インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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時間を一気に進めたいところですが、ちょっと我慢して掘り下げ回です。


第181話 スターゲート開通に向けて

  

『――――――カラードは6ヵ月後、スターゲート3つを同時に開通させます。1つは“首座の眷族”の領域に。2つはテラフォーミングを開始している星系に。またこれに合わせて、スターゲート稼働のエネルギー源としてアンサラー4号機の運用も開始します』

 

 4月の第2週にカラードからされた発表に、地球文明圏は沸き立つ事となった。学術的に、観測しか出来なかった場所に直接行って調査できるようになる、というだけではない。束博士が実施した初期調査で、開通予定の星系には豊富な鉱物資源があると分かっており、更に10年後を目途に惑星環境の改造が完了するテラフォーミング計画もスタートしている。つまり移民が進めば確実に新たな経済圏ができ、企業にとっては成長の起爆剤になるのだ。地球内部の限られたシェアを奪い合うのではない。経済規模そのものの爆発的な拡大だ。参入を考えない企業などないだろう。

 勿論、解決しなければならない問題は多い。まずは往来に使用する船が必要だ。しかし現状では、実用的に普段使いができる性能の船は束博士しか作れない。ならば、博士が作ってくれるまで待つのだろうか? 有り得ない。広大なフロンティアを認識した企業が、大人しく待つなど絶対に有り得ない。また今後の情勢を考えるなら、宇宙船建造技術の獲得は成長戦略としても、極めて重要なのは誰でも分かるだろう。必然的に各国は莫大な補助金の捻出を決め、各企業は苦手な分野を補いあう、或いはスケールメリットのある他企業と連合を組み、猛烈な勢いで宇宙船の開発を始めていた。無論、以前“首座の眷族”から購入した中古船の解析データをフィードバックしながらなので、技術チームは常時デスマーチ状態だ。しかし止める者はいなかった。今やらねば何時やるというのだ。

 次に民間宇宙船の爆発的な増加に備え、フライトプランを管理する組織の立ち上げだ。全ての船が好き勝手に航行すると必ず事故が起きてしまうため、これは絶対に必要であった。が、地球独自のルールを作って管理する、という方針にはならなかった。宇宙文明の歴史や幾多の事故の知見を取り込んだ先進的なルールがあるなら、始めからそちらに合わせていた方が良いと考えるのは極々自然な道理だろう。そして安全な航行の確保が宇宙開発の促進に必須であるなら、束博士が動かない訳がない。アラライルと交渉し、複数人の教師役の確保及び(地球レベルの文明でも出来そうな)事前学習しておくべき内容の入手に成功していた。これに合わせ各国は速やかに、不気味なほど速やかに、生徒の選考を開始していた。組織名称すらまだ決まっていないが、宇宙船のフライトプランを管理する組織に人を送り込めるか否かは、今後確実に訪れる宇宙航海時代に、影響力を確保出来るかどうかに直結してくるからだ。このような動きの中で生徒として選出された者の多くは、各国の空軍でフライト管理を担っていた者や宇宙開発で衛星軌道管理を担っていた者達であった。正確な仕事内容をイメージできる人類はまだいないが、恐らく似たような仕事になるだろうという予測からだ。更に学び舎としてクレイドル1号機の1ユニットが割り当てられ、授業は“首座の眷族”とのオンライン形式となるところまでが瞬く間に決まっていった。目の前に利益や影響力といった餌がぶら下がっていると、何と動きの早い事か。

 そんな社会情勢となっている4月の3週目。

 出社して自身の予定を確認した晶は、最近のルーティンである元3年1組の面々を回り始めた。

 社長室でドーーーンと構えていても良いのだが、皆が慣れるまでは小まめに顔を出してサポートしていこうという考えだ。秘書さん連中には「余り特別扱いするものではありません」と言われたが、逆だ。特別なのだ。それを周囲に教えるという意味もある。

 という訳で、一番始めはセシリアだ。副社長室のドアをノックして、返事を確認してから入る。

 

「おはよう。今日はどうだ?」

「おはようございます。今のところは、大丈夫だと思いますわ」

 

 カラードの制服(マブラヴの国連軍C型軍装)に身を包んだセシリアが、副社長の椅子から立ち上がり出迎えてくれる。

 晶は近づきながら答えた。

 

「そうか。頑張り過ぎて無理をしないようにな」

「今は頑張る時ですわ」

 

 完全な新人なら、報連相の大切さやその他諸々色々教えるがあっただろう。だがセシリアには無用であった。というのも幼くして両親の莫大な資産と名門貴族当主という地位を受け継いだ彼女は、金がどういうものなのか、人を使うというのがどういう事なのか、立ち振る舞いが他者に与える影響を、既に嫌と言うほど理解しているからだ。またIS学園に入学した当初は性格的な難点もあったが、卒業までの3年間でその難点も改善されていた。事実、仕事で困った案件があれば、秘書さんに参考に出来そうな類似案件がこれまでに無かったかの確認や、処理方針について晶へ相談するといった事が行えていた。本当に、幼くして資産と地位を受け継ぎそれを狙う魑魅魍魎から、全てを護り抜いたのは伊達では無かったらしい。

 

「程々にな。カラードはホワイトな企業なんだ」

「分かっていますわ。そして体調管理も仕事の内、なのでしょう」

「その通り」

 

 大丈夫そうだと思った晶は、近くで影のように控えていた秘書さんに声をかけた。

 

「セシリアの事を頼む。しっかりサポートしてやってくれ」

「お任せ下さい」

 

 言葉少なく、深々と一礼する秘書さん。

 なお余談となるが、組織図上は社長()のアシスタントとなっている秘書課の面々だが、現在の仕事には副社長(セシリア)のサポートも含まれていた。これは仮に副社長専属として第二秘書課を立ち上げた場合、同じような課が2つある事で将来的な肥大化や効率性の低下が懸念されたためだ。また社長と副社長の仕事は大まかに地球外と地球内に分かれているため、両方の仕事に関わっていた方が、会社の全体的な状況が良く分かり、サポートする方としても行い易いという理由があった。更に付け加えると人員配置は固定ではなく、例えば1週間晶の秘書を行ったら、次の1週間はセシリアの秘書という交代制である。これは引き継ぎなどを敢えて行わせる事で、課の内部で確実に情報共有させる為であり、かつ更識の人間でもある秘書さん達の本職、防諜やスパイ対策を秘書課全員の目線で確実に確認するという意味でもあった。

 

 ―――閑話休題。

 

 秘書さん達のサポート能力は、晶が一番良く分かっている。命じている以上は確実にやってくれるだろう。後はセシリアが秘書さん達と上手くやってくれれば良いのだが、こればかりは様子を見ていくしかない。が、晶は余り心配していなかった。繰り返しになるが、性格的な難点が改善されている今のセシリアなら、秘書さん達とも上手くやるだろうという奇妙な確信があったのだ。

 

「じゃあ、2人とも頑張ってくれ」

 

 こうして副社長室を後にした晶が、次に向かったのは宇宙開発部門。シャルロットのところだ。

 暫し歩いて広く開放的なオフィスに入ると、出社していた社員が次々に挨拶をしてくる。そんな中を進んでいくと、一番奥のデスクに着く前にシャルロットが歩いてきた。

 こちらから声をかける。

 

「おはよう。調子はどうだ?」

「大丈夫。早速だけど、幾つかいい?」

「勿論だ」

 

 晶はシャルロットへの研修として、「部門長が必要とする情報を収集して、優先順位を考慮した上で報告させる」「得た情報をどのように活用するのか考え報告させる」というのを行っていた。これの意図するところは、膨大な情報の中から優先順位の高い情報を選別して、活用方法を考えて、いずれは部門としての行動優先順位を決められるようになってもらう必要があったからだ。これが出来なければ、大事な宇宙開発部門で部門長の代行はさせられない。

