インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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徐々にゲート開通が近づいてきました。
そして更識家、大躍進。
レンタル事業は各国や企業が自前ですぐに安定した性能の船を用意するのは厳しそうなので………。(涙)
宇宙に慣れる為の人材育成が先行する形になります。


第188話 月のハブ化プランと更識家のお引越し。そしてレンタル事業開始。

  

 8月の中旬。スターゲート開通まで残り1ヵ月半。

 束と晶は自宅の居間で、同時稼働させる3つのスターゲートとスターゲートにエネルギーを供給するアンサラー4号機を、何処に設置するかを話し合っていた。

 尤も2人には共通認識として、アンサラー4号機を単独配置しないというのがあったため、設置する宙域を一から選定するような内容ではない。そして共通認識が形成された理由は、アンサラーの突き抜けた性能にあった。自分達自身が突き抜けた存在であるからこそ分かる。圧倒的な存在というのは、敵対者、或いは悪意を持つ者にとっては戦略目標になり得るのだ。この場合で考えれば、アンサラー以外に一切戦力の存在しない宙域で単独運用されていれば、破壊ないし鹵獲を考えるだろう。如何に圧倒的であろうが、戦術と戦略を駆使すれば並大抵の事はどうにかなる。地球人には出来ないかもしれないが、宇宙文明なら可能かもしれない。このような考えがあるからこそ2人は、アンサラー4号機を水星や火星、或いはより遠い宙域への単独配置はしないとしたのだった。しかし、未来永劫という訳ではない。人類の活動範囲が広がり、十分な防衛艦隊を配備出来るようになったなら、再考の余地はあるだろう。

 晶が口を開いた。

 

「安全を考えるなら、地球の衛星軌道は無しだな。敵対的な奴が来てもアンサラーで即撃破出来るとは言え、流石に近過ぎる」

 

 束が肯きながら続けた。

 

「そうだね。そしてアンサラー同士の相互支援という意味でも、ゲートの往来に目を光らせるという意味でも、余り遠くても駄目でしょ」

 

 月軌道の内側は、アンサラー1~3号機の有効射程圏内だ。このため4号機やスターゲートが月の地球側の面にある限りは、何かあっても火力支援が行える。また最悪の状況を想定するなら、1~3号機が敵対的な存在に攻撃を受けた時に、4号機から火力支援が行える配置にしておいた方が良い。このため相互支援という意味でも、往来に目を光らせるという意味でも、4号機の配置は月の地球に向いた面の何処かであるべきだった。

 

「となるとやっぱり月だな。常時稼働させる物だから静止衛星軌道にしたいけど、アンサラーとスターゲートが同じ静止衛星軌道にあったら、ゲートからゲートに移動する場合に邪魔になるか………う~ん」

 

 晶は少々考え込んだ。

 船の航路計算を考えたら、恐らく衛星軌道をなぞるような動きの方が、多くのパイロットにとってはやり易いのではないだろうか? そしてやり易いという事は事故が少なくなるという事でもある。

 アンサラーかスターゲートのどちらかを低軌道(LEO)中軌道(MEO)の高度にズラすというのはどうだろうか? どちらも遠心力と重力のバランスで軌道を維持している訳ではないので、運用自体は可能だが………何か配置的に美しくない。

 ここまで考えて、晶は大事な事に気づいた。仮に敵対的な勢力が出現した場合、アンサラーは確実に戦略目標になる。そんな物を将来的に往来が多くなるであろう場所に配置するのは、明らかな悪手だろう。

 これで、考えが決まった。

 

「4号機、月の北極にしないか」

「そう、だね。でも配置として、少し不格好じゃない?」

 

 束は晶とほぼ同じ結論に達していたが、配置位置が彼女の美的センスにあっていなかった。が、晶も提案する前に同じ事を思っていたので、綺麗な配置に見えるような案も考えていた。

 

「これから建造する5号機を南極に配置して、対称的な感じにしたらどうかな。で、アンサラー2機で維持できるスターゲートは6つだろ。それらは月を等間隔で取り囲むような形で、全部静止衛星軌道に配置してハブ化する。中継衛星は必要に応じて。これなら結構綺麗に見えないか?」

 

 スターゲート1機を安定稼働させる為に必要なエネルギーは、アンサラーがファーストシフト状態かつ地球周辺で発電しているという条件下で、総出力の20%だ*1。このため全出力を使えばアンサラー1機でスターゲートを5つ維持できるが、そんな事をしたらアンサラー本体の防衛システムが稼働出来なくなってしまう。このため開発者である束は、アンサラー1機で維持するゲートは3つまでと決めていた。防衛システムの稼働と万一の為の余剰出力を残しておくためで、晶はこれを聞いていたので6つと言ったのだった。

