インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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これで人類が太陽系を出るまでの期間が、百年単位で短縮されたと思います。


第168話 束のISとワープドライブ実験の公表

 

 IS学園の2学期が始まった9月の上旬。

 晶は自宅の居間で、束と話をしていた。

 

「ところでさ、今更なんだけど1つ聞いてもいいか」

「ん? 急にどうしたの?」

「いや、今まで一緒に宇宙(そら)で活動した事って無かっただろ。だけど今度ワープドライブ実験で一緒に上がるじゃないか。お前が使うISってどんなものなのかと思ってさ」

「あ~、そういえば見せたこと無かったね。こんなのだよ」

 

 ソファから立ち上がった束が部屋の中央に立ち、緑の光に包まれる。そうして展開されたISのデザインラインは、白を基調として蒼いラインで縁取りされたジャケット、ビスチェ、ロングスカートに加え、手にするのは先端に真紅の宝玉がついた杖という、既存のISとは全く異なるものだった。ぶっちゃけて言えば、某「全力全壊」の「魔砲少女」様である。*1

 

 ―――閑話休題。

 

「今まで作ってきたISとは随分感じが違うな」

「うん。今までの私の研究成果をぜ~んぶブチ込んだ一品で、名前はエクシード」

 

 束がニヤリと笑いながらその場で一回転して、空間ウインドウを展開する。表示されたスペックデータは、“世界最強の単体戦力(NEXT)”である晶をして、桁外れという言葉以外にないものだった。NEXTを超える限界出力。NEXTを超えるシールド強度。NEXTを超える機動力。これだけでも大概だが、黄金の杖の先端から放たれる収束レーザーの威力はコジマキャノンを超え、オプションとして装備されている4つのビットの攻撃力はNEXT兵装のHLR01-CANOPUS(ハイレーザーライフル)を超えているのだ。これに加えブルーティアーズ・レイストームの機能を解析したのか、ロックオンレーザーシステムまで搭載している。

 

「うわぁ。マジか」

「大マジ」

「でも束。NEXT以上の機動力って、お前の体は大丈夫なのか?」

 

 NEXTの機動力は、使用者が強化人間である事が前提なのだ。生身の束がそれ以上の機動力を持つISを使えば、下手をすれば自殺行為になってしまう。

 

「勿論。自殺願望は無いからね。重力・慣性制御能力を極限まで高めて、私が使っても大丈夫なようにしてあるよ」

「ならいいけど、本当に無理はしてないよな?」

「心配してくれてありがとう。でも、本当に大丈夫だから」

「分かった。ならあともう2つ。これは純粋な疑問なんだけど、ブースターが無いって事は、飛行は完全に重力・慣性制御のみで行ってるのか?」

「うん。魔法少女っぽくしたかったからね」

「何故に魔法少女?」

 

 晶が聞き返すと、束がドヤ顔で答えた。

 

「魔法少女って、夢があって良いじゃない」

 

 つまりやりたかったからやっただけ、ということらしかった。*2

 

「なるほど。じゃあ、あともう1つ。重力・慣性制御能力を高めたって言ってたけど、もしかして攻撃や防御にも転用できるのか?」

「できるよ。攻撃に使えば重力爆撃(グラビトロン・クラスター)で広域殲滅戦ができるし、防御に使えば重力制御型防壁(グラビティ・シールド)で、ちょっとやそっとじゃ破れないシールドを展開できる」

「凄いな。これは俺の“世界最強の単体戦力”っていうのも返上かな?」

「なに言ってるの。性能が高いと強いは別物でしょ」

「まぁな」

 

 同意した晶に、束は気になった事を尋ねてみた。

 

「ねぇ。確か晶はNEXTにセカンドシフトを待機させてたよね? エクシードのデータがあればセカンドシフトはかなり凄い事になると思うんだけど、どうする?」

「いいのか?」

「勿論。純戦闘用として極限まで強化されたNEXTが、どんなセカンドシフト形態をとるのか私も楽しみだよ」

「なら、有り難く頂こうかな」

「じゃ、データ転送しておくね」

 

