インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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主人公勢の卒業が間近になったので、立場が大きく変わる人物が2人。
束さん超絶ご機嫌モードです。今なら凡人俗人の多少の無礼くらいなら笑って許しちゃうくらいにご機嫌。
更にモブさんのとある行動が切っ掛けで、事態が大きく動きます。


第178話 ヘッドハンティング!! そしてカラード>国連

 

 3月3週目の平日。

 卒業まで2週間を切ったIS学園。その面談室で晶は、3年間お世話になった織斑先生と山田先生の2人と、テーブルを挟んで向かい合っていた。

 大事な話があると言って来てもらったのだ。

 

「――――――で、大事な話とは一体何なんだ?」

 

 織斑先生の言葉に、晶はド直球に返した。この人相手に策を弄した言葉など無意味だからだ。

 

「ヘッドハンティングです。自分は2人を、カラードに迎えたいと思っています」

お前の会社(カラード)民間軍事企業(PMC)だろう。私に人殺しをしろと?」

 

 織斑先生は意図的に、民間軍事企業(PMC)の負の面を強調して答えた。口先三寸は許さないという意思表示だ。この返答に隣に座る山田先生は驚きの表情を浮かべたが、すぐに同じ気持ちだとばかりに肯いていた。2人の思いは決して間違いではない。宇宙開発部門が大きくなっているとは言え、カラードが民間軍事企業(PMC)なのは間違いないし、戦闘部門が利益を上げているという事は、その手の仕事もあるということだ。

 そして晶は、それを否定する気は無かった。

 

「確かにカラードは民間軍事企業(PMC)で、その類の仕事がある事は否定しません。いえ、否定しないなんて温い言い方はしません。自分はISという武力を商品として扱い、利益を上げています。ただ自分が2人を欲したのは、対人類戦闘の為ではありません。今後の宇宙開発を考えた時、どうあっても対宇宙文明戦を考えなければいけない時が来る。その時の為です」

「具体的には?」

「まずは、これを見て下さい。銀河系の勢力図です」

 

 晶は傍らに置いておいたバックから、手の平サイズの半球状の立体投影装置を取り出してテーブルの上に置き、銀河系の立体映像を表示させた。各方面が様々な色で区分けされており、共通しているのは殆どの区分けが、幾つもの星系に跨っているということ。そして地球のある銀河辺境に目を向ければ何も色分けされていない空白地帯となっているが、その空白地帯の外側、地球から見て銀河中心核方面には、所々隙間はあるが、多くの場所で複数の勢力が隣接している。だが不自然な点もあった。勢力図のところどころに空白地帯があるのだ。それも結構大きいのが複数個所ある。

 

「………話の本筋とは少しズレると思うが、この空白はなんだ?」

「束とアラライル氏との初めての会談を覚えていますか? 絶対天敵(イマージュ・オリジス)はその巨大な軍事力を背景として拡大政策をとっていた、あと原因不明の流星雨が降り注いで国力を大きく減退させたという発言があったと思います。その結果らしいですよ」

「なるほど。では本題を聞こう。この勢力図を見たお前は、どういう理由で私達2人を欲したんだ?」

「宇宙文明は大まかにですがランク分けされていて、絶対天敵(イマージュ・オリジス)は例外であるランクSを除けば、最上位であるランクAです。そんな巨大文明が国力を大きく減退させた。これを地球で、アメリカが突如として国力を大きく減退させた状態と置き換えて考えたら、何が起こるか想像できませんか?」

「パワーバランスの大変動。平たく言えば混乱だな」

「はい。そして、その混乱は確実にこちらにも影響すると思っています」

「何故だ? 大変動が起きる場所をあえて中央という言い方をさせて貰うが、中央の混乱が、銀河辺境の地球に波及するとも思えないが」

「地球が普通に宇宙文明と接触して、開星という手続きを踏んでいたならそうでしょうね。ただ、ここから先は予測ですが、地球は確実に悪目立ちして注目を集めているはずなんです」

「どういうことだ?」

「まず前提条件として、先程話した宇宙文明のランクについて説明させて下さい」

 

 そうして晶は、入手した“首座の眷族”の教科書に記されていた宇宙文明の大まかなランクについて説明した。

 文明のランクは低い順にF・E・D・C・B・A・Sの7段階に大別されている。

 ランクFは、宇宙進出の極初期段階にある事を示している。辛うじて星の重力を振り切り、母星に極々近い場所でのみ活動する低レベルな文明という扱いで、絶対天敵(イマージュ・オリジス)来襲前の地球はこれに当たる。

 ランクEは、近隣の惑星にまで進出して開発が行われているレベルだ。なお母星の衛星の開発はレベルFの範疇である。

 ランクDは、Eと同じ星系内において、更に遠くまで開発が進んでいるレベルだ。多くの文明において、この辺りでワープ航法の研究が本格化し始めている。

 ランクCは、母星のある星系の外縁部付近まで開発が進んでいるレベルだ。多くの文明において、この段階でワープ航法が実現している。

 ランクBは、幾つかの星系にまたがる星間国家が樹立しているレベルだ。この辺りになると兵器として十分な信頼性と実用性を持つ、重力兵器や空間破砕兵器が実用化されている。

 ランクAは、幾つかの星系にまたがる星間国家が樹立しており、かつその影響力が銀河惑星連合でも広範囲に及ぶレベルだ。絶対天敵(イマージュ・オリジス)はランクA扱いとなっていた。

 そしてランクSは特殊ランクで、ここに分類される条件はただ一つ。文明、個体、群体、形状、種別も問わない。只々圧倒的な力を持っていることのみ。そして現在Sに分類されているのは僅かに2つ。“首座の眷族”と呼ばれる銀河中心核付近に母星がある超文明と、“星喰い”と呼ばれる惑星サイズの超巨大宇宙生物のみ。

 

