インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

205 / 211
作中時間で丁度年末年始だったので、日常系の平和(?)なお話です。
そして久しぶりに登場なコウモリおじさん。


第194話 年末年始(IS学園卒業年度の12月~翌年1月)

  

 薙原晶がIS学園を卒業して、初めての年末が近づいて来た頃。

 カラード本社内にあるプール*1で泳いでいた晶は、偶々同じ時間に泳ぎに来ていた相川清香とプールサイドで話していた。

 学生の頃から趣味がスポーツ観戦とジョギングというスポーティな子で、ショートカットな髪は相変わらずだ。本人曰く「こっちの方が楽なのよ」らしい。そして学生の頃は元気な美少女という印象だったが、今では活発な美女という印象だ。勿論スタイルの方も成長していて、大き過ぎず小さ過ぎない双丘からくびれた腰、臀部から脚部へと続くラインは活動的で健康的な色気がある。因みに今着用している水着は前から見ると飾り気の無い競泳水着だが、後ろはフライバックタイプで背中と腰の部分に大きな開口部があった。

 タオルを肩にかけた彼女が言う。

 

「そういえば、そろそろ年末だね。沢山お誘いが来てるんじゃないの?」

「お誘い?」

「忘年会とか新年会とか。カラードの社長様なら、来て欲しいところは沢山あるんじゃないかなぁって」

「ああ、そういう事か。来てるよ。沢山。めんどうくせぇ」

 

 取り繕う必要の無い相手なので、返す言葉も気易い感じだ。

 

「ははっ、晶くん嫌いだもんねぇ。そういうの」

「世の中にはああいうのが好きな人もいるっていうのは分かるけど、俺はどうもな。上手い飯は上手い飯で味わいたいし、腹黒な会話をするならそっちに集中したい。和やかな雰囲気で会話しながら腹の探り合いをして………ってのはどうにもな」

 

 一応、出来ない訳ではないのだ。昔は苦手だったが、それも回数をこなす事である程度は慣れた。まして今は更識家の当主でもあるのだ。殆どの事は楯無に任せているが、当主として腹黒な判断を下す事もある。ブラックオプスなどその最たるものだ。だから出来ない訳ではないのだが、どうしても面倒という思いが先にきてしまう。これはもう得手不得手というより、生理的に受け付けない部類の話だろう。

 そしてクラスメイト達も、晶のそんな心情は察していた。というかIS学園在学時から度々クラスメイト達の前で、「パーティは面倒だ………」と漏らしていたのだ。

 だから清香は、ちょっとした思いつきを口にした。

 

「ならさ、誰もが来て欲しいカラードの社長様が行かなくていい正当な理由があれば良い訳だよね?」

「お? 何か良い案でもあるのか?」

「ただの思いつきなんだけど、カラードでも何かイベントをするの。社長が自社イベントを優先するのは何も不思議な事じゃないでしょ。これだけで全部を断れる訳じゃないだろうけど、少なくともイベントがある当日、上手く理由をこじつければその前後の日も断る理由に出来るんじゃないかなって」

 

 目から鱗とはこの事だった。

 

「なるほど。アリだな。アリアリだ」

 

 数瞬考えた晶は、コアネットワークでクラスメイトみんなにメッセージを送った。内容は「年末年始で何かイベントをやろうと思うんだけど、みんなの予定を教えて」だ。

 すると次々に返事が返ってきた。

 

「ふむ。なら狙い目はこの辺りか………」

 

 晶は眼前に展開した空間ウインドウにカレンダーを表示させて、予定を考えていく。

 5分ほどアレコレ考えていると、セシリアからコアネットワークが接続された。

 

(晶さん)

(どうした?)

(丁度近くに秘書さんがいたのでメッセージの事を話したのですが、そうしたら大層ご立腹した様子で社長室に向かっていきました)

(え? 何故?)

(こんな大事なイベントをクラスメイトだけでやらないで下さい、と言っていました。多分、社長室に戻ったら待ち構えていると思いますわ)

(ええ~。面倒な)

(でも秘書さんの言葉も分かりますわ。今のカラードでクラスメイトだけ、という訳にはいきませんもの)

(でもな。う~ん。あ、良い事を思いついた。一日、というか定時後の夕方からはクラスメイトだけ。次の日は一日かけて会社として、というならどうかな?)

 

 これなら色々な話を断る口実に使える。悪くない考えだろう。

 すると、みんなから次々と返信が来た。

 

 ―――いいよ~。

 

 ―――りょうかい。

 

 ―――私服? フォーマル?

 

 ―――私服も良いけど、せっかくだからドレスも良くない?

                                

 ―――クラスメイトだけなら私服でいいよ。

 

 等々。コアネットワークでのワイワイガヤガヤに耳を傾けながら、晶は隣にいる清香に話しかけた。

 

「アイデアありがとう。お陰で面倒事を減らせそうだ」

「良いってこと。――――――じゃあ、私はもうひと泳ぎしてくるね」

「ああ。俺も社長室に戻るよ」

「秘書さんに小言を言われに?」

「そういうこと」

 

 こうして社長室に戻った晶は、仕事のできる美人な秘書さん達から「イベントは有効活用して下さい」と小言を言われてしまったのだった。社長や会社の為ならちゃんと言ってくれる辺り、良い人達である。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして迎えた年末のとある日。

 定時後の集まりは何の捻りもなくクラスメイトの忘年会になっていた。

 本社にある適当な部屋を片付けてスペースを確保して、丸テーブルを並べて立食形式。料理は適当に注文したものを並べて、ドリンクも持ち寄りのセルフ。学生の時と違うのはアルコールがあることくらいだろうか。至って気楽で気易く肩肘を張らなくていい過ごしやすい集まりだ。