 尤も晶は、出来ないとは思っていなかった。生来の温厚で気が利く性格故か、報告される情報はいずれも非常によく纏まっている上に、何らかのアクションが提案された時は、相手への配慮もある。それでいて核心的な部分はしっかりこちらで押さえている。この姿勢は大事だろう。

 だから安心して聞いていられるのだが、やはり確認というのは必要だ。

 

「さっきの説明の――――――という部分はどうなってる?」

「そこは――――――ってなってる」

 

 今度は空間ウインドウを展開して、太陽系やスターゲート開通先の星系に敷設するセンサーユニットの生産を依頼している、及び新しく生産に名乗りを上げた会社の一覧を表示させ、とある会社を指差す。

 

「この会社だけ、生産コストが安くて1個当たりの生産時間が短い。表示されているスペックも悪くない。本来なら歓迎するところだが、此処が出来るのに他が出来てないってのが気になる」

 

 因みに晶は答えを知っていたが、敢えて聞いていた。怪しいものを見つけた時に、どのように考え、判断するのかをみるためだ。

 

「労働コストを違法に安くしているか、要求仕様を満たさない劣悪な部品を使っているから、かな」

「言うのは簡単だが、根拠は?」

「此処にいる人達にこの予算で要求性能を満たせる物が作れるか聞いてみたの。結果は無理。どこかのパーツを安物に変えるか、人件費を相当安くしないと出来ないって言ってた」

 

 晶はニヤリと笑った。

 

「なるほど。確かに此処にいる人達なら作れるもんな。今はもっと大事な事に労力を割いているから作ってないだけで、十分参考意見になる。なら、この後の対応は?」

「この会社とは取り引きしない。後は………う~ん。法的にどうこうはやり過ぎかな。実害があった訳じゃないし。でも協力してくれているところには、注意喚起しておいても良いんじゃないかな」

「悪くないが、注意喚起するならもう少し理論武装しておこうか。ウチで何度か使ってる調査会社のアドレスを送っておいたから、自分で依頼して洗ってみると良い」

 

 シャルロットの脳裏に、自身の専用機であるラファール・フォーミュラがメッセージの着信を伝えてきた。

 

「分かった」

「あ、一応言っておくけど、甘い態度見せたら容赦なく巻き上げようとしてくるところもあるからな。注意した方がいいぞ」

「腕というか、仕事の出来は?」

「割と良い」

「なら報酬に多少色がつく位は良いかな。報酬分の仕事が出来ないなら、次からは値切るけど」

「大丈夫だとは思うけど、極端な成果主義とか値切りをやると、偽情報を掴まされたりするから注意な」

 

 晶は仕事を教えるという意味で一応言ったが、余り心配していなかった。シャルロットの社会的な意味での長所は、物事に対するバランス感覚であり、気遣いであり、“基本的に”和を尊ぶ精神性だ。彼女の性格なら、敵よりも味方が増えていくだろう。

 

「そんな事しないよ。そういう事ばっかりやってると敵が多くなっちゃうし、これからは沢山の協力者が必要でしょ」

 

 やはり、ちゃんと分かっているようだった。

 そしてこんな話をしている最中に、オフィスに入って来て向かってくる者が1人いた。

 シャルロットの側近としてデュノアから出向していたが、先日正式にカラードへと移籍したキャロン・ユリニル*1だ。第一印象は昔と変わらずギャルで、小生意気さとあどけなさが同居した艶のある表情をしている。真紅の瞳に豊かな金髪のツインテール。スラリと伸びた四肢に高い腰の位置。カラードの制服(マブラヴの国連軍C型軍装)に身を包んでいても分かる起伏に富んだボディラインはとても生意気だ。

 だが外見とは裏腹に、仕事は真面目である。

 

「社長。おはようございます」

「ああ。おはよう。マザーウィルはどうだった?」

「問題ありません。最終パーツの取り付けも無事に完了して、設計上の全能力を発揮できるようになりました」

 

 晶とシャルロットの前に空間ウインドウが展開され、現在のマザーウィルの姿が映しだされる。

 設計された通りの巨体で、全高600メートル、全長2400メートル。巨体を支える移動用の六本脚に六つの飛行甲板。また当初は予定されていなかったが、絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦の経験から、長射程大口径実体弾砲×6、多連装ミサイルランチャー×24、近接防御用光学型CIWS×33、中近距離用レーザーキャノン×16、という武装化が施されていた。なお当然の事だが、防衛用のパワードスーツ部隊やIS部隊が駐留している。

 もしもこの姿をここではない別の世界(ACFA世界)の者が見たら、BFFの地上における覇権を10年以上も支えた、“スピリット・オブ・マザーウィル”ほぼそのままと言っただろう。だが中身は大きく違っていた。隕石等の不慮の事故から巨体を護るためエネルギーシールドが完備され、一般人が地球と同じ感覚で過ごせるように重力制御された居住区画があり、宇宙でありながら採掘した水資源を使ったプールなどのレクリエーション施設もある。その上で艦内に採掘用の巨大機材を抱え、精製・加工用のラインを6つ持ち、完成品が飛行甲板から地球に向かって送り出されていた。

 なおこれまでマザーウィル計画はフランス政府の直轄であり、デュノア社が実行主体という形で動いていたが、同国は今後の宇宙開発時代に向けて、幾つかの手を打っていた。

 まず1つ目が、キャロン・ユリニルのカラードへの正式な移籍である。元々マザーウィルの建造現場にいたチームごとカラードに出向していたので半ば既成事実化していたが、今後樹立するであろう星間国家の中で確固たる足場を確保するための判断であった。なお彼女はデュノア社の最新鋭IS、ラファール・フォーミュラのテストパイロットを務めていた経歴もあり、同機の機密情報を知る人間でもあった。このため普通なら、マザーウィルの事も含めて様々な情報漏洩が心配されただろう。しかしカラードの情報セキュリティがどれほど鉄壁なのかは、既に語り草であった。設立されてからまだ3年に満たない若い会社であるにも関わらず、機密指定された情報は、たった1件ですら漏れた事が無いのだ。世界中の情報機関が洗っているにも関わらず、只の1件もだ。これがどれほど異常な事であるかは、情報に関わる者なら言わずとも分かるだろう。このためフランス政府及びデュノア社は、何ら心配なくチームごとカラードに移籍させていた。

 次いで2つ目が、マザーウィルをカラードとの共同経営にする事である。これには、少なからず反対意見が存在していた。何故なら月面のマザーウィルで行われている、アルミニウムやチタンの精製・加工、及び地球での販売は非常に順調であり、極めて大事な収入源なのだ。それを何故態々他社と共同経営にして、利益を分配しなければならないのか? 一定の正当性がある意見だろう。だがそれでも推し進められた理由は、今後確実に成長していくカラードとの共同経営にしておけば、絶大な資金力による投資、優良な販売先の確保など、共同経営による利益分配など問題にならない程の利益が見込めるからだ。つまり純然たる経営上の判断である。

 

 ―――閑話休題。

 

「そうか。じゃあ予定通りマザーウィルの生産力を使って月面に固定式の工場を――――――」

 

 作ると言いかけて、晶はふと思った。当初の予定ではマザーウィルの完成を待って月面に固定式の工場を作り、更なる増産をして地球圏に資材を安定供給する――――――だったのだが、これは“首座の眷族”と出会う前に立案された計画だ。想定以上のペースで宇宙進出が進んでいる今なら、生産力を別の事に振り分けるのもアリではないだろうか? そんな考えが脳裏を過ぎったのだ。

