インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
だから晶は、この問題が表面化する前に動き始めた。適度に使い易く、適度に武力を持ち、適度に損耗を許容できる道具としてパワードスーツを普及させ、宇宙で活動できる者の絶対数を増やす。こうすればISパイロットはISが投入されるに相応しい案件に集中出来るようになり、結果として不都合な状態も改善されるだろう。
その第一歩として、晶はカラードにパワードスーツ部隊を新設した。名目的には世界初の第三世代パワードスーツType94 不知火の試験運用を行う部隊で、活動領域は地球圏全域のみならず、宇宙空間や他惑星も想定している。必然的に求める人材は最精鋭となるのだが、実力や人格に信用がおけて、尚且つ部隊編成が可能なほどの人数を集めるのは中々に難しい。このため晶は少々悩んだ結果、ラウラに古巣である黒ウサギ隊の引き抜きを頼んでいた。元々はIS特殊部隊として活動していた同部隊だが、今現在はISとパワードスーツの混成部隊であり、何度か仕事を依頼しているが仕事ぶりには信用がおける。腕の方も、黒ウサギ隊用にカスタムチューンが施されたスペシャルVerのF-4*1を使いこなしているので問題無いだろう。
心配なのはドイツが引き抜いた黒ウサギ隊に、こちらが意図しない命令を勝手に出して勝手に行動させる事だが、今のラウラなら上手く御すだろう。また彼女は、頼まれた仕事を速やかに終えていた。晶に引き抜きを頼まれてから、たった3週間しか経っていない5月の第1週目には、黒ウサギ隊を日本へ移動させていたのだ。同部隊がドイツ軍最強の部隊である事を考えれば、常識外れの早さと言えるだろう。尤もこれほど早く行えた理由は、彼女の手腕以外にも幾つかの要因があった。まず他国の部隊を国内に入れる形になる日本が、拒否しなかったというのがある。武力に対して色々とアレルギーの多い日本だが、今後宇宙での活動が増える事を考えれば、絶対数の少ないISよりもパワードスーツの運用が増えるのは自明の理であり、運用データの提供や後日人選の済んだ日本人部隊をカラードが引き受けるという条件で受け入れを決めたのだ。因みに情勢を良く分かっていない頭の硬い化石のような勢力がここぞとばかりに反対していたが、そちらには多額の費用がかかっていたミサイル防衛予算を削る事で、「軍備増強じゃなくてバランスだよ。軍事費増えてないでしょ」という詭弁で黙らせていた。
なおここ最近、軍事関係者の中で囁かれている疑問があった。それは今の地球で、SLBMを始めとする弾道ミサイルは効果を発揮するのか、というものだ。何故なら今の地球は、3機のアンサラーに取り囲まれている。篠ノ之束博士の造ったアレが、地上への攻撃能力を持っていないなど有り得るだろうか? 彼女を知る人間であれば、答えは1つだろう。絶対にある。ならば攻撃精度は? 移動目標に対する攻撃精度は不明だが、
―――閑話休題。
ドイツ側としても、黒ウサギ隊の引き抜きは渡りに船であった。カラードに実戦部隊を送り込めるというのは今後を考えれば大きなアドバンテージであるし、第三世代パワードスーツの運用経験も蓄積できる。しかも製造元は技術のキサラギなので、品質も問題無いだろう*2。国防的に見ても、仮想敵国であったロシアは先の大失態により立て直し中であり、しかも軍事費を削減して内政に力を入れている。このような情勢であれば、最強の部隊を貸し出しても良いだろう、という判断が働いていた。
なおカラードは引き抜き、ドイツは貸し出しと認識に若干の違いはあったが、同部隊がドイツに戻らないなら同じ事である。
そしてラウラの早い仕事に、晶も応えた。
最終試験中であったType94 不知火の受領を前倒しして、製造元であるキサラギの試験と並行して黒ウサギ隊の面々にも試験を行わせ、結果を相互フィードバックさせる事にしたのだ。パイロットの腕が良いので、良いデータが取れるだろう。
尤も当人達は――――――。
「し、死ぬ。もぅ。むりぃ………」
ガレージに戻ってきた黒ウサギ隊パワードスーツ部隊の1人が、パワードスーツのままバタリと床に倒れた。近くにいたF-4を着込んだメカニックが、肩をかしてメンテナンスベッドに連れていき、外部操作でパワードスーツをオープンさせ、ぐったりと疲労したパイロットを出してやる。
対照的なのは、キサラギから派遣されているメカニックの面々だ。有線ケーブルを繋ぎ、吸いだしたデータを確認した変態共が歓声をあげる。
「凄いなこれ!!」
「こんな事もできたのか?」
「もっと反応速度弄ろうぜ」
「ハード的にはギリギリだぞ」
「ソフトウェアの駆動予測プログラム弄れば、もうちょっといけないか?」
「あ。この前読んだ文献に、マグネットコーティングなんてものがあったな。概要しか書いてなかったけど、ちょっと試せばいけるだろ」
「理論値でどこまでいける?」
