インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回は前回の会談の後の色々話です。


第174話 会談後、色々

  

 人類の歴史に残る世紀の会談が終わった後のこと。

 地球に戻った束と晶は、適当に記者会見を済ませて自宅へと帰っていた。なおラナはマスコミに対する囮として残されたので、まだである。

 

「いや~。楽しかったねぇ」

 

 居間のソファにボスッと座って背もたれに背中をあずけ、両腕を上に上げの伸び伸びしながら束が言う。満面の笑み、というやつだ。

 

「俺は機嫌が良すぎて素が出るんじゃないかってドキドキしてたぞ」

 

 晶も同じようにソファに座りながら軽口を叩く。

 

「あ、ひっどぉい。あんな楽しい場面を自分でブチ壊したりなんてしないよ。まったく。晶は私をなんだと思ってるのさ」

「興味全振りの趣味人間」

「それ、晶もでしょ」

「バレたか」

「バレるも何も隠してないでしょ」

 

 そうしてお互い笑いあったところで、晶が会談の事に話題を戻した。

 

「でも今回、色々分かったな」

「うん。収獲が沢山あったね」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の現状。スターゲートを使った交通網。スターゲートを作って欲しいというあちら側の思惑。武力を有したならず者達の存在。ワープによる強襲戦術と離脱阻止の方法。宇宙文明の経済。自動翻訳機の存在。etcetc。そして予想ではあるが、銀河辺境の治安の悪さについて。

 事前に入手出来ている情報もあったが非公式に入手した情報だったので、地球文明がこれらを公然の事実として知れたのは大きい。今後行動方針を決める際に、「お前達、どうしてそういう前提で行動しているの?」或いは「なんでそんな事を知ってるの?」という状況を避ける事ができるからだ。

 

「それじゃあ、今後どうする? あちらさんはスターゲートを作って欲しいみたいだけど、思惑に乗るか?」

「ん~。今のところは友好的だし、ゲート管理はこっちで出来るから作っても良いかなって思ってる」

「どれくらいで出来そうなんだ?」

「リアクターには後2ヵ月くらいでロールアウトするアンサラー4号機を使うし、スターゲート発生装置はワープ技術の延長だし、何より新しいNEXT(N-WGⅨ/IS)のスターゲート発生装置を参考にできるからね。最速で作れば3ヵ月くらいかな。でも余り早過ぎると他の準備が追いつかないし、適当に時期を見て発表しようかな」

「分かった。ならず者についてはどうする? 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の侵攻、今回の会談内容や襲撃を考えると、銀河辺境の治安ってかなり悪そうな気がしてならないんだが」

「やっぱり、晶もそう思うよね。ならやっぱり宇宙警察みたいなものを組織したり、戦闘艦の建造とか出来た方が良いかなぁ。でも正直、諸々の事情*1を考えると厳しいんだよね。あ、先に言っておくけど、晶が新しいNEXT(N-WGⅨ/IS)で動くのは無しだからね。それは最後の手段で切り札だから」

「分かってる」

 

 スターゲート生成能力を使って絶対天敵(イマージュ・オリジス)に対して流星雨を降らせ、大打撃を与えた新しいNEXT(N-WGⅨ/IS)の力は、宇宙文明基準でも戦略兵器と言って良い。スターゲート生成能力を抜きにしても、基本的な性能が既に異次元なのだ。能力を抑えての運用が出来ない訳ではないが、普段から姿を現わしていれば、どんなトラブルから性能が露見しないとも限らない。またこれは地球文明が宇宙に出て行く為に、地球文明全体で解決しなければいけない問題だ。なので新しいNEXT(N-WGⅨ/IS)の力を使ってこの問題を解決するのは違う、というのが2人の考えだった。それに強過ぎる力は、畏怖の対象にもなる。使い方次第だが、避けられる面倒事は避けた方が良いだろう。

 

「だから、そうだねぇ。ん~~。戦闘艦を作るんじゃなくて、対絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦用にクレイドルに駐留しているIS部隊*2があったでしょ。そこに対応してもらうっていうのはどうかな」

「実行戦力はそれで良いとしても、宇宙文明が相手なら確実にワープドライブ搭載艦だ。VOBじゃ接近する前に逃げられる。ISで使えるワープドライブとワープ妨害機が必要になるな。提供するか?」

「それはあんまりしたくないんだけど、でもやるなら絶対に必要だよね」

 

 2人が懸念しているのは同じ内容で、かつ必然的なものだった。

 地球文明内での勢力争いに使われた場合、地球上の如何なる場所にもISという武力を即時投入できるようになってしまうのだ。つまりやろうと思えば、中枢への直接打撃が可能になる。もし仮にテロ屋に渡れば、どんな場所でも襲撃し放題になってしまう。更に言えば、重力圏内でのワープには危険が伴う。ハードウェア、ソフトウェアの両面から安全策を組み込む事はできるが、使用者が悪意をもって弄れば特攻兵器に仕立てる事もできてしまう。その可能性を無視する事はできなかった。しかし宇宙のならず者にも通用する抑止力を確保するなら、実行戦力へのワープドライブとワープ妨害機の搭載は絶対条件であった。

 2人は暫し考え、同時に結論を口にした。

 

「提供するか」

「提供しようか」

 

 基本方針は決まった。なので2人の話は安全対策へと移る。

 

「ソフトウェアとハードウェアで何処まで対策できそうだ?」

「まず前提条件として、私以外でも生産できるようにする必要があるでしょ。その場合、ISコアのブラックボックス並のセキュリティは無理。私が全部手掛けたら、他の事が出来なくなっちゃうしね。だから取れる手段としては、設計的に安全装置とワープドライブを不可分にして物理的な工作を防ぐ、ソフトウェアを暗号化して上書きを防ぐ、くらいかなぁ。でもこれだけだと時間をかければ解析できるし工作も出来るようになるだろうから、後はどうしたって運用で悪用や盗難を防ぐ形になっちゃう」

