インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
そして束さん。ウキウキノリノリモードです。
年が明けて、晶のIS学園卒業まで3ヵ月を切った頃。
今地球圏の話題は、近日中に行われる宇宙人との会談一色であった。篠ノ之束と薙原晶はどんな話をするのか? 相手はどんな話をしてくるのか? 相手の姿形は? グレイ型宇宙人は実在しているのか? どんな宇宙船で来るのか? 友好的らしいが手の平を返したりはしないのか?
そんな中で国連から、新たな情報が公開された。
1.会談に来る宇宙人の外見は地球人と同じヒューマノイドタイプ。
2.グレイ型宇宙人は遠隔行動用端末でバイオロイドの一種である。
3.宇宙には海洋生物や昆虫から進化した種も存在する。
3番目の情報は、多くの者が予測していた通りだった。宇宙は広い。なら地球環境では進化出来なかった種が、別の環境でなら進化していったというのは十分に有り得るだろう。そしてこの情報に強烈に反応したのが生物学者達だった。どのような姿形か? どのような食性か? どのような社会形態か? 学者という立場からしてみれば、興味が尽きないところだろう。
2番目はこれまでUFO関連で騒がれていた謎の1つが解決した訳だが、言われてみれば納得だろう。どんな危険があるかも分からない場所に乗り込むのはどんな生物であれリスクの高い行為だ。なら遠隔行動用端末、地球風に言えばドローンを使って活動しようという考えは理にかなっている。
そして地球人を一番熱狂させたのは1番目の情報だった。この広い宇宙で、別の星で生まれた種が同じような姿形に進化する確率はどれほどのものだろうか? 素人でも分かる。天文学的確率だろう。だから、こんな話が出る。
―――人類はもしかして、この宇宙人から派生した種なのでは?
―――例えば遠い昔に、ワープ事故で地球に不時着したのでは?
全ては妄想の域を出ない。だがそんな話が本気で論じられるほど大騒ぎであった。なお“首座の眷族”側は地球側の現状を分かっていたが、開星途中の星では割とよくあることなので、「やっぱり言ってるよこいつら」と生暖かい目で見ていたようである。
さて、そんな状況下で日々を過ごしている薙原晶だが、1つ困った問題が起きていた。
「はぁ」
IS学園3年1組。帰りのホームルームが終わった直後。晶は窓際の一番後ろの席で、外を眺めながら小さな溜め息をついた。
それを見た一夏が、近づいていき声をかける。
「人気者は大変だな」
「本当にな。まぁ、確かに世紀の一大イベントだし、気持ちを考えれば分からなくもないんだが………」
やれやれ、と晶はもう一回溜め息をついた。
束と晶は宇宙人から指名されて、近日中に会談に赴く。メディアが話を聞こうとするのは当然の反応だった。そして束が自宅から殆ど出てこない引き籠りなのは周知の事実であるため、比較的外での活動が多い晶がターゲットになることも極々自然な成り行きと言える。更に言えば、晶は金曜の夜か土曜日の朝にカラードに行く事が多い。このためIS学園入り口付近に、世界中から集まったメディア関係者が待ち伏せているのだ。
ここで多くの者は思うだろう。陸路が駄目なら空路もしくは海路。どうとでもやりようはあるだろうと。確かにその通りだ。
ここまで考えて、また思考が一番初めに戻る。じゃあ、どうやって移動しよう。今日は金曜日。少々溜まっている仕事があるので、出来ればカラードに行きたいのだが………。
そう思っていると、束からコアネットワークで通信が入った。
(晶。カラードまで送ってあげるから、学園の港に来てねぇ~)
(え? 港? お前、船なんて持ってたっけ?)
(普通の船は持ってないけど、送り迎えに使えるものならあるよ)
晶は首を傾げながらも、分かったと返答して席を立った。そして普段行く事のないIS学園の港に向かう途中、強化人間の脳内レーダーが海中を進む巨大物体を感知した。
(………なぁ。お前何に乗ってきたんだ?)
(イクリプス)
(おい)
(だって普通の車やヘリだったら、面倒な凡人に囲まれて大変でしょ。海中ならそういう面倒も無いと思ったけど、私普通の潜水艦なんて持ってないし)
(いやだからって、送り迎えに
このイクリプス、外見や大きさは
―――閑話休題。
少しばかりの現実逃避から戻ると、校内放送がアナウンスされた。
『生徒と警備隊の皆さん。これから港に巨大物体が浮上しますが、慌てないで下さい。束博士がワープ実験に使った実験船イクリプスです。メディアに囲まれて身動きのとれないパートナーを迎えにきたとのことです。繰り返します。生徒と警備隊の――――――』
空を見上げれば、海中を動く巨大物体の陰が見えたのか、報道ヘリが何やら大慌てで動いていた。これは今日のトップニュースになるだろうなぁ………晶はそんな事を思いながら浮上してきたイクリプスに乗り込み、カラードへと向かったのだった。
◇
一方その頃。宇宙文明の何処か。
“首座の眷族”の地球への開星手続き開始は、各勢力が動き出す切っ掛けとなっていた。
銀河辺境の小さな惑星など、取るに足りない存在なのに何故だろうか?
