インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
まずはついにクレイドル2号機が稼働して、人類初のアステロイドマイニングが開始されました。
以前にチラッと出た「特使が来るよ」というアラライルさんからのご連絡。
セッシー発案で紛争地域に介入した影響色々、というところです。
薙原晶がIS学園を卒業した翌年の2月初旬。
クレイドル2号機の建造が完了した人類は、ついにアステロイドベルトへと資源採掘の手を伸ばした。数多のSF作品で語られていたアステロイドマイニング*1が、現実のものとして動き始めたのだ。
しかし2号機には、1つ大きな制約があった。
それはワープドライブを駆動させる高出力ジェネレーターを搭載していないため、事前にアンサラーから―――正確に言えば中継衛星から―――エネルギー供給を受けて必要エネルギーをチャージしなければならないのだ。チャージ可能なエネルギー量は、往復+予備1回分のみ。
運用に大きな制限が生じるこのような形になった理由は2つある。1つは高度なメンテナンスを必要とする部位を減らす事で、クレイドル2号機の運用ハードルを下げるため。もう1つは束自身の思いとして、ある程度は仕方ないと割り切っていたが、2号機のメンテナンスに時間を取られないようにする為だった。
まず前者について言うなら、完全に地球文明の技術力不足からだ。今現在、多くの国家や企業が束博士に追いつこうとワープドライブを研究しているが、まだ誰も、何処も、シミュレーションですら成功していない。むしろ研究が進む程に束博士の背中の遠さを実感して絶望感を抱いているところだろう。もっとハッキリ言ってしまえば、核融合発電程度ですら安定稼働させられない者達に、ワープドライブを安定稼働させられるような高出力ジェネレーターのメンテナンスなど荷が重いのだ。
このため束博士はワープドライブを提供する際に一計を案じていた。厳密に言えば違うのだが、バッテリー形式にして必要エネルギーをチャージしておく形なら、バッテリーの劣化具合だけを確認しておけば細かいメンテナンスは必要なくなる。一般人が運用するなら、この方が安全だろうと。
後者は単純に自分の時間を可能な限り取られたくないだけだ。ワープドライブは仕方がないとして、ジェネレーターとバッテリーなら手間が天地程に違うのは誰でも分かるだろう。
尤も地球文明圏の技術力が向上していけば、いずれ自然とバッテリーはジェネレーターに置き換わっていくに違いない。
―――閑話休題。
時は進み2月の中旬。
クレイドル2号機は2週間ほどで貨物室が満載になるほどの資源採掘をして帰ってきた。全幅4000メートル級の巨体が、たった2週間で満載になったのだ。無論、全幅4000メートルの全てが貨物室な訳ではない。人員の居住空間、推進機関、採掘設備etcetcである程度の容積は使われている。それでもクレイドルの全翼部を構成する1ユニットが、エンジンと連結フレーム込みで、高さ40メートル、横225メートル、長さ500メートルというスーパータンカー並*2の大きさである事を考えれば、相当量の資源だと分かるだろう。また試験採掘でもあった今回は、意図的に幾つかの小惑星にアクセスして複数の資源が採掘されていた。結果として持ち帰られたのは、鉄・ニッケル・金・プラチナという世界の産業が長年にわたって欲している金属群であり、更にはガリウム・ゲルマニウム・
これに世界の産業界は大歓喜である。たった2週間でスーパータンカー数十隻分の資源が地球にもたらされたのだ。現実的にはこの後精錬*3が必要になるが、地球で行われる採掘よりも遥かに高速かつ大規模な採掘であるのは明らかだろう。
そして資源が手に入り、宇宙開発という消費する場があるなら、増産は決定的だ。ただし地球文明には、まだ宇宙で稼働する工場は殆ど無い。月面のマザーウィルくらいだ。このため採掘された資源は地球に下ろされてから加工される事になるのだが、地球外の物質を地球に持ち込むなら必ず危険物質の想定をしなければならない。休眠状態の危険な微生物を持ち込んでバイオハザードなど悪夢でしかないからだ。また地球の物質と接触する事で有害な科学反応を起こす――――――等といった事も想定しなければならない。従ってクレイドル2号機の貨物室には偏執的とも言える入念な安全対策が施されていた。加熱や電磁波の照射など様々な方法で生物の存在を許さない一時処理が行えるようになっている他、物質構成を解析して科学反応の有無を検査する機器も搭載されていた。もしかしたら必要無かったのかもしれないが、現時点での失敗は後の宇宙開発に響くため、安全最優先の対策が取られていたのだ。
こうして安全確認された資源は、既存の工場で加工され製品へと生まれ変わり、新たな工場の建設計画が次々と持ち上がり、地球全体の生産力が高められていく。
何せこれから先、消費する場は大量にあるのだ。月面開発、コロニー開発、
結果として多くの金が回り始め多くの者が好景気を享受する中、幾度目かの外交戦略の見直しを迫られている国があった。何処か? 日本のお隣である中国だ。
何故ならアステロイドベルトで採掘されたガリウム・ゲルマニウム・