「運用でか………。うーん。生産拠点を宇宙に作れば、搬入資材も生産数もチェックし易いな。後はISでの使用が前提だから、個人認証で―――いや、駄目だな。個人認証にしちゃうと装備としての汎用性がなくなる。ならやっぱり司令部の認証が必要とか、そういう感じにするか。使い辛くなるけど、組織運用するなら司令部が把握できるって言う意味ではプラスか。認証コードの偽造対策ってどの程度まで出来そうかな?」

「量子コンピューターと可変暗号キーの組み合わせで相応のものは作れるけど、最終的には使う人の問題になるかな。使用者と許可を出す側が結託した場合は、もうどうしようもなくなっちゃう」

「結局はそこに行き着くんだよなぁ」

「うん」

 

 今2人が考えている問題は、幾多の宇宙文明がワープ技術を開発した時に直面した問題でもあった。そしてどの文明も、出した答えは同じであった。すなわちワープ戦術を駆使する存在がいる以上、対抗策は必須であり、安全装置で縛り過ぎれば有効な対策にはなり得ない。従って最後は人の判断になる、というものだ。

 

「詳細についてはもうちょっと練り込むとして――――――あ、そうだ。確認だけど、仮にワープドライブを悪用して、アンサラーに突っ込んだ場合はどうなるんだ? アレの感知能力なら易々と奇襲されたりはしないと思うけど」

「ワープの道っていう表現でいいかな。そういうものを直接捻じ曲げて遠くに出現させるか、判断条件は色々あるけど出現させることそのものを危険と判断したら、異空間側で圧力をかけて潰して、三次元空間にそもそも出現させないようにしてるよ。だからアンサラーを破壊したいなら、アレの感知範囲外からの超々遠距離、かつアレの反応速度と防御能力を超える大出力で一撃で撃ち抜くか、アレの空間制御能力を超える空間兵器で空間ごと粉砕するか、かなぁ。少なくとも普通の手段じゃ無理かな」

「会談で出た、アクセラレーションゲートによる超加速は?」

「三次元空間を移動してるなら、ワープよりは遅いでしょ。問題無いよ」

「なるほど。あれ? ワープを捻じ曲げれるなら………いや、そんなに都合の良い訳ないか。その能力って、射程距離と捻じ曲げ強度がトレードオフになるのかな?」

「正解。だからアンサラーの三次元空間に対する防衛距離と異空間側の防衛距離は違っていて、地球全土に対してのワープ妨害は行えないってこと。アンサラーがセカンドシフトしたら分からないけどね」

 

 何やらとんでもない発言があったが、今すぐという話ではない。なので晶は将来そういう事も有り得る、くらいで認識して次の話題に移った。

 

「分かった。ワープ妨害機についてはどうする?」

「弾頭型にして撃ちっぱなしできるようにして、一定時間一定範囲のワープを妨害する、みたいな使い方ができる物を作ろうかな。こっちも悪用されたら拙いから運用については煮詰める必要があるけど、提供自体はもう仕方がないかな」

「だな。ああ、そうだ。襲撃された時にイクリプスを拘束した未知のエネルギー反応。アレについてはどうする? ISで機動力を封じられるってかなりヤバイんだが」

「詳しくは解析する必要があるけど、エネルギーを投射されてるって事は、多分エネルギーを遮ってしまえば効果も防げるはず。通常のエネルギーシールドとは別に、そっちのエネルギーを防ぐ専用装置を作れば防げると思う。受けた時のデータはイクリプスに残ってるから、まぁ大丈夫じゃないかな」

「なら安心………あ」

「どうしたの?」

「多分それって、実用化したらアクティブ(A)イナーシャル(I)キャンセラー(C)*3も防げるよな? そしたらラウラの奴が、ちょっと困るかなぁって」

 

 すると束は「ふぅ~ん」と言いながら立ち上がり、晶の膝の上にボスッと座って続けた。

 

「晶ってさ、あの子のこと結構お気に入りだよね」

「え? 急にどうしたんだ?」

「いやだってさ、ドイツが、じゃなくて、ラウラが、困るんでしょ。これってあの子のこと気にかけてなきゃ、出てこない言葉だと思うんだよね」

「大事な仲間で俺の女の1人だからな。そりゃ気に掛けるさ」

「出会いは最悪だったのにね」

「いきなり喧嘩吹っかけられたようなものだったからな」

「本当。それが今じゃ、晶にぞっこんのカワイ子ちゃんだもんね。よくちょう………手懐けたものだね」

 

 束は言い直したが、言い直す前の言葉でも間違ってないかもしれない。本当に今の彼女は、出会った時からは信じられないくらいに変わっていた。晶がそんな事を思っていると、束は続く言葉を口にした。

 

「まぁ、晶のお気に入りが困るんじゃ仕方がない。武装が無効化されてピンチになって、晶が助けに行くなんて事態も避けたいし、何か代わりの武装か………どうしようかな。う~ん」

 

 彼女の脳裏に、幾つかの案が浮かんでは消えていく。

 パイロットの事を考えるなら、使用感の変わらない装備の方が良いだろう。それでいてAICに対するカウンター装備を超える有用性となると―――と思ったところで閃く。

 

「あ、別に深く考える必要はないか」

「どういう意味なんだ?」

「いやね。カウンター装備が出回っても、無条件に無効化できる訳じゃない。結局は対象を止める為のエネルギーと、それを中和する為のエネルギー合戦になる。なら、出力勝負で上回れるようにしてあげれば良い」