その理由は“首座の眷族”が銀河惑星連合に、地球の開星手続きに入った事を知らせる報告書にあった。
注目を集めてしまった点は2つ。
1つは地球が標準的な開星基準を満たしていないのに、銀河惑星連合の盟主たる“首座の眷族”が開星手続きに踏み切ったこと。十分に発達していない文明、地球的な差別用語で言えば後進文明と言い換えてもいい文明の開星を、“首座の眷族”が行っているのだ。確かにあの文明であれば、地球のような後進文明が十分に発達するまで面倒を見たところで、大した負担でもないだろう。だが合理性という面で考えれば、明らかに不合理だ。
もう1つが、提出された報告書にあった調査中の一言。地球は軍事的傾向の強いあの文明と接触した経験があるようだが、それに関する詳細情報が調査中として伏せられていたのだ。これが十分な調査能力を持たない他の文明だったら追加報告を待つ、という選択肢もあったかもしれない。が、数ある文明を押しのけて盟主とまで呼ばれている文明が、未開の惑星相手に調査中など有り得るだろうか? むしろ未成熟な電子ネットワークが使用されている地球が相手なら、ほぼ全ての情報は丸裸だ。なのに、調査中である。これでは疑ってくれと言っているようなものだろう。(なお“首座の眷族”側は精密な欺瞞情報の記載も考えていたが、地球側のセキュリティレベルが低すぎて情報漏洩が不可避との判断に至り、やむなく調査中として時間を稼ぐ事にしたのだった)
そして地球にある「国家に真の友人はいない」という言葉は、宇宙の政治情勢にも当てはまる言葉だった。盟主として君臨する“首座の眷族”を引きずり下ろそう、その立場に取って代わろうという勢力は確かに存在しているのだ。圧倒的な科学力・経済力・軍事力を併せ持つ文明故に面と向かって敵対はできなくとも、この一件を使って水面下で足を引っ張る事はできる。そう判断した幾つかの文明にとって、幼い地球は格好のターゲットであった。
『首座の連中は、どうやら地球人と直接会うらしいな』
『あの高慢な連中が、態々銀河辺境に出向いてまでか?』
『ああ。しかもどうやら、現地人を直接指名したらしい』
『ほぅ?』
幾つかの勢力にとって、非常に興味を引く情報だった。
この段階で指名されるという事は、地球文明における重要人物と考えて間違いない。もし会談の時に何かあれば、首座の連中を政治的に攻撃する良い材料になるだろう。辺境での出来事だけに大事件にはなり得ないが、こうして名誉や威信を傷つけていけば、影響力そのものを減少させていく事ができる。
そしてこういう時に、辺境で活動する宇宙海賊というのは非常に便利な存在だった。適当な欺瞞情報をばら撒いてやれば、勝手に喰い付いて場を荒してくれる。海賊だけに少々やり過ぎてしまうかもしれないが、その時はその時。首座の連中の不手際として追求する良い材料になってくれるだろう。
―――この時、彼らはもう少し慎重になるべきだった。
―――確かに地球という文明は開星基準を満たしていない。
―――確かに首座の連中が指名したのは重要人物だ。
―――確かに何かあれば難癖をつける口実になるだろう。
いや、慎重になったところで変わらなかったかもしれない。現時点で彼らが地球を調べても、方針を変える程の情報は出てこなかったからだ。確かにランクFでありながら、ランクA文明の侵攻を退けたのは驚嘆に値する。戦闘情報を調べたなら、良くやったという言葉が出てくるかもしれない。だが主目的が“首座の眷族”への嫌がらせで会談をブチ壊す事である以上、地球そのものの防衛力は関係無いし、手駒として使う予定の宇宙海賊が何か被害を受けようとも、自分達の懐が痛む訳でもない。ワープ技術が確立されていて会談場所が
―――だから、予想できる訳がないのだ。
否。1つだけ調べていれば、可能性としては極少だが予測できていたかもしれない情報はあった。それは人類の戦争の歴史だ。宇宙進出もしていないのに、自らの星を滅ぼしかねない程に戦争を繰り返し、こと戦うという一点において驚異的な順応性を示す種族特性。その中でも特級の特異点と言えるのが、あの2人なのだ。頭脳と武力という点で方向性は違うかもしれないが、やられたらやり返すという点で2人は一致している。その2人が赴く会談の場を、彼らは荒らそうというのだ。
だが、彼らは調べなかった。辺境の一惑星に過ぎない小さな小さな文明の歴史、ましてや一個人のことなど、先進文明の連中にしてみれば些事に過ぎない。“首座の眷族”という巨大な存在に意識が向き過ぎて、或いは先進文明故の傲慢さで、地球を“首座の眷族”の足を引っ張る為の小道具程度にしか考えなかったのだ。
◇
場面は変わり、火星近郊。
カラードでの仕事を片付けた晶は、束と一緒にイクリプスで
「うん。現時点では、特に何も無さそうだね」
イクリプスのブリッジで、周囲のスキャンを終えた束が結果を口にする。
「なら後は監視用ポッドを設置して終わりだけど、どうせならちょっと遊び心を入れてみないか?」
「どんな?」
「監視用ポッドをすっごく分かり易い位置に設置して、なおかつ解読しやすい原始的なモールス信号で、「ココニカンシヨウポッドガアリマスヨーーー」って継続発信してみるんだ」
「なるほど。確かに向こうも現地の安全確認はするだろうし、その時に変な機械があったら何かを疑うかもしれないもんね。でもそこまであからさまにやっておけば、逆に疑われないか」
「だろ」
「良いね。じゃあちょっと待ってね。今ポッドの設定弄るから」
束は鼻歌混じりに手元のコンソールを操作し、幾つかある監視用ポッドの設定を変えていく。そうしてエンターキーが押されるとイクリプスから12個の監視用ポッドが放出され、火星の衛星軌道へと投入された。次いでブリッジのモニターに、データリンク確立と表示される。
「うん。これで終わりっと。後は………あ、そうだ。ねぇ晶。帰還、少し遅らせてもいい?」
「良いけど、どうしたんだ?」
「いやね。折角色々機材を積んでるイクリプスで来てるんだし、どうせなら火星の気候とか地質調査もしておきたいなぁ~って。将来もしかしたらテラフォーミングとか資源採掘とかするかもしれないし」
「確かにな。なら俺も、調査用機材を持って地上に降りるか?
