インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第02話 捕虜

 

 ザァァァァァ――――――

 

 シャワーを浴びながら、ついさっき遂行した依頼の事を思い出す。

 秘密基地の殲滅。

 ちゃんとこなせただろうか?

 束博士が想像しているような“凄腕の傭兵”っぽく出来ているだろうか?

 戦場ではうろたえていなかったか? 冷静でいられたか? 無駄弾は撃っていなかったか?

 何度も何度も振り返る。

 大丈夫なはずだ。

 敵ISとの戦闘でも無様は姿は晒さなかった。

 相手を殺さなくて良かったのだろうか?

 いや、問題無いはずだ。

 無闇に殺るより、生かして情報を引き出した方が玄人っぽく見えるはずだ。

 そんな考えが何度も何度も頭の中で繰り返され、ふと思考が別方面に飛ぶ。

 俺がこの世界に放り込まれた時になぜか着ていたパイロットスーツ。

 それについていたというメモリー。

 記録されていたという覚えの無い過去。

 何なんだコレは。

 以前、返して欲しいと頼んでみたが、

 

「危ないデータも入っているみたいだからね。他に漏れないように、私がしっかり保存しておいてあげるよ」

 

 という一点ばり。

 恐らく、返す気は無いんだろう。

 クソッ!!

 覚えが無い自分の過去。他人が知っている自分の過去。なんてやりづらい。

 無理矢理メモリーを取り返すか?

 一瞬、ふとそんな思考が脳裏を過ぎる。

 あの細腕相手なら、大した苦労も無く出来そうな気がする。

 が、1秒とかからずその案は破棄した。

 相手は束博士だぞ?

 あの天才が、いきなり研究室に現れたような怪しさ満点の俺を傍に置くにあたって、何の対策もしていないはずが無いだろう。

 

「・・・・・結局、首輪は外れないか」

 

 1人そう呟きシャワーを終え、用意された黒いGパンと白いTシャツに身を包んで、私物が(当然だが)何も無い部屋に戻ろうとしたところで、束博士に後ろから声をかけられた。

 

「薙原。ちょっーーーーーといい?」

「?」

 

 振り向くと、空色のワンピースにエプロン。ついでにウサミミヘアバンドという初めて会った時と変わらぬ出で立ち。

 これでスレンダーな体形なら『不思議の国のアリス』のもどきで可愛いと言えるんだろうが、ゆったりとした服装の上からでも分かる女性的な曲線を見ると、イヤでもそこに視線が吸い寄せられてしまう。

 

「何処を見ているのかな?」

「豊かな母性の象徴?」

「ジョークを言える程度には、精神的に安定したみたいだね。出撃前の君は何となく不安定に見えたけど、今はとても安定して見える。やっぱり傭兵っていう人種は、戦いの中にあってこそなのかな」

 

 実戦なんて初めてで不安定に見えたのは当然です。

 という心の叫びを押し殺して、俺はなんでもないかのように答える。

 

「まぁ、来た直後に比べれば大分落ち着いた」

「それは良かった。じゃぁ、ちょっと一緒に来て」

 

 言われるままに彼女の後ろをついていくと、部屋の一面がガラス張りの部屋に通された。

 ガラスの向こうにはセミロングの綺麗な紫色の髪の女性が1人、粗末なイスに座らされている。

 俯いていて表情は分からないが、まぁ多分美人なんだろう。

 服装はIS操縦者が着るインナースーツ。つまり身体の線がくっきりはっきり。

 正直エロイ。

 が、今はそんな事よりも、

 

「さっき俺が撃墜したISの操縦者だな?」

「そう。彼女をこれからどうしようかと思ったんだけど、傭兵が捕虜を取った場合ってどうするのか興味があってね」

「俺が持っていたメモリーは見たんだろう? 破壊と汚染を撒き散らすネクスト傭兵が、捕虜なんて取ると思うか? 依頼のほとんどが撃破か殲滅。稀に護衛ってのがあるくらいだ。そんな人間に捕虜の扱いなんて聞くなよ」

「でもそういう世界にいたのなら、知らないっていう訳でもないんでしょう? 私は科学者で、正直こういう相手はどう扱って良いのか分からなくてね」

 

 博士の言葉は100%嘘だろうと思うが、こう言っている以上、俺に処遇を決めさせたいんだろう。

 考えられる可能性は何だ?

