インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
ISの二次創作でここまで来たのって余り無いような気がする作者です。
途轍もなく大風呂敷を広げている本作ですが、これからも宜しくお願いします。
今期の卒業生は、あらゆる意味で話題に事欠かない。IS学園教師陣にとって、それは共通認識であった。薙原晶という異次元に目立つ生徒がいるので相対的に扱いが小さくなってしまっていたが、セシリア・オルコットに織斑一夏という2人のセカンドシフトパイロット、篠ノ之束の妹にして第四世代ISを使う篠ノ之箒、フランスが誇る巨大軍需企業デュノアの愛娘シャルロット・デュノア、ドイツ特殊部隊の元隊長であるラウラ・ボーデヴィッヒ、暴風と謳われるほど格闘戦に長けた凰鈴音、例年であれば誰が話題の中心にいてもおかしくはない。また知る人ぞ知る名門の直系である更識簪、全員が専用機持ちとなった3年1組の一般生徒達も、立ち位置や影響力はISパイロットという域を遥かに超えている。
そんな生徒達の卒業式となれば、当然の如く来賓の質や規模も、例年とは比較にならないものになっていた。まず出身国の首相や女王等が直接来る、という時点で既におかしい。普通はあっても電報程度だろう。世界に名だたる大企業のCEOが直接来る、というのもおかしい。彼らはこんな一学生の卒業式に来れるほど暇ではない。サウジアラビアの王族が来る、というのもおかしい。いや、これはおかしくなかった。サウジアラビアは国難をカラードに救われている。そして世界の政財界のトップが集まるなら、卒業生を祝う気など欠片も無かったとしても、別の思惑をもって参加しようという者が出てくるのは必然であった。
だが、そんな事はどうでも良いのだ。今や名実共に地球文明圏の最重要人物である篠ノ之束が参加するという事に比べれば、他の全ては些末事である。
―――卒業式の前日。
織斑千冬は篠ノ之束に電話を掛けていた。
『おや? ちーちゃんどうしたの?』
『確認だが、本当に明日は来るんだな?』
『勿論だよ。だって晶の卒業式でしょ。一生に一度の舞台でしょ。この目でちゃーんと見ておかないと』
『分かった。頼むから、くれぐれも騒ぎを起こしてくれるなよ』
『ひっどぉい。晶の大事な大事な卒業式でしょ。そんな事しないよ。それどころか、警備にも協力してあげる。不審者なんて誰一人近づけないようにしちゃうんだから』
『それは助かる。正直なところ参加者のネームバリューが桁違い過ぎて、学園の警備部門だけじゃ不安に思っていたところだ』
『えっへん。頼って頼って。束さん頑張っちゃうから』
上機嫌な様子の束に、織斑先生もポロッと本音が出た。
『しかしお前が、普通にこういう式に参加するとはな。昔からは考えられん』
『男が出来たら変わるよ。ちーちゃん』
ここで束はきゅぴーーーーーんと閃いた。今までちーちゃんは、
親友のそんな妄想を知る由も無い織斑先生は、呑気に会話を続けていた。
『お前に言われると悔しいな。いや、お前達2人の仲は周知の事実だし、悔しいと思うこと事態が間違いか』
『ちーちゃんなら、すぐにでも出来るよ』
明日にでもね。束は喉元まで出掛かった言葉を呑み込んだ。危ない危ない。親友は勘が良いのだ。この話を続けたらボロが出てしまうかもしれないから、話題を変えよう。
『そーいえばさ、ちーちゃん』
『どうした?』
『4月からはカラードで教官だね。これからも宜しく』
『お前と一教官では立場が違い過ぎるだろう』
『ふふん。ちーちゃん。私のこと分かってないね』
『いいや。分かっているさ。天上天下唯我独尊。聖母なんて嘘っぱち。殺ると決めたら殺る、大災害を引き起こす“天災”。だろう』
『大正解。私が会いたいから会いに行く。神出鬼没に顔出しに行くから遊んでね』
『仕事の邪魔をしないならな』
『私の相手をする以上に大事な仕事なんてないよ』
『ほぅ。そんな事を言うのか。では薙原の奴に、お前が邪魔しに来ると言ってやろう』
『あ、ちょっ、それダメ。晶って訓練には厳しいんだから、そんな事言われたら怒られちゃう』
『はは。“天才”で“天災”なお前も自分の男には形無しだな』
『むぅ。ちーちゃん酷い』
『はっはっは、こうやってお前を弄れるとは、薙原に感謝だな』
親友同士らしい気楽な会話。
織斑先生は久しぶりに、そして珍しく長電話で色々な話をして過ごしたのだった。
◇
一方その頃。晶はIS学園2年生寮の前に来ていた。
事務に顔を出し、クロエを呼び出してもらう。
するとすぐに階段から、白のノースリーブにデニムのショートパンツというラフな私服姿の彼女が降りてきた。因みにラウラ・ボーデヴィッヒと遺伝子パターンがほぼ同じな彼女は、入学当初のようなツル・ペタ・ストーンな体型ではない。漆黒の眼球という差異こそあれど、流れるような銀髪と端麗な顔立ち、人並な身長と双丘、キュッとしたくびれ、脚へと続く魅惑的な曲線という、同性異性を問わず誰もが振り返る程に美しく成長している。そんな彼女のラフな姿はとても眼福で、正直ずっと見ていたい。が、今日は真面目な用件で来たのだ。
「お義兄様。どうされたのですか?」