「………今、何やらとんでもない情報をサラッと出された気がするんだが」

「“首座の眷族”についてですか? それとも“絶対天敵(イマージュ・オリジス)”についてですか?」

「“首座の眷族”についてだな。絶対天敵(イマージュ・オリジス)については、今のランクの説明を聞けば分かる。本来なら絶対に勝てるはずのない戦いに、地球は勝った。そういうことだろう」

「その通りです。ですが少し補足するなら、絶対天敵(イマージュ・オリジス)が地球に差し向けた戦力は、あちらにしてみれば小規模も小規模で、極小と言える程度の戦力でしかなかった、ということです。ただそれでも、本来なら勝てるはずがない戦いに地球は勝った。それが注目を集めている一つ目の理由です」

「二つ目は?」

「“首座の眷族”です。銀河中心核付近を中心に広大な版図を持つあの文明は、あらゆる面で他の文明を圧倒していて、銀河惑星連合の盟主として君臨しています。その巨大で強大な文明が、直接辺境の一惑星にしか過ぎない地球の開星手続きを直接行っている。他から注目を集めるには十分過ぎるでしょう。そして最後にもう1つ」

「まだあるのか?」

「はい。三つ目は束です」

「なに?」

「これまでのアラライル氏の発言を思い出して下さい。束は宇宙の先進文明ですら千年かかった技術革新を数年で終わらせた。宇宙文明の共有財産と位置づけられているスターゲートを独力で作れる。テラフォーミングも自分で行える。同じ事ができる文明は多分沢山あると思いますが、それは文明内の頭脳と工業力を集結して、綿密な計算の元に行われる巨大な事業であるはずです。それを彼女は単独で行える。こういう言い方はしたくないですが、その利用価値はどれほどのものでしょうね? ましてパワーバランスの大変動という混乱している最中であれば、辺境の一惑星程度、武力で制圧して束の身柄を押さえる――――――程度の事は誰でも考えるでしょう」

「では私達を、束の護衛として雇う気なのか?」

「いいえ。束の護衛を誰かに譲る気はありませんし、お二人に護衛が向いているとも思っていません。自分が2人に求めているのは、カラードの教官になって貰うことです。教官として、IS戦力の強化に協力して欲しいと思っています」

「………お前の話は理解した。地球の戦力増強が必須という状況も。ただ、すぐには決断できない。カラードに入ってパイロットを鍛えるという事は、対人類戦闘で使われる可能性も高いということだろう。私はそれを無視できない。―――山田先生はどうだ?」

「私も、すぐにはちょっと………」

 

 晶の本心としては、すぐに決断してほしかった。だが今無理に決めてもらったところで、悩みを抱えた2人では意味がない。3年間晶のやり方を見てきて、吸収して、全力でパイロット育成をしてくれる2人でなければ意味がないのだ。

 

「分かりました。考える時間が必要でしょう。心が決まったら、断るにしろ受けてくれるにしろ、教えて下さい」

「分かった」

「はい。分かりました」

 

 こうして3人の話し合いが終わり晶が面談室から出て行くと、織斑先生が口を開いた。

 

「山田先生、どうする?」

「難しいですね。晶くんの言っている事や必要性は理解できますけど、私達の指導が対人類戦闘に使われる可能性を考えると………」

 

 2人が気にしているのはこの一点のみだった。無論、IS学園で教師をしていても、卒業生がISパイロットとして戦場に立つ事はあっただろう。だが卒業したなら1人の社会人であり、そういう道を選択したのは本人が選んだ結果だ。しかしカラードで教官をするとなれば違う。自分達の鍛えたパイロットが、人に武器を向ける可能性があるということだ。いや、可能性ではない。ISという武力を商品として扱っているなら、必ずそういう状況はあると言い切れる。

 だが、と織斑先生は逆の可能性も考える。教師としての習性か、常に物事の正負両面を考えるようにしているのだ。

 

「しかし私達が教える事で、減る被害もあるだろう。あいつ(薙原)は、あこぎな商売はしていないだろうしな」

「それは確かに、そうですね」

 

 カラードは全ての活動情報を公開している訳ではない。宇宙開発部門やレスキュー部門の透明度は高いが、戦闘部門の情報は顧客の安全度に直結するので部外秘が多いのだ。しかし注目度の高い会社だけに、動向は世界中のマスコミが追っている。その結果として、ある程度の活動内容は割れていた。尤も本当に機密度が高いミッションにはステルス装備が使用されているため、世間一般に流れている情報は、ある程度意図的に漏らされているものであった。人は公開された情報より、自分達で調べたものの方が信用するのである。

 

「私は、一応前向きに考えてみようと思う」

「私も考えてみようと思います」

 

 こうして話した後、2人は面談室を後にしたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、各国からは国際連合(国連)の役割に疑問符が噴出し始めていた。

 これはここ最近の地球の命運をかけた一連の大事件で、主導的役割を果たせたか否かを考えれば、ある意味で当然だろう。

 人類の存亡をかけた対絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦で主導的な役割を担ったのは誰だっただろうか? 友好的な宇宙文明と邂逅した後、地球の未来をかけて交渉したのは誰だっただろうか? 80億という地球が支えるには重すぎる人口への対策として、テラフォーミングした惑星への移民という夢物語を現実の選択肢としたのは誰だったろうか? 無論、国連が抱えている仕事は他にも沢山あり、果たしている役割が無いとは言わない。だが近年、巨大になり過ぎた組織の実行力に疑問符が付いていたのは事実であり、溜りに溜まった不満がついに噴出してきた形だ。そしてこれまでは国連以上の組織など無かったため、仕方なく組織改革というのが叫ばれていた。国連よりスリムで、実行力がある組織など、夢想するのは簡単だが実現には多大な労力と金銭的負担が伴うため、既存の組織を改革して少しでも良くしようという考えだ。だが組織の巨大さと多くの国の意見を集約して纏めなければいけないという制約から、改革は遅々として進んでいなかった。