 博士の事だから面白半分という可能性も無くは無いだろうが・・・・・処遇を通して俺という人間を図る気か?

 そんな事を考えてしまうが、結局幾ら考えても無駄(=どう答えようと博士の中で何らかの評価が下る)だろうと思い、好き勝手に言ってみる事にした。

 

「相手の態度次第だな。もう尋問はしたのか?」

「本当の事を話しているかどうかは分からないけど、聞きたい事は聞いたよ」

「嫌々話している感じだった? それとも協力的?」

「協力的なのかな? 『全部話すから家族を助けて』って言ってたね」

「これはまた古典的な。ISは貴重なんだろう? ならその操縦者と家族位は護衛が付いていると思うんだが」

「本人だけならまだしも、全部をガードするのは物理的に不可能だと思うな」

「それもそうか」

 

 ここでしばし考える。

 助けた場合のメリットとデメリットを。

 メリットは、上手くすれば味方を1人作れる事だろう。

 使い方は色々あるだろうが、基本的にいて悪いものじゃない。

 逆にデメリットは?

 俺に対しては特に無い。もし嘘だったなら、それなりの対応をすれば良いだけの話だ。

 だが博士にとっては?

 助けたとしても一緒に行動するなど論外だろう。

 世界中の国家や企業の目から逃れ続けている博士からしてみれば、面倒な荷物を抱え込むのと変わりない。

 という事を考えれば、

 

「なら使っていたISをメンテした後に放り出そう」

「その心は」

「家族を人質に取られていたんだ。ISつきで『自由にしていい』と言われて解放されたら、一番初めにする事は決まっているだろう? 家族を救出に向かったなら、それはそのまま組織と敵対する事になるから十分こちらのメリットになる。まぁ、話が嘘でもう一回敵対するようなら、今度は潰すさ」

「中々ドライな考えだね。でも、その後はどうするのかな? 仮に助けられたとしても、行く当てが無ければ遠からず組織の手が伸びると思うな」

「そこは貴女の出番だ。この類の事で信用できる人間の1人や2人はいるんだろう? 新しい戸籍でも用意してやれば良い」

「簡単に言ってくれるけど、私がそこまで彼女に肩入れする理由は無いよ」

「都合の良いIS操縦者が1人手に入ると思えば安いと思うけどな。恩っていうのは、相手にもよるが下手な脅しよりもよっぽど相手を縛り付ける。家族を大事にするような人間なら、さぞかし貴女の為に働いてくれるようになると思うが?」

「ふぅん。その理論で行くなら君が助けてあげれば、君の為に働いてくれる人間が1人出来る訳だけど、そうはしないのかい?」

「俺は傭兵だよ。何でも出来る正義の味方じゃない」

「なるほどね。じゃぁ、後はやっておくから戻ってていいよ」

 

 そこで博士は一度言葉を区切るが、手元に現れたウィンドウパネルを操作しながら思い出したかのように言葉を続けた。

 

「――――――ああそうだ。君のISに、家族が囚われている場所のデータと、彼女のISのスペックデータを送っておいたから。どう扱うかは君が決めるといい」

「・・・・・何が『こういう相手はどう扱って良いのか分からない』だ。しっかりやる気だったんじゃないか」

「分からなくても分からないなりに出来る事はあるし、傭兵がこういう時にどういう対応をするのか興味があったからね」

「捕虜への対応なんて人それぞれさ。中には鬼畜外道もいる。性欲の捌け口とかな」

「君がそういう人間じゃないと分かっていたからこそ話を振ったんだよ。何せORCA最後の仕事は故人からの依頼。それを律儀に完遂したくらいだからね」

 