 私服の皆が集まり、晶がドリンクを片手に言う。

 

「小難しい前置きは無し。みんな一年お疲れ様!! 乾杯!!」

「「「かんぱーーーーい!!」」」

 

 一歩会社から出れば注目の的である皆も、ここでは伸び伸びと過ごしている。ざっくばらんに話して和やかな雰囲気だ………が、酒が入ってきたところで晶は静寐に絡まれていた。

 

 鷹月静寐。ショートカットの髪の両サイドをヘアピンで止めている真面目な子で、在学中は委員長とも呼ばれていた。だが真面目一辺倒という訳でもなく、ジョークが満載された本を好むという一面もあったりする。そして真面目系の美少女は真面目系の美女となり、スラリとした四肢に整ったボディラインは、モデルと言っても十分に通じる――――――どころかモデルの方が羨むだろう。

 更に言えばカラードの最精鋭たる潜行戦隊所属で、第一回外宇宙ミッションでは指揮を取った才女だ。が、今は色々と形無しだった。どうやら絡み酒体質らしい。

 

「晶くん。ちょっとセッシーに酷くない?」

 

 ガシッと肩組をされ、引き寄せられる。

 

「え?」

「え? じゃないでしょ。社長の仕事をセッシーに押し付けて、博士と2人で宇宙散歩。セッシーったら戦隊のオフィスに来て愚痴ってんだよ。青筋浮かべながら。宥めるの大変だったんだから」

「あ~、それは大変申し訳ないと思ってな。その後謝り倒して、どうにか許してもらった」

「本当? ゴニョゴニョな手段とか使って有耶無耶にしてない?」

 

 使ったのは謝り倒した後なのでセーフ!!

 

「本当本当」

「と言ってるけど、セッシー本当?」

「一応本当ですわ。もうしないとは確約してくれませんでしたけど」

 

 一言余計!!

 

「はっはっは、何かあった時の為の練習って大事だろ。セッシーなら出来ると思ってさ」

「晶くん無茶振り大好きだもんねぇ~。でも、もうちょっと労わってあげて。でないと、1ヵ月間セッシーの手作り弁当の刑だよ。勿論学生Ver」

 

 晶のお昼は基本的に、クラスメイトが持ち回りで作ってくれている手作り弁当だ。

 そして今のセシリアの弁当は普通の味であるが、学生時代は酷いものだった。具体的に言えば強化人間の胃にダメージが入るくらい。なのに!! 強化人間の体は彼女の手料理を毒物判定しなかった。ISの生体防護機能も同様である。つまり強力無比な解毒機能が働かない。今でも思い出すと口の中が酸っぱくなる。彼女の手料理が上手くなるまで、よく頑張った俺と言いたい。

 なので本当にやられたら、1ヵ月間は苦行の日々だろう。

 

「わ、分かった」

「よーし。セッシー、仇はとったよ~」

 

 静寐はアルコールの回った紅い顔で手をヒラヒラしながら勝利宣言した。そして片手に持っていたコップをグビッと呷る。

 

「おいおい。飲み過ぎじゃないか?」

「私アルコールに強いもーん」

「酔ってる奴はみんなそう言うんだよ」

「私はべつ」

「それもみんな言うんだよ」

「だーいーじょーぶー」

 

 わぁ~お、完全に酔ってるじゃないか*2

 この酔っぱらいをどうしようかと思っていると、ラウラが言った。

 

「面倒だ。このまま沢山飲ませて、酔い潰してしまえ。後はそのへんに椅子でも並べて横にしてやればいい」

 

 言うなりラウラは、静寐のコップが空になる度にアルコールを注ぎ始めた。それをグビグビ飲んで「おいしーーー」とハイになっている静寐を見て、みんな思った。こいつにアルコールを飲ませちゃいけない。絡み酒な委員長とか面倒臭すぎる。

 この後、晶は暫く静寐に肩組されたまま、他のクラスメイトと話していた。途中で頬を人差し指でプニプニされながら。

 こうしてクラスメイトだけの楽しい楽しい忘年会は過ぎていったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 翌日――――――の前に、時間は暫し遡る。

 カラード本社の秘書室で、秘書さん達が話していた。

 

「ところで、社長の年末年始の予定ってどうなってるのかしら?」

 

 秘書室にいる面々は、全員が更識家からの出向組だ。つまり晶を更識家当主だと知っている者達である。にも関わらず「社長」と言っている理由は、万一ここでの会話が外に漏れた時に更識家の存在を知られないようにする為だった。無論、この部屋には可能な限りの防諜対策が施されているし、そもそもそのような事態などあってはならない。しかし安全管理というのは、常に万一を想定するからこそ強固になるのだ。

 近くにいた別の秘書が答える。

 

「年末4日間と年始3日間の計1週間はお休み。何事も無ければもう少し増やせたけど、色々お誘いが多いのよねぇ。社長のお立場なら仕方ないとは思うけど、どうにかならないのかしら?」

 

 すると別の秘書が言った。

 

「私達の一存で全部断っても、多分社長は何も言わないと思うわ。必要なら自分で動いちゃう人だから。でもそれじゃ、秘書失格でしょ。それに社長は常々言っているじゃない。無闇に敵を作るのはリソースの無駄遣い。どうせなら味方を増やした方が出来る事も増えるって」

「だから悩ましいのよ。社長のお仕事を減らしつつ効率的に進められるようにするのが私達のお仕事でしょ。なのに、いくら厳選しているとは言っても、俗物のパーティイベント如きで社長に動いてもらわないといけないなんて、腹立たしいったらないわ」

