インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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やっぱり2人ならやるよな、というお話です。
そして今回の副題は「進化した便座!!」です。(笑)


第193話 海賊狩り(IS学園卒業年度の12月)

  

 例によって例の如くいつものオープン回線でアラライルと話した束は、自宅の居間で晶と話していた。

 

「やっぱり殆どの宇宙文明でさ、賞金首稼ぎとかハンター、単純に傭兵でもいいか。依頼をこなしてお金を貰うって、一定の需要がある職業になっているみたいだね」

「そうだな。思っていた以上に需要がありそうな感じだったな」

 

 ある程度予想の範囲内ではあったが、多くの宇宙文明において賞金稼ぎというのは需要の多い仕事であった。何故なら、宇宙はとてつもなく広大だからだ。全ての星系、全ての航路の安全を公的な組織でカバーしようとすると、天文学的という言葉では足りない程に巨額な資金と、巨大という言葉では足りない程の巨大な組織が必要になってしまう。

 このため多くの宇宙文明は、主要星系や重要航路にリソースを重点的に振り分け、公的な手の届き辛いところは賞金稼ぎに任せるという大胆な制度を取っているところが多かった。

 銀河惑星連合の盟主として君臨する“首座の眷族”ですらこの制度を使っているのだから、広大な宇宙で治安を確保する事の難しさが分かるだろう。

 そして束は晶の言葉に答える事なく、暫し考えてから口を開いた。

 

「ねぇ晶」

「どうした?」

「ちょっとさ、やってみない」

「………おい。何を考えてる」

「晶もさ、どうせ考えてたんでしょ」

「いや、確かに楽しそうだとは思ったけどさ」

「ならさ、やっちゃわない。絶対楽しいと思うよ」

 

 2人が言ってるのは、「ちょっと宇宙の賞金首をぶっ殺しに行ってみない?」というものだ。物騒な事この上ない話だが、2人は元々「賞金首は財布」「悪党はぶっ殺してもバレなきゃ問題無し」という聖人君子とは程遠い考えの持ち主だ。未知な事も多いので相手の戦力評価はしっかり行わなければならないが、宇宙文明の犯罪者がどの程度なのか知っておく事は、今後の為にも必要だろう。いや、必要に違いない。違いないったら違いない。

 若干(?)自分達に都合の良い解釈で自身を納得させた2人は、宇宙の悪党共にとって迷惑極まりない話を進め始めた。

 

「そうだな。じゃあ………」

 

 晶は空間ウインドウを展開して、以前アラライルから貰った星間犯罪の統計データを表示させた。更に操作して、データを発生場所で分類。結果を銀河系のMAPに重ねて表示させる。悪党共の活動が活発な場所が赤で、黄、緑という順で良くなっていき、一番治安の良いところが青だ。

 

「お、ここなんて良いんじゃないか?」

 

 指差したのは以前2人でコッソリ行った古い戦争跡地の近くだ。とは言っても銀河系のMAPで少しなので、実際の距離は光年単位だ。色は黄。保管施設が出来たらジャンクパーツを拾いに行こうという話もしていたし、丁度良いだろう*1

 

「あ、其処ね。うん。ついでに色々拾ってこようか」

 

 そうして2人は早速とイクリプスに乗り込み、宇宙(そら)へと飛び立って行った。

 因みにカラード副社長(セシリア)には、「ちょっと出かけてくる」「定時までには帰ってくるから宜しくね♪」と短いメッセージが送られていたのだが、受け取った彼女の額に青筋が浮かんでいたのは無理からぬ事だろう。

 社長がいない間の業務代行は、副社長のお仕事なのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 スターゲートを開いてひとっ飛び。先に古い戦争跡地に来た束と晶は、ご機嫌でジャンクパーツを漁っていた。前回は保管施設が整っていなくて持ち帰れなかったが、今回は(保管施設の容積的な制限はあるものの)好きに持ち帰る事ができる。未知のものを、好きなように拾って調べて弄り回して遊べるのだ。束のテンションが上がらない訳がない。

 

「ムフフフフ~♪ ん~んん~~~♪♪ ん~♪」

 

 彼女はイクリプスのブリッジで鼻歌を謳いながら、多数のドローンを操作して、手当たり次第に残骸となっている戦闘艦を調べていた。前回目を付けていた30キロメートルサイズの大型戦闘艦(母艦級)を筆頭に、小型艦から大型艦まで手当たり次第だ。そして晶はNEXT(N-WGⅨ/IS)を展開して外に出て、残骸の戦闘艦から手当たり次第に設計データを引っこ抜いていた。