 だがこれは仕方のないことなのだ。巨大な組織で改革を実行した場合、どうしても利益を得る者と不利益を被る者が出てしまう。利害調整は必須であり、時間がかかるのは仕方がない。

 

 ―――と思わない者達もいた。

 

 ここで時間をかけては、新しい時代に対応できない。ここでの時間の浪費は、宇宙文明と付き合っていく上でマイナス材料にしかならない。ここでの内輪揉めは、地球人類の為にならない。何より束博士が言っていたではないか。星間国家の下地を作る必要があると。

 事態が動き出した切っ掛けは、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)*1で働いていた老年の男性が、辞表を上司に叩きつけたことだった。

 時は少しだけ進み、3月3週目の土曜日。

 カラードの社長室にいる晶の元に、秘書さんからの内線が入った。

 

『社長。就職の人事担当から、待遇を決めかねる者が来ているので判断を仰ぎたいという話が来ています。如何されますか?』

『待遇を決めかねる? 珍しいな。どんな奴なんだ?』

 

 最近、カラードにはISパイロットを始めとして多くの者が応募してきている。中には超高学歴の者もいるが、人事担当はカラードに合わないと思えば容赦なく蹴落としていた。つまり学歴以外の要因があるということだが、どんな人物だろうか?

 

『辞表を叩きつけてきたというので元となりますが、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)の法律小委員会に所属していた、ケッタニー・リッツァー氏です』

 

 国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)の法律小委員会とは、専門的な見地から宇宙活動により生じる法律問題に関する検討を行っているところだ。確かこれまでの活動として、宇宙条約(月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約)、宇宙救助返還協定(宇宙飛行士の救助及び送還並びに宇宙空間に打ち上げられた物体の返還に関する協定)、宇宙損害責任条約(宇宙物体により引き起こされる損害についての国際的責任に関する条約)、宇宙物体登録条約(宇宙空間に打ち上げられた物体の登録に関する条約)、宇宙物体登録勧告等があった。

 守っていない国があるのは周知の事実だが、宇宙進出した場合に発生するであろう問題に詳しいのは間違いない。

 

『結構な高給取りだったろうに、随分と思い切った真似をしてきたんだな』

『志望動機ですが、可能であれば専門分野を活かして、人類が宇宙で汎用的に使うルール作りに携わりたい。無理なら平社員で良いので宇宙開発に関わりたいと』

『元々いた場所が、そういう事をする場所じゃないのか?』

『本人としては実行力の無い国連よりも、実際に宇宙で活動するカラードの方がルール作りに関われると思ったようです』

『なるほど。履歴書のデータをこっちに送ってくれ』

『送りました』

 

 晶の眼前に空間ウインドウが展開され、プロフィールが表示される。

 

『ふむ………。背景は?』

『改めて調べ直した訳ではありませんが、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)はこちらの活動と関係する可能性があったので、所属メンバーは一通りは洗ってあります。広く浅くの調査ですが、現時点でこの人物は白です』

『分かった。今、いるのか?』

『第一面談室に』

『分かった。直接会ってみよう』

 

 そうして晶が面談室に赴き部屋に入ると、椅子に座っていた老年の男性が立ち上がり口を開いた。

 

「まさか、社長本人が来てくれるとは。初めまして。ケッタニー・リッツァーと申します」

「自己紹介の必要は無さそうですね。――――――どうぞ。掛けて下さい」

「ありがとうございます」

 

 晶は相手が座ったところで、かなり率直に尋ねてみた。辞表を叩きつけてきたという話が本当なら、これまでのキャリアを棒に振ってまでカラードで働きたいようだが………さて、どんな人間だろうか?

 

「このまま人類が宇宙に出た場合、どんな問題が発生すると思いますか?」

「まず束博士がテラフォーミングした星に関しては、一定の理性的な判断の下に開発が行われるでしょう」

「どのような理由からですか?」

「博士はテラフォーミングを発表したあの会見で、持続的に汚染物質を垂れ流した場合はディソーダーシステムが人を襲う可能性があると言っていました。あの束博士が明確に人を襲う可能性を示唆した上で、地球で起きた環境汚染問題を参考にすれば良いという対策まで明示している。余程の愚か者でない限り、環境汚染を伴うような開発の仕方はしないでしょう。ですが、テラフォーミングしていない星は別です」

 

 晶は無言のまま先を促した。

 

「どんな資源があるかは分からないのでここから先は完全に想像になりますが、星によっては地球で採掘するよりも何百、何千倍という効率で採掘できる星があるかもしれません。そんな星を見つけた時、理性的に振る舞える人………いや、一人一人は理性的だったとしても、営利目的の企業体になったらどうでしょうか? 人の理性など簡単に弾け飛ぶでしょう。そして無秩序な開発の行く末は、今の地球と同じです。ですから持続的な発展の為には、まずルールをしっかりと作り、ルールを遵守させる組織が必要です。そして私は、それが行えるのはカラードしかないと思っています」

 

 ここで晶は何故と聞かなかった。仮に国連に託したところで、現状を見れば有効に機能するとは思えないからだ。また新しい組織を作ったところで同じだろう。立派な理念で設立され、立派な人間が沢山集まるかもしれないが、どうやっても政治とは切り離せないからだ。

 しかしカラードなら………と考えかけたところで、まずは先に話を聞く事にした。

 

「カラードだけが行えるかどうかは別として、では、どんなルールが必要だと思いますか? 先程ルールを遵守させる組織と言いましたが、武力で押さえつける形というのは長続きしないと思いますよ。特に………ああ、そうだ。良い言葉がありました。「法が人を守るんじゃない 人が法を守る」「尊くあるべき筈の法をなによりも貶める事は、守るに値しない法律を作り運用すること」*2という言葉があるように、人がその必要性を理解して自発的に法を守るような形でなければ、どんな組織がやったところで将来的な結果は変わらないでしょう」

