インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回は前話で行ったミッションが、世界に与えた影響のアレコレについてです。
前半はお堅いですが、後半というか最後は………。


第185話 アラライルの依頼終了後

  

 FBN504115。地球から1000光年ほど離れた銀河辺境の未開発惑星。地下に存在する違法薬物生成プラント。民間軍事企業(PMC)カラードへ依頼された強襲作戦と他文明への協力。

 多くの地球人にとって、これらの情報は突然だった。そして依頼が公開されてから僅か数時間後に成功の報がもたらされ、更に4日が経過して一行が帰還した現在*1。地球のメディアはこれ一色であった。

 

『しかし、宇宙文明の技術は凄いですね。この規模の施設を完全無人化で運用できるとは』

 

 TV画面に地下施設の見取り図が映し出されていた。先日の依頼公開時にアラライルから提供された物で、ある程度ぼかされたものだが、大きさが伝わるように敷地面積や最下層の深さはしっかりテロップで表示されており、コメンテーターも大きさを話題にしていた。

 

『敷地面積は1.5平方キロメートル。最下層は地下5000メートル。大きいというのは分かるのですが、ちょっとイメージが湧かないですね』

 

 別のコメンテーターが答える。

 

『敷地面積で東京ディズニーランドの3倍。それが地下5キロなので………地球最大の高層ビルが828メートルなので、それが6本ちょっと入る計算ですね』

『そんな巨大な施設が未開発惑星にひっそりと建造され、完全無人運用できるくらいの技術力や工業力がある。凄いという言葉以外出てきませんが、未開発惑星でこれなら、発展している文明の首都とかはどうなっているんでしょうね?』

『そうですね。もしかしたら空を覆う程のメガストラクチャー群が立ち並んでいるとか、星そのものが覆われて、完全な気象コントロールがされているとか、そのレベルかもしれませんね』

『本当にSFですね。でも辺境の未開発惑星でコレなら、十分に有り得る話ですね。ですが地球だって捨てたものではないでしょう。限定的とは言え気象コントロールはされていますし、束博士がスターゲートを造って別星系への行けるように準備中ですし、テラフォーミングだって開始されている。そして多くの企業が民間でも使える宇宙船の開発競争をスタートさせています。本当に近い将来、気軽に宇宙を行き来する時代が来そうですね』

『早くそんな時代を見てみたいものです』

『ええ。本当にですね』

 

 このように地球の将来に期待する平和的な番組もあれば、軍事方面に焦点を当てている番組もあった。

 

『提供されている情報が本当なら………いえ、開星手続きをしている“首座の眷族”のアラライル氏が、感謝のコメントを出している以上は本当なのでしょうが、コレは地球の今後に一石を投じる大きな行いですね』

 

 別のコメンテーターが尋ねた。

 

『どのようにでしょうか?』

『まず、もう本当にSFみたいな話ですが、1000光年を4日以内に走破する展開能力。これが本当ならカラードは太陽系を含めた………束博士が今後スターゲートで繋いでいく星系も含めて地球文明圏と言わせてもらいますが、その全域に現実的な時間で展開できるということです。確か地球から一番近い星系で4.3光年くらいだったので、ほぼ即時展開能力と言って良いでしょう。また施設制圧にはオービットダイブで降下させた第三世代パワードスーツ(Type94 不知火)部隊を使ったという事ですが、これもこれで凄い。ISという超兵器なら色々と無茶が出来ますが、パワードスーツで同じような無茶はできません。なので厳密な計算の元に行われたはずです。そして地上で交戦させ、全員を回収して帰還した。つまり通常の部隊を他惑星で運用する能力があるということ。これらを合わせて考えると、もしも絶対天敵(イマージュ・オリジス)の時のように何処かの勢力から攻められても、逆侵攻する能力があるということです。無論輸送力やどれ位の規模を展開できるのかという問題もありますが、何もやり返す手段が無いのと、基礎的とは言えやり返す手段があるとでは、取れる手段が大きく違う。カラードがミッション情報をある程度公開したのは、その辺りを意図しての事ではないでしょうか』

