インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
特に欧州三人娘は、これまでISパイロットの最高峰であった国家代表等よりも遥かに高い位置につきました。
必然的に影響力も絶大です。
あと体制一新に伴い新しい部門が立ち上がったりしたので、組織図なんてものを作ってみました。
4月の第1週。
―――カラード本社ブリーフィングルーム。
「こうしてみんなと一緒に働ける事を、嬉しく思う」
横道に逸れそうになった思考を戻して、続く言葉を口にする。
「だから、やっぱりこういう事は言葉にしておいた方が良いと思うから言わせてくれ。―――みんな、これからも宜しく頼む」
口々に返ってくるフランクな返事は、赤の他人が見たら学生気分の抜けていない子供に見えただろう。が、元3年1組の面々にとっては無用の心配だった。この場に他人の目は無いし、必要な時に必要な態度が取れる面々という事は、全員が理解しているからだ。上下関係に非常に厳しい軍人出身のラウラが、涼しい顔をしているのが良い証明だろう。
「さて、長々と訓示みたいな事を言っても良いんだが、俺がどういう人間かはみんなもう知ってるから、そんな面倒な事は抜きにしよう」
極々簡単に言ってしまえば、強者という立場に胡坐をかくことは許さない。自身の強みと弱みを知り、相手を見くびるな。弱者は強者を打倒する為にあらゆる策を練って使う。ISという超兵器を身に纏っていようと、負ける時は負ける。それが嫌なら、弱者の策を知る強者になれ。卑怯者になる必要はない。だが卑怯な外道がいる事は知っておけ。武力財力権力と力の種類には色々あるが、上手く使えなければその瞬間から敗北は寄ってくる。
IS学園で3年間を共にしたみんなは、良く分かっていた。
「―――で、早速だが配属を発表する」
晶は言葉を続け、全員に配属データを送信した。全員が専用機持ちなので、情報伝達は一瞬だ。
各自が空間ウインドウを展開し、内容を確認していく。
―――配属情報―――
セシリア・オルコット
⇒カラード副社長
職務内容:地球圏内業務全般の統括。
シャルロット・デュノア
⇒宇宙開発部門長補佐兼代行
職務内容:
及び必要時代行。
ラウラ・ボーデヴィッヒ
⇒戦闘部門長
職務内容:戦闘部門全体の運営・指揮。
織斑一夏
⇒レスキュー部門
職務内容:レスキュー要請に応じての救出・搬送。
危険地域を含む全領域が対象のため、戦闘領域に
突入しての救出ミッションも有り得る。
将来的に宇宙での活動も視野に入れているため、
宇宙海賊との戦闘の可能性もある。
篠ノ之箒
⇒レスキュー部門
職務内容:同上
凰鈴音
⇒レスキュー部門
職務内容:同上
更識簪
⇒異常気象対応部門長(新設)
職務内容:気象コントロール用ISを運用しての異常気象対応。
なお気象コントロール中は無防備に成り易いため、
その護衛も含む。
布仏本音
⇒異常気象対応部門(新設)
職務内容:
宮白加奈
⇒戦闘部門・機動特捜課(新設)
職務内容:今後確実に起こる星間犯罪への対処ノウハウ
(初動調査等)の蓄積。
宇宙海賊を含む重犯罪者と戦闘の可能性あり。
赤坂由香里
⇒戦闘部門・機動特捜課(新設)
職務内容:同上。
相川清香
⇒戦闘部門・潜行戦隊(新設)
職務内容:地球文明圏の星系を巡回しての治安維持任務。
備 考:十分な数の船を用意しての抑止力が不可能であるため、
空間潜行艦“アリコーン”を用いた、見えない武力に
よって抑止力とする。
・
・
・
・
・
・
備考1
組織図
―――配属情報―――
全員が目を通したところで、晶が口を開いた。
「これだけじゃイメージし辛いだろうから、色々と説明していこう。まずはセシリア。お前には前から言っていた通り、カラードの
「分かりましたわ」