「ECMとECCMのいたちごっこみたいにならないか?」

「それはもう兵器の宿命だから仕方がないかな。よく言うじゃない。レベルを上げて物理で殴れって」

「うわっ。本当に力業だ。でも大丈夫か? シュヴァルツェア・レーゲンは優秀な機体だけど、それは総合バランスであって、出力勝負で絶対的な優位性を持ってる訳じゃない」

「そうだね。総合バランス。そういう意味じゃ、アレの設計者は良い仕事をしていると思うよ」

「どういう――――――あ、そういうことか」

 

 晶は疑問を口にしようとして、シュヴァルツェア・レーゲンの機体データを思い出して解答に辿り着いた。

 

「分かった?」

「多分な。こういうことだろ。あの機体ってAICっていう特殊機能を搭載しているお陰で、武装が少ないって思われがちだけど、実際のところは違う。AICを有効に使う為の基本武装を選び抜いただけであって、機体の本体の拡張性や拡張領域(バススロット)そのものは平均的にある」

「正解。だからカウンター装備に対するカウンターとして、サブジェネレーターを積んで出力を上げる余地も、AICに手を入れて効率化する余地もあるってこと。これなら並大抵のカウンター装備が相手でも、遅れはとらないと思うよ」

「ただ心配なのは、ISがカウンター装備を使ってきた場合はそれで良いとして、会談の時みたいに、戦闘艦が相手だと出力勝負は厳しいんじゃないか? いや待てよ。瞬間的にでも上回ればチャンスは作れるから、そういう装備があれば………いや、でもそれだと本体の拡張性と拡張領域(バススロット)の殆どが対カウンター用装備で占められる事に………う~ん」

 

 ISの装備に関する事だけに、晶の戦闘者としての頭脳が走り始める。が、使用条件の確定していない装備が絡むだけに考えが纏まらない。

 そこで束が技術者として助け船を出した。

 

「予想される相手の出力を瞬間的に上回るだけなら、手段はあるよ。何回も使える手段じゃないけど、エネルギーを予めバッテリーみたいに溜めておいて、必要な時にサブジェネレーターに注入してオーバーロードさせるの。これなら理論上、サブジェネレーターの耐久限界まで出力を絞り出せる」

「なるほど。いいな、それ。新しいNEXT(N-WGⅨ/IS)にも使えるかな?」

「理論上は使えるけど、新しいNEXT(N-WGⅨ/IS)の出力って、単独でアンサラーを超える超出力だからね。他のISが使う物とは仕様からして違う専用装備になるよ」

「ああ。まぁそうなるか。今は他に優先する事が沢山あるし、いずれ、かな」

「うん。万一に備えておく事は大事だからね。いずれ作ってあげる。で、話を戻すけど、そういう改修をすれば、シュヴァルツェア・レーゲンが弱体化するって事も無いと思う」

「なら、その方向で頼む」

「うん。いいよ」

 

 束はイイ笑顔で答えながら、どんなシチュエーションでラウラを呼び出して弄ってやろうかなぁ~と、少しばかり意地悪な妄想を膨らませた後、次の話題に移った。

 

「ところで話は変わるけど、今後宇宙文明と、現実的にはどう付き合っていくべきだと思う?」

「まずは状況把握だな。幸い賞金首の報酬とスクラップ船の代金で色々購入できるみたいだから、宇宙文明が使ってる教科書とか参考書を手に入れられないかな。どうせ電子化されてるだろうから、多少多く仕入れても嵩張ったりはしないだろ」

「なるほどね。教育に使われているものならあまり変な事も書いてないだろうし、どんな宇宙人がいて、どんな生活をしているか、概略くらいは掴めそうだもんね。あ、それなら翻訳機もあった方がいいね」

「言えてる。でもそのまま使うのはちょっと怖いな。無いとは思いたいけど、催眠暗示系のものを仕込まれていたりすると面倒だから、分解解析用に複数個注文しようか」

「そうだね。で、色々知識を仕入れたら、地球側の手札で何が出来るかの分析かな?」

「まぁ出来る事は多くないだろうけど、こればっかりはな」

「うん。少しずつ、増やしていければ良いかな」

 

 こうして2人が今後に向けて様々な事を話している一方、世間はというと――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 とあるTV放送ではニュースキャスターが興奮した様子で話していた。

 今は何処のチャンネルも似たり寄ったりで、先程まで行われていた束博士一行と宇宙人との会談についてだ。

 

『いや、しかし束博士は凄かったですね』

『ええ。本当に。ではここで、もう一度博士の交渉を初めから振り返ってみましょう』

 

 ラナ・ニールセンが撮影していた交渉時の映像が再生された。宇宙人を相手に立派に交渉し、それどころか個人として認識され「誇って良い」とまで言われている博士の姿が放送される。この映像を、多くの地球人は誇らしく思った。先進文明ですら千年をかけた技術革新を、束博士は僅か数年で成し遂げたというのだ。同じ地球人として誇らしいことこの上ない。

 そんな中で、ニュースキャスターが話し続ける。

 

『しかし恒星間を結ぶ道、スターゲートですか。つい先日まではSFの中にしか存在しないと思っていた物が実在するなんて驚きですね』

『それもそうですが、もっと驚きなのはそれを作れるという博士です』

『全くです。ゲートが出来れば、地球人が日常的にどこか遠い星に行く、みたいな光景が普通になるかもしれませんね』

 

 一般人らしい呑気な感想だが、絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦を経験している人類として、ニュースキャスターは付け加えた。

 

『ですが友好的な相手だけとは限りません。博士も言っていましたが、自衛力の準備は欠かせないでしょう』

『確かにそうですね。身を護る術が無ければただ奪われるだけ。声を上げる事すら許されない。そのような事態にならないよう、備えは必要でしょう』

『ただ今回話している宇宙人さんは友好的みたいですから、博士には今後も架け橋になってもらいたいものです』

 