 

 高い忠誠心故に少々歪曲された表現だったが、この場にいた者達に意図は伝わっていた。

 

「否定は出来ないけど、余りに他者を軽んじれば結果として労力が増えてしまうわ。それは社長も望まないでしょう」

 

 今の言葉で、更に別の秘書が何かを閃いたようだった。

 

「………ねぇ。思ったのだけど、カラードで何かイベントを開けば、そういう面倒事を断る口実に使えないかしら? 社長は自社のイベントに出席してますって言って。流石に全部は無理でも、回数は減らせると思うの」

 

 後日、相川清香が同じような事を言うのだが、秘書さん達はもう少し踏み込んでいた。

 

「なるほど。年末年始なら忘年会とか新年会が筆頭だけど、カラードには日本国籍以外の人も沢山いるわ。そういう人達にとって日本形式のものは単純につまらなくて面倒臭いだけのイベントにならないかしら?」

「なると思うから、日本式をそのまま当て嵌めるのはダメね。だから………そうね。年末に協力会社の人達を呼んで、最も貢献してくれた会社を表彰とか金一封、あと将来有望そうな会社に投資する、みたいな事を発表する場を設けてはどうかしら? これなら文化が違っても参加しようって思う人も多いんじゃないかしら?」

「自社イベントとしてそれなりの規模にした上で、参加は協力会社の人に限定できるから面倒臭そうな人も大分排除できる。ロイヤリティという意味でも、招待客の虚栄心を程よく満たしてくれそう。いいわね」

「年末はそれで良いとして、年始は?」

「すぐに良い案は出てこないわね。まぁ焦って企画して変なイベントになっても嫌だし、取り合えず今年は年末のイベントだけにしてみましょうか。何か良い案があれば随時企画して、社長に提案してみましょう」

 

 この後、秘書課の面々が年末イベントを企画、社長()の最終決定を経て開催の流れとなったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、カラードの会社としての年末イベント当日。

 因みにイベント名は色々な案が出されたが、結局何の捻りも無い忘年会という名前に落ち着いていた。企画を承認した晶にしてみれば、面倒事を減らす為の口実なのだ。捻りの利いた名前にする必要もない。日本で年末でイベントなのだから忘年会で良いだろうという訳だ。気楽なものである。しかし招待客達にとっては、決して気楽な忘年会ではなかった。何故か?

 出席メンバーを見れば分かるだろう。社長、副社長、主要部門長に加え、警備や勤務の都合で全員ではないが各部門にいるISパイロット達、その他多くのデスクワークを担ってくれている者達等、飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進を続けるカラードの中核メンバーが揃っているのだ。万一失礼があっては大変な事になってしまう。

 また招待客のランクも桁違いであった。カラードが民間軍事企業(PMC)であるだけに、協力関係にある有名どころの軍事企業は最高経営責任者(CEO)本人が来ている。技術系・製造系も同様だ。加えて会社の規模としては大きくないが、知る人ぞ知るような一点特化型企業―――特定分野“だけ”は何処にも負けないという超職人肌な企業―――も招待されていた。

 そんな場所で最も貢献のあった会社の発表や将来有望な会社への支援が発表されるのだ。ビジネス業界にいる者なら、この意味が分からぬ者などいない。

 

 ―――閑話休題。

 

 クリーニング(防諜対策)が済んでいるいつものホテル。カラード本社の者や招待客達がいる大会場では、純白のテーブルクロスが掛けられた多くの丸テーブルに様々な料理が並んでいる。そんな中で晶は、多くの者と話していた。とは言っても本人の性格的なものか、椅子にふんぞり返って来るのを待つというスタイルではなかった。自分から足を運んでいるのだ。

 かつてパーティは苦手と言って戸惑っていた姿は無い。品の良い黒いスーツに身を包み、ワイングラスを片手に談笑だ。協力関係にある者達が今後も協力しようと思ってくれるように、適度な話題を提供して話を弾ませ、時折腹黒い事も考えながらコミュニケーションを取っていく。

 勿論、招待客とばかり話している訳ではない。カラードの人間にも声をかけていた。そしてこの男は自身が最強の単体戦力でありながら、後方担当―――ざっくり言ってしまえば兵站など前線以外の部分を担う者達―――の重要性を良く理解していた。つまり地味で目立たない働きがあるからこそ、花形部門が華々しく活躍できると分かっているのだ。だからそういう所にも、否、そういう所にこそ足を運び、殊更長い時間を掛けて話し込み、重要視していると周囲に知らしめておく。

 そうして一通り回って自分の席に戻ってくると、丁度セシリア(副社長)も挨拶回りから戻ってきたようだった。今日の彼女の服装は、蒼いイブニングドレスだ。ホルターネックタイプで背中が大きく開いている。

 

「こういう場にも、もうすっかり慣れたものですわね。以前の貴方が懐かしいです」

「これだけやっていればな。そっちはどうだ?」

 

 今回招待されているのは協力関係にある者達だが、それでもセシリアに近づこうとする者は多い。カラードの副社長という魅力的な立場だけでなく、束のとびっきりのお気に入りと知られているからだ。尤もこういう場で、彼女が相手に言質を与える事などない。幼少の頃から上流階級という魔窟で鍛えられ、両親の遺産を護り抜いたのは伊達ではないのだ。経験値が違う。だから失敗という心配はしていないのだが、不快な思いをしないとは別物だ。

 

「大丈夫ですわ」

「なら良かった」

 

 無礼を働くような者に招待状は送っていないはずだが、アルコールのある席だ。酒に呑まれてしまう奴がいないとも限らない。しかし今のところは大丈夫そうだ。一安心したところでワインを一口。丁度そのタイミングで、席を離れていたシャルロットとラウラが戻ってきた。