 とは言っても、晶に束のようなハッキング能力がある訳ではない。

 セカンドシフトしてN-WGⅨ/ISとなったNEXTは束の情報収集用端末としての機能も併せ持っており、その機能は左右の肩部に5本ずつある多目的テンタクルユニットにあった。対象に突き刺す事で、物理的に対象を浸食してデータを頂くという、電子防壁が全く役に立たない方法でのハッキングが可能になっているのだ。これを防ぐなら電子防壁ではなく、浸食を防ぐ為のナノテクノロジーが必要になる。アンサラーを超える莫大な出力に裏打ちされた浸食を防げるなら、だが。勿論、普通に刺して束のハッキングを中継する事もできるので非常に使い勝手が良い*2。また物理的な浸食である事を利用して、構造情報そのものを明らかにするという使い方も可能であった。

 ただし唯一の欠点として浸食は不可逆であるため、やってしまうと対象物質の強度その他諸々が変わってしまい、本来の用途では使用不可能になってしまう、というのがあった。なのでコンピューターを浸食した場合、コンピューターとしての再利用は不可能という事だ。扱いに慣れたら可逆的にできるかもしれないが、現段階では不可逆であった。

 因みにNEXT(N-WGⅨ/IS)の外見は、ここではない別の世界(ACFA世界)で、アブ・マーシュが作っていたというホワイトグリントの後継機(N-WGⅨ/V)に酷似している。右首元にあったチューブ状のパイプが無い以外は、漆黒という機体色も含めて、ほぼそのままと言って良いだろう*3

 

 ―――閑話休題。

 

 晶がコアネットワークで束に話しかける。

 

(ご機嫌だな)

(そりゃもうね。色々分かって楽しいし嬉しいし、これをどうやって地球の宇宙進出に役立てようか考えるのも楽しいし)

(なるほどなるほど。そんな束に朗報だ。面白いものを見つけた)

(え? なになに?)

(整備艦、とでも言えばいいのかな? ざっと見ただけだが、船を格納して整備する為の大型艦みたいだ。持ち帰ったら、色々再利用できると思わないか? 例えば地球文明圏に来た他文明の船に対して、簡易的なメンテナンスを提供するとかさ)

(いいね!! 今行くね)

 

 束は一度ドローンを回収して、イクリプスをNEXT(N-WGⅨ/IS)のいる座標へと向かわせた。近づくとNEXT(N-WGⅨ/IS)が片手を上げて、背後にある残骸をコンコンと叩いている。イクリプスのセンサーを向ければ長方形型の船体で全長は10キロメートルサイズと中々の大きさだが、同時に多数の損傷も確認された。全体的に右側面の損傷が多い。非戦闘艦がこんなダメージを受けているという事は、戦術的なミスで奇襲でも受けたのだろうか?

 そんな思考が脳裏を過ぎるが、今はこの艦を調べてみよう。

 晶から浸食で得たデータを送ってもらい、目を通していく。次いでドローンを内部に送り込み、損傷状況をチェック。すると、面白い事が分かった。

 

(ふふ、ふふふふ、いいね。うん。使えそうだ)

 

 右側面からの攻撃で沈んだせいか、左側のドック機能は使えそうだ。主機関もブリッジも壊れているので修理は大変そうだが、一から造るよりは大分楽だろう。詳細はもう少し調べてみないと分からないが、簡易的な調査からはそう判断できる。

 

(じゃあ、ちょっと大きいけど持って帰ろうか)

(うん。でもその前に、危険な航路も行ってみようか)

(オーケーだ)

 

 NEXT()がイクリプスに戻ると、束はワープドライブを起動した。

 数光年を瞬く間に跳び越え、危険宙域からは十分な安全マージンをとった遠距離にランディング。光学迷彩で姿を隠したところで、2人はスターゲートMAPや星系図を見て、現地の状況を想像する。そして「なるほど」と肯いていた。目指す星系で海賊被害の多い理由が分かったからだ。

 何故なら迂回して安全なスターゲート航路を使った場合、相当な遠回りをしなければならないが、この星系を抜ければあっという間なのだ。だが近くに巨大惑星という質量体があるお陰で、ワープが強制解除されて使えない宙域がある。其処は通常航行で抜けなければいけない。襲う側からしてみれば、仕掛けやすい事この上ないだろう。

 そして予想だが、海賊どもは意図的にある程度の船を見逃している。100%襲われる航路には誰も近づかなくなるし、下手をすると強い賞金稼ぎや正規軍が出張ってくるかもしれないが、襲撃確率が低ければ厄介な奴を招き寄せる確率も減る。何より時間と費用を浮かせようというカモが一定数いるだろう。或いは此処を抜けられる事を謳い文句にしたフロント企業で稼いでいるかもしれない。