『今後を見据えた外交戦略の一環という訳でしょうか?』

『そうですね。あと付け加えるなら、いえ、付け加えるというよりはこちらが主な目的だったかもしれませんが、他の文明に対して協力できる事がある、というのを示しておきたかったのかもしれませんね。地球の外交に例えれば分かり易いかもしれませんが、何でも助けてとか支援して下さいより、こういう部分では協力出来ますよ、という方が関係を築き易いでしょう。勿論下手をすればいいように使われる危険性もありますが、それはどんな関係でも同じ事ですし、地球に比べて遥かに巨大な勢力がある宇宙文明の中で、地球文明が生き残っていく為には協力者が必要。カラードは………いえ、束博士や薙原氏はそう判断したのかもしれませんね』

『なるほど。ですが、大丈夫でしょうか?』

『何がですか?』

『あれほど巨大な施設を秘密裏に建造して運用できるという事は、太陽系や束博士がスターゲートで繋ごうとしている星系で同じ事をされる可能性がある、という事でしょう。その時、こちらに対応する手段はあるのでしょうか? また報復という可能性もあるでしょう』

『これは想像ですが、束博士と薙原氏はそれを予測して、カラードに潜行戦隊を新設したのでしょう。先程出た情報の繰り返しになりますが、配備艦のアリコーンは1000光年を4日で走破できます。つまり地球の近隣星系ならほぼ即時展開と言って良いでしょう。そして新設した当初から各星系を巡回させると言っていて、今回のミッションで地上展開能力がある事も示した。これは対応能力を有していると言って良いと思いますし、もう1つ手を打っているようです』

『それはなんでしょうか?』

 

 TV画面が切り替わり、太陽系の模式図に幾つかの光点が均等に並べられたものが表示された。

 

『カラードは現在、星系内を監視するセンサー網の設置を進めているようです』

『ああ。これですか。これ単体の発表を聞いた時は、設置して色々分かるようになっても実行力のある対応ができる訳でもないと、有効性を疑問に思いましたが、アリコーンの展開能力があるなら別ですね』

『そう思います』

 

 こうしたTVが連日放送されている一方、各国は今回のミッションに投入された第三世代パワードスーツ(Type94 不知火)に着目していた。

 時速350キロメートルを超える高い機動力。鋭敏な反応速度が生み出す高い運動性。回数制限があるとは言え、エネルギーシールドシステムによる高い防御力。たった1回だが、他の惑星で使われ使用者全員が無事帰還しているという実戦証明。コストや整備性以外のあらゆる面で、これまでに開発されたパワードスーツを凌いでいると言って良いだろう。しかも篠ノ之束博士という天才によって造られた一点物ではなく、キサラギ重工によって設計・製造された量産可能な品なのだ。

 各方面で検討が活発化するのは当然の流れであった。

 

 ―――アメリカの場合。

 

 軍需企業の重役達がオンライン会議で顔を合わせていた。

 

『あれ、どうにかして入手できないか?』

『今回投入された全機は使用データ解析のため、キサラギの研究所に運ばれている。あそこから持ち出すのは流石に厳しいぞ』

 

 日本企業はスパイ対策の甘いところが多い。しかし、近年キサラギのセキュリティレベルが非常に高くなっている事を重役達は認識していた。何故なら各方面に忍ばせている産業スパイが、第三世代パワードスーツ(Type94 不知火)の開発情報にアクセス出来ていないのだ。多くの人間が動いているので漏れ出てくる情報はあるが、第三世代の核心に至るような情報はしっかりとブロックされている。

 そして熾烈な企業競争の常として、非合法手段の活用を躊躇するような重役達ではないが、この場でそれを選択する者はいなかった。キサラギの研究所は、カラードのお膝元に近いのだ。リスクを考えれば、軽々しく取れる手段ではない。

 

『しかし手をこまねいている訳にもいかんだろう。欧州の幾つかの企業には基礎データが提供されているらしいから、下手をすれば開発競争で後れをとってしまう』

 

 下手をすれば、というのはかなり控え目な表現であった。カラードと協力関係にあるキサラギは宇宙での運用データを取り放題だし、提供を受けている欧州の企業も基礎データの収集という地味で時間のかかる部分の多くをスキップできる。だがこのままだと、アメリカ企業は自前でやらねばならない。開発競争において、これは明確な後れであった。

 

『何か提携材料があれば良いんだが………』

 