 何か言葉を返そうと思ったが、過去については迂闊に口を開かない方が良いと思い、とりあえず俺は問題に対処する事にした。

 

「救出させるなら早い方が良い。そして事情の説明は博士からやってくれ。男の俺より、恐らく貴女がやった方が向こうもすんなり受け入れてくれるだろう」

「そうだね。君は出ないのかい?」

「初めから出す気なんだろう?」

「要請くらいはするつもりだったけど、本人の意志は尊重するよ」

「実質的な出撃依頼だろう。それ」

 

 そう言いながら俺は待機状態のIS(=左手にある黒い腕輪)から、送られてきたデータを呼び出す。

 すると眼前に幾つかのウィンドウが展開され、彼女が使うISのスペックデータと要救助者のプロフィール(=歳の近い妹)及び現在位置が表示された。

 彼女が使うISはラファール・リヴァイヴ。

 武装は両肩に固定している大型シールド(裏側にハードポイントあり)以外は、状況に応じて装備変更を行う汎用性に富む第二世代機。

 第三世代が各国で未だ実験機の域を出ていない以上、安定した戦力と言えるだろう。

 現在の装備は、

 

 ―――ASSEMBLE

    →R ARM UNIT  :ロングレンジスナイパーライフル(両手持ち)

    →L ARM UNIT  :―――

    →R BACK UNIT  :高速ミサイル

    →L BACK UNIT  :VTF(近接信管)ミサイル

    →SHOULDER UNIT :大型シールド

 

 となっているのだが、救出作戦でこのアセンは頂けない。

 こんな明らかに遠距離戦を主眼においた装備で、接敵機会が格段に多くなる救出作戦を行うなんて馬鹿げている。

 相手が普通の人間だけならまだしも、最悪を想定=ISがいた場合、いきなり不利な状態から戦闘開始だ。

 そんなリスクを犯す必要は無い。

 

「ところで博士。マシンガンかアサルトライフルは――――――」

「無いよ。材料というか資材はそこそこストックしてあったんだけど、君のISを作る時に結構使っちゃってね」

「いや、既製品ので良いんだが」

「んーーーーー。ここに置いてある武器ってどれも強力なのは間違いないんだけど、基本的に高負荷なものばかりだから第二世代程度じゃ厳しいと思うな。ちなみに君のISなら問題無く装備できるけどね」

「なぁ、俺のISって第何世代相当なんだ?」

「設計思想的には第二世代だけど、AMS適性だったっけ? アレの使用を前提とした超高精度制御能力と、内装系のエネルギー出力や変換効率は数世代先かな? 同じ科学者として、アレに使われている理論を確立した科学者は純粋に凄いと思うよ。まぁ、使用者を選び過ぎるという欠点はあるけどね」

「良いのか? そんな強力な兵器を見知らぬ他人の俺に与えて」

 

 博士はニヤリと笑った。

 

「解析して、ISに転用したのは私だよ?」

「・・・・・ああ、そうだったな。買ったものを俺に与えたんじゃなくて、自分で作ったものを与えたんだもんな」

「その通り」

 

 それが意味するところは、つまり博士は俺に対する対抗手段をちゃんと有しているという事。

 なるほど。気兼ねなく与えられる訳だ。

 

「話が反れたな。装備変更が出来ないなら仕方が無い」

「仕方が無いから、どうするの?」

 

 実のところ、俺は“自分で救出する”という考えは余り持っていなかった。

 あくまで彼女に救出させるつもりだった。

 何故かと問われれば怖かったからだ。

 戦う事が、じゃない。

 いや、全く怖くない訳じゃないが、大きな理由は救出失敗の時の事を考えてしまうからだ。

 自分の不手際で自分がくたばるのは、まだ納得がいく。

 だが自分の不手際で他人が死ぬのは怖い。

 だから尤もらしい理由をつけて彼女自身に救出させるつもりだったのだが・・・・・こんな明らかな遠距離戦用装備で行かせたとあっては、俺の(本当はありはしないが)実力が疑われる。

 それは今後の事を考えるとマズイ。

 なので、

 

「もし彼女がやる気なら、俺が前衛を勤めよう」

 

 作戦変更だ。

 

「正義の味方じゃなかったんじゃないのかな?」

「人質を取っているなら、それ相応の護衛がいると考えるべきだろう。通常戦力だけなら問題無いだろうが、万一ISが居た場合、流石にこの装備だと厳しい事になる」

「ふ~~~~ん」

 

 何となく疑わしげな博士の視線を意識的に無視する。

 甘い判断だったか? 傭兵らしくないと見られたか?