 2人揃って同じような事を考えながら、イクリプスを危険宙域へと近づけていく。そうして暫くするとセンサーにワープアウト反応があった。

 こちらの存在を知られたくないので、アクティブセンサーは使わずパッシブだけで情報収集する。強力な反応は出ていないので、戦闘艦ではないだろう。数は3。そのまま情報収集していると、襲撃はなく観測していた船は無事この宙域を抜けて、ワープドライブを起動して去っていった。

 

「出てこなかったな」

「うん。ま、もう暫く様子を見ようか」

「だな。――――――あと束、ちょっと思ったんだけどさ。俺達がこうして姿を隠してこの場を見てるって事は、同じ事を海賊共も考えてるって可能性もあると思うんだが、どう思う?」

「ありそうだね。でも調査用のセンサーポットを出しても、余り効果的じゃないかな」

「俺もそう思う」

 

 光学迷彩で姿を隠しながらセンサーポットを放出する事は可能だが、センサーポットを放出して色々調べるという事は、この宙域を調査している何者かがいると声を大にして叫んでいるのと同じだ。姿を隠しているという優位性を捨ててまで行うことじゃない。しかし下調べは行っておきたい。

 なので晶は何か良い方法がないかを考え、その途中で今2人が乗っているイクリプスの性能を思い浮かべていく。サイズ的には原型機であるアームズフォート“イクリプス”と大きく変わっていないが、最近行われた大規模改装とその後の小規模アップデート*4で性能の方は大変な事になっている。

 

 ――――――イクリプスVer2.1――――――

                                

 原型機にはない追加武装

  エネルギー衝撃砲

   空間自体に圧力をかけて砲身を形成して

   エネルギー弾を撃ち出す。

   艦の周囲360度の全包囲に攻撃可能だが、

   空間の安定性が著しく損なわれている場所では

   使用出来なくなる可能性がある。

                                

 選択式武装

  船体下部の主砲を下記3つの中から選択可能。

  ISの拡張領域(バススロット)技術の転用により、

  10秒程度で武装交換が可能。

  ・プラズマキャノン

   ⇒武装特性:中弾速・高威力・中連射・無誘導

   

  ・リフレクタービット対応型レーザーキャノン

   ⇒武装特性:高弾速・低威力・高連射・無誘導

         リフレクターで反射可能。

   

  ・誘導レーザー

   ⇒武装特性:低弾速・中威力・中連射・高誘導

                                

 追加ユニット

  ・船体上部に特殊機密処理が施されたコンテナユニット

   どんな微生物も漏らさない&少々攻撃された程度じゃ

   壊れないとっても頑丈なコンテナ。

   コンテナそのものは拡張領域(バススロット)に出し入れ可能だが、

   中身がある場合は拡張領域(バススロット)に格納出来ない。

                                

  ・船体下部に巨大物体保持用のクローが着いた円盤状ユニット

   大きさはイクリプス下部の円盤状ユニットと同程度で、

   内部には検査・検疫用機材が搭載されている。

   これにより宇宙で拾った物を船体内部に入れなくても、

   その場で調査可能。

   クローの握力は非常に高く、普通の船程度なら握り潰せる。

   拡張領域(バススロット)から10秒程度で出し入れ可能。

                                

  ・船体両横にハサミ状の巨大なクローアーム*5

   一対二本の作業用アーム。

   普段は折り畳まれているが、使用する時に展開する。

   基本的に検査・検疫の終了した物体を船体上部のコンテナに

   入れる為のものだが、フレキシブルに動くので汎用性がある。

   当初は相応に頑丈という程度だったが、色々使い道があると

   気に入った束が非常に頑丈に再設計した。

   ハサミの根本にはレーザーブレードが仕込まれており、刀身は

   通常起動で約500メートルほどもある。

   このため船でありながら格闘戦(物理)が可能。

   本装備は固定装備であるため、拡張領域(バススロット)に対応していない。

                                

 ――――――イクリプスVer2.1――――――

                                

 思考が横道に逸れる。

 大型クローアームを展開したイクリプスは、随分とカニっぽくないだろうか? 船体下部にある巨大物体保持用のクローを展開したら、それが足に見えないだろうか? 上部にコンテナも展開したら………荷物を背負ったカニ? カニの姿をしたブリキの玩具っぽい事この上ない。………まぁ、強い船が格好良くなきゃいけないなんて決まりごとはないので、これはこれでアリだろう。便座*6がカニになったのはレベルアップだろうか? レベルダウンだろうか? 元リンクス(プレイヤー)らしい考えが脳裏を過ぎっていく。