「………これは驚きました。気分を悪くしたなら謝りますが、社長は宇宙開発事業を手掛けているとは言え、民間軍事企業という暴力を商品とする人間。そんな人間から、そんな言葉が出てくるとは」

「暴力を商品とするからこそです。商品の安売りはしたくないですし、力は振るうべき時に振るえばいい。大体、日頃から威嚇ばかりしていたら疲れるじゃないですか。なので無駄な労力は省きたいんです。その為にはみんな仲良くしてもらった方が良いでしょう」

「その考えの行き着く先は世界平和で、民間軍事企業の仕事は無くなってしまいますが」

「何千年先の未来でしょうね。それに立場が変われば考え方も変わります。ある程度の摩擦や違反者が出るのは必然でしょう。ですがそれを放置することは、全体に悪影響を与える。なので法を守る者が、守る事に納得感のあるルールがあれば、とは思いますね」

 

 ここでケッタニー(老年の男性)は思った。この人の下でなら、人類が末永く発展していくための基本的なルールを作れるのではないだろうか? パワーゲームの道具としてのルールではなく、人類の発展に寄与できるルールを。そんな思いが膨らんでいき、その思いを口にしようとしたところで、晶が続く言葉を口にした。

 

「では取り合えず試用期間という事で、貴方が必要と思うルールを作って提出して下さい。ああ、ただ必ず入れて欲しいこととして、1.地球及びテラフォーミングした星は生活必需品を戦略物資とする事を禁じる。人類発展の為に互いに融通し合うこと。2.地球での宗教や人種問題を宇宙に持ち出さない。この2つは必ず入れて下さい。あ、ついでだし………」

 

 話している最中にふと思いついた晶は、ケッタニー(老年の男性)に聞かせる意味もあって、普通の電話で束に連絡をとった。

 

『普通の電話なんて珍しいね。どうしたの?』

『いや、次にアラライルさんと話す事があったらさ、星間国家が使ってるルールというか基本原則というか、法律がどんなものか聞けないかな。書籍やルールの作られた歴史的背景とかも分かれば尚良いんだが』

『あ~、なるほど。もしかしてカラードで何かやろうとしてる?』

『人類が宇宙で汎用的に使うルール作りに携わりたいって理由でウチに就職希望している人がいてさ、とりあえず試用期間で必要と思うルールを作らせてみようと思ったんだけど、先を考えるなら宇宙文明がどういう風にやってるのかも調べて、良いところは取り込んでおいた方が良いかなって』

『それは確かにそうだね。うん。分かった。今度話してみるね。あ、でもそれなら貿易関連も同じかな。避けられない分野だから専門書の他に、実際にあった貿易問題やどんな風に解決したのかっていう歴史も分かった方が多分良いよね』

『言えてるな。頼んでも良いか』

『勿論』

 

 こうして国連を辞してきたケッタニー氏(老年の男性)はカラードでルール作りを始めたのだが、この動きは当然のようにマスコミにすっぱ抜かれた。カラードとしては特に後ろめたい事をしている訳ではないので、機密指定など一切していなかったからだ。そして翌日行われた束とアラライル氏との話で、星間国家や星間貿易についての書籍を求めた事が、事態を決定的に加速させる要因となったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 3月4週目の平日。

 IS学園卒業式まで1週間を切った頃。晶はカラードの社長室で、眼前に展開された空間ウインドウを眺めながら頬杖ついて愚痴を溢していた。

 

「コレどーすんだよ」

 

 すると隣に立っていた秘書さんが素っ気なく答えた。

 

「仕方ないのでは? 人間、諦めが肝心です」

「いや、でもな」

「こういうのを時代が求めている、というのだと思います。社長のお仕事は増えてしまうかもしれませんが、社員一同支えますのでどうかご決断を」

「あ゛あ゛あ゛~~、めんどくせぇ」

 

 決断した場合の仕事量を予測して、少しばかり壊れ気味になる晶。

 悩みの種というか切っ掛けは、ケッタニー氏(老年の男性)の件がマスコミにすっぱ抜かれた後、束がアラライルに星間国家や星間貿易についての書籍を求めた事だった。これに束の先日の発言、「星間国家の下地を作っておく事が絶対に必要」*3というのが合わさった場合、世間はどう見るだろうか?

 誰もが同じ事を考えた。星間国家というのがどういうものか、どういう形か、正確にイメージして語れる地球人はまだいない。だが篠ノ之束博士はこれまであらゆる事を有言実行してきた。そしてパートナーである薙原晶が、基本ルールの作成を命じた。となれば今カラード側に立てば、星間国家の成り立ちという歴史的一大イベントに関われる。名誉ある仕事に関われる。何より、予想される天文学的権益にも食い込めるだろう。

 そう考えた者達の行動は早かった。

 あらゆる分野のフリーランスや企業が、持てる知識や技術をカラードに売り込んできたのだ。これは宇宙開発技術だけではない。法体系、行政、インフラ、民間サービス、医療、福祉、軍事etcetc。国家が国家としてあるためのあらゆる分野だ。

 そして普通なら、こういう動きには反対勢力の出現が付き物だ。ましてカラードは、立場的には一民間軍事企業でしかない。そんなところが星間国家の下地を作るなど、普通なら夢物語だ。しかし多くの者は同時に思った。篠ノ之束博士は既に、多くの現代国家が直面している問題を解決している。例えば全ての活動の根幹となるエネルギー問題にはアンサラーという回答を、食料問題には食料生産プラントを、人口問題にはテラフォーミングによる移民を、資源問題には宇宙での採掘を、資金は各国へのエネルギー供給で得ており、今後は宇宙文明からの収入だってある。更に言えばワープ技術とスターゲート技術により、近隣星系を、或いはもっと遠くまでを地球文明圏として開拓していく事もできる。本来であれば国家事業として莫大な資金と労力が必要になるところを、彼女の下でなら遥かに少ない資金と労力で、圧倒的な早さで行える。巨大さ故に動きの鈍重な国連ではこのチャンスを活かせない。このチャンスを活かすなら、直接的にカラードと結び付くべきだ。