「それも良いけど、イクリプスにはまだ色々使ってない機能があるから、稼働実験も兼ねてこっちでやってもいいかな」
「そういう事なら構わない。俺は機嫌の良いお前を眺めてるよ」
「分かる?」
「むしろ分からないと思うか?」
先程も鼻歌を歌っていたくらいだ。ご機嫌なのは一目瞭然だろう。
「うん。じゃあ、ちょっと待っててね。あれとかこれとかそれとか、色々やってくるから」
艦長席に座った束が、ワンマンオペレーションでイクリプスの調査用システム群を起動。センサー類を火星へと向け、あらゆる情報を収集していく。初めの30秒でこれまで人類が人工衛星を飛ばしてチマチマと収集していた情報と同等の情報を集め終え、30分が経つ頃には地表のMAP情報が出来上がり、1時間後にはこれまで予測混じりだった大気組成が分かり、2時間後には地質の概要データ*2が判明し、束さんのテンション激上がりであった。
「♪~♪♪~~~♪♪♪♪~♪、♪~~~♪♪♪」
笑顔も笑顔。子供のように無邪気にコンソールを叩き、モニターに表示される調査結果に一喜一憂して、あれやこれやと調査を進めていく。そうして暫くの時間が経った後、束は晶に振り返った。
「よし。じゃあそろそろ帰ろうか」
「良いのか? まだ調べていても良いんだぞ」
「これ以上長引いたら、晶が困るでしょ」
「大丈夫だぞ」
「気遣ってくれるのは嬉しいけど、私だって晶を気遣いたいんだよ。あまり会社をあけていると、仕事が溜まっちゃうでしょ」
「前倒しできるものはしてあるし、会社とお前ならお前が優先だ」
「ふふ。ありがとう。なら―――ね」
束はイクリプスに帰還航路を入力した。ただし、すぐにワープする訳ではない。6時間ほどオートで火星の衛星軌道を周回して情報を集めた後、ワープするという中途半端なものだ。その間2人が何をしていたかは、本人達のみぞ知るところである。
◇
翌日、束の自宅の研究室。
束と晶がこれからの事を色々話し合っていると、壁面の大型モニターに昨日設置した監視用ポッドからの情報が表示された。12個の接近する物体を捉えたのだ。2人の表情に緊張が走る。注意深くモニターしていると、宇宙人とやり取りしている例のアクセスポイントからメッセージが送られてきた。通信形式はモールス信号。解読すると………。
『ワタシタチモカンシポッドヲセッチシマシタヨーーー』
余りにお気楽な文面に、2人は一瞬呆気にとられてしまった。しかも配置場所まで一緒に送られてきていて、場所を確認するとこちらが設置した監視用ポッドの隣というのだから、完全に隠す気ゼロである。いや、もしかしたらこれを隠れ蓑にして何か別の事を………と考えて周囲をサーチさせるが、何も見つからない。こちらが察知できないくらい完璧なハッキングでダミー情報を掴まされている可能性、或いは高性能なアクティブステルスで本命を隠している可能性など、様々な可能性が脳裏を過ぎるが、いずれも可能性に過ぎない。故に束は試してみた。知性ある相手なら、言葉を交わしてみればいいではないか。監視用ポッドにコマンド。反応は正常にあり、モールス信号でメッセージが発信された。
『ドウイウツモリ?』
『ソチラノイトヲマネテミタ』
『アンゼンカクホ?』
『ソノトオリ。コンタクトノショキハ、マチガイガオコリヤスイ。フアンヨウソハ、カノウナカギリハイジョ』
束はなんだか楽しくなってきた。宇宙文明を築けるような高い知性を持つ相手が、こんな原始的な通信手段に付き合っている。それが妙に面白かったのだ。
『シンチョウナタイオウ。ウレシイ。ツイデニキク。ソチラハドレクライノニンズウデクル?』
『ソチラニアワセテサンニン。フネイッセキ』
『ワカッタ。アト、コチラハブソウシテイク。ソチラモブソウシテキテ』
『カイダントハヒブソウデオコナウモノダトオモウガ、リユウヲカクニン』
『フソクノジタイニソナエテ。イブンメイニセメラレタケイケン、ワスレナイ』
『リカイシタ。リセイテキナカイダントナルコトヲキタイスル』
なおこのやり取りはリアルタイムで国連にも送信されており、一段落したところですぐに民間へと公開された。そしてこの時点で、察しの良い地球人は気付いた。宇宙人が本当に窓口としたい相手が誰なのかを。何故なら国連側もこれまで幾つかメッセージを送信し、やり取りの内容も公開しているのだが、文面が非常に硬い上に、これほどリアルタイムで返信が返ってくることなどない。だが束のメッセージには即答なのだ。百歩譲って国連とのやり取りは公式な内容なので文面の精査に時間をかけているのだとしても、どちらが友好的な関係を築いているのかは、やり取りの内容をみれば一目瞭然だろう。
そしてこういう時に妬みや嫉みを平等とか情報公開とか、万人が好きそうな綺麗事で覆い隠して足を引っ張ろうとする輩が出るのは世の常だが、一線を越えた連中は何故かスポンサーから手を切られたり、過去の汚職が明らかになったりして日陰へと追いやられ、社会的立場を失い、結果として排除されていった。
勿論、自然にこんな事が起きる訳がない。そうなるように仕向けた人間がいるのだ。誰か? 更識家当主代行の更識楯無である。彼女の影響力は今や日本政府中枢にまで浸透しているため、非合法活動のみならず、公権力すら活用して、晶と束の障害となりそうな全てを排除していた。また政府中枢にまで影響力が及んでいるという事は、外交にも影響力を行使できるという事であり、日本政府から各国に短いメッセージが送られていた。
―――日本は2人が宇宙人との会談に集中出来るように支援する。
要請でも要望でもなんでもない。単に日本政府の方針を示しただけの内容だ。だが、分かる人間には分かった。これが誰の意向なのか。2人の最側近であり、些事の一切を取り仕切る
その他、表では欧州三人娘の活動もあった。楯無のような突出した影響力を持っている訳ではないが、3人とも母国でなら一定の影響力がある。やり過ぎは軋轢の元だが、派手過ぎない程度に応援を表明すれば、それぞれの政府も無碍には出来なかった。なおセシリアと母国であるイギリスとの間に軋轢があったのは知る人ぞ知る事実だが、既に過去形の話であった。何故なら彼女はセカンドシフトパイロットであり、薙原晶に最も近い人間の1人であり、NEXTを除けば唯一の単体戦略兵器であり、カラードランク2であり、名門貴族の当主であり、イギリス有数の資産家であり、今後カラードの副社長になる事が決定しており、何より束博士のお気に入りである。そんな超重要人物との間に軋轢があるなど、国益を考えれば不利益でしかない。積極的に彼女に協力し、関係改善を図るべき。そう考える者が多数派となった事で、自然と軋轢も解消していったのだ。だが心に刺さった棘というのは、簡単に抜けるものではない。だからセシリアはイギリスに自尊心や自己満足感は与えても、実利は可能な限り与えないように立ち回っていた。今回の件で言えば、晶から「会談に集中したい」という話を聞いていたので、日本に続きすぐに2人への態度を表明させる事で、晶や束からの覚えがめでたくなるようにしてあげた。そして晶の秘書に、お礼の手紙を書いてもらった。2人からの手紙ではないが、対外的に見ればイギリスは良好な関係を築いているように見えるだろう。だが実際のところは、金銭的な、或いは権利的な何かを得た訳ではない。もし何か得ていたのだとしたら、2人がイギリスに何かあった時に、何かしらの考慮を“するかもしれない”という曖昧なものだけだ。尤も政財界や社交界には、こういう曖昧なものを金銭に変える事が得意な連中が多いので、一定の実利は得ているだろう。