 逸れた思考を戻したところで、良い事を思いついた。ニヤリ、と意地悪い笑みが浮かぶ。

 

「なぁ束。調査ってなにもイクリプス本体で行う必要は無いよな」

「何を思いついたの? なぁ~んか意地悪そうな顔してるよ」

「極々単純な話さ。ステルスの優位性を捨てたくないなら、囮を使えばいい。さっき行った戦争跡地に残骸な船が沢山あっただろ。原型を留めているやつもあったから、それにセンサーを積んで突入させてやればいい。どうかな?」

「なるほど。でも残骸だからジェネレーターもブースターも色々壊れてるよ」

「ちょっと調整は必要になるけど、ミサイルを括りつけてブースターの代わりにしたらどうかな? どうせ囮だから、真面目に修理しても勿体無いだろ」

「ふむ………」

 

 束は肯きながら考えた。何回も使える手ではないだろうが、1~2回程度なら使えるだろう。しかし余りに手を抜いた修理では残骸と見破られてスルーされてしまう可能性もある。囮なので隠れている“かもしれない”奴らには動いて欲しいのだ。更に考え、閃く。逆転の発想だ。怪し過ぎて手を出さざるを得ないようにしてやればいい。アクティブセンサー全開で声を大にして「私この宙域調査してます」と示してやればいい。そうすれば調査されたくない奴らは囮を撃墜する為に動くだろう。

 ニヤリ。束の表情が邪悪に歪む。“天災”の笑みだ。

 

「よし。晶。戦争跡地で適当な残骸を回収して一回帰ろう。良い事を思いついた」

「オッケー」

 

 こうして束と晶は戦争跡地で適当な船の残骸を回収して、月の衛星軌道に浮かぶ束専用の保管庫に放り込んだ後に帰還したのだった。

 因みに定時前に帰ったのだが、イクリプスから降りた2人を待っていたのは、額に青筋を浮かべた副社長様(セシリア)だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一週間後、束と晶は再び危険宙域の近くに来ていた。回収した残骸の調査兼囮用の改造が終わったからだ。

 使用前の最終チェックが行われ、元残骸の情報がイクリプスのブリッジモニターに表示される。

                                

 ―――調査兼囮用の元残骸―――

                                

 機体コード

  ゴキブリホイホイ

 

 全長

  100メートル

 

 主機関

  出力最優先の安全装置無し

  オーバーロード機能&自爆機能完備

  

 シールドシステム

  ジャンク品にしては頑丈

 

 アクティブセンサー

  全方位を兎に角調べる

 

 指向性センサー

  指定した対象を兎に角調べる

  

 メインブースター

  安全装置無しエネルギー馬鹿食い推進力特化

  

 武装

  ないよ!!

                                

 ―――調査兼囮用の元残骸―――

                                

 

 意図するところは明白な、明白過ぎる改造がされていた。

 

「よーし、じゃあ始めようか」

「うん」

 

 晶の言葉に束が肯く。

 イクリプス下面のクローによって抱き抱えられていた元残骸な船が、拘束から解き放たれる。そして光学迷彩の範囲から出た船が、漆黒の宇宙にその姿を現した。長方形状の無骨なデザインで、至る所の損傷を応急処置で塞がれた痛々しい姿だ。

 遠隔操作でメインブースター点火。推力特化なだけあって瞬く間に加速していき、危険宙域へと突入していく。更に全センサー系を全力稼働。さぁ、隠れているゴキブリ(海賊)共はどう動く?

 2人が楽しみにしていると、早速と反応があった。宙域に浮かんでいる幾つかの残骸から、センサーの照射を受けているのだ。だが戦闘艦はまだ出てきていない。早く出てきて欲しいと思いつつ、元残骸な船を遠隔操作。幾つかの残骸に指向性センサーを向けて、嫌がらせのように調査してやる。

 すると束がご機嫌そうに言った。

 

「へぇ。こういうのを使ってるんだ。ふむふむ」

 

 画面を流れていく調査データが束の脳裏で再構成されて、予想スペックが弾き出されていく。因みに元残骸な船とイクリプスとのデータのやり取りは指向性ではない。元残骸な船から全方位にデータをばら撒き、イクリプスは受け取るだけという逆探知されない方法で行われていた。調査結果が大声で叫ばれているも同じなので、やられる側にとっては嫌がらせ以外の何ものでもないだろう。

 そうして暫くすると5つのワープアウト反応。速力のあるフリゲート級が2*7。打撃力のある巡洋艦級*8が3。次いで何らかの指向性センサーの照射。直後にエネルギー兵器による攻撃。反応的にレーザーだろうか? 宇宙文明だから全て超兵器という訳ではないようだ。技術的に成熟していて使い易いのだろうか? 幾つかの攻撃が元残骸な船にヒット。シールド減衰。思ったより減衰している。成熟している分、攻撃力はありそうだ。

