速旅客機(SST)が撃墜されていたらと考えれば安いものです。――――――そしてついでに、1つ頼み事をしたいのですが、良いですか?」

「依頼を受ける気はないぞ」

「そんなに警戒しないで下さい。依頼でも何でもなくて、むしろお願いと言うべき事です」

 

 社長は言葉を区切り、こちらの様子を伺っている。

 へぇ。そのまま言ってしまえば良いものを、こちらに聞く・聞かないの判断を預けたのか?

 律儀な奴だな。いや、これも交渉術の一環か? だとしても、好感の持てる態度だ。

 

「・・・・・聞くだけなら」

「大した事ではないんです。只、今後海外に行かれる際は、是非とも我が社の便をお使い下さい。安全・安心・快適な空の旅をお約束致します」

「暴走したのにか?」

「アレはプロの仕業です。ハード・ソフトの両面から細工するなど、素人に出来るはずがない」

「だからと言って、やられて良い訳じゃない」

「勿論です。なのであの一件以来、社内のセキュリティを全面的に見直しました。二度と同じような真似はさせません」

「それが有効かどうかは、今後証明されていくだろう」

 

 レストラン内にある時計をチラリと見れば、多分試合の真っ最中であろう時間。

 来るとしたら、そろそろか?

 そんな事を思っていると、山田先生の持つ教師用の携帯からバイヴ音。

 先生が、「失礼」と言いながら取る。

 

「はい山田です。―――――――――え!? 分かりました。今、代わります」

 

 緊張した面持ちで携帯が差し出され、受け取った俺の耳に飛び込んできたのは――――――。

 

 

 

 第22話に続く

 

 

 


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