インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
そして後半は晶くんと束さんのデートシーン。
FBN504115地下施設強襲作戦から数日後のこと。カラード副社長のセシリア・オルコットは、副社長室で立ち尽くしていた。ドアに片手を向けた半端な姿勢で、石像のように固まっている。
事の発端は直前に行っていた束博士との会話だ。かるーーーーーい感じのフランクな口調が、脳内でリピート再生される。
「いやぁ放っておいても良かったんだけど、今後を考えると片付けておいた方が良いと思って。でも私はやる事があるし、晶も忙しいし、だから、お願いね。サクッと片付けておいて。カラードは好きに使っていいから」
次いで、台詞と共に転送されてきたデータが思い出される。
―――束さんからのお仕事だよ♪―――
お仕事内容
地球各地の紛争とか貧困とか、ちょっと減らしておいてね。
期限
特に無し。早ければ早いほど良いかな。
使って良い物
中継衛星×5
カラード保有の資産と人員。
備考
サクッととは言ったけど、焦らなくて良いよ。
でも多いままだと今後に影響が出るから、確実に減らしてね♪
―――束さんからのお仕事だよ♪―――
フランクな文面にイラッとくる。言われて出来るならとっくに他の誰かが解決しているし、これまで多くの人が知恵を出し合いお金を出し合い力を合わせて、それでも解決していないから、世界的な問題として残っているのだ。それを簡単に――――――と心の中で悪態をつき始めたところで、束博士からコアネットワークが接続された。
(あ、そうだ。言い忘れたけど、カラード単体でやる必要はないからね。他も巻き込めば良い。というか、巻き込まなきゃダメ)
(ヒッ!? ひゃ、は、はい。すいませ――――――い、いえ。わ、分かりました)
心の中で悪態をつき始めた瞬間だったので、聞かれたのかと思い反射的に背筋が伸びて謝ってしまいそうになる。が、それをどうにか抑えて、抑えて(?)、返事をすると笑い声が返ってきた。
(はは、セッシーが何を考えていたかは分かるけど、あえて突っ込まないであげる。じゃぁねぇ~)
接続が切れた瞬間、セシリアの肩がガクッと落ちた。他人から見たら1人で背筋を伸ばして1人で肩を落とすというコントみたいな光景だが、もし笑う者がいたらセシリアは大真面目に「代わって下さい」と言っただろう。残念な事に副社長室には誰もいなかったのだが………。
とりあえず貴族的ではない無作法な座り方で、副社長の椅子にボスッと腰掛ける。そして柔らかい背もたれに体重を預け、暫し放心して、放心して、放心して、放心して、放心して、ついでに数回現実逃避もしたところで、ようやく精神が現実を認め始めた。前向きな思考が動き出す。
難しい問題だが、やれと言われた以上はやらなければいけない。無理と言って諦めるのは、全てをやり尽くした後だ。では何から手をつけるべきだろうか? 紛争や貧困に対する一般教養はあるつもりだが、現代のそれは背景が複雑過ぎて、下手に手をつけると状況が悪化しかねない。だから、まずは情報収集だ。
秘書さんに内線を繋ぐ。
『私です。博士からオーダーが入りましたので、世界各地で起こっている紛争と貧困問題についての資料を出して下さい。あと、星間国家の在り方を検討する委員会に席のある国は、席を得る条件として、国家予算の1%を発展途上国のインフラ開発に投入するという条件がありましたね。それが現在どのように動いているのかの資料も合わせて出して下さい』
『分かりました』
内線を終えると、すぐに資料がメールで送られてきた。常人にしてみれば膨大な量だが、ISの基本機能である思考加速を使えば、目を通すのにそう時間は掛からない。
まず紛争関連に目を通していく。
ざっと見て、今現在起きている大きな紛争はアフガニスタン紛争、シリア内戦、クルド対トルコ紛争、リビア内戦、イエメン内戦の計5つ。どれもこれも非常に根が深い。国家間の代理戦争で国内が荒れてテロの温床となったり、民主化運動が失敗して泥沼の内戦になったり、政治思想や民族のあり方に起因するものだったり、政権打倒の武力闘争で政治が安定しなかった結果であったりと様々だ。