 そして現れた5隻の戦闘艦が思っていたよりも速い。元残骸な船にみるみる近づいてくる。確実に破壊する為に距離を詰めているのか? それとも拿捕する気か? どちらにしろ、アッサリ捕まっては面白くないだろう。メインブースター出力上昇。加速加速加速――――――が、思っていたよりも速力が上がらない。センサーが新たな情報を送ってきた。あ、ステイシスフィールド*9に捕まったようだ。瞬く間に速力が落ちていき、回避行動の取れない元残骸な船に直撃弾多数。シールドが一気に減衰していく。

 仕方ない。ちょっと早いが良いだろう。

 主機関オーバーロード。メインブースターに耐久限界を超えてエネルギーを送り込んでやる。

 これによりステイシスフィールドによる拘束力を上回り再加速。

 宙域の通信を拾っていると、翻訳機越しに面白い会話が聞こえてきた。

 

『なんだアレ!? 振り切られたぞ!!』

『さっさと沈めろ。目障りだ』

『ならてめぇが当てろ。速くて当たんねぇんだよ』

『ええい。このままじゃ逃げられる。トラップ起動。設置型ステイシスフィールドの重ね掛けで固めてやれ』

 

 センサーに追加反応5。いずれも同じ反応で、宙域に浮かんでいた残骸からエネルギーが照射され、元残骸だった船の速度がみるみる落ちていく。これはもう逃げられないだろう。なので、後は可能な限り情報収集をして自爆させるだけ――――――というところで新たなワープアウト反応があった。数は1。反応が弱い。戦闘艦ではない? もしかして、この宙域を抜けようとした一般船?

 

「ねぇ晶。ちょっと拙くない?」

「拙いな」

 

 現状を整理すると、元残骸な船を海賊船が取り囲んでタコ殴りにしている。で、この宙域に仕掛けているトラップも起動されているから、当然、船の航行データには残るだろう。つまりこの宙域を抜けられるという事は、狩り場の情報が他に漏れるのと同義だ。

 そうして話している間にも、海賊どもは速やかに行動していた。狩りに慣れているのだろう。

 海賊共は二手に別れた。フリゲート級1、巡洋艦級2を一般船に向けたのだ。速力のあるフリゲート級が先行して、一般船にステイシスフィールドを照射。強制減速させて速力の落ちたところを、2隻の巡洋艦級が攻撃している。

 一般船の薄いシールドではもって数十秒というところだろうか? 翻訳機越しに、武装解除勧告と悲痛な悲鳴が聞こえてくる。

 晶は尋ねた。

 

「どうする?」

「損得勘定だけでいうなら、見捨てるべきなんだけどねぇ」

 

 この場で自分達が活動していた、という証拠は残したくない。イクリプスを使ってあっちこっちに飛び回っているのは知られているが、具体的な活動場所を知られて良い事など何一つないからだ。しかし、だ。束は損得勘定で宇宙進出を目指した訳ではない。無限の宇宙の様々な事を知りたくて、だ。その中には、隣人とのお付き合いも含まれている。見捨てたところで数ある選択の1つでしかないだろうが、多分、目覚めは良くないだろう。

 

「その様子じゃ、答えは出ているな」

「うん。――――――主機関点火。光学迷彩解除。全兵装オンライン。私達は私達らしくいこうか」

 

 イクリプスのメインブースターに火が入り、アームズフォート級の巨体が弾丸のように加速していく。だが宇宙は広大だ。幾ら早く加速出来たとしても、接敵までの時間を短くできるだけでゼロに出来る訳じゃない。しかし、イクリプスはその常識を覆す。

 

 ―――スターゲート展開。

 

 宇宙文明において、この宙域はワープドライブの駆動やスターゲートの展開が不可能と言われているが、正確に言えばそれは正しくない。

 近くにある巨大惑星という質量体のお陰で空間的な安定性が乱れて安全が確保出来ない(≒安全装置の作動)だけで、逆を言えば乱れた空間的な情報をリアルタイム演算できるなら、ワープドライブやスターゲート等の空間跳躍も行えるのだ。演算難易度がべらぼうに高くて失敗イコールほぼ即死なため誰もやらないというだけで。

 しかし、ここに例外がいる。イクリプスに乗っている薙原晶のNEXT(N-WGⅨ/IS)は、単機単独でスターゲートを展開できる化け物だ。その能力の副産物として、彼は本来極めて面倒な計算を必要とするスターゲートの展開を、「このくらい」という感覚で行える。感覚情報を言語化するのは難しいが、彼にとって空間情報というのは、既に一般的な知覚情報と大差ないのだ。この程度の荒れなど、誤差の範囲でしかない。