 

「なるほど。ちょっと待ってね」

 

 束は相槌を打った後、居間の中央に月の立体映像を呼び出した。今の案を各種のアイコンを置いて再現してみる。

 彼女は暫し眺めてから口を開いた。

 

「………想像以上に良いかも。これならゲートの使用状況やゲート間の移動も分散配置した時と違って目を光らせやすいし、ハブ化して交通の要所にしてしまえば、開発リソースを月周辺に集中できる。うん。良いと思うな」

「よし。ならその方針で進めるとして………あ、この前さ、月の衛星軌道にお前専用の検疫施設モドキと一般人用の検疫施設の土台を置いたじゃないか*2。アレ、どうする?」

「私専用の方は中軌道(MEO)の傾斜軌道*3で問題無いと思うけど、一般人用の方はアクセスの利便性も考えないといけないよね」

 

 束の脳裏にあったのは、現在テラフォーミング中の惑星からの輸入品が来るようになった場合や、他の文明との貿易が活発化した場合だ。スターゲートからアクセスし易い位置になければ、物流が停滞して発展の障害になってしまう。

 

「それもそうだな」

 

 晶も同意しつつ考えた。利便性を考えるなら、スターゲートから出てきたらすぐに検疫施設があって荷物の検査を行える、というのが理想だろう。しかし余りに近過ぎれば、今度はゲート周辺が混雑して接触事故の原因になってしまう。またアンサラー4号機を月の北極に配置するとは言え、5号機投入まで月の南半球は手薄で何かあった際に対処し辛い。なので――――――。

 

「取り合えず今は数が少ないから、全部地球側から見えるように配置していくか。その方がスターゲートの交通状況も地球側から直接観測できるから、色々やり易いと思うんだが、どうかな?」

 

 晶は手元に月の立体映像を呼び出し、地球に向いた面の静止衛星軌道を4等分して、中心角に対して45度になるようにスターゲートと検疫施設のアイコンを置いていく。

 それを見て束が答えた。

 

「今はそれで良いと思う。5号機を投入して、監視網が形になってきたら月の裏側も使っていこうか」

「分かった。あと将来的に物流量が増えたら、もしかしたらゲート1つにつき検疫施設が1つ必要になるかもしれないな」

「そうだね。今後国や企業もスターゲートやワープを使って外宇宙探査を始めたら、持ち帰る物があるかもしれないもんね。それにまだ先の事だけど、テラフォーミングが終わって本格的に経済圏が構築され始めたら貿易も活発化するだろうし、そうなると思って準備していた方が良いかも」

「やる事が沢山だな」

「でも私は楽しいよ」

「俺もだ」

 

 こうして2人は、今後のビジョンについて話し合っていったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その日の午後、楯無は束にコアネットワークを繋いでいた。

 

引き籠り()、今ちょっと良いかしら?)

泥棒猫(楯無)、どうしたの?)

(実は更識家の引っ越しを考えているのだけど、貴女の住んでるカラード本社の地下って空きはあるのかしら?)

(は? なに言ってるの? ダメに決まってるじゃない。私と晶の愛の巣だよ。厚かましい)

 

 束の返答は少しばかりキレ気味だったが、付き合いの長い楯無も負けてなかった。

 

(全く厚かましくないわよ。というか、晶に私の自宅と貴女の自宅を行き来させるなんて時間の無駄じゃない。移動時間が無くなれば、一緒にいられる時間も増えるわよ。それに、分かってるでしょ。もう彼に外を頻繁に行き来させる事そのものがリスクなの)

 

 これは束も思っていた事だった。薙原晶は有名になり過ぎた。そして更識家には裏側の雑事の一切を任せている。頻繁な行き来は、今はまだ偽装工作が有効に機能しているので大丈夫だが、警備体制や何らかの秘密が漏れるリスクを上げてしまう。裏技としてNEXT(N-WGⅨ/IS)のスターゲートがあるが、アレは切り札だ。単純な行き来で頻繁に使ったりしたら、何時何処で露見するか分からない。なお楯無もNEXT(N-WGⅨ/IS)がスターゲートを扱える事は知っていたが、束と同じ考えに行き着いていた。

 

 ―――閑話休題。

 

 このため引っ越しの必要性は理解する束だったが、愛の巣に部外者を入れたくないという気持ちは強かった。

 

(お金が無い訳じゃないんだから、自前で安全なところを用意すれば良いでしょ)