 暫し思考を巡らせる。地球圏に流通しているチタンやアルミニウムの量は、すぐに増産が必要なほど少ないだろうか? 否だ。安定供給には役立つだろうが、緊急性は低い。加えてワープドライブを搭載して現在建造中のクレイドル2号機も、今年度後半にはアステロイドマイニング*2を始められる。安定供給という視点で考えるなら、マザーウィルの生産力をそちら側に投入する必要性は低いと言えるだろう。なら宇宙進出にもっと役立つ“何か”に生産力を使うべきだ。考えを進める。何が足りない? 何が必要だ? しかし束の手を煩わせるような複雑な物はダメだ。あくまで一般的な技術者が設計して作れそうなもの………。

 

「どうしたの?」

 

 黙り込んだ晶を見て、シャルロットが声をかけてくる。その言葉を、片手を上げて制して考える。極々当たり前の事から考えてみよう。宇宙開発を進めるには、何が必要だ? 人や資材を運ぶ船だ。ならカラードでやるか? やれなくはないが世界中の企業が開発競争をスタートさせている中で、同じ事をしてどうする? 本当に必要なら束に頼めば良いし、一般向けの船は更識のフロント企業であるキサラギが研究開発をスタートさせている。つまりカラードでやる意味は余りない。ここで少し考えを変えてみる。当然の事だが、船にはメンテナンスが必要だ。地球の海で使われる船と同じように、宇宙にメンテナンスする場所はあるか? クレイドルやマザーウィルを使えば出来なくはない。が、あれらには別の役割がある。他の船のメンテナンス基地として使えば、他の計画に影響が出てしまう。では地上にメンテナンス用の施設を造るか? 一々船を地上に下ろすのは非効率だろう。

 

「………………なぁ、宇宙に船のメンテナンス用ドックとかあったら良くないか? いや、メンテナンスだけじゃなくて、長期間船で生活するのに必要な生活必需品とか燃料も補給できて、船員の休憩もできるような場所があれば、将来往来が活発になったときに良いと思うんだが?」

「なるほど。良い案だと思う。でもどうせ造るなら長く活用できる形にしたいし、1つ確認しても良いかな」

「何をだ?」

「束博士はスターゲートをこれからも増やしていくと思うけど、どういう形で増やしていくのかな? 例えば太陽系からAという星系に繋げて、Aという星系からBという星系に繋げる形かな? それとも太陽系からAという星系とBという星系に直接行けるような形でやるのかな?」

「後者だな」

「前者にしない理由は?」

「今のところゲートを安定稼働させられるエネルギー源がアンサラーだけなんだ。そしてアンサラーを他星系に配備した場合、未知の存在や勢力による鹵獲を考慮しなきゃいけなくなる。アレが簡単にどうにか出来るようなものじゃないのは知っての通りだけど、絶対無敵と考えるのは違うだろう。更に言えば太陽系内なら俺や束、或いはお前達で即応できるかもしれないけど、流石に他星系だと初動が遅れる可能性を否定できない。だからだよ」

「なるほどね。じゃあ、あともう1つ。例えばAやBという星系よりもっと遠くのCという星系を開発する事になった時、AやBからCに直接行けるようにする航路はどれくらいで出来そうかな?」

「束が解析対策とかのセキュリティを施した、スターゲート用にデチューンしたリアクターを造ればすぐなんだが、今は他に色々やる事があるからな。多分、1~2年は先かな? あとついでに言っておくと、ゲート防衛については“首座の眷族”から内部をくり抜いた隕石を貰う予定だから、それを基地化して、同じく“首座の眷族”から購入した防衛システムを周囲に設置して運用する」

「なるほど。あれ? 貰うと言えば、もう1つなかったっけ?」

「円筒形のコロニーだな*3。 あっちの使用方法はまだ決めてないけど、直径6.4キロメートル、長さ36.0キロメートルとそれなりの大きさがあるから、移民先で放牧とかに使えたら、食生活豊かに出来そうだなぁって、何となく考えてる」

「そうだね。日々の食事が合成食品ばっかりでそれが普通になっちゃうと、人間性って言うのかな? 情緒って言うのかな? そういうものが枯れていきそうだから、食生活を豊かにする為に使うっていうのは良いと思う。――――――で、話がちょっと逸れちゃったけど航路については、今の話だと太陽系はハブ空港ならぬハブ星系になる訳だね」

「そうなるな」

「なら太陽系に、宇宙船用のドックを整備するのはアリだと思う。人の集まるところを便利にして、もっと人が集まり易くなるようにすれば、発展し易くなるでしょ」

「そうだな。ならその方向で考えるとして、どんな風にやれば準備し易いかな………」

 

 自ら発した問いについて考えてみる。完全な新規設計や余りに複雑な物だと建造に時間がかかってしまう。束の手は煩わせたくない。従って一般人でも造り易く、安全に扱え、一定の居住性があり、拡張性のある物が良い。そんな都合の良い物があるだろうか? ………あった。クレイドルだ。アレの構造は四角状の平べったい中央パーツに、エンジンブロック、連結フレーム、居住ブロック(翼部)が幾つも連結されたブロック構造の多段全翼型宇宙船だ。つまり居住ブロック(翼部)を船のメンテナンスブロックや物資の貯蔵庫として設計し直せば、転用は容易なはず。大きさは足りるだろうか? 中央パーツは高さ40メートル、横300メートル、長さ500メートル、翼部を構成する1ブロックはエンジンと連結フレーム込みで、高さ40メートル、横225メートル、長さ500メートル。これに対して先日“首座の眷族”から購入した中古船は全長約400メートル程度。購入時に「ワープドライブ搭載の標準的な輸送船」という条件をつけていたので、アレがメンテナンスできる程度の大きさがあれば、標準的な船には対応できるだろう*4。そしてクレイドルの建造を担っているのは日本で、建造や運用に関するデータ蓄積もある。加えて政権中枢は更識が掌握しており、政治的に動かすのも容易い。費用はどうだろうか? 相応の大きさがあるのでそれなりにかかるが、1号機や建造中の2号機のように、全幅4000メートルのフルサイズで造る必要はないから、幾らかは抑えられるだろう。またマザーウィルの生産力を幾らか振り分ければ、地上からの打ち上げという手間が無い分、工期も短縮できる。どのくらい振り分けるかは、共同経営だけにデュノアと要相談だろう。

 晶は判断を下した。

 

「シャル。日本政府にクレイドル3号機の中央パーツを発注してくれ。で、それと一緒に新規設計して欲しいものとして、居住ブロック(翼部)と同じサイズで、係留した船のメンテナンスや補充が行えるメンテナンスブロックを設計して欲しいって。あとデュノアに連絡して、マザーウィルで生産している資材の幾らかを、クレイドル建造の為に購入させて欲しいと伝えてくれ」

「なるほど。確かにブロック構造のクレイドルなら、必要な機能を持つブロックを用意すれば、大体の事には対応できるもんね。連絡についても了解。まぁ問題は、そこで働く人の用意だけど」

 

 何かをしようとすると、すぐに人材という壁にブチ当たる。

 なので晶は、少し(?)ばかり大胆な事を考えた。

 

「募集しても宇宙で働くならある程度の初期教育はしなきゃならないし、もう面倒だな。自前で学校作って人材の育成でもしようか」

「本気?」

「かなり。だってこのままだと何をするにしても人材難で、物事を思うように進められない。だから少しずつでも自前で育成して、確実に投入できる人間を育てるべきかなぁって」

「因みにどの程度を考えてるの?」

「人格に問題が無くて一定の実力があるなら、学費は全部もっても良い。住む場所も提供。家族がいるなら一緒に住んでも可。元々何処かで働いてたなら、前職を考慮した給料あり。元々学生でストレートに入学してきたとしても、生活に困らない程度の給料は払う。ただし卒業したら必ず宇宙開発関連で働いてもらう」

 

 札束でしばき倒すが如きやり方だが、人材不足が長引けば宇宙進出(=束の夢)に影響が出てしまう。札束で解決出来るなら、幾らだって積んでやろうじゃないか。

 