 こうして話が一段落したところで、晶は宇宙開発の話題を切り出した。

 

「話は変わるけどさ、ワープドライブ実験で使う機材ってもう準備できているのか?」

「以前ドイツ経由でもらった試作有人宇宙往還機(エルメス)があったでしょ。それにワープドライブとエネルギー受信用のレクテナユニットを取り付けてあるから、後は宇宙(そら)に上がるだけかな」

「そうか。ついに、だな」

「うん。この実験が成功すれば、人類の活動範囲を火星や木星、もっと遠くに広げられるかもしれない。ああ。楽しみだなぁ。本当に楽しみ。だってワープだよワープ。SFの世界にしかなかった技術が現実のものになって、遠い場所まで一瞬で行けるんだよ。そしたら沢山のものが見れる。年単位の旅が必要だった場所に気軽に行けるようになって、未知の発見が沢山あるかと思うと、楽しみでたまらない」

 

 肯いた晶は、ふと思いついたことを話してみた。

 

「あ、そうだ。この実験が成功してワープドライブが実用化出来たらさ、地下工場の置物になってるアームズ・フォート“イクリプス”にワープドライブを取り付けないか」

「いいね!!」

 

 束が前のめり気味に喰い付く。

 カラード本社の地下深く、海底ドックに通じる地下工場で建造されていたイクリプスは既に完成していたが、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の来襲など予想外の事態があったため、未だ地下工場に安置されたままとなっていた。

 なお束が手を加えたアームズ・フォート“イクリプス”は当然の事ながら、ここではない別の世界(ACFA世界)に存在する原型機そのままの性能ではない。ISやアンサラーで培った様々な技術が投入された結果(魔改造された結果)、原型機にあった脆弱性は欠片もなく、アームズ・フォートの名に相応しい凶悪な性能を持つに至っていた。また宇宙での活動拠点として使う事も視野に入れて再設計された本機は、アームズ・フォート級という有り余るペイロード(積載量)を利用して、研究設備と工房が備え付けられていた。この改造により元々あった航空母艦としての機能は縮小されているが、それはイクリプス本体の武装と、搭載する護衛用メカの質を上げる事で対処されていた。

 

「だろ」

「うんうん。夢が広がるね」

「あとは、そうだな――――――」

 

 こうして2人は現実となりつつある夢について語り明かしたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 晶と束が現実となりつつある夢について語り明かした週の土曜日。

 2人はついにワープドライブ実験の為に宇宙(そら)へと上がった。

 

『ついに、だな』

『うん。私もドキドキしてきたよ』

 

 ISを展開した2人の前には、ワープドライブとエネルギー受信用のレクテナユニットが増設された無人の試作有人宇宙往還機(エルメス)がある。

 そして束の前に表示された空間ウインドウには、実験の為の自己診断プログラムの進捗具合が表示されていた。

 

 ―――90%―――95%―――100%。

 

 ―――自己診断プログラム、オールクリア。

 

 2人はエルメスから距離を取り、束が実験開始を宣言する。

 

『よし!! じゃあ、始めるよ!!』

 

 ―――ワープアウト座標設定。

 

 ―――ワープドライブ起動コード送信。

 

 ―――ワープドライブ待機状態へ移行。

 

 ―――レクテナユニット起動。

 

 ―――中継衛星からのスーパーマイクロウェーブ送信開始。

 

 ―――レクテナユニットにスーパーマイクロウェーブ受信確認。

 

 ―――レクテナユニットから第1次電源にチャージ開始。

 

 ―――第1次電源チャージ完了。

 

 ―――レクテナユニットから第2次電源にチャージ開始。

 

 ―――第2次電源チャージ完了。

 

 ―――レクテナユニットから第3次電源にチャージ開始。

 

 ―――第3次電源チャージ完了。

 

 ―――第1次電源からワープドライブへのエネルギー供給開始。

 

 ―――ワープドライブ稼働状態へ移行。

 

 ―――ワープゲート生成開始。

 

 エルメスの前方50メートル付近の空間が歪んでいく。光学観測(肉眼)だけでは分からないが、センサー類も併用して見てみれば、空間が湾曲して直径30メートル程度の円形の穴が出来ている。