何でもない事のように答えたセシリアだが、葛藤や不安が無かった訳ではない。むしろあって当然の重責だ。急拡大したカラードの影響力を見て、正直荷が重いと思った事もある。しかし彼女に逃げるという選択肢は無かった。晶の傍から離れるなど有り得なかったし、カラードの影響力が急拡大した後も、束博士はカラードNo.2への就任要請を取り下げなかった。ましてあの時*1、束博士はなんと言ってくれた? 「君という人間には期待している。くれぐれも、有象無象の凡人・俗人には堕ちないようにね」だ。ならばやりもせず諦めるなど有り得ない。見栄は貴族の特権であり、張り続けた見栄はいずれ本物になる。
「次にシャルロット。お前には俺が兼任している宇宙開発部門長の仕事の補佐をしてもらう。慣れてきたら代行もしてもらうから、そのつもりでいてくれ」
「た、大任だね」
シャルロットは驚きと共に、若干引き攣りながら答えた。というのも「セシリア並の高ポスト」という話だけは聞いていたが、まさかここまでとは思っていなかったからだ。何せカラードの宇宙開発部門と言えば、間違いなく今後の地球文明圏を左右する花形部門。暫くは晶の下で補佐として下積みだろうが、現時点で代行の話までされているという事は、将来的に部門長も有り得るだろう。大変な重責で不安もあるが、断るなど有り得ない。期待してくれているなら応えたいし、一緒にいる為にもこのポストは必要なのだ。
「次にラウラ。お前には戦闘部門長を任せる。ようやく元に戻ったような感じかな?」
「馬鹿を言うな。
「理解が早くて助かる」
ラウラは元軍人らしく、堂々とした態度で受け入れていた。元々特殊部隊の隊長として軍事に関わるかなり広範囲の知識を有しているのも理由の1つだが、実を言うと彼女はIS学園在学中に、ドイツ軍の将官課程を終えていたのだ。将校ではなく将官課程である。*2ドイツとしてもほぼ全ての授業をオンラインで行う初の試みであったが、最年少で将校課程を終えている逸材であること、特殊部隊隊長としての実務経験があること、部隊運営の手腕が優秀であったこと、薙原晶に極めて近く、将来的にカラード中枢に行くのが確実視されているなど、ドイツとしても推す価値が十二分にあるとの判断から試験的という建て前で実施され、極めて難易度の高い課程でありながら彼女は無事に課程を終えていた。つまり十分な下地が作られた上での人事であり、
「次に一夏、箒、鈴はレスキュー部門だ。配属当初は地球内での活動がメインだが、そう遠くない内に宇宙からのレスキュー要請にも応じる体制にしていく。あと文面にも少し書いてあるが、危険地域を含む全領域が対象になるから、荒事と救助の両面に通じている必要がある。できるか?」
一夏が答えた。
「出来るか、なんて寂しい聞き方しないでくれよ。折角鍛えに鍛えた力で人助けが出来るんだ。やるさ。あ、ついでだから1つ聞いても良いかな?」
「なんだ?」
「そう遠くない内に宇宙からのレスキュー要請にも応じる体制にするって言ったけど、VOB背負って飛んで行く形なのか? それとも宇宙船があるのかな?」
晶はニヤリと笑った。
「レスキューには怪我人搬送用の船が必要だろ。現場に急行しやすい小型ないし中型で、色々な状況に対応できるサポート人員や無人機を積んだ船を準備してやる。必要になりそうな事は色々あるから、まだまだ勉強だぞ」
「ゲッ!!」
「諦めるか?」
「男に二言は無い。それに、それが出来るようになったら不幸になる人を減らせるだろ」
「そうだな」
「ならやっぱり、やるだけさ」
「良い返事だ。箒と鈴はどうだ?」
2人の力強い肯きを見てニコリとした晶は、次の発表を口にした。
「次は簪だな。お前には新設する異常気象対応部門を任せる。異常気象で毎年大きな被害が出ている事を考えれば、意義も役割も大きいからしっかり頼む。あと一応言っておくが、金儲けしようと思えば幾らでもやれる部門だが、そっちは採算が取れる程度の程々でいい。飢えや生活インフラへのダメージは治安の大敵だから、そっちの被害が出ないのを基本方針として動いて欲しい。あと注意点として、気象コントロール用ISは現状ではカラードしか保有していないから、強奪の危険性は常にある。護衛は過剰なくらいで丁度良いと思うぞ」