 今の言葉は多くの、というかほぼ全ての国のニュースキャスターが同じ発言をしていた。あれほど見事な交渉をした束博士を差し置いて、他の人間を推すという選択肢なぞ無かったのである。そして地球側のこの反応は、“首座の眷族”の意図した通りの――――――どころか予想以上のものだった。

 これで束博士は否応なく、間違いなく、開星手続きの主導権を握らざるを得なくなる。他に主導権を握ろうとする者が現れたとしても、大多数の人間が彼女以外を許さないだろうからだ。また地球人にスターゲートを作らせるという目論見についても、束博士から「作れる」との言質をとっているので、“首座の眷族”側としては、今回の交渉目的は100%達成していると言えた。

 

 ―――閑話休題。

 

 ニュースキャスターの話は続く。

 

『では続いて衝撃のシーン。襲撃者が攻撃してくるシーンです。画面が強く明滅しますので、ご覧の方々はご注意下さい。では、映像どうぞ』

 

 ラナのカメラが宇宙空間へと向き、50キロメートル先が拡大表示される。

 そこに次々と出現する無数の艦艇。漆黒の宇宙を駆ける無数の光線。全てがシールドに阻まれたところで、カメラが椅子に座る束博士を映し出した。彼女は微動だにしていない。何事も無かったかのように腕を組み、足を組み、襲撃者がいる宇宙空間を睨みつける。

 この後、再びカメラが宇宙空間を向くと、襲撃者の艦艇が歪み始めていた。

 ニュースキャスターが疑問を呈する。キャスター自身は分かっているが、視聴者の為の意図的な質問だ。

 

『これは何が起こっているのでしょうか?』

『地球への帰還後に行われた記者会見によりますと、重力兵器で反撃した、ということでした。これはまた、SFですね。確かにISには慣性・重力制御が使われているという事ですが、このレベルで使えるとはどれほどの事なのでしょうか? とりあえず素人的に凄いというのは分かるのですが』

『ISと軍事の専門家に聞いたところ、少なくとも第三世代ISでは無理、という返答でした。更に言えば世界唯一の第四世代機である紅椿でもこの手の兵器は確認されていないというので、少なくとも数世代は先の性能だろう、ということでした』

『流石はISの生みの親、というところでしょうか』

『ですが、少し気になる事がありますね』

『どんな事でしょうか?』

『いえ、襲撃者がいるというのに、薙原さんが一歩も動いていないんですよね』

『ああ、それについては会見で博士が言っていましたね。「確実な味方と分からない相手がすぐ傍にいるのに、彼がなんで動くの?」ということでした』

 

 一般人が知る由も無い事だが、この発言は束の本心の半分でしかなかった。新しいNEXT(N-WGⅨ/IS)の絶大な戦闘力を、彼女は隠しておきたかったのだ。その為ならエクシードは見せ札としても良い、というのが彼女の考えだった。

 

『なるほど。友好的そうなので味方と思っていましたが、博士にしていれば相手がいきなり態度を変える可能性も考慮しなければなりませんからね』

『そういうことですね。では映像を進めて――――――あ、私も1つ疑問が。宇宙人さんが襲撃者に通信している時、翻訳情報に“首座の眷族”と表示されているのですが、どんな種族なんでしょうね?』

『言われてみれば、その辺りの情報はありませんね。ですが今後交流していけば、自然と分かってくるのではないでしょうか』

『そうですね。では更に映像を進めて、このシーン。これは博士のファインプレーではないでしょうか』

『ええ。これに拍手喝采した地球人は多いのではないでしょうか。賞金とスクラップ船の代金で宇宙文明から地球文明に必要な物を買うなんて。確かにこれなら交渉ではなく純然たる買い物。地球側に何一つ不利益なく、多くのものを得られる。本当に素晴らしいと思います』

『でも、どんな物を買うんでしょうね?』

『多分、世界中のお偉いさんとか科学者さんが今頃必死に考えてるでしょうね。――――――おや、追加情報です。カラードのホームページを確認したところ、これに関する投稿フォームが準備されているようです。対応が早いですね。ただ、ええっと但し書きがあるようです。不正入力を感知した際には、相応の対処をしますので良識ある使用をお願いします、とありますね』

『準備が早いですね。ですが、大丈夫でしょうか?』

『何がですか?』

『いえ、多分これ世界中からアクセスが集中するでしょうから、サーバーダウンとかしなければ良いのですが』

 

 一般的なコンピューターしか知らない人間にとっては至極当然な心配だったが、カラードが使用しているコンピューターの性能は、表の世界で発表されているスーパーコンピューターの上をいく。フォーム入力程度なら、何十億回重なったところで問題は無かった。

 

『それもそうですね。なのでTV番組として、こうアナウンスしておきましょう。――――――これから投稿を考えている皆様、入力出来なくなって困るのは地球人類なので、どうか良識ある使用をお願い致します』

 

 こうして地球規模で束の交渉が偉大な功績として繰り返し伝えられていく中、別の意味で束に注目している者達がいた。

 それは各国の指導者達である。

 彼女が交渉場所として用意したあの場所は、理想的な仲介や調停場所として映ったのだ。

 何故なら戦闘艦50隻からの攻撃に微動だにしなかったあの場所は、地球上のどんな場所よりも安全と思われたからだ。またあの場所には、公式的に人類と宇宙人の初交渉が行われ、しかも成功裏に収めた場所という、地球上のどんな場所にも無い“格”がある。内装もお互いの行動が丸見えなクリスタル仕様で、透明感のある交渉というのを印象付けやすくて良い。問題は幾ら“格”があっても、仲介や調停というのは決まった事を守らせるだけの実行力が無ければ意味が無いという事だが、宇宙文明の戦闘艦50隻を容易く沈めた圧倒的暴力を前に、契約不履行という自殺行為をできる者がいるだろうか? 無論、全てが暴力で解決できると思うのは楽天的に過ぎるが、絶大な力といのは、存在するだけで強制力足りえるのだ。