(私達が当主様の近くに侍るのは当然で、カラードの地下以上に安全で防諜対策の完璧なところなんてないじゃない。それに更識家はね、もう命運を晶と、憎たらしいけど貴女に託したの。大人しく受け入れなさいよ)

(いや)

(受け入れなさいよ。引き籠り()

(い~や~)

(ダダこねないの。更識家がそっちに行くメリットを、分からない貴女じゃないでしょ)

(むぅ~~。泥棒猫(楯無)のクセに生意気)

(別に貴女に生意気って思われても良いわ。だって私、旦那様を支える妻だもん。最善手を打てないような、なんちゃってな正妻よりも、私の方が良いと思わない? 今度から第二夫人って名乗りなさいよ)

 

 本人達は絶対に認めないだろうが、2人は既に喧嘩友達な関係だ。なので楯無も、火にガソリンをドバドバぶっ掛ける勢いで煽る煽る。

 

(腹立つね!! ―――あ、そうだ。更識家用に、特別にテラフォーミングした星を用意してあげる。そこに行けば良いんじゃない? 銀河系の反対側あたりに用意してあげるから、そこに行きなよ)

 

 俗な権力者なら、そこで絶対的な権力者として君臨する事も考えただろう。が、楯無は違った。

 

(いやよ。私は、彼の隣が良いの。そして簪も、更識家一同もよ。だから、諦めて受け入れなさい)

(チッ!!)

 

 舌打ち。

 お互い空間ウインドウは出しておらず音声のみの会話だが、楯無は束の苦虫を噛み潰したような表情を幻視した。そして束は、実に腹立たしく認めたくないが、更識本家が安全の確保された場所にある事のメリットを認めない訳にはいかなかった。

 何故なら更識には裏側の雑事の一切を任せている関係上、流出してはいけない情報がそれなり以上に蓄積されている。必然的にそれらを護るために、本拠地を護るという意味でも、警備体制に結構なリソースが割かれていた。今のところは有効に機能しているが、いつまでも有効とは限らない。また今後を考えるなら、相手が地球人だけと考えるのは愚かだろう。一定以上の調査能力があれば、更識が誰の支援を受け、誰の為に暗躍しているか分かるからだ。

 そして敵対的な存在がそこまで調べたなら、こちらの勢いを削ぐために更識を狙う可能性は十分にある。

 このリスクを認識していながら、手を打たないという選択は無かった。

 尤もそれだけなら、束は楯無の提案を蹴っただろう。愛の巣に赤の他人を入れるなんて冗談じゃない。何処か別の場所に相応の手間をかけて拠点を用意してやればいい。しかしその判断を下さなかった理由は、非常に、とても、物凄く認めたくないが、楯無の忠誠心や愛情にあった。大きい口を叩くだけの結果を残し、自分に対しては生意気だが、晶に対しては愛情と忠誠心を併せ持って実に良く仕えてくれている。

 それだけは、束も認めていた。なので――――――。

 

(仕方ない。今日、これから来なよ。地下がどんな所か見せてあげる)

(分かったわ。すぐに行くわね)

 

 こうして楯無は、束が自宅と呼ぶ地下空間へと招待されたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 暫し時間は進み、カラード本社地下。

 束が自宅と呼ぶ地下空間へと案内された楯無は、言葉を失っていた。

 

「ここ………本当に地下なの?」

「ちゃんとエレベーターに乗ったでしょ」

「確かに乗ったけど………貴女、どれだけ自重しないでやったのよ」

 

 楯無は自身の専用機“ミステリアス・レイディ(霧纏の淑女)”の自己診断プログラムを呼び出し、エラーが無い事を確認していた。限定起動させていたセンサーが示す深度は、地上の喧騒など一切届かない大深度地下。広がっているドーム状空間の面積は115万平方メートル(東京ドーム約25個分)。日本の皇居と同じ面積だ。内部には森があり、天蓋部には高解像度映像で空が映し出され、地下なのに柔らかな風が吹いている。

 

「フランスのアイザックシティ(完全循環型地下都市)はね、表の技術力でも建造できる程度にデチューンしたものなんだ。でも此処は違う。私が、私と晶だけの為に用意した場所。例え外で何があろうと、千年でも万年でも暮らせる楽園であり箱舟。――――――まぁ、更識は良く働いてくれているからね。その一角に、仕方ないから住まわせてあげる」

 

 なおこの空間はほんの一区画に過ぎず、本当に大事な設備はもっと下にあった。ここではない別の世界(AC世界)の地下都市建造技術は、内部でアーマード・コアという機動兵器が、機動戦闘出来る程の空間を地下に造れるのだ。