次いで、貧困についてだ。小難しい定義は色々とあるが、要するに「1日を1.90ドル(約284円)未満で過ごす人」*1であり、「衣食住が充足していない。水、衛生、公共交通、保健、教育といった基礎的な社会サービスを利用できない。雇用や社会参加が保証されていない」*2状態だ。そして「1日を1.90ドル(約284円)未満で過ごす人」の総数は約7億人。「安全な飲み水が手に入らないか、安全な飲み水を手に入れるために30分以上歩かなければならない」等の条件を含めれば13億人を超え、この内の半数は子供だ。
考えただけで気が遠くなる。
そして委員会に席を持つ各国は約束通りに予算を確保していたが、ここで人間の性とも言える問題が立ち塞がっていた。どの地域にどの程度の予算を配分するかという問題で、何処の政府も内部が大紛糾していたのだ。なにせ国家予算の1%だ。どうせ使うなら国益になる地域に使いたいと考えるのは当然だろう。だが金が動くという事は、利権が絡み、得をする人間と損をする人間が出てくるという事であり、誰もが得する側に回りたいので、多数の思惑が絡み交渉が活発化する。
尤もセシリアは、これを悪いという気は無かった。幾ら巨額とは言え、資金は有限なのだ。効果的に使うには、ある程度議論する時間が必要だろう。
(………でもそれは、支援する側の都合ですわよね)
今を生きるのに必死な者、或いは死にそうな者に、「効果的な支援を考えてるからもう少し待ってね」と言ってどれほどの人間が待てるだろうか? 待てないだろう。自身も両親の遺産を奪われそうになった経験があるから分かる。支援が欲しい者は、今欲しいのだ。いつか来る未来ではない。支援が無ければ、いつか来る未来も無いのだ。
ここでセシリアの脳裏に、ふとした考えが過ぎった。自分は幼い頃に両親を亡くしたが、残してくれた資産があった。住む家があった。名門貴族の令嬢として恥ずかしくない教育をしてくれていた。そのお陰で、その後自身で様々な事を学び掴み取るという選択肢を選べた。チェルシーという信頼できる人もいた。もし、それら全てが無かったら?
(………なるほど。その全てが無いのが貧困ですのね)
ストンと胸の内に落ちるものがあった。
急速に考えが纏まっていく中で、学生の頃の記憶が思い出される。晶が何かの会話の中で、日本の諺を言っていた。生活に関わるもので、なるほどと思ったのを覚えている。支援を考えるにあたって、指針となりそうな言葉だ。喉元まで出てきているのだが、もどかしい。中々出てこない。暫し考え、記憶を掘り起こし――――――。
「衣食足りて礼節を知る、でしたか」
ようやく言葉となって出てきた。
イギリスにある類似の言葉は、
誰だって食べ物があって着る物があって住む場所があって、初めて次を考えられるだろう。それが無ければ、他人から奪うという考えになっても仕方がないかもしれない。
束博士が送って来た文面をもう一度見てみる。使えるものはある。副社長として考えるなら、これらは社の利益の為に使うべきだろう。セシリアは金儲けのプロではないが、そんな彼女が考えても、莫大な利益を生む使い方が幾つかある。副社長として正しいのは、そういう使い方をして得た利益で支援する事だろう。しかし、それは違うとセシリアは感じていた。その方針は利益が出てから支援なので時間がかかる。そういう方針なら、恐らく博士は初めからそういう方針だと言うはずだ。だが言わなかったという事は、より直接的にやれという事なのだろう。
暫し考える。脳裏にあるプランを実行した場合、今のカラードですら中々の負担だ。それも1年や2年ではない。支援した地に住む人達が、自ら選んだ未来を掴めるようになるまで十数年。或いは数十年とかかるだろう。その間、ずっとカラードの負担になる。無限に資金を吸い込むブラックホールのようなものだ。しかも一度始めたら、そう簡単には終了できない。
デスク備え付けの端末を操作して、カラードの財務状況を空間ウインドウに表示させる。篠ノ之束博士と薙原晶が作り上げたカラードの財務状況は極めて良好だが、考えたプランを実行したら赤字まではいかなくとも、確実に悪化させる。しかし小細工でどうにかなる問題ではない。博士のオーダーを実現するなら、思い切った手が必要だろう。
