インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第20話 凰 鈴音

 

 とある日のSHR前、クラスで「2組に転校生が来た」という話を聞いた(薙原晶)は、もうそんな時期かと、今更ながらに原作の事を思い出していた。

 つまり今の今まで忘れていた。

 が、俺はとても気楽に考えていた。

 

(まぁ一夏のセカンド幼馴染だし、何か口を出さなきゃならない相手でも無い。お約束的に勝負を挑まれそうな気がしないでもないが、その時はクラス代表様に全部押し付けて逃げさせてもらおう)

 

 本人が聞いたら絶対に、「止めてくれ!!」と言いそうな事を考えていると一夏が、

 

「どんな奴だろう。強いのかな? 晶はどう思う?」

 

 なんて話を振ってきた。

 正直を言えば、凰鈴音(ファン・リンイン)が原作通りの実力なら、今の一夏なら勝てるだろう。

 だがセシリアのように、何か切っ掛けがあって大化けしている可能性も捨てきれない。

 なので俺は、当たり障りの無い返事をしておいた。

 

「そうだな。此処に途中編入出来るくらいだから、それなりの実力はあると判断しても良いんじゃないかな。確か何処かで聞いた話だと、途中編入の場合は、一般入試の時より合格ラインが引き上げられているって聞いた覚えがある」

「それなりとは、言ってくれるじゃない。2人目のイレギュラー」

 

 声のした方を振り返れば、教室の入り口に立つ小柄な少女の姿。

 その勝気な瞳と視線が合うと、長いツインテールを静かに揺らしながら、真っ直ぐ俺のところに歩いてきた。

 

「中国代表候補生の凰鈴音(ファン・リンイン)よ。ところでさっきの“それなり”ってどういう意味?」

「言葉通りの意味だ。君の事を詳しく知っている訳じゃないから、今のところ此処に途中編入出来るくらいの腕がある、としか判断出来ない」

「ふぅん。そう。ならすぐに、“それなり”から“できる”に評価を改めさせてあげる」

「楽しみにしている。実力が見られるのは何時になるかな?」

「私が2組のクラス代表になったから、クラス対抗戦の時よ。1組からは当然アンタが出るんでしょ?」

 

 鈴の確信めいた言葉に首を横に振ると、彼女は首をかしげた。

 

「何で? 誰がどう見たって最強はアンタじゃない」

「色々と理由があってね。だからクラス対抗戦では、1人目のイレギュラー相手に頑張ってくれ」

 

 そう言いながら指差した方に、鈴が振り向くと――――――。

 

「久しぶり。元気にしてたか?」

 

 なんて嬉しそうに一夏が声をかけていた。

 いや、事実嬉しいんだろう。

 何せ数年ぶりに再会したセカンド幼馴染だ。

 

「そっちこそ元気にしてた? ニュースを見た時はびっくりしたわよ」

「勿論元気にしてたさ。色々と大変だったけどな」

「世界初、男のIS操縦者だもんね。しかも今じゃ専用機持ち」

「実力じゃなくて、情報収集が目的って初めに言われたけどな。まだまだヒヨッ子さ」

「なら、アタシがトレーニングしてあげようか? これでも第三世代の専用機持ち。そのへんの奴らよりは出来ると思うよ」

 

 鈴からの突然の誘いだったが、一夏は迷う事無くはっきりと断っていた。

 

「悪いな鈴。折角の話だけど、もうトレーニング相手はいるんだ」

「誰よ? もしかして千冬さん? だったら少しは姉離れしないと――――――」

「違うよ。そこにいる晶と、隣にいるシャルロット。最近はセシリアも一緒にやるようになったんだ」

 

 順に3人を紹介される度に、少しずつ鈴の表情が引きつっていく。

 

「は、話には聞いていたけど、本当の事だったの!?」

「何が?」

「NEXTがトレーニング相手って事。ついでに言えば他の専用機持ちも!!」

「あ、ああ。本当の事だけど。そうだ。どうせならお前も一緒に――――――」

 

 ここで、俺は言葉を挟んだ。

 

「少なくともクラス対抗戦が終わるまでは待ってくれ。凰鈴音(ファン・リンイン)の実力が見たいというのもあるが、一夏が初見の奴相手にどれだけ戦えるかも見てみたい。それに一緒にトレーニングなんてしたら、お互いの手の内を知ってしまって、対抗戦が面白くなくなるだろう?」

「それもそうね。確かに実力を見せるなら、何も知らない状態で見せた方がインパクトがあるわね」

「分かってくれて何よりだ」

「でもアンタの口ぶりからすると、一夏に相当自信があるように聞こえたんだけど」

 

 返答の前に、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。

 そうして、彼女を奮起させるであろう爆弾を放り込んだ。

 

「正直、お前が一夏に勝てるとは思ってないよ」

「・・・・・さっき、「詳しく知っている訳じゃない」って言わなかった?」

「その通りさ。でも、一緒にトレーニングしているシャルロットとセシリアの実力は知っている。彼女達2人を同時に相手にして、勝てないまでもそれなりに戦えるんだ。1対1でやれないはずがない」