「なに。大事な話があって来た。電話でも良かったんだが、こういうのは直接話した方が良いと思ってね」
「分かりました。ええっと、他人に聞かれても大丈夫な話でしょうか?」
一応の確認だった。大事な話とは言うが、機密レベルの高い話をするなら、わざわざ寮に来たりはしないで学園の面談室なりカラードなりに呼び出すだろう。となると大事ではあるが機密レベルは高くない話という事になるのだが………? クロエには内容が予測できなかった。
「構わない。どうやっても他人にバレる話だしな。俺が直接お前の顔を見て、意思確認をしたかった。そんな我が儘だ。ただ立ち話っていうのもアレだし、出来れば座って話したいかな」
「ではこちらへどうぞ」
クロエの案内で寮の一階にある面談室へと向かう。簡素な造りの個室で、中に入った2人はテーブルを挟んで椅子に座り、晶が先に口を開いた。
「まず単刀直入に確認するが、ここを卒業したら、カラードに来る気なのは変わっていないか?」
「勿論です。お義兄様の役に立つ。私はその為にIS学園に来ました」
「分かった。なら、明々後日の15時にカラード本社に来るといい。お前の専用機の調整を行う」
彼女の成績は専用機を与えるのに申し分ないものだった。座学では首位をキープし続け、ISの実技においてもトップ5圏内を維持している。世界中から天才と言われる者達が集まるIS学園で、これだけの成績を取れるなら何も問題無い。
「あ、ありがとう、ございます!!」
望みの為の第一歩が叶い、溢れ出た感情が涙となって流れる。彼女は深々と頭を下げた。
「お前がどれだけ努力していたのかは知っている。その結果だ。誇って良いと思うぞ。だが、一応言っておく。今後カラードは宇宙進出のあらゆる分野に関わっていく事になる。だから、自己研鑽を怠らないようにな」
「勿論です。専用機を貰って終わりではありません。貰って、ここからが本当のスタートです」
「分かってるなら良い。お前が来るのを楽しみにしている」
「はい。お義兄様に仕事を任せて貰える。頼られる。そんな人間になりたい。いえ、なってみせます」
「良い返事だ」
笑顔と決意の混ざりあった良い表情のクロエに、晶も笑顔で返しながら思う。実はサプライズがあるのだが、それは専用機の調整が終わった時にしようと。教えれば恐らく、専用機の調整が終わるまで何も手につかなくなるだろう。だから彼女が、すぐに確認できるように。多分、凄く喜んでくれるはずだ。
そんな事を思った後、別の用件を切り出す。将来有望な者の情報収集だ。今なら色々な伝手を使って調べられるが、クロエは人望もあって交友関係も広いようなので、色々な話が聞けるだろう。
「ところでクロエ。幾つか聞いてもいいかな」
「なんでしょうか?」
「お前から見て、有望そうな2年生っているかな?」
「そうですね。パイロット技能で言えば蘭でしょうか」
「蘭って、お前のルームメイトの?」
「はい。実技訓練では常にトップ3圏内です。ただお義兄様がクラスメイト達に行っていた特殊訓練の方は、流石に中々難しいようで」
晶はIS学園に、クラスメイト達に行った訓練のシミュレーション情報を残していた。敵側の視点に立ち、「超兵器たるISを確実に殺る為にはどうしたら良いか?」という視点で構築された、考え得る限りの鬼畜凶悪極悪シミュレーションの数々だ。事前情報など違って当たり前、騙して悪いがも当たり前、連戦増援も当たり前、地形を利用しての嵌め殺しも当たり前、機体ダメージからの性能低下も当たり前、ISの性能に胡坐をかこうものなら一瞬で終わる。搭乗機の全てを理解した上で、真にパイロットとしての腕と判断力が問われる内容だ。
「まぁ、あれは授業の成績が良い程度じゃどうしようもない内容だからな」
3年1組の面々がやれるようになったのは、晶が直接教えていたという以外にも、
「あれを攻略できるお義兄様のクラスメイト達は、どれほどの修練を積んだのですか?」
「控え目に言って相当にだな。因みに座学は?」
「中の上から上の下あたりでしょうか」
「なるほど。前衛向きなのかな?」
晶はそのような印象を受けたが、評価は保留にしておいた。仮に前衛向きだったとしても、全体を見れる広い視野を持っている者もいれば、切り込み隊長のように突破能力に長けた者もいるからだ。
その後もクロエは何人かの名前を挙げていき、最後に1人付け加えた。
「あと、正義感がとても強くて、私も頼りにしている子が1人います。名前はリア・フェルト。本人が言うには平均的な成績らしいですけど、実技訓練やシミュレーションで妙に粘り強いんです。蘭がフィニッシュしようとして決めきれないなんて余りないのですけど、とても上手く凌ぐんです」
出てきた名前に、晶は何とも言えない不思議な縁を感じた。3年前に戸籍を偽造した相手の名前が、クロエの口から出てきたからだ。
「へぇ。ちなみにクロエは?」
「私も勝てなくはないのですが、瀬戸際の攻防が本当に粘り強くて」
トップ3圏内を維持している者が中々決めきれず、トップ5圏内を維持している者が粘り強いと評価するなら、学生レベルとしては本当に粘り強いのだろう。興味が湧いた晶は、後で調べてみることにした。だがその前に、もう少し話を聞いてみよう。