 多くの者が、頭の固い政府の役人や政治家ですら同じように考えた結果として、各国の連名でカラードにある提案が成された。カラード直下の組織として、星間国家の在り方を検討する実行委員会の設立だ。

 これまでの常識的に考えればおかしな話だ。どう考えても一企業の下につけるものではない。が、各国のパワーゲームの舞台と化している国連に設立した場合、パワーゲームをしている間にカラードは先に進むだろう。他が追いつけない圧倒的なスピードで無数の星をテラフォーミングして、インフラを整え、味方する者には移民という選択肢と共に新たな経済圏という巨大な市場を与え、アステロイドマイニングにより数多の資源を得て、地球に供給する。ここまでいけば、地球の経済的覇者も同じだ。そしてこれは夢物語ではなく、必要な手札は全て篠ノ之束博士の手中にある。つまり今このタイミングが、立ち位置を決める最後のチャンスなのだ。これ以降に味方しても、宇宙進出の最初期という最も大変な時に味方した者と、ある程度落ち着いてきた時にのうのうと味方になろうとした者、どちらがより良い立ち位置にいられるかは自明の理だろう。

 また宇宙文明との外交という意味でも、カラード直下であるか否かというのは大きいと思われていた。何故なら今現在関わっている宇宙文明“首座の眷族”が交渉相手として認識しているのは、篠ノ之束だけなのだ。次点として薙原晶だろう。対して国連は通信ラインこそ確保しているが、2人のオマケ程度にしか認識されていない。相手がそのように言った訳ではないが、これまでの経過を考えれば確実だろう。そして今後の流れを考えた時、今現在は束博士が直接交渉を行っているが、交流が進めば、いずれ他の者が引き継ぐだろう。その時にカラード直下であれば、束博士や薙原晶の意向を受けて、或いは2人の意向の結果としてある種の提案という形で話を進める事ができる。しかし外部組織という位置付けでは出来ない。

 このため実行委員会にとって、カラード直下という位置付けは必須と言って良かった。また内外にその事実を認識してもらう為に各国の考えた手が、晶の眼前の空間ウインドウに表示されていた。

 

 ―――実行委員会委員長への就任要請。

 

 これである。一番相応しいのは篠ノ之束博士なのだが、これまでの彼女の活動を見れば、世俗的な事の一切は薙原晶に任せているのは間違いない。ならば彼女には象徴として君臨してもらって、話の通じやすい薙原晶をトップにした方が、多くの者にとってもやり易いという考えからであった。

 なお多くの企業のコンプライアンス的に、この手の役職につく場合は、社長などとは兼任できない場合が多い。自社の利益を最大化するために、判断が捻じ曲げられる可能性を排除できないからだ。しかし今回の就任要請に際して、少なくとも晶が見ている就任要請依頼には、その手の話は一切出ていなかった。そんな条件が含まれた時点で、カラード直下という位置付けが消えると分かり切っていたからだ。

 だからこそ、晶も断り辛い。この上なく面倒事の多そうな立ち位置だが、上手く使えば束の夢を大きく後押しできる。

 なので取り合えず、相談してみる事にした。コアネットワークを繋ぐ。

 

(束)

(どうしたの?)

(こんなものが俺のところに来てるんだが)

 

 データを送る。

 

(へぇ~。凡人は凡人なりに、随分と思い切った事を考えたものだね)

(上手く使えば色々沢山の事を進められるけど、面倒事も多そうだ。どうする?)

(ん~。そうだね。晶はどう考えてるの?)

(面倒事は多そうだけど、将来を考えればアリだと思ってる。今は俺達が直接色々やってるけど、今後もずっとそういう形じゃ、それは宇宙進出の形として違うだろう。どこかで誰かに引き継がなきゃいけない。その為の下地は作っておくべきだと思う)

(うん。私もそう思う。苦労をかけると思うけど、頼んでもいい?)

(任された。俺達が将来楽できるように、しっかりとした土台を作っておくか)

 

 こうして方針を決めた晶は、秘書に伝えた。

 

「関係各所に、就任要請を受けると連絡しておいてくれ」

「分かりました」

 

 秘書は返事をした。が、その場から動かなかった。

 

「どうした?」

 

 尋ねると、迷ったような様子を見せた後、口を開いた。

 

「1つ、お願いをしても良いでしょうか」

「とりあえず、聞かないことには何とも言えないな」

「では、言わせて頂きます。更識家の者は当主様のお役に立つべく研鑽を欠かしておりません。それなりの能力を持っているとも自負しています。ですがこれから先に発生するであろう多くの案件や問題を考えると、いずれ足を引っ張ってしまうのではないか。そう思っています」

「………続けてくれ」

「サイバーウェアやインプラントの使用といった事も考えましたが、扱っている情報を考えれば、メンテナンスという最も無防備になる瞬間を他者に委ねるリスクを無視できません。なので配下として非常に恥ずかしい話ですが、束博士に何らかの解決策をお願いできないかと思いまして。例えば、私はISパイロットではないので一般的な知識しかありませんが、ISにはハイパーセンサーというコンピューターよりも早く思考と判断ができる機能があると聞きます。その機能の一部だけでも与えて頂ければと」

「なるほど。ふむ………」

 

 少しばかり考えた晶は、再度束にコアネットワークを繋いだ。

 

(度々すまないな。実は今、秘書さんからこんな話をされてな)

 

 事情を説明すると、彼女は意外にも乗り気だった。

 

(うんうん。いいね。ちゃーんと晶のものだって自覚があるようで何より。そういう理由なら色々やってあげるけど、もし何処かに捕まったら悲惨だよ。人を狂わせる技術が山盛りだから)

(ちなみにどんな?)