 非合法な手段は排除しないが、それしか使えないようでは二流である。硬軟織り交ぜた様々な手段を取れるからこそ、企業の重役足りえるのだ。

 

『確かカラードは、宇宙に敷設するセンサーの生産を各方面に依頼していたな』

『ああ。アメリカ、日本、フランス、イギリス、ドイツ。他にも幾つかあったが、技術力と工業力のあるところに片っ端からだな』

『ならセンサーの大量生産と引き換えに、カラードからキサラギにデータ提供の話をつけて貰う、というのはどうだ? 今後スターゲートで人類の活動領域が広がる事を考えれば、生産数の増加はあちらにとっても有り難いはずだ』

『ありだとは思うが、大量生産という事は我が社の資本を本格的に投入するということだろう。そこまでするメリットは――――――いや、あるか』

 

 無い、と言おうとした重役は途中で考えを改めた。別の重役が言った通り、今後スターゲートで人類の活動領域が広がる事を考えれば、資本投入して継続的な事業にする価値はあると考えたのだ。

 

『しかし宇宙で安定稼働する物となると、相応の人材と製造ラインが必要だろう。工場の新設は時間がかかるから、暫くは現在あるラインを改装しての転用になる。他の事業に影響が出るぞ』

『政治情勢に左右され易くて生産の安定しないラインが幾つかあるだろう。それを閉じてしまえば良い。いや、完全に閉じれば顧客への裏切りか。縮小してしまえばいい。そうすればロビー活動の経費は浮くし、センサーの敷設は地球の平和に役立つという意味で外聞も良い。今の情勢なら、反対する奴もいないだろう。カラードは金払いが良いという話だし、良い事尽くめではないか』

『なるほど。悪くない。しかし縮小の煽りを受ける顧客には何と言う?』

『先程出たじゃないか。政治の影響を受けやすいと。顧客にとっては迷惑な話かもしれんが、我々は無法者ではないのだ。政治の決定には逆らえんよ』

 

 利益の為なら、その政治を捻じ曲げるのが彼らである。

 尤も今回の件に限って言うなら、そう大した話ではない。極々単純に言ってしまえば、企業のリソースを収益性の高い事業に振り分け、協力できる部分を協力する代わりに、欲しい情報を貰う。至って真っ当な企業活動だろう。そしてこの動きは功を奏し、アメリカ軍需業界は星系監視用センサーの大量生産と引き換えに、第三世代パワードスーツの基礎データ入手に成功する。これによってアメリカは比較的短期間で、後に最強の第三世代パワードスーツと言われるF-22 ラプターの開発に成功するのだった。なおキサラギがデータ提供に応じた理由は実にドライなもので、第三世代パワードスーツとして世に出したType94 不知火は、カラードの無理・無茶・無謀の三拍子揃った要求仕様を実現するため、拡張性を犠牲にしていたのだ。つまり発展性が殆ど無い。よって商品が世に出て他企業が解析を始めたら、あっという間に陳腐化していくのが目に見えていた。なので商品価値が最も高い今の内に、今後必要になりそう、或いは有望そうな技術の購入カードとして使ったのだった。

 因みに、アメリカの軍需企業は生産したセンサーにバックドア等を仕込まなかった。というか仕込めなかった。カラードから設計図が提供されていたというのもあるが、初めから異なる企業のセンサーユニットをほぼ同じ場所に設置して、重複したセンサー網が構築される*2という事が分かっていたからだ。下手な仕込みを入れれば、他企業が感知できたものを自社製品が感知できない=性能が劣るというレッテルを張られかねない。また万一露見した場合、売国奴どころか地球人類に対する裏切り者として、中国のようになる可能性もある。危険過ぎたのだ。

 しかし世の中には、こういった理性的な判断を下せない輩もいた。

 

 ―――中国の場合。

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦の行いが原因でISコアの補充が殆ど望めない中国は、新種の兵器であるパワードスーツに活路を見出していた。判断としては、間違っていないだろう。歩兵をお手軽に強化できるこの装備は、他国に比して歩兵が多い中国軍と相性が良い上に、主力戦車や戦闘ヘリに比べれば遥かに安いという利点もある。このため開発リソースが集中され、ついでになりふり構わぬスパイ工作のお陰で、開発は順調に進んでいた。