これに対してシャルロットの方は、セシリアのように束博士のお気に入りという訳ではない。だが晶との関係が良好なお陰で、バイオテロの時に彼が来てくれた。束博士が地下都市計画を持って来てくれた。宇宙開発関連ではフランスが最初のパートナーに選ばれ、月面にマザーウィルという巨大な移動建造物を作る事ができ、人類初の月面採掘事業を実用化できた。いうなればシャルロットは、フランスにとっての幸運の女神だ。そんな彼女が、「2人が宇宙人との会談に集中できるようにして欲しい」とお願いしたのだ。国民の反応は、押して知るべしである。
なお前述の2人に比べ、ラウラは地味であった。容姿的な意味ではなく、生まれや活動的な意味でだ。何せ
無論、他にも束と晶の側に立ってくれた者は沢山いた。特に中継衛星のお陰で電力が安定供給されるようになったり*4、権力基盤が強化されたり*5した地域の反応は非常に好意的なものだった。
少し話は逸れてしまったが、このような動きのお陰で束と晶は面倒事に煩わされる事無く、会談準備に集中できたのだった。
◇
そうして時間は過ぎ、地球の暦で1月下旬のとある土曜日。
“首座の眷族”は、予定時刻よりも少し早く火星近郊の会談地点に来ていた。
時間通りでも良かったのだが、“議員”にあたる者が、地球側の船がどのような方法で現場に来るのか興味を持ったためだ。
何故なら篠ノ之束が指定した会談地点は、火星の重力影響圏なのだ。そしてワープというのは重力の影響を強く受ける。
イメージ的に説明するなら、重力というのは空間の歪みで、平らな平面が窪んでいる場所だ。その窪みがある場所にワープアウトしようとすると、窪みの中心(=重力源)に向かってワープアウト座標が引っ張られてしまう。
ワープ技術が十分に発達していれば引っ張られる距離もワープ計算に含まれるので問題無いのだが、技術が未成熟だとワープアウト座標が重力に引かれてズレ、惑星圏内に墜落という事も有り得る。ワープ可能な程に発達した文明なら予測しやすい現象なので安全対策も早期に導入されるのだが、あの“天才”はどうだろうか?
安全策をとって重力影響圏の外にワープアウトして、そこから通常航行で来るだろうか? それともこの場所に直接ワープしてくるだろうか? “議員”にあたる者は後者と感じていたが、どうだろうか? これほど心躍らせる期待感を持ったのはいつ以来だろうか?
そんな事を思っていると、隣に立つ“秘書”にあたる者が口を開いた。
「大丈夫でしょうか?」
「何に、ついてかね?」
「色々です」
「こちらとあちらの思惑は一致していて、思慮深さもある。大局を見据える視点もある。公には出来ないが、実行力も既に示している。私は問題無いと思っているよ。逆に聞くが、何をそんなに心配しているのかね?」
「地球人の歴史というのは、調べる程に近視眼的な行動から破滅的な結果を招いている事が多くあります。確かに篠ノ之束と薙原晶の2人は、これまでの行動を調べる限り大丈夫かもしれません。ですが世界を動かしているのは数多くの一般人です。会談の流れ次第では、地球文明内部が荒れて、2人が意見を変えなければならなくなった、という可能性もあるでしょう」
「可能性としては有り得るだろう。だが、それでも大丈夫だと思うがね」
「何故、それほど確信を持って言えるのですか?」
「あえて侮蔑的な表現を使うが、考えてみたまえ。地球のような辺境で生まれた天才が、大多数の一般人に対して思うところがない訳がないだろう。そしてこの現状に至るまで、数多くの無理解と言われなき非難もあっただろう。それら全てを跳ね除けての今だ。だから今回の会談で少々の事が起ころうとも、あちらは絶対に意見を変えない、というのが私の考えだ」
「なるほど。では貴方の考えが正しいかどうか、見させてもらうとしましょう」
「そうしてくれたまえ」
2人が会話を終えたところで、近くの座席に座っていた者が口を開いた。
地球風に言えば“軍人”に相当する人物だ。
「空間湾曲反応増大。出現予測ポイントは事前指定座標からマイナス500メートル*6。凄いですね。我々の基準で見ても、完全に実用的な誤差ですよ」
“議員”にあたる者は思った。あれほどの天才だ。この程度は当然だろう。
そんな事を思っていると、向こうから通信が入った。船のサブコンピューターが解析した結果、地球で一般的に使われている通信技術で、データ内容は音声のみだ。
『こちらは地球人の篠ノ之束。そちらの船にいる人達は、私達がこれまでメッセージをやり取りしていた宇宙人さんで間違いないでしょうか?』
リアルタイムで自動翻訳機能が働き、“議員”にあたる者が答えた。
『その通りだ。そしてようこそ宇宙へ。貴女と会えるのを楽しみにしていた』
『私もです。では、まずは双方向の映像通信用プロトコルを送りますので、そちらに切り替えて頂けますか。使い方は地球言語の解析ができるくらいなので大丈夫と思いますが、改めて説明した方がいいでしょうか?』
『問題無い』
そうして通信用プロトコルが切り替わると、ブリッジに空間ウインドウが展開された。画面の中央に白と蒼を基調としたジャケット、ビスチェ、ロングスカートという服装にトレードマークのウサミミ型ヘアバンドを身につけた篠ノ之束*7が、そのやや後方の右側に黒いISが、左後方に赤いISを展開した者が立っている。
『では改めてご挨拶を。初めまして。私が地球人の篠ノ之束です。そして、そちらから見て私の右後方に立って黒いISを装着しているのが、私のパートナーである薙原晶。左後方に立っているのが、今回の会談の記録係として連れてきたラナ・ニールセン。2人の簡単なプロフィールの説明もあった方がいいでしょうか?』
『いいや。事前にデータをもらっているから必要ない。そして、こちらも挨拶させてもらおう。まず私は、アラライル・ディルニギット。役職を地球人に分かり易く言うなら、世間の情勢を汲み取って政治に反映させるという意味で、議員というのが適当だろう。続けて私の右隣にいるのが、サフィル・アライル。私のサポート役という意味で、秘書というのが適当かな。で、左隣にいるのが、カルカイラ・アロニス。今回は自衛力をお互いにもってくるという事で、そちら側でいう軍人を連れてきた』
地球文明では、どういう反応が起きているだろうか? そんな考えが
『説明ありがとうございます。では会談場所を設営しますので、こちらが呼んだら出て来てもらってもいいでしょうか』
『了解した』
地球文明の一般的な技術レベルで宇宙空間に会談場所を設営するとなると、コンテナ的な物の中に部屋を用意する感じだろうか? だがこの天才が、そんな普通の物を準備するだろうか?