(抗老化、神経系と身体能力の向上、免疫系の強化etcetc。厳しい宇宙環境で健康でいてもらう為に一般化しようと思っていた技術だけど、今の人類にとってはまだ劇薬だからね)

(なるほど。っていうかそれってもしかして、俺に使われてる強化人間技術と同系統のものか?)

(結果としては同じようなものだけど、技術としては別系統だよ。まぁ行き着く先は同じになるかもしれないけど)

(分かった。因みにそれって、処置してからどれくらいで一般的な生活に戻れるんだ?)

(人によって差はあるだろうけど、多分一週間くらいかな)

(なら順次受けさせていくから、準備を頼んでもいいか)

(オッケー)

 

 こうして強化処置を受ける事になった更識家の者達は、末永く献身的な忠誠心をもって、晶や束を支えていくのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 翌日。IS学園に来た晶は、織斑先生と山田先生に呼び出され、面談室に来ていた。

 テーブルを挟んで2人の正面にある椅子に腰掛けると、織斑先生が口を開く。

 

「先日の話だがな。受けさせてもらう事にした」

 

 次いで、山田先生も口を開く。

 

「わ、私も受けさせてもらいます」

 

 晶は少しばかりホッとした。これで少なくとも、ISパイロットの育成という点での心配はかなり減る。そして是非とも引き抜きたかった人材だけに、礼を尽くすのも忘れない。深々と頭を下げながら言う。

 

「話を受けてくれて、ありがとうござます」

「あ、頭を上げて下さい。晶くんに頭を下げられると、なんだか変な感じです」

 

 山田先生が慌てる。晶はそれが何だかおかしくて、頭を上げてから言った。

 

「まだ教師と生徒ですよ」

「もう数日で卒業で、その後はもう気軽に話せない有名人じゃないですか」

「パイロット育成は大事なので、ちょくちょく会いに行きます。2人に舐めた態度を取る奴はそういないと思いますが、もしいたら言って下さい。俺がこってり絞ってあげますから」

 

 これには織斑先生が答えた。

 

「お前に絞らせたら、鍛える前に下手をしたら折れるだろう」

「クラスメイトにやった程度のことしかしませんよ」

「“騙して悪いが”に増援を重ねて、更に機体ダメージを負った状態で戦闘続行なんて、普通は絶望的なんだからな」

「ISが出るのは最終局面。敵だって必ずこっちを仕留める為に策を練ってくるでしょう。確実にこちらを仕留めに来ている敵を凌ぐなら、その程度は乗り越えてもらわないと」

「言ってる事は分かるが、並大抵の人間はその前に折れる」

「実戦で折れてしまうよりは、訓練で折れてくれた方が良いでしょう。まぁそれが厳し過ぎるというなら、対絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦の訓練で使われていたオービットダイブでもしてもらいますか」

 

 オービットダイブは高度30キロメートルという濃密な大気の中にあって、秒速5キロメートル(約マッハ15)という超高速で地表に向かって突き進んでいく。万一機体操作を誤れば、ISですら墜落死があり得る危険な作戦行動だ。今でこそ戦術が練られて成功率は上がっているが、オービットダイブのシミュレーションが実装された当初は、各国のエース級が揃った部隊ですら成功率は一桁だった。

 舐めた口をきくなら、この程度は楽にこなしてもらわねば。

 

「薙原。そんな事を言われたら逆に相談できん」

「そうですよ晶くん。あ、もう社長って言わないとダメですね」

「先生方でしたら、薙原でも晶くんでも良いですよ」

 

 織斑先生の言葉に山田先生が同調し、晶が答えた。が、織斑先生は立場に厳しかった。

 

「人がいないところならまだしも、他人がいる前では社長だろう。お前も軽々しく許すな」

「2人ならちゃんとTPOを弁えてくれると思ってますよ。あ、そうだ。ついでに言っておきます。山田先生にはラファール・フォーミュラを、織斑先生には暮桜(くれざくら)*4を専用機として用意しようと思ってますけど、良いですか?」

「お前は、そういう大事な事をもののついでみたいにサラッと言うな。心の準備がある。というか、普通は与えられる専用機に選択権などないんだがな」

 

 織斑先生が苦笑しながら言うが、晶はそれこそサラッと流して答えた。

 

「2人相手にもったいぶったところで面白くありません。ついでに言うと、2人は俺が必要だと思って引き抜くんです。束も同意………というかすっごい乗り気なので、カリッカリにチューンされた機体になると思って下さい。特に織斑先生。近接特化としてかなりの、それこそ最低限、白式・雪羅と同等レベルになるかと」

 

 教官用としては明らかにオーバースペックなので、織斑先生の質問は必然だった。

 

「確認するが、私達は教官として雇われるんだよな?」

「そうなんですが、その………束に織斑先生を引き抜くって話をしたらアイツ、テンションが天元突破というか、ものすごーーーーーーーい喜んじゃって。滅茶苦茶張り切ってるんです。あと束の中で山田先生は織斑先生のパートナーというかコンビというか、そんな認識みたいなので、ラファール・フォーミュラの方も結構な感じになるかと」

「薙原。あいつに言っておいてくれ。頼むから変な機能はつけてくれるなと」

「一応、言っておきます。一応」

「おい。なんか随分と歯切れが悪いな」

「いや、あいつ本当に、凄く本当に喜んでて、ちょっと止めるのは忍びないなぁ~って」

「扱うのは私達だぞ」

 

 織斑先生が身を乗り出してズイッと迫る。

 

「さ、最高性能機なんだから良いじゃないですか」

 

 迫られた分、仰け反りながら答える晶。

 

「最近はお前のお陰で随分マシになったと思ってるんだが、あいつ、ちゃんと手加減っていう言葉の意味を理解してるよな?」

「た、たぶん」

 