「学び舎はどうするの?」

「ある程度の初期教育は地上でやって、その後は宇宙かな。やっぱり実体験があった方が伸びるだろ」

「分かった。じゃあ部門の方でプランを立案してみるから、後で目を通してもらってもいい?」

「勿論だ。頼む」

 

 こうして晶は宇宙開発部門に少々長居をした後、戦闘部門長であるラウラのところへと向かった。

 なお余談となるが、戦闘部門の内部は大きく3つに分かれている。

 1つは潜行戦隊。空間潜行艦アリコーンを使い、今後スターゲートで開通する各星系の巡回を主任務としている。尤も艦の用意にもう少し時間がかかるため、現在は想定される各種状況をシミュレーションで訓練中だ。そして扱っている装備や任務の性質上極めて機密レベルが高いため、オフィスは不特定多数の者が出入りできない専用の部屋となっていた。

 1つは機動特捜課。今後確実に起こる星間犯罪への対処ノウハウ蓄積、及び実際の対処を目的としている課だ。現時点で配属しているのは専用機持ちが2人と少ないが、目的を考えれば今後の増員や装備増強は必須だろう。またスターゲートが開通していない今は準備段階で、アラライルから提供してもらった星間犯罪のデータを学習してもらっている。膨大な量なのでISの思考加速を使っても大変そうだったが、2人は「理不尽な暴力に晒されている人を助けたい」「だから、それ以上の理不尽で叩き潰す」という強い思いの持ち主だ。学習内容を血肉に変えて役立ててくれるだろう。いや、頑張り過ぎて倒れないように、こちらが注意して見ておかないといけないかもしれない。因みに機動特捜課にも専用オフィスを与えていた。星間犯罪の手口が外部に漏れると、良からぬ事を考える輩が必ず出てくるだろうからだ。

 1つは元々カラードに登録していたISやパワードスーツのパイロット達だ。因みに仕事上、彼女らがカラードにいる必要性は無い。派遣依頼は“Raven's Nest(レイヴンズネスト)*5を介して行われるため、オンラインのやり取りさえ出来るなら、世界中何処にいたって関係無いのだ。だが、何故か彼女らはカラードに集まるようになっていた。以前、理由が気になったので幾人かに話を聞いてみたところ、どうやら此処にいると情報が早い、仕事のネタを探し易い、食事が美味い、店の品揃えが豊富、企業関係者とコネが出来やすいと、相応にメリットがあるらしい。理由としては分からなくもないので、本社の拡張工事をする際にレンタル用のガレージを準備したら、告知するなりあっという間に埋まってしまった。そしてちょっとした遊び心で、傭兵=ファンタジーでいうところの冒険者的な何かと考えて、酒場みたいなものを用意してみたら、これが当たってしまった。傭兵が暇つぶしに集まり、傭兵目当てで依頼人が訪れ、商談が行われ、依頼が発生する。途中で入る食事や酒の注文が、そこそこの売り上げとなっているのだ。しかし依頼なんてオンラインで出せば良いのに、態々酒場に直接来て依頼するのは何故だろうか? 雰囲気を味わいたいのだろうか? いや、依頼する相手を直接吟味したいというなら分からなくはないが………。なおファンタジー的な古き良き酒場をイメージして作られた場所だが、荒くれ者が集まる薄汚い酒場にはならなかった。妙に小綺麗なのだ。理由は利用者がほぼ100%彼女達、つまり女性だからだろう。偏見かもしれないが、男が使うよりも女が使う方が綺麗なのだ。いや、もしかしたら責任者が色々気にして清掃に力を入れてくれているのかもしれない。良い仕事だと評価しておこう。

 ここで晶の思考が少しばかり脱線する。

 ISパイロットが美人揃いなのは周知の事実だが、カラードのレンタルガレージを使っているパワードスーツ部隊にも美人な女性パイロットが多い。パイロットスーツは体の線がはっきり分かるピッチリスーツ(マブラヴのパイロットスーツ)なので非常に眼福である。なお、たまーーーーに事情を良く知らない力自慢の粗野な男性パワードスーツパイロットがナンパ目的で来て、身の程を分からされて叩き出される事があるらしい。

 

 ―――閑話休題。

 

 戦闘部門はこのような形になっているため、広いオフィスの中にラウラのデスクがある、という形ではない。専用の執務室が用意され、状況に応じて呼び出す、或いはラウラ本人が出向くという形になっていた。

 そして執務室の前に来た晶が、ドアをノックして声をかける。

 

「ラウラ」

 

 ドアが開かれると、眼前にカラードの制服(マブラヴの国連軍C型軍装)に身を包んだラウラが立っていた。3年前のチビでツル・ペタ・ストーンな体型と幼い容姿ではない。年齢相応に成長した美しい容姿、豊かな銀髪、真紅の瞳、眼帯に隠された金色の瞳、人並な身長、制服を押し上げる豊かな双丘、くびれた腰、臀部から脚部へと続く魅惑的なライン、誰もが羨む程の美女と言えるだろう。

 

「また来たのか。お前も心配性だな。問題無いと言ってるだろう」

 

 邪険にされているような物言いだが、声と表情から背後にブンブン振っている尻尾が見えるような気がするのは、気のせいではないだろう。

 

「そう言うな。クラスメイトは特別なんだ。だから、普段からこうやって来るんだよ。軍隊でもコミュニケーションは大事にするだろう?」

「まぁな。ただ、今のところは本当に何もないぞ」

「むしろ今の地球圏の状況で、何かあったら困る。そして戦闘部門が忙しくない今の内に、今後の備えをしておきたい」

 

 真面目な話になりそうだと思ったラウラは、応接セットの椅子を勧めて自身も座った。

 そうしてテーブルを挟んで向かい合ったところで、晶が話し始めた。

 

「まず単刀直入に用件を話そう。黒ウサギ隊をドイツから引き抜きたい」

「ふむ。良い悪い出来る出来ないを答える前に、理由を聞こう」

「少し長くなるが、勿論話すさ。今後宇宙進出が進めば、宇宙で活動しなければならない依頼も増えるだろう。で、カラードの現状を考えれば、宇宙での活動そのものは問題無い。ISを多数保有しているっていう強みがあるし、そう遠くない内に束がIS用のワープドライブも作るからな」

 

 人型で人間サイズかつ機動力・攻撃力・防御力を兼ね備え、拡張領域(バススロット)を使った量子変換で何処にいても自在に装備変更が行え、陸海空宙の全領域で活動可能なISは極めて高い汎用性を持つ。だが、此処に落とし穴があると晶は思っていた。

 

「だけど、活動場所が宇宙というだけでISが出る状況は拙いと思うんだ。何故ならこれまで得た情報から考えて、宇宙文明から見てもISは決して弱い方じゃない。強者と言えるかはまだ分からないが、絶対に弱くはない。そしてある程度の戦力を持つ相手と戦うなら、情報取集して、分析して、弱点を探り、最終的には必勝の状況を作って勝とうとする。これは宇宙文明でも変わらないと思うんだ。いや、宇宙進出している程の知性体なら、より徹底しているかもしれない。だから俺としてはその危険性を減らす為に、まずは情報収集される機会を減らしたい」

 

 ラウラは少しばかり考えた。言っている内容は理解できるが、黒ウサギ隊の引き抜きと話が繋がらない。なので相槌を打ち、先を促す。

 