「分かりました」
「そして本音さんはこれから忙しくなるから、のんびりはできないかな」
「しょ~ち~ん。のんびりさせて~」
学生時代と変わらぬスローな雰囲気の本音さん。
「はは、忙しくとは言ったけど、カラードはホワイトな企業だから1日8時間勤務。週休2日だよ」
「半分じゃダメ?」
「休日返上で働いてくれるの?」
「いじわる~」
変わらぬやり取りに皆が一通り笑ったところで、晶は続けた。
「あと異常気象対応部門に配属する他の7人は、あとで気象コントロールユニットの適正検査を受けてほしい。もし適正が高かったら、出来れば気象コントロール要員になって欲しい」
色よい返事をもらえたところで、晶は次に進んだ。
「次は加奈と由香里だな。お前達は戦闘部門に新設される機動特捜課だ。この課は今後確実に起こる星間犯罪への対処ノウハウの蓄積をやってもらう。仕事上、宇宙海賊を含む重犯罪者と戦闘になる可能性も高い。必然的にあらゆる面で高いスキルを要求される。今ならまだ別の配属に出来るが、どうする?」
「晶くん。いえ、社長。分かってて聞いてますね?」
先に口を開いたのは由香里だ。長い赤髪をポニーテールにしている姉後肌な子で、昔からキセルを咥えて着物を着ればヤクザの若奥様に見えると言われていたが、今では本当にそう見えそうなほど妙な貫禄を持つようになっていた。そして彼女は学生の時のとある一件で、「理不尽な暴力に晒されている人を助けたい」「だから、それ以上の理不尽で叩き潰す」と思うようになっていた。つまりこの配属は、いつかの臨海学校*3で彼女自身の口から晶へと伝えていた夢への第一歩なのだ。
「本当にね。断るはず無いよ」
由香里の言葉に、加奈が続く。学生の時から変わらぬショートボブの髪形で、外見的な雰囲気で言えば、大人しそうに見える。が、晶は知っていた。彼女の内に潜む激情を。由香里と同じ思いで、同じ道を目指して努力してきたのだ。
因みに2人には共通の
「分かった。期待している」
「「はいっ!!」」
2人のビシッとした敬礼を見て、晶は次の発表に移った。
「さて、次の配属発表をする前に、戦闘部門に新設される潜行戦隊で使う艦について説明しておこう」
全員の眼前に空間ウインドウが展開され、備考に記されていた空間潜行艦“アリコーン”*4のスペックデータが表示される。
―――空間潜行艦“アリコーン”0番艦 諸元性能値―――
全長
495メートル
全幅
116メートル
全高
54メートル
対応領域
空・海・
動力源
主機関1、補助機関2
ステルス性能
アクティブステルス
光学迷彩
空間潜行*5
機動性能
ブースターと重力・慣性制御の併用による大気圏離脱能力
ワープドライブ
ワープ妨害への耐性
スターゲート機能
防御性能
エネルギーシールド
低いレーダー反射率かつ高耐久の物理装甲
船体の自己修復能力
攻撃性能
アサルトアーマー(至近距離全周囲攻撃能力)
光学型CIWS×32
近接防御用ミサイル発射機×16
多目的VLS×48
200mm連装型エネルギーキャノン×8
600mmレールキャノン×1
艦首無砲塔型荷電粒子砲×1*6
ワープ妨害フィールド(広域型と一点集中型との切り替え可能)
アクティブ・イナーシャル・キャンセラー
ECM発生機
搭載ドローン性能
バリアドローン×30(性能は備考3参照)
F/A37 ストレガ×12(性能は備考3参照)
無人型パワードスーツ多数
メンテナンス性
自己修復による自動メンテナンス
基幹搭乗人員
必要最低人数:1名
標準編成 :6名(2名ずつ8時間交代制)
メインパイロット役割:艦長・操艦・砲手