篠ノ之束博士の手には、トランクのような物がある。そして開いて、中にある緑色のボタンが押されると、期待以上の光景が展開された。何も無かった空間に直径100メートルほどの半球状の土台が出現し、その上にガラスのように透き通った半球状のドームが構築されたのだ。入り口と思われるドアは2つあるが、宇宙進出初期にみられるような、厳重なエアロックではない。惑星圏内の建築物にあるような、普通のドアに見える。またドームの中には純白のタイルが敷き詰められ、中央にはドームと同じように透き通った素材のテーブルと椅子が設置されていた。
次いで船のセンサーが、地球と同じ1Gの重力反応を感知したところで通信が入る。
『1つ確認なのですが、大気成分はどのように調整したら良いでしょうか? 地球に存在する物質で合成可能な成分なら用意できるのですが』
『我々は地球と同じ大気成分で呼吸可能なので、同じ成分で構いません』
『分かりました』
彼女の返答の後、船のセンサーが用意された会談場所に大気が満ちていくのを感知した。これを見て、
(この場面だけを見れば、地球がランクFとは誰も思わんだろうな)
偶然ではあるが、今篠ノ之束が行っている事は、宇宙文明同士が交渉を持つ時に使われる手段と酷似していた。なお酷似している理由は必然的なもので、どちらかの惑星に降りる。或いはコロニーを使うとなると、生態系への影響調整が意外と面倒なのだ。少しでも生物に理解があるなら、例えばとある島に外来種が来た場合、他の環境では無害だったものが、とある島にとっては致命的な存在になり得る可能性がある、という事は分かって貰えるだろう。その考えは、惑星が異なる場合でも同じなのだ。無論高い技術力を持つ文明同士ならその辺りは完璧にコントロール出来て当然なのだが、省ける手間は省いた方が効率的なので、博士がやっているように宇宙空間に会談場所を用意する、という手法が多く使われていた。この方法なら会談後、大気を宇宙空間に放出してしまえば、何処の生態系が汚染されることもない。
そうして準備完了の通信を受けた“首座の眷族”の3人は、宇宙船から出て篠ノ之束が用意した会談場所に向かって行ったのだった。
◇
篠ノ之束は、今日この時をとても楽しみにしていた。夢にまでみた地球文明の宇宙進出が徐々に進みだし、
これから地球はどうなっていくのだろう? 他にはどんな文明があるんだろう? どんな社会があって、どんな生活があって、どんな交流があって、考えられる事は無数にあり、想像するだけでも楽しい。そして想像するだけでも楽しいのに、今日は直接話せるのだ。楽しみで仕方がない。だが同時に予測もしていた。宇宙文明が複数ある以上、勢力争いというのは必然であり、地球も否応なく巻き込まれるということを。そんな事を思いながら、彼女は会談場所に来た3人を迎えた。因みに先程通信を行っている時から、ラナがリアルタイムで映像を地球に流しているので分厚い猫被りモードだ。勿論、事前に行われていたメッセージのやり取りで、リアルタイム配信の事は伝えて合意を得ている。
まず3人を見て束は思った。地球人がイメージするような、分厚くて動き辛い宇宙服は着ていない。むしろ普通の服にしか見えなかった。
「ようこそいらっしゃいました」
「こちらこそ、会談に応じてくれて感謝する」
束の言葉に、流暢な日本語が返ってきた。外見的特徴が人類とほぼ同じという事は、発音方法もほぼ同じはず。そうあたりをつけた彼女は口の動きと今の発音を脳裏で検証し、自身の言葉として喋っていると結論した。だが宇宙文明を考える上で存在する確率が非常に高い機械、自動翻訳機を使っていないと考えるのは早計だろう。もしかしたら聞いた言語を脳内で翻訳、理解できた言葉を異なる言語に変換して話せるようにするインプラントのようなものがあるのかもしれない。
そんな事を思いながら、束は席を勧めた。
3つある椅子の中央に
「では、まず何から話しましょうか?」
束の言葉に、
「貴女が宇宙進出に大きな情熱を持っている事は、地球文明を調べた際にすぐに分かりました。なので、貴女が持つ宇宙進出のイメージを聞きたいと思います」
「難しい事はありません。人類が生まれた星から飛び立ち、星々の海を渡り、未知を発見しながら活動範囲を広げ、できれば隣人と仲良くやっていきたい。それだけですよ」
「なるほど。では、仲良くできない隣人と出会った場合はどうしますか?」
「地球には統一政府が無いので、私個人の意見で良いでしょうか?」
「構いません」
「安易な無理解は争いを拡大させるだけなので、互いに理解しようとする努力は必要でしょう。ですが、どうやっても分かり合えない相手がいるというのもまた事実です。その場合は、明確な意志表示と自衛力の行使が必要でしょう。物騒だと思いますか?」
「いいえ。基本方針としては間違っていないと思います。本当は、自衛力など行使する場面が無ければ良いのですがね」
「そうは思いますが、
ここで束は、さも今思いついたかのように尋ねた。
「そう言えば、我々からみたらそちらも同じ宇宙文明なので教えて欲しいのですが、私達が
「巨大な軍事力を背景として拡大政策をとり、銀河惑星連合内部でも少々問題行動の多い文明だったので、友好的な関係ではありませんでしたね。ただつい先日、彼らの主要星系とその他重要拠点に原因不明の流星雨が降り注ぎまして、国力を大きく減退させています。もしかしたら以前の勢力は取り戻せないかもしれない、それほどの大打撃です」
「地球は
「なるほど。良い言葉ですね。地球の言語ライブラリーに登録しておきましょう」
ここで、この会談の放送を見ている多くの地球人は思った。特に束の裏の顔を知る者は。あの“天災”が、やられたら100倍返しで殴り返す“天災”が、
そんな地球人の思いを他所に、一呼吸の間をおいた後、
「ところで篠ノ之束博士は、宇宙文明のどんなところに興味がありますか?」
「全部、と言ってしまったら欲張り過ぎでしょうか。なのでそうですね………あえて優先順位をつけるなら、隣人との付き合い方でしょうか。生まれも育ちも、姿形も、或いは倫理観といったものすら違うかもしれない相手と、どのようにしたら友好関係を結べるか、でしょうか」
「なるほど。恐らく多くの事を考えているのでしょうし、その時々の情勢もあるでしょう。ですがあえて基本的な事を言うなら、互いを理解しようと歩み寄り、互いを尊重し、異なる意見は擦り合わせ、互いが納得できるようにしていくことです。恐らく、地球における友人の作り方と変わらないのではないかと」