「で、だ。ISの情報を収集されるのが嫌なら、IS以外に依頼を受けられる存在が必要だろう。だから適度に使い勝手の良いパワードスーツ*6部隊や傭兵を増やす。そうすればミッションの難易度に応じて、自然とISとパワードスーツっていう住み分けがされて、結果として全体的なISの出撃数が抑制されて情報収集される事も減ると思ってる。勿論、これは情報収集される機会を減らすだけであって、100%の安全が確保できる訳じゃない。こちらの方針が分かれば、相応の状況を用意してISを誘き出す、くらいは当然あるだろう。だけど、ラウラには言うまでも無いだろうけど、仕込みってのは基本的にかける労力が大きくなればなるほど察知され易くなる。こっちにしてみれば、怪しいと思える兆候を掴めると掴めないじゃ大分違うだろう。でもここで問題。パワードスーツはISみたいに無茶ができる道具じゃない。数を増やすなら宇宙でも立派に使える………いや、正しく言うなら、宇宙の荒事にも使える信頼性があるって事を証明しないといけない。クレイドルやマザーウィルの建造に使った程度の扱いじゃない。それよりも遥かに過酷な状況や環境での使用に耐えられる道具だって事を証明しないと、全体的な数は増えないと思うんだ」

 

 ここまで聞いて、ラウラの中でようやく話が繋がった。

 

「なるほど。黒ウサギのパワードスーツ部隊に、宇宙での運用ノウハウの蓄積をさせたいんだな」

「御名答」

「因みに確認だが、蓄積した後はどうするんだ?」

「ある程度の蓄積が済んだら黒ウサギ隊の中から何人か教官役を選んで、新しい部隊を育てさせる。で、育った部隊を色々なミッションに投入して、そいつらで無理だったらISを投入って形にしていきたい。あとついでにいえば、ウチがそういう事をしたら、他の企業も真似てくれるんじゃないかなって思ってる」

「中々先の長い話だな」

「だけど今の内からやっておかないと宇宙の依頼は全てISが対処する事になって、さっき言ったような状況になりかねない」

「分かった。そういう理由なら働きかけてみよう。だが、1つ確約が欲しい」

「なんだ?」

「今の話を聞いただけでも危険な仕事だと分かるし、お前がそこまで言うんだ。かなり鬼畜で外道でどうしようもなくて泣きたくなるような状況や環境も含まれているだろう。古巣の人間をそんなところに誘うなら、せめて装備は最高の物を与えたい」

 

 晶は一瞬キョトンとして、肩を竦めた。

 

「言葉が足りなかったな。どれくらいの事が出来るのか調べるなら、道具も相応の物が必要だろう。だから今キサラギに、第三世代のパワードスーツを準備させている」

「第三世代?」

 

 軍人としての下地があるラウラは、IS以外の兵器にも詳しい。戦う者であれば自身の生存率を上げる為にも情報収集は当たり前だが、彼女の知識は他の者より深く広い。その彼女の知識の中に、量産化に成功している第三世代機はない。純粋な性能で言えばIS学園に配備されているType00 武御雷が突出しているが、あちらは学園専用配備機で、メンテナンスが相当に手間と聞いた事がある。またその他の高性能機となれば、アメリカ軍が開発したF-14のオービットダイブ対応型。後は同じくアメリカ軍が開発・試験中のF-15だろうか。しかしあれは第二世代分類だ。

 

「ああ。第三世代。機動力を重視した設計で、物理装甲は高機動化の為に軽量化された影響で第一世代に劣るけど、代わりにエネルギーシールドがある。コンデンサの性能で使用回数に制限はあるけどな」*7

 

 晶は言いながら空間ウインドウを展開して、キサラギが準備を進めているパワードスーツの情報を表示させた。

 型式番号はType94 不知火。宇宙での活動に加え、オービットダイブで他惑星への降下や補給状況が厳しい中での運用も想定されているため、跳躍ユニットを使用した機動戦闘時は空力制御も併用する事で、少ない電力と燃料で機動できるように省エネ化が図られている。それでいて機動力や反応速度はF-14を超え、新素材の導入で対人兵器程度なら十分に防げる物理装甲を備え、それ以上の高火力兵器も回数制限はあるがエネルギーシールドで防げるようになっていた。

 カタログスペックは悪くない。が、強力な光学兵器を使える程の出力は無いから、もしかしたら打撃力不足となる事があるかもしれない。というのがラウラの素直な感想だった。

 

「今黒ウサギで使っているF-4より、大分高性能だな」

「アレも決して悪い機体じゃないし、F-4系列機体の入手のし易さを考えればあちらも使いたいところだけど、厳しい状況を想定しているのに性能の劣る機体を渡すのは違うだろう。――――――いや、F-4系列は無人運用と割り切れば安くて使い勝手の良い囮や盾役にできるか」

「良い考えだな。そしてお前が隊員の事を考えてくれているのは分かったから、幾つか質問だ」

「何かな?」

「宇宙空間や他惑星での活動が前提なら、船はどうなる?」

「多分、束に一般人でも操作できる船を造ってもらう形になるかな。ただ今は作製予定が立て込んでいるし、もしかしたら“首座の眷族”から何かしらの船を購入して、先に宇宙に慣れてもらうって方法にするかもしれん」

「出来るなら、やはり束博士のものがいいな。それはそうと、1つ聞いてもいいか」

「なんだ?」

「一般人でも操作できる船とはどういう意味だ?」

「ああ、すまん。表現が悪かったな。潜行戦隊に配備予定のアリコーンとは違うっていう意味でだ。アレって専用機持ちでの運用が前提だから、一般人が使えるような操作系にはなってないだろ。まぁ最悪を想定して、一応マニュアルモードはあるけど。だから専用機持ちじゃなくても使える、普通の操作系の船って意味でだよ」

「なるほど」

 

 ラウラは肯いた後、元の話題に戻した。

 

「博士の予定が立て込んでいるなら、船はどれくらいで出来そうなんだ? あと、Type94のロールアウトはいつになる?」

「優先順位としてはスターゲートとアリコーンが先になるから、かなりザックリだけど半年以上1年以内ってところかな。Type94の方は後3ヵ月って連絡をもらってる」

「引き抜き交渉。機種転換訓練。宇宙や宇宙船についての学習。想定される状況の洗い出し………………」

 

 ラウラは必要な事を指折り数え始め、人差し指を頭につけて俯いた。自身が行うのはドイツからの引き抜き交渉くらいで、実務は一緒に引き抜くクラリッサに任せてしまえば良いだろう。だが今後に関わる大事な仕事だけに、報告を受ける側としても多方面の知識が必要になるのは間違いない。学生時代と変わらず、勉学に忙しい日々になりそうだ。いや、仕事をしながらなのでもっと大変だろう。

 そんな事を思っていると、何故か随分と優しい言葉をかけられた。

 

「大変かもしれないが、頑張ってくれ。お前なら出来るって信じてるぞ」

 

 これに学生時代から散々弄られてきたラウラは、ムスッとした表情で返した。

 

「お前、そういう事を言えば私がコロッと騙されて頑張る都合の良い女とか思ってないか?」

 

 晶はニヤリと笑った。

 

「思ってる」

 

 ラウラはジト目で見返した。

 

「少しは否定しろ。憎たらしい」

「でもやってくれるんだろ」

「上官の命令を遂行するのは部下として当然の行いだ。仮に上官が少々Sで鬼畜な外道でも、戦闘部門を統括する私が抗命などしては士気に関わるだろう」

「酷い言われようだな」

「だがまぁ、部下の安全や待遇にはちゃんと配慮してくれるようだから、そういう上官の為になら頑張るのもやぶさかではない」

「お前も捻くれた性格になったなぁ」

「誰のせいだ。誰の」

「さぁ、誰だろうな?」

 

 晶は肩をすくめてニヤニヤした後、立ち上がった。

 

「さて、と。他にも回るところがあるし、そろそろ行くかな」

「分かった。話は進めておく」

 

 こうしてラウラの下を後にした晶は、次に宮白加奈(かなりん)赤坂由香里(あかりん)を配属した機動特捜課に向かった。今後確実に起こる星間犯罪への対処ノウハウの蓄積と対処を目的とした課で、今は“首座の眷族”のアラライルから提供してもらった星間犯罪の手口等を分析してもらっている。まだ2人しかいない課だが、今後の状況に合わせて人員や装備を増強していく予定だ。なお距離的には潜行戦隊の方が近いのだが、あちらは今シミュレーション訓練中だ。邪魔する訳にもいかないので、昼時にでも行くとしよう。

 そうしてオフィスの前に着いたのでドアをノックすると――――――。

 

「あ゛~~~~い」

 

 何やら、妙に疲れたような返事が返ってきた。

 

「あ~、晶だ。入るぞ」

「………えっ!? ええ!? もうこんな時間!? ちょっ!! 待って!!」

「30秒だけ待って!!」

「無理。1分!!」

 

 部屋の中でガタガタゴトゴトバッタンと何かが倒れ、更にドタバタと2人が動いている様子がある。

 

(もしかしてこいつら、徹夜した?)