サブパイロット 役割:航法士・機関士・ドローン担当
備考1
本艦は専用機持ちが運用する事を前提としており、専用機と艦を
フルリンクさせればワンマンオペレーションで戦闘も可能。
ただしパイロットの精神的疲労を考慮してサブパイロットを
設け、8時間交代制で6人を標準編成としている。
備考2
船体サイズに見合う格納庫もあるので、物資の輸送や何らかの
部隊を運搬する事も可能。
備考3
バリアドローン
重力制御で飛行する球体にバリア発生器を持たせた防御兵装。
艦本体のシールドには及ばないが相応の強度でバリアを展開
可能なため、味方や救出対象の防御にと幅広い使い方が可能。
EMP耐性が極めて高い。
F/A37 ストレガ*7
“アリコーン”用に束が新規に開発した戦闘機。
極々簡易なオプション変更でドローン運用と有人機運用を
切り替え可能となっている。
単独での大気圏突入・離脱が可能な上、地球製の戦闘機では
初となるシールドシステムを標準搭載している。
EMP耐性が極めて高い。
武装については添付資料参照。*8
―――空間潜行艦“アリコーン”0番艦 諸元性能値―――
「これ……は………」
ラウラが呻くように呟いた。軍人としての知識があるだけに、コレがどれほどの化け物かが分かるのだろう。彼女は何度か言葉を呑み込んだ後に尋ねた。
「薙原。一応確認するがこの性能は、冗談ではないのだな?」
「勿論だ。今後宇宙文明との交流が活発化したら、確実に悪い宇宙人も地球文明圏に来たりするだろう。そしてスターゲートを通って真っ当に来てくれるならゲート周辺のチェック機能を充実させていけば良いんだが、恒星間を単独で行き来できる高性能ワープドライブを使われると、途端に対処が難しくなる。だからコレを使って、地球文明圏の各星系を巡回してもらおうと思ってるんだ。ああ、因みに先に言っておくと、潜行戦隊に配備されるアリコーンは3隻で、つい先日ロールアウトした0番艦で評価試験を1~2ヵ月やって問題点を洗い出した後、改良を加えた1番艦から潜行戦隊に正式配備していく。で、1隻6名で計18名をここに配属する。一応今のところの運用構想としては、2隻が巡回で1隻は休暇兼予備戦力として地球に待機といったところかな」
余りにも何でもない事のように言われたので納得しかけたラウラだったが、今回は自身の常識が勝り聞き返した。
「色々と突っ込みたいところはあるが、つい先日ロールアウトと言ったな。一体いつから建造を始めていたんだ?」
「そんなに前じゃないぞ。1ヵ月ちょっと前くらいだ」
地球人の大多数が持つ常識から言えば、このクラスの艦を1ヵ月ちょっとで建造するのは不可能だ。が、束はアンサラーを8ヵ月で建造できるのだ。それを考えれば現実的な建造期間と言えるだろう。尤も、そう思っているのは晶だけかもしれないが。
なおこの場では晶しか知らない事だが、建造に1ヵ月“ちょっと”かかった理由は、束が現在抱えているタスクの優先順位と、建造やその他諸々の製作に使うカラード本社地下の地下工場の生産力という複合的な要因からだった。地下工場の拡張と建造工程の最適化が進めば、恐らくほぼ1ヵ月ジャストで建造できるようになるだろう。*9
「信じられんというか、流石と言うか。だがまぁ、アンサラーを作った束博士にしてみれば、そういうものなんだろうな。あと確認しておきたいのだが、本当に2名で十全にコントロールできるのか? 何か制限があったりはしないのか?」
これはラウラが軍事を知るからこそ出てきた疑問だった。何故ならアメリカ海軍の持つ300メートル級空母は、艦そのものの運用に2000人以上を必要とする。航空要員を含めれば4000人を超える。アリコーンはその空母よりも大きいのだ。何かしらの制限があると考えるのも無理は無いだろう。
これに対する晶の返答は、これまでの常識を根底から覆すものだった。