「貴重な助言をありがとうございます。それにしても、本当によく地球の事を調べているのですね」
「宇宙文明にも互いの無理解が争いのもとになったという、不幸な歴史が存在します。なのでそのような過ちを繰り返さない為にも、色々と調べるのですよ」
「歴史に学ぶのは、知性あるものの特権ですね」
「そういう事です」
お互いが笑顔でニッコリ。友好的な雰囲気を作れたと判断した
「そうだ。折角こうやって話しているので、宇宙文明の交通網について話しておきましょう」
「それは興味深い。是非聞かせて下さい」
そうして話された内容は、以前の依頼で束が入手した情報とほぼ同じだった。星系内はワープドライブで移動するが、恒星間はスターゲートという常設のジャンプゲートを使って跳ぶ事で、全ての船に高性能ワープドライブを搭載しなくても良いようにしているのだ。またワープドライブを使うには近すぎるが、通常航行では遠いという場所に行きたい場合は、アクセラレーションゲートという加速装置を使うらしい。
「――――――そしてこれが、銀河惑星連合内で共有されているスターゲートMAPです」
当然の事だが、地球近郊に届いているスターゲートはない。そして共有という言葉を聞いた束は、確認の質問をした。
「共有情報としてあるということは、銀河惑星連合の共有財産と見なされているということでしょうか?」
「そうです」
「もう1つ。共有財産という認識なら、全ての種族が同じように使えるように、何らかの規格がある、という認識でいいでしょうか?」
「はい。ですが規格そのものは非常に単純なものです。恒星間の移動や物流の根幹となるものなので、頑丈かつ故障しないこと。大まかな目安として基礎フレームや外装などは、地球時間で最低でも100年程度、使用可能な耐久性があること。リアクターも超長期間安定稼働が可能なものであること。あとは大型船が通れるように、直径10キロメートルのゲートが展開可能なことでしょうか」
「ふむ………」
これを聞いた束は暫し考え込んだ。リアクターはどうしようか? 技術的な話で言うなら双方向性の特性を持つスターゲートは、十分な出力を持つリアクターが1機あれば維持できる。だが管理的な面で言うなら、超高出力リアクターを1機用意するより、そこそこの技術力で作れるそこそこの出力のリアクターを出入口の両方に設置して、必要出力を分散処理させた方が楽だろう。また今後、別の人間がスターゲートを作る時のテストケースとして考えるなら、スターゲート発生装置とリアクターは一緒にしておいた方が良いだろう。一般的に使う物というのは、可能な限り分かり易くそれ単体で完結した構造の方が良いからだ。だが、と別の考えが脳裏を過ぎる。スターゲートを悪用されて、敵性戦力を送り込まれる可能性もあるだろう。そんな時の対策としてスターゲート発生装置とリアクターは別々にして、万一の場合は即座に、かつ確実にエネルギー供給を絶ってスターゲートを封鎖できるようにしていた方が安全だろう。
束は前者と後者を天秤にかけ、後者をとった。現状を考えて優先すべきは安全で、テストケース云々は地球文明の勢力がもっと拡大してからでも遅くはないという判断からだ。加えて別にするリアクターにも、丁度良いものがある。後2ヵ月程度で、アンサラー4号機がロールアウトするのだ。そしてアンサラーはスターゲートとは全く関係無い単独で完結しているシステムなので、万一の場合も、即座に、かつ確実にスターゲートへのエネルギー供給を止めて封鎖できる。最悪封鎖が間に合わなくてスターゲートを突破されたとしても、月軌道圏内ならアンサラーの火力で即時殲滅が可能だ。
では、建造材はどうしようか? こちらも問題無い。自己再生や自己改造機能を持つ展開装甲の技術を転用すれば、エネルギー供給のある限り万全の状態を保つ事ができるからだ。
ここで束は、スターゲートMAPに視線を向けた。ジャンプ距離はどうだろうか? 宇宙文明の基準に照らし合わせて、遜色ないものを作れるだろうか? NEXTがセカンドシフトした時に発現したスターゲート生成能力の解析は順調に進んでいるので、問題無く作れるだろう。むしろ
結論として作れるのだが、ふと彼女は思った。
「幾つか確認したいのですが、例えばA地点とB地点を結ぶスターゲートが作られたとして、A地点のゲートを地球側が管理した場合、B地点のゲートの管理は誰が行う事になるのでしょうか?」
「両地点が同じ文明の勢力圏であれば、同じ文明内で管理します。違う文明となる場合は作る前に文明間の合意が必要で、今の例ですとA地点のゲートは地球側が作り、B地点のゲートは別の文明が作って管理する事になります」
「もう1つ。先程スターゲートは共有財産という話をしましたが、破壊的な行為を行った場合、何かしらの罰則はあるのでしょうか?」
「重要なゲートであればあるほど、各文明はゲートに実行戦力を張り付けています。なので破壊的行為を行った場合は、基本的に即撃墜となります」
「逮捕、ではないのですね」
「はい。共有財産に手を出すような輩には厳罰を持って当たるべき、というのが多くの文明の考えです」
「では何かしらの事故で船がコントロールを失い、搭乗者の意思とは関係無くゲートが危険に晒された場合はどうなるのでしょう? これも撃墜ですか?」
「ケースバイケースなので一概には言えませんが、安全対策としてそちらで言うところの
「なるほど………」
束は呟きながら、もう少し考えた。
本心としては作りたい。だが無視できないリスクがあった。それは双方向で行き来が可能になるということ。先程の話でも出ていたではないか。恒星間はスターゲート。星系内はワープドライブ。つまりゲートを開通させた場合、高性能ワープドライブを持たないが故にこちらに来れなかった者も来れるようになるということ。そして宇宙人の皆が善人という事は有り得ない。発展途上国で悪さをする地球人がいるように、発展途上文明で悪さをしようとする宇宙人も必ずいるはずだ。
だから迷う。今の地球に、宇宙海賊のような悪人を取り締まれる組織はない。多少ならカラードで対処できるが、本当に多少だ。数が増えればあっという間にキャパシティをオーバーしてしまう。国連に押し付ける? もっと無理だろう。時間をかければ利権や主導権争いを乗り越えて、まともに機能する組織が準備できるかもしれないが、少なくともすぐには無理だ。