セシリアは悩みに悩んだ末、プランをまとめて晶に「お話があるので、1時間後に行きますわ」とメッセージを送った。ただし相談ではない。規模的に社長の耳に入れておくべき案件であると同時に、副社長直轄案件である事をハッキリさせておかなければ、後々問題になるからだ。
◇
そして1時間後、セシリアは社長室にいた。立ったまま話す気の彼女だったが、応接用のソファーを勧められたのでそちらに座っている。これから話す内容を考えたら気が重いが、話さなければならない。
「で、どんな用事なんだ?」
応接用テーブルを挟んで正面に座った晶が、早速と口を開いた。
「先程、束博士からこんなオーダーを頂きました」
空間ウインドウを展開し、「束さんからのお仕事だよ♪」と書かれたメッセージが表示される。
「………なるほど。この件についてか。どんな考えを持ってきたんだ?」
「先に謝っておきますわ。これから話すプランはカラードの財務状況を悪化させます。そして根本的な解決でもない。対処療法でしかありません。ですが積もり積もった憎悪と怨恨は理性的な解決を許さないでしょう。ですからこれまでの経過も、政治的な一切も、全てを無視する力業です。恐らく様々な不利益が発生すると思いますが、呑んで頂きたいのです」
こう前置きしてから、セシリアは本題に入った。
「中継衛星5機の使用許可が降りているので、レクテナ施設をアフガン、シリア、クルディスタン*3、リビア、イエメンの5ヶ所に設置します。そして同時進行で住居や水道などのインフラ整備。教育者が働ける環境作り。食料生産プラントを使った食料供給を考えています」
「………それぞれの意図と、どんな方法を考えているのか話して貰えるか」
晶は数秒考え、続きを促した
「勿論です。まず住居や水道などのインフラ整備を行う意味は、純粋にその地で生きる人達が、生きやすいようにする為です。飲み水が無い。夜を凍えて過ごすような場所で、誰が明日を生きる活力を得て、夢を見られるでしょうか。ただ全てをカラードで行おうとすると莫大な支出になるので、委員会に席のある各国にも、参加するように伝えます」
「伝えて、参加を拒否されたら?」
「世間は色々言うと思いますわ。もしかしたら、早くも指導力不足を露呈、なんて面白おかしく言う者が出てくるかもしれませんね。ですがそういう輩には、言わせておけば良いのです。そして委員会の席を持ちながら、この行いの意味を理解できないなら、席が減るのも仕方がないかと」
「一応確認しておく。セシリアは束がどんな意図で、この仕事を頼んできたと思ってるんだ?」
「主な理由は2つですわ。1つはこの問題を放置した場合、宇宙進出に向けられるべきエネルギーを、そちらに割かなければいけなくなるから。だから早い内に、解決とまではいかなくても減らしておきたいのだと思います。1つは、地球文明が他の文明から侮られないようにするため。この問題の放置は、統治能力の欠如と思われるでしょう」
「概ね正解だ。っていうか、良く分かったな。あいつの事だから、碌に説明なんてしなかっただろう」
「博士がどれほど強く宇宙を想っているかは、これまでの行いを見れば分かりますもの」
「なるほど。因みに束からは対象となる地域を指定されていなかったが、此処を選んだ理由は?」
「与えられた物が大きかったので、それなりの地域を選んだだけですわ」
「分かった。続けてくれ」
晶が先を促すと、セシリアは続けた。
「教育者が働ける環境作りは、そのままですわ。教育なくしてその先は有り得ませんもの。ただ倫理や道徳というのは地域によって微妙に異なりますので、何を基準にしたものかと少々悩んでいますわ」
「別に悩む必要は無いだろう。この地域では伝統的にこういう習慣がある。でも外国では同じ状況でも別の対応がとられる事があるってのを教えればいい。つまり多様な価値観があるって事を教えられれば良いんじゃないかな」
「なるほど。参考にさせて頂きますわ。そして最後の食料生産プラントを使った食料供給ですが、こちらはプラントの新規建造を考えています。一番良いのは対象地域の地元に建造する事ですが、建造にかかる手間暇にメンテナンス、プラントそのものの安全性、運用する人員の事を考えると、カラードの足元である日本に建造して輸送した方が確実でしょう。そして新規プラントが完成するまでは、これはフランス政府との協議が必要になりますが、