「実物が完成する前だったからシミュレーションデータになるが、テストした奴によれば、慣れてきたらワンマンオペレーションでも十分だそうだ。だがそこを敢えて増やしているのは、備考に書いてある通り精神的疲労を考慮してのことだ。巡回任務というある程度の期間を使うなら、無視して良い要因じゃないからな」
ISの標準機能であるハイパーセンサーは、コンピューターよりも早く思考と判断ができ実行へと移せるようになる、という能力をパイロットに与える*10。それが操艦に応用された結果、人手を介したマニュアル運用では決して有り得ない超々高効率で、艦を稼働させられるようになっていた。が、人はロボットではない。精神的疲労は思わぬミスを生むため、休憩時間確保のために敢えて人数が増やされていた。
「分かった。巡回期間はどれくらいを考えてるんだ?」
「とりあえずは1週間交代くらいから始めて、俺としては2~3週間で交代って感じに落ち着くんじゃないかと思ってる。だけどこれは、実際に運用してみないと分からないところだしな」
「それもそうか。では最後の質問だが、星系の巡回と言っても範囲が広い。適当に行動しているだけでは、違法に侵入してきた者達に対応するのは難しいだろう。その辺りはどう考えているんだ?」
「それは俺も思っていたから、力業でいく」
「力業?」
「今、幾つかの企業に宇宙空間に設置するセンサーユニットの作成を依頼している。それでセンサー網を構築してアリコーンに情報を集約。星系内の動きに目を光らせるっていう方法を考えてる」
「依頼している企業は?」
「性能もそうだがある程度の数も必要だから、日本、フランス、イギリス、ドイツ、アメリカ、技術力と工業力を持ってそうな所に片っ端からだな」
「本当に力業だな。だがバックドアや特定の信号を発信する船だけは見逃すような仕込みをされる可能性もあるだろう。そういうのへの対処はどうだ?」
「異なる企業のセンサーユニットをほぼ同じ場所に設置して、重複したセンサー網にしようと考えている。これならAという企業のセンサーは反応しなかった、でもBという企業のセンサーは反応したというのを比べられるから、回数を重ねていけば、仕込みのされたセンサーを排除できる」
「なるほど。異なる企業、しかも国が違えば同じ仕込みをされる可能性も低いか」
「そういう事だ。ま、余りに酷いようなら………やりたくはないが自社生産かなぁ」
とは言いつつ、晶は自社生産する事は無いと思っていた。何故なら申し込んでいる会社の中に、更識のフロント企業であるキサラギが入っているからだ。また信用できる会社としてデュノアもある。仮に他の企業が良からぬ仕込みを考えていたとしても、この2社がいれば最低限大丈夫だろう。十分なセンサー網構築の為には、他の企業にも真っ当な仕事をして欲しいところではあるが………。まぁ、こればかりは結果で判断するしかない。
ここで、シャルロットが口を開いた。
「巡回任務なら、不測の事態で帰還や補給が出来ないっていう状況も想定する必要があると思うんだけど、それについてはどうかな?」
「安心してくれ。そこはキッチリ説明する。まず帰還ができない状況には幾つか考えられるケースがあるが、位置情報が不明になるというのは考え辛い。宇宙は広いが、コアネットワークで居場所は把握できるからな。そして位置情報が分かるなら迎えに行ける。次に考えられるのは艦に何らかの故障が発生、或いは何らかのダメージを受けて航行不能になった場合だが、これについてはダメージコントロールの徹底で対処している。具体的に言うなら艦のジェネレーターはメインが1機、サブが2機の三系統で、どれか1つでも生きていれば自己修復が稼働するようになっている。で、補給ができないなら当然食料の不安が出てくる訳だが、あの巨体なら食糧庫の大きさもそれなりにある。6人程度なら少々贅沢に食べたところで、無くなるまで10年単位の時間が必要だから大丈夫だろう。あとついでに言えば食生活っていうのは士気に直結するから、