そしてこの思考を相手は見透かしていた。何も不思議な事ではない。リスクコントロールを意識出来ない人間なら、この場に立つことなど不可能だったからだ。だが彼女は、あらゆる障害を乗り越えてこの場にいる。そんな人間が、ゲート開通のリスクを予測できないはずがないのだ。故に
「ちなみに先程お話したゲート管理方法は、あくまで一般的なものです」
「と言いますと?」
「仮に地球文明がスターゲートを作る事になった場合、当然初めてなので技術実証試験や試運転期間が必要になるでしょう。先程のA地点B地点の話で言うなら、A地点の地球側に加え、B地点も地球側が作り管理することで、不特定多数の者がゲートを使う事を防げます。そしてこちらとしても辺境に安全にアクセスできるスターゲートの存在は有り難いので、スターゲートの出入口として、安全な宙域を提供する用意があります」
「………随分と、準備が良いのですね」
束は数瞬の沈黙の後に答えた。余りにも準備が良すぎる。下心を疑うな、という方が無理だろう。相手の表情を観察してみるが、特に変化はない。そんな中で相手は、束の胸中など知らぬとばかりに一般論で答えた。
「話し合いをするなら、色々と事前準備はしておくものでしょう」
狙いはなんだろうか? 分からない。なので彼女は言質を与えないように、慎重に話を進める事にした。
「これまでの話を聞くに、スターゲートは宇宙文明の移動・流通ネットワークの根幹なのでしょう。作るには相応に高い技術力が必要だと思うのですが」
「地球文明という大きな括りだけでみたなら、独自に作れるようになるまで相当な期間を要したでしょう。ですが地球には、貴女がいる。誇って良いと思いますよ。宇宙の先進文明ですら、基礎理論の構築から実用化にまで、地球時間で数百年、或いは千年を要した数々の技術を貴女は僅か数年で実用化してのけた。そんな人間が、作れないはずはないと考えています」
束は思った。この人達は、地球人にスターゲートを作らせたいのだ。何故? 先程言っていた。辺境に安全にアクセスできるスターゲートの存在は有り難いと。逆説的に、銀河辺境の治安は悪いのではないだろうか? ならば、もしかして………多くの考えが脳裏を過ぎる。だがそれを気取られぬように、彼女は会話を続けた。
「高評価をありがとうございます。と言うべきでしょうか?」
「掛け値なしの褒め言葉です。こちらは、貴女がいなければ地球は滅んでいたと思っていますので」
「否定はしませんが、パートナーとの出会いが無ければ、私もそこまでは出来ませんでした。それに対
「勿論です。ですが中心人物は貴女と、後ろにいる彼である事は間違いないでしょう」
「こういう場で、余り個人を褒めるものではないと思いますよ」
「分かっていて褒めているのです。御理解下さい」
「………性格が悪い、と言われた事はありませんか?」
「親しい友人からは何度か」
「その友人と、同じ言葉を返したいと思います」
「最高の褒め言葉として受け取っておきましょう」
このやり取りをリアルタイム配信で見ていた地球人はどう思っただろうか? 交渉決裂? 喧嘩? 不仲? 違うだろう。宇宙人と立派に交渉して、友好関係を結び、更には友人のように冗談を言い合う地球人の姿だ。
そしてイイ笑顔を浮かべた
「――――――で、一応お聞きしますが、作れますか?」
「順序が色々と違いませんか? まぁここまでお膳立てをされて、作れないもないでしょう。あ………ですが、1つ確認してもいいでしょうか」
「何をですか?」
「先程ゲートの直径は10キロメートルと言いましたが、そのゲートの外縁部を建造材などで覆う必要はありますか? 私的にはスターゲート発生装置やリアクターを作るよりも、そちらの方が手間なのですが」
「ああ。なるほど。視認性の問題からゲート外縁部を建造材で覆っている文明は多いですが、厳密な要求仕様には含まれていません。安全に船を誘導してくれるガイドビーコンがあるなら、極論無くても構いません。ただ宇宙文明の一般的な感性として、スターゲートは文明の入り口でもあるので、見栄えを良くしようとしている文明は多いですね」
「なるほど。ありがとうございます」
こうして会談が一段落したところで、地球側の3人が乗ってきた船、イクリプスの自動警戒システムが、約50キロメートルという至近距離に空間湾曲反応を捉えた。*9束と晶の脳裏に、幾つかの警告メッセージが流れる。ワープアウト反応。数50。内訳120メートル級35隻、300メートル級10隻、400メートル級5隻、地球文明圏で使用されている識別信号なし。会談場所と本艦、会談相手の船の周囲の空間湾曲率がランダムに変化。ワープ座標計算に負荷。ワープ機能低下。未知のエネルギー照射により船体拘束。速力60%ダウン。
直後に放たれる高エネルギー兵器群。
―――恐らく襲撃者は、これで終わりと思っただろう。
地球人類が知るのはもう少し先の事だが、この状況は宇宙文明の常識に照らし合わせれば必殺だからだ。ワープ妨害装置で緊急離脱を阻止し、地球でいうところのAICに相当する装置で、船体を拘束して通常航行でも逃げられなくしている。その上で数の暴力で圧し潰す。しかも乗員は今、会談の為に外に出ているのだ。遠隔操作が可能だったとしても、発揮できる性能には限度があるだろう。
―――この状況で失敗など有り得ない。
確かに普通なら、そうだろう。加えて襲撃者側も、しっかりと戦術を練って来ている。ならず者とて金がかかるなら真面目になるのだ。まず前提条件として、“首座の眷族”の船が強力無比なのは、銀河のならず者の間では常識だ。次に今回の目的は、“首座の眷族”の信用に傷をつけること。開星側の重要人物を呼び出した会談の場で、その重要人物が消されれば、“首座の眷族”の信用を大きく傷つけることができる。故に戦術はシンプルに一撃離脱。会談の場を消し飛ばし、次に地球の船を沈め、ワープで速やかに離脱。出来れば“首座の眷族”の船を鹵獲したいところだが、アレはセキュリティが硬い。機密保持システムが発動して自爆に巻き込まれたら大損だ。
―――しかし世の中、何処に理不尽が転がっているか分からない。
まずならず者の艦隊は、全火力をもって会談場所を直接攻撃した。判断としては間違っていない。“首座の眷族”がいる以上、何かしらの強力な防御兵装が使われている可能性もある。だから全火力を集中して、確実に殺す。普通ならその場にいる6人は、原子の一欠けらすら残らなかっただろう。極々一般的な常識として、艦艇に搭載されている兵器を、個人装備で防げると思う方がおかしいのだ。