 

「そ、そう。ありがとう」

 

 度肝を抜かれたような楯無に、ニヤニヤとする束。先程はやり込められた感じがしたので、やり返しましたというドヤ顔だ。楯無はそれに気づかないフリをしながら周囲を眺め、少しばかり考え込んだ後で現実的な質問をした。

 

「ところで此処に引っ越すなら、家を建てるにはどうしたら良いのかしら? 外部の業者なんて入れられないでしょ」

「勿論。だから、設計図をちょうだい。私が直接建てるから」

「良いの?」

「仕方ないでしょ。まぁ、設計図をインストールした自動工作機械にやらせるだけだから、手間って訳でもないんだけど。でも、感謝しなさいよ。この束様が直接やってあげるんだから」

「はいはい分かりました。感謝します。神様仏様束様」

 

 楯無が思いっきり雑で投げやりな返答をすると、束が睨みながら言った。

 

「ちょっと。新しい拠点を用意してあげる私に向かって、それはないんじゃないの?」

「だって、私が愛して仕えて奉仕するのは、貴女じゃなくて晶だもの。それとも、私に恭しく忠誠の言葉でも吐いて欲しいの? お望みとあれば言ってあげてもいいけど」

「気持ち悪いからいらない」

「でしょ。――――――で、話を戻すけど、家を建てたあと荷物の運び込みはどうしたら良いのかしら? それなりに量があるのよね」

 

 普通に引っ越しをしては、荷物の移動からカラードと更識家が動いているが周囲に知れてしまう。理想的なのは何処にも悟らせないで引っ越す事なのだが………。束は暫し考え、束にしか出来ない手段を使う事にした。

 

「コンテナを幾つか送るから、それに荷物を纏めておいて」

「どうするの?」

「此処には固定型のスターゲートがあるからね。調整して、一時的に更識家にゲートを開いてあげる。これなら何処にも気付かれずに人も物も移動できるでしょ」

「今更だけど、本当に何でもありね」

「ふふ~ん。凄いでしょ。あ、でも余程の事が無い限り、更識家のお仕事でゲートを使わせる気はないからね」

「切り札は、いざという時に使ってこその切り札よ。そのくらいは弁えてるわ」

「良かった。便利だから沢山使わせてなんて言われたらどうしようかと思ったよ」

「言わないし、使用人にも言わせないわよ。だってゲートの調整なんて貴女しか出来ないじゃない。それありきの作戦行動なんて、計画として既に破綻してるわ。だから貴女の言う通り、余程の場合のみね」

「認識があっているようで何よりだよ。―――っと、そうだ。私からもいい?」

「何かしら?」

「更識の本拠地を此処に移すとして、表向きというか、対外的な本拠地はどうするの? 外にも足場があった方が色々便利だと思うんだけど」

「勿論考えてあるわ。それっぽく見える箱物を用意しておいて、幹部級を何人か常駐させて、そこそこ手の込んだ警備体制を敷いた場所を用意しておくの。そうすれば、後は他が勝手に勘違いしてくれるわ」

「なるほど。ま、その辺りは任せるよ」

「ええ。晶の手足に相応しい、しっかりとした体制を作っておくから安心して」

 

 ここで束のためと言わない辺り、楯無の姿勢は一貫していた。むしろ絶対に言ってやるものかという思いすら感じるほどだ。

 そして2人はこの後、本拠地を此処に移すにあたり発生する諸問題について話し合いつつ、言葉でド突き合い、どうでも良い事でマウントを取り合っていた。

 彼女達が揃うと割と頻繁に見られる平和な光景である。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 半月程度で、更識家の本拠地移転は完了した。

 外見や敷地の雰囲気は旧更識本邸と同じような作りで、森の中にある日本庭園という表現が一番だろう。ただし歴史ある外見とは裏腹に、警備体制は一新され以前とは比較にならないほど強化されていた。ここまで部外者に侵入されるなどあってはならない事だが、常に備えるからこそ精強足りえるのだ。

 そして今日、カラードの社長であると同時に更識家の当主でもある晶は、広い庭園で整列した使用人達の前に立って話し始めた。左右には着物姿の更識姉妹がいる。

 

「さて、皆は今日からこの新しい本拠地で暮らす訳だが、まぁやる事はこれまでと変わりない。今まで通り暗躍してくれ。それが俺の為になる。ただ此処で暮らすにあたり、新しい肩書きが付く。外出して人目のあるところで行動する時は、束の屋敷で働く使用人として振る舞ってもらう」

 