 そんな人間にイクリプスのスターゲート機能を使わせたらどうなるか? 答えは簡単だ。戦闘艦にあるまじき超高機動が可能になる。1キロも100キロも1000キロも1光年も関係無い。1秒後には接敵だ。

                                

 ―――翻訳機から、声にならない悲鳴が聞こえてくる。

 

 船体両サイドにある大型クローアームが展開され、加速力の乗せられた刺突がフリゲート級の柔らかいシールドを難なく突破。反対側までブチ抜き1隻撃沈。有り余るパワーでアームを振り回して残骸になったフリゲートが払い捨てられると同時に、慣性を使って旋回。2隻の巡洋艦を正面に捕捉する。数瞬遅れて、ブチ抜かれたフリゲートのジェネレーターがコントロールを失い爆散した。鮮やかな閃光がイクリプスの船体を染め上げる。

 

「じゃあ、砲撃戦いってみよ~」

 

 船体下部の主砲―――現在はプラズマキャノン―――にエネルギーが供給され、ファイア!!

 漆黒の空間を閃光が走り、着弾。だがシールドは抜けなかった。

 

「あれ? 意外と硬いね」

「流石に一発じゃな」

「ならブチ抜くまでいってみようか。耐久試験だね」

 

 2発目で対象のエネルギーシールド消失。3発目で外部装甲が溶解。4発目で撃沈。発射間隔が2秒に1発なので、1隻沈めるのに8秒だ。もう少し縮めたいところだと2人は思ったが、次の船は2発で沈んだ。同型の船に見えたが、1隻目はシールドを強化していた防御力強化型の船だったのだろうか?

 まぁいい。検証は後だ。

 ものの十秒程度で沈められた仲間を見て、元残骸な船を攻撃していた残りの奴らが逃げ出すべく離れ始めた。

 逃がす訳がないだろう。

 海賊船以上の大きさでありながら、海賊船以上の加速力で瞬く間に追いつく。そう、ここはワープドライブが使えない宙域。こちらはいつでも使えるが、あちらさんは使えない不平等な宙域。既に狩る者と狩られる者の立場は逆転している。逃げるフリゲートをプラズマキャノンで蒸発させて、追いついた巡洋艦に大型クローアームを叩きつけて船体を圧し折り、残った巡洋艦に上から圧し掛かり、巨大物体保持用のクローで海賊船を拘束。欠片の慈悲もなく万力のように締め上げていく。逃れようとブースターを吹かして慣性制御を行い、シールド出力を強化して弾き飛ばそうとしてくるが、無意味だ。何せこのクローはキロメートル単位の巨大物体を保持する為のものだ。抜け出したいなら、最低限キロメートル単位の質量体を牽引できる推力が必要だろう。無論、海賊船にそんな推力がある訳もない。

                                

 ―――バキッ、バキバキバキバキバキバキバキバキ。

 

 オープン回線から無慈悲な圧壊音が聞こえてくる。

 

「………なんか、呆気なかったね」

「そうだな。あ、もしかしたら何処かに仲間がいるかもしれないし、ぶっ壊した船の航法コンピューターでも漁ってみるか?」

「そうだね」

 

 他の地球人には難しいが、2人は戦争跡地で色々な船から多くのデータを引っこ抜いていたため、すぐに当たりをつける事ができた。が、この場で作業する光景は中々にシュールだった。大型クローアームで残骸を叩いて割ってぶっ壊してコンピューターを露出させて、束さんお手製の非接触型コネクタでアクセス。情報を抜き出していく。

 そうして一通りの事が終わったのだが、襲われていた一般船は、その場を動かずに留まっていた。

 

「あれ? なんで逃げないんだろうね?」

「あ、もしかして、俺達海賊って思われてるんじゃないか? 動いたら撃つ的な感じで」

「え? 嘘?」

「状況的に、海賊同士の仲間割れって思われたんじゃないか?」

「なんか、有り得そう」

 

 話ながら束は、イクリプスの外部カメラを一般船のブリッジと思われる場所に向けてみた。すると、とても印象的な光景が見えた。

 猫耳の獣人っぽい人、背中に翼のある人、蟻っぽい人(?)―――人が蟻に似ているとかそういう次元ではなくて、完全に体の作りからして違う―――が恐怖に震えて抱き合っている。

 この光景に、束は状況に似合わない優しい笑みを浮かべた。

 