 晶の視線が横に泳ぎ、織斑先生の視線から逃れるように顔も横を向く。が、織斑先生はそれを許さなかった。両手でガシッと晶の顔を掴み、強制的に正面を向かせる。

 

「頼むから、くれぐれも、言っておいてくれ。気軽に超高性能機を渡されても困るとな」

 

 ニッコリとイイ笑顔の織斑先生。が、晶も晶で素直に「はい」とは言えない。だって本当に喜んでいたから。なので政治家的言い逃れで何とかしようとする。

 

「ぜ、善処します」

 

 ムスッとする織斑先生。が、それ以上は何も言わなかった。両手を離して、椅子に座り直す。

 

「まぁ、これ以上言っても仕方がないか。卒業後は宜しく頼む。社長」

「私も、宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 

 こうして織斑先生と山田先生は、カラードへと引き抜かれる事になったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃。“首座の眷族”のアラライルは、驚愕や安堵、色々な感情が混ざった思いで地球圏の状況をモニターしていた。そうして、口を開く。

 

「ふむ。これは………このまま星間国家になるかな? 大体の文明では纏まるまでにもう十や二十くらいの波乱はあるのだが」

「そうですね。恐らく、このままいくでしょう」

 

 傍らに立っていた秘書、サフィルも同意した。

 大体の文明において纏まる過程で荒れる理由は、主義主張や利権が原因だ。そしてテラフォーミングやスターゲートの作成というのは、統一政府すらない単一惑星の文明が行うのは非常に、途轍もない労力を伴う程に大変なのだ。極普通の感性を持っていれば、多くの天才的頭脳と莫大な予算と労力を投入できる、国家事業として行われるべきものと分かるだろう。が、篠ノ之束はそれを個人で行える異次元の天才だ。反対したところで、結果は目に見えている。反対するのなら、自分達でどうにかしろ。こっちはこっちで勝手にやる、だ。ならば味方になって一緒に進もうというのが理性的な考えだろう。

 

「まぁ、こちらとしては助かるがね」

「はい」

 

 地球は正式な開星基準を満たしていない。ギリギリというレベルではなく、かなり下回っているのだ。が、この短期間でまとまり統一政府………というにはまだまだ足りないが、少なくとも足掛かりのような組織が出来た事は評価に値する。そして篠ノ之束の権勢、パートナーである薙原晶が持つ武力を考えれば、対抗できる組織は無いだろう。問題は絶大な権勢を持った組織というのは腐りやすい事だが――――――。

 

「内部から腐る可能性は、どの程度になるかな?」

「権力欲や金銭的な欲の強い者がトップだと、メリットを提示しての交渉が次第に賄賂となり腐りやすいでしょう。ですが篠ノ之束は、言葉を選ばずに言えば凡人を嫌う引き籠り。交渉に漕ぎ着けるまでの難易度が高い上に、交渉自体の難易度も高い。更に言えば大体の者が差し出せるであろう物は自分で作れる。収入という点でも困っていない。精神的に高潔ではないかもしれませんが、他者の影響を受け辛いという点では、高潔なだけの者より余程攻略し辛いかと」

「では束博士が最も頼りにしているパートナー(薙原晶)はどうかね? 彼を攻略できれば、恐らく博士も攻略できるぞ」

「可能性としてはそうですが………」

 

 サフィルは薙原晶の調査結果や置かれている環境を思い出しながら答えた。

 NEXTという圧倒的な武力。美醜の感覚が“首座の眷族”と地球人で余り変わらないとしたら、多くの美しい異性に囲まれているという環境。それでいて他者より多いであろう財産。総合的に考えて相当に好き勝手できる立場のはずなのだが、調査で悪い話は出てきていない。少なくとも表向きは。元々裏社会にいたようなので人間性を巧妙に隠している可能性はあるが、表舞台に立つようになってからの行動には人間性と合理性が同居している。だが決して、善人ではないだろう。英雄と言われているようだが、正義の味方でもないだろう。何故なら世の中には、武力だけでは対処不可能な事があるからだ。そんな中で、彼は博士を護り抜いてきた。恐らく人に言えないような手段も使っただろう。だが無差別ではない。結論として博士の盾を自認する理性的な暴力者というところだろうか。*5

 

「博士を害さないという一点が守られていれば、賄賂などで判断に影響を与えられる可能性はあるでしょう。ただ賄賂を受け取るという事は、それを知っている人間が出来た時点で隙となります。裏社会にいた人間がその危険性を認識していないはずがありませんから、個人的には望み薄かと」

「なるほど。では異性ならどうだ?」

「調査でその手の問題が一切出てきていないので、考えられる可能性は3つ。好き勝手やっているが、周囲を恐怖で抑えつけて問題を出させないようにしている。同じように好き勝手やっているが、周囲と極めて良好な関係を築いている。束博士以外に興味がない。私は2番目の可能性が一番高いと思っています。そして本当に2番目だった場合、外部から送り込まれた人間が彼を攻略するのは至難の業かと」

「確かに1番目では調査結果との整合性が取れないし、仮に3番目だった場合は異性での篭絡そのものが不可能ということだしな」

「はい」

 

 2人が知る由も無い事だが、束の晶に対するハーレムOKの方針は、結果としてハニートラップが入る余地を完膚なきまでに叩き潰していた。もし束が晶を独占しようとして他の女全てを遠ざけていたら、隙を見て取り入ろうとする輩は後を絶たなかっただろう。だがハーレムOKで女が増えた結果、常に近くに誰かいるのだ。しかもその手の手管が豊富なクノイチ、元IS強奪犯というとびっきりの悪党、ISパイロットという文武両道の才女達等々で、全員容姿もスタイルも極めて良い。これではポッと出の顔が良いだけの女などあっという間に埋もれてしまう。上手くいけば一度や二度程度ならお近づきになれるかもしれないが、ハニートラップの基本である自分に夢中にさせるというのが極めて難しくなっているのだ。

 