「文献通りなら1.2倍くらい? ソフトウェアの改善込みなら1.3倍いけるか?」
それだけ反応速度が変われば、機体として別物である。パイロットの疲労? そんなものは知らん。キサラギの面々にとって大事なのはより良い機体を造る事であり、パイロットが使いこなす努力をしてくれれば良いだけだ。勿論、人間が使いこなせないような物を造ったりはしない。それは作品として美しくない。特化型には特化型の美しさがあるが、今回求められる美しさは、第三世代機としての完成度の高さであり、他のメーカーがType94 不知火を指標とするような出来でなくてはダメなのだ。
だからパイロットには、死力をふり絞ってもらう。人間の限界に挑戦するようなカリッカリの調整をして、そこから逆算して普通のパイロットが使えるような性能にする。このような考えの下、パイロットからしてみれば御免被りたい検討が重ねられていく。だが黒ウサギ隊の面々は、そんな事を気にする余裕が無いほど追い詰められていた。
何故なら課されている試験の内容というのが――――――。
―――Type94使用の織斑千冬と8時間耐久で戦って下さい。
―――1対1でも集団で挑んでも構いません。
―――あらゆる手段を駆使して彼女にダメージを与えて下さい。
というものだったからだ。
なお織斑千冬への報酬として、8時間戦い続けて撃破されなかった場合のみ、武御雷を使った薙原晶との模擬戦が設定されていた。
察しの良い方々ならもうお分かりだろう。
バトルジャンキーな織斑千冬にこんなボーナスを設定したら、それはもうノリノリのノリノリで、黒ウサギ隊の面々を狩る鬼と化していた。因みに織斑千冬は銃器の扱いが得意ではないが、試験という事で一応使用していた。お陰で黒ウサギ隊が使っているType94 不知火は、元のカラーが分からない程にペイント塗れである。
そんな雰囲気のガレージに、晶がラウラを伴って現れた。
モニター情報を一通り確認した後、インカムをつけて通信ON。
『織斑先生。調子はどうですか?』
『悪くは――――――』
ない、と答えようとして、彼女は珍しく悪知恵を働かせた。
『いや、非常に悪いな』
『え?』
『いや、こういう試験なら連携訓練も必要だろう。だが私にはバディがいなくてな。今一つ調子が出ないんだ』
『そ、そうですか』
晶はモニターされている情報を見て思った。これで調子悪いとか嘘だろ? しかし織斑千冬の言葉は、次の台詞の為の前振りであった。
『だからな、ちょっとお前がバディ役をやってくれないか。私とやり合えるお前なら、サポートもできるだろう?』
疑問形だが、確信のような問いかけだった。
『せんせぇ。それ、試験になりませんよ』
『なるさ。私とお前の連携データだ。常人に真似できるかは別だがな』
『………分かりました。じゃあ準備してくるんで、1時間休憩』
『そんなに必要か?』
『一度黒ウサギ隊の面々を休ませないと、本当にあっさり終わって連携も何も無いじゃないですか』
『それもそうか。あと、1つ注意だ』
『なんですか?』
『私はもうお前の先生ではない。呼ぶのなら織斑か、千冬かどっちかにしろ。真耶も同じだ。他人にいつまでも先生面しているとは思われたくない』
『分かりました。織斑さん。う~ん。千冬さん。どっちも違和感ありますね』
『慣れろ』
『先生じゃなくなっても横暴じゃないですか』
『そういう社員がいると思って慣れろ。社長の務めだ』
『一般的には違いますからね。まぁ、慣れるようにはしますけど』
こうしてType94 不知火の試験に急遽、織斑千冬&薙原晶 VS 黒ウサギ隊パワードスーツ部隊という項目が追加されたのだった。
◇
1時間後。ガレージには束が来ていた。
話を聞きつけてルンルン気分で乱入してきたのだ。ちなみにラウラは距離感に悩んだ結果、隣に直立不動で立っていた。戦闘部門長と博士との間に距離があるように見えるというのは、対外的に拙いという判断からだ。博士の性格は知られているので多少距離があったところで不審に思われたりはしないだろうが、立ち位置1つで火種を消せるなら安いものだろう。
過去の経緯もありラウラがドキドキしながらそんな事を思っていると、意外な事に意外と普通な声で話し掛けられた。
「ねぇ銀髪娘」
「な、なんでしょうか?」
「そんなに硬くならなくて良いよ。今は、何とも思ってないから」
「そ、そうですか」
「まだ硬いなぁ」
「無理もないかと」
「まぁ、そうだろうね」
束の方からコアネットワークが接続され、言葉が続けられた。
(晶の前ではあ~んなにダダ甘なのに)
ラウラは人前という事でどうにかポーカーフェイスを保てたが、脳裏にあんな事やそんな事とか甘々イチャイチャな台詞がリピート再生され、心拍数は跳ね上がっていた。そんな中で続けられた言葉は、更に意外なものだった。
(今回の引き抜きの件も含めて、晶の為に随分と頑張ってくれたみたいだね。その調子で、戦闘部門をしっかり頼むよ)
(―――え?)