 そんな事を考えた者が多かったせいか、あの場所はいつしか“クリスタルルーム”と呼ばれるようになり、篠ノ之束と薙原晶の立ち合いのもと、重大な交渉事の最終局面で使用したいという希望が多く寄せられるようになったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃。“首座の眷族”オリオン座腕辺境議員、アラライル・ディルニギット。交渉を終えた彼は、船の一室で服の首元を緩め、イスにボスッと腰を降ろした。近くにあったドリンクボトルを掴み、一気に飲み干す。

 

「ふぅ。やるとは思っていたが、まさかあれ程とはな」

 

 すると近くにいた秘書、サフィル・アライルが新しいボトルを持って来て口を開いた。

 

「最悪こちらの船を使う必要があるかと思っていましたが、あれは確かに驚愕でした」

 

 個人装備で戦闘艦50隻を瞬殺である。しかもワープ妨害をやり返して、キッチリ離脱を阻止した上でだ。結果だけを見れば“首座の眷族”の船でも同じ事はできるし、同じ事ができる個人戦力というのも存在する。だが宇宙の常識的に、ランクF文明が行える事ではない。本当に、驚愕という言葉が相応しいだろう。そして交渉役として地球の事を事前に調べていたアラライルですら、驚きを禁じ得ないのだ。地球の事を良く知らない連中が知ったらどうなるだろうか? 恐らく取り込みに動くだろう。或いは危険と判断して潰しにかかるだろうか? どちらにせよ、既に賽は投げられたのだ。これから地球は慌ただしくなるだろう。

 アラライルがそんな事を思っていると、サフィルに何らかの連絡が入ったようだった。空間ウインドウが展開され、映し出された相手と話している。

 

『――――――ええ。はい。そうです。ほぅ? どのくらいで――――――そうですか。分かりました』

 

 空間ウインドウが消えたところで、アラライルが尋ねる。

 

「どうしたのかね?」

「確保した海賊どもの照合が終わったようです。結構な大物が混じっていたのに加え、小物ですが数がいるので、そこそこの額になりますね。治安機構に引き渡した時点で入金となります」

「幾らくらいになりそうだ?」

「賞金だけでこの程度かと」

 

 アラライルの眼前に空間ウインドウが展開され、賞金の合計額が表示される。確かに、そこそこの額だ。

 

「これにスクラップ船の代金か。彼女が望んだ船は渡せそうだな」

「他には、何を望んでくるでしょうね?」

「宇宙文明についての見識を深めるなら書物だろう。それも教育関連。文明を作っていく上では必要不可欠で共通認識の土台になるものだからな。後はそれを読み解く為の翻訳機か。あの場所で君が実物を見せているから、向こうもあると認識しただろう。後はそうだな。共有財産から全体像を推測していくと考えたら、星図、スターゲートMAP、各文明の勢力圏情報、一般社会でも拾えるレベルの政治問題、生活様式、食料情報………こんなところか。後は資金が余ったら素材関連などの技術情報かな?」

「武器、という路線はありませんか?」

「武器そのものよりもどんな種類の武器があるのか、という目録のような物を求めてきそうな気がするな」

「なるほど。種類や効果が分からなければ、対策の立てようもありませんからね。ですが多くの一般人は実物を望むのでは?」

「あの天才なら握り潰すだろう。武器というのは技術情報の塊だが、今の地球文明が求める知識とは方向性が違う上に、得られる知識としては限定的だ。今は知識を蓄えておくことの方が大事と、あれほどの知性の持ち主なら分かるだろう。武力に困っている訳でも無さそうだしな」

「それもそうですね」

 

 サフィルが肯いたところで、アラライルは空間ウインドウを展開して、宇宙船の販売カタログデータを呼び出した。開かれているのは輸送船のページだが、画面には「中古船特集!!」と書かれている。

 新品を送るのではないだろうか? そう思ったサフィルは尋ねてみた。

 

「まさか、使い古されたボロ船を買って渡すおつもりですか?」

「ボロは言い過ぎだが、あちらの意図を組むなら新品の必要はあるまい。むしろ新品1隻より。性能が同じなら多少ボロでも中古で2隻の方が喜ばれるだろう」

「確かに言われてみればそうですね。プレゼントという訳ではありませんし、あちらが自分達で得た金を使っての買い物です。どうせ分解・解析に使われるでしょうから、新品である必要はありませんね」

「だろう」

「ただ少し思ったのですが、分解・解析を行うのは、博士以外の地球人が行う可能性もありますよね?」

「む? それは………確かにその可能性もあるか」

 

 アラライルは完全に束博士が分解・解析を行うと思っていたが、彼女は自分でワープドライブ搭載船を作れる人間だ。今更普通の船の解析を、全部自分で行うだろうか? まして彼女は、地球文明の宇宙進出を願う人間だ。なら設計データに簡単に目を通した後は、技術者やパイロット育成も兼ねて他人に分析させるのではないだろうか? そんな可能性に思い至る。

 

「なので整備マニュアルや操作マニュアルも一緒に渡した方がよくありませんか? 理解の浅い凡人が迂闊に触れて事故、というのは双方にとって不幸でしょう」

「言われてみればその通りだな。購入リストに加えておくか。ああ、なら、アレもあった方がいいか」

「アレとは?」

「いや、船を買いに行くと、商品説明してくれるアンドロイドがいるだろ。モノによっては簡単な動かし方とか船体構造の解説とかしてくれるから、あると理解が早まるんじゃないかと思ってな」

「確かにそうですね」

 

