インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第17話 帰還

 

 超音速旅客機(SST)救出作戦の翌日、(薙原晶)はIS学園に戻ってきていた。

 正直、相当な引き止めがあると思っていたんだが、山田先生が頑張ってくれたお蔭で、何事も無く無事に帰ってくる事ができた。

 何せ俺が疲れたと言って休んでいる間に、帰る為のモロモロの手配やマスコミへの対応まで、全部やってくれたんだ。本人も疲れていたはずなのに、随分と面倒臭い事を押し付けてしまった。

 一応礼は言っておいたが、今度、菓子でも包んで持っていこう。

 そんな事を思いながら学校に向かっていると、同じように登校していた他の生徒達が俺に気付いたようだった。

 

「あ、薙原くん。戻ってきたんだ。おかえり」

「テレビ見たよ。凄かったね!!」

「怖くなかった? 緊張しなかった?」

 

 次々と浴びせられる言葉に答えながら、皆でゾロゾロと教室に向かう。

 その途中、誰かがこんな事を言った。

 

「あ~、でも残念だね。薙原君がクラス代表になってれば、間違いなく全戦全勝だったのに」

「いや、元々辞退する気だったから気にしてないよ。それにほら、今回みたいな事があると、場合によってはクラス代表の仕事を放り出さなきゃならなくなる。他に迷惑かけそうだから、別の人にして正解だよ。ところで、誰がなったのかな?」

「一夏さんだよ。セシリアさんとシャルロットさんを押す声もあったんだけど、セシリアさんは『1対1で負けましたから』って言って、シャルロットさんは『せっかく男の人がいるんだし』って言って、譲っちゃったんだよね」

 

 予想通りの流れだった。

 そのまま皆に囲まれながら教室まで行くと、一夏を挟んで箒とセシリアが話をしていた。

 おっと。イキナリ修羅場か?

 と期待したのも束の間、一夏がこちらに気付いて来てしまったので、続きを見れなかった。残念。

 そして安堵の表情が見えるあたり、丁度良く来た俺をダシにして逃げてきたな。

 送り返すのも面白そうだけど、流石にそれは可哀想だろう。

 

「おはよう一夏。聞いたよ。クラス代表決定おめでとう」

「ありがとう。でも本当ならお前が良いって言ったんだけどな。千冬姉がお前以外の誰かにしろって言い出してさ」

「妥当な判断だよ。俺がなると多分、色々な問題が出てくると思うから」

 

 本当は『思うから』では無く、確実に出てくるから、辞退する気だったんだ。

 何せクラス代表になってしまえば、色々な事をやる必要があるが、それだと原作キャラの成長機会を奪いかねない。それは、俺の望むところじゃないんだ。

 

「そっか。なら恥ずかしく無いように頑張らなきゃな。放課後、また頼むな」

「ああ、任さ――――――」

 

 続く言葉は、背後からの声に遮られた。

 

「薙原は昨日休んだ分の補習が入っている。人命救助だったので免除してやりたいところだが、一応ここは学校だからな」

 

 振り向けば、そこにいたのはいつも通りの黒いスーツを着た織斑先生。

 

「さあ、SHRを始めるぞ。みんな早く座れ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 放課後のトレーニングを終えた(シャルロット)とセシリア、そして一夏の3人で、日も沈みかけた夕暮れの中を歩いていると、校舎からショウが出てきたんだ。

 

「あ、ショウ。今終わったの?」

「あれ? お前達も今帰りか? こんな時間までやってたんだな」

「うん。少し熱がはいっちゃってね。そっちこそ、こんな時間まで補習だなんて大変だったね」

「まだ終わった訳じゃないんだ。これからレポートを書かなきゃいけない。織斑先生も山田先生も頑張り過ぎだろう」

「それはご愁傷様。大変だね。良い事をしてきたのに補習だなんて」

「全くだ。悪いな、トレーニングに付き合えなくて」

 