 

 こちらに振り向いた鈴の後ろで固まっている一夏を尻目に、俺は迷い無く言い切る。

 さっきは当たり障りの無い言葉で濁したが、こういう状況なら言い切ってしまっても良いだろう。

 

「へぇ・・・・・言ってくれるじゃない。2対1でそれなりの勝負になるなんて、そっちの2人がヘボなんじゃないの?」

 

 すかさず言い返してくるが、ヘボと言われた2人は涼しい顔をしていた。

 だけでなく、

 

「色々と言いたい事はあるけど、君が一夏と戦った後に何ていうか楽しみだよ。ねぇセシリア」

「そうですわね。今の内に言いたい事を言わせておけばいいですわ。結果なんて分かりきってますもの」

 

 と全く意に介してしなかった。

 

「随分余裕じゃない。いいわ。クラス対抗戦の後に同じ台詞が言えるかどうか、楽しみだわ」

 

 これ以上の言葉は不要とばかりに教室から出て行こうとする鈴。

 それを一夏が引き止めた。

 

「なぁ鈴。俺の事ならどう言ってもかまわないけど、2人をヘボっていうのは訂正してくれないか」

「何で? 接近戦しか出来ない素人相手に、2人がかりで挑んで手間取るんでしょう? それの何処がヘボじゃないのよ」

「だから――――――」

 

 食い下がる一夏に、俺は「やめておけ」と制止をかけた。

 

「なんでだよ!!」

「戦う者なら、幾ら言っても無意味さ。只、実力をもって示せばいい。勝って、2人の実力が確かなものだと認めさせてやれば良い。だろう? 凰鈴音(ファン・リンイン)

「よく分かってるじゃない。クラス対抗戦が楽しみだわ」

 

 そんな言葉を残して彼女はクラスから出て行き、入れ替わりに入ってきた織斑先生がSHRを始めた。

 すると先生は開口一番、

 

「お前達、先日提出された放課後のトレーニングプランだが、学園側から正式に許可が下りた。確保出来たISは5機。5人編成チームで2人余る計算になるから、6人チームが2つ出来る。早速今日の放課後から可能だが、やるのか?」

 

 向けられた視線に、俺は「勿論」と即答する。

 

「分かった。なら私と山田先生の時間も空けておこう。お前達がどんな風にやるのか楽しみだ」

「そんなに期待されても困ります。あくまで自主トレーニングですよ」

「計画的に幾つか甘いところはあったが、それでもそれなりに考えられた計画だった。教師として楽しみにするなという方が無理な話さ」

「やるのは初めてなんですから、後で落胆しても知りませんよ」

「その時は私自ら色々とレクチャーしてやるから安心しろ。何せこれが軌道に乗れば、私も大分楽になるからな」

「本音はソレですか?」

「最近、随分と仕事が増えたからな。少しは楽がしたいのさ」

 

 そんな織斑先生の言葉に、色々と増やしてしまった覚えがある俺は、

 

「負担を減らせるように頑張りましょう」

 

 と迂闊にも答えてしまった。

 何で迂闊にもかって?

 後日、1年1組全体の自主トレーニングが軌道に乗った後の話だが・・・・・クラス全員分のIS操縦技能に関するレポート提出を要求されたんだ。

 勿論断ろうとしたさ。それは教師の仕事だろうって。

 しかし、

 

「自主トレーニングのまとめ役はお前だろう? なら、一番詳しいのはお前じゃないのか?」

「いや、確かに全員分の稼動データには目を通しているが、そもそもこのレポートは何の目的で?」

「教師には、生徒を評価するという仕事があるんだが、毎年これが中々面倒でな。今年は使えそうなのがいるから、参考資料でも作ってもらおうと思ってな」

 

 織斑先生は、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべ更に続けた。

 

「幸い、「負担を減らせるように頑張りましょう」と言ってくれる優しい優しい生徒もいるしな」

「なっ!?」

「まさか、男に二言は無いよな?」

 

 と言ってそのまま押し切られたんだ。

 その後、3人が手伝ってくれなかったらどうなっていた事か・・・・・。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その日の昼休み、(薙原晶)は篠ノ之箒に、校舎の屋上に呼び出されていた。

 多分すぐに戻れる話じゃないだろうから、購買で買った焼きそばパンと野菜ジュースを持参して。

 

「――――――で、何の用なんだ?」

「・・・・・まずはプレゼントの事で、姉さんにお礼を言っておいて下さい。正直、こういう物が貰えるとは思ってもいなかった」

「そう言ってもらえるなら、博士も悩んだ甲斐があったってところだな」

「悩んでいた? 姉さんが?」

 

 心底意外そうな顔をする箒さん。

 

「ああ、随分悩んでいた。俺が見た時は、帯、着物、茶器、日本刀と基本的に和風のものをリストアップしていたな。和風の物が好きなのか?」

「そうですね。洋と和のどちらが好きかと言えば、圧倒的に和ですね。あの機能美と芸術美が融合した姿は本当に綺麗だと思う」

「確かに。それに和風の文化には、主張し過ぎない美しさもあるな。調和っていうのかな?」

「まさか同年代から、そんな言葉が聞けるとは思わなかった。そっちの方にも詳しいんですか?」

「いいや。詳しい芸術文化なんて知らないから、思った事を言っただけだ」

「そう感じられる心が大事なんです。それを最近の人達は分かっていない。そもそも――――――」

 

 もしかして、IS学園に来てからこの類の話をする相手がいなかったのだろうか?