 この会話だけを聞けば2人は地球人に好意的で良い人に感じられるかもしれないが、政治に関わる者が無償の善意など有り得ない。極々少ない例外はあるかもしれないが、少なくとも今回は違う。銀河中心核周辺が主な勢力圏である“首座の眷族”にとって、治安の悪い辺境に友好的な文明が存在しているというのは政治的に都合が良いのだ。しかも同じヒューマノイド系であるため、意思疎通が行い易く生活様式も近い。その上で文明レベルの危機に対する対処能力もある。“代替不可能な個人”に対する依存度が高過ぎるのは難点だが、幸いにしてその個人は話の分かる人間であり、地球文明内部に対する影響力も非常に高い。友好的関係の構築は、双方に利益をもたらすだろう。

 だからこその友好的な態度であった。

 そしてアラライルは話しながら、幾つかの中古品を購入予定のリストに加えていく。

 

「ふむ。まぁこんなところか。後は向こうからのリスト待ちだな」

「どんな要望が来るでしょうね?」

「開星手続きのこんな初期段階で、宇宙文明から買い物をした文明なんて無かったはずだからな。本当に、どんな要望を出してくるのか楽しみだよ」

 

 開星手続きの初期段階で、何らかの交渉の結果として何らかの物を得た文明はあったが、ほぼ全ての場合において交換レートは異常なほど高かった。ある意味で当然だろう。宇宙文明にとって、これから開星しようとする星が作れる程度の物など、作れて当然の物なのだ。宇宙文明にとっても貴重な資源などであれば、交換レートは幾らか改善されるが、文明間の力量差を考えれば真っ当な交換レートになどなる訳がない。

 だが地球文明は違った。ならず者を自らの手で叩き潰し、労働の対価として報酬を得て、真っ当な買い物として購入を希望してきた。無論、悪い事を行おうとすれば幾らでもできる。報酬もスクラップ船の代金も全てこちらを通す上に、向こうは本来の報酬額や代金を知らないのだ。小悪党なら中抜きして懐に入れるだろう。しかし友好的な関係を築こうとする相手にそれはいけない。大体、向こうが宇宙文明に加入したらそんな行為は簡単にバレてしまう。

 よってアラライルは、誠実に対応すると決めていたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 場面は再び地球。世紀の会談から2日経った月曜日。

 晶はIS学園で授業が終わった後、よく使っている近郊のホテルへと赴いていた。世紀の会談後から面会の申し込みが殺到しており、余りの人数の多さから個別に会っていては幾ら時間があっても足りず、かつセキュリティ上の問題からIS学園やカラードに、短時間に不特定多数の人間を出入りさせたくないという考えから、近郊のホテルに集まってもらう事にしたのだ。

 尤も面会希望者達が本当に話したいのは、会談の主役であった束の方だろう。だが彼女が直接会う人間など、地球上に何人もいない。このため比較的コンタクトが取り易く*4、それでいて束に最も近い晶に申し込みが殺到していたのだった。また話したい内容については、全ての面会希望者が文面こそ違えど、同じ内容をメールで送ってきていた。すなわち、宇宙文明から購入する品目についてだ。理由としては、分からなくはない。購入する物によっては、既存の利権構造や国家間のパワーバランスがひっくり返るからだ。

 だからだろう。面会希望者のリストには、錚々たる名前が並んでいた。今日は地球上に存在する全ての国の国家元首。明日は経済を実質的に掌握している巨大多国籍企業の最高経営責任者達。明々後日は巨大企業の動向にすら影響を与えられる大物投資家や資産家達etcetc。いずれも世界に影響を与えられる者達で、もしこのホテルでテロなど起きようものなら、控え目に言って世界が揺れるだろう。

 そんな重要人物達が揃うホテルの大広間に入ると、無数の視線が突き刺さった。ホテルマンに座席へと案内される途中、参加者達の顔を見てみる。どいつもこいつも、自分の要求を呑ませたいって顔だ。恐らく、普通なら相当な圧力を感じるのだろう。だが―――。

 

(俺も色々慣れたのかなぁ)

 

 束と出会ったばかりの頃なら色々と焦っていたかもしれない。しかし今は違う。平常心でいられる。自分のとるべき行動や進むべき道が見えているから迷わない。

 変わったものだ。或いは成長と言うべきだろうか? 取り留めのない思考が脳裏を過ぎった後、意識が警備へと向く。この場所を準備するのに、現場にはどれだけの負担がかかったのだろうか? 何故なら面会、会合、会談、なんでも良いが、集まりというのは重要度が上がれば上がるほど、話し合う内容から警備体制の構築まで、相当な準備期間を必要とするからだ。しかし今回の準備期間は僅か1日。このホテルは束と晶がよく使っているので日頃から周囲はクリーンにしてあるが、流石に世界中の国家元首が一堂に会するような状況は想定していない。そして想定していない状況への対処はマンパワーで行われるのが常だが、どれだけの人間が動員されたのだろうか? 来る前に楯無に聞いたら警備体制は教えてくれたが、準備段階の事は教えてくれなかった。彼女は「多少大変だったけど、どうにかしたわ」と涼しい顔で言っていたが本当だろうか? 多少ではなく、凄く、だったのではないだろうか? 苦労したなら労は労ってやりたいが、苦労したという事を表に出したくなかったなら、敢えて聞かないというのも選択肢では………いや、でも苦労したならちゃんと労いがあるべきだ。そんな事を思いながら席に座った晶は、会場をぐるりと見渡してから口を開いた。

 

「さて、世界の国家元首の皆さん。遠路はるばる、そしてお忙しい中、ようこそいらっしゃいました。この場が設けられた理由については、今更言う必要はないでしょう。なので、すぐに意見を聞きたいと思います。――――――では、何かあればどうぞ」

 