束と晶は以前、この問題について話し合った事がある。簡単にだがプランも考えていた。その中で一番金のかかるプランよりも、もっと金のかかるプランだった。赤字にはならないだろうが、正直痛い。しかし先程セシリアが予測した通り、束の狙いもある。加えてカラードが将来的に統一政府になる為には、内向きの実績も必要だろう。故に基本的にはOKなのだが、今の話には決定的に抜けている事がある。晶はそこをどうするか暫し考え、秘密裏に対処する事にした。この判断を彼女にさせれば、彼女の人間性を捻じ曲げかねない。そう思ったからだ。
「………分かった。ああ、そうだ。先に言っておく。お前が依頼された事だから当然と言えば当然の話だが、この計画の成果は全てお前のものだ。いや、違うな。成功はお前の成果だ。失敗は許可した俺の責任だ。存分にやると良い」
するとセシリアは暫し言葉を選ぶように迷い、口を開いた。
晶が思ってもいなかった反応だ。
「………………晶さん。なにを考えているのですか? いえ、なにか隠していませんか?」
「隠す?」
「はい」
2人の間に微妙な空気が流れ、晶が黙っていると、セシリアが口を開いた。
「貴方は私に、いえ、3年1組のみんなに、卑怯者になる必要はないが、卑怯な外道がいる事は知っておけ、と常々言っていました。その貴方が、私のお綺麗なプランをそのまま通した。莫大な資金を投入する、失敗の許されないプランでありながらです。これで不思議に思わなかったら、3年1組ではありませんよ」
晶は腕を組んで天井を見上げた後、視線を戻して肩をすくめた。
「ベッドの中みたいに、簡単に騙されてくれればいいのに」
「ベッドの中でしたら、幾らでも騙されて差し上げますわ」
鮮やかな切り返しの意図は、「さぁキリキリ吐きなさい」だ。そしてここまで悟られていては、無理に隠したところで逆効果だ。なので晶は、ある程度まで話す事にした。しかし全部は話さない。無いとは思うが、もしもセシリアの方からコンタクトを取ったりして、外部に知られたら面倒な事になる。後は晶の我が儘だが、使い潰す事も考慮している奴らを、セシリアの意識に残しておきたくない。
「大した話じゃない。こういう事をやろうとすると、場を混乱させて漁夫の利を得ようって奴が必ずいるだろ。もしくは単純に憎悪と怨恨を忘れられなくて、こういう行いをブチ壊そうとする奴が。そういう奴らに対するカウンターとして使えそうな奴に心当たりがあるんだが、あまり大っぴらにできる人間じゃないんだ。だからこれ以上は聞かないでくれるか」
すると彼女は、仕方ないと言った表情で答えた。
「分かりましたわ。ある程度とは言え話してくれたので、騙されて差し上げます。――――――なら私は、何故か妨害が少なかった。平和を望む人が多かった。そう理解しておきますわ」
「そうしてくれ」
こうして用件を伝え終えたセシリアは、少しばかり長めのティータイムを過ごしてから、副社長室へと戻って行ったのだった。
◇
セシリアを見送った晶は、秘書さんに暫し社長室からいなくなると伝えてから、カラード本社の地下へと降りていった。厳重に管理された区画で、存在を知る者自体が数人という場所だ。
そうして訪れた部屋には、人間の入っている6つの透明なポットが並んでいた。透明な溶液で満たされた中に浮かんでおり、意識は無い。全員女性で、容姿もスタイルもそれなり以上と言って良いだろう。首にあるチョーカーのような首輪以外、身に着けている物はない。
晶はそれぞれのポットに備え付けられている端末を操作して、彼女達の覚醒処置を始めた。
すると縦置きされていたポットが動いてベッドのように横たえられ、内部の透明な溶液が排出されていく。次いで前面がスライドして開いて暫くすると、中の女性達が目覚め始めた。初めはボーッとしている様子だったが、すぐに周囲を見渡し、俺の存在に気付いたようだった。こちらに注意を向けながら、横たえられたポットから出てくる。
晶は声をかけた。
「目覚めの気分はどうだ?」
一番近くにいた女性が答えた。腰まである甘栗色の髪に切れ長な瞳を持つ女で、捕らえたビーチでは妖艶な表情が印象的だったが、今はこちらを睨みつけている。確か名前はシルヴィ・ラーシア*4。亡国機業の“元”最高幹部の1人だ。*5