「正義感が強くて頼りにしているというのは?」
「その、もう今は聞こえてくるように言う人もいないのですけど、お義兄様の義妹だとバレて暫くは、妬みというか嫉妬から色々と陰口を言われたんです。そんな時はリアがいつも、「何か言いたい事があるならハッキリ言いなさい」って言ってくれていたんです」
「良い友人を持ったな」
「はい」
脳内のスカウトリストに名前を記しておく。成績や技能という面では他に優秀な人材は沢山いるかもしれないが、人間性というのは得難い財産だからだ。何より社員全員が自分のような人間では、会社の風土として拙い方向にいってしまう可能性がある。表の部分として、一定の正義感を持った人間は必要だろう。無論、ある程度の柔軟性が無くては困るが………と思ったところで、大事な事を思い出した。彼女の姉であるレイラ・フェルトには、束が時折仕事を依頼していた。もしかしたら妹の方にも何か役割を考えているかもしれない。スカウトするなら、一応相談しておいた方が良いだろう。
晶はそんな事を思った後、クロエとの雑談に興じた。義妹達とは定期的に会ってコミュニケーションを欠かしていないが、1対1でというのは中々なかったのだ。だからついつい、長話をしてしまったのだった。
◇
そして卒業式当日。
卒業生達にとって、人生の節目となる感動の日だ。これまでの苦労を噛み締め、尊び、これから先の未来に胸を膨らませ、羽ばたく感動の日だ。教師達も生徒達のそんな姿をみれるからこそ、教師という仕事にやりがいを感じられるのだろう。が、今日は別の意味で記憶に残る日となっていた。
如何に超兵器のパイロットを育成するIS学園とは言え、全ての先進国から国家元首が来賓で来るとはどういう事だろうか? お前らそんなに暇ではないだろう。下心見え見えなのだ。頼むからちょっと帰ってほしい。警備体制の構築とストレスと極度の緊張で、学園の教師陣を含めた全ての職員達はそんな事を思いながら仕事をしていた。が、同時に無理という事も理解していた。今や間違いなく人類にとっての最重要人物である篠ノ之束博士が、
彼女の性格は知れ渡っているので無礼を働く者はそういないと思われるが、少しでも話せれば、名前を覚えて貰えれば、そう思う者は非常に多いのだ。よって学園側は予防的措置として、織斑先生を束博士に張り付けていた。彼女なら万一無礼な者が近づいてきても、何かが起きる前に(言葉で)一刀両断してくれるだろう。
そして学園側のこの措置は、別の意味で大当たりであった。
「学園側も、粋な計らいをしてくれますね」
卒業式が始まる前の来賓席で、束は猫被りモードで上品さを装いつつ、正装なスーツ姿で隣に座る織斑先生に言った。そして織斑先生は答える前に思った。こいつ本当に猫被りが上手くなったな、と。今の彼女の姿は、お気に入りという緋色の着物に身を包み、結い上げた髪を簪で飾り付けている。その姿は控え目に言っても美女であり、来賓のみならず、同性であるはずの職員、1年生や2年生といった生徒達の視線も独占している。
機嫌良く微笑んでいる姿は、実際の性格を知らなければ、多くの人間がコロッと騙されても仕方がないだろう。
「貴女が1人でいると、良からぬ事を企む輩もいますので」
親友が猫を被っているので、織斑先生もTPOを弁えた返答をする。同時に今の言葉で、周囲で聞き耳を立てている者達に警告する。お前らの出番は無いと。
「学園としても色々な考えがあったでしょうに。そんな中で、知り合いを傍らに置いてくれるという配慮に感謝ですね」
束の性格を知る織斑先生にとっては違和感満載の返答だが、親友の猫被りを自分が台無しにする訳にはいかない。ぶっちゃけると本音トークがしたい。が、ここは我慢なのだ。
「博士が何にも煩わされることの無いように配慮する。学園としては当然の対応でしょう」
「とても嬉しい対応を、ありがとうございます」
2人が話していると、ついに卒業式開始の時間となった。3年生が式場に入り、卒業証書とISパイロットである事を示すウイングマークが授与されていく。一部人間には今更だが、世間一般的にはこれで正式なISパイロットだ。そしてIS学園の卒業式には、ちょっとした伝統があった。成績上位者トップ10を、一番最後にするというものだ。
―――第10位:赤坂由香里
―――第9位:宮白加奈
―――第8位:更識簪
―――第7位:凰鈴音
―――第6位:篠ノ之箒
―――第5位:織斑一夏
―――第4位:ラウラ・ボーデヴィッヒ
―――第3位:シャルロット・デュノア
―――次席:セシリア・オルコット
―――首席:薙原晶
見事に3年1組で独占である。なお第8位から上はカラードランクと一致しているが、これが偶然であるか何らかの忖度があったのかは、後々世間一般で度々話のネタになっていた。因みに学園の返答は一貫して「偶然である」だが、人は想像力を掻き立てられる事に弱いのだ。
―――閑話休題。
こうして卒業式は順調に進み、後は3年生が式場から退場するのみとなった。そしてこのまま終われば、世界の要人が来賓として沢山来て、有名な生徒が沢山巣立っていった卒業式として人々に記憶されただろう。が、そうはならなかった。