 何となく疲れたように答える姿が、いつものキリッとした雰囲気と違って、本人には悪いけど少しおかしかった。

 だって、世間一般で言われている彼のイメージは、本当にヒーローそのもの。

 特に昨日の超音速旅客機(SST)救出作戦の後、フランスでは凄かったみたいだ。

 そんな人が、自分達にこういう姿を見せてくれると思うと、信用されているみたいで嬉しくなる。

 でも入学してから思ったけど、ショウって友達とかには甘いところがあると思う。

 単純に優しいっていうだけじゃなくて、例えば一夏のトレーニング。

 本人は「頼まれたから」なんて言ってるけど、セシリア戦の前なんて、まだ一度も公開していないNEXT用のスナイパー装備まで使っていたんだ。

 只トレーニングに付き合うだけなら、ここまでする必要なんて無い。

 本人は「口外しないで欲しい」って言っていたけど、装備を使ったこと自体に意味がある。

 世界中が注目するNEXT。その装備データにどれほどの価値があるかを、彼が理解していないはずないんだから。

 そんな事を思っていると一夏が、

 

「なぁ晶、聞いてくれよ。この2人酷いんだぜ。2対1でよってたかって」

「あら、常に1対1で戦えるとは限らないでしょう? それに近接格闘戦しか選択肢のない貴方は、常に囲まれる事を意識しなければなりませんもの。今日のトレーニングは理に適ったものですわ」

「つまり、シャルロットが前衛。セシリア後衛VS一夏か?」

「そうだよ。厳し過ぎるって」

 

 トレーニング中は、こっちも思わず熱が入っちゃうくらい真剣にやっていたから、本気で言ってる訳じゃないと思う。

 一夏がワザとらしい困った表情をしながら肩をすくめると、ショウはニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「なるほど。同じ理論なら、シャルロット・一夏コンビVSセシリアってのもありだな。遠距離型なら、近距離戦に持ち込まれた時の対応もやっておかないとな?」

「え!? ちょっとそれは、その・・・・・またの機会に」

 

 セシリアが面白いくらいにうろたえているところに、更に止めの言葉が。

 

「またの機会って事はやる気があるんだな? じゃぁ早い方がいい。明日の放課後やろう」

「そ、そんな。酷過ぎますわ。紳士のする事ではありませんわよ」

「敵が紳士とは限らないだろう?」

 

 ニヤニヤしながら答えるショウ。訂正。甘いだけじゃなくて、意外と意地悪だ。

 なんて事を思っていると、セシリアと視線が合う。嫌な予感。

 

「な、なら、私と一夏さんVSシャルロット戦というのもありですわよね?」

 

 ぼ、僕を巻き込む気!?

 

「なるほど。それも確かにありだな。特化型コンビVS万能型か。面白そうだ」

「ちょっと、ショウ? 本気?」

「本気も本気。明日は今の組み合わせで模擬戦でもやろうか」

 

 幾ら僕が高速切替(ラピッド・スイッチ)で、近距離から遠距離まで対応出来ると言ってもそれは厳しいよ。

 ビット兵器に囲まれた中で近接戦闘なんて、考えただけでも目眩がしそうだ。

 なんて思っていると、もう一回セシリアと視線が合った。

 

 ―――1人だけ楽はさせませんわよ。

 

 ―――こっちこそ。明日は覚えていてね。

 

 アイコンタクト終了。

 とっても心が通じ合った気がしたけど、何か残念な気がしたのは多分気のせいじゃないと思う。

 こういうのは、出来ればもっと感動的なシチュエーションがいいな。

 ふと頭に浮かんだのは、ショウが束博士と一緒に、合同演習艦隊の前に姿を表した時の事。

 NEXTの両腕に抱き抱えられた博士の、あの安心しきった表情。何も言わなくても、通じ合ってるという雰囲気があった。

 出来れば僕も、あんな風に・・・・・。

 頭の中で束博士を自分に置き換えていると、急にコアネットワークのプライベートチャンネルで声をかけられた。

 

(シャルロットさん。顔が緩んでますわよ。何を考えていらっしゃるのかしら?)