シャルロットが安心したような表情を見せると、次いでセシリアが尋ねてきた。
「これ、些か以上に強力過ぎませんか?」
相当以上に控え目な表現だが、彼女が言いたい事はこの場にいる全員に伝わった。例えばこの艦を使えば、衛星軌道から地上への直接攻撃ができる。しかもステルスによって何処にいるか分からないというオマケ付きだ。現在の地球に抵抗できる国などないから、これだけで圧倒的な優位性を確保しているのと同じだろう。またアリコーンは基幹要員全員が専用機持ちなので、攻略する側にしてみれば、通常兵器による物量で圧殺するという戦術が使い辛い。アリコーン単体ですら極めて強力な戦力なのに、ISという超兵器を、それも複数機を同時に攻略できるだけの戦力が必要になるからだ。
正直なところ、世間一般の人間が想像する“巡回任務”で使うような性能ではない。難攻不落の要塞、或いは戦略兵器と言って良いだろう。
これに対する晶の返答は、実に明快であった。
「宇宙文明の犯罪者って、どの程度のレベルかまだ分からないだろ。一応束が戦った時のデータ*11はあるけど、アレが最上位って考えるのは危険過ぎるだろう。だから皆を巡回任務に送り出す俺としては、安全確保の為にも十分な装備を用意する必要がある。そう思っただけだ」
それにしてもやり過ぎだ。アリコーンの性能を知れば、多くの者が思うだろう。だが晶には関係無かった。どれだけ強くても、死に辛くできても、寿命をどうにかできても、死は死だ。失ったら戻らない。失いたくないなら、やれる事はやっておくべきだろう。
こうして晶は皆からの質問に答えながら、人事を発表していったのだった。
因みにカラードの人事は公開する義務がある訳ではない。しかし元3年1組の面々は全員専用機持ちであるため、世間一般に不安感を与えないという意味で公開されていた。そして、数日後時点のそれぞれの母国の反応は―――。
まず副社長になったセシリアの母国であるイギリス。彼女の人事のみ事前に発表されていたため予定通りではあったのだが、地球圏内を安定的に保つ役割を担うカラード
宇宙開発部門長補佐兼代行になったシャルロットの母国であるフランス。セシリアの副社長というインパクトに比べて劣る――――――と思った者がいたのは事実だが、すぐに多くの者は理解した。何故なら宇宙開発部門は
戦闘部門長になったラウラの母国であるドイツ。ここは分かり易かった。控え目に言って熱狂であり、誤解を恐れずに言えば狂喜乱舞であった。何せ
新設された異常気象対応部門、機動特捜課、潜行戦隊に配属された者が最も多い日本。役職という意味では前述の3人に劣るが、立場や意義といった面でみた場合は非常に重要な配属であり、好意的な報道がされていた。まず異常気象対応部門は間違いなく平和的な世界貢献であり、これまで学生だったが故に出撃回数は少ないが、確実な成果を残しているだけに本格稼働への期待が非常に高まっていた。機動特捜課は星間犯罪への対処ノウハウ蓄積という未来を見据えた仕事であるため、現時点での評価は避けられていた。しかし交流の活性化が犯罪の発生と不可分なのは人類の歴史が証明しており、多くのメディアに「今後必要になるだろう」と締めくくられていた。そして最大規模の新設となる潜行戦隊と乗艦となる空間潜行艦“アリコーン”の存在は、多くの者の度肝を抜いていた。無論詳細なスペックが公開されている訳ではないが、ステルス艦による地球文明圏の巡回任務というのは将来に向けて活動しているという強力なアピールであり、アンサラーを作った束博士の手によるステルス戦闘艦の戦闘力を疑う者はいなかった。唯一、非常に若い者達が今後カラードの中心メンバーとなる事に懸念の声はあったが、元3年1組の面々にとっては今更の話だった。彼女達はとっくの昔に、自身の在り方も、進む道も決めていて、今ようやくスタートラインに立てたのだ。外野の声など、何を気にする事があろうか。