 

 昨日来た時は何ともなかった。その時に「提供されたデータの中にちょっと大きい事件があったから、これから読み込むんです」と言っていた。

 そんな事を思い出しながら1分待ったが、部屋の中からはまだドタバタした音が聞こえてくる。既に一糸纏わぬ姿を見た間柄だが、まぁ整っていない姿は見られたくないというのもあるだろう。なので部屋が静かになるのを待ってから、もう一度声をかける。

 

「そろそろ、いいか?」

「い、いいよ~」

 

 ドアを開けると加奈と由香里が並んで立っていたが、取り繕った感が満載だ。顔はパッチリしているが制服はちょっと縒れていて、多分ボサボサになっていたであろう髪はピン止めで無理矢理整えられている。ついでに言えば倒れたイスがそのままだ。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 微妙な沈黙。

 晶は「はぁ」と一息ついてから口を開いた。

 

「徹夜したな?」

「し、してませんよ」

「寝ましたよ。1時間くらい」

 

 2人の視線が横に泳ぐ。

 

「まったく。頑張ってくれるのは嬉しいし、お前達がこの仕事を志した動機を考えれば頑張るのも分かる。だけど、体調管理も仕事の内だ。こんな状態で緊急出撃なんて事態になったらどうするんだ? 扱っている情報を考えれば、お前達を襲って強奪なんて危険性もあるんだぞ」

「「ご、ごめんなさい」」

 

 2人が揃って頭を下げてくる。だがやる気を削ぐのは晶の本意ではない。

 

「取り合えず午前中は半休にしておくから、一回寝て、頭をスッキリさせて、午後から読み込んだ事件のレポートを作ってくれ。そこまで根を詰めて読み込んだって事は、今の状況では有り得そうな事件だったってことだろ。明日の朝には出せそうか?」

「うん。出せると思う」

 

 加奈が答えると、由香里が早速と行動を起こした。倒れていたイス―――リクライニング出来る割と良い椅子―――を起こし、そのまま座って背もたれを倒して休み始めたのだ。

 これを見て晶は一言。

 

「おい。それじゃちゃんと休めないだろ。部屋で休め」

「だって部屋に行ってベッドに入ったら、多分熟睡しちゃうもん。だから此処で。今日だけだから」

「………分かった。今日だけだぞ」

 

 絶対今後も同じ事をやる、という奇妙な確信を抱きながら晶は答えた。そして少しばかり未来のお話だが、適度に休んで欲しい晶と、悪党を叩き潰したい加奈と由香里の熱意で幾度となく綱引きが行われた結果、晶が根負けして残業許可、結果そのままオフィスで寝てしまった2人に、タオルケットをかけてやるような光景が幾度となく見られるようになっていた。因みに本当にダメだと思った時は、「俺との模擬戦で勝てたら良いぞ」という無理ゲー(NEXTの戦闘力はファーストシフト程度に抑えて)なパワープレイで強制お休みモードである。

 こうして2人を休ませた晶は、次に異常気象対応部門に向かった。

 オフィスに入ると部門長の簪が真面目にデスクワークをしており、近くのデスクに座るのほほんさん(本音)は突っ伏して涎を垂らしながら寝ている。

 この場面だけを見れば、社長としては注意すべきだろう。が、晶は知っていた。のほほんさん(本音)はある意味で天才肌なのだ。

 

「もしかして、もう終わらせてる?」

 

 のほほんさん(本音)を指差しながら、簪に尋ねる。

 

「うん。凄い勢いで終わらせて、バタッて寝ちゃった」

 

 ここは気象を扱う部門なので、気象に対する深い理解を必要とする。気象コントロール用ISを使うなら尚更だ。このため配属した面々には、地球規模での気候変動に関する学習を義務付けていた。また出撃地域の気象情報の学習も必須で、スパコンを使ったシミュレーションやテストもある。状況に合わせた判断が必要になる非常に難しいもののはずなのだが、午後に出撃予定のあるのほほんさん(本音)は、それらをさっさと終わらせてお休みモードに入っていた。普通なら「起きろ」とか「真面目に入念に準備しろ」とか言うところなのだろうが、学生時代もこの調子で成績上位をキープし続けていたので、本人なりのメリハリなのだろう。世間一般的とは言い難いが、仕事をしてくれるなら型に嵌める必要はない。

 

「そうか。―――ところで、調子はどうだ?」

「問題という問題はありません。依頼の量は多いですけど、AIがある程度の分類をしてくれるので、忙殺されるという程でもありませんし」

 

 台風による暴風や豪雨、干ばつ、熱波、豪雪など、人の生活を容易く壊す異常気象に対応可能というこの部門の性質上、依頼が殺到するのは設立前から十二分に予測出来ていた。このため晶は、予め幾つかの対応策を準備していた。

 一つ目が依頼ルートの一本化。依頼は如何なる理由があろうと、カラード社のホームページにある専用入力フォームからしか受け付けない。これは依頼時の交渉で優先順位の繰り上げが可能と思わせないためだった。誰かの交渉を認めれば、必ず続く者が現れ、その交渉に一々応じていてはカラードのリソースが削られてしまう。それを防ぐ為だった。

 二つ目が依頼を重要度ごとに分類するAIの投入。というのも異常気象対応部門を立ち上げた理由は金儲けではなく、自然災害による一般市民の被害を減らす、食料生産や企業活動にダメージが入らないようにする、というものだ。これらを総合的に判断して依頼を受けるのは、人間には少々難しい。考慮すべき要素が多過ぎる。なのでAIに依頼を受けた場合と受けなかった場合の予測演算をさせて、設立目的に合うものを優先的に受けるような形にしていた。ただしそれとは別に、多くの依頼料を払えない人向けの枠も確保されていた。全ての判断をAIに任せて足元を疎かにすれば、いずれ足元が揺らぐだろう、という考えがあったからだ。

 晶がそんな事を思い出していると、簪が言葉を続けた。

 

「ただ、こういうものをどう処理しようか迷ってます」

 

 簪の前に展開されていた空間ウインドウが、晶の前にスライドしてきた。

 表示されているのは、要約してしまえば「台風が近づいているからどうにかして欲しい」というものだ。異常気象対応部門が受ける依頼としては、極々真っ当な依頼と言えるだろう。だが最後のフリーコメント欄と、地球上の何処から専用入力フォームにアクセスしたのかを確認すると、納得という思いが漏れ出た。

 

「ああ、なるほど」

 

 フリーコメント欄に書かれていたのは、とある国の内情。多くの人の自由が制限され、搾取され、弾圧されているという切実な訴えだ。無論これだけなら、依頼者の戯言と切って捨てただろう。だが幸か不幸か、今のカラードには真偽を確認するだけの情報力があった。アンサラーからのスーパーマイクロウェーブを中継する72機の中継衛星群*8には、設計段階から自衛能力の他に、強力な2つの機能が実装されていたからだ*9

 1つは大容量高速通信システム。宇宙開発時代の基幹インフラとなる事を期待され、性能は世界中の海に敷設されたインターネットの主要な回線である海底ケーブルの全通信量を肩代わりして、なお余力があり一切の遅延を起こさないというレベルだ。