(どうしたの?)
(い、いえ。博士から直接そんな言葉を頂けるとは思ってもいなかったので)
(あくまで今までの行動を見た結果であって、変な事したら、容赦なく引っ叩くからね)
(信賞必罰は軍人の常。肝に銘じておきます)
(宜しい。あと君とシャルロットのISは、近々部門長が使うに相応しい性能になるように弄るからね。彼女にも言っておいて)
(分かりました。ですが、博士の手を煩わせる事になります。宜しいのですか?)
(万一君達に何かあれば、多方面に支障が出る。それを防ぐ為でもあるんだよ。――――――とは言っても、大規模改修っていう程じゃない。サブジェネレーターとエネルギーカートリッジシステムっていう一時的な出力増強システムを組み込むだけだから)
(サブジェネレーターは分かりますが、エネルギーカートリッジシステムとは?)
束からラウラに、エネルギーカートリッジシステムの概要データが送られてきた。それによれば予め蓄えておいたエネルギーを使って一時的に出力を増強するシステムで、理論上は純粋に蓄えておいた分のエネルギーを上乗せできる。無論、無茶な上乗せは機体側のダメージとなってしまうが、戦っていれば無茶が必要な瞬間というのは必ずある。切り札としては非常に心強いシステムと言えるだろう。
(これは凄い。ありがとうございます)
(頑張るんだよ)
(はい。ただ、セシリアには何もないのですか? 何かあって困るというのであれば、副社長である彼女もそうだと思うのですが)
(あっちはセカンドシフトマシンだからね。調整が少々手間なんだ)
(そうでしたか。ですが強化されると知れば、彼女も喜ぶでしょう。私から伝えても良いでしょうか?)
(そうだね。じゃあ、伝えておいて)
因みに余談ではあるが、この話を聞いた時のセシリアの表情は、喜びつつ若干引き攣っているという不可思議なものだった。理由は………賢明な方々はお分かりだろう。「絶対なにか無茶振りされますわ!!」という心の叫びである。
こうして2人が話していると、織斑千冬&薙原晶 VS 黒ウサギ隊パワードスーツ部隊の試験が開始された。使用しているパワードスーツは同じType94 不知火であり、性能に差はない。つまり腕と数の差が戦力の差であり、戦力比は2:36。普通なら一方的に数の暴力で蹂躙されて終わりだ。しかし、今回に限って言えば違う。パイロットの質が数の差を覆す。
―――開始10秒。
『β04、05、頭部ヘッドショット。即死判定』
ランダム回避機動を混ぜつつ匍匐飛行の全力噴射で接近する2機が、一瞬で墜とされた。
―――開始15秒。
『β09、胴部斬撃にて両断。即死判定。β10、喉元への短刀で即死判定』
晶のバックアップを受けた千冬が突貫して手にした長刀を一閃。β09が崩れ落ちる。攻撃後の隙を狙い背後から近づいたβ10だったが、腕部ナイフシースからいつの間にか取り出されていた短刀を、ノールックで喉元に当てられ即死判定をもらっていた。
―――開始18秒。
『β12、右跳躍ユニット損傷。機動力低下。β13、射線上にβ12。FCS安全装置起動。トリガーロック』
その場から跳躍して離れる千冬に対して、β12が跳躍ユニットを起動させて追う。途中、β12の跳躍ユニットに晶の攻撃が命中。機動制御を乱された結果β13の射線に入ってしまい、安全装置が働いて攻撃が強制中断される。その隙を晶が逃す筈もない。
―――開始20秒。
『β12、13、ヘッドショット。即死判定』
―――開始22秒。
『β15、カメラアイに短刀直撃。即死判定』
ここで千冬は晶に通信を繋いだ。
『楽しいなぁ薙原』
『これ試験ですよ』
『楽しいと試験データは別物だろう。で、だ。折角だから前衛後衛を交代しないか?』
『え゛? 出来るんですか?』
『お前、私をなんだと』
『近接特化の脳筋』
『こう見えてもブリュンヒルデだぞ』
『ぶった切り専門じゃないですか』
『確かにぶった切り専門だし、FCSを使って狙う銃なんて面倒だが、使えない訳じゃない』
『ええ~?』
『論より証拠だ。スイッチ』
『じゃ、見せてもらいますよ』
薙原が長刀を抜刀して前に出る。千冬は反対に長刀を右背部兵装担架に納め、左背部兵装担架にあったアサルトライフルを装備して後ろに下がる。
『当てないで下さいね』
『お前なら避わすだろ』
『怖すぎる!!』
『冗談だ』
コントのようなやり取りが続く中でも、2人の動きは止まらない。
晶が黒ウサギ隊の連携を崩す最適ポイントに切り込み、千冬がFCSを用いないノーロック射撃で援護する。つまりロックオン反応が出ない。それでいて弾丸は確実に胴体を穿ってくる。極短時間の間に立て続けにキル判定が山積みされ、あっという間に状況終了。一方的なワンサイドゲームで完勝!!