(え? ええ!? そ、そんなにおかしな顔してた? 変じゃなかった?)

(それはもう緩みきった、だらしの無い顔をしていましたわ。幸い、男連中は別の話をしていて気付かなかったようですけれども)

(よ、良かった。ありがとうセシリア)

(どういたしまして。で、何を考えていましたの?)

(えっと・・・・・)

 

 本当の事を言うのは恥ずかし過ぎる。でも、嘘を言うのも酷い気がする。

 だから自分の妄想だけを言わないで、後は正直に、ショウが合同演習艦隊の前に現れた時の事を思い出していたって話したんだ。

 そしたら、

 

(――――――なるほど。頭の中で束博士を自分に置き換えていましたのね)

 

 なんてピンポイントで言ってきたんだ。

 

(そ、そんな事無いよ。ある訳無いじゃないか)

(あら、無理されなくても宜しいですわ。あの緩みきった顔と、話の内容を考えれば容易く想像できますもの。大方、本当の事を言うのは恥ずかしいけど、嘘はつきたくない。そんな考えからでしょう?)

 

 余りにも鋭すぎる指摘に何も言えないでいると、セシリアは「ハァ」と小さく溜息をついて更に続けた。

 

(そんな妄想が出来るくらいですから、さぞかしロマンチックな出会いだったんでしょうね。私も経験してみたいですわ)

(ロマンチックだなんて、そんな事無いよ)

(まさか、本当にそう思っていますの? 傷ついた騎士とそれを助ける乙女。誰しもあこがれるような話ですわ。――――――ここに来るまでは、どうせ都合良く誇張された話だろうと思っていましたけど、どうやら全くの誇張という訳でもなさそうですし)

 

 一瞬、セシリアの視線がショウに向けられた時、思わずチャンスって思っちゃったのは、決して僕が意地悪だからじゃないと思う。

 だってね。自分の事だけ言われるのは悔しいじゃないか。

 それにプライドの高いセシリアが自分から「全くの誇張という訳でもなさそう」なんて言ったんだ。

 何かあったと思うのが普通だよね?

 そんな自己弁護をしながら聞き返してみる。

 

(ふぅ~ん。全くの誇張という訳でもない、ね。何があったのかな? そういえばセシリアが放課後のトレーニングに加わったのって、一夏に負けてからだよね? 確かあの時ショウはセシリアの所に行っていたなぁ)

(きゅ、急に何を言い出すのですか?)

(確かショウは、「全身全霊で戦ってくれた相手に礼を言いにいく」って言ってたんだ。何か嬉しい事でも言われたのかな? とっても興味あるな、僕)

(た、大した事は言われていませんわ。ただ、その・・・・・)

 

 口ごもるセシリアの顔がどんどん赤くなっていく。

 あれ? もしかして本当に何かあったの?

 

(そ、その・・・・・努力を認めてもらっただけですわ。ええ、それだけですとも。挑戦者である私の事を調べ上げたら、対戦時には弱点が消えていたから、お前が努力した事は誰よりも俺が認めていると。そう言われただけですわ。ええ、それ以外は何もありませんでしたとも)

(本当にそれだけ?)

(・・・・・も、勿論ですわ)

 

 何となく視線を逸らすセシリア。

 駄目だよそんな事したら。何かあるって言ってるようなものじゃないか。

 

(本当の本当に?)

(あ、後は・・・・・・・・・・悔しくて泣いていた時の涙を見ないでくれた事だけ。本当にこれだけですわ)

(・・・・・えっと、見ないでって。どうやって?)