「最悪ね」
「だろうな。だが俺には関係無い。今後お前達は只の駒だ。役に立っている間だけ生かしておいてやる」
「素直に従うと思う?」
「従うさ。単純な死が何よりも救いとなる凄惨な仕打ちがあることは、お前達の方がよく知ってるだろう」
因みに当人達が知る由も無い事だが、彼女達の深層心理には束によって入念な擦り込みが行われていた。このため表向きは反抗的な態度でも、首輪を通して深層心理を覗けば、心の反応は裏腹だ。従順な狗と言って良いだろう。尤も晶は、こいつらの手綱を直接握る気は無かった。自分の直接の配下はハウンドだけと決めているので、任務を与えて放りだした後の管理はAIにさせて、文字通りの駒扱いだ。
「………何をさせる気なの?」
「お前らを捕らえてから地球情勢は大きく変わっていてな。まずは情報をやろう」
亡国機業の“元”最高幹部達は全員専用機持ちで、ISの待機状態は首輪として調整済みだ。つまり情報伝達は一瞬で、送信した情報の理解も、ISの基機能である思考加速で一瞬で終わる。
「なるほど。で、本当は真っ黒なクセに世間を騙している英雄様は、私達にどんな命令をするのかしら?」
晶は精一杯の強がりを無視して本題に入った。
「カラードはこれから、5つの紛争地域に介入する。今後宇宙進出していくにあたり、余りにも多い紛争と貧困がどうしても邪魔なんだ。だからエネルギーを供給し、食料を与え、教育を施し、それを小さくしていく。時間はかかると思うが、放置は外敵に付け入れられる隙になるからな。そして本当なら理性的な話し合いと納得を経ての解決が良いんだが、積もり積もった憎悪と怨恨は、そんな事を許さないだろう。だから、お前達だ。得意だろう? 孤児や被害者に武器を与えて引き金を引かせ、憎悪と怨恨を積もらせ、扇動者を仕立てて闘争に駆り立て、永久に戦わせる無限ループを作るのは。その逆をやれ。紛争地域に武器を流入させる全てのルートを叩け。場を荒して金儲けしようとする奴らを叩け。孤児や被害者を闘争に駆り立てる扇動者を叩け」
「支援は?」
「IS整備用の自動メンテナンスポットだけは持たせてやる。他人にメンテさせたら、木端微塵になるようにしてあるからな。あとお前らが隠していた資金は押収してあるから、活動資金として使え。――――――で、最後に言っておくが、お前らとカラードは一切関係が無い。自発的に紛争地域に介入して、結果としてカラードの役に立つんだ。そうして役に立っている間は、生きていて良いぞ。まぁ、多少良い生活をするくらいは大目にみてやる」
「………効果的、効率的に活動するなら側近が必要だわ。一緒に捕らえられた者は生きてるの?」
「別の部屋で眠らせてある。この後お前達にはもう一度眠ってもらって荷物として運び出すが、その時に一緒に運び出してやろう」
人ではなく荷物扱い。真っ当な感性の持ち主であれば、屈辱を感じて当然の扱いだ。悪を極めたプライドの高い最高幹部なら尚更だろう。実際、最高幹部達は爆発しそうになる怒りを、どうにか抑え込んでいた。この場でやり合うのは得策ではない。今は言う事を聞いたフリをして、やり返す機会を伺うべきだ。理性的な判断の元に―――――――――その理性的な判断が、擦り込みの結果だと気づかぬままに。深層心理という人の行動の根幹を抑えられているが故に、彼女達は気づかない。どのような思考過程を辿ろうと、最終的には自分を納得させる理由を見つけて、従うように、役に立つように思考が誘導されている事に気づけない。こうしてかつて捕らえられた亡国機業の“元”最高幹部とその側近達は、秘密裏にカラードの活動を支援する駒として、第二の人生を与えられたのだった。
◇
スターゲート開通まで残り3ヵ月となった頃、セシリアのプランは実行に移された。
世間的には良い行いなので歓迎される一方、実行責任者であるセシリアの事を、所詮はお貴族様で現実を知らない小娘という声も多くあった。ある意味で当然だろう。発表された支援規模は、先進国であっても財政が傾きかねない程に巨大で、一企業が担えるものではない。委員会に席のある各国も、政治的な思惑から追従したが、それでも巨大だ。まして紛争地域であれば、計画通りに進むなど有り得ない。必ず憎悪と怨恨が立ち塞がり、現地勢力が何かしらの理由をつけて抵抗し、反抗し、更なる負担を強いられるだろう。