 

 ―――ワープゲート生成完了。

 

 そうして開いたゲートにゆっくりとエルメスが侵入していくと、2人にとっては心躍る光景が起き始めた。ゲートに侵入したエルメスの先端が消えたのだ。更に機体が進んでいくと、自動操縦用の機材が詰め込まれたコクピットも消えた。

 2人はゴクリと息を呑み、続きを見守る。

 続いてコクピット後方のコンテナブロックもゲートを通って見えなくなり、ついに機体最後尾にあったブースターもゲートを通り見えなくなった。そして最後にゲートが閉じ、センサーが感知していた空間湾曲反応が通常値に戻る。

 

『束。どうだった?』

『待って。今確認するから』

 

 今回設定したワープアウト座標は、現在位置の前方100キロメートル。予定通りにワープ出来ていたなら、通信にタイムラグが出るような距離ではない。普通の通信で十分に確認可能な範囲だ。

 1秒が永遠にも感じられる中、晶は束の返答を待った。

 そうして―――。

 

『ふ、ふふ、ふふふふふふふ。やったぁ。ちゃんと移動してる。エルメスの機体ステータスもオールグリーン。何処にも問題なんて出てない。成功だよ』

『やったな!!』

『うん。うん!!』

 

 2人は暫しの間抱き合って喜びを分かち合った後、残りのテスト項目を行う事にした。

 

『さて、じゃあ戻りの実験を始めようか』

『うん。行って、戻ってこれて、初めて使えるワープ技術って言えるからね』

 

 晶の言葉に答えた束がエルメスにワープアウト座標―――実験開始位置と同一座標―――を送信。次いでワープドライブを待機状態へと移行させる。

 

『じゃあ、エルメス。戻っておいで』

 

 ―――第2次電源からワープドライブへのエネルギー供給開始。

 

 ―――ワープドライブ稼働状態へ移行。

 

 ―――ワープゲート生成開始。

 

 すると2人のISのセンサーに、空間湾曲反応が出現する。先程ワープゲートが生成された位置に再びワープゲートが開き、その中からエルメスの先端が姿を現したのだ。そして続く部位、コクピット、コンテナブロック、最後尾のブースターが姿を現した後、空間湾曲反応が正常値に戻っていく。ゲートが閉じたのだ。

 

『………大丈夫、そうだな。ステータスはどうだ?』

『待ってね。今チェックするから』

 

 束がエルメスの自己診断プログラムをロードして機体チェックを開始する。そうして暫し沈黙の時間が流れた後、彼女は結果を口にした。

 

『うん。問題無し。後は自己診断プログラムじゃ拾えないような問題があるかもしれないから、持ち帰ってパーツ単位でバラして最終確認かな』

『それで問題が無ければ、活動範囲を広げられるな。ところで、今後はどういう方針で進めていく? まずはイクリプス用に、性能優先の大型ワープドライブを作るか? それともIS搭載用の小型ワープドライブを先にするか?』

『技術的には大型化させた方が作り易いから、先にイクリプスの大型ワープドライブを作ろうかな。で、それで稼働データを取ったら小型化に着手して、私と晶のISに取り付けるの。これで誰にも邪魔される事無く、どんな場所にも行けるようになるよ』

『楽しみだな。―――あ、そうだ』

 

 ワープドライブの話をしていて、晶は以前話していた事を思い出した。

 

『なぁ束。この前新居にはワープゲートを取り付けようって話をしたじゃないか。それはどうする?』*3

『う~ん。自宅に取り付けるなら洗練された物にしたいし、イクリプスに取り付ける大型ワープドライブで稼働データを取ってからにしようかな』

『分かった。なんだか夢が形になってきたな』

『うん。でも、まだまだこれからだよ』

 

 こうしてワープ実験を成功させた束は、次なる目標に向かって進み始めたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み9月の下旬。カラード本社の地下深くにある海底ドック。

 突貫作業でイクリプスに取り付けるワープドライブを完成させた束は、早速とばかりに取り付けを行っていた。

 彼女の横顔は真剣そのものだが、晶には分かる。

 