このためカラードには連日のように在日中国大使が訪れ、クレイドル2号機運用計画の見直しを迫っていた。
応接室で、晶が耳を傾けている。
「―――ですから、供給量を減らして欲しいのです」
「何故でしょうか? 地球に持ち帰られた資源は事前の取り決めに応じて分配されていますし、何処か特定の国に多く渡しているという訳でもありません。それに大使は何か勘違いをしているようですが、そもそもクレイドル計画は日本主体の計画です。私はまぁ、関係者の1人ではありますが、私に話を持ち込むより日本政府に言った方が健全と言いますか、物事の道理としてそうするべきでしょう」
在日中国大使は頭の血管が切れそうなほど内心で憤慨していた。建て前としては間違っていない。間違っていないが、誰の影響力が一番強いかなど子供でも分かる話だろう。薙原晶が首を縦に振らない限り、日本政府は絶対に首を縦に振らない。にも関わらずこの男は「日本政府に言え」と言う。真面目に対応する気が無いのは明らかだった。
しかしここで憤慨しても、得るものは無い。何もないのだ。一昔前だったら舐めた真似をした相手など多種多様な工作で失脚させ、政府に対しては野党などに面白い情報を流して揺さぶる事も出来たのだが………。
在日中国大使が何か良い方法は無いかと考えていると、薙原晶が口を開いた。
「そういえば貴国は外交で何かある度に色々と波風を立てていましたね。輸出入の制限、領空や領海侵犯、漁師を扇動して他国の領土で漁をさせたり。まぁ貴方には関係の無い話ですが、丁度目の前に大使という役職の方がいる訳ですし、言っておきましょう。カラードは周辺地域の不安定化は望んでいません。ご自身の国を大国と仰るのでしたら、相応の立ち振る舞いを考えて下さい。あとついでに言っておきますが、軍部や末端の独断専行というなら、内部でしっかり相応の処分をして下さい」
「貴方のような立場のある方が、当事者の言葉も聞かず一方的に非難するのは些か軽率な行動だと思いますが」
「なるほど。そういう返答であるなら、それはそれで構いません。強く言う立場でもありませんし、貴国はどうぞご自身の思うがままに進んで下さい。こちらはこちらで進んでいきますので」
意訳するなら、お前のところなぞどうなろうと知らん、だ。
流石に伝わったのだろうか? 話が途切れて終わる前に、大使が口を開いた。
「お待ちください。周辺地域の不安定化を望んでいないというなら、経済政策とは切っても切り離せないでしょう。それにカラードは地球人類を
「これまでのご自身の行動を振り返り、まずはご自身で出来る事を行って下さい。そうすれば周囲からの視線も対応も変わるでしょう。勿論、貴国が行った事を考えれば相応の時間は必要でしょうが。――――――話はこれまでです。お帰り下さい」
晶は部屋から出て行く大使の背中を見ながら思う。
だが、何らかの対処が必要な案件でもあった。何故なら中国の国家収入激減はイコール経済の低迷であり、経済の低迷は治安の低下とほぼイコールであり、更に悪化していけば国の崩壊が有り得る。もし本当に崩壊して14億人が難民となったら、それはそれで非常に面倒かつ長期間の問題となってしまう。なので理想的なのは生かさず殺さず飼い殺しで、周辺地域に悪影響を与えない無害な存在とする、だろうか。
(すっげぇ面倒)
必要な手間暇を少し考えただけで頭が痛くなりそうだ。この問題は絶対カラード側で抱えちゃいけない。となれば使える手は限られる。晶は楯無にコアネットワークを繋いだ。
(今いいか?)
(どうしたの?)
(中国内部で活動できる奴、今どれだけいる?)
(短期? それとも超長期間?)
こういう質問が出てくるあたり、こちらの考えは凡そ読んでいるのだろう。流石だ。
(超長期の方で)
(活動目的は非合法がメイン? それとも政治状況のコントロール?)
(政治状況のコントロール)
(少し、難しいわね。知っての通りあっちは
(想像以上に面倒な状態だな。あれ? でも今の言い方だと、もう中央にも送り込めているのか?)
(一応いる、という程度ね。まだ大きな事ができる立場じゃないし、言ってしまえば仕込みの状態。正直言えば使いたくないわ)
(なるほど。将来を見越して仕込んでいる人間なら、今は無理をさせたくないな。他にはどうだ?)
(数は多くないけど、一般市民に紛れ込ませているわ。でもこちらは政治的にどうこうというより、情報収集や何かあった時に使える手足としてね)
楯無の手腕を以ってしてもこの程度なら、表も裏も組織的な介入は効果的でないだろう。
暫し考えた晶は、ふと良い事を思いついた。
地方組織や黒社会が幅を利かせているなら、恐らく一般市民はそんな現状を知りつつも声をあげられない状況、という感じだろう。そんなところに悪党をバッサバッサとやっつけてくれるスーパーヒーローがいたら、国内を落ち着かせる役に立たないだろうか? 更に考える。丁度良い人間がいるではないか。仮に悪党に負けてぶっ殺されても、こちらとしては全く惜しくない奴が。
(なぁ楯無)
(どうしたの?)
(中国の専用機持ち、確か
(以前貴方に言われた賞金首狩りをしているわね。まぁターゲットはそこそこ程度みたいだから、あまり大御所から恨みを買わないように形だけ、というところかしら)
(そうか。丁度良かった。まだ生きててくれたか)
(どういうこと?)