 2人ともセシリアと同じデザインのイブニングドレスだが、シャルロットは黄色、ラウラは灰色に近い銀色というカラーバリエーションになっている。会場に入る前に理由を聞いたら、「偶にはこういうのも良いでしょ」という事だった。

 それはさておき、晶は揃った3人を見て素直に思った。1人1人でも目立つが、3人揃うと格別だ。もう欧州三人娘という呼び名は相応しくないかもしれない。

 全く同じ事を、特別に会場入りを許可された報道関係者も思っていた。

 椅子に座る晶。その隣の椅子に座るセシリア。晶の座る椅子の背もたれに寄りかかりワインを飲むラウラ。行儀が悪いと窘めるシャルロット。4人の関係性が良く分かる1枚の写真が、翌日新聞の一面を飾る事になる。

 誰が言ったか、タイトルは欧州の三美姫だ。1人お行儀の悪い姫がいるが、非常に“らしい”と反応は好意的であったという。

 翌日の事など知る由もない晶は、セシリアの時と同じ理由で2人に尋ねた。

 

「どうだった?」

「大丈夫だよ」

「問題無い」

 

 良かったと思いながらワインをもう一口。すると会場の時計を見たシャルロットが言った。

 

「晶。そろそろ時間じゃないかな」

「もうそんな時間か。分かった。行ってくる」

 

 晶はワイングラスをテーブルに置いて立ち上がり、会場前方にあるステージへと向かった。この忘年会のメインイベントである、今年宇宙進出事業に最も貢献してくれた会社の発表だ。勿論、これだけでは大手が有利過ぎて中小の協力企業は白けてしまうだろう。だから期待できそうな研究や事業を展開している中小企業にもプレゼントを用意してある。

 会場が自然と静かになり、全員の視線が集まったところで、晶は話し始めた。

 

「お集りの皆様。本日はカラードの忘年会に参加して頂きありがとうございます。そしてご歓談中の事とは思いますが、そろそろ本日のメインイベントに移りたいと思います」

 

 ステージに設置されている大型ディスプレイに幾つかの評価条件が表示され、次いでその条件に従って協力企業の活動内容や成果が表示されていく。これは密室で貢献度を決めるより、共通の物差しを見せた方が公平感があって理解を得られやすいという事で導入されたものだった。

 そしてこの発表は子供の発表とは違う。選ばれた企業には明確な実利があった。それは何か? 現在カラードが宇宙船のレンタル事業で使っているのと同型の船を“首座の眷族”から買い、1年間自由に使わせるというものだ。無論、幾つかの制約はある。“首座の眷族”の宇宙船を操船できる地球人パイロットはまだ育っていないので、操船は一緒に購入するマネキン人形みたいなアンドロイドがする事になる。また宇宙文明の法に抵触するような行為があった場合、その程度に応じてアンドロイドは処置を実施する場合がある。つまり好き勝手な無法は出来ないという訳だ。しかし地球文明では束以外、まだワープドライブ搭載型宇宙船を造れない。その現状を踏まえれば、どれだけ価値のある実利か分かるだろう。カラードに協力しているか否かで、宇宙活動の自由度が天地ほどに違うのだ。なお1年という期間限定にしたのは、与えたところで地球文明にはメンテナンス技術が無いので最終的に廃棄処分されるのが目に見えていること、地球文明の技術では安全に廃棄できない等の理由からだった。ならば期間限定にした方が受け取る方も余計なコストがかからず、「来年も自由に宇宙船を使えるように頑張ろう」と思ってくれるのを期待してであった。尤もこの実利は、地球文明製の宇宙船が普及してきたら使えなくなるので、その時はまた別の実利を考えていく必要がある。

 貢献度の高い上位数社がコールされると、幾つかのテーブルから喜びの声が上がった。

 良い大人達がガッツポーズで喜びを露わにしている。

 皆が落ち着くのを待ってから、晶は喋り始めた。

 

「喜んでもらえたようで何よりです。ですが今回はこれだけではありません。先程示した物差しで考えてしまうと、どうしても大手が有利になってしまい、一芸特化の企業は不利になってしまいますからね。だから次は、こんな物差しで見てみようと思います」

 

 大型ディスプレイの表示が切り替わる。次に示された評価条件は、本当に一芸特化企業向けだった。例えば特定の素材ではシェアの殆どを握っている。特定分野では圧倒的な技術力を持っている。等々。職人気質な企業はビジネスバランスに優れていない事が多いが、そんな企業もキッチリ評価するという姿勢を前面に押し出したものだ。

 幾つかの企業がコールされ、そのテーブルから喜びの声が上がる。そして一芸特化企業に対する実利は、新たな先端技術を開発する為の資金提供となっていた。その一芸をトコトンまで極めてみろ、という事である。

 晶は皆が落ち着くのを待ってから、再び喋り始めた。

 

「以上で発表を終わります。そして今年1年、様々な協力をありがとうございました。来年も宜しくお願いします。では、長々とした話など誰も聞きたくはないでしょうし、後はご自由にご歓談下さい」

 

 こうしてメインイベントは終わったのだが、すぐに帰る者は皆無であった。何故ならこの場にいる面々は、協力企業も含めて滅多に直接顔を合わせる事のない人間が沢山いるのだ。この場を使って新たなコネクションを得て、ビジネスを開拓しようと思う者がいるのは当然だろう。

 そんな中で、晶に近づいて来る人影があった。

 

「―――社長。今回はお招き頂き、ありがとうございます」

 