「ふむ。あの2人は大丈夫かもしれんな。だが、他はどうかな? 中核メンバーのコントロールは利くかもしれんが、組織は巨大になればなるほど、異物が紛れ込みやすくなり、自分が偉いと勘違いする輩も増える」

「それについては未知数ですね。ただこれは私見ですが、薙原晶は束博士の為なら理性的に暴力を振るい相手を壊せる人間だと思います。そんな人間が、束博士の夢を実現する為の組織を蝕む相手に、甘い対応をするとも思えません」

「なるほど。一理あるな」

 

 これも2人が知る由もないことだが、カラード内部の監査機構は控え目に言ってかなり強力である。まず社内で晶の片腕となる秘書課の連中は、対暗部用暗部の更識家出身の者達で固められている。全ての情報が集約される部署に対暗部用暗部の人間がいるのだ。この時点で潜り抜けるのは至難の業だろう。加えて言えば、カラードで運用しているシステムにはここではない別の世界(AC世界)で、激烈な企業間抗争をコントロールしていたアレが組み込まれている。つまり、暗闘や策謀の類には滅法強いのだ。蓄積データの桁が違う。そしてこれが、晶が実行委員会の委員長という役職を引き受けられた理由でもあった。組織を蝕む、或いはより直接的に妨害しようとする輩への対処方法が既にあったからだ。

 

 ―――閑話休題。

 

 こうして大きな転換期を迎えたカラードと地球の事について色々と話していた2人の話題は、ふとした拍子に自分達の事へと移った。

 

「そういえば、君は将来辺境議員に成りたいのだったね。今回の仕事はどうだい? 良い経験になっているかな?」

「正直に言えば微妙なところかと。他への応用が難しい相当に特殊な事例なので」

「確かにそうだな。なら私の担当領域で、歴史的な類似性が沢山ある案件がある。そちらをやってみるかね?」

「折角のご配慮ですが、遠慮しておきます。地球は他への応用が難しい特殊な事例ですが、見ていると中々楽しいので」

 

 なお今の2人のやり取りを意訳すると、「面倒臭い案件あるからやってくれない? これも勉強だよ」「寝言は寝てから言いなさい。アンタの仕事でしょう」である。2人はこうして、偶に言葉で殴り合っているのだ。じゃれているとも言う。

 そして反撃される前に、サフィルは話題を変えた。

 

「ところで貴方は、中央議員にはならないのですか? 今回の辺境ルート開拓という功績は中々大きいと思うのですが」

「それも良いのだが、今は地球文明をもう少し見ていたいという思いもあるかな。君の言う通り、見ていると中々楽しいのでね。あと、博士のような知性ある者との話は非常に楽しい。交渉上手という訳ではないが、己が持ちえる手札の全てを使って、文明をより良い方向へ進ませようという意志が感じられる。暗闘や謀略、腹の探り合いも嫌いではないのだがね。だが、心配事が無い訳ではないな」

「何かあるのですか?」

「いや、仮に私が中央議員になったとして、此処を担当する後任があの2人にどのように接するのかと思うとね。扱いを間違えれば、劇薬だからな」

 

 サフィルは2人という部分に一瞬疑問を感じたが、パートナーである事だし、セットで考えているのだろうと深くは考えなかった。

 その間に、アラライルは続く言葉を口にした。

 

「ああ、そうだ。君が辺境議員になったら、この方面を担当してくれれば良い。それなら安心だ」

「辺境に直接通じるこの方面は、今後戦略的に重要な要所になるでしょう。私が辺境議員になれたとしても、後任として立候補するだろう幾多の有力者を押しのけては、中々に厳しいかと」

「そこは、私の方でどうにかしよう」

「宜しいのですか?」

「戦略的に重要な要所というのには全面的に賛成だ。だからこそ、下手な者には任せられん」

 

 まだ楽観できる状況ではないが、束博士が契約通りに動いてくれるなら、辺境に眠る大量の資源に、安全な航行ルートを使ってアクセス可能になる。だがそれは、こちらが契約を守っている限りという条件付きだ。万一相手を格下と見下して契約を軽んじるような輩が後任になったら、戦略的な要所を失う可能性がある。それは絶対に避けなければいけなかった。

 

「分かりました。そのつもりで準備しておきます」

「頼んだ」

 

 こうしてアラライルとサフィルは、今後の大まかな方針を決めたのだった。

 

 

 

 第179話に続く

 

 

 

*1
リアルの国連にもある組織で、宇宙空間の研究に対する援助、情報の交換、宇宙空間の平和利用のための実際的方法及び法律問題の検討を行っているところです。

*2
どちらもアニメ「PSYCHO-PASS」の登場人物、常守朱の台詞

*3
第176話にて

*4
千冬が公の場で使用した第1世代型IS。刀剣型近接武器「雪片」のみを備え、単一仕様能力「零落白夜」によって第1回モンド・グロッソを勝ち抜いた。アニメ版における回想およびVTシステムで打鉄に似た形状の機体であることが明らかになっています。今回渡されるのはこれの魔改造機。近接能力極振りの究極の脳筋マシン。

*5
得られた情報から思考過程に多少の間違いはあるが、結論はほぼ正解である。




ついに織斑先生と山田先生を主人公勢力に取り込みました!!
これまで教師という立場があったので中々自由に動かせなかった2人ですが、これで教官という立場はあれど、大分自由度が上がりました。
むふふふふぅ。(嬉)
ちなみに作中でチラッと触れましたが、織斑先生を引き抜くと聞いた時の束さんの反応はマジでやばかったと思います。
テンション激上がりの超絶天元突破状態。
ひゃっほーーーと終日ご機嫌だったようです。
ちゃんちゃん。
  
………あ、そーいえば、主人公勢が卒業するならアメリカさんもセカンドシフトパイロットのナターシャさんを学園に置いておく理由が無くなるので、もしかしたらカラードに入れようとしてくるかもしれません。

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