(こいつに中国国内の黒社会を掃除させよう。ついでに党で汚職している奴もバンバン狩らせて、国民の希望の星に仕立て上げて、最終的には国内を纏めさせようか)
(良いの? こいつ、亡国機業の元エージェントよ)
(中国が崩壊して14億の難民が発生するよりはマシだ。それに黒社会やお金大好きな汚職役人に正面から喧嘩を売る形で“やらせる”からな。一度やらせてしまえば、本人がどう思っていようと後戻りなんてできないよ)
やらせる、と強調した物言いに、楯無は
彼がこう言っている以上、彼女の人生は彼女の思いなど欠片も関係無く捻じ曲げられるだろう。
(随分と悪辣な事を考えているみたいね)
(人材の有効活用と言ってくれ。それにこいつなら、どうなろうとカラードにも更識にも面倒が無い)
(確かにそうね)
また2人は言葉にしなかったが、亡国機業最高幹部12人の内の半数は既に捕えているのだ。それぞれの側近諸共。その際に、
こうして後日のこと、
更識家の力によって巧妙に擬装された賞金首狩りの依頼で、本人の意図とは全く関係無く、黒社会やお金大好きな汚職役人の大物に天誅を下してしまい、その様子を偶々現場に居合わせて色々な事を聞いてしまった一般人がSNSで拡散した結果、彼女は本来同じ穴の狢*6であった者達と敵対関係になるように誘導されてしまう。
そして一度沼に突き落としたなら、全身を沈めきるまで上から押し込むのだ。
弁明する時間など与えない。既成事実を積み上げ、同じ穴の狢共に、
第一手は彼女の過去の言動だ。以前晶と話した時に「これからは悪党を狩る事で少しずつ信用を得ていきたいと思います」と言っているのだ。この内容を時折晶が受けているインタビューの中でポロッと言ってもらう。彼女は自衛行動として、これまで大物は狙わないようにしていたようだが、そんなものはなんの役にも立たない。何せ同じ穴の狢共は疑り深くやられた恨みは忘れない。しかも
続く第二手は、依頼中に面白い発見があり、目撃者もいるように仕込まれた指名依頼だ。
人間的に何かしらの行動を起こさなければ立場を失うような発見であり、行動したら敵対は確定的になる。
こうして行動を誘導された彼女は、黒社会に正面から喧嘩を売り、お金大好き汚職役人にも正面から喧嘩を売り、仕返しを跳ね除ければ跳ね除けるほど泥沼に嵌っていく負の無限ループに叩き落されていく。本人の意思など関係無い。他の選択肢を選んだら破滅が超特級で迫ってくるだけのこと。だから生き残れる選択肢を選ぶ。
結果として出来上がるのは、一般市民の不満を解消する偽りの英雄だ。
結果がどうなるかは、今暫くの時間が必要であった――――――。
◇
クレイドル2号機がアステロイドマイニングから戻ってきて数日。
クレイドル計画の主体である日本は、正式にクレイドルの量産化計画を発表した。
これまでも大量の資金が投入されていたが、更に数倍規模の資金が投入されるのだ。これにより機能中枢となる中央パーツを先に幾つか建造しておき、用途に応じて全翼部のパーツを追加建造する事で、速やかに提供できるようにしていく計画だ。なおクレイドル型宇宙船の利点は、全幅4000メートルという最大サイズにしなくても運用可能な点にある。極端な話、宇宙船としてだけなら中央パーツだけでも運用可能であり、何らかの機能を持たせたいなら左右に全翼部用ユニットが1つでもあれば良いのだ*7。
そしてアステロイドマイニングの成功とクレイドル型宇宙船量産化計画の発表は、人類に他惑星への移民を強く意識させ始めた。
何故ならアステロイドマイニングの成功は全幅4000メートル級という巨大宇宙船の運用実績であり、全翼部のユニット構成を移民用に調整したフル規格のクレイドルは、数十万人が乗り込んで*8超長期間生活出来るようにデザインされている。標準的な内装は既に公開されており、生活空間は移民船とは思えないほど広い。下手な一般市民の住宅事情より良いとすら言えた。食料供給の実験もクレイドル1号機で問題無く行われている上に、カラードによって宇宙農園のレンタル事業も推進されている。
またテラフォーミング中の惑星には水があり、束博士によれば2~3年後には海になるという*9。水があれば多くの事が可能になる。飲み水として生活を支えるのは勿論のこと、作物の栽培、分解して水素にしてエネルギー源にもできる。住む場所だって、今の人類には地下都市建造技術がある。都市建造には莫大な資材が必要だが、アステロイドマイニングによって幾らでも用意できる。一昔前の宇宙開発のように、狭い施設で缶詰な生活を送らなくて良いのだ。
束博士が、カラードが準備してきたあらゆる事が結び付き、本来であれば数百年は先、或いは千年、もしかしたら人類には不可能だったかもしれない他惑星への移民が、現実的な選択肢として認識され始めたのだ。
そんな社会情勢であるため、委員会*10では移民船の乗員募集が議題に上がっていた。
しかし当然の事ながら、各国には各国の考えがある。慈善団体ではないのだから当たり前だろう。
晶は異なる意見が出る様子を、取り敢えずは黙って聞いていた。
「――――――という訳で移民を成功させる為には、まずは産業基盤を作ってからが良いと思うのです。資源開発系企業を先行させて、その収益をもって移民先の環境を改善していく、といった形が自然ではないでしょうか」
「移民は人口対策や国家間紛争で被害を受けた人達の避難先という意味合いもあります。利益最優先な対応は如何なものでしょう」
前者が1月後半で前任者と交代したアメリカ委員の言葉で、後者が日本委員の言葉だ。