 椅子に座りワインを飲んでいた晶が振り向けば、赤いドレスに身を包んだ女性が立っていた。

 彼女の名はベルベット・ヘル。ギリシャ国家代表だが、以前あったとある一件が切っ掛け*3で、現在はカラード戦闘部門に所属している。燃えるような赤髪は激しい感情の持ち主である事を想像させ、緩やかなウェーブを描いて腰付近まで伸ばされている。対照的に美しいが感情を感じさせない表情は、冷静・冷徹・クール。そんなイメージを連想させた。ISの待機状態である青いフレームの眼鏡も、冷静というイメージを後押ししているだろう。まるで炎と氷を操る彼女の専用機“ヘル・アンド・ヘヴン”のような二面性だ。そしてこの印象は、そう間違ったものではなかった。一見すると冷静に見える彼女だが、とある一件では裏社会に堕ちた親友を罰する為に独断先行しているのだ。因みにISパイロットだけあってスタイルは非常に良い。身長160cmで上から94、58、89だ。そんなボンキュッボンなラインでマーメイドドレス*4なんて着ているものだから、招待されている幾人かの男性は目を離せない様子だった。まぁ、分からなくはない。

 

「そんな、直接礼を言われるような事じゃない。素行に余程問題が無い限り、協力してくれている人達には招待状を送っているからな。ところで、そちらはどうかな? 我が社のIS運用から学んだ事を、自国で役立てられそうかな?」

 

 ギリシャ政府の本心がどうであれ、建て前として彼女と彼女の専属オペレーターは、カラードでIS運用の知見について学ぶという名目で派遣されていた。

 

「はい。沢山の事を学ばせてもらっています。只、ISの周辺装備として各種無人機(ドローン)を多用する方法をそのまま持ち込む訳にもいかなくて、色々と検討している状態です」

「ああ、なるほど」

 

 カラードはISを中核戦力としているため、通常戦力のようにすぐに増員というのが出来ない。これは複数地点での同時展開が必要な局面に弱いという組織的な弱点であるため、それを少しでも補うため無人機がよく使われていた。使用パターンは幾つかある。ISの思考加速を用いた単機による部隊運用、オペレーターによる遠隔操作、通常編成のパワードスーツ部隊に無人機を組み込み戦力の増強や弾除けに使うetcetc。ぶっ壊しても人的コストが発生しないので使い易いのだが、1つ問題があった。ハッキング対策を怠ると作戦失敗、部隊全滅、人的喪失という負の連鎖が容易く発生してしまうのだ。従ってハッキング対策には相応の手間がかけられているのだが、完璧なハッキング対策というのは求めれば求める程に金がかかる泥沼なのだ。

 その点、カラードは非常に恵まれている。中継衛星群を利用した広域ネットワークシステムは元々極めて高いセキュリティが施されている上に、更識家のフロント企業であり“技術のキサラギ”と言われる程に高い技術力を持つ信頼できる手足がある。しかしギリシャ程度の国力で完璧を求めたら、重要部分の幾つかは外部に頼らざるを得ない。頼る為には金がいる。検討を重ねる―――要するに内部で揉めている―――のも道理だろう。

 

「なので社長に1つ考えて頂きたいのですが、カラード直轄のレクテナ施設をギリシャに造っては頂けないでしょうか」

 

 レクテナ施設は電力供給施設であると同時に、中継衛星群を利用した広域ネットワークシステムの入り口でもある。この提案は後者を目的としたものだろう。そして現在ある中継衛星はアンサラー1機につき24機。地球の静止衛星軌道には3号機まであるので計72機だ*5。とは言っても、全て稼働している訳ではない。幾つかは災害でライフラインが寸断された時に速やかに投入できるように、予備として衛星軌道を周回させるだけにしてあった。

 因みに地球にある国家は現時点で197ヵ国。全ての国にレクテナ施設を建造するには中継衛星が足りないが、月に5号機を投入した後、6号機以降は地球に投入される予定となっていた。無論その時々の状況によって計画が変わる可能性はあるが、アンサラーを追加配備して地球の絶対防衛線を厚くするのは決定事項であり、将来的には防衛用の大出力兵器の運用も視野に入っている。

 現状や将来的な予定を思い浮かべた晶は、続きを聞く事にした。

 

「こちらとしては問題無いが、そちらの国内事情は纏まっているのかな?」

「はい。政府が考えている契約内容としては、このようなものです」

 

 空間ウインドウが展開され、晶の前にスライドしてくる。一通り目を通してから答えた。

 

「検討する為に一度持ち帰る。後日返答させてもらおう」

「分かりました。では、失礼致します」

 

 ベルベット・ヘルは極々一般的な作法に従い、軽く頭を下げて去っていった。因みに晶の視線の位置からだと深いお胸の谷間が見えて非常に眼福な光景だが、日頃から周囲の女性達とニャンニャンゴロゴロな事をしているので鼻の下が伸びたりはしなかった。むしろ近くにいた男性たちの視線が集中していたので、彼らは後から同僚達―――多分ISパイロットがいる―――に弄られるだろう。

 そしてベルベット・ヘルが挨拶に来たのを皮切りに、今年度カラードに登録したISパイロット達が次々と挨拶に来た。印象に残ったのはタイ、ブラジル、オランダの国家代表辺りだろうか。またとびっきりの変わり種として、カナダからレスキュー部門に登録されている2人組がいた。1つのISコアを2人で使い、2人で1機のISを運用すると言えば普通に聞こえるが、実際は1つの機体にパイロット2人が同時に搭乗して操作するという、珍妙極まりない機体だ。一応、機体構成の意図は分からなくはない。パイロットが2人いれば役割分担できる分やれる事も増える。が、操作系のチューニングは非常に面倒だろう。完全な後方支援系、或いはレスキュー系の機体とするなら運用もありだが………前衛としての能力はお察しレベルだ。しかもパイロットは14歳の双子*6。双子という類似性を利用したのかもしれないが、パイロットの前提条件が特殊過ぎて汎用性はほぼゼロと言って良いだろう。カナダ政府は何を考えたのだろうか? キサラギみたいに技術に取り付かれた変人でもいたのだろうか? イヤ、キサラギでもここまで尖ったシステムは………。