切っ掛けは束の自宅のコンピューターが、
『イマカラツウシンツナイデモイーーーイ? アラライルヨリ』
何だか気が抜けるくらいフランクなメッセージで、内心で少し笑ってしまう。が、直後に束は思い出した。この回線は、国連側にもオープンになっている。つまり丸見え。何考えてるの!? そして来賓として来ている各国の要人が一斉に懐からスマホを取り出した後、束の方を見た。こうなると、返信しない訳にもいかない。真面目に返信してますよアピールも兼ねて、思考トリガーではなく、眼前に仮想キーボードを展開してタイピング。
『ドウイウツモリ?』
『オモシロイコトカンガエタ』
こいつ絶対遊んでる。
『イマダイジナヨウジチュウ』
『ダカラツウシンツナギタイ。ダイジナ、トテモダイジナキンキュウヨウケン』
絶対真面目な用件じゃない。本当に大事な用件なら、いつもの会談で使っている方の回線を使うはず。大体、モールス信号なんてお遊びを入れるはずもない。が、とても大事な緊急用件なんて言われたら繋がない訳にもいかない。なお隣に座っていた織斑先生は、猫被りで微笑んでいる束の額に青筋が浮かんでいるのを幻視していた。
そして束は仕方なく、本当に仕方なく、卒業式の進行が止まってしまうのを承知で通信を繋ぐ事にした。隣に座る織斑先生に言って、会場のシステムにアクセス。檀上に巨大な空間ウインドウが展開され、アラライルが映し出された。
『どんなご用件でしょうか?』
『なに、束博士のパートナーが学び舎を卒業する日だと聞きましてね。そちらには祝電というお祝いのメッセージを送る文化があるようなので何か送ろうと思ったのですが、送れるルートが無かったのでこのような手段を取らせてもらいました』
会場にいる全員の視線が晶に向いた。
『………そうでしたか。では、本人へ直接どうぞ』
するとアラライルは一呼吸置いた後、再び喋り出した。
『薙原晶さん。まずは、卒業おめでとうございます。貴方は今日この時をもって学生という立場から解き放たれ、これから多くの事を成していくでしょう。願わくばその道のりが、足跡が、進む先が、地球文明と宇宙文明の友好的な架け橋になる事を願っています』
『ありがとうございます。私の返答は………そうですね。以前束が言った言葉を使わせてもらいましょう。未知を発見しながら活動範囲を広げ、できれば隣人と仲良くやっていきたいと思います。ただ、改めて宣言もしておこうと思います。互いに理解しようとする努力は必要ですが、どうやっても分かり合えない相手がいるというのもまた事実。明確な意思表示と自衛力の行使が必要な場合もあると考えています』
『あの時と同じ返答をしましょう。基本方針としては、間違っていないと思います』
『理解ある返答、ありがとうございます』
『いえいえ。友好的な文明がしっかりとした自立心を持っているというのは大事なことですから』
ここでアラライルは、今日通信を繋いだ本題を話す事にした。彼としては篠ノ之束と薙原晶が地球文明圏の主導権を握っていると、仕事が非常に楽なので、今後も楽を出来るようにする為の側面支援だ。
『そう言えば薙原さんは、星間国家の在り方を検討する委員会の委員長にもなったそうですね』
『はい。宇宙文明には沢山の前例がありますから、良い部分を吸収していけたらと思っています』
『先達に学びつつ多くの人が知恵を絞っていけば、必ずいいものができるでしょう。――――――と、長くなってしまいましたね。では最後に一言言って、終わりにしましょう』
一呼吸置いた後、強力な側面支援の言葉が放たれた。
『こちらは星間国家の在り方を検討する委員会を、統一政府の事実上の雛型と認識しています。なので今後の交渉はそちらに一本化します。では』
通信が切れた後、会場は沈黙に包まれていた。
今の宣言がどれほど重要なものなのか、誰もが理解していたからだ。何故なら国際社会一般、あるいは国際法において正当な外交の主体とは主権国家であり、すなわちその国を代表する政府が担うことを基本としている。つまりアラライルの言葉は、地球文明圏と交渉する時は誰と交渉するべきなのかを宣言したに等しい。しかも地球全土に通信内容が公開されているオープン回線を使った上で、各国首脳が揃うこの場での宣言だ。インパクトの桁が違う。多くの者がざわつき始める。
そんな中で、晶は束に分かるように織斑先生を指差しジェスチャー。意図を理解した束は隣に座る織斑先生を肘で軽く小突く。すると織斑先生はハッとして、持っていた通信機のスイッチをON。他の職員達に式を進めるように指示していく。
こうして卒業式は無事(?)終わりとなるのだが、アラライルの乱入のお陰で今期IS学園の卒業式は、地球文明圏統一政府の雛型が対外的に認識された日、として人々の記憶に残っていくのだった。
なお束にとっては大事なこと。世間一般的にはどうでも良い事だが、束は織斑先生を「3年間担任お疲れ様!!」という名目の下に自宅に拉致。予定通り宅飲みをしていたのだった。
◇
時は少しだけ進み、IS学園卒業式から2日後。