 するとまずは中小国の元首達が挙手をして、順次話し始めた。大国の元首達は様子見らしい。

 暫く黙って聞いていると、オブラートに包んではいるが色々と出てくる出てくる。自分の為にアレコレ購入してほしい者、仮想敵国の産業を潰すような物を購入してほしい者、宇宙文明の戦闘艦を購入してほしい者etcetc。だが幸いな事に、そういう者達ばかりではなかった。食料問題や環境問題にアプローチ出来るような何かを希望する者、宇宙の現状を知るべきだと勢力情報を欲しがる者、少子高齢化に対応するため子育てが楽になるような物を望む者etcetc。前者のような意見ばかりだったら帰っていたところだが、後者のような意見が出てきた事に晶は内心で少しばかり喜んでいた。

 時計を見れば、あっという間に2時間が経っている。

 

「そろそろ長くなってきたので、一度休憩にしましょう。30分後に再開とします」

 

 席を立つと、ホテルマンが控室へと案内してくれる。途中、何人か近づいてきた。顔を思い出せば、確か中堅国家の国家元首達だ。だが話すという選択肢はない。誰かと話せば、他の誰かとも話さなければならなくなってしまうからだ。なので素知らぬそぶりで通り過ぎようとしたところ、態々正面に回り込んで話しかけようとしてきた――――――が、相手の希望が叶う事はなかった。護衛としてついてきていた猟犬の1人(ユーリア)が間に割って入り、遠慮なく相手を突きとばしたのだ。

 

「なにをする!!」

 

 尻もちをついた相手が怒鳴る。これに対して猟犬の隊長(エリザ)は、冷たい視線で見下ろしながら答えた。

 

「不審人物が居たので対処しただけですが、何か? 即座に処分されなかっただけ、ありがたいと思いなさい」

「護衛程度が何を言う。国家元首の話を、飼い犬程度が遮るな」

「ええ。私達は飼い犬です。融通のきかない駄犬なので、飼い主が待てとしないかぎり噛みついてしまうのです」

「罪人の分際で、なにを偉そうに」

「正しい認識ですね。私達は罪人。飼い主がいるからこその今。ですから余計に、安全には気を使うのです。あなたは不審者が近づくのを許すような、使えない犬を飼いますか?」

 

 ここで晶が口を開いた。

 

「01。その程度にしておけ。―――そして休憩時間中に、参加者の方々と話す気はありません。抜け駆けを許せば、この集まりの意味そのものが無くなりますので」

 

 そう言い残して控室に入った晶は、ボスッと椅子に腰を降ろして「う~ん」と両腕を上に伸ばした。すると一緒に入ってきた美人な秘書さんが、事前に買っていたペットボトルを差し出す。

 受け取り、一口飲む。

 

「しっかし………」

 

 面倒だ。と続けようと思ったが思い留まる。この会場には国家元首の護衛として多数の専用機持ちがいる。耳が良い奴もいるだろう。口撃材料を態々与えてやる必要もない。

 

「どうされましたか?」

「いや、色々な提案があると思ってさ」

「そうですね。中々難しい提案(お馬鹿さんな提案)もありましたが」

「上手い表現だな」

「恐れ入ります」

「だけどまぁ、後半は違う意見(まともな意見)が増えてくるんじゃないかな」

 

 希望的観測、という訳ではない。何故ならこの集まりは、国家元首達にとって自身の支持率をアップさせる絶好の機会でもあるからだ。例えばの話、自国が必要とする物を購入リストに捻じ込めたなら、自身の成果として強力なアピール材料になるだろう。だから賢い者は“自国が必要とする物”と“購入リストに多大な決定権を持つ束博士が申し込みそうな物”を天秤にかけバランスをとり、交渉の成果としてアピールし易そうな物を狙ってくるはずだ。

 

「多様性というのは大事ですからね」

「そういう事だ。ところで、義妹達は大丈夫か?」

「幾つか不審な動きはありましたが、問題ありません」

 

 これはこの場を盗聴している“かもしれない”奴らに聞かせる為の会話だった。大事な交渉の前に弱点を脅す、或いは攻撃して要求を呑ませるのは誰もが考える事だが、それが効いていないと分からせるためだ。

 

「不審な動きについては?」

「無論対処済みで、お嬢様方の日常には何ら影響は出ておりません。ご安心下さい」

「なら良い」

 

 キッチリ始末しておけ、とは言わなかった。この場で言う事ではないし、楯無がその辺りの対処を間違うはずもない。

 その後暫し秘書と雑談していると、外から猟犬の隊長(エリザ)が声をかけてきた。

 

「社長。そろそろお時間です」

「分かった」

 

 そうして大広間に戻ると、今度は先進国の国家元首が口火を切った。まずはフランスだ。

 

「我が国としては、やはり環境調整、或いは環境浄化に使えそうな知識や技術を購入リストに加えてほしい。知っての通り、バイオテロで環境にダメージを受けているのでね。それにこれらなら、我が国のみならず地球の環境汚染問題にも貢献できる。もしかしたら購入単価としては高いかもしれないが、決して無駄にはならないだろう。あともう1つメリットを言わせてもらえば、遠い未来かもしれないが、宇宙開発をすすめた際に必ず出てくるであろうテラフォーミングにも、応用が利くのではないかと思っている」

「なるほど。現在と将来を見据えた提案という訳ですね。検討に値するものと思います」

 

 次はドイツだった。

 

「提案するのは、宇宙の工業規格についての知識だ。というのも博士がスターゲートを作るなら、必然的に交流も出来てくるだろう。となれば向こうの製品も入ってくるはず。すぐに地球から輸出できるような物ができるとは考え辛いが、相手を知る事はマーケティング上非常に大切なことだ。準備は早い方がいい。同じような意味で言うなら、宇宙文明を構成する種族の生活様式も一緒に仕入れてくれた方が、分析も捗るのではないかと思う」