 そこへ、お隣日本から第三世代パワードスーツ開発成功の報である。しかも他惑星での実戦証明付き。公開されたスペック(性能)は一騎当千の無双ができる程ではないが、誰が見ても第二世代より上なのは間違いない。

 これに開発を主導していた党の首脳部は焦った。ISという超絶の暴力が数機しかない今、パワードスーツの開発競争で後れを取れば、取返しがつかなくなる。何より第三世代機発表の後に第二世代機の発表をしても、大した功績にはならないだろう。

 では、どうする? 決まっている。小日本如きが生意気なのだ。中国が日本に劣るなどあってはならない。なのにどんな国際会議の場でも、日本の言葉は尊重され、中国の発表には見向きもされない。カラード本社が偶々国内にあるというだけで、虎の威を借る狐とはまさにこの事だろう。

 そして自身に都合の良い利権や権力に浸かり切った者が、真っ当な判断を下せるはずもない。いざとなれば末端を切り捨てれば良いといういつもの思考で、命じてしまったのだ。日本に潜伏していた工作員に、キサラギの研究所へ潜入して、第三世代パワードスーツの開発データを強奪してこい、と。

 結果は言うまでも無いだろう。

 “技術のキサラギ”と言われる程に技術を偏愛する彼らから技術を盗もうとする者に、あそこの技術者は容赦しない。もとい、キサラギ研究所は“ぼくのかんがえたさいきょうのけんきゅうじょ”を大真面目に考える変態共の巣窟である。ついでに言えば最近金払いの良いスポンサーがいるので、彼らは全く自重していなかった。

 侵入者は悪辣なトラップの実験台として活用された挙句捕らえられ、キサラギ本社に引き渡された時には、すこぶる素直になっていたという。少々答えづらい質問もあったようだが、一言「戻るか?」と聞けば壊れたロボットのように、聞かれていない事まで色々と喋るようになっていた。余程怖い目にあったのだろう。

 そして情報を得た後は当然反撃なのだが、キサラギはホワイトな企業なのだ。ブラックオプス(秘密作戦)を行えるような部署などない。しかし、全く問題は無かった。キサラギは更識のフロント企業であり、更識の当主は薙原晶だ。丁度手の空いていたハウンドチームに、アリコーン0番艦を使ったステルス攻撃を命じたのだった。

 これにより開発拠点の人材、機材、蓄積データの全てを失った中国は、パワードスーツの開発競争でも後れを取る事になる。数年後に投入された第二世代機が、他国の開発した第二世代機の改良型だったというのだから、どれほどの後れを取ったかが分かるだろう。そして中国の後れは、軍事だけに留まらなかった。クーデターと絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦の影響で党首脳部が総入れ替えとなった経過があるのだが、激変する世界情勢に対応できず場当たり的な政策を繰り返したお陰で国内が混乱し、図体が大きいだけの二流国家へと成り下がっていくのだった。

 後年、この経過は共産主義の失敗例として、多くの国の教科書に掲載される事になる。だが同時に、お隣の成功例も掲載されるのだった。

 

 ―――ロシアの場合。

 

 日本からもたらされた第三世代パワードスーツ開発成功の報に、多くの者は強烈な危機感を抱いていた。今後宇宙での活動が確実に拡大していく中で、対応した装備が無いという事は影響力の低下に直結するからだ。

 よってすぐに第三世代パワードスーツの開発予算が申請されていたのだが、多くの者は申請が通ると思っていなかった。何故なら今の大統領は軍事予算を大幅に削減して、人気取りに一生懸命な腰抜けなのだ。強いロシアは何処へいった? 故に申請を通す為に賄賂もタップリ用意されていたのだが、何故かあっさりと申請が通った。減額される事も考慮してかなり多めの予算申請だったのだが、何故か満額回答で潤沢な予算が用意されてしまった。