「利益最優先ですか? それは違います。移民は公共事業ですが莫大な費用が掛かります。収益を確保しておかなければ、いずれ赤字財政で我々自身の首を締めるでしょう。それを回避する為です」
「収益を第一目標にしてしまえば、移民に際して費用負担できるところが優先的に選ばれるようになるでしょう。そうなればある程度余裕のあるところしか行けなくなってしまい、発展途上国は置き去りになってしまう可能性が高くなってしまいます。それよりもこの一大事業は、人類が一丸となって物事に取り組めると内外にアピールする機会にするべきでしょう」
晶は聞きながら思った。意見としてはどちらもアリだろう。移民の失敗は今後の宇宙開発に影響してしまうので避けたい。しかし利益最優先にしてしまえば、多くの者が取り残される事になる。
意見が出るのは大事な事なのだが………。
(アメリカの委員。やるならもう少し上手くやれよなぁ)
と思わずにはいられない。行動を少し調べたら、アメリカ国内の大手資源開発系企業と随分会っているではないか。悪い事とは言わないが、彼の意見をそのまま通したらアメリカ系企業を遠慮なく捻じ込んでくるだろう。
なので、少しばかり突っ込んでおく。
「資源開発系企業を先行させてという事ですが、どのような企業を選ぶかもう決めているのですか?」
「いいえ。それは委員会で話し合って、公正な選考基準を設けてですね」
「一週間後にもう一回委員会を開きます。それまでに選考基準の原案と、アメリカが良いと思う開発系企業をリストアップしておいて下さい」
「早過ぎませんか?」
「そうですか? この場にいる人間なら、人を動員した人海戦術でやれると思うのですが、出来ませんか。分かりました。では日本はどうですか? 一丸となれる事を内外にアピールするべきという計画の原案、立てられますか?」
「一週間ですね。やりましょう」
日本の委員の返答に、アメリカの委員が一瞬不愉快な顔をする。が、すぐに表情を作り直して答えた。
「出来ますとも、ただ拙速過ぎないか心配になっただけなので」
「只の叩き台に穴があるのは当然でしょう。穴は委員会で議論して塞げば良いだけの話ですから」
因みに新しい委員は気負う余り忘れていたのかもしれないが、委員会の議事録は一般にも公開されている。ついでに言うと議事録だけを公開しても長々とした内容になって分かり辛い事この上ないので、要約されたものも同時に公開されている。
従って一般に公表された内容はこのようになっていた。
アメリカ
資源開発を優先してまずは利益を確保するべき。
日本
人類が一丸となって物事に取り組む機会とするべき。
イギリス・フランス・ドイツ・ロシア
態度保留。
◇
そうして一週間後、再び開催された委員会。
アメリカは文章的には素晴らしい選考基準を作ってきたが、内容を読んでいくと基準を満たせるのは一部大手のみであり、リストアップされた企業も殆どがアメリカ系の開発企業であった。流石に露骨過ぎませんかね? いや、恐らく自国を最優先したい大統領の意向だろう。極めて好意的に解釈するなら、政治家として自国を富ませる判断をしただけ、と言えなくもない。それ以上に潜在的な敵を作ってプラスよりマイナスが大きいだろうが。
一読した晶は、次いで日本案に目を通した。内容的には難しくない。資源開発系の新会社を委員会の子会社として設立。収益を委員会に入れて移民関係で使えるようにする、というものだ。因みに委員会はカラード直下の組織となっているので、カラードの子会社とも言える。また移民船の乗員は広く募集するが、国家間紛争の当事者同士の国々である場合は船を分けるなどの配慮をする、というのも組み込まれていた。
ハッキリ言って日本案の方が、あらゆる意味で物事を進めやすい。
「ふむ。皆さんはどちらを叩き台にするべきだと思いますか?」
イギリス・フランス・ドイツ・ロシアの委員が両者の顔を見て、日本案に賛成していく。当然だろう。アメリカ案ではアメリカが最大の利益を得て、残りを他で分配する形になっているのだ。自国ファーストも結構だが、時と場合を考えないとこうなる。
これにアメリカの委員が噛みついた。
「まって下さい。日本案では新会社を設立とありますが、その人員はどうするのですか? 事故なく安全に開発していく為には、ある程度下地のある人間を揃えるのが大事でしょう。速やかに進めていく為にはノウハウが必要で、ノウハウを持っているのはこれら企業ではないでしょうか」
これに晶が尋ねた。
「ノウハウと仰いますが、貴方はどのような開発をイメージしていますか? アステロイドマイニングですか? それとも惑星に降りての採掘ですか?」
「どちらもです」
「そうですか。ではアステロイドマイニングについて言うなら、クレイドルで試験運用されたエネルギーフィールド照射型採掘装置*11があります。この装置についての説明は必要ですか?」
エネルギーフィールド照射型採掘装置は地球人が持つ採掘に対するイメージを根底から覆すもので、“ドリルやハンマーで岩石を壊して破片を回収する”ようなものではない。“エネルギーフィールドを岩石に照射して、壊して、引力で引き付けて、コンテナに回収するまでを自動的に行ってくれる”ものだ。旧来の方法に比べて安全性や効率が桁違いなのは誰でも分かるだろう。
首を振った委員に、晶は続けた。
「エネルギーフィールド照射型採掘装置なら、人が直接小惑星に取り付いて採掘という危険を減らせます。無論、小惑星を直接調べなければならない状況というのはあるでしょう。ですがそういう場合は、そういうスキルを持った人を雇うなり派遣してもらうなりすれば良いので、企業そのものを選ぶ必要性は薄いと思います。今の地球に、そういうノウハウを蓄積している企業はありませんしね。次に惑星に直接降りての資源開発ですが、こちらは時期尚早かと。テラフォーミング中の惑星は人が降りられるほど気候が安定していませんし、他の惑星に降りて調査して開発となると………失礼ながらこれら企業が単独で行える範囲を超えているでしょう」
「ならば新会社を設立しても同じではないですか?」
「いいえ。原案では触れていないので言いませんでしたが、資源開発はアステロイドマイニングを先行させようと思っていました。他の惑星に降りての開発となると、アステロイドマイニングに比べて数倍の労力が必要になってしまいますので」
勿論、惑星圏内でなければ取れない資源というのも存在する。そういう意味で夢広がるフロンティアに開発の手を伸ばしたいというのはあるだろう。しかし他の惑星圏内の開発は、単純に考えただけでも地質調査・採掘用機材・多数の人員が長期間居住可能な住居の準備・大気圏突入と離脱が可能な船の準備など、アステロイドマイニングに比べて非常に多くの準備が必要となる。
このためどちらにリソースを割くかを考えるなら、アステロイドマイニングで宇宙活動のノウハウを蓄積、資源を得て生産力や工業力の向上が先だろう。そうしてテラフォーミングしている星を開発できるだけの工業力を準備して、開発して、他の惑星はその後だ。
もしかしたら本当に貴重な資源が見つかって先行調査と開発が必要な場面もあるかもしれないが、基本方針はその方が良いだろう。
「そう、ですか。分かりました。――――――ではついでに、もう1つ議論したい事があります。移民船の乗員についてです」
アメリカの委員は肯いた後、そう言って切り出した。
「フル規格のクレイドルなら数十万人が超長期間生活できますが、乗員構成はどのようになるのでしょうか? クレイドルの発注は国ごとに行っているので国ごとですか? ですがその場合は、人類が一丸となって物事に取り組む機会とはどのようにするのでしょうか?」
「なるほど。確かに仰る通りですね。現在クレイドルの発注は国ごと。となれば当然その移民船には発注した国の意向が強く反映される。うん。当たり前の事情です。こういう発見があるから、意見を出し合うのは大事です」
晶は少しばかり考えた後、続く言葉を口にした。
「各々の国の事情もありますし、カラードでも発注しましょう。で、乗員は広く募る事にしましょうか」
ある意味で、金満ここに極まれりな発言だった。全幅4000メートルにもなるフル規格のクレイドルの建造費用は、普通なら如何な大企業であっても単独で負担できるようなものではないからだ。しかしカラードは違う。世界のエネルギー事情を一手に握っているお陰で莫大な固定収入がある。宇宙農園や宇宙船のレンタル事業は始まったばかりだが巨額の利益が出ている事は間違いない。異常気象への対応やレスキュー部門だって依頼料は安く設定されているが、ISを投入しているにしては、という但し書きがつく。5つの紛争地域に介入しているので相応に出費もあるはずだが、5つの地域に供給されている食料やライフラインは全く揺らいでいない。
圧倒的な財力に裏打ちされた言葉であった。
「単独でやると?」
「まさか。移民船を用意して乗員を広く募るだけです。なので乗員が集まらなければ計画は頓挫ですね。同郷の人で集まりたい人もいるでしょうし、故郷が違えば文化も違ってトラブルも多くなりそうですが、人類が一丸となって物事に取り組む機会とするには、このくらいは必要でしょう。失敗したら、また別の方法を考えましょうか」
口調自体は非常に軽いフランクな感じだったが、この場に意味を取り違える者はいなかった。
つまり移民船の1つは、カラードが直接取り仕切るという訳だ。そして直接取り仕切る以上、カラードは有形無形様々な支援をするだろう。宇宙に対して手探りな各国が行う移民に比べ、様々なハードルが格段に下がるに違いない。
真っ先に動いたのは日本だった。
「であれば今後の参考にしたいので、日本用に建造しているクレイドルの費用をお支払い頂けるのなら、そして幾人か調査要員を乗せる事に同意して貰えるなら、その分はお譲りします。どうですか?」
「宜しいのですか? その話、政府の承諾は得ていないでしょう」
「ダメなら私の首が飛ぶだけです。それに先に行った者達の知見を得られるというなら、そう悪い話ではありません。出発が一番目と十番目なら大分違うでしょうが、一番目で多くの知見を得て二番目に出発なら理解も得られるでしょう」
「なるほど。こちらは構いません。政府を説得して下さい」
「数日中にお返事します」
これに欧州の三ヶ国とロシアも続いた。正直なところ第一陣で知見を得て、足りない部分を知ってからの方が自国民に色々説明し易いというのはあるのだ。
そしてアメリカも――――――。
「第一陣の情報を頂けるというのであれば、こちらも乗せて貰いたく思います。構いませんね?」
「勿論です。どうぞ」
こうして移民船の第一陣は、カラード主導で行われる事になったのだった。
◇
委員会の議事録は公開されているので、地球人類なら誰でも見る事ができる。だが閲覧制限をしていないという事は、地球のネットワークにアクセス出来る者なら、地球人類以外でも見れるということだ。
従って束とアラライルのいつもの公開されている会談で、その話が出るのは必然と言えた。
『――――――そういえば束博士。地球で移民計画が動き出したようですね』
『はい。ですが色々と手探りなので、まだまだこれからです』
『御冗談を。多くの文明において移民初期に問題となりそうな事には、既に解答を示しているように見えますが?』
『私で解決手段を用意できる問題であった、というだけです』
普通の天才でも、生涯を懸けて挑めば1つくらいなら可能かもしれない。しかし篠ノ之束博士が用意した解答は多岐に渡る。スターゲート、ワープ、エネルギー、食料、資源etcetc。多くの文明を知るアラライルですら、これほど多岐に渡る問題を解決した傑物はいない。
真の天才とは、こういう者を言うのだろう。尤も少々遊び心があり過ぎる気もするが………まぁ、真面目に生きている一般人を食い物にしている訳ではないので良いだろう。アラライルは一部界隈で“挟み付き”と言われている彼女の船を思い浮かべ、横道に逸れた思考を戻してから尋ねた。
『何か協力できる事はありますか?』
これまで幾度も思った事だが、束博士となら協力関係を構築しておいて損はない。必ず銀河辺境の安定に役立ってくれるだろう。手を借りたという経緯があれば、こちらの依頼を優先しようという心理的な働きも期待できる。が、返答は分かり切っていた。
『ありがとうございます。ですがこれは、人類自身でやらなければならない事なので』
予想通りの返答に、アラライルは思う。彼女はまるで、子供を自立させようと頑張る母親だ。
しかしこれは、そういう小手先の問題ではない。自身で事を成したか否かという精神性の問題なのだ。
だからついつい、こんな事を思ってしまう。
(子育てをする母は大変というが、これだけ大きな子供だ。さぞ大変だろう)
もし心の声が地球人類に聞こえていたら、何と言うだろうか? 侮辱するなと言うだろうか? しかし厳然たる事実として、地球は本来の開星基準を満たしていない。問題は山積していて、国の集まりである国連は肥大化し過ぎて多くの問題に有効な解決手段を示せず、束博士の手足たるカラードが代わりとなり始めている。
客観的に現状を見れば、子育てと言われても仕方がないだろう。
アラライルはそんな事を思いながら、会話を続ける事にした。
『そうですか。何かありましたら、相談に乗りますよ』
『共通の問題ならまだしも、こちらが困っている事を政治の場で相談するのは、実質的に借りでしょう』
『貴女でしたら如何様にでも返せるのでは?』
『法外な利息が付かないとも限りません』
『バレましたか』
『怖い人ですね。もし相談を持ち掛けていたら、どうしたのですか?』
『実行力に信用がおけるので、格安にしておきます』
『どちらにしろ利息は付くのですね』
『はい』
ニッコリとイイ笑みを浮かべて答えるアラライル。
これを冗談と取るか真面目な話と取るかは人それぞれだが、束は後者で取った。彼は中々面白い性格で善人寄りだが、善人寄りなだけで損得勘定はしっかりしている。場合によっては躊躇無く毟り取るし、切り捨てる選択をするだろう。希望的観測は厳禁である。
そして束の方は今日の話はこれで終わりと思っていたが、アラライルの方は違っていた。
『そうだ。最後に伝えておく事があります』
『なんでしょうか?』
『以前、第二回外宇宙ミッションの後ですが、救助活動を受けた文明から特使が派遣される予定*12だと話したのを覚えていますか?』
『あの話ですね。ええ、その後お話が無いのでどうなったかと思っていました』
『そろそろこちらに来たい、という話を受けています。都合はどうでしょうか?』
『来ること自体は構わないのですが、以前もお話した通り、地球には特使を迎えられるような整った設備がありません。貴方は“クリスタルルーム”でも良いと言ってくれましたが、本当にアレで良いのですか?』
“クリスタルルーム”とは束とアラライルが初めて直接会談した場所で、展開前はトランクケース程の大きさだが、展開すると直径100メートルほどの半球状の土台が出現し、その上にガラスのように透き通った半球状のドームが構築される。中は純白のタイルが敷き詰められ、中央にはドームと同じように透き通った素材のテーブルと椅子が設置されるようになっていた。重力制御も完備され、中に充填する大気組成もかなり自由に弄れるので、他文明の者が相手でも使える“装備”ではある。
―――ここで「ん?」と思った人の感性は正しい。
“クリスタルルーム”は束の専用IS“エクシード”*13のオプションパーツとして造られた装備品なのだ。このためエネルギーシールド機能や、“エクシード”が持つ重力制御能力を増幅する機能も持っている。戦闘艦50隻の集中砲火を防ぎ、かつ瞬殺したと言えば、どれほどの暴力かが分かるだろう。
『見栄えは悪くありませんし、安全性も実戦証明済みなので問題無いと思います。辺境でアレ以上の安全性は、流石に相手も望まないでしょう』
対艦攻撃を防げる個人装備という時点で既におかしいのだ。
『そうですか。では、場所の希望などは聞いていますか?』
『相手は地球近郊まで行くと言っていましたが、そこはアンサラーの絶対防衛圏内で地球にとっては中々デリケートな部分でしょう。なので地球の意見を聞いてから、と言ってあります』
『こちらの事情を汲んでくれたのですね。ありがとうございます』
『不慮の事故、というのはどちらにとっても不幸でしょう』
『そうですね。では――――――』
束は数瞬考え、答える前に確認をした。
『特使さんの規模はどれくらいになりますか? 単艦でしょうか? それとも船団ですか?』
地球は銀河系の辺境に位置している。そして宇宙海賊の存在を無視できない以上、安全対策としてある程度の船団を形成して、つまり武力を保持して向かってくるのでは? という予測からの確認だった。
『戦艦級を旗艦として巡洋艦級と駆逐艦級で編成された、恐らく10~15隻前後の船団ではないかと思います。ですが詳しくは分かりません。あちらが決める事ですので』
『なるほど。なら、そうですね。“首座の眷族”側のスターゲートはまだ交通量が多くないので、“首座の眷族”側に設置してあるスターゲートの前で会いましょう』
『………本気ですか?』
『本気ですが、何か問題でも?』
束は船団という聞き方をしたが、返答は戦闘艦で構成された船団というものだった。つまり艦隊と言い換えられる。極々普通に考えて、艦隊を地球近郊に接近させる―――この場合はハブ化している月近郊も含む―――など、リスク管理を考えれば避けて当然だろう。だから出向くという考えになったのだが、アラライルにしてみれば違う。地球文明の最重要人物が、自身の勢力圏から出て出迎えると言っているのだ。リスク管理を考えるなら、こちらの方が有り得ない。非常に極端な考えだが、仮に偶発的かつ不慮で不幸な事故が起きて地球に何らかの被害が出たとしても、一般人なら何億人死んだところで所詮は一般人だ。代わりはいる。しかし篠ノ之束の代わりはいないのだ。危険過ぎる。
リアルタイム配信されているこの会談を見るほぼ全ての人間が同じ事を思っている中、アラライルは尋ねた。
『問題というか、万一の事態は考えないのですか? 特使は感謝を示すという友好目的で来ますが、勢力圏外なら第三者の乱入という可能性もあるのですよ』
『可能性としてはありますが、そちらのゲート付近には“首座の眷族”の艦隊が駐留していましたよね*14。なら大丈夫では?』
いや、そういう意味じゃない。正しくはあるが正しくない。TVの前で同じ思いを抱いた地球人のなんと多い事か。しかし束は意見を変えなかった。地球と月の絶対防衛圏を構成するアンサラーの性能は、造った自身が一番良く分かっているし、恐らく大丈夫だろうという思いもある。が、常に予想を上回られた場合の想定はしておくべきだろう。地球近郊に接近させました。予想を上回られたので攻撃を防げず地表への直接攻撃を許しました。なんて事になったら、下手をしたらその一発で詰みとなる可能性もあるのだ。しかしゲートの向こう側なら、こちらの―――本当の最悪を想定するなら
なので束は指摘の意図に気付いていながら、実にあっけらかんとした表情で続けた。
『それにせっかく来てくれるのですから、私が、
『どんな情報でしょうか?』
『いえ、第二回外宇宙ミッションで行った星の方々の種族特性と言いますか、こちらが知っているのは人型で、地球で言うところの猫や犬のような耳と尻尾がついている、という事くらいしか知らないので、どのような人達なのか一般的な情報だけでも教えて貰えればと思いまして』
『ああ、なるほど。確かに大事な情報ですね。――――――どうぞ。極々一般的な情報ですが、今送りました』
『ありがとうございます』
束は空間ウインドウを展開してざっと一読。
印象としては比較的ライトなファンタジーに出てくる獣人だろうか。文明内でも個体差があるようで、極めて地球人に近い形で獣の耳や尻尾がついているようなタイプもいれば、人狼のように狼が人型になっているようなタイプも存在する。また地球人的な感性で言うなら獣が元になっているせいか、身体スペックが高い。種族平均値が人類のプロスポーツ選手並だ。
そして文明としてのランクはA。ランク判定の分類に従うなら、幾つかの星系にまたがる星間国家であり、かつその影響力が銀河惑星連合でも広範囲に及ぶ、とされているランクだ。流石
こうして地球文明は“首座の眷族”に続く、新たな隣人を得る機会を得たのだった。
◇
一方その頃、地球の地域紛争情勢に変化が見られ始めていた。
7ヵ月程前からカラードが介入している5つの紛争地域―――アフガニスタン紛争、シリア内戦、クルド対トルコ紛争、リビア内戦、イエメン内戦―――で、戦闘回数が減少しているのだ。とは言っても、武力で介入している訳ではない。食料を供給してインフラを整え、教育者が働ける環境作りをしているだけだ。またイエメンでは試験的に戸籍管理もカラードによって行われている。無論紛争地域なので
無論、背景はこれほど綺麗ではない。こんな事で収まるものなら、とっくの昔に内戦や紛争問題は片付いている。現実はもっともっと血生臭い。晶とハウンドで以前捕らえた亡国機業の“元”最高幹部6名が、紛争と憎悪を煽り武器を流入させていた者達を手当たり次第血祭りにあげているからだ。情けも容赦もありはしない。何せ元々悪側にいて世界の紛争をコントロールしていた者達だ。何をどうすれば人が黙り従うのか良く分かっている。表の法から外れた者に温情ある法の裁きなど必要無ければ意味も無い。先進国というお上品な国に住む者達には分からないかもしれないが、圧倒的な暴力こそが唯一の法という世界があるのだ。
しかし、これが表にでる事は決して無い。亡国機業の“元”最高幹部6名は、もう只の駒なのだ。今も活動する亡国機業の利権構造を壊し、奪い、カラードの為に地ならしをする只の駒である。
このため世間に伝わるのは、カラード介入後から戦闘が減少し始めた、という結果のみ。疑い深いジャーナリストが現地で何か調べようと問題無い。元々情報の錯綜した地域であるし、何かに気付きそうなら、ちょっと苦労させた末に真実っぽい情報を与えてやれば良い。何故なら人は対価を求める生き物だからだ。苦労して得た、それでいて辻褄があっている情報なら真実と思い込むだろう。つまり“元”最高幹部達にとって、紛争地域の情報など如何様にでも書き換えられる程度のものでしかないのだ。
そして戦闘回数の減少は、治安が徐々にだが改善傾向というニュースになり………結果としてカラードに更なる出費を強いる事態となっていた。少し考えてみれば当然の話だ。食べる物も住む場所も無い難民は多い。そんな者達が、食料を配られ住む家も与えられる土地がある、しかも治安が改善傾向なんて話を聞いたら、一縷の望みをかけて行くに決まっている。このため難民の大移動が発生してしまい、介入しているカラードは食料生産プラントの追加建造やインフラの規模拡大を急がなければならなくなっていた。ハッキリ言ってしまえば、一企業が担えるような規模ではない。先進国であっても財政が傾く。
そんな中で介入の責任者である
全ての難民を何も出来ない人として施しを与えようと考えるからダメなのだ。人なのだから、学が無かろうと極限まで単純化した作業なら出来るはず。数は沢山いる。なら工場を建てて、大量生産品を作らせてみてはどうだろうか? 言ってみれば一昔前の中国だ。工場を稼働させる為の電力は幾らでも供給できる。では作るなら、どんな品が良いだろうか? 考える。思い浮かばない。当たり前だ。すぐに思い浮かべば苦労は無い。しかし大丈夫。以前束博士から提供された各種ツール*16の中に、AIによる政策立案支援システムがあった。それを使わせて貰おう。大量生産品で世界的に需要がありそうな品をリストアップ。その中でも特に製造工程が簡単なものを選び、工場の建設と現地での人員確保を指示する。
他に出来る事は無いだろうか? あった。難民イコール学が無いと決めつけるのは早計だろう。紛争に伴う治安の悪化で、住む場所を追われた知的職業に就いていた者もいるはず。つまり何らかのスキルを持っている人がいるなら、そういう人達を集めてチームを作って仕事を斡旋すれば、個人でやるより多少大きな仕事でもこなせるだろう。何なら“
だが流石に、全ての介入地域で同時に実行するのはリスクが高過ぎる。なのでセシリアは、カラードで戸籍管理を実施していて人の動きを把握し易いイエメンで、試験的にこれらを導入してみる事にしたのだった。
―――多くの者は、上手くいく筈が無いと思っていた。
―――紛争や貧困問題の根は深いのだ。
―――小娘如きの浅知恵で解決できる筈がない。
―――寧ろ失敗すればいい。
―――このまま金を垂れ流せ。ドブに捨てろ。
―――そうすればカラードを攻撃する材料になる。
愚者が考える事はいつの世も変わらない。他人の粗を探し足を引っ張ろうとする。圧倒的な武力と巨大な収入源を持つカラードに面と向かって言う事はできなくても、失敗につけ込む事は出来る。あわよくばカラードが持っている利権の一部でも奪えれば――――――と思う者の何と多い事か。
しかし、全く違う考えを持つ者達もいた。企業の経営者達だ。彼らの視点は違う。利権構造を作って甘い汁を吸うのも王道だが、儲けるチャンスを逃すなど愚の骨頂。
では何が儲けるチャンスなのか? 難民という極めて安い労働力だ。しかもカラードは工場の建設にまで手を出した。ならば近隣に工場を建てれば、同じように電力供給を受けられるだろう。難民を消費するだけの存在から労働者として金を稼がせ経済の一部に組み込もうと考えるこの施策なら、工場への電力供給を断る事は無いはずだ。つまり工場稼働の電力は格安で、更に極めて安い労働力を大量に得られる。これで利益を考えない経営者はいない。
また多国籍企業の活動で常にネックになるのが現地の治安情勢だが、インフラが構築されている周辺に限定するなら比較的保たれており、今後も改善していくだろうと判断する者が多かった。治安業務を委託された民間企業が、今では安く手に入るようになった
その彼女が進めている施策を邪魔する人物ないし勢力の排除に、2人が躊躇するだろうか? カラードの動きを見れば、彼女に実績と功績を上げさせようとしているのは明らかだ。となれば表だってはしなくとも、秘密裏に………というのは十二分に考えられる。
事実とは少々異なるが、現状とカラードの動向からこのような判断を下した者は多かった。
加えて、地政学的な要因もあった。
試験的な取り組みが行われるイエメンは、アラビア半島南西部に位置している国であり、紅海に面している。そして紅海はスエズ運河に繋がっており、この航路は世界全体の貿易量の約10%、年間約1万7000隻の船が通る世界貿易の要所だ。同時に狭い紅海は海賊にとって絶好の活動地域であり、これまで治安維持はこの航路を使う全て企業や国家にとって悩みの種であった。
そこに、カラードが莫大な資金を投入し始めた。
戸籍管理、食料供給、インフラや教育者が働ける環境の整備、工場建設のみならず、他企業との取り引きで灯台兼防衛用兵器として巨大兵器の一種であるL.L.L*18が浜辺に投入され、この海域を通る船の誘導や海賊の活動に目を光らせ始めたのだ。同時に港と空港が急ピッチで準備され始め、工場からの輸送体制が整えられていく。
また急ピッチで整備が進む港と空港には、セントエルモとRAIJINの配備計画が発表され、更に大型兵器だけでは小回りが利かないため、
こうして内戦で荒れ果て世界のお荷物となっていたイエメンは、世界の工場として、海運交通の要所上に港と空港を持つ貿易地として、急速に復興していく事となる。
そしてこの地での成功は、他の介入地域に対する強力な追い風になっていったのだった。
第196話に続く
アステロイドマイニングで資源が得られるようになれば、生産量の向上に直結するので、今後モノ作りが少しばかり楽になるかと思います。技術はまだまだですが………。
新しい隣人さん。人型に近いタイプはぶっちゃけグラ〇ルのエ〇ーンを妄想する作者です。なお種族特性として身体能力高めです。
カラードが介入した地域の復興は、まずはイエメンが先行する形となりました。なお労働力の安さで勝負しているどこかの国(最近は色々と見切りをつけられているようですが)には大ダメージかもしれませんが、まぁ知った事ではありません。