「ご機嫌だな」

「そりゃそうだよ。これが上手くいけば、大宇宙に羽ばたく翼を手に入れたも同然なんだ。夢にまで見たSF世界に、また一歩近づくんだよ」

 

 2人の視線が自然とイクリプスの巨体へと向き、晶が尋ねた。

 

「テストドライブは何処に行こうか?」

「う~ん。行きたいところが沢山あり過ぎて、ちょっと迷ってる。晶は何処か行きたいところってある?」

「そうだな………。あ、なら太陽フレアとか見てみたいな」

「オッケー。なら一番初めに行くのは太陽にしようか」

 

 こうしてテストドライブの行き先が決まったところで、晶はついでにもう1つ尋ねた。

 

「なぁ束。ちょっと話は変わるんだけど、イクリプスを完全に秘密裏に動かすのは難しいと思うんだが、その辺りはどうする?」

 

 海底ドック内でイクリプスが通れるようなワープゲートを展開したりしたら、設備にどんな影響が出るか分からない。従ってワープドライブを使う為には、海底ドックの扉を開けてイクリプスを外に出す、という手順が必要になる。だがこれだけ巨大なものを海底から海面まで上昇させたら、必ず誰かに気づかれるだろう。ましてカラードは60機以上ものISを保有している民間軍事企業(PMC)だ。動向は世界的に注目(監視)されていると言っていい。何の事前説明も無しにイクリプスを動かせば、少なくない騒ぎになるだろう。

 

「そうだね………。ちょっと早いかもしれないけど、ワープ実験をしている事は公表しようかな」

「また世界が騒がしくなるな」

「うん。でも今後を考えれば、ある程度は公表しておいた方が良いと思うの」

「技術公開についてはどうする?」

「今はまだしないけど、そう遠くない内にかな。この技術が民間に広がっているかどうかで、宇宙開発のスピードは全然違うと思うから」

 

 凡人にワープ技術を公開する事に、抵抗が無い訳ではない。恐らく多くの問題が生まれるだろう。だがそれでも束の選択は、そう遠くない内に公開する、というものだった。目指す世界を実現したいのなら、独占という選択肢は無いのだ。

 

「そうだな」

 

 晶が肯いたところで、束は別の話題を切り出した。

 

「ところで晶。セシリアのことなんだけど、卒業も近くなってきたし、そろそろ卒業後のポストの事を公表しても良いんじゃないかな」

 

 束のお気に入りである彼女にはIS学園卒業後、カラードNo.2のポスト、つまり副社長の地位が用意されていた。60機以上のISを保有する、世界最強の民間軍事企業(PMC)No.2(副社長)だ。どれほどの影響力を持つか分からない人間はいないだろう。

 

「彼女に嫌われている本国(イギリス)の人間は焦るだろうな」

「凡人らしく、取り入ろうと必死になるだろうね」

「だろうな。無駄だろうけど」

 

 セシリアは既に正式な国家代表であり、表向き現政権や王室との仲は悪くない。だが過去に受けた仕打ちから、彼女の心は本国の権力者階級に対して、一定の距離があった。平たく言えば、信用も信頼もしていないのだ。これに対して晶とセシリアの間には学園在籍中に育んだ信用と信頼があり、男女の仲でもある。またセシリアが最も大事にしている2人の使用人も、晶の事を深く信頼している。他者がつけ込めるような隙はなかった。

 