クロエ・クロニクルは晶との約束通り、カラード本社に来ていた。服装は白いブラウスに青いロングスカートという質素だがお気に入りのコーディネイトで、一般人が見たら驚いてしまう漆黒の眼球はバイザー型サングラスで隠している。
エントランスの受付に約束がある事を伝えると、
(そういえばこの前、やっと増築工事が終わったって言っていたものね)
お義兄様との話を思い出す。
カラード本社は元々、地上10階建ての中規模ビジネスビル程度の大きさしかなかった。起業当初は会社を大きくする気は無かったので、それくらいの大きさがあれば足りるだろうと思っていたらしい。しかし宇宙開発を行い始めた頃から人員の拡充や組織力の増強が急務となり、大急ぎで増築工事を始めたと言っていた。
そして工事の終了した今、カラードの本社は何倍も大きくなっていた。元のビルを多層リングが覆うようなデザインで、一番内側の第一リングは親衛隊の社員寮、IS格納庫*1、オフィス、
歩きながら、更に思う。
(これでも普通に考えたら十分大きいと思うのだけど、お義兄様の進む道を考えたら、全然足りないのでしょうね)
先日のIS学園卒業式で、カラードは星間国家統一政府の雛型として認識された。クロエにはまだ凄く仕事が多そうという事しか想像できないが、恐らくカラードはこれから想像を絶する量の仕事をしなければならないだろう。ならば人も、組織力も、もっともっと必要になる。効率的にこなしていく為には、ある程度の箱物も必要だろう。どんな形になるかは分からないが、お義兄様の会社が大きくなるのは、自分の事のように嬉しかった。
そんな事を思っている間に前を歩く職員は第一リングを越えてカラードの元々の本社へと入り、更に地下へと降りてIS調整室と書かれている部屋へとクロエを案内した。
「では、こちらでお待ちください」
「分かりました」
待っている間にサングラスを外し、周囲を見渡してみる。正面の壁際に機体のメンテナンス用ベットがあるが、機体は無い。その左右には各種のデータを表示させる複数のモニターと機体に繋ぐケーブル類がある。またそれとは別に、部屋の中央には何故か折り畳み式の簡易ベッドとカゴが用意されていた。
疑問に思い首を捻ったところで、ドアが開く。振り向くと――――――。
「え? た、束博士!?」
認識した瞬間、姿勢を正して頭を下げる。*2お義兄様に大事にされているという自覚はあるが、お義兄様の最愛は束博士だ。決して、失礼があってはいけない。
「いいよ。楽にして」
束博士が近づいてきて、かけられた声に頭をあげる。すると正面から顔を覗き込まれた。
「ふぅ~ん。君がクロエか。晶が可愛がってる義妹達の1人。なるほどねぇ。可愛いじゃない。でも――――――」
束の右腕がゆっくりと動き、胸元に伸びる。なんだろう? 疑問が脳裏を過ぎる。瞬間、胸倉を掴まれ細腕とは思えぬ怪力で持ち上げられた。*3勢いの余り息が詰まる。苦しい。何故? どうして? 壊れたコンピューターのように同じ疑問が脳裏を駆け巡る最中、束博士の顔を見るとそこにあったのは感情を映さない空虚な表情だった。
「晶がね、私に頼んだんだ。生体融合型ISを君に与えたいって。これがどういう意味か、分かるかな?」
感情の無い声が、感情の無い表情が、只々恐ろしい。背筋が凍り、思考が混乱する。だが束博士が激怒しているという事だけは理解できた。だから質問に答えようと、必死に答えを探す。
「せ、生体融合型は――――――」
まだ倫理的な問題が、と答えようとしてクロエは違うと直感した。問われているのは、もっと根本的で本質的な問題のはず。何が束博士を怒らせているのか? 恐怖と持ち上げられた息苦しさの中で必死に考える。お義兄様が束博士に頼んだことだろうか? お義兄様を都合の良いコネクションとして使うような形になってしまったことだろうか? いや違う。なってしまったじゃない。先程博士は何と言った? お義兄様が頼んだと言っていた。ならそれは使ったと同じ事だ。謝るという考えが脳裏を過ぎる。しかしクロエには譲れない思いがあった。この場にはいない義妹達と同じ思いだ。生体パーツとして消費されて死ぬはずだった仲間達。お姉ちゃんと慕ってくれる他の子達。その思いが、質問の答えとは別の言葉を吐かせた。
「私は、いいえ。お義兄様に救われた義妹達は!! お義兄様の役に立ちたい。生体パーツとして消費されて死ぬはずだった私達を助けてくれたお義兄様の役に。だから私はIS学園に入った。他の義妹達だって、何処かの分野で役に立ちたいって思ってる!! 何が博士を怒らせているかなんて知らない。だけど私はカラードに入る。諦めない。他に沢山の優秀なパイロットがいるのも知ってる。だけど私は必ずそこまで行く。これで諦めるくらいなら、初めから学園になんて行ってない!!」
絶対に折れてなんかやらない。クロエはそんな思いを込めて束を見返す。返答は心が壊れてしまいそうな程に、威圧的で冷たいものだった。
「私がその気になれば、決して望みを叶わなくする事も出来るんだよ」
「なら此処で殺して下さい。博士なら、幾らでも後始末できるでしょう」
自分達は、人として生きる事も死ぬ事もできないはずだった。その運命を変えてくれた人と一緒にいたいと願って何が悪い。昂った感情が、後先を考えない強烈な言葉となって吐き出される。そして吐いた言葉は呑み込めない。クロエは、正直終わったと思ってしまった。博士にこんな事を言って無事にすむ筈がない。