 1つは既存の偵察衛星を遥かに超えた地表探査能力。製作者本人は「レクテナ施設に正確にスーパーマイクロウェーブを照射する為」等と言っていたが、当然のようにそれ以外の使われ方もしていた。

 尤もこれらの機能が一般に知られるのは、もっとずっと後で、性能も偽装された低いものである予定だった。アンサラーが宇宙(そら)に上がった時、人類は衛星通信網を持っていたし、各国が打ち上げた偵察衛星群が地上を見ていたからだ。が、どこぞの大馬鹿がケスラーシンドローム*10を起こしてくれたお陰で、悪夢のような事態が発生する。各国が構築していた通信衛星網や偵察衛星群が、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次来襲直前に全損したのだ。このため束は予定を大幅に前倒しして、中継衛星群による衛星通信網と地表探査能力を各国や企業に提供していた。無論100%の性能ではなく幾重にも偽装された低性能なものだが、それでもこれまで使われていた通信衛星や偵察衛星より遥かに高性能であった。これがなければ絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘はもとより、その後の復興事業も相当に厳しいものになっていただろう。

 このような背景から宇宙(そら)の通信網を握ったカラードの情報収集能力は、国というレベルを超えて地球全域に及んでいた。しかし、これだけで情報的な覇権を握れる訳ではない。カラードの通信網(=カラードに情報を覗かれる可能性がある)を使うのが嫌なら、これまで整備されていた旧来の回線を使えば良いだけなのだ。また絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次来襲時、戦地以外のケーブルにダメージは無かったため、使用するのにも何ら問題は無い。

 なので、束は衛星通信網を使って貰えるように1つ仕込みをしていた。レクテナ施設を衛星通信網へのアクセスポイントにしていたのだ。これの利点はなんであろうか? 答えは戦争や災害、或いは他者の謀略による通信妨害への圧倒的な耐性だ。何故ならレクテナ施設は可動部が殆ど無いため、地震等への災害に強い。万一修復に非常に時間が掛かるような被害を受けたとしても、各パーツはユニット化されているため、パーツ交換してしまえば復旧も早い。物理的なケーブルで繋がっている訳ではないため、どこぞの国がやる切断という妨害工作は無意味。旧来のような電波による通信ではないため、ECMは意味を成さない。

 つまり束は基幹インフラに求められる全ての性能を超高水準で満たしているものを、レクテナ施設を設置するだけで使えるようにしたのだ。安定した電力供給とセットであるなら、どちらを使うかは自明の理だろう。

 だがこの行いは、自国民の自由や情報を制限したい独裁者にとって、非常に都合が悪かった。今までなら国内に入ってくるケーブルの大本を押さえれば、海外の不都合な情報をシャットアウトできた。旧来の衛星回線は細過ぎて大多数の使用には向かなかったから統制も容易だった。しかし安定した安い電力に目が眩んでレクテナ施設を受け入れた場合、強力な通信機能が標準装備であるため、表向きサービスとして提供されている物理回線を押さえても、全く情報統制できないのだ。

 これに、自由を制限され、搾取され、弾圧されている人々は目をつけた。レクテナ施設にアクセス出来れば、惨状を世界に伝えられる。では誰に伝える? 誰なら動いてくれる? 誰なら助けてくれる? 他国に訴えたところで、政治的なショーにはなってもそれで終わりだろう。暗殺者を雇って、独裁者を排除する? 無理だ。そんな凄腕を雇う金など、貧乏人にはない。賞金首にする? 無理だ。賞金首狩りが動くような報酬を、貧乏人が支払えるはずもない――――――――――――と思った者がふと閃いた。賞金首狩り、ハウンド、元IS強奪犯という極上の悪党を使って賞金首を狩るあの人の会社ならどうだ? もしかしたら? そう思った者達が一縷の望みをかけて、依頼入力専用フォームのフリーコメント欄を使って情報を送っていたのだった。

 

「どうしますか?」

 

 簪の視線には、ある種の期待が込められていた。

 

「ふむ。枠内でどんな依頼を受けて、誰を派遣するかは部門長の権限の範囲内だ。仮に護衛が少々多かったとしても、天候調査用にセンサー満載のISが同行していても、権限の範囲内だ。あとは………ああ、そうだ。異常気象対応部門の活動を取材したいってメディアが結構あったな。連れて行けばもしかしたら、何かの拍子に何か美味しいネタが出てくるかもしれないな」

「分かりました。助言、ありがとうございます」

「なに、誰でも迷う事はあるし、じっくり考えるのも良い場合もあれば、他人の言葉にヒントがある場合もある。俺で良ければいつでも相談に乗るさ」

「社長のお時間を、余り取らせたくはありません」

 

 少々素っ気ない言葉だが、これが仕事中の簪のスタイルなのだろう。ここで素っ気ない分は更識家本邸にいる時に、じっくりたっぷりねっぷりと………と思考が脱線しかけたが仕事中である事を思い出して元に戻す。そうして部門にいる他の面々とも暫し話した後、晶は異常気象対応部門を後にしたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 晶はレスキュー部門で一夏・箒・鈴と話した後、先程とばした潜行戦隊のオフィスへと向かっていた。その途中で3人の様子を思い出す。救える命を救うという事に対して真っ当な感性を持って努力していたから、恐らく良いレスキュー要員になってくれるだろう。ただ一夏は天才肌ではないので、しっかりと現場を経験させてから上にあげた方が良いかもしれない。その分、地に足がついた良い上司になってくれるだろう。が、ふと思う。

 

(………いや待てよ。アイツの性格なら上より現場とか言いそうだな。でも箒と鈴の事も考えたら、上にしてやりたいなぁ。う~ん。でも無理強いしたところで本人達が幸せじゃないなら意味ないし………。むう………困った。いいや。今度本人達にどんな将来を目指してるのか聞いてみるか)

 

 互いに専用機持ちなのでコアネットワークで聞いても良いのだが、こういう話をするなら、直接顔を合わせての方が良いだろう。

 そんな事を思っていると目的地に着いたので、ドアをノックする。が、返事が無い。

 

「………?」

 

 もう一回ノックをする。が、やはり返事が無い。いや、あった。中から弱々しい返事が返ってくる。

 

「は………い…………………」

 

 どうやら大分疲れているらしい。

 

「あ~、俺だ。晶だ。入るぞ」

 

 ドアを開けて入る。そして他人に見られないようにドアを閉める。余りにも酷い光景だったからだ。

 

「みんな、大丈夫か?」

「晶、くん。なに、アレ?」

 

 相川清香が、デスクに突っ伏しながら僅かに顔を上げて尋ねてきた。明らかに疲労困憊といった様子だ。

 

「ん~、まぁ、なんだ。まだ不確定要素が多いから、巡回任務に出た時に有り得そうな状況に、ちょっとスパイスを混ぜて作ったシミュレーションだ」

「ちょっと?」

 

 殆どノックダウン状態の他の面々が、ゆらぁとゾンビのように顔を上げて見てくる。

 

「いや、巡回してる奴がいるって分かってるなら、救助者を餌にした誘き出しなんて誰でも考えるだろ。宇宙にはワープっていう離脱に便利な手段があるけど、当然のようにワープ妨害って対抗策もあるから、嵌められたら確殺されるなんて状況も有り得る。だからエゲツナイ方法を先に経験しておかないと」

 

 潜行戦隊に配備予定のアリコーンはワープ妨害に耐性を持っているが、絶対確実ではない。耐性を超えるワープ妨害をされたら、ワープで逃げる事はできないのだ。

 

「いや、でもアレ、殺意高過ぎでしょう」

「そうか? 邪魔者を消す。或いはその場に拘束する為に嵌めるなら、あのくらいは想定して良いと思うんだが」

「むりぃ」

 