「発表、いつにしようか?」

「何度も会見開くのは面倒だし、イクリプスを動かしてワープ研究を公表する時がいいんじゃないかな」

「なら来月の頭くらいかな」

「分かった。セシリアには言っておく」

「あの子、公表するって言ったらどんな顔をするかな?」

「今のセシリアなら平然と………おい束。その笑みは何か企んでるな?」

「え? 何も企んでなんていないよ。ただ会見の席で仲良さそうに肩なんて組んであげたら、あの子はどんな反応するかなぁって」

「ポーカーフェイスは崩さないだろうが、内心じゃ「止めて下さいまし!!」なぁ~んて言って冷汗流すんじゃないかな」

「う~ん。それだと反応が普通過ぎてつまらないなぁ。もっと、こう………私のツボに嵌るようなリアクションしてくれないかなぁ」

「おいおい。セシリアで遊ばないでくれよ」

「大丈夫だと思って期待しているからこそだよ。あ、そうだ。ついでに彼女の自動人形*4*5もアップデートしておこうかな」

「アップデート? もしかして絶対天敵(イマージュ・オリジス)の解析技術か?」

「うん。技術解析のお陰で、パワードスーツにもエネルギーシールドを搭載出来るようになったからね。カラードのNo.2が使うに相応しい自動人形に仕上げてあげようと思って。ま、他にも色々手を加えようと思ってるから、多分外見が同じだけの別物になると思うけど」

「あいつも喜ぶだろうな」

 

 なお余談ではあるが、セシリアの愛機であるブルーティアーズ・レイストームの姿は、一対二枚の純白の翼とドレスに、蒼い鎧を纏った天使をイメージさせるものだ。そして配下の自動人形12機はそのシャープな外見から、近未来的な騎士を連想させる。彼女の周囲に自動人形が整列している姿は、世間一般的に非常に見栄えが良く人気があった。

 

 ―――閑話休題。

 

「勿論、その分は働いてもらうけどね」

「あいつなら単独でも大抵のミッションは大丈夫そうだけど、万一を考えるとやっぱり誰かとチームを組ませたいな」

「そこは晶に任せるよ。私的には欧州組でチームを組ませれば不安は無いと思うけど」

「それが一番安定するんだろうけど、シャルロットは俺の秘書に、ラウラは戦闘部門でチームを新設してその隊長を任せようと思ってたんだよな」

「う~ん………。晶、今の秘書に何か不満でもあるの?」

「いや、良くやってくれているんだが、シャルロットって気が利くからさ。秘書にしたら良く働いてくれそうだなぁって思って」

「そういう理由なら秘書は今のままで、シャルロットとセシリアを組ませるべきだと思うな。戦力的にも万能型と遠距離型の組み合わせで安定すると思うし」

「それもそうか。ちなみにラウラはどうしたら良いと思う?」

「新設したチームの隊長を任せても良いと思うけど、どうせなら欧州組で一纏めにした方が、対応力のある良いチームになると思うな」

 

 晶は暫し考えた。確かに束の言う通り欧州組でチームを組ませた場合、万能型のシャルロット、重装型のラウラ、遠距離型のセシリアとバランスの良いチームになる。またこの3人は他のクラスメイト達と違い、企業関係、軍事関係、社交界関係と使える手札が多い。それは必然的に対応出来る幅の広さに繋がり、別々の場所に配属するよりも活躍してくれるかもしれない。

 晶は束の意見を採用する事にした。

 

「そうだな。そうするか」

 

 こうして欧州組の卒業後の配属が決まっていったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み10月の上旬。

 カラード広報部から全世界のマスコミに、「篠ノ之束博士から重大発表がある」と告知があった。

 内容については一切言及されなかったが、これまでに行われた発表内容を考えれば、世界の未来に影響する重大な発表であろう事は想像に難くない。

 従って会見会場に指定されたホテルには、全世界からマスコミが駆け付けていた。

 開始予定時刻まで後数分。

 集まった者達が雑談をしている。

 

「なあ、どんな内容だと思う?」

「さぁな。皆目見当がつかん」

 

 束博士がこれまでに発表したものは、IS、アンサラー、パワードスーツ等、いずれも世界のあり方に影響を与えたものばかりだ。その博士が「重大発表がある」と告知したのだ。凡人にはどんなものを発表する気なのか、皆目見当がつかなかった。

 そうして数分が経過したところで、束博士が会見会場に姿を現した。緋色の着物に身を包んだ、超絶猫被りな淑女モードだ。

 着席した彼女が口を開く。

 

「皆様。本日は私の発表会見にお集り頂き、ありがとうございます」

 

 会場にいる者達の視線が束に集まる。TVの先にいる者達も含めれば、視線の数は数億、数十億人分になるだろう。

 