(その、背中を向けてですわ。でも私の言葉はちゃんと聞いてくれて)

 

 いつの間にか、一歩前に進んで仲良く話をしている男組み。

 その片方に改めて視線を向けながら、聞いた状況をイメージしてみると・・・・・。

 

(・・・・・ねぇセシリア。十分にロマンチックな、なんていうか映画みたいな状況じゃないかな。それ)

(ま、まぁ否定はしませんわ。優しい言葉だけなら幾らでも吐ける優男はいますけど、ああいう行動を取れる殿方は中々、ね)

 

 三度、視線がぶつかる。

 

 ―――これから、頑張ろうね。

 

 ―――そうですわね。

 

 アイコンタクト終了。

 こういうのって、良いよね。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 部屋に戻った(織斑一夏)は、今更だけど気になった事を、机に向かっていた晶に尋ねてみた。

 

「なぁ、1つ聞いていいかな」

「ん?」

「いや、今更だけどさ。何で俺のトレーニングを引き受けてくれたんだ? お前なら他に、やりたい事もやれる事もあるんだろう?」

 

 肩越しに振り返っていた晶は、「ああ、その事か」って言いながら身体ごと向き直って答えてくれた。

 

「初めは単純に頼まれたからだな。俺の方が他人に教えた事なんて無かったから、断ろうかとも思ったけど、教えるのも良い経験になると思って受けたんだ。それが当初の理由」

「当初って事は今は違うのか」

「ああ。嫌な予測というか、推測が当たりそうなんでな」

 

 晶は手元にあったジュースを一口飲んでから続けた。

 

「実を言うと、超音速旅客機(SST)の一件。俺は動きたくなかったんだ」

「え!? 本気で言ってるのか?」

 

 予想外の言葉に、思わず聞き返してしまう。

 動きたくなかった? 見捨てる気だったのか!?

 

「ああ。本気も本気。他の誰かが出来る事なら、俺が動く必要なんて無い。そう考えていた。まぁ、結局俺にしか出来ない状況だったから動いたが」

「誰かを助けられるなら、それは良い事じゃないか。何でそんな風に考えるんだよ」

 

 晶の考えが信じられなくて、胸の中がグツグツと熱くなっていく。

 だけど、

 

「俺は博士の護衛だよ。動いている間に博士を狙われたらどうするんだ? 幾らNEXTが強くても万能じゃないんだ。離れている時に狙われたらどうしようもない」

「それは・・・・・確かにそうだけど」

 

 理由は分かったけど、納得は出来ない。

 あんなに強いのに、誰かを護れるだけの力があるのに。

 自然と、厳しい顔になってしまうのが自分でも分かった。

 

「そんなに怖い顔をするな。ここで理由の話に戻るが、俺がお前のトレーニングに付き合う理由は、離れている間ここを任せられるようにしたいと思ったからさ。勿論、1人でだなんては言わない。仲間と協力してさ」

「え?」

 

 また予想外の言葉。

 脳みそが、言葉を上手く飲み込んでくれない。

 

「一番即応性があるのは間違いなく専用機持ち。そいつが信用できてちゃんと戦える人間なら、少しは安心して離れられる」

「それって・・・・・」

「勿論、非常事態の際は先生方も動いてくれるだろう。だが、仮に俺が策謀を仕掛ける側なら、間違いなく博士の関係者である織斑先生や箒さんをターゲットにする。その時、一番近くにいるのは多分お前だ」

「俺に、人を護れって事か」

「そうだ。お前にとっては迷惑な話かもしれないが、俺がトレーニングに付き合うのはそういう理由からだ」

 

 かけられた余りの期待の大きさに、思わず足が震えそうになる。

 俺が、護る? 千冬姉や箒を? クラスメイトを? 他の人達を? 護れるのか?

 でも、こんな嬉しい事は無い。

 千冬姉には今まで迷惑をかけっ放しだったし、幼馴染を守れるなんて男名利に尽きる。

 そして他の人達も護れるようになる。

 昔夢見たものが、すぐそこにある。

 

「まさか!! そういう理由なら大歓迎だ。これからもビシビシ頼むぜ!!」

「ああ。俺が安心して離れられるようになってくれ」

 

 こんな風に言われて、奮い立たない奴は男じゃない。

 頑張るとも!!

 

 

 

 第18話に続く。

 

 

 


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