 整列している皆は言われた意味が一瞬分からなかったが、その肩書きが持つ意味を理解し始めると、滅多な事では取り乱さない使用人達がざわつき始めた。

 それを見て、晶は言葉を続ける。

 

「まずこの肩書きを用意した理由だが、純粋にカラード本社の中を通って外に出れるようにする為だ。というのも更識用の秘密の出入口を作って行動を秘匿する事も考えたんだが、カラード本社はあらゆる意味で注目されている。周辺地域も含め、人の流れが監視されているのは間違いない。それでも1人2人が数回本社に出入りする程度なら幾らでも理由をこじつけられるが、この人数が頻繁に出入りしたら流石に怪しまれる。そして此処で暮らし始めたお前達の存在を一度隠匿したら、これから先ずっと隠匿し続けないといけなくなって、組織のリソースが喰われてしまう。カラード本社の地下に居るのに行動し辛いっていう本末転倒な状態だ。だが束の使用人という肩書きがあれば、何ら問題無く出入りできる。どちらが行動し易いかは考えるまでもないだろう。だが、注意してくれ。いや、お前達なら上手く利用してくれと言うべきか」

 

 晶は全員を見渡した後、更に続けた。

 

「束の屋敷の使用人という肩書きの利用価値がどれほどのものか、説明する必要は無いだろう。色々な奴が寄ってくるに違いない。そしてそれを理由に、護衛という名目で人も物も金も動かせる。もし束の屋敷の使用人が悪い奴の手に落ちて、何らかの情報が漏れようものなら大変な事になるからな。だが、1つだけ注意しておいてくれ。この肩書きは万能じゃない。免罪符でもない。人目のあるところで使用人として相応しくない振る舞いをする奴を、俺は此処に置いておきたくない。いいな」

 

 使用人の1人、最前列中央にいた者が答えた。

 綺麗系の容姿で黒髪ロングポニーテールなクノイチさんだ。

 

「御下命、拝命致しました。これより我々は、外出して人目のある時は篠ノ之束博士の使用人として行動致します。ただ、1つ言葉にして頂きたい事があります」

「なんだ?」

「此処にいる時は更識であり、薙原晶様(当主様)にお仕えする使用人として振る舞っても問題ありませんか?」

「問題無い」

「ありがとうございます」

 

 使用人達が一斉に、深々と頭を下げた。

 因みに今の確認は、晶にとっては何でもない事のように思えたが、使用人達にとっては大事な確認だった。もしも此処に束博士が来た時、誰を優先するかという話だからだ。束博士を優先しろと言うならしなければならないが、使用人達としては当主様を優先したい。なので態々「薙原晶様(当主様)にお仕えする使用人」と言って聞いたのだ。聞き方としては「束博士を優先した方が宜しいでしょうか?」の方が正しいのだろうが、そういう聞き方をして万一「博士を優先」と答えられては嫌だったので、「此処は更識であり、薙原晶様(当主様)にお仕えする使用人として振る舞っても問題無いと言われています」と抗弁できるようにしておいたのだった。本当に機嫌を損ねるような使い方はできないが、使用人一同が誰を優先しているのを伝える事はできるだろう。

 使用人達のそんな思惑を知らない晶は、皆に頭を上げさせてから続けた。

 

「次に楯無と簪についても話しておこう。まず楯無だが、今後対外的には束の家令(スチュワード)*4として行動してもらう。この立場なら、更識家当主代行としても動き易いだろう」

「ええ。しっかりやらせてもらうわ」

 

 束と楯無の間で既に話はついており、ここで話したのは使用人達に対する発表という意味合いが強い。そして使用人達は、これを当然の決定として受け取っていた。家令(スチュワード)という立場は晶の言う通り、更識家当主代行としても動き易い立場だからだ。対外的に何らかの権力がある訳ではないが、名実共に篠ノ之束の最側近となったのは誰の目にも明らかだろう。

 

「続いて簪だが、お前にはこれまで通りカラードの異常気象対応部門の部門長として動いてもらう。ただ、重要度は上がるぞ。更識の目として耳として、情報収集を頼む」

「はい。任されました」

 

 異常気象対応部門は気象コントロール用ISを用いて、異常気象が農作物や生活インフラへ影響しないように対処していくことを主目的としている。これらへの影響は治安や経済活動に関わり、間接的に宇宙開発に影響するという考えからだ。そして何処の国のどんな統治者にとっても、農作物や生活インフラへのダメージは無い方が良い。このため世界中から依頼があり、世界中のあらゆる異常気象発生地域に、気象コントロール用ISとその護衛用ISが派遣されていた。