だが束博士の行動は、完全に予想外のものだった。持ち上げた時とは正反対に優しくクロエを降ろし、声をかけたのだ。
「………私相手に、そこまで啖呵を切れるなら大したものだよ。あと、悪かったとは思うけど謝らないよ。君は、いや義妹達は、現状で一番晶の弱点に成り得るんだ。正妻としては、覚悟くらい知っておきたいと思うのは当然でしょう」
演技だった? あの威圧感と恐怖が? 試された? 放心した表情のクロエ。完全に、思考が現状に追いついていなかった。だが徐々に思考が戻り、現状を認識していく。その途中で、束博士が何を心配していたのかも理解できた。
極々簡単に言ってしまえば、クロエを含めた今の義妹達は、絶対王政におけるお姫様と同じなのだ。縁を結べれば、権力への最短切符。もし何らかの言葉を、義妹を通じてお義兄様の耳に入れる事ができたなら、それで何らかの判断に影響を与えられるなら、そう思う者が非常に多いのは知っていた。事実、クロエ自身露骨なすり寄りをされた事があるし、他の義妹達からも同様の話を聞いている。
これまでは大丈夫だったが、これからも大丈夫という保証はない。そしてここから先は想像でしかないが、そんな心配していたところに、お義兄様からの頼み事だ。正妻としては、義妹達が害虫になっていないかを確かめたかったのだろう。
クロエは暫し沈黙した後、答えた。
「博士の懸念は尤もかと思います。なのでお義兄様の義妹として恥ずかしくないよう、足を引っ張らぬよう、これからも努力していきます」
「そんなのは当然だよ。君達は晶の義妹というだけで多くのものを得ている。その立場に胡坐をかくような事は許さない」
「肝に銘じておきます」
「他の義妹達にも言っておきなさい」
日頃の行動を見ている限りは大丈夫そうだけど。束は言葉にこそ出さなかったが、心の中でそう付け加えた。義妹達の日常生活を調べれば、平和な世界で生きるのに恥ずかしくない知性と教養と立ち振る舞いを身につけようとしているとすぐに分かる。晶は彼女達に荒事に関わってほしくなかったようなので、そういう方向性を選んだのだろう。だがそういう意味で、クロエは例外と言えた。生体パーツにされかけた過去があって、なおISパイロットになって役立とうとしているのだ。
(まぁ、これなら覚悟の方は大丈夫そうかな)
無論、実力的にはまだまだ研鑽を積んでもらわないといけないが、害虫ではなさそうだ。そう判断した束は、話を先に進める事にした。
「じゃあ、今日の本題に入ろうか。まず君にあげる生体融合型IS“
説明された性能は、端的に言ってしまえば第三世代ISのトレンドであるイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器を、更に先鋭化させた特殊能力型とでも言うべきものだった。
標準搭載されているワールド・パージという能力は、仮想空間では相手の精神に直接干渉することで、現実世界では大気成分を変質させることで相手に幻覚を見せる事ができる。*4精神干渉系がどれほど危険なものであるかは、言うまでもないだろう。また
外見は、博士は魔法使いをイメージしたのだろうか? 既存のISのような外装ユニットは存在しないというのだ。その時着ている服、或いは
そして特殊能力というのは非常に燃費の悪い事で知られているが、束博士のISは違っていた。これだけエネルギーを大量消費しそうな構成でありながら、継戦能力が量産機以上なのだ。正直なところ、桁が違うとしか言いようがない。
「す、凄い………」
「私の手掛けたISが、そのへんのISと同じ訳ないでしょ。そしてこのISを受け取った瞬間から、君は二度と他人から公平な判断を受けられなくなる。晶の義妹だから、私のワンオフ機を貰えた。あらゆる戦闘で勝って当然。勉学も、教養も、立ち振る舞いも、あらゆる面で優れていて当然。凡人どもにとっては君の思いなど関係ない。むしろ他人の足を引っ張る事にしか興味の無い愚者どもにとって、君は丁度良い攻撃対象だろうね。特筆した成果を残している訳でもないのに、私のISが貰えるんだから。それでも君は、これを受け取るかい?」
これは束なりの優しさであり、最終確認であった。しかしあれ程の啖呵を切れる人間が、今更怯む筈も無い。
「受け取ります」
「分かったよ。じゃあこれからコアを君に融合させるから、服を脱いでそこのベッドに横になって」
「はい」
肯き、脱いだ服をカゴに入れたクロエが、全裸でベッドに横たわる。気恥ずかしさが無い訳ではなかったが、必要な事と自分を納得させてどうにか平常心を保つ。するとベッドサイドに立った束博士は、これまで左手に持っていたトランクケースから、手の平サイズの銀色の球体を取り出した。
「これからコレを融合させる。君がする事は特にないけど、融合中は意識が無くなるから、次目覚めた時は専用機持ちだよ。後は――――――いや、晶からとびっきりのプレゼントがあるから、楽しみにしていると良い」
「お義兄様から? はい。楽しみにしています」