多くの人間は、そう思っていた。実際、不幸な出来事というのはあったし、「信用できない」と公然と批判する勢力も多かった。しかし莫大なエネルギー供給に裏打ちされたインフラ開発と、(味は兎も角)栄養食の安定供給、地元の歴史を尊重した(=良いところも悪いところも含めた)教育体制が構築されていくにつれ、少しずつだが認める声も聞かれるようになっていった。また紛争地域で民度が高くないという事は犯罪発生率が高いという事でもあり、必然的に警官の死亡率の高さや汚職対策が課題として出てくるのだが、これをビジネスチャンスと捉えた民間企業が幾つかあった。
今では安く手に入るようになった
これによってレクテナ施設を中心とした地域から、治安は徐々に向上していくのだった。
しかしここまでなるのはまだ先の話であり、セシリアは日々上がってくる問題や各方面への対処に、暫くは忙殺される事となる。ISの基本機能である思考加速や身体機能の調整が無ければ、早々に疲労困憊で入院生活となっていたであろう忙しさだ。
だから束が偶に副社長室に来ても、取り繕う余裕が無かった。
「お、セッシー。大丈夫?」
副社長のデスクに突っ伏して、「ちーん」というBGMが聞こえてきそうなほど見事に撃沈されているセシリアに、束が全く、これっぽっちも心配していなさそうな雰囲気で声をかけた。
「はかせぇ。大変ですわ。忙しいですわ。ゆっくりティータイムしたいですわ」
「うんうん。それだけ話せるなら大丈夫そうだね。もう少し仕事増やしてもいいかな」
「や、やめて下さいまし!!」
目にもとまらぬ早さで束に近づき、ガシッと手を掴むセシリア。上目遣いでウルウルした表情は、異性相手なら効果覿面だっただろう。しかし束は同性なので、全く効かない。が、束はセシリアを虐めに来た訳ではなかった。むしろ逆である。
「うん。冗談」
あからさまに安堵するセシリアに、束は続けた。
「かるーく依頼したけど、まさかここまでの規模でやるとは思ってなかったよ。多分良い方向に向かうと思うから、このまま頑張ってね」
「え? あ、はい」
てっきりまた無茶振りされると思っていただけに、予想外の言葉に優雅ではない返答を返してしまう。そして束の言葉は更に続いた。
「あと、明日は一日休養に当てて、体調を万全にしておいて。明後日、ブルーティアーズ・レイストームの強化処置をするから」
「強化? もしかして、この前ラウラに言っていた内容でしょうか?」
「そう。サブジェネレーターとエネルギーカートリッジシステム。あとついでに、ネックになっていた幾つかの機能を強化してあげる」
サブジェネレーターとエネルギーカートリッジシステムは元々予定されていたが、他の機能についてはボーナスであった。束の脳裏にあるのは、外装形状はそのままに物理装甲の強度向上、有り余る出力を活かしたシールドの高速回復にパワーアシスト機能の改善、機動力の強化、極端に少なかった
そしてボーナスを与えた理由は単純明快だった。確かに支出は莫大であるが、このプランのお陰でカラードは、宇宙進出だけでなく、足元も見ているというメッセージを強く打ち出す事ができた。将来的にこの行いは、統一政府になった時に効いてくるだろう。だからこそのボーナスであった。
「ありがとうございます」
セシリアは媚びる訳でもなく、純粋に礼を述べるに留めていた。幾つかの強化というのが気になったが、博士に一から十まで説明させるような事でもない。どうせその時になれば、機体データから読み取れると思い聞かなかったのだ。
そんな思考を理解しつつ、束は思った。
(う~ん。どうしようかな? この場で言おうかな? いや、やっぱり止めとこ)
想像以上に強化された機体を渡されてアタフタする姿を見たい。その為にはやっぱり、動かし始めた瞬間にネタ晴らしするのが良いだろう。そんな子供のような考えから、黙っている事に決めたのだった。
「良いってこと。じゃあねぇ~」
手をヒラヒラと振りながら去って行く。そして副社長室から出て行った彼女が機嫌良さそうに歩いていたという話は、瞬く間に社内に広がっていった。これによりセシリアの方針は、間違いなく支持されていると認識されていったのだった。