 なお超兵器であるISの情報収集能力(電子戦)能力は単機かつノンオプションでも相当に高く、第三世代IS“ラファール・フォーミュラ”のTYPE-E(電子戦型)なら、早期警戒管制機(AWACS)では最高性能を誇るE-767と同等レベルだ*5。無論、派遣するISにラファール・フォーミュラTYPE-E(電子戦型)程の情報収集能力がある訳ではないが、複数機を投入すれば、周辺情報はほぼ丸裸にできる。

 加えてカラードは、気象コントロールを行う際にISを単機運用したりしない。気象情報の取集・観測という名目で保有している衛星を該当地域に向けていた。

 これだけでも収集される情報は相当な量になるが、異常気象対応部門には現地からの情報提供も多かった。特に自由を制限され、搾取され、弾圧されている人々から*6。提供された情報に対してカラードが動いたという事実は一切無いが、どういう訳かちょっとした幸運が起きた事はあった。それがまた、情報提供を加速させていたのだ。玉石混交だが生の情報を得られる更識の目と耳が良くなるのは必然だろう。

 簪の落ち着いた返事を聞いた晶は満足そうに肯き、言葉を続けた。

 

「―――さて、これで大体言いたい事は言ったんだが、最後に皆に言っておこう」

 

 全員が姿勢を正した。

 

「更識は、これからもっと大きくなる。今は地球の中で有力な組織というだけだが、地球全域に、テラフォーミングしている他の星々に、人類文明圏全域に、他の宇宙文明に対しても影響力を行使できる組織になる。して行きたいという話じゃない。必ずなる。全員、そのつもりでな」

 

 使用人達が一斉に、もう一度深々と頭を下げた。

 こうして更識家は新拠点で活動を開始したのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 晶が更識家で話し終えた2時間後、束は晶と共に記者会見をしていた。

 対外的に用意されていた発表内容は月のハブ化プランとアンサラー4号機と5号機を月の北極と南極に投入するというものだが、本題は束が最後に「私事なんですけどね」と言って話し始めた内容だった。

 

「――――――という訳で、使用人を雇う事にしたんです。本当は此処で話すような内容ではないのかもしれませんが、私の家の出入口はカラード本社にあるので、せっかく雇った使用人が不審人物扱いされないように此処で言う事にしました」

 

 会見場にいる記者達の驚きは相当なものだった。なにせ篠ノ之束の自宅と言えば、ある意味で聖域だ。本人が自宅の事を言わないので想像でしかないが、これまで発表した物を見れば、世界の常識がひっくり返るような発明品がゴロゴロしているのは間違いない。

 一番早く驚きから立ち直った記者が質問した。

 

「そ、その使用人達は、博士の研究のお手伝いをしたりもするのでしょうか?」

「いいえ。あくまでプライベート空間の整理整頓です。研究しているところには色々とありますので、そこへの立ち入りは許可してません」

「この場で、使用人の氏名や顔などの発表はあるのでしょうか?」

「いいえ。機密指定という訳ではありませんが、対外的に何かをさせるという訳でもありません。公表は不要でしょう」

 

 今度は別の記者が質問した。

 

「ですがそれでは誰が貴女の使用人なのか分からなくて、下手をするとカラード本社に不審者が入り込む要因になってしまうのでは?」

「社内の者には通知しますし、制服も用意してます。幾つかの安全対策も講じてあります。なので分からないという事は、そういうことです」

 

 因みに後日の事であるが、使用人達の制服は戦闘などには全く適さない和服である事が判明する*7雇い主()が公式の場では好んで着物を着ているので、本人の趣味だろうという専らの噂であった。

 この後、質問内容は月のハブ化へと移っていく。

 

「先程話された月のハブ化ですが、それに伴って月自体の開発も行われるのでしょうか?」

「いずれ月面都市を造りたいとは思っているのですが、今は先に用意しなければならない物が多いので、もう暫く先ですね」

「仮定の話になってしまうのですが、ベースとなるのはフランスのアイザックシティ(完全循環型地下都市)でしょうか?」

「そうですね。フランスの協力のお陰で、十万人規模の人が生活するのにどの程度のインフラが必要かの実データが手に入りました。これに宇宙環境という要素を加味して設計していく事になるでしょう」

 

 更に別の記者が質問した。

 

「もう暫く先という事は、もしかしたら他の国家ないし企業が先行する可能性もある訳ですが、その場合はどうされるのでしょうか?」

「今のところ、こちらはこちらでやろうと思っています。地球文明圏発展の礎とする為に、頑丈な基盤にしたいと思ってますので」

 