心の底から嬉しそうな笑顔を見せたクロエに、束は告げた。
「じゃあ、始めるよ」
同時に自身の専用機である“エクシード”*6を展開して、融合プロセス実行用アプリケーションを起動する。
―――“
右手に持つ銀色のコアが光り輝き、幾つもの幾何学模様が走る。
―――対象:クロエ・クロニクル
“エクシード”を通じてコアが、融合対象を認識する。するとコアがフワリと浮かび上がり、クロエの胸元まで移動した。
―――“
コアが水に沈み込むかのように、トプンとクロエの身体に入っていった。
―――遺伝子情報確認。全情報のバックアップ開始。
生体融合型ISの“
―――事前命令に従い、一部情報の改変開始。
そして“
―――セカンドバックアップ開始。
改変後の情報も保存される。
―――自己診断プログラムロード。
リンクしている“エクシード”に、結果が転送されてくる。身体情報も、“
―――全工程クリア。
“エクシード”との融合プロセス用リンクが切断され、“
「うん。流石は私だね」
シミュレーション通りの完璧な結果に、束は1人呟いた。そうして、コアネットワークで晶を呼ぶのだった。
◇
(私は………)
ボーッとしていたクロエの意識が徐々に覚醒していく。カラード本社に来て、束博士と話して、“
そして何かを言う前に、お義兄様が手鏡を差し出してきた。
「取り合えず、自分の顔を見てみるといい」
「?」
なんだろうと疑問に思いつつ、受け取った手鏡を覗き込んでみる。すると―――。
「う、うそ………」
黒くない。他者とクロエを決定的に違うものにしていた漆黒の眼球が、白くなっている。普通の、人間の目になっている。
「お、お義兄様、これって」
「俺からのプレゼントだ。と言っても、俺じゃ出来ないから束に頼んだんだが。気に入って貰えたかな?」
クロエの目から涙が流れる。止めどなく流れ、言葉が出ない。だが彼女は頑張って声に出した。
「も、もちろ、ん。勿論、です。ほん、とうに………ありが、とう、ございます」
目の事は、諦めていた。遺伝子情報に刻まれている以上、治す方法は2つしかなかったからだ。サイバーウェアの義眼を使うか、遺伝子情報そのものを書き換えるかしかない。ISパイロットを目指すならメンテナンスという手間がかかるサイバーウェアの義眼は大きなデメリットになるし、遺伝子情報を書き換えて眼球の色を変えるような研究など、何処の研究機関でもやっていない。つまり不可能だったのだ。
だけどお義兄様は、生体融合型ISに可能性を見出し、束博士という人類最高の頭脳にお願いしてくれた。宇宙開発事業という時間が幾らあっても足りない巨大事業を推進している束博士の時間を、自分の為に使ってくれたのだ。
「束博士も、ほんと、うに、本当に、ありが、とうございます」
涙が溢れて、言葉が上手くでない。でも頑張って口にする。感謝を示す事しかできないが、それが人としての礼儀だからだ。
「晶が私に、やりたい事に集中できる時間と環境をくれた。だからここまで来れた。その晶の頼みだからね。でもさっき言った事も本心だから、忘れちゃ駄目だよ」
涙の止まったクロエは肯き、答えた。
「はい。もう一度、同じ答えを返します。肝に銘じます。決して、忘れません」
「うん。良い返事だ。後は、コレを渡しておこうかな」
束はコアの入っていたトランクケースを開けて、取り出した物を差し出した。
「これは………ISスーツですか?」
「そう。ついでに作ったやつだけど、それも特別製でね。機能説明は実際に体験してもらった方が早いから、まぁ取り合えず着てみて」
クロエは受け取ったISスーツを、ベッドから降りて着ていく。お義兄様に一糸纏わぬ姿を見られているが、夜の姿を見られているのだから今更だろう。そうして身につけたISスーツは、外見上はIS学園で採用されている旧スクール水着を彷彿とさせるデザインだった。
「これが、特別なのですか? 学園のものと変わらないように見えるのですが」
「そのままじゃ普通のISスーツと変わらないんだけど、“
システムメニューを意識すると、視界の片隅にメニューが表示された。この辺りの使用感覚は普通のISと同じらしい。そして言われた通りにISスーツの項目を開いてみる。すると―――。
―――次世代型ISスーツの着用を確認。
―――登録しますか? Yes/No
「登録確認が出ました」
「取り合えず登録して」
「はい」
Yesを選択する。すると新しい確認項目が出てきた。
―――標準形態を選択して下さい。
・IS学園標準型(現在の選択)
・モノキニ
・タンキニ
・キーホール
・ホルターネック・ビキニ
・クロス・ホルター・ビキニ
・クリスクロス・ビキニ
・ハイネック
・プランジング
・タンク・スーツ
・オリジナルデザイン
「あの、これは?」
「見ての通り、デザインを選べるの。気に入るのが無かったら自分でデザインした形状にも出来るし、色も変えられるから」
「凄いです!!」
「ま、それは後で色々試してみてね」
「はい!!」