が、意外なところからダメ出しが出た。
『ちーちゃん。試験なんだからFCS使って。晶もニヤけてないで、ちゃんと注意しないとダメでしょ』
束からだった。
『む、すまん』
『お、おぅ。そうだった』
『全く。2人そろってバトルジャンキーなんだから。やっぱり私が監督してあげないとダメだね。もう一回だよ。………あ、そーだ。良い事思いついた。私がオペレーターやってあげる。そうすれば、ジャンキーな2人もちゃんと試験してくれるでしょ』
黒ウサギ隊の面々は思った。もう止めて!! 私達のライフはゼロよ!! っていうか、何その無理ゲー。新旧最強にオペレーター篠ノ之束とか虐めじゃありませんか? 虐めですよね? 試験という名の虐めですよね? そうに決まってます。
しかし隊員達の心の叫びは、お偉いさんには全く通じなかった。
『あーーー、ラウラだ。お前達。丁度良い機会だから揉んでもらえ』
『たいちょーーーーーーーーー!!』
『私も似たような経験がある。NEXT相手の1on1だ。嬉しいぞ。同じような思いを共有できる仲間ができて』
助ける気ゼロである。
こうして黒ウサギ隊パワードスーツ部隊の面々は、理不尽の権化3人を相手にするという、世界一ハードで世界一恵まれた体験を、骨身にしみる程に味わったのだった。
◇
そして理不尽な祭りが終わった後、晶はキサラギから派遣されているメカニックのリーダーに近づいた。
「すいません。少し良いですか?」
「なんでしょう?」
第一印象は理性的で理知的なメカニックだ。
「いや、機体の出来が思っていた以上に良いので、追加で頼みたい事がありまして」
「どんな事ですか?」
「難しいとは思うんですけど、パワードスーツ用の光学兵器ってできますか?」
実弾兵器を宇宙空間で使った場合、惑星上とは違って、何かに当たるまで永遠に飛び続けてしまう。つまりは環境を汚す事になる。なので本当は光学兵器とセットで欲しかったのだが、ISよりも遥かに出力の小さいパワードスーツでの運用は、それなりにハードルが高い。なので注文時の仕様には含めていなかったのだが、最終試験段階とは言え、Type94 不知火が予想以上の出来栄えだったので、もしかしたらという期待感からの問いかけだった。
「ふむ。可能か不可能かで言えば不可能ではないのですが………不知火は要求仕様を満たすため相当に切り詰めた設計をしています。なので光学兵器を搭載する場合、恐らくエネルギー源を完全に外部依存にしないと、本体のエネルギーシールドシステムに影響が出て、パイロットの生存性に影響が出てしまいます」
「なるほど。因みにエネルギー源を完全に外部依存にした場合、その大きさはどれくらいになりますか?」
「威力や持続力によりますが、最低でもこれくらいのエネルギーパックになるかと」
リーダーが両手の人差し指と親指で、一辺が30センチ程の四角形を作る。
「随分具体的ですね。もしかして試作済みですか?」
「将来的な選択肢の1つとして、社の別のチームが試作しました。ただ現状では、とても実戦使用には耐えられないというのが判断です」
「なるほど。ふむ。その別のチーム、まだ動いていますか?」
「エネルギーパックの小型大容量化はあらゆる物に応用が利きますので、社としても高い優先度で動いています」
「それは頼もしい。使えるような試作品が出来たら、回してもらう事はできますか?」
「勿論です。この部隊での使用に耐えられるなら、何処にでも出せると思いますので」
こうして話し終えた晶は、束と千冬の下に戻っていった。
そして束にド突かれ、千冬に頭をワシャワシャされている。とても珍しい光景だ。
が、黒ウサギ隊パワードスーツ部隊の面々にそれを気にする余裕は無かった。
もうすぐ、理不尽な祭りの第二回戦が始まるのだから――――――。
第183話に続く
執筆期間1日。
ちょっと短いですが、電波を受信してリビドーのままに突っ走ってしまいました。
黒ウサギ隊の面々は、これを糧に成長してくれるでしょう。