 こうしてカラードの忘年会は行われていったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、新年。

 年末年始をのんびり*7過ごした晶は、新年度1回目の委員会―――正式名称は“星間国家の在り方を検討する委員会”だが、長いので世間一般的には委員会と定着していた―――に出席していた。

 アメリカ選出の委員が喋っている。

 

「――――――という訳で経済は好調も好調。特に宇宙開発関連事業から波及した経済効果は凄まじく、税収は過去最高、失業率は過去最低を記録しています。お陰で絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦の復興作業も前倒しで進んでいます」

 

 しかし話している内容とは裏腹に、彼の表情は暗かった。そしてこの場にいるのは基本的に、自国で経験を積んだ者達だ。内心でどういう感情を抱いているにせよ、笑顔で取り繕うくらいは平然と行える者達だと思うのだが………?

 少々気になった晶は、話が一段落したタイミングで尋ねてみた。

 

「気のせいなら聞き流して欲しいのですが、何か気になる事でも? 非常に良い話の割には、表情が暗いようですので」

「ああ、失礼。顔に出ていましたか。いえ………まぁ、そうですね。此処にいる皆様なら、我が国の選挙結果は知っているでしょう」

 

 この言葉に、晶は納得してしまった。

 昨年の11月初旬に大統領選挙が行われたのだが、選ばれたのが自国ファーストを掲げる超保守派かつタカ派*8の人間だったのだ。前大統領は絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦の時に最も危険な場所に最後まで残り指揮を続け、その後の復興政策も無難にこなしてきたため人気があったのだが、法によって定められた大統領の任期は最長2期8年という壁に阻まれ出馬出来なかったのである。

 そして自国を初めて戦火に晒されたアメリカ国民にとって、“強いアメリカの復活”というワンフレーズは非常に魅力的で好ましく思えたのだろう。当初劣勢だったその候補者は瞬く間に支持者を拡大していき、大統領選に勝利していた。

 

「なるほど。確か新大統領の就任式は1月20日でしたか?*9

「そうです」

 

 晶はアメリカ選出の委員とは仕事上の付き合いしかないが、印象としてはハト派寄りだと感じていた。良く言えば交渉によって上手い着地点を見つけて折り合いをつけるバランス型とも言えるだろうが、恐らく新大統領とは折り合いが悪いであろうタイプだ。となれば、恐らく………。

 

「交代の話が出ているのですね」

「はい。就任式以降、私はこの席を後任に譲る事になります。来るのは間違いなくタカ派の人間でしょう」

 

 晶は数瞬の間をおいた後、ニッコリとした笑みを浮かべながら言った。

 

「こちらとしては真っ当な感性を持っていて宇宙進出に協力してくれるなら、どんな人間でも良いんですけどね」

 

 逆を言えば、そうでないなら容赦しねぇという意味だ。

 アメリカ選出の委員は、この意味を正しく受け取ったようだった。

 

「新大統領にお伝えしておきましょう。後任が変わるかどうかは分かりませんが」

「色々と気苦労が多そうですね」

 

 晶が当たり障りの無い同情の言葉を伝えると、彼は肩を竦めて首を横に振りながら答えた。

 

「ええ。そして残念でなりません。人類が宇宙(そら)に出て行くところを特等席で見られると思っていたのですが」

「仕事に情熱を持っているのは良い事だと思います。なので、今は雌伏の期間だと考えてみてはどうでしょうか?」

 

 彼の視線が先の言葉を促していたので、続く言葉を口にする。

 

「これから宇宙進出が進んでいけば、恐らく各分野に対応した専門部会が設立されていくでしょう。経済、軍事、外交といった具合に。そしてどの分野においても、地球人の宇宙文明に対する理解度は致命的なまでに足りていない。ついでに言えばアラライルさんがあのような人なので、恐らく人類の殆どは意識していないでしょうが、地球文明は本来の開星基準を満たしていないんです。つまりこのまま他文明と本格的な交流が始まれば………そうですね。控え目に言って、辺境にあるド田舎の野蛮な劣等種族、という扱いを受けかねません。なので地球文明の立場や扱いを考えるなら、今地球内部にある諸問題の解決は必要でしょう。少なくとも解決に向けて動き、成果を出さないといつまで経っても子供扱いかと。――――――と、少し話が逸れましたね。私が言いたいのは、そういう事に対応できるように知識を蓄え下準備する期間だと捉えては、ということです」

「………なるほど。先の先を見て、ということですか。ふむ。助言、大変参考になりました。このお礼はいずれ」

「必要ありません。仕事の合間のちょっとしたコミュニケーションです」

 

 ここで晶は思った。超保守派かつタカ派の新大統領を好きにさせると面倒そうなので、ちょっと仕込みをしておこう。タカ派の人間だけに、軍部で人気のある人間を通すようなラインを作っておけば、多少は自制が期待できるかもしれない。

 なので委員会が終わった後、晶はアメリカ選出の委員の予定を本人に確認してから、スマホを取り出して短縮ダイヤルをコールした。

 他の委員が何をしているのかと注目する中、話し始める。

 