「どうしたんだ?」

「いいや。怖がっているけど、文明が違っても友人にはなれるんだなって思っただけ」

 

 同じ光景を見た晶も、肯いて答えた。

 

「そうだな。差し当たって、あの人達どうしようか?」

「確か宇宙文明で使われている共通の通信があったよね。進めとか、曲がれとか、モールス信号みたいなやつ。あれで進め、行けって送ってあげればいいかな」

「オーケー。ええっと、確か――――――あ、これかな」

 

 データベースを検索した晶が、極々簡単な通信を送る。内容は「危害は加えない」「早く宙域を抜けなさい」「ワープドライブで早く行きなさい」というものだ。意味は伝わるだろう。

 この後2人はちょっとばかり寄り道をした後、以前から目を付けていた整備艦の残骸を持ち帰ったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一週間後のこと。

 アラライルから通信が入った。いつものオープン回線ではなく、秘匿回線の方だ。

 

『束博士。お久しぶりですね』

『ええ。お久しぶりです。今日はどうしたのですか?』

『いえ、少しばかり気になる話を聞いたので情報共有しておこうと思いまして』

『あら、どんな話でしょうか?』

『平べったい円盤状の船体に腕のついた宇宙船が、とある宙域の海賊を殴り飛ばしていた、というお話です』

『殴り飛ばす、ですか? 比喩的な表現ではなく?』

『ええ。物理的に突き刺して殴って相手の船体を叩き割って、目撃者によると非常に衝撃的な光景だったそうです』

『あらあら、宇宙には色々な船があるのですね』

『グラップラーシップというかなりマイナーな艦種でして、私も久しぶりに聞きました』

『一度見てみたいものですね』

『実は映像が残っていまして。一般船の船外カメラなので少々画像は荒いですが、中々衝撃的な光景ですよ』

 

 そうして送られてきた映像には、くっきりバッチリしっかりとイクリプスの姿が映っていた。フリゲートに大型クローアームをブッ刺した瞬間の姿だ。そのまま再生され、相手の船を叩き割って握り潰したところまで映っている。

 

『これは凄い。本当に衝撃的な光景ですね』

『ええ。そうでしょう。ところで気のせいか、私これと良く似た船を知っていて、最近見た覚えがあるのですが。博士はご存じありませんか?』

 

 白々しいことこの上ないやりとりに、束の方が先に耐えられなくなった。

 

『分かりました。降参です。本当の用件はなんでしょうか?』

『あの宙域で何をしていたのですか?』

『目的は2つありました。1つは近くにある古い戦争跡地で、今の地球文明にとって使えそうなジャンクパーツがないかを探していたんです。最新パーツだと教材としてレベルが高過ぎるので。あともう1つは宇宙海賊のレベルを図る為に、危険航路を調査していました。囮を使った簡単な調査だけをして帰る予定だったのですが、その途中で一般の船が来て襲われてしまったので、見捨てるのもどうかと思って助けただけです』

『なるほど。あともう1つ確認なのですが、近くの宙域で多数の戦闘艦の新しい残骸が発見されました。損傷状況が酷すぎて総数は不明ですが、50隻を下回る事は無いでしょう。何か心当たりはありませんか?』

『いいえ。全く』

 

 ニッコリと良い笑顔の束さん。

 

『………分かりました。多数の賞金首を仕留めておいて名乗り出ないなんて、奇特な人もいるものです』

『そちらが受取人のいない賞金をどう使うかは知りませんが、そちらが扱えるなら、慈善事業にでも使ってみたらどうでしょうか? どうせあぶく銭です。派手に使ったところで問題無いでしょう』

『なるほど。考えておきましょう。ところで、戦争跡地から何か大きい物を持ってきたようですが、何を持ってきたのですか?』

『今後地球文明は多くの宇宙船を運用していく事になると思いますが、宇宙に宇宙船の整備工場が無いのは不便でしょう。なので、こういう物を拾ってきました』

 

 束がデータを送ると、アラライルの表情が少しばかり変わった。骨董品を見たかのような表情だ。

 

『随分と古い整備艦ですね』

『おや、そちらでもそのような呼び方だったのですか』

『型式番号だったり通称だったりは色々ありますが、艦の整備を行うので整備艦というのが一番通りが良いでしょう。ところで、それを使う気ですか?』

『ええ。今の地球は使える物は何でも使わないと、足りない物が多過ぎるので。ただそれに伴って、1つ確認しておきたい事があります』

『なんでしょうか?』

『いえ、持ってきた残骸には退艦命令が上手く機能したのかいなかったのですが、もし戦死者を発見したらどうしようかと思いまして。今後も戦争跡地から何かしらのジャンクパーツを持ってくる予定ですし、宇宙文明に故人を偲ぶ風習があるかは分かりませんが、もしそういう風習があるなら遠い異国の地で葬られるよりも、帰してあげた方が良いかと思いまして』