◇
副社長室を後にした束は、晶とデートに出かけていた。ただし普通のデートではない。イクリプス*6で外宇宙まで跳び、人類の誰も見た事がない世紀の天体ショーを生で見たり、かつて大戦争のあった宙域に行って残骸を調べて技術調査をしたりと、実に2人らしい気ままな宇宙散歩だ。
その途中で、イクリプスのセンサーが巨大な何かを感知した。全長は30キロメートルサイズ。形状分析では全体的に曲線で前後に長い。しかし側面に幾つかの大穴が開いている………これは、船だ。側面への攻撃が致命傷になった戦闘艦だろうか? 以前アラライルが言っていた分類に当て嵌めれば、大きさ的には母艦級という事になる。
イクリプスの各種センサーが向けられスキャンが行われている中、晶が口を開いた。
「宇宙文明はこういうのを造って、運用して、殴り合うだけの力があるんだな」
「地球はまだまだだね」
「仕方ないさ。まだ宇宙に出たばかりなんだ」
「まぁね。でも、いずれは必要になるだろうね」
束がスターゲートで地球と他の星系を繋いで地球文明圏を拡げていけば、いずれ潜行戦隊だけでは足りなくなる。必ず普通の軍人によって運用される艦隊が、必要になる時が来るだろう。
のんびり時間をかければいつかは可能だろうが、その時間を、他の文明は与えてくれるだろうか? ある程度なら
「だよな。取り敢えずは残ってるデータを引き抜いて、今後に役立てようか」
「そうだね。出る?」
「ああ」
返事をした晶はエアロックに移動して、
次いで、光学迷彩を起動させる。何処に誰の目があるか分からないので、念の為だ。
そうして外に出た晶は、母艦級の残骸へと侵入していく。
(………やっぱりデカイな。何もかもが桁違いのデカさだ)
内部に入り周囲を見渡して思った率直な感想を、コアネットワークで束に伝える。視覚情報を共有している束も、同じ思いを口にした。
(そうだねぇ。確かに、これは凄い)
ちょっと見ただけでも想像が膨らんでいく。あれは船内移動用のモノレールみたいなものだろうか? 全長30キロメートルなら、そういう物があってもおかしくはない。 あれは船体の竜骨に相当する部分だろうか? 異様に太くてデカイ建造材がある。 あれは船員の部屋だろうか? サイズ的に地球人と変わらない人員で運用されていたのだろうか? あれもこれもと目移りしそうになる。だがまずは、メインコンピューターを探そう。アクセスするならブリッジか、メインコンピューター本体がある場所のどちらかが良い。
完全に電源の落ちている暗闇の中、周囲をスキャンしながら適当に進んでいく。途中で、戦闘時のダメージコントロールの為だろうか? 閉じている隔壁があったが、
(取り合えず、機関部に行ってみるか)
(そうだね。見てみようか)
艦内表示に従い進んでいくと、制御室のような場所に出た。ガラス(?)のような透明なパネルの向こう側には、直径2キロメートル程の球形状の空間が広がっており、壁面から突き出た無数の柱のような物が、中央にある直径1キロメートル程の球形の物体を支えている。
(原子炉、じゃないよな。相転移エンジン? ブラックホールエンジンかな?)
(ん~エネルギー反応ゼロだから何とも言えないね。稼働していれば反応から推測出来たんだけど)
(多分ここにある端末って制御用だろ。浸食したら分かるかな?)
(そうだね。ちょっとやってみようか)
(オッケー)
肩部多目的テンタクルユニットを端末にブッ刺して浸食開始。恐らくは強力な電子防壁に護られていたであろうデータが、いとも容易く吸い上げられていく。
暫くすると、束が言った。
(ん~、翻訳機を挟んでるからちょっと分かり辛いけど、多分相転移エンジンかな)
(このクラスの艦を動かすなら、このサイズのエンジンが必要なのか)
(いや、動かすだけならもっと小さくても大丈夫じゃないかな。多分……………ちょっと待ってね。あ、多分コレだ。随分エネルギー配分を大きくしているプロセスがある。恐らくだけど、これ主砲じゃないかな? 多分だけどね)
(なるほど。母艦級って多分戦略兵器だから、主砲も相応のものなんだろうな)
(星を壊せるくらいのね)
(浸食開始したついでに、ここからメインコンピューターへアクセス出来そうか?)