 このためなし崩し的に開発がスタートする。基礎技術力の問題ですぐに第三世代機は無理だったが、潤沢な予算に裏付けされた開発チームは猛烈な勢いで基礎データの収集を終え、第二世代、第三世代と段階を踏んで開発が進められていく。基礎技術力の低さから要求仕様を満たさない散々な機体や故障の相次いだ機体もあったが、運用データの蓄積によりそれも徐々に改善され、ロシア製第二世代パワードスーツのSu-27 ジュラーブリク、準第三世代のSu-37 チェルミナートルは傑作機と言われるようになる。また時間はかかったが本命の第三世代機であるSu-47 ビェールクトは、強力な機動近接格闘機として名を馳せていくのだった。

 因みに腰抜けと言われている大統領の政策は、後年評価される。正面装備の大幅削減という大胆さで周辺諸国の緊張を緩和し、内政の充実によって教育水準や生活の質の向上という、指導者に求められる多くの事を成し遂げていたからだ。が、これにはしっかりと裏があった。世界で僅か数人しか知らない事だが、彼の政治的動向は全て更識楯無の意向だったのだ。言い換えれば、篠ノ之束と薙原晶という地球文明圏最重要人物の最側近の意向であり、しかも束博士が作った政策を提案するAIによる支援*3を受けている。命令通りに動く駒である限り、物事が上手く回るのは当然であった。

 これが教科書に載った、共産主義の成功例である。しかし内政を充実させる際に民間の活力を活用していた事から、完全な共産主義とは言えないものであった。

 

 ―――欧州の場合。

 

 日本から開発データの提供を受けられた欧州の軍需企業は、第三世代パワードスーツの開発で困る事は余りなかった。しかし、順風満帆ではなかった。イギリスのお偉いさんが、開発チームに変な要求を出したのだ。

 

「なぁ、外装どうする? なんか要求仕様には色々書いてあるけどさ、これって結局はインパクトがあって見栄えが良くって、それでいて性能は落とすなって事だろ? 言う方は簡単だけどさ………それに王室の式典で並べても問題無い位の見栄えって、ふざけんな」

「お貴族様の中には、パワードスーツを古き良き時代の騎士甲冑って考える奴もいるみたいだからな。格好良い騎士様になりたいんだろ。………まぁ、Type94は格好良かったから、分からなくもないけどさ。でも作る方としちゃ勘弁して欲しいわ」

「もう面倒だからさ、適当にデザイン起こして、これが最適解ですって真面目な顔して言えば納得するだろ」

「そうするか」

 

 こうしてやっつけ仕事をしようと決めた矢先、足がテーブルにぶつかって、衝撃で積み上げていた雑誌の山が倒れた。

 

「おいおい、気を付けろよ。片付けるの面倒だろ」

「悪い悪い。――――――あ、セシリア様だ」

 

 落ちて偶々開かれたページに、セシリアの特集が載っていた。

 

「様って、お前入れ込み過ぎ」

「良いだろ別に。美人でセカンドシフトパイロットで名門貴族の当主様で、しかもNEXT本人が自分には出来ないとまで言い切った、軍を相手に不殺という大戦果。学生時代の制服姿も良かったけど、カラードの制服を着た今の姿もお美しい」

 

 馬鹿につける薬は無いとばかりに、相棒は肩をすくめた。その相棒の視界に、別の雑誌の特集ページが入った。これもセシリアが特集されたもので、ブルーティアーズ・レイストームを展開した彼女の背後に、12体の純白の自動人形が整然と並んでいる。確かに見栄えが良い。本人の容姿が良いというのもあるが、ブルーティアーズ・レイストームそのものが美しい。一対二枚の純白の翼とドレスに、蒼い鎧を纏った天使をイメージさせる姿で、“守護天使”という二つ名が良く似合っている。そして背後に並び立つ12体の純白の自動人形。とある物語において、“フォートスレイヤー(要塞級殺し)”と称された巨大な大剣を地面に突き立てて立つ姿は、高貴な存在を守護する騎士にも見えた。

 