◇
時間は戻り、人事を発表した後のこと。
晶は本社地下に引っ越した新居の居間で、束とスターゲートの開通時期について相談していた。
「いつ頃にする?」
「ん~、いつにしようか?」
現在の進捗状況として、“首座の眷族”の領域へと繋げるスターゲートも、エネルギー供給に使用するアンサラー4号機も完成している。だがどちらも
因みにスターゲートを安定稼働させる為に必要なエネルギーは、アンサラーがファーストシフト状態かつ地球周辺で発電しているという条件下で、総出力の20%となっていた。全出力を使えば5つのゲートを維持できる計算だが、そんな事をしたらアンサラー本体の防衛システムが起動出来なくなってしまうので、束はアンサラー1機で維持するゲートは3つまでと決めていた。防衛システムの稼働と、万一の為の余剰出力を残しておくためだ。
―――閑話休題。
晶は暫し考えた後、思った事を口にした。
「方針の大きな分かれ目としては2つか。1つはすぐに“首座の眷族”の領域と開通させて、交流を開始する。1つはテラフォーミングを開始した星系にもスターゲートを繋げてから、“首座の眷族”の領域と開通させる。俺としては後者かな」
「理由は?」
「宇宙文明との採掘事業の契約があるだろ。他にゲートを繋げない状態で開通させたら、下手をしたら太陽系内で採掘されかねない。太陽系内の資源は地球で使いたいじゃないか」
「確かにそうだね。うん。ならゲートをあと1つ作って………いや、2つの方がいいか。本当なら早い方が良いけど、仮に0番艦の評価試験が最速で終わってもアリコーンは2隻………う~ん」
ここで評価試験を急がせて2隻つくり、スターゲートを1つ作った3ヵ月後に開通させる、という判断も無くはない。しかしその場合、
束は決断を下した。
「よし。スターゲート開通は6ヵ月後にしよう。それだけあればゲートは2つ作れるし*14、アリコーンも潜行戦隊に
「分かった。それだけあれば星系内を監視するセンサー網も、必要最低限はどうにかなると思う」
潜行戦隊で使用される空間潜行艦“アリコーン”の性能は非常に高いものだが、弱点が無い訳ではない。空間潜行やアクティブスステルス中はステルス性維持のため、センサー類は基本的に
「まぁ、カバーしなきゃならない範囲も広いし、センサー網の方は順次拡充していくしかないかな」
「俺もそう思う。で、開通の話が出たついでなんだが、委員会の方は予定通りだ」
委員会。正式名称「星間国家の在り方を検討する委員会」は、宇宙文明の1つであり開星手続きを行っている“首座の眷族”から、統一政府の雛型として認識されている為、地球文明圏の対外的な交渉窓口は(国連が交渉していた実績は無いが)、国連から同委員会へと正式に移されていた。
その委員長を兼任する晶の一番始めの仕事はメンバーを決める事だったのだが、これが中々にハードルの高い仕事だった。というのも委員会というのは人数が多ければ話が纏まらず、少なければ十分な意見を吸い上げる事ができない。しかもメンバーが少なければ「それは地球人の総意ではない」等と、碌に協力もしないくせに文句を言い出す奴が必ず出てくる。なので晶は考えを変えてみた。権利が欲しいなら義務を背負ってもらおう。委員会の定数は晶を含めて7人。日本、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、ロシア。中国は第一次
そして先進国のみを無条件に指名したのでは、間違いなく他の国が黙っていない。だから、義務を課す。国家予算の1%を発展途上国のインフラ開発に投入させるという条件だ。勿論、