 皆と同じようにデスクに突っ伏している鷹月静寐が、真っ白に燃え尽きながら呻いた。

 

「ふむ………」

 

 晶は空間ウインドウを展開して、皆が午前中に行っていたシミュレーションデータを呼び出してみた。

 内容を確認すると、見事に船体爆散という結果が並んでいる。

 目標への接近前に周囲の索敵をして、敵性存在を排除して、救出目標に向かう攻撃はバリアドローンで防ぎ、そんな中で格納庫に救出目標を回収してワープで緊急離脱………しようとしたところで、救出目標に仕掛けられていたトラップが爆発して船体爆散。

 ステルス性を活かして活動していたが、設置者不明のセンサー群に突っ込んでしまいステルスの優位を剥ぎ取られ、集中砲火を浴びて船体爆散。

 捻りも無くワープ戦術で強襲されて、ワープで離脱する前に集中砲火を浴びて船体爆散。

 

 ―――等々。

 

 ログを見ていくと、本当にどうしようもない状況もあるが、正面切っての戦闘になってしまっている事も多い。

 

「ん~、ちょっと船の性能に対する認識を改めた方がいいかな」

「どういうこと?」

 

 真っ白に燃え尽きていた鷹月静寐が、晶に近づいてきた。

 

「アリコーンって地球文明基準じゃ凄い強力で、数年前にアレが地球にあったら世界征服できたと思う。だけど宇宙文明基準で言ったら、多分そんなに強くない。みんなに死んでほしくないから頑丈で沈み辛くしてあるけど、絶対的な性能がある訳じゃない。まして俺達は宇宙文明について知らない事の方が多い。だから基本的に見つからないように運用した方が良いと思う」

「でも救助とか、どうしても姿を現さないとならない場合もあるよ」

「ものは考えようさ。今のやり取りで、アリコーンの弱点が1つ分かった」

「え?」

「せっかくそれなりの大きさがある船なのに、人員輸送とか救出とかに使えるシャトルを搭載してなかった。仮に地球で運用するんだったら、多分誰かが輸送ヘリが無いとか気付いたんだろうな」

「あ………なるほど」

「で、アリコーン本体に格納する前にシャトルっていうワンクッションを入れるなら、シャトルの内部に色々センサーを仕込んで、格納する対象を調べれば良い。それで船体内部から直接やられる可能性は大分減らせるだろう」

「そうか。そういう視点で考えれば良いんだね。今ある装備を使いこなすだけじゃなくて、必要な装備を考えて、提案して、作る」

「そういうこと。この戦隊が行うのは地球文明圏で初の試みなんだ。だから想像力もなくちゃいけない」

 

 すると委員長気質の鷹月は、皆に声をかけた。

 

「よーしみんな!! 爆散したシミュレーションで、どんな装備があったら防げたか、乗り越えられたか洗い出すよ!! 作れる作れないは後にして、思いつく限り書き出して検討!!」

「「「おーーーーーーー!!」」」

 

 どこからかホワイトボードが準備され、皆が意見を出し始める。

 この光景を晶は嬉しく思いつつ、出された意見を聞いていたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃。お昼休憩中のカラード一般社員は、お喋りに興じていた。

 

「社長ってマメだよねーー」

「毎日クラスメイトの所に行って、ちゃんと話聞いてるんでしょ」

「良いなぁ。特別扱いじゃない」

「頑張ればしてくれるんじゃない? たしか………宇宙開発部門のキャロンさん。あの人って元々社長と余り関係の無い人でしょ」

「クラスメイトみたいな関係は無いけど、月のマザーウィル建造でガッツリ関わってるじゃない。で、あの巨大プロジェクトの中心にいた人よ。それくらいの才覚が無いと無理ってことでしょ」

「うわぁ………それなりの地位にいる人は、それなりの能力ってことかぁ」

「でも他のクラスメイトはどうなの? 欧州の3人、異常気象対応部門の部門長、レスキュー部門の3人とかは分かるけど、他の子達ってこれっていう逸話なくない?」

「え? 知らないの?」

「何が?」

「アンタと同じようなこと言って、模擬戦吹っ掛けた戦闘部門登録のISパイロットがいたって話」

「あの話? 単なる噂でしょ」

「本当よ。だって私模擬戦会場で見てたもん」

「え゛!? 本当? 噂や誇張じゃなくて?」

「本当よ。何人か模擬戦してたけど、一番怖かったのは………名前なんて言ったかな。大人しそうな子で………あ、思い出した。宮白加奈だ。新設の機動特捜課に配属された子」

「どうだったの?」

「圧勝。戦闘部門登録のISパイロットが、武器全部破壊されて叩きのめされたわ」

「あれ、本当に噂じゃなかったんだ。え、あれ、待って。じゃあ、ツーマンセルとかスリーマンセルの話も本当なの?」

「本当よ。コンビ戦ならやれると思ったんでしょうね。宮白加奈と赤坂由香里のコンビに挑んで、1on1の時以上にあっさり負けてたわ。というか、アレはあのコンビがおかしいわ。確かにISは理論上全周囲の知覚が出来るけど、ノールックで後ろにいる味方に援護射撃するとかどういうこと?」

「………す、スリーマンセルは?」

「ええっと、相川清香、鷹月静寐、四十院神楽だったかな。前衛2枚、中衛1枚編成で、挑んだ方も同じ編成」

「ど、どうだったの?」

「開幕早々にイグニッション・ブースト(瞬時加速)。分かり易い突撃で動かされたところに置きグレネードで連携寸断。で、その一瞬の間に3対1に持ち込んで速攻で1機撃破。3対2になった後はワンサイドゲームね。パイロットにしてみれば色々あるかもしれないけど、観客的な印象で言うなら、何もさせてもらえなかった、だわ」

「なんか、新人パイロットっていう感じじゃないんだけど」

「戦闘部門長のラウラさんが言ってるの聞こえたんだけど、3年1組であんな戦い方したら補習だって言ってたわ」

「模擬戦したのって、ウチの戦闘部門登録パイロットよね? 実戦知ってるなら、学園では教わらないような現場仕込みの戦い方とか無かったのかな?」

「頑張ってたけど、尽く潰されてる感じだったわね」

「うそぉ」

「本当。見てて鳥肌が立ったわ」

「親衛隊って呼ばれるのは、相応の理由があるってことかぁ」

「そうね。あ、そろそろ時間ね。じゃあ、午後も頑張りましょうか」

 

 こうして一般社員は、自分達のオフィスに戻っていったのだった。

 

 

 

 第182話に続く

 

 

 

*1
元ネタは「キャロライン・ユリ」で初回登場は「第153話 月面開発」。例によって例の如く、名前で画像検索すると出てきますが、“くれぐれも”周囲に人がいない場所でお願い致します。ついでに言うとISスーツは元ネタ通りの姿だったりします。

*2
アステロイド(小惑星)からレアメタルを抽出すること

*3
隕石とコロニーについては第176話にて

*4
クレイドル各部の大きさについては第122、142、159話など。

*5
第147話にて設立。カラードが処理していたIS向けの依頼斡旋作業を分離・独立させたもので、現在ISやパワードスーツ向けの依頼は全てこちらで取り扱われている。

*6
本作品中のパワードスーツは人が着るタイプの外骨格で、あくまで人間サイズとなっております。

*7
エネルギーシールドの性能は、更識家に与えられているYF-23の劣化版である。

*8
アンサラー1機につき24機の中継衛星がある。

*9
第157話にて

*10
地球周回軌道上のスペースデブリ(宇宙ごみ)の密度がある限界を超えると、衝突・破壊の連鎖によって宇宙ごみが爆発的に増え、宇宙開発を行えなくなるという理論。




色々書いていたら思いのほか長くなってしまいました。
AC6メッチャ面白いです!!

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