 本人が意図した訳ではないが、この返答は月のハブ化プランを聞いて月面都市計画を考えた他の国や企業を牽制するのに、十分過ぎる威力を持っていた。多くの者にとって月面都市計画はスポンサーを必要とする一大事業だが、篠ノ之束が行うと分かっていて別の者に金を出すスポンサーはいないからだ。

 

「な、なるほど。確かに博士の下であれば、都市設計、運用、保守、スターゲートを含めた周辺の交通管理、全て一元的に行えますからね」

「そういうことです」

 

 これは将来的に、月に一大経済拠点が出来る事を意味していた。少しでも先見の明がある者なら誰でも分かるだろう。スターゲートで繋がった複数の星系に移民が行われ、経済圏が作られた時、そのハブとなる月にある都市の価値は跳ね上がる。加えて言えば篠ノ之束は、自身の手でスターゲートの建造も配置も行えるのだ。今後新たにスターゲートを配置する時も、月面都市の価値を損なうような真似はしないだろう。

 そして非常に俗な考えだが、多くの者が思った。月面都市の主になる篠ノ之束の収入はどれほどのものになるだろうか? 文字通りの天文学的な額になるだろう。

 こうして新たな情報が、世間に公表されたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 記者会見から数日後、束と晶はイクリプスに乗って太陽系のアステロイドベルトに来ていた。

 先日作ろうと言っていた試作型の採掘装置*8が完成したからだ。

 これは地球人が持つ採掘に対するイメージを根底から覆すもので、“ドリルやハンマーで岩石を壊して破片を回収する”ようなものではない。“エネルギーフィールドを岩石に照射して、壊して、引力で引き付けて、コンテナに回収するまでを自動的に行ってくれる”ものだ。旧来の方法に比べて安全性や効率が桁違いなのは誰でも分かるだろう。

 

「じゃあ始めるよ~。ポチッとな」

 

 イクリプスのブリッジで束が手作り感満載の赤いボタンを押すと、船体上面に取り付けられたエネルギーフィールド照射型採掘装置が起動し、前方10キロメートル付近にある直径1キロメートル程度の隕石に向かってエネルギーフィールドが照射された。範囲内の岩石が徐々に砕かれ、イクリプスに引き寄せられていく。そして引き寄せられた破片は装置の両側に取り付けられているコンテナへと収納されていった。

 因みにエネルギーフィールド照射型採掘装置の外見は巨大なキャノンのようで、単体で見れば勇ましくいかつい兵器のようにも見えるが、イクリプスの外見と致命的なまであっていなかった。全体像で見るとチープな玩具のようで、先日船体の両横に取り付けたクローアーム*9とあわせて見ると、本体が丸いか平べったいかの違いはあるが、某アニメに出てくるやられメカなボール(RB-79)を連想させるのだ。

 

 ―――閑話休題。

 

「成功だな」

 

 傍らに立つ晶が言うと、束は上機嫌そうに肯きながら答えた。

 

「うんうん。いいね。これをクレイドル2号機に搭載したら、アステロイドマイニング*10も相当捗るんじゃないかな」

「だな。でもこれ、エネルギー消費大丈夫か? クレイドルのジェネレーターって余り強くないぞ」

「計算上は、ワープドライブとの同時起動とかしない限り大丈夫だよ」

「そうか。なら後は小型化か。クレイドルみたいな巨大な船(4000メートル級の巨体)を一々小惑星に近づけるより、可能ならフリゲート級(100メートル以下)の船にこれを搭載できるようにして、採掘船団みたいなのを作れたら良いと思わないか? 機動力のある船で採掘して、掘った物がある程度溜まったらクレイドルみたいに巨大な船の格納庫に入れて、機動力のある船はまた飛び立って採掘するみたいな感じ。これならかなり小回りが利いて良いと思うんだ」

「なるほど。アリだね」

 

 晶の考えが先進的だったのか、或いは只の偶然か、今話された方法は宇宙文明の大規模採掘で主流となっている方法であった。無論、今の地球文明が実現できるものより、遥かに大規模かつ超々高効率であるが。

 

「まぁ問題は実用に足る船を造れる地球の企業が、まだ無いってところなんだけどな」

 

 宇宙で本格的に活動するなら、数年前まで使われていたスペースシャトル程度の船では性能的に全く足りない。最低限ワープドライブを搭載して、太陽系内を現実的な時間で行き来できる程度の性能は欲しかった*11

 が、そんな物が簡単に作れれば苦労は無い。

 現在多くの国や企業が全力で“首座の眷族”から購入した中古輸送船のワープドライブを解析しているが、今暫く時間が必要だろう。また理論の解析が行えたとして、ワープドライブを製造して、船に組み込み、飛ばすまでどれくらい掛かるだろうか?