ちなみに国家予算の1%がどれくらいの金額かと言うと、日本を例に上げると(2023年度で)国家予算は114兆3812億円。この1%となれば、約1兆1400億円。これを継続的に支出させる。なお最大規模の国家予算を持つアメリカの場合は(2022年度で)国家予算が約6兆ドル(日本円で約877兆円)なので、相当な額が発展途上国のインフラ開発に投入される事になる。
中々に重い義務だが、晶は不可能ではないと思っていた。何故ならアンサラーから電力供給を受けている国々は、電力に関するコストが下がっているからだ*15。このため
そしてこの発表は、発展途上国からは非常に好意的な反応を得られていた。宇宙を目指せる程の国力が無い国々にとっては、まず明日の生活が大事であり、生活環境を整える事の方が大事だからだ。しかしある程度の経済規模と発言力を持っている中流国家、或いは先進国ではないが上流に位置する国家は不満だったようで、早速「委員会の定数を増やすべき」という発言をしていたが、晶は取り合わなかった。義務を果たせないなら、委員会の席は無いからだ。
すると「カラードも義務を果たすべき」と言う者がいたが、それは墓穴というほか無かった。カラードはアンサラーで地球の絶対防衛線を担い、クリーンかつ莫大なエネルギーを安定供給し、テラフォーミングという他の組織では決してできない移民の下準備を始めている。既に十分以上、人類に貢献しているのだ。これ以上を求めるなら、そちらにも相応以上の義務を求めるが宜しいか? こう問い返せば、反論できる者はいなかった。
尤も先進国という分類から外された上に委員会の席も得られなかった中国だけは色々と言っていたが、国際的信用が地の底まで落ちているあの国に味方する者などいない。加えて、むしろこちらの方が理由として大きいが、対
これにより中国の立場は、下り坂を転げ落ちるかのように落ち続けていた。
なお莫大な支出を義務として要求された先進6ヵ国は、内心はどうであれ受け入れる方向を示していた。委員会に名を連ねる事のメリットを良く分かっていたからだ。
また晶は、将来に対する布石も打っておいた。現時点の体制では移民が本格化、或いはテラフォーミングした惑星に独自の経済圏が出来た時に上手く機能しなくなる可能性が高いため、定数や体制の見直し規定も入れておいたのだ。
これにより今現在考えられている星間国家の基本方針が、地球から他の星系を統治して搾取するような形ではなく、かつ今後の情勢によっては新たに委員会の席を得る事も可能というのが示されたため、委員会の初期メンバーが7名となる事に概ねの理解は得られたのだった。
この手腕に、束は素直に感心していた。
「もっと揉めると思ってたけど、凄いね」
「大多数の人間にとって大事なのは今で、次に明日の心配をしなくて良い事だと思うんだ。そして生活が整えば、多分次を目指す、その繰り返しで発展していくんじゃないかと思ってさ」
「うんうん。晶ってば政治家でもやっていけるんじゃない?」
「なってほしいのか?」
束は晶に抱きつきながら答えた。
「冗談に決まってるでしょ。ダメ。晶は私のパートナーで、ずっーーーーと一緒にいるの。今は大事な時期だしちょっと面倒な事させちゃってるけど、落ち着いてきたら裏は
「落ち着くか。先は長そうだな」
「いや?」
「まさか。単純な政治家は嫌だけど、自身の
「私もだよ」
こうして2人はいつも通りにイチャイチャしながら、それでいて今後に関わる重要な話をして過ごしていたのだった。
第181話に続く
元3年1組の人事発表、如何でしたでしょうか。
作者的にはあかりんとかなりんが夢を叶えた形にって良いかなぁと思っていたりします。
因みに何人かのキャラクターの配属先がこれまで作中で出ていたものと違いますが、過去の話はあくまで予定だったという事でご勘弁下さい。
そして一夏、箒、鈴の3人はかなり迷いましたが、一夏くんの性格が正義の味方っぽいので人助けメインのレスキュー部門配属としました。3人で組めば、かなり良い人助けチームになってくれるでしょう。
もうすぐACⅥ発売!!
楽しみぃ~。