 ポーカーフェイスを保ったまま、幾つかの考えが脳裏を過ぎるが、今更どうしようもない。

 ここで考えを変えれば、「自分の意見をコロコロ変える」=信用ならない奴と思われてしまう。

 そんな不安を押し隠すように、俺は言葉を続けた。

 

「でもまぁ、人質にそんな過剰な戦力を貼り付けているはずがないから、念のためだな。後は救出時に、変な処置がされていないかを確認すれば大丈夫だろう」

「変な処置って?」

 

 一瞬、頭の中に相当外道な手段が幾つか浮かんだが、俺の口は至って常識的な手段を口にしていた。

 

「追跡用の発信機とかだよ。――――――ところで、彼女のISのメンテは何時頃終わるのかな」

「推進系以外は無事だったから2時間もあれば終わるけど、さっき君が言った事は2日くらいかかるかな。弄るのがコンピューターだけなら、今すぐにでも出来るんだけどね」

「そうか。なら彼女に話をして、出るようなら教えてくれ」

 

 そう言って俺は部屋から出ようとするが、背後から声がかけられた。

 

「会わないのかい? 一時とはいえチームになるなら、顔合わせくらいはした方がいいんじゃないかな?」

「必要無い。こっちから話すような事も無いし、長くチームを組む訳じゃない。単に、こちらの都合で救出するだけの関係だ。それに、顔は余り晒したくない」

「用心深いんだね」

 

 博士は一瞬驚いたような表情を浮かべ、そんな言葉をかけてきたが、俺としては当然の判断だ。

 この世界で唯一ISを使える男は織斑一夏のみ。

 その情報が持つ意味を、アドバンテージを、こんな所で手放すなんて馬鹿げている。

 

「傭兵は恨みを買う事も多いからな」

 

 そのまま部屋を出た俺は、歩きながら救出対象がいる場所のMAPをオープン。

 目前にウィンドウが展開され、建物の見取り図が表示される。

 更にもう1つ同じウィンドウを開き、こちらはMAPを縮小し周辺の地形データを表示。

 

「・・・・・海岸の断崖絶壁に建てられた古城。見晴らしは極めて良好。速度に任せた強襲作戦は使いづらいか」

 

 気象データを呼び出す。

 残念ながら快晴。

 雨でも降っていてくれれば近づきやすかったんだが・・・・・。

 となれば考えられる作戦は2つ。

 人の集中力が最も落ちるという明け方に空から強襲。整備が2時間後に終わるというなら、時間的にも丁度良い。或いは海岸に面した断崖絶壁という条件を生かして、海中からの隠密潜行。

 このどちらかだ。

 ネクストISならどちらの作戦も実行出来るが、どっちが安全だろうか?

 しばしの熟考。

 やはり、ここは海中からの接近が良いだろう。

 ネクストISは完全密閉型の全身装甲。

 エネルギーシールドを完全に切っても海中で行動可能=敵に探知される可能性を大幅に下げられる。

 となれば、作戦は俺が海中から接近。古城直下でISを戦闘起動。敵が行動を起こす前に人質を救出して離脱。

 そして適当な場所でラファール・リヴァイヴを使う彼女に、救助した人質を渡し、俺は追っ手の足止め。

 よし、基本はコレで行くか。

 あとは・・・・・。

 こうして作戦を煮詰め始めて2時間後、俺は再び博士に呼び出されたのだった。

 

 

 

 第3話に続く

 

 

 

 


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