「で、ついでにそのスーツの性能も説明しちゃうね。普通に着用してるだけでもアサルトライフル程度なら、衝撃も含めて完全に止められる。だけどそれの真価は、専用機持ちのパイロットが着用している時にあるの。超小型化したエネルギーシールドシステムを内蔵していて、専用機からエネルギー供給を受ける事で、アンチマテリアルライフル程度までなら同じ事ができる。ちなみに晶の親衛隊やハウンドの装備と同等程度と言えば、どれだけのものか分かって貰えるかな」*7
事実上、世界最高性能のISスーツだ。一介の学生が持つには高性能過ぎる。だが、クロエに拒否という選択肢は無かった。“
「………うん。遠慮なんてしたら引っ叩いてやろうと思ったけど、いいね。ちゃんと自分がやらなきゃいけない事を分かってる」
「束様は先程、“
「その通り。でも負けないが目的になっちゃ駄目だよ。あくまで一番初めの思いを大切にね」
「もし私が道を踏み外したなら、その時は引導を渡して下さい」
「分かった。せめて苦しまないようにやってあげる」
「はい。お願いします」
ここで、晶が口を挟んだ。
「お前ら、本人の前でそういう会話をするんじゃない。というかクロエ。前も言ったが、俺はお前をそういう風にする為に引き取った訳じゃない」
するとクロエはキッパリハッキリ我が儘を言うかのように言い放った。
「諦めて下さい。クロエは自分の人生の使い方を決めました。お義兄様が嫌と言っても曲げませんし、どこまでも付いて行きます。そして義妹が義兄に甘えるのは当然の事で世界の節理です。更に言えば他の義妹達も、もう他の人生なんて考えられないくらいに愛して貰っています。身も心も奪って染め上げたのですから、責任をとって下さい」
言われて、晶は思った。
(まさか義妹に責任取ってって言われるとはなぁ………)
因みに彼は非常に愛多き男だが、この類の言葉を女性から言われた事がない。手を出した相手の面倒はしっかりと見ているためだ。勿論、義妹達も同じだ。初めは引き取ったからという義務感な部分もあったが、今では望む未来を歩めるようにと思い、沢山のものを与えている。
そして本人達の望んだ未来というのが、責任をとって下さいなのだから………。
(これはアレか? もしかして俺、光源氏みたいな事やっちゃってる?)
今更である。尤も、責任をとって下さいが重いとは思わない。むしろそこまで思われている事に心地良さすら覚える。なので晶の返答は決まっていた。
「安心しろ。もう手放す気なんてない。嫌だって言ってもな」
更に晶は、自分のものにするのならとことんまでやる気だった。
「束。急ぎはしないけど、できれば今年中に他の義妹達に強化処置をしてもらってもいいか?」
「私はいいけど、本人達の意向はいいの?」
「一応今度会った時に確認はするけど、クロエもこう言っているし、これまで話した感じじゃ断ったりはしないと思う」
「分かった。じゃあ準備しておくね」
今の会話を聞いて、クロエが尋ねた。
「あの、強化処置とはなんでしょうか?」
晶が答えた。
「簡単に言えば、抗老化、神経系と身体能力の向上、免疫系の強化etcetc。厳しい宇宙環境でも健康でいてもらう為の処置だな。だけどこの事は、決して表じゃ口外しないようにしてくれ。特に抗老化関連は、ある意味で劇薬だから。あと似たような機能は、ISコアにも標準搭載されているんだ。いや、ISコアからそれらの機能を分離したのが強化処置と言った方が良いかな。で、コアがパイロットの事を余り理解していないファーストシフトや多人数で1つの機体を共有する量産機じゃ余り強く出ない特性だけど、コアがパイロットの事を良く理解できる専用機は違う*8。っと、ちょっと話が逸れたな。義妹達には、ISコアに依存しない形の強化処置*9をしてもらおうと思ってる」
余りに衝撃的な内容に、クロエは暫し思考が追いつかなかった。だがどうにかして呑み込み、口を開く。
「つまり、人以上の何かになるという事ですか?」
束が答えた。
「クロエ。減点だよ。この処置で弄るのは体だけ。つまり精神性は変わらないんだ。そして世の中、死んだ方が良い奴がいるのも事実。もしそういう奴が永い、とても永い時を生きられるとしたら悪夢じゃないかな? だからね、人以上の何かなんて思っちゃいけないよ。人は結構簡単に堕ちるからね」
クロエはハッとした表情になって頭を下げ、今日何度目かになる同じ言葉を言った。
「その言葉も、肝に銘じておきます」
「うん。後、晶が義妹達に処置の事を話してからで良いけど、長女の君からも、義妹達にはくれぐれも言っておいてね」
「はい。必ず」
「良い返事だね。これからの事、期待してるよ」
こうしてクロエの目は治り、更には専用機持ちとなった。また義妹達の長女として、束博士から一定の認知も得る事ができたのだった。
第180話に続く
ついに主人公勢が卒業となりました!!
長かった。本当に長かったです。
そして今回の卒業式は、ある意味で伝説となります。
宇宙人さんからの祝電なんてそうある事ではない&統一政府認識宣言というド級の爆弾投下。
卒業式の後は多方面で大騒ぎだったでしょう。
更にクロエさん。ついに専用機持ちとなりました。
原作と違い束さんと碌な接点が無かったので、“試される系”のイベントを入れてみました。
そして原作で“黒鍵”の性能描写が余り無かったで、結構盛らせて貰いました。