「………あ、これ良いかも」

「何が?」

「いや、さ。彼女の自動人形の外装データを使わせてもらったらどうだ? 中身はどうでも良いから、外装データだけ」

「流石に無理だろ」

「母国からのお願いなら聞いてくれないかな?」

「無理だと思うなぁ」

「お前ならすぐに飛びつくと思ったんだけど、なんで無理?」

「彼女、王室とか議員とか大っ嫌いだから」

「え? だって彼女、イギリスの国家代表だろ? 偶に帰ってきて、なんか仲良く話している写真とか出回ってるけど」

「メディアの健気な努力だよ。そして彼女が使ってる自動人形は、束博士の特別製」

「特別製なのは知ってる」

「で、それが与えられた経緯が……………ああぁ。思い出しただけでも腹立つ」

「1人で腹立ててるんじゃねぇよ。早く教えろ」

「もう2年くらい前だったかな。後衛型の彼女をサポートする為に無人機が与えられたんだけど、それが実は彼女を監視する為の方便だったって話だよ。何処かの馬鹿が発案して、誰も止めなかったらしい」

「え゛!?」

「関係者は必死に隠そうとしたみたいだけど、まぁ無理だな。あっちこっちから話が漏れてるし、それに知ってるか? オルコット家が資産家なのは有名だけど、資産の半分は国外に移されてるんだってさ。つまりそれだけ、母国を信用してないんだよ」

「………よくそれで、国家代表に選ばれたな」

「束博士が薙原晶以外で、ほぼ唯一直接オーダーを出す人間だぞ。切れる訳ないじゃん。更に言えば、今はカラードのNo.2だ。もしも下手な事を言われてみろ。閣僚の首が何人とぶか分からん」

「そんな事情があったんだ。偉い人は馬鹿だな。素直に謝って仲直りすりゃ良かったのに」

「今更されて許すと思うか?」

「俺だったらぜってぇ許さねぇ」

「だろ」

 

 この話は、本来であればこれで終わるはずだった。広がっても、精々が開発チーム内での笑い話程度だ。しかし、偶々開発チームを訪れていたお偉いさんの耳に入った事から、変な方向に話が転がり始める。

 カラードNo.2が使っているのと同じデザインというところに引かれたのか、政府のお役人さんがこの案を大真面目に考え始めたのだ。

 そして後日、在日イギリス大使がセシリアに面会を申し込んできた。

 場所はカラードの応接室。幾つかランクがあるが、可もなく不可もなくという部屋に案内している辺り、彼女の心情が見て取れる。

 しかし、笑顔は崩していない。あくまで面会者を迎える穏やかな笑みで、もしもこの場に束がいたら、「猫被り上手くなったねぇ」と褒めたかもしれない。

 セシリアは秘書さんが持ってきた紅茶を一口飲んだ後、尋ねた。

 

「本日は、どのようなご用件でしょうか? 今現在カラードとイギリスの間で、大使自らが動くような案件は無かったと思うのですが」

 

 アッシュグレーの髪を短く刈り込んだ、中肉中背の中年男性は答えた。とは言っても、いきなり本題を口にしたりはしない。外交レベルの懸念事項。イギリスの立ち位置。協力出来る事と出来ない事。重大な問題ではないが、知っておけば便利という情報を話した後で、もののついでのように彼は話し始めた。

 

「ああ、そういえば、今現在行われている第三世代パワードスーツの開発ですが、内部機構の方は順調に進んでいるようです。ただ、外装のデザインが中々決まらないようでして」

 

 どうでも良さそうな話題なので、セシリアは適当に流そうと思った。

 

「開発は中々大変なものですからね。デザイン1つとっても、色々な苦労があるのでしょう」

「ええ。開発チームもボヤいていました。そこで、少しばかりご相談なのですが」

「なんでしょう?」

「もし良ければ、貴女が束博士から与えられた12体の自動人形(EF-2000 タイフーン)。アレの外装を真似させて頂けないでしょうか」

 

 セシリアはニッコリと笑い、瞬間沸騰しそうになった感情に蓋をする。

 そして笑顔のままに答えた。

 

「アレは束博士からの信頼の証です。私の直衛機として自由に使わせてもらっていますが、外装だけとは言え真似をしたいなら、博士に直接許可を貰って下さい」

 

 大使はここで引き下がるつもりだった。無理に押したところで得られるものはない。少々気分を害したようだが、セシリア・オルコットは良くも悪くも分かり易い真っ当な貴族なので、この程度の事でやり返すような人物ではない。幾つか機嫌の良くなるような話題を挟んで終わりにしよう。

 そう思った大使が次の話題を思い浮かべたところで―――――――――ドアがノックされた。

 セシリアが応じる。

 