「さて、私が宇宙進出の為に色々と研究している事は、皆様既にご存じの事と思います。ですが宇宙は広く、既存の移動手段では近隣の惑星に行くのですら多大な時間を要してしまいます」

 

 この話を聞いた時点で、勘の良い者は「まさか」と思った。だが常識が「有り得ない」と否定する。ワープなんてものはSFの中にしか存在しない御伽噺だ。だが………と多くの者は思った。絶対天敵(イマージュ・オリジス)はどうやって地球に来た? 既に使っている者がいるなら、地球人にだって、使えないはずはないだろう。あの“天才(束博士)”なら、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の技術を解析して、地球人にも使えるようにしてくれるかもしれない。

 そんな期待を知ってか知らずか、束の話は進んでいく。

 

「だから私は、その移動時間を短縮する方法を発明しました。いえ、正確に言えば絶対天敵(イマージュ・オリジス)のワープ機関を解析し、我々地球人にも扱えるようにしました。―――晶、準備は良い?」

 

 束博士の背後にある大型ディスプレイの電源がONになり、NEXT()の上半身が映し出される。

 

『自己診断プログラムオールクリア。問題無い。いつでも行ける』

『なら、お願いね』

『分かった。海底ドックハッチオープン。アームズ・フォート“イクリプス”起動』

 

 大型ディスプレイの表示が切り替わり、海中から全長500メートルを超える巨大な円盤状の物体がせり上がってくる姿が映し出された。

 束が解説を入れる。

 

「アレはアームズ・フォート“イクリプス”。元々は宇宙の活動拠点として使う為に建造していたのですが、ワープ技術実用化の目途が立ったので、ワープ実験用のテスト機として使う事にしました」

 

 彼女は一度言葉を区切り、更に続けた。

 

「晶がコントロールする“イクリプス”には地球低軌道(LEO)に到達後、ワープドライブを起動して太陽に跳んでもらいます。―――何か質問のある方はいますか?」

 

 多くのメディア関係者が一斉に手を上げ、束がその内の1人を指名する。

 

「A-TVの権藤です。いま、聞き間違いでなければワープと口にされましたが、それは数多のSF作品で語られる、時間と距離を無視して遠くへ行ける“あの”ワープで間違いありませんか?」

「ええ。間違いありません」

 

 つまりこの実験が成功したなら、これまで他の惑星に行くのに必要だった年単位のスケジュールが必要なくなるということだ。そして時間的制約の改善が、どれほどの利便性に繋がるかは語るまでもないだろう。

 次の人物が挙手した。

 

「B-スタジオのテルマです。もしこの実験が成功したなら、博士はどんな活用方法をお考えですか?」

「今のところ考えているのはクレイドル2号機にワープドライブを搭載して、アステロイドベルトの資源を地球に持ってくる事でしょうか」

 

 アステロイド(小惑星)からレアメタルを抽出することをアステロイドマイニングというが、これまでは移動コストや宇宙での採掘技術等の問題から、実用化には長い年月がかかると思われていた。だがワープが実用化されれば移動コストは一気に下がる上に、宇宙での採掘技術はマザーウィルで既に実用化されている。アステロイドマイニングが現実的な資源確保の手段となるのだ。

 

「C-ニュースのポワドです。博士はワープ技術を公表されるおつもりはありますか? それともISのようにブラックボックス化するおつもりですか?」

「ISのようにブラックボックス化するつもりはありません。ただ無秩序に公開しても混乱を生むだけですので、世界的な統一機関を作ってそこで公開する、という形を考えています」

 

 利益のみを追求するならワープ技術は独占するべきだろう。だが束は自身の夢を実現させるため、独占という選択肢は選ばなかった。

 そうして次々と行われる質問に答えている間に、イクリプスが地球低軌道(LEO)に到達した。

 

『束、こっちは準備OKだ。そっちはどうだ?』

『丁度質問が一段落したところだよ』

『なら、始めるぞ』

『うん。大丈夫だと思うけど、気をつけてね』

『ああ。――――――ワープアウト座標設定。目標、太陽静止衛星軌道。ワープドライブ起動』

 