 そう思ってしまう位に箒さんは目を輝かせていた。

 しかし残念ながら、こっちにも話しておきたい事がある。

 こんなに楽しそうにしている相手を止めるのは気が引けるんだが・・・・・仕方が無い。

 

「箒さん。少し、真面目な話をしてもいいかな」

「何ですか?」

 

 俺の雰囲気が変わったのを察したんだろう。

 箒さんが姿勢を正した。

 スラリと伸びた四肢に綺麗な髪。整った容姿。

 着物を着たらさぞかし似合うだろう。

 そんな場違いな思いを抱きながら、恐らく彼女が嫌がるであろう現実を口にする。

 

「時期までは言えないが、今、博士が君の専用機を作っている」

「お断りします。別の誰かにあげて下さい」

 

 即答だった。

 だが、それは困るんだ。

 

「理由を聞いても?」

「姉から聞いてはいませんか?」

「本人の口から聞かせて欲しい」

 

 先程とは一転して、硬く冷たい言葉のキャッチボール。

 

「・・・・・姉がISを作ったおかげで家族はバラバラ。私が此処にいるのも、姉さんのせいなんですよ。これから先、なりたいものになる権利すら私には無い。これ以上の理由はいりますか?」

 

 原作知識で2人の仲が冷えているというか、箒さんが博士に良い感情を持っていないのは知っていたが、コレは予想以上だった。

 視線が相当に冷たい。

 何と言うべきか悩んでいると、続く言葉が放たれた。

 

「姉さんは良いですね。私から家族も幼馴染も友達も全部奪ってバラバラにしておいて、なのに本人は貴方のような人を見つけてよろしくやってるんですから」

 

 この言葉に、俺は自分の心が急激に冷えていくのを感じた。

 そうかそうか。悲劇のヒロイン気取りか。

 ふざけるなよ。どれだけ愛されているかも知らないクセに。何一つ失ってないクセに。会おうと思えば会えるクセに。どれにも二度と会えない俺の前で、それを言うか!!

 普段、必死に心の奥底に閉じ込めている元の世界の事が思い出される。

 理性が八つ当たりはするな。怒るなと告げているが、圧倒的な感情の前に、そんなものは何の役にも立たなかった。

 

「随分偉いんだなお前は。何様のつもりだ?」

「え?」

「全部奪って? バラバラにして? 全員生きてるだろう。確かに博士の発明のおかげで引き離されたんだろうが、不幸があった訳じゃないだろう。会おうと思えば会えるだろう!! なりたいものになる権利すら無い? ああそうだな。お前には一生、篠ノ之束の妹というレッテルがついて回る。普通の生活なんて送れない。ああ、同情するよ。してやるよ。でもな、大事な人達に迷惑をかけない為に姿を消した。そんな事すら分からないような小娘が、知ったような口を利くな!! そして博士がいなきゃ俺は死んでたんだ!! 右も左も分からない世界で野垂れ死んでたんだよ!! それをお前は――――――」

 

 更なる言葉を口にしようとして、彼女が怯えている事に気付いた。

 しまった。ああ、情けない。こんな事で感情を乱すなんて。

 

「――――――すまない。言い過ぎた」

 

 冷や水をかけられたかのように、怒りが収まっていく。

 しばし2人の間に沈黙が流れた後、箒さんは恐る恐る口を開いた。

 

「もし、もしよければ・・・・・姉さんの事を話してもらえませんか?」

「構わないが、どうして急に?」

「怒った理由を知りたいのと、私の知っている姉さんの姿が、今出てきた言葉と余りにも違うから」

「わ、分かった。そうだな、まずは――――――」

 

 八つ当たりしてしまった気まずさから、上手く話せたかどうかは分からないが、彼女は静かに聴いていてくれた。

 途中、姉妹とは言っても知らない事もあったみたいで、箒さんは驚いたり笑ったり、メタメタにけなしたり。

 見ているこっちが楽しかったくらいで、次第に気まずさも消えていった。

 そうして休み時間が終わる間際、

 

「1つ、頼みごとをしても良いですか?」

「出来る事なら」

「後で手紙を書きますから、姉さんに渡して下さい」

「まずは手紙からか。そのくらいなら全く問題無い」

 

 こうして、極々近い距離なのに姉と妹の間で文通という、奇妙な状況が出来上がった。

 手間と言えば手間な方法だが、離れていた姉妹が仲良くなる為には、このくらいの方が良いのかもしれない。

 そんな事を思いながら俺は、箒さんと一緒に教室に戻るのだった。

 

 

 

 第21話に続く

 

 

 


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