「どなたですか?」

「セッシー、ちょっといい?」

「え? 博士?」

「入っていい? ちょっと頼みたい事があるんだけどさ」

「い、いま、今開けますわ」

 

 慌てて立ち上がり、ドアに向かって行く。交渉用に意識していたポーカーフェイスが剥がれ落ちそうになっているが、彼女に気にする余裕は無かった。博士が直接来た? 私の予定知ってますわよね? なのに直接来た? どんな無理難題? そんな言葉が頭の中でリピート再生され、表情が若干引き攣っている。不幸中の幸いだったのは、ドアを開ける為に大使に背を向けていたので、表情を見られなかったことだろう。

 セシリアがドアを開けると、いつものウサミミエプロン姿の束博士がいた。ものすごーーーーく、イイ笑顔だ。不安しか湧いてこない。できるなら帰りたい。聞かなかった事にしたい。が、この世の理不尽から逃げられる訳もない。

 

「ごめんねぇ~。予定は知ってたんだけど、近くを通った時に思いついた事があってね。ちょっと頼まれてくれない?」

「わ、分かりましたわ。博士からの――――――」

 

 用事とあればすぐに、という言葉は束に遮られた。

 

「あ、でも、そっちも大事な話をしてたんだよね。どんな話をしてたの?」

 

 ここでセシリアは、先程の話を出す事にした。博士がOKを出す筈もない。当人からハッキリ言って貰えれば、諦めもつくだろう。

 

「開発中の第三世代パワードスーツの外装を、博士が私に与えてくれた自動人形と同じにしたい、という話をされまして。私は博士に直接許可を貰って下さい、と返答したところだったんです」

「外装なんて余程突き詰めた設計にしない限りは色々弄れると思うんだけど、どうしてかな?」

 

 束の視線に大使は立ち上がり、近づいて来て答えた。

 

「あの自動人形は我が国でも人気が高いので、それにあやからせて貰えればと思いまして」

 

 束は少しばかり考えた。パワードスーツの普及に動いている今、人気というのはあって困るものではない。外装を真似するだけというなら、まぁ良いだろう。

 

「ふぅ~ん。良いんじゃない」

 

 予想外の返答にセシリアの表情が変わる。純粋に驚きの表情だ。大使の方は営業用スマイルで「ありがとうございます」と一礼している。だが、束の言葉には続きがあった。

 

「でも条件として、セッシーの要求を全部呑むこと。それが出来るなら良いよ」

 

 大使の表情が固まる。過去の経緯を考えれば、どんな無茶を要求されるか分かったものではないからだ。しかしセシリアは、この件を意趣返しに使うつもりはなかった。束博士の作品を、束博士が嫌いな俗物の取り引きに使うのが嫌だったのだ。故に即答だった。

 

「では私からの要求は唯一つ。あらゆる公式文章に、外装デザインは束博士の作品を真似たものであること。そして本家本元の機体は、私、セシリア・オルコットの直衛機として、カラードで運用されている事を記して下さい。今開発中の第三世代機が、その系譜が運用され続けている限り、全ての公式文章にです」

 

 ここでセシリアは、金銭的な話を一切しなかった。するつもりも無かった。繰り返しになるが、束博士の作品を、束博士が嫌いな俗物の取り引きに使うのが嫌だったのだ。無論、やろうと思えば相当な無茶を呑ませる事も可能だろう。だが嫌なものは嫌なのだ。

 ある意味で潔い、或いは高潔な対応と言える。だが大使は、拙いと思っていた。

 何かしらの金銭的な要求があれば、それは正当な取り引きとして周囲に認識される。しかし要求は公式文章に記すことだけ。金銭的なものは一切なし。相手がそう言っているのだから良い、と言う者もいるだろう。だが、だが!! 博士の作品の外装を真似ました。相手が良いというので公式文章に記しただけで、デザイン料等は一切払っていません、というのは外聞が悪過ぎる。契約上は問題無いかもしれないが、口の悪い者は盗用と変わらないと言うだろう。そしてこういう話は確実に尾を引く。野党にとっては良い攻撃材料だ。

 なので大使は真っ当な、少なくとも対面を取り繕える契約にしようと口を開き――――――セシリアの言葉に遮られた。

 