だからならず者達は、その結果を信じられなかった。
―――無傷。
展開されたエネルギーシールドによって攻撃は阻まれ、会談場所には何ら影響を与えられていなかった。だがこれは、篠ノ之束を知る人間からしてみれば当たり前だろう。この場所は、彼女が自ら用意したのだ。只の会談場所であるはずがない。もっと言ってしまえば、この会談場所は彼女の専用ISである“エクシード”のオプションパーツ扱いなのだ。
そして思い出して欲しい。この会談場所の土台の大きさは? 直径100メートルほどの半球状である。それだけの容積があって、彼女が会談場所の構築機能しか仕込んでいないなど、有り得るだろうか。否である。断じて否である。
束が思考トリガーで命令を下す。
―――範囲設定。前方50キロメートルを含む扇状。
―――
“エクシード”の搭載武装の1つ。重力によって敵を圧壊させる重力攻撃が、
再び思考トリガー。今度はイクリプスに命令を下す。
―――広域ワープ妨害機起動。
イクリプスを中心として半径100キロメートル。直径200キロメートルの空間の空間湾曲率がランダムに変化。これにより敵艦隊はワープ計算を狂わされ、演算結果がエラー。結果としてワープドライブでの脱出が不可能となった。となれば通常航行で離脱するしかないのだが、それでは遅すぎる。
敵艦隊は重力に捕まり、船体への加重が加速度的に増えていく。逆説的に、一瞬で最大加重には到達していなかった。束には、ちょっとした考えがあったのだ。
加重が戦闘艦の重力制御の限界を超えて、徐々に船体が歪み始める。
そこで、相手から通信が入った。
未知の言語なので、当然束には分からない。なので、
「なんと言っているのでしょうか?」
「聞いた事のある言語ですね………。ああ、思い出しました。ええっと、極々一般的な命乞いですね。武装解除する。だから助けて欲しいと」
束は暫し考えるフリをした後、
「アラライルさん。幾つか確認したいのですが、いいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
「宇宙文明は貨幣経済で、売る・買うの概念で成り立っているという認識で良いですか?」
「ええ。その通りです」
「もう1つ。スクラップ船の買い取り業者とかはありますか?」
「そういう仕事もあります」
「更にもう1つ。宇宙文明に賞金首という概念はありますか?」
「あります。ああ。なるほど」
束の考えを察した
『こちら“首座の眷族”、オリオン座腕辺境議員アラライル・ディルニギット。そちらの乗員リストを出したまえ。賞金首の乗っている船は、潰さないようにお願いしてみよう。乗っていない船は………助かりたいのなら、色々と洗いざらい吐きたまえ。可及的速やかに。因みに先に言っておくが、私が出来るのはあくまでお願いだ。何故なら今君達を攻撃しているのは、宇宙文明に未加入の、辺境に住んでいる一個人だ。言語は解析しているから助命をお願いする事はできるが、交渉になるからすぐに止められるかは分からん。もしかしたら間に合わないかもしれないから、判断は早めの方がいいぞ』
意図が伝わっている事に嬉しくなった束は、ニヤリと笑った。
そして悪ノリを始める。
すると向こうから通信が入った。
言語そのものは理解できなかったが、早口で何かをまくしたてている。
テーブル上の空間ウインドウには、こう表示されていた。
―――助けて。何でも話す。助けて!!!
―――賞金首乗ってる。こいつ突き出す。助けて。
―――船にあるデータも渡す。秘密基地の事も話す!!!
―――商品の事も話す!!!! だから!!!!!!
暫く放置していると、“首座の眷族”の
「こちらの船に大量のデータが送信されてきています。真偽の程は精査が必要ですが、興味深い情報が多いですね」
束は思った。遠隔操作で船の状態をモニターしていたのだろうが、電波の類は出ていなかった。という事はISのコアネットワークに類似するシステムを、向こうも持っていると考えるべきだろう。
そんな事を思っていると、
『誰からの依頼だい?』
―――し、知らない。用心深い相手で、いつも痕跡残さない。
―――メッセージがあって、前金が振り込まれて。
―――成功したら報酬が振り込まれる。やり取り、それだけ。
今の束達に、宇宙文明の中を調査する力は無い。あったとしても接触方法に気を使っている時点で、手強い相手だろうと予想できる。
ここまで考えて、束は
「武装解除するように言って下さい。即座に従わないなら撃沈するとも」
この時、彼女は一切容赦しなかった。一度
束は再び
「少し、強めの口調で訳してもらってもいいでしょうか」
「構わない」
「では――――――こちらとしては、全員叩き潰しても構わないと思っています。死にたいのなら、お手伝いしましょう。ですが生きたいのなら、こちらの言うことには素直に従い、余計な行動はとらないことです」
彼女は言葉を区切り、今度は
「そちらに、バックアップ要員などはいませんか? あまり地球をあける訳にもいかないので、彼らの移送などはそちらにお願いしたいのですが」
「
「先程連絡しました。あと900秒ほどで到着します」
「だそうです。ああ、そうだ。今の内に確認しておきたいのですが、先程宇宙文明の経済について確認していましたね。何を考えていたのですか?」
「極々単純なことです。あれらの船をスクラップにしてスクラップ業者に売る。賞金首を差し出して賞金を得る。そうして宇宙文明から、地球の発展に役立ちそうな物を買う。これなら交渉ではないので、貸し借りもないでしょう」
「なるほど。ではそうですね。地球時間で1週間ほど時間をおきますので、そちらでご希望の物を纏めておいて下さい。賞金とスクラップ船の代金で買えるものを手配しましょう」
「1つは、私の独断でもう希望を出しておきます」
「ほう?」
「そちらの文明で使っている、ワープドライブ搭載の標準的な輸送船を下さい。身体的構造が同じなら、地球人が船を作る時に参考になる部分も多いでしょう」
「なるほど。分かりました」
にこやかな笑顔で答えつつ、
第174話に続く
ついに宇宙文明と本格的に接触!!
束さんメッチャウキウキしてると思います。
というか今回はノリノリでした。
なお今回、晶くんは完全に背景です。