 イクリプスが異空間に入った事で、通信が一時的に途切れる。だが僅か数秒の後に通信が回復し、会見会場の大型ディスプレイに太陽の鮮明な映像が映し出された。

 

『ワープ成功。太陽の映像は届いているかな?』

 

 会場がざわつく中、束が答える。

 

『うん。届いているよ。太陽を間近で見た感想はどう?』

『凄い、としか言いようがないな』

 

 太陽の大きさは地球の約109倍。太陽を直径1メートルの玉だとすると、地球はビー玉程度の大きさになる。晶も数値上では知っていたが、間近に見る事でその大きさを実感していた。

 

『ふふ。今度は一緒に行こうね。さて――――――』

 

 彼女は会場を見渡し、続く言葉を口にした。

 

「これで今日のメインテーマの発表は終わりなんですが、実はもう1つ発表する事があります」

 

 会場がザワつく。ワープという人類史に残る偉業の後に、何を発表する気なのだろうか?

 

「ああ。そんなに期待しないで下さい。只の人事発表なので。――――――セシリア・オルコットさん。此処に」

 

 彼女の呼びかけに従い、セシリア・オルコットが会場に姿を現す。IS学園の制服姿ではなく、カラードの制服(マブラヴの国連軍C型軍装)に身を包んだ正装だ。そして束の隣に着席する。

 

「彼女はIS学園卒業後、カラードのNo.2、つまり副社長に就任します」

 

 多くの者は、この発表の意味をすぐに理解できなかった。だが一呼吸おき、二呼吸おき、意味が脳裏に浸透したところで理解する。カラードは60機以上のISを保有し、アンサラーで世界に電力を供給し、地球の絶対防衛線を担い、ワープ技術まで持つという世界最強の民間軍事企業(PMC)だ。その副社長(No.2)として発表されたという事は、今後セシリア・オルコットは権力の中枢に位置するという宣言と同じなのだ。

 同時に、世界的名声を持つ篠ノ之束博士本人が発表したという事実が、如何にセシリア・オルコットが気に入られているかという事を示していた。

 

「さ、皆様に挨拶を」

「はい。博士。―――私、セシリア・オルコットはIS学園卒業後、カラードの副社長に就任致します。至らぬところも多々あると思いますが、世界平和の為に身を粉にして働いていきたいと思います」

 

 多くの者はセシリアの飾らない言葉と堂々とした態度に、好意的な感情を持っただろう。だが本人に気にする余裕は無かった。接続しているコアネットワークを覗いてみると――――――。

 

(は、はかせ。やっぱり、なにもこんな大舞台で発表しなくてもよかったのではありませんか?)

(え~。今更だよ。人前に出て怖気づいちゃった?)

(正直に言いますと、その、少し………)

 

 会場に集まったメディアが向けてくるカメラの先には、少なく見積もって数億人の人々がいる。それだけの人間の前で挨拶をしろと言われたら、普通の人間なら尻込みしてしまうだろう。

 

(大丈夫。大丈夫。凡人なんて道端の石ころと思っていれば良いから。あと、もう少しなんか喋ってあげたら? 色々と期待されてる感じだよ)

 

 明らかに面白がっているような言葉に内心で、「無茶振りしないで下さいまし!!」と叫ぶが、会見場に出て来てしまった以上逃げ道はない。ならばやるしかないだろう。

 こうして意を決したセシリアは、これまでの人生で培った話術を総動員して束の期待に応えたのだった。

 

 

 

 第169話に続く

 

 

 

*1
元ネタは「魔法少女リリカルなのはStrikerS 高町なのは エクシードモード」

*2
なお束は口にしなかったが、パートナーがコスチュームプレイ大好き人間というのも決して無関係ではなかった。

*3
「第159話 3年生になりました!!!」にて

*4
セシリアには束から無人機仕様の高性能パワードスーツが12機与えられていた。

*5
外見はマブラヴ オルタネイティヴに出てくる戦術機、タイフーン(EF-2000)の純白Ver。


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