(アクセスルートはあるはずだから、多分やれると思うよ。ちょっと待ってね♪)
映像が送られてきた訳ではないが、晶の脳裏に両手の指をニギニギ動かして、嬉しそうにしている束の表情が過ぎった。
未知の言語で書かれた制御コードを前に、束の頭脳がフル回転を始める。文字は翻訳機を通す必要があるが、生命体が造った物なら、何らかの意図が存在するはず。戦闘艦のエンジンを制御するという目的があるなら尚更だ。
(これが、こうで、こうなるから、ここに………いや違うかな? こっちで、ここで迂回して、もう1つ迂回かな。このルートで………)
子供がパズルに夢中になるような無邪気さで解読が進められていく。
そうして暫くすると、束が伝えてきた。
(うん。オッケー。晶、エンジンの設計情報を渡すから、エネルギーの出力ラインにちょっとエネルギーを流して。それでメインコンピューターを再起動してアクセスするから)
(了解した)
晶の意識に従い、テンタクルユニットからエネルギーが供給されていく。
すると束が言った。
(オッケー。良いよ。出力そのまま。後はこっちでやるね)
アクセスが開始され、吸い上げられた膨大な情報が
途中、晶は翻訳機を使いながら内容を見ていたのだが、凄まじいものだった。
艦の就航から撃沈までの全ての、全くフィルターがかかっていない生の戦闘記録。主砲の任意の空間を変質させ、望む天体環境を作り出すという超兵器の威力。数千数万隻の艦艇が並んでの砲打撃戦。任意の空間を強制転移させるテレポートトラップetcetc。
(凄いな………)
思わず漏れ出た言葉に、束が答えた。
(確かに。でも私は、こっちの方が興味あるな)
転送されてきたのは、
内容を確認しても、特に目新しいものは無さそうだが………?
晶が首を捻っていると、束が言った。
(採掘装備って項目があるでしょ。その内容を見てみて)
(?)
言われるままに確認してみると、なるほど。確かにこれは凄い。人類が採掘と聞いてイメージするのは極々単純化して言ってしまえば、「機械で岩石を壊して破片を回収する」行為だ。しかしこの船に搭載されている採掘機は違う。レーザーというか、何らかのエネルギーフィールドを岩石に照射したら、岩石を壊して、引力で引き付けて、コンテナに回収する工程を自動的に行ってくれるものだ。地球で実用化出来たら、宇宙での採掘が非常に安全に行えるようになるだろう。
(造れそうか?)
(AIC技術の応用で、多分造れるよ)
(ならすぐに………いや、余り色々なものに手を出したら、スターゲートの開通が遅れるか)
(うん。やっぱり優先順位的にはスターゲートの開通が先かな。でもそんなに難しい構造じゃなさそうだから、試作品を造るのにそんなに時間は掛からないと思う)
(楽しみだな。試作品できたら、2人で何処かのアステロイドベルトに行って、石ころで実験だ)
(良いね。ボコボコにして遊ぼうね)
こうして話している間に、メインコンピューターからのデータ転送が終了した。
そして本当なら色々と持ち帰りたいところだが、今の地球には十分な検疫システムが無い。小物なら対応可能だが、この宙域にあるお宝のようなジャンクパーツの数々を持ち帰るには、明らかに設備が足りない。なので2人はこの宙域座標を記録しておき、今後設備が整った時に再び訪れる事にしたのだった。
第187話に続く
セッシーちゃんが超強化されました。
でも今後も苦労は沢山。ちゃんと結果は出るので頑張って欲しいと思う作者です。
後半は晶くんと束さんののんびりデート。書いていて非常に2人っぽいと思った作者でした。
そして地味ぃに調査活動でもチートなN-WGⅨ/IS。
尤も得た情報を理解する頭脳が無いと意味がないので、束さんが居てこそだったりします。