 

「先は長いなぁ」

 

 束はがっくりと肩を落として呟いた。そしてもどかしかった。自分なら造れる。でも、それではダメなのだ。企業が商品として売り出せる程度には安定した性能の物が造れて、運用できて、整備できなければ、人類が宇宙進出したとは言えないだろう。その為には、多くの人が学び、知識を深め、社会的基盤を作っていく必要がある。完成品を与えるような方法はダメなのだ。

 晶が言った。

 

「そうなんだよな。お前以外がまともな船を造れるようになるまで、何年かかると思う?」

「ちょっと読めないところがあるけど、私が提供してるワープドライブ機関の情報と前に買ってあげた中古船の解析情報をあわせて、取り合えずワープできる船が早くて1年から2年。遅くて5年………でいけたらいいかなぁ」

「言葉にすると、長いな」

「長いね」

「う~ん。中古船、買って貸し出すか?」

「どういうこと?」

「言葉のまま。自前で造れるようになるのも大事だけど、宇宙に慣れた人材の育成も大事だろ。だから宇宙文明、というか“首座の眷族”から中古の宇宙船を買って、各国や企業に貸し出して宇宙での活動を後押しするんだ。ああ、そうだ。安全に飛ばせるようにならないといけないから、技能教習用の宇宙人さんを雇わないといけないか? いや、宇宙ならそういう用途のアンドロイドとかありそうだな」

 

 束は少しばかり考えてみた。

 以前購入した中古輸送船の内部構造は、地球人が活動可能なものだった。またブリッジの構造も、言語類の問題はあれど計器類の配置を見るに地球人でも操作可能と思われた。これは“首座の眷族”と地球人の外見的特徴がほぼ同じためだろう。

 

「なるほどね。それにパイロット的な視点もあった方が、解析も早く進むかもしれないしね。―――よし。じゃあ帰ったらアラライルに連絡してみようか」

 

 この後の交渉によりカラードは、“首座の眷族”から先日購入した船と同型のワープドライブ搭載型輸送船を10隻購入した。いずれも中古だが、目的を考えれば新品である必要は無い。また今回は購入するに辺り、先方に1つ依頼を出していた。搭載されているオペレーションソフトウェアの地球言語対応である。翻訳機を使いながらでも操船は可能だろうが、余所見をしながらの操船は事故の元だからだ。

 これに加え、初心者教習用に使われているというアンドロイド10体も購入されていた。外見は地球人が人種的な問題を感じないように、人型という以外は何も特徴の無いマネキン人形みたいな外見である。

 そしてカラードはこれらを格安で貸し出し、各国や企業の宇宙活動を後押しし始めたのだった。なおレンタルは格安だが、壊したり何かを仕込んで他国や企業活動を妨害した場合の賠償費用は超高額である。

 

 

 

 第189話に続く

 

 

 

*1
第180話にて

*2
第187話にて

*3
衛星の軌道傾斜角が惑星の赤道に対して傾いている軌道。

*4
明治時代以降の日本において、皇族や華族の家で、家の事務や会計を管理したり、他の雇い人を監督した人。使用人のトップでバトラーよりも上の立場の者

*5
探知距離は半径約800km。因みにセシリアの愛機ブルーティアーズ・レイストームはこれを更に上回る。

*6
第181話にて

*7
素材は最新かつ色々なところにポケットがついているが、外見的にはノーマルな和服である。

*8
第186話にて

*9
ガンダム0083に登場するデンドロビウムのクローアームを想像して頂ければと思います。第187話で取り付け。

*10
アステロイド(小惑星)からレアメタルを抽出すること

*11
クレイドル2号機に搭載されるワープドライブは束博士製である。




月のハブ化発表により月周辺の開発がかなり活発化する事になると思います。
そして更識家は難攻不落の新拠点を入手。晶くんも移動の手間が無くなるのでとっっっっても喜んでいるようです。
因みに対外的に束さんの使用人になった方々の制服の和服は、結構種類が豊富だったりします。
レンタルする宇宙船はもう少し数が欲しいところですが、地球でメンテナンス出来ない(束さんはやらない)ので、一定回数使ったらメンテナンスを“首座の眷族”に依頼する、という運用に………。それなら購入じゃなくて初めからレンタルでいいじゃんとも思いましたが、ぶっ壊れたならそれはそれで解析に回せるので、購入という形にしてしまいました。レンタルだと壊れた時に補償が面倒というか吹っ掛けられる可能性もあったので………。

ゲート開通まで、後1ヵ月!!

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