『お久しぶりです。今、少し宜しいですか?』

『構わない。どうしたのですか?』

『いえ、近々アメリカ選出の委員が交代する予定なのですが、良く働いてくれた人なのでお疲れ様会でもしようかと思いまして。ただ私だけでやるのもアレなので、場を盛り上げてくれる人が欲しいなぁ~と思って声をかけてみました。以前、大変笑わせてもらいましたので*10

『ハハッ、あんな話で良ければ幾らでも。何時にしますか?』

『明日か明後日の夕方はどうですか? 場所は………あの笑わせてくれたホテルに19時でどうでしょうか?』

『では明日のその時間で』

『分かりました。突然でしたが、ありがとうございます』

『いえいえ、よく働いてくれた者を労うのは大事なことでしょう。同じアメリカ人でもありますし、面白そうなネタを沢山用意しておきますね』

『彼も喜ぶと思います』

 

 こうして翌日、突発的にアメリカ委員のお疲れ様会が行われる事になったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は少しだけ遡る。

 アメリカ第七艦隊の司令であるケリー・ジェイムズ中将は、頭がハゲそうな程に悩んでいた。

 何故か? 大統領が変わるからだ。これまではうま~~~~い具合に大統領に気に入られてうま~~~~~くコウモリさんをして過ごせていた*11が、新大統領は自国ファーストを掲げる超保守派かつタカ派なのだ。しかも前大統領のお気に入りと思われているだけに、新大統領は絶対自分を窓際に飛ばすだろうという嫌な確信がある。いや、下手をしたら色々探られるかもしれない。拙い。それは非常に拙い。昔亡国機業に小遣い稼ぎでちょっと情報を流していたし、前大統領からは(本人にその気は無かったが)懐刀として色々重宝されていたし、カラードの社長(薙原晶)とも個人的に会って話をするような間柄だ。下手に薄暗い事が表に出ると、面倒と思った何処かから消されかねない。亡国機業は勿論のこと、前大統領だってその手の決断は出来るし、英雄と言われている薙原晶だって必要なら殺るだろう。裏社会で束博士を護り抜いたとはそういう意味だ。更に言えば今指揮下にある第七艦隊は色々な方面からテコ入れが入っているお陰で装備が良い。子飼いを新司令にして実績を上げ易くさせよう、というのは十二分に考えられた。

 

(はぁ~、どーーーーーーーしよ)

 

 アームズフォート(艦隊旗艦)“ギガベース”にある艦長用の個室で、悩み過ぎてボーーッとしている時だった。手元にあったスマホが鳴る。相手は薙原晶。………なんか面倒臭そうな気がするが、出ない訳にもいかない。出ると、現在のアメリカ委員が交代するのでお疲れ様会をしたい、というものだった。何故俺に? 面識なんて無いぞ。なに? 以前大変笑わせてもらったから? 俺はお笑い芸人じゃないぞ!! だが、まぁいいや。何処かに飛ばされる前に、あいつの金で盛大に飲み食いしてやる。なので適当に話を合わせてOKしておく。

 

 ―――後から思えば、もう少し慎重になれば良かった。

 

 ―――いや、無理だろう。断れる訳ないし。

 

 翌日の19時。いつも会う時に使っているホテルのレストランに行くと、彼がいた。アメリカ選出の委員もいる。が、他に5人いる。あれ? “星間国家の在り方を検討する委員会”のメンバー勢揃いしてない? なんで? しかも仕事帰りにそのまま来たのか、薙原晶はカラードの制服。他はみんなスーツ。俺だけフランクな私服。浮いていることこの上ない。Shit!!(クソッ!!) 本当に今日は芸人枠か!!!

 薙原晶が口を開いた。

 

「ケリー、久しぶり。本当なら事前に連絡を入れれば良かったんだが、今日のお疲れ様会に他の面子も参加したいと言ってね。連れてきてしまった」

「ははっ、何を言うんだ。友人が増えるなら歓迎さ」

 

 初対面の人間と何を話せと言うんだ畜生め!! が、そんな事を目の前の男に言える筈もない。なので当たり障りのない所から入っていく。

 

「取り合えず、年中海にいて陸の事には詳しくないんだ。名前を間違っては失礼だからね。紹介してくれないか」

 

 この場にいる全員が思った。お前、前大統領の懐刀だよな? 冗談も大概にしろ。が、誰も口にしない。この場はそういう体でいこうという分かり易いアクションをしてくれたのだ。

 晶が乗った。

 

「ああ、そうですね。じゃあまずは日本の委員から――――――」

 

 そうして全員の紹介がされたところで、晶がいきなりぶっちゃけた。ケリーと初めて会った時の話をしてくれちゃったのだ。もう別に気にしていなかったのだが、改めて他人の口から聞かされると微妙に恥ずかしい。

 

「この人ね。面白いんですよ。初めてあった時なんですけど、今思い出しても笑える話をしてくれたんです」

 

 如何にもジェントルマン風な男、フランスの委員が乗って来た。

 

「どんな話ですか?」

「新規空母の予算を宇宙軍にあげたら、海軍の中で針の筵になっちゃったなんてぶっちゃけられましてね。いや、艦隊を預かる司令からこんな言葉が出てくるとは思わなくて、思わず大爆笑してしまいました」

「あ、あの話は本当だったのですか? てっきりフェイク情報かと」

「いや本当ですよ。丁度今座ってるこの席で腹を抱えて大爆笑してましたから」

「ほほぅ。おや? ですが第七艦隊の司令と言えば、正義感があり公平でありながらも現実的な判断を下せる理想的な軍人と言われていますが………針の筵? 何やら随分と食い違っていますな」

 