「要求はこれだけです。博士をお待たせする訳にもいきませんので、これで失礼させて頂きますわ。――――――博士。副社長室で宜しいでしょうか」

「うん。良いよ」

 

 この後、大使の持ち帰った話にイギリス側は頭を抱える事になる。相手が言った内容なので契約上問題は無いが、そのままでは外聞が悪過ぎるという嫌がらせのような話だ。しかも束博士が「セッシーの要求を全部呑むこと」と条件を付けている辺り更に性質が悪い。下手に契約条件の話をして、もし、彼女が悪意ある気紛れを起こしたら………。

 因みにこの話を無しにする、というのは最終手段だった。セシリアが使っている12体の自動人形(EF-2000 タイフーン)の人気は本当に高いのだ。外見だけとは言え真似る事ができれば、各方面に配備し易いし、アップデートの為の予算もつけやすい。このためどうにかして真っ当な取り引きに見えるようにしたい…………………………と頭の良いお役人様達が頭から湯気が出るほど考えた結果、外装を真似た第三世代パワードスーツ単価の2%×配備台数がデザイン料として束博士に、1%×配備台数が広告費用としてセシリアに、毎年支払われる事になるのだった。なおその年の製造分ではなく、その時点での総配備数である。

 無論、この契約は多少とは言え軍事予算を圧迫する。だが自動人形(EF-2000 タイフーン)の外装を真似た事は、金では買えない副次効果をイギリス軍にもたらしていた。セシリアの二つ名や立ち振る舞い、軍を相手に不殺を貫き撤退に追い込んだという経歴が影響したのか、第三世代パワードスーツ(EF-2000 タイフーン)を与えられた人間は、騎士たれという妙な文化が定着していったのだ。このせいか後年の調査で、軍が派遣された際の人間関係に起因する不祥事が、配備後は減少している事が明らかになっていた。

 

 ―――閑話休題。

 

 応接室を後にしたセシリアは、周囲に誰もいない事を確認して、隣を歩く束博士に声をかけた。

 

「どうしていらっしゃったのですか? 本当に緊急の用件であれば、コアネットワークでお呼び頂ければすぐに対応致しましたのに」

「ん? どうせつまんない話をしていると思ってね。用事があったのは本当だし、ちょっと場を荒してみようかなっていう気紛れ。でも意外だね。要求を全部呑むように言ったのに、あんなので良かったの?」

「博士の作品を、私の意趣返しに使うなんてとんでもありません」

 

 束は機嫌良さそうに微笑んだ。自身の作品が尊重されたせいか、お気に入りが俗物のような行動を取らなかったせいか、それは当人しか分からない。だが間違いなく、晶や千冬以外に見せる表情としては最上の部類の笑みであった――――――で、終わればセシリアの苦労は無かっただろう。

 副社長室に着いたところで、束は早速と切り出した。

 

「で、本題なんだけどさ。ちょっと幾つか解決しておいて欲しい事があるんだ」

 

 そうして空間ウインドウが展開され、表示された内容にセシリアの表情が引き攣った。

 

「あ、あの、博士。これって………」

「いやぁ放っておいても良かったんだけど、今後を考えると片付けておいた方が良いと思って。でも私はやる事があるし、晶も忙しいし、だから、お願いね。サクッと片付けておいて。カラードは好きに使っていいから」

「え、でも、その、ちょっと、荷が………」

 

 束はニヤリと笑って、最後まで言わせなかった。

 

「お・ね・が・い・ね。じゃあねぇ~」

 

 片手をヒラヒラと振りながら去って行く束。石像のように固まっているセシリア。

 今後カラードで幾度となく繰り返される、難題を吹っ掛けられて困り果てる副社長様の図であった。

 

 

 

 第186話に続く

 

 

 

*1
部隊の展開速度を欺瞞するため、帰還にも時間がかけられていた。

*2
第180話にて

*3
第170話にて登場。




セシリアさん本格的に苦労人ポジ決定!!
対外的には恵まれた生まれ、恵まれた才能、恵まれた立場と全てを手に入れている彼女ですが、この世の理不尽の前では何の意味も無かったりします。むしろお気に入りだけに気軽にポンポン問題を振られてしまうという、とっっっっっても苦労が多い立場となりました。

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