 

 アラライルは表情こそ変えなかったが驚いていた。職業柄、道徳がどれほど簡単に利益によって駆逐されるかを知っているだけに、こんな申し出があるとは思っていなかったのだ。

 

『文明によって弔う方法は色々ありますので、そちらでは対処が難しいでしょう。先日スターゲート付近に駐留させた艦隊に移送してもらえれば、後はこちらで行いましょう』

『ありがとうございます』

『いえ、こちらこそ礼を言うべきでしょう。―――ところで話を先程の整備艦に戻しますが、もし良ければ修理用パーツを送りましょうか? 勿論、お代は頂きますが』

 

 ここで晶からコアネットワークが接続され、束に提案があった。内容を瞬時に検討して、悪くない、それどころかかなり良い案だと判断する。

 

『では買わせてもらいます。あとついでに、セットで1つ頼みたい事があるのですが』

『伺いましょう』

『そちらの宇宙建築技術や造船・メンテナンス技術をカラードの人間に学ばせたいので、教師役の人間を何人か派遣してもらう事は可能でしょうか?』

『貴女が直接学ぶのですか?』

『いいえ。社の人間が、です。そちらにしてみれば玩具のような物かもしれませんが、月面にあるマザーウィル建造の現場指揮をとった者とその直轄チームに色々と学ばせてあげたいのです。整備艦を修理しながらの現場研修という形で行ってもらう事は可能でしょうか?』

 

 アラライルは少しばかり考えた。束博士がこの場で取り上げる者なら、ハズレという事は無いだろう。無論教育レベルの根本的な格差は考慮しなければならないし、辺境に派遣するなら少々割高にもなる。だが報酬が支払われるなら、それは正当な契約だ。

 掛かる費用を脳内の電卓で弾き出したアラライルは返答した。

 

『――――――生徒1人当たり、1日にこの程度は必要になりますがどうですか?』

『お支払いします』

『分かりました。後日契約書を作ってお送りします』

『お願いしますね』

 

 こうしてマザーウィル建造の現場指揮をとった者とその直轄チームは、“首座の眷族”から直接、様々な技術を学んでいく事となった。

 現場指揮を取っていた者の名はキャロン・ユリニル*10。カラード宇宙開発部門長代理シャルロット・デュノアの最側近だが、容姿の第一印象は立場に似つかわしくないギャルだろうか。小生意気さとあどけなさが同居した艶のある表情に、真紅の瞳に豊かな金髪のツインテール。スラリと伸びた四肢に高い腰の位置。起伏に富んだボディラインは生意気という表現がピッタリだろう。また一緒にマザーウィル建造を成し遂げた配下のチームは、開発方面でカラードの大きな力となっている。

 そんな者達が先進文明から教えを受けるのだ。将来が非常に楽しみなのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 第194話に続く

 

 

 

*1
保管施設は表向き束博士専用の検疫・研究施設となっている。第187話にて。

*2
第171話にて。

*3
アブ・マーシュが作っていたというのは本作オリ設定。元ネタはACVDのラスボスN-WGⅨ/Vです。

*4
第187話にて色々改造。その後何度か使っているので運用データをフィードバックしている。

*5
ガンダム0083に登場するデンドロビウムの大型クローアームみたいなやつ。

*6
原作でイクリプスはその姿から便座と呼ばれておりました。

*7
100メートル以下

*8
200~300メートル級

*9
SFお馴染みの対象の速度を減速させる特殊フィールド。IS世界的に言えばAICに近い。

*10
元ネタは「キャロライン・ユリ」で、初回登場は「第153話 月面開発」。例によって例の如く名前で画像検索すると出てきますが、“くれぐれも”周囲に人がいない場所でお願い致します。




イクリプス初の本格的な戦闘!!
イクリプス本体の性能もチートですが、束さんと晶くんが乗ると更にチート。
2人の乗艦らしく傍若無人な暴れっぷりにできたかと思います。
そして最後に久しぶりにチラッと出てきた半オリキャラのキャロンちゃん。
専用機持ちなので思考加速使えるけど、多分使っても大変だから頑張って!!
部下達はもっと簡単な内容だけど、リーダーだから難しい内容もあるよ!! という感じでしょうか。

追記
ゴキブリホイホイのシールドシステムの強度を「出力最優先で兎に角硬い」⇒「ジャンク品にしては頑丈」に修正しました。元々の表記だとどんな攻撃にも沈まない超強度に見えてしまいそうでしたので。

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