「確かに相手を知る、というのは大事な事ですからね。これも検討に値すると思います」

 

 今度はイギリスだ。

 

「我が国としては束博士が購入を打診した宇宙船の整備マニュアルや操作マニュアルですね。博士ほどの頭脳があれば必要無いかもしれませんが、一般人が触れる事を考えるなら、絶対にあった方が良いでしょう。あとは宇宙船による交通網があるなら、自動車や飛行機と同じように交通ルールもあるはず。それも合わせて仕入れてもらえれば、人類が宇宙で活動し易くなるかと。更に言えば、それらマニュアル系を理解し易くするため、会談の際に使われていた翻訳機もでしょうか」

「翻訳機やマニュアルはこちらでも購入リストに加えようと思っていました。同じように思ってくれている人がいて良かったです」

 

 イギリスの首相は内心でガッツポーズした。これで後は今後発足するであろう宇宙船の分解や解析チームに人員を送り込めれば、成果のアピールとしては申し分ない。

 この次に話し始めたのは中国だ。

 

「我が国が提案するは、武器についての知識を仕入れる事です。会談の際に襲撃者がいたように、相手がどんな武器を持っているのかが分からなければ対処のしようがありません。なので分かる範囲で、武器や兵器の目録のようなものを仕入れるのはどうでしょうか? 実物の入手は単価が高いと思うので見送りますが、襲撃者がいたという事実を踏まえるなら大事な事ではないかと」

「確かに絶対天敵(イマージュ・オリジス)の侵攻しかり、会談時の襲撃しかり、宇宙は思っていた以上に物騒ですからね。一考の余地がある提案かと思います」

 

 中国というお国柄もっと碌でもない提案が出てくると思ったが、予想以上にまともな提案だった。

 続いて、ロシアが話し始める。

 

「外敵に対する対処も重要ですが、地球内部の問題も大事です。具体的には食料問題。日本に「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるように、これらの問題を解決して人類全体のモラルを高めなければ、宇宙進出した人類の足を引っ張るでしょう。なので宇宙文明では食料問題にどのようにアプローチしているのか資料を購入して、地球に当て嵌められるものがあれば追加購入するというのはどうでしょうか?」

「悪くない案だと思います」

 

 ロシアの現国家元首である大統領は、楯無の子飼いであり束が作った管理システムの支援を受けている。そのせいか、予想よりも遥かにまともな提案だった。

 少々の間をおいて、日本が喋りはじめる。

 

「我が国としては、宇宙文明と友好的な関係を築く為には土台となる共通認識が必要との考えから、教育に使われている各種の教科書や参考書を入手できればと思います。そしてこれらを購入するメリットとしては、教育という文明を構成する土台を知る事で、相手の分析が行い易くなるという点でしょうか。また教科書であれば、地球文明では発見されていない未知の知識が普通に掲載されていたり、どんな勢力があり、どんな歴史的背景があり、どんな社会体系があるかなど、最新の情報ではないかもしれませんが、幅広い知識を入手できるのではないかと思います。後は先程イギリスの方が言っていた翻訳機でしょうか。こちらは大量に購入しておけば、分析要員が増えて宇宙文明についてより早く理解を深められるのではないかと」

「各種の教科書や参考書というのはリストに加えようと思っていました。あると相手を理解し易くなるというのは同意するところです」

 

 束と晶は、2人で考えていた事を日本政府に伝えたりはしていない。という事は自分達で考えたのだろうか? それともこちらの考えを良く分かっている楯無の入れ知恵だろうか? どちらにしても、真っ当な提案で良かった。もしお馬鹿さんな提案が出て来ていたら、楯無に言って首を挿げ替えていたところだ。

 そして先進国最後の発言は、アメリカだ。先進国扱いしなくてもいい国が二つほどあったかもしれないが、まぁ言わないでいてあげよう。

 

「我が国が提案したい事は殆ど他の国が言ってくれました。ですが追加で言わせてもらうなら、物を購入して分析・解析していくだけでは、我々地球人が宇宙文明と付き合っていくための土台を作るのに、相当な時間を要してしまいます。なので知識をかみ砕いて教える教師のような存在を派遣してもらうというのはどうでしょうか? 国連が交渉していたら難しかったかもしれませんが、束博士が行っていた交渉は、相手にとっても非常に好印象だったように見えました。派遣を要請してみる価値はあるのではないかと」

「………なるほど。それは盲点でした。確かに教師役がいれば、色々な理解も早く進むでしょう」

 

 これを最後に今日の会合は終わり、明日、明後日と続いて行くのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 なお、宇宙進出とは全く関係無いオタッキーな話。

 束さんのIS“エクシード”*5を見た日本の某アニメ会社は大いにインスピレーションを刺激されたのか、彼女をモチーフにした魔法少女もの………魔法少女というには年齢が少し高いので、魔法戦士と銘打ったシリーズの作成を始め、後に長年愛されるメガヒットシリーズになるのだった。ちゃんちゃん。

 

 

 

 第175話に続く

 

 

 

*1
地球文明の全体的な生産力、国家間の利害関係、戦闘艦を作れたとしても操艦する為の人員育成等々の避けられない事情。

*2
第152話から駐留中

*3
ラウラの愛機シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されている兵装の1つ。ISに搭載されているPICを発展させたもので、任意の対象を停止させる事ができる。

*4
あくまでも束に比べれば、である。

*5
元ネタは「魔法少女リリカルなのはStrikerS 高町なのは エクシードモード」。なお良い子の皆さんにはどうでも良い事ですが、スカートの下は白と蒼を基調としたズボンなので、宇宙空間で下から覗いても眼福な光景は拝めない仕様となっております。




購入物品については意外とまともな方法で決まっていく事となりました。
そしてアメリカさんが最後に出した教師案。
これが結構ファインプレーだったりします。

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