 晶が助け船を出した。本当はちょっと違うのだが、こういう分かり易いエピソードの方が良いだろう。

 

「軍人らしく、成果を持って見返したようです。決定的だったのは絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次来襲時ですね。日本近郊にいた第七艦隊を指揮していたのは彼ですから」

 

 IS部隊の華々しい活躍に目を奪われがちだが、あの時のケリーの指揮は高く評価されていた。自軍戦力の温存とタイミングを見計らっての火力集中という教科書通りの事を、異星人との戦闘という勝手の違う状況で何事もなく実践し、北京降下部隊の攻略作戦を成功に導いたのだ。

 そして世の中というのは不思議なもので、こういう功績があると「過去の間違いも何かの布石なのでは?」と見直す人間がいて、宇宙軍に予算をあげて、宇宙人が攻めてきたというピースが合わさると、あら不思議。宇宙軍に予算をあげたのは先を見据えての事だった、という印象に変わってしまう。つまり先見の明を持った超有能な司令だ。実際はあらゆる意味で100%保身の為の判断だったのだが、赤の他人がそんな事まで知る訳がない。

 

「なるほど!!」

 

 フランスの委員が、さも今理解したかのように振る舞う。同時に、この場にいる者達は理解した。このお疲れ様会の主旨は、交代する委員とケリー中将を引き合わせ、穏健派の意向をアメリカ中枢へ届ける為の直通ルートの構築だ。恐らくタカ派の人間なら、功績のある軍人の話になら耳を傾けると踏んだのだろう。また偶然ではあるが、この場でケリー中将が委員会のメンバー全員と会っているという事を、新大統領は重く判断せざるを得ないはずだ。多くの人目があるホテルの食堂という場で和やかに談笑できる間柄であるなら、委員会へのルートがあると普通なら考えるはずだからだ。

 政治家連中が色々と打算を働かせている中、ケリーもまた生き残る為に考えを巡らせていた。伊達にコウモリさんとしてヒラヒラ飛んでいた訳ではないのだ。利用できるものは利用しないと(冗談抜きで)死んでしまう。

 

「一兵卒ではないので先々を見据えて動く必要があった。それだけですよ。時に皆様方は――――――」

 

 盗聴対策の施されていないオープンスペースであるため、迂闊な事は言えない。しかしケリーには関係無かった。話題選択の間違い=バットエンドなコウモリさんをやってきたのだ。こんなところでヤバイ話など出す訳がない。それでいて委員会の面々が興味を持ちそうなネタを振っていく。世間話の体で、「こんな事があった」「こんな事が注目を集めている」というのをポロリポロリと出していく。それは裏を返せば注意した方が良い厄ネタの情報だ。勿論疑われても言い逃れが出来るように、多数のフェイク情報を交えてある。分かり辛くてピンと来ないならそれまでだ。仮に誰かが疑ってピンと来ても、会話の前後を考えれば世間話でしかない。つまり自分は何もしてない。相手が勝手に閃いて動いただけだ。

 ケリーは話ながら思った。

 

(あ~~、俺なにやってんだろう。こんな綱渡り、俺の人生設計に無かったんだけどなぁ………)

 

 だが、もう思いっきり遅かった。

 このお疲れ様会の様子はすぐに、それこそ殆どリアルタイムと言える早さで新大統領の耳に入っていたのだ。そして新大統領は本当ならケリーを第七艦隊の司令から飛ばす気だった。というか、もう殆ど準備は終わっていたのだ。が、此処で行われていた和やかな雰囲気の談笑が、彼を救っていた。軍人から人気が高いというだけなら飛ばせたが、薙原晶や委員会の各メンバーと親交がある人間というのは、政治的に非常に使い勝手が良いのだ。なので前大統領と同じく、側近として用いる事にしたのである。ただし発言力のあり過ぎる側近というのは邪魔なので、後日の事であるが、早く失点しろと言わんばかりに仕事は超無茶振りであった――――――が、彼はしぶとかった。伊達に三勢力の間でコウモリさんをしていた訳ではないのだ。危険が迫ればあっちにヒラヒラ、こっちにヒラヒラと回避し、それでいてシレッと成功報告を持ってきて苦言まで呈する。

 同じように仕事を無茶振りされる他の政府職員から、尊敬の目で見られるようになるまでそう時間は掛からないのであった。

 悠々自適な生活は遠そうである。

 

 

 

 第195話に続く

 

 

 

*1
勿論ジムも完備。

*2
身も蓋も無い言い方をすると、ISの解毒機能を最低限にして酔えるようにしている。

*3
第157話にて。

*4
マーメイドドレスは、バストから膝上までぴったりとフィットしているため、体のラインが出やすいのが特徴。 また、腕や肩回りはノースリーブやオフショルダーになっているものが多いため、二の腕部分の露出も多いデザイン。

*5
月に配備している分は、今回は除外。

*6
ISABでは12歳ですが、作中時間が進んでいるので成長しています。

*7
当然イチャラブ含む。

*8
敵対勢力に対してタカ派は「強硬、武力行使容認」といった姿勢をとる政治家や政治団体、ハト派は「穏健、平和主義」といった姿勢をとる政治家や政治団体を指す。なお金融政策にも同じような言葉があります。

*9
1933年に批准された憲法修正第20条は、新大統領就任式を1月20日と定めている。

*10
第154話にて。

*11
コウモリさんになった経緯は第154話にて。ちょー自業自得です。




ケリー中将(コウモリおじさん)が悠々自適な生活を送れるようになるのは、まだまだ先のようです。
因みに自国ファーストを掲げる超保守派かつタカ派な人の元ネタは勿